ただ、勇者のうるさい思考も多少入っているので、何とも言えない感じです。
もしかしてこの勇者、地の文で喋らない方がイケメン......?
クリスティーナと勇者ルタがタッグを組んで捜査を開始し、早くも三日が経った。
だが、残念なことに犯人の足取りは未だ掴めず、捜査は手詰まりの状態となっている。焦燥感に駆られるクリスティーナは手当たり次第に王城のあちらこちらを調べているが、それでも有力な手掛かりは見当たらない。
幸いにも重傷を負った兵士は昨日、目を覚ましてくれたが、残念なことに有力な情報を得ることは出来なかった。せいぜい盗賊王を名乗る男の声とその凄まじい技量が分かっただけであり、調査を先に進めることは出来なかった。
こうなってしまうと、後は怪しい人物について片っ端から調べるしかなくなってくるのだが――
「……やはりおかしいです」
「何が?」
時刻はお昼時。
この三日間でお馴染みとなった食堂で向き合って食事をとっている最中、山のように積み重ねられた資料と睨めっこしながらパスタを口に運んでいたクリスティーナが呟いた。
その向かい側でステーキに齧り付いていたルタが尋ねる。
「犯人の手口は明らかに王城の内部を知り尽くしたものです。必然的に内通者がいると思ったのですが……怪しい者が一人もいないのです。逆に怪しいくらいに」
「うーん……しつこいようだけど、宰相殿はどうだった?」
「やや怪しいですが、当日のアリバイは完璧。妙な人物と接触したような記録はありませんし……やはり私個人としては彼に国王陛下を殺すようなメリットがあるとは思えないのです」
「メリットか……自分が王様になりたかったとか?」
「こんな滅びかけの王国のですか?」
「それは流石にちょっと自虐が過ぎるんじゃない……?」
「……そうですね。言い過ぎました」
反省した様に頭を垂れるクリスティーナ。
彼女とてこの王国で生まれ、そして育った身の上だ。嫌なこともあったが、それでも生まれ故郷に対する思いはそれなりに持っているつもりだった。
(いけませんね。どうしても、彼といると口が軽くなってしまいます)
普段の彼女なら絶対に言わない皮肉めいた冗談のような本音。どうやら捜査が中弛みしているのと同時に自分もやや気が緩んでしまっているらしい。
これは引き締め直さなければらないと思っていたその時――
「ちょっと話は逸れるけどさ」
と、ステーキを食べ終えたらしいルタが口を開いた。
一旦資料を置き、パスタを口に運びながら視線で答えると彼は言った。
なんでもないことのように。
とんでもないことを。
「クリスティーナが女王様になるってのはどう?」
「ブフッ」
あまりの衝撃に、思わず口に含んでいたパスタを吐き出しそうになるクリスティーナ。鉄の意思でそれを何とか呑み込んだ彼女は、恨めし気な視線をルタに向けて言った。
「一体何を言い出したかと思えば……そういう冗談はあまり笑えないですよ」
「別に冗談のつもりじゃなかったんだけどなぁ……」
「冗談にしておいてください。私にそういうつもりはありませんし、何より誰も望んでいないでしょう」
「僕は望んでいるけど」
「――――」
本当に、この男は。
「……何故です? どうして私が女王などという大それた職に相応しいと思うのです?」
「うーん、だって、頭良いし……」
「頭が良いだけで女王は務まりません」
「実は意外と人望あるし」
「ありません。何を言っているのですか」
「人を顎で使うの得意そうだし」
「それは……否定しづらいですけど」
「上昇志向強そうだし」
「普通くらいです」
「王家の血筋だし」
「だったら私の他に姉が二人います」
「でも、一番優秀なのは君だろう?」
「……まぁ、そうですけど……」
自分の能力を過信しているわけではないが、それでも既に結婚して王城でダラダラ過ごしているあの自堕落な姉たちと比べれば自分はまだマシな方だと思っている。
(でも……流石に褒め過ぎじゃありません?)
