私の名前は「      」   作:捻くれ餅

121 / 180
120話です。

短いです。



故郷へ
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「やっぱり深夜から明け方はまだ冷えますねぇ」

 

「そうだね。でも、刺すような痛みは無いだけ良いんじゃないかな?」

 

 深夜の哨戒で深海棲艦も見えず、暇を持て余した俺は(かじか)んだ手に息を吹いて擦っては僅かな熱を握り締めながら独り言のように呟く。

 すると、隣に居る時雨が相槌を打ってくる。

 しかもわざわざ聞こえるようにマフラーを少し下げてだ。無視しても良いだろうに……律義なヤツめ。

 

 季節は春。

 とは言ったものの流石は東北といったところで、三月下旬なんて道路脇に雪が残ってたりするんだから寒いったらない。

 普通の女子も中高生になる頃には特殊な訓練を受けてるらしく、冬でもスカートだから艦娘もそうだったとしてもまぁ分かる。めっちゃ寒い……というか痛いけど。

 それなのに半袖だったり、人によっては夏や秋から変わらず腹が見えてたりする服装なのは一体何なんだろうか。葛城さんとか長門さんは冬に死ぬんじゃないかと思ってたんだけど……体調すら崩して無いらしい。どーなってんだ。

 

 そんな長袖とか懐炉(カイロ)とかがまだまだ恋しい季節に差し掛かると途端に姫、鬼級の目撃例が不自然なくらい減った。

 比較的平和でいいじゃんって思っても、迷い込んだかはぐれたのか、時々駆逐艦とか軽巡が現れたりするから地元の漁師さん達からしたら溜まった物ではない。だからこんなクソ寒い夜に深海棲艦の影すら見えなくても哨戒は必要らしい。許さん。

 

「漁船にニ、三人同伴すれば哨戒なんて今は要らないと思うんですけど……」

 

「どうだろう? 未然に危険を察知するための哨戒だから、必要無いなんてことは無いと思うよ」

 

「そこなんですよねぇ……」

 

 「今日も深海棲艦が現れてないことが分かる」ってヤツ? ちゃんとした意味があるから断れない。

 しかも最近現れた深海棲艦が殆ど単独、或いは戦力に乏しかったって統計から今までの五人体制じゃなくてツーマンセルにして、代わりに一人当たりの哨戒の回数を減らして貰ったから断れない。

 

 まぁ

 

「そろそろ時間ですし戻りましょうか」

 

「そうだね」

 

 後は警備府に戻るだけだし今日は哨戒担当の最終日。

 一巡するには暫く掛かるからもう冷え込む夜に海に出なくても済むだろう。

 

 

 

 

 

 朝食を食べつつ、今日の休みを如何に過ごすかを考える。

 夜中の哨戒が終わって今は朝。睡眠欲に身を任せて昼まで寝るか、夜まで起きて自由時間を確保するか。

 

「何回経験しても究極の二択だな」

 

 どちらにもメリットとデメリット両方が備わってるから選ぶに選べない。

 

 ……結局どちらにするか決めることが出来ずにぐぬぬと唸ってる間に朝食を食べ終えてしまった。

 

 背中に朝日を浴びてたからウトウトしてしまい、このままでは寝落ちすると最後の理性が訴えかけて来たから半分寝たままの頭で立ち上がり、意思を持たない動く屍のような足取りで自室に戻る。

 

 

 

 この半年の間に自室も随分と様変わりした。

 

 俺一人しかいないにしては広すぎて、それでいながら机と椅子と布団以外何も無かったから独房みたいな雰囲気だった部屋は、今では元々の半分くらいのスペースになって、カラーボックスとか日用品が置かれていて生活感が出てる。家具の大半を木目を意識してるから目に優しい。

 

 半分になったスペースの残り半分は何かと言うと、水道を引いてもらった。自室に洗面台、W.C.(トイレ)、ビジネスホテルみたいな小さな風呂を作って貰った。

 

 風呂やシャワーの際に人目を気にしなくても良くなったのは嬉しい。

 だけど、一番嬉しいのは引き篭もる為のシステムが整ったことだ。

 

日常が死んでる! 何だコレは!? 折角の休みなのに楽しいこと一つすら無いじゃないか!』

 休暇に暇を持て余し、魂の叫びを上げた去年の秋の俺よ。見ているか?

 長期的なお菓子ローンは組まれたものの、完全に俺だけのフィールドを作り上げることに成功したんだ!

 小物は俺が休みの日に買ってきたから良いとして、その半日の間に工事を終わらせる妖精さんたちは一体何者なんだろうね?

 

 

 

 何度見ても満足できる自室に満足した俺は、力尽きるようにベッドへ倒れこんだ。

 

「堕落って最高~」

 

 そう独り言を呟いてからゆっくりと起き上がって机に向かい、日記帳を捲る。

 

 

 

 ……ハワイで飛行場姫を倒した日付が半年くらい前に付いてた。そりゃあ記憶も大分曖昧になる訳だ。

 

 確かあの後に大本営に港湾棲姫と北方棲姫の引き渡し要求があって、当の港湾棲姫がそれを断固拒否。『無理に連れて行こうとするなら今この場で自爆する』って言って引き下がらせたんだっけ? 覚悟キマってんなぁ〜って思ったけど、自爆する(させる)のはたこ焼きのことだったらしい。

 

 

 

 秋の頃には地元の漁業のお手伝いをしたって書いてある。

 まさか『秋刀魚を食べたい』って駄々をこねる北方棲姫を相手にすることになるとは……港湾棲姫も止めるに止められなかったらしいし……。

 それと、漁師さん達に港湾棲姫と北方棲姫の存在がバレてさぁ大変って感じで超焦った。変な灯台の所為で漁師さん達が例の島に立ち寄ってたから初見じゃないって聞いた時はビビったなぁ……。

 

 年末はクリスマスとか大掃除とか、いつの間にか溜まってた書類の処理で忙しかったりした。……空気を読んだのか寒いのは嫌なのか、深海棲艦の侵攻も無かったし。

 

 そんな感じでイベントは盛り沢山。

 飛行場姫以来そこまで激しい戦いが無く、比較的平和に過ごした半年の間に資材の備蓄を増やしたり建造したりしたから、艦娘の数は順調に増えていってる。

 開発とかにも手を回し始めたから最初期よりもペースは落ちたけど、それでも数日、一週間おきに新人が建造されるのはヤバい。そろそろ顔と名前が一致しなくなってきた人が居る。陽炎型と夕雲型の人とか。

 

『今日から陰キャの魂が復活する』

 

 そう日記に書いてフッと笑ったところで、部屋のドアがノックされたことに気が付いた。

 

「何でしょう? ……提督」

 

 やけに不安そうな提督がドアの前に立っていた。

 

 

 

 正直に言えば、提督が俺に話しかけて来た時ってのはだいたい面倒なことがあった場合である。しかも今回は不安そうな顔。

 嫌だな~嫌だな~……無視して部屋に籠りたいなぁ……。

 でも、上司だから従わないといけない。面倒ごとからは真っ先に逃げる駆逐艦も居るってのに……。

 

 執務室に向かう途中、隠れるように溜息を吐く。

 

 そして言われた言葉は……

 

「アメリカへの出向?」

 

 代り映えしない日常に、新しい刺激が齎された。

 




新しい日常が始まる……
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