私の名前は「      」   作:捻くれ餅

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123話です。

ギリギリセーフ


鬼と灸

「流石は長門さん! 頼りになりますね!」

 

 駆逐級だろうが容赦なく全力でフッ飛ばすのは格好良かったぜ! みたいなことを言ってここぞとばかりに持ち上げる。頼りになるのは本当だし。

 艦載機で偵察と言うような恒常的な仕事が無く、大きな作戦以外で出撃することが殆ど無い戦艦。「他の人に行かせた方が効率がいい」みたいな感じで演習に行かずに遠征を繰り返してる俺は戦艦の活躍は拝めてない。

 

 だからこうして好感度……と言ったら失礼か。まぁ、友好的に物事を進める為に柄にもなく色々としてたりする。長門さんの反応からして喜んでもらえたようだ。

 

「フフフ……悪いな加賀、手柄は貰ったぞ」

 

「……今日だけならそれで問題無いと思うわ。だけど、到着まで補給が無いことを考えると手を抜くときに手を抜くのも大事だと思うわ」

 

 長門さんに答える加賀さんは尤もらしい事言ってるけど、自分が何もせずに見物し(サボっ)てることを正当化しようとしてるだけでは? 俺は訝しんだ。

 

「辺りに深海棲艦は居ないみたいだし、乗組員に伝えてくるわ」

 

 ……サボってるなんて思ってすみませんでしたーッ!

 

 

 

 

 

「それでは行きましょう」

 

「「はい!」」

 

「二人とも気合は十分ですね。頼もしいです」

 

 夜。艦載機によって視界が確保出来ないから俺たちの出番だ。

 これから死刑宣告でも受けた受刑者みたいにビビりまくってる陽炎と初風と、とんでもない圧を撒き散らしながら微笑みを浮かべる神通さんの対比がヤバい。ニヤけるのを我慢してたら腹筋割れそう。

 

 神通さんから深海棲艦を見つけた時の対応について簡単に説明を受け終わると、二人が息を揃えて「「見回りに行ってきます!」」と散っていった。

 ……確か二人は神通さんの門下生だっけ? そんなに神通さんが恐ろしいのか? 

 

「スチュワートさんに見て貰いたい物があるのですが」

 

 じゃあ俺も予定通りにコンテナ船の後ろ側に移動しようとしたときに、神通さんから一枚の紙を渡された。

 神通さんの探照灯で照らされて中身を読む。うわ達筆ぅ!

 

「結局私は貴女を指導出来ませんでしたが、大湊にも“神通”が建造されたことを知ったので、演習に来た神通()に、貴女の訓練をするようにお願いしました。余計なお世話ではないことを願います」

 

「Oh……」

 

 まさかの訓練のお誘いだった。

 アカン……超逃げたい。

 でもコレ多分……いや間違いなく好意からなる提案なんだよなぁ……そんなの断れないじゃないか。

 

 地獄への片道切符(有難いお手紙)を握り潰したい衝動を抑えて神通さんを見ると、神通さんは既に知ってたのか、獲物を見つけたような目で俺を見てくる。

 

「『何故か私が訓練のお誘いをしても皆さん逃げてしまうのです……』と佐世保の神通()は言ってました。日頃の訓練は大切だというのに……私も訓練のお誘いをしようとしても逃げられることが多くて……」

 

 悲しそうに目を伏せる神通さんだけど可哀想だなんてこれっぽっちも思わない。何故なら訓練のお誘いの時に“狩る側”の目をしてたら初見の人だって逃げるに決まってるからだ。そして一度でも経験すれば次からは逃げるだろうね!?

 

「スチュワートさんはそのようなことはしないと信じてます」

 

 そんな信頼は要らないかなぁ!

 

「……次からはもう少し眼をどうにかすると良いですよ。無意識かもしれませんけど、凄い目をしてますから……」

 

「えっ? ……忠言ありがとうございます。後で鏡を見に行かないと……

 

 無意識かぁ……そっかぁ……なんて思いながら、佐世保で神通さんに訓練のお誘いを受けた時のことを思い出す。……穏やかに微笑んでたっけ? 疑似餌かな?

 

「……コレをどうぞ」

 

「はい? あの」

 

 いきなり探照灯を渡された。

 

「今持ってる砲を渡してくれませんか?」

 

「え? ……どうぞ」

 

 変なことを言うなと思いながら神通さんに砲を渡す。

 

「ありがとうございます。少し気になることが出来たので船内に戻りますね」

 

「えっ」

 

 その砲を持って!?