先程から聞いていれば予想以上にルタが自分の事を高く評価しており、動揺しているクリスティーナ。
人からは尊敬の念よりも侮蔑と畏怖を多く受けて来た彼女である。素直に褒められることに慣れていないので、どうしても恥ずかしくて彼の言葉を否定してしまう。
「それから後はそうだな――」
「まだあるのですか……?」
呆れたように溜息をつくクリスティーナに向かって彼は言った。
「
「――――はっ?」
その言葉は、予想外という範囲も容易に超えていた。
理解不能。意味不明。
一体何を言っているのか。
よりにもよって、あの冷血クリスティーナがアルカディア王国を愛しているだと?
この国の人々によって辛酸をなめさせ続けられた彼女が、それでもこの国を愛していると彼は本気で思っているのか?
頭が混乱しているクリスティーナに追い打ちをかけるようにルタが畳み掛ける。
「偶然出会った王城のメイドさんが言っていたよ。クリスティーナは凄い人で、いつも王国の事を考えた政策を提案しているって」
「そ、それは……オドルーに言われたから義務で提出していただけで……」
「でも義務なら別にサボっても良かったよね? クリスティーナの性格的に無駄だと思ったことはとことん手を抜くと思うんだけど」
「……」
その通りだ。
クリスティーナはいつも神官側から意見の参考として資料の提出を求められた際、締め切りギリギリまで根を詰めて有意義な政策を提案しようとしていた。
残念ながら提出した政策の殆どは宰相と国王によって握りつぶされたが、それでも無駄を嫌うはずのクリスティーナは毎回必死になって資料を作っていた。
何故だ?
何故そんなことをしていた?
「だからさ、クリスティーナはこの国を愛しているんだよ」
「……あっ」
「じゃなきゃ、そんなことは出来ない。君はいい人だからね。きっと見捨てられなかったんだろう」
いい人、か。
一番自分に相応しくない言葉だとクリスティーナは思った。
それと同時に、どうして彼がそんな結論を導き出してしまったのか疑問を抱く。
少し考えた彼女は、その理由に思い至った。
――あぁ、そういうことか。
簡単なことである。彼は自分の過去や事情を知らないのだ。
だからきっと、勘違いしてしまったのだ。一生懸命働いている彼女が、この国に尽くしている健気な少女に見えたのだろう。
勘違いは正さなければならない。
クリスティーナ・エヴァートンという少女が、どれだけ醜く、中身のない空っぽの女であるかを教えてやらなければならない。
「いいですか、ルタ?」
「なんだい?」
「私は――」
彼女は過去を打ち明けようとした。そして、自分が抱えている失望や絶望、空虚な中身について話そうとした。
別に、自分の事を話すことくらいどうってことはない。彼とは良好な関係を築いているし、そもそも彼以外の王城関係者はほぼ全員知っている。今更口封じをしたところで手遅れだし、いずれは彼の耳に入るだろう。
だったら自分から言ってやろうという訳だ。ここで話しておいた方がさらに信頼度が高まり、彼自身の能力を知ることが出来るかもしれないという打算もあった。
でも――
「? クリスティーナ?」
「わ、私は………………」
何故か、口が動かない。
いつもは勝手にぺらぺらと話してくれるはずの彼女の口が、固まって動いてくれない。
身体的な問題ではないだろう。ここ数日ずっと働き詰めだが、不思議とコンディションは悪くなかった。
ならば精神的な問題ということになるが……幸いなことにここ数日は精神も非常に安定していた。父の凶報を受けたあの朝とは大違いだ。
しかし、そうなるといよいよ原因が不明になる。
一体何が彼女に異変を生じさせたのか。
分からない。
全く分からない。
「えーと……大丈夫?」
珍しく言葉に詰まって沈黙したクリスティーナを心配したのか、のんびりと食後の紅茶を楽しんでいたルタがコップを置いて尋ねて来る。
その顔を見たクリスティーナは、不意に安堵が胸を過ったのを感じて……悟った。
もしかして――
(私、彼に嫌われることを恐れている……?)
そんな馬鹿な、と笑い飛ばせればどれほど良かったか。
しかし、それも出来ないほどに彼女はルタと親しくなり過ぎた。この三日間、ずっと一緒に行動していたのだ。
恐らく、14で王城を去って以来初めて出来た友人のような人だから、無意識のうちにかなり心を許してしまっていたのかもしれない。
だからこそ、嫌われたくない。
クリスティーナの過去は決して綺麗な物ではないから。
「ねぇ、クリスティーナ……」
「大丈夫です」
大丈夫ではないが、彼女はそう言い切ってこの話題を終わらせることにした。
「大丈夫ですから、この話は終わりにしましょう。私に女王など向いていないし、そしてこの王国に対する忠誠心も大して持ち合わせてはおりません。私はただ、言われた仕事をこなすだけのつまらない女ですので」
「……」
「行きましょう。この後は武器庫に行って盗賊王の剣が盗まれていないか確認する手はずでしたね」
「……うん。分かった」
これ以上踏み込んでほしくないというクリスティーナの意図を悟ったのか、ルタはあっさりと引き下がって席を立った。
そういう気遣いが出来る人物が自分の相棒であることに安堵すると同時、こんなにいい人が自分と一緒に居て大丈夫なのだろうかという焦燥感も生まれる。
いい意味でも悪い意味でも、彼の隣はクリスティーナにとって毒だった。
食堂で食事をとり始めていた時の和やかな空気とは打って変わり、若干ピリピリした空気で二人は武器庫までの道を歩く。
会話は疎らにあるが、それでもいつもと比べると若干ぎこちない。
これは参ったなとルタが頭をかいていたところで、救いの主が前方から現れた。
「あれー? 勇者様じゃないですか!」
「おー、アルマちゃんじゃないか。久しぶり」
「そうですね! 大体三日ぶりくらいです!」
お城の元気なミーハーメイドさん、アルマちゃんである。
彼女はお掃除中だったのか手に雑巾を握っているが、全く気にした様子もなくこちらに近づいて来た。
メイドとしてそれでいいのかと思わなくもないが、そこはアルマちゃんだから仕方がないとしか言いようがない。
久しぶりにご主人様が帰って来た子犬のようにルタに走り寄った彼女は満面の笑みを浮かべた。
「今日はどうされたんですか?」
「国王暗殺の犯人を彼女と一緒に探しているんだよ」
「彼女?」
ルタは横に一歩逸れることで後ろから付いて来ていたクリスティーナが姿を見せる。
彼女の姿を目にしたアルマちゃんはただでさえ大きな目をさらにガン開きにした。
「えええええ! クリスティーナ様ッ⁉」
「……なんでそんなに驚いているのさ。君がクリスティーナのところに行けと言ったんだろう?」
「しかも呼び捨て⁉ お、お二人は一体どういう関係で……⁉」
「あ、あの……こちらの方は?」
「あぁ、そういえばまだ自己紹介がまだだったね。こちらは王城でメイドさんをやっているアルマち――」
「こ、こんにちは! 私アルマって言います! クリスティーナ様のファンなんです! サイン頂いてもいいですか⁉」
「……え、えぇと……」
「まぁ……こういう人です」
なるほど、そういう人らしい。
今になって思い出したが、確かクリスティーナ自身も彼女と面識自体はあった。部屋の掃除を頼んだ時の事だ。やたらと張り切っている若いメイドが居て、ちょっとだけ話をした記憶がある。
確かに変わったメイドだとは思っていたが、まさかここまでの変人だとは思いもしなかった。十何年王城に住んでいて彼女の存在に気が付かなかったとは、逆に凄いことじゃないかと思えてくるくらいだ。
そしてそれと同時、彼女は一つの真実に思い当たってしまった。
『実は意外と人望あるし』
(ま、まさかとは思いますが……それってこの娘の事ですか?)
もしかしなくてもそうなのだが、クリスティーナはちょっと微妙な気持ちになった。
言っちゃなんだがこのアルマちゃん、見るからに誰にでも懐きそうなのだ。ちょっと優しい言葉かけただけでコロッといっちゃいそうな、そんな感じ。
やっぱり自分には大して人望などないのだと、間接的にアルマちゃんを傷つけそうなことを考えてしまうクリスティーナ。
そんな彼女を差し置き、呑気な勇者とミーハーメイドは楽しくお喋りをしていた。
「そうですか。本当に勇者様は探偵になられたんですね!」
「まぁ、どちらかというと助手だけどね。推理はもっぱらクリスティーナの仕事さ」
「あれ? 勇者様、頭良くないんですか?」
「アハハ、残念ながらね。……というか、ちょっと言い方考えようか」
「私、クリスティーナ様のサインが欲しいんですけど、勇者様後でお願いできますか?」
「ガン無視ですか……」
「あっ、勇者様のサインもついでに御願いします」
「ついでですか……」
楽しく? お喋りをしていた。
「……」
その光景を黙って見つめていたクリスティーナだが、不意に会話が途切れたのを見計らってルタに話しかけた。
「……ルタ、そろそろ動いた方がいいのではありませんか?」
「うん? ……そうだね。あんまり長居し過ぎて警備兵さんたちを待たせるのも忍びない。そろそろ行こうか」
小声で話し合う二人を見て悟ったのか、意外にも空気が読めるアルマはあっさりと引き下がった。
「それじゃあ、お二人とも行かれるみたいなので私もそろそろ失礼しますね。お仕事頑張ってください!」
「アルマちゃんもね」
「はい! ありがとうございます!」
ペコリと可愛らしくお辞儀をしたアルマちゃんはクリスティーナよりも小柄な体躯でルタたちと正反対の方向へと駆け出して――
「――あっ、そうだ」
と、急に何かを思い出したらしく声を上げるアルマちゃん。何事かと振り向いたルタとクリスティーナに向かい、彼女は迷惑になると分かりつつ、どうしても聞きたかったことを勇者に尋ねた。
「そういえば勇者様、
「……」
どうやら彼女は救いの主ではなく、地獄の使者だったらしい。
「…………ふむ」
純粋無垢なアルマちゃんの瞳が正面に。そしてその一方で、疑惑に満ちたクリスティーナの眼が真後ろに。
正しく前門の虎後門の狼。
この危機的な状況に遭遇した勇者ではあるが――その瞳に動揺の色はない。
なにせ彼はこの世界を知り尽くした男。
神にも匹敵する知識を持った人ならざる魔性の者である。
並大抵の出来事で動じるはずがなかった。
だいたい、この程度のリカバリーも出来ずに何が走者――
(ま、まずい、まずい、まずい、まずい、まずいィィィィィ! ガバってた! ガバってたよ俺! よりにもよって! 初歩の初歩でつまずいてたよ俺! あー、もう! なんでアルマちゃん名乗ってないのさ! 名乗れよ! 俺様が目の前に来たんだからきっちり名乗れよ! それが礼儀ってもんでしょ⁉ 俺は名乗ったぞ! この世界で最も偉大な男が名乗ったんだから、お前も名乗るんだよォォォォォォッ! ……つーか、マジでこの状況どうしようか。クリスティーナ嬢はマジで鋭いからなぁ……前なんか普通に俺が前の記憶持ちだったこと見抜かれたし、もう目を潰すくらいしか対処法ないんじゃないの? しかも、さっき会話ミスったせいで機嫌悪いし……はーあ、せっかくここまで積み上げてきた物が台無しですわ。一応足掻いてみるけど、無理だったらごめんね? あーもー、俺って本当にアホだわ……)
滅茶苦茶焦っていた。
だが、もう引くに引けないところまで攻略を進めてしまっている以上、引くという選択肢は存在しない。
それに、今回はまたとないくらい順調に攻略が進んでいるのだ。だからこそガバを見落としていたともいえるが、逆に言えばこれさえ乗り切れば彼は再び走者として遺憾なくこの世界を走り回ることが出来るようになる。
勇者ルタは覚悟を決めた。
「あー、そのことね。簡単だよ。実に簡単。部屋の電気を消してくれたのが誰か気になって、それで他のメイドさんに尋ねたらアルマちゃんのことを教えてくれたんだ。見た目もあの人たちが教えてくれたのと一致しているし、何よりアルマちゃんはアルマちゃんって感じの雰囲気だからね、思わず自己紹介をしてないにもかかわらず名前を口に出しちゃったという訳さ」
「なるほど! それなら納得です。それじゃあ、今度こそさようなら!」
「じゃーねー」
手を振ってアルマちゃんの背中を見送る。やはり彼女は単純で、扱いやすい。これで戦闘能力が高ければ躊躇なく仲間にしているのだが……いや、現実逃避は止めよう。
「ルタ。お話があります」
「……なんすか?」
「先程の話ですが……おかしな点がいくつか。まず、人から容姿を聞いていたからと言って、名前も尋ねずに人の名を勝手に呼ぶとは貴方らしくありませんね。そこは普通に自己紹介をすべきなのでは?」
「だから、忘れていたんだよ」
「自己紹介をですか?」
「うん」
信じられるか、とクリスティーナの瞳が言っている。
「まだあります。彼女の容姿は茶髪に焦げ茶色の瞳でした。言っては何ですが、この王城内では非常にありふれた容姿です。だというのに、あなたは彼女の雰囲気がアルマちゃんだから、などという訳の分からない理由で彼女をアルマであると特定したのですか?」
「ちょ、直感で……」
「あまり私を嘗めないでいただきたい」
バッサリとルタの言い訳を切り捨て、クリスティーナは険しい表情で言った。
「貴方の言動は全て、彼女という人を知ったうえで発せられていたように思えてなりません。もしかしてあなた……本当は彼女のことを知っていたのではありませんか?」
「……」
鋭い。ただひたすらに鋭い。
これだから彼女を相手にするのは嫌なのだ、とルタは思う。
だが、文句ばかり垂れていたところで事態が解決しないのもまた事実。ここでしっかりとクリスティーナの追及を逃れておかなければ、後々に響いてしまうだろう。
幸いにも、というべきか。切り抜けるための策はなくもない。
だが――
「答えてください。ルタ」
彼女の澄み切った青の瞳がルタを睨みつけている。
彼は冷や汗を流しながらも強引に決意を固めた。
(えぇい! 絶対に好感度を下げるだろうから言いたくはなかったが、もう残っている手札はこれしかねぇ! いくぞ俺! 毒を食らわば皿までだ!)
「じ、実はね……」
「実は?」
「一目見た時からアルマちゃんが気になっていたんだ」
「――はい?」
必殺、彼女の事が気になってたの作戦。
この作戦、一見すると非常に馬鹿っぽいが馬鹿にすることなかれ。男が恋愛となると脳みそが猿にまで退化するという事実は、清廉潔白なクリスティーナ嬢でも知っている。
ほら、現に凄くショックを受けたような顔をしているじゃん。
(これは……行ける! 有耶無耶に出来る!)
勇者が内心で喜んでいる中、クリスティーナは僅かに震えた声音で問う。
「……それは、つまり……あのような女性がタイプということですか?」
「まぁ、そう言うことになるね。あっ、本人には言わないでね。恥ずかしいからさ」
「……明るくて、元気な人、ですか」
「クリスティーナ?」
「あ……あぁ、もちろん本人には言いませんよ。大丈夫です。そういうことなら、大丈夫です……」
「?」
どんな心境の変化があったのかは不明だが、一先ず彼女は追及の手を緩めてくれるらしい。
これ幸いとルタは違う話題を切り出して変な流れを断ち切ろうとしたが――武器庫に到着するまで妙に塞ぎ込んでしまった彼女に元気を出してもらうことは叶わなかった。
「どうも、お疲れ様です。勇者です」
「クリスティーナです」
結局、ちょっとギスギスした空気のまま武器庫にたどり着いた二人だったが、お互いに仕事へ私情を持ち込むタイプではなかったため、武器庫の前で仁王立ちしていた警備兵に挨拶をした瞬間にはスイッチが切り替わっていた。
「お待ちしていました。今から鍵を開けますので、少々お待ちください」
事前に連絡をしてあった甲斐があり、警備兵は無駄のない動作で武器庫の鍵を開き、二人を中に案内した。さらに真っ暗な武器庫の出入り口に火を灯し、中を見やすくしてくれる。
「ありがとうございます。調査が終わりましたら言いますので、それまでは待機をしていて下さい」
「了解しました」
簡潔に頷いた兵士は表へ出て行く。無駄のない、きびきびした動作だった。効率厨であるルタの眼から見ても中々いい兵士である。是非仲間にしたいものだとその背中を眺めていたのだが、クリスティーナの方は既に調査を開始していた。
慌てて近くにより、ルタは彼女の指示を仰いだ。
「えーと、僕は何をしたらいいかな?」
「……別に、何も」
やけに素っ気ない態度のクリスティーナ。さっきのガバが原因だと悟ったルタは、天井を仰いで頭を抱えた。
(クッソォ……途中まで上手くいってたと思ったらこれだよ。やっぱり俺はRTA走者(笑)という称号から永久に抜け出すことが出来ないのか……!)
この勇者、悔やんでばかりである。情けないことこの上ないが、積み上げてきた物が壊された時の人間など、こんなものなのかもしれない。
落ち込みながらもクリスティーナの役に立とうとノロノロ動く勇者。だが、そんな動きで彼女の役に立てるはずもなく、結局は邪魔にならないようにと武器庫の角で作業を進める彼女の背中を眺めることしか出来なかった。
その一方で、淡々と武器庫の在庫や持ち出しの履歴をチェックしているクリスティーナではあるが――
(……はぁ、一体私は何をしているんでしょう。彼は何も悪くないのに、勝手にこちらが機嫌を悪くして、手伝おうと提案してくれる手を振り払って……馬鹿みたいじゃないですか)
勇者と同じようにうだうだ悩んでいた。
憂鬱な空気を抱えた人間が二人、薄暗い武器庫の中で淡々と作業をしている。
一種の地獄であった。
(取り敢えず、さっさと作業を終わらせたら今日は早めに解散にしましょうか。一晩寝かせたら案外、元の関係に戻っているかもしれませんし)
こういった人間関係の機微に詳しくないクリスティーナは明日に持ち越すことを考えた。そういうのを問題の先送りというのだが――
(ガバのことはしょうがない。やらかした事実は消えないんだから。それよりもクリスティーナ嬢のことだ。どうすっかな……何も思いつかねぇな……明日考えよう)
奇しくも、勇者ルタも全く同じことを考えていた。
実はこの二人、合理的で効率厨でその癖若干面倒くさがり屋という、性格的にも極めて近いものがあった。
喜ばしい接点ではあるが、二人は中々そのことに気が付かない。
それが良いことか悪いことかはひとまず置いておくとして、悩んでいる間も淡々と進められていたクリスティーナの作業が終了した。
「ふぅー」
調査結果としては、「盗賊王の剣」「盗賊王の指輪」「盗賊王のフード」が盗まれていたことが判明しただけという、悲しい結果だった。
分かり切っていた事実を再び確認しただけに過ぎず、リストの中から怪しい人物を探し出すこともなかった。つまるところ、収穫はゼロということである。
「お疲れ様」
「……はい」
空気は最悪で、調査結果も最悪。
今日はもう帰ろう。それが二人の総意であり、お互いに反対する理由はどこにもなかった。
「ん?」
二人が帰り支度を始めたその時である。
唐突に武器庫の扉が開き、表で見張りをしているはずの兵士が中に入って来た。
「どうしたのですか? 今から帰るのでタイミング的にはばっちりでしたが……」
「……」
困惑した表情でクリスティーナが尋ねるが、兵士は何も答えない。
分かるのは、先程までとは明らかに違う雰囲気で、その手が
「クリスティーナ!」
流石は勇者と言うべきか。咄嗟に危険な空気を察知したルタが叫ぶが、もう遅い。さっきまで礼儀正しく優秀な兵士だったはずの彼はしかし、何の宣告もないままに腰の剣を抜刀してクリスティーナに斬りかかった。
「えっ――」
クリスティーナはというと……残念なことに反応できていなかった。
ただ呆然と立ち尽くすのみであり、このままではあの剣によって斬り殺される未来しかない。
「させるかッ!」
咄嗟に武器庫にあった剣を拾った勇者は瞬間移動と見紛う動きで兵士とクリスティーナの間に割って入り、その振り上げられた凶刃から彼女を守ってみせた。
「ッ、何のつもりだ! お前!」
「……」
鍔迫り合いをしながら問い掛ける勇者だが、兵士からの返答はない。ただ中身の消えた無機質な瞳で彼の事を見つめるのみ。
「これは……」
「ルタ!」
背後で混乱の極みにあるクリスティーナが叫ぶ。
「大丈夫! 大丈夫だからちょっと下がっていて!」
実際のところ、この程度の兵士相手に負ける勇者ではない。鍔迫り合いの状態にある最中、彼は鮮やかな剣捌きで力の均衡を崩し、空いた左手で兵士の顔面に掌打を叩き込んだ。堪らず後ろへとよろめく兵士。
その隙を逃すわけがなく、ルタは呆気なく兵士の剣を弾き飛ばし、己の剣の切っ先を彼の喉元に突きつけた。
「――動くな」
無駄のない、極めて合理的で実戦的な動き。初めて彼が戦うところを見たクリスティーナは驚愕に目を開き、一方で喉元に剣を突きつけられた兵士は変わらず無機質な瞳で勇者を見据えていた。
「……君、何者だい? さっきまで普通の兵士さんだったよね? クリスティーナを狙っていたみたいだけど……何か、恨みでもあるのかな?」
「……」
己の生死を握られているにもかかわらず、やはり兵士は答えない。不可解な現象に勇者は眉をひそめ――不意に、気が付いた。
(コイツ……あぁ、そういうことか)
「ル、ルタ……その人は私を狙って?」
「いいや違う。多分、この人は操られているだけなんだよ。きっと本命は――」
勇者がその先を口にしようとしたその瞬間である。これまで何のアクションも見せなかった兵士が突然両手で勇者が構えている剣の刃を鷲掴みにし――
「ッ、止せ!」
これにはさしもの勇者も反応できなかった。
意識を奪われた傀儡となった兵士は何の躊躇もなく前進し、
咄嗟に剣を引き抜く勇者だが、残念なことにその反応は遅かったと言わざるを得ない。
「……やられた」
倒れ伏した兵士の脈を測った勇者は、そう静かに呟いた。その声には言葉にならない懺悔と悔しさが滲んでいる。
「死んだ……のですか?」
「あぁ。死んだよ」
恐る恐る尋ねるクリスティーナにはっきりと答える勇者。誤魔化しても仕方がないことだ。それよりも今は、どうしてこの兵士がこのような凶行に走ったのかを突き止めなければ――
「た、大変だ!」
これから先のことを考えようとしたその矢先、開きっぱなしだった武器庫の出入り口から驚いたような声が響いた。
そちらに視線を向けると、青白い顔をした兵士がこちらを見つめている。
喉元を貫かれて絶命した兵士と、そして、血に濡れた剣を片手に持つ勇者の姿を――
「ち、違うのです! 落ち着いて聞いてください。この兵士は私たちが事件の調査をしている最中に――」
この状況のまずさに気が付いたのか。兵士よりも真っ青な顔色をしたクリスティーナが必死に言い訳をしようとする。だが、そんなものが通じるはずがない。
兵士は逃げるようにして王城の方へと走っていた。
「ま、まずい……これは、まずい……」
この流れは、まずい。
ガタガタと今にも崩れ落ちそうなほど震えているクリスティーナ。
彼女の聡明な頭脳は既にこれが勇者を貶めるための罠であることを見抜いていた。そして、自分たちがまんまとそれに引っ掛かってしまったことも。
この後、彼はどうなる?
恐らく、兵士を殺した罪で連行されるのだろう。
彼はただ、クリスティーナを守ってくれただけなのに。
そして釈明の機会も与えられないままに裁判が始まり、やがては身に覚えがない罪まで擦り付けられることになる。
例えば、国王暗殺の犯人、みたいな――
「ルタッ!」
最悪の未来を想定したクリスティーナは彼の肩を掴んで引き寄せ、鼻と鼻がぶつかるくらいの至近距離で言った。
「逃げてください! 今すぐに! このまま捕まれば、あなたは国王暗殺の犯人に仕立て上げられてしまう! 王室は捕まらない犯人に業を煮やしていましたから、これを良い機会とみて間違いなくあなたに罪を着せるでしょう。そうなったら私にはどうしようもありません。だから逃げてください! アルカディアよりも遠い大地へ。そこで新しい生活を――」
「
「なっ――」
返答は、簡潔にして明瞭だった。
驚愕に目を見開くクリスティーナに対し、こんな状況にもかかわらずやたらと落ち着いた態度の勇者は言った。
「だって、僕が逃げたら次はクリスティーナが餌食になる。そんなの、耐えられないよ」
「私の事はどうでもいいのですッ!」
何を言うのかと思えば、この期に及んでこのお人好しは……!
苛立ちすら覚え始めたクリスティーナは、どうしても彼に逃げて欲しくて言葉を重ねる。
「あなたは勇者なんですよ⁉ この世界を救う義務があるのです! こんな、どうでもいい王国で捕まるなど、そんなことがあってはいけないのです!」
「でも、クリスティーナが」
「私の事はどうでもいいと言っているでしょう! いざとなれば私も逃げます! ですから――」
「ダメだよ」
「何が……」
「クリスティーナは、この国から逃げちゃダメだ。ここは君の国なんだから。出て行くときは、皆に見送られていかなきゃね」
「あなた、まだそんな戯言を……」
「戯言じゃないさ」
そして彼は、場違いなほど柔らかな――まるで太陽の様な笑みを浮かべて彼女に告げた。
「ここは君の国だ。君が誰よりも頑張っていて、君が誰よりも守りたいと願っていて、君が誰よりも愛している国なんだ。その想いを、裏切らせやしない」
「―――」
それに、と勇者は笑って言った。
「誰も知らないところへ逃げたって、後ろを気にしていたら落ち着いて魔王と戦うことなんて出来ないよ。だから、向かってくる敵は此処で倒す。僕は死なないし、クリスティーナも死なせない」
「そんな、都合の良いことが……」
「できるよ。僕は、勇者だからね」
いつもの腰の低さが嘘のような、自信と誇りに満ちたその姿。
クリスティーナは――その姿に、光を見た。
やって来た大量の兵士によって後ろ手に縛られた彼が牢獄へ連行されていく。
何事かと王城から顔を出した連中が好き勝手に勇者の事を話している。
いつか見た光景だ。
トラウマになっている、昔の記憶と似ている。
父に尊厳を奪われて。
ありもしない罪で母に嫌われて殴られた。
周囲の人々は好き勝手なことを言った。話を捻じ曲げて、不幸の沼に沈んでいくクリスティーナを見て心底楽しそうに笑っていた。
やはり、こういうのは見ていて気分が良いものではない。
きっと、以前までの彼女だったら目を閉じて耳を塞ぎ、心を凍らせて無反応を装っていただろう。
だけど――
(もう、逃げない)
逃げるわけにはいかない。
自分なんかよりもずっと凄い筈の勇者が、彼女が見捨てられないからと牢屋に連れて行かれているのだ。
ここで昔の事を思い出して怖いから逃げるなど、女の風上にも置けない。
彼女の心は折れることなく――氷の様だった青い瞳に炎を灯し、真っすぐに前を見据えていた。
感想は全て目を通させて頂いております。ただ、時間の関係で返信しきれないこともありますので、その点はご了承ください。
毎度、モチベーションアップに繋がっております。
今後ともよろしくお願いいたします!