 今回は盾には留守番をして貰っている。投擲物なんて奇妙な物を外国に持ち込むのは抵抗があったから、珍しい事に完全にノーマルな装備となっている。

 そんな状態で砲が無くなるのは心細いって言うか何と言うか……

 

「ちょっと、え? 返してくださいよソレ」

 

「……何のことでしょう?」

 

 それでは訓練になりませんよね? と言いながら船内に戻っていった神通さんと、ポツンと残された俺。無情にもコンテナ船は動き続け、予定通りコンテナ船の後ろに就くことが出来た。

 

「……」

 

『説明がまだでしたね。ごめんなさい。私は船上から見ているので、私が担当する筈だったところもスチュワートさんが守ってください』

 

「あの……砲……」

 

 それが無いと防衛もクソも無いんだけど!? 盾も無いんだぞ!

 

『深海棲艦が近くに居たら探照灯を向けて注意を引き、船に被害が及ばないようにしてください』

 

 ひたすらに避けろってこと!? 無茶振りが過ぎる! 鬼かこの人は!

 ……頼むよ~。片手で数えられるくらいの数の駆逐級だけが来てくれよ~。オマケも強敵も要らないからさ! いやマジで。

 

 夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 一週間の楽しい船旅の始まりはきつかったなぁ……

 

 日中は波が伝わってガクガク揺れる部屋で十分に寝れなかった俺は、日記帳に神通さんの訓練の内容を書いておこうと思って昨日の夜を思い出す。

 

 

 

『確かに、逸れた弾などが船に当たっては大変ですね』

 

 安全第一だから! 訓練に熱を入れ過ぎる余り護衛ってこと忘れてるんじゃないのこの人!?

 

『と、いう訳で加賀さんに待機していただいてますので安心してください』

 

「え? 、ご迷惑をおかけします……」

 

『気にしないで頂戴。私だって、暗くなると戦力外って扱われるのは気に入らないの』

 

 『つまりこれは私の訓練でもあるの』と語るのは加賀さん。空母の事情は分からないけどまぁ、戦力外通告って結構心にダメージ来るからねぇ……

 

 俺が失敗したとしても加賀さんがカバーしてくれるってことは分かった。加賀さんが居るからにはコンテナ船が沈むなんてあり得ないだろう。

 だとしてもコンテナ船が無事でも俺が無事で済まない事に変わりは無いと思うんだが?

 

『大丈夫です』

 

 ……絶対に大丈夫じゃ無いぞ。

 

『スチュワートさんならそんな危機に陥ることは無いですよね?』

 

 だから言い方! 「いや無理っス」とか「普通にやらかします」なんて言えないようなこと言わないで!

 

『因みに、深海棲艦が現れないようでしたら私がお相手致します』

 

「……ファッ!?

 

 嘘だろオイ。

 

「い、いや……それだと深海棲艦が攻めてきたらどうするつもりですか? 万全の状態で迎え撃つのは当たり前だと思うんですけど……」

 

『万全の状態で迎え撃つ、ですか……甘いですよ

 

 その言葉と共に、通信機越しに聞こえる神通さんの声から穏やかさが消えた。

 

『遠征ばかりで少々弛んでるのではないですか? 実際の作戦の時にこちらが疲弊していたとしても深海棲艦は待ってくれないんですよ?』

 

「……」

 

 それは香取さんにも言われたから分かってるんだけどさぁ……心構えとかそういうことじゃ無くて本当に実行しようとするのは流石にちょっとどうかと思う。

 

『アメリカの方々にそのような痴態を晒さぬよう、少し灸を据える必要が有ると思いませんか?』

 

「え? あ〜……それもそ……いや結構でホワィ!?

 

―――

 

――

 

 

『神通さんは鬼』

 

 夜の訓練を振り返ってたら、無意識的に日記帳に一文だけ書き込んでいた。

 

「いや~……マジで不意打ちしてくるとは思わなかったなぁ」

 

 いきなり甲板から魚雷投げてくるんだもん。音出ないから探照灯で光が反射して無かったらそのまま沈んで深海棲艦にジョブチェンジしてたと思う。

 香取さんも不意打ちとか騙し討ちは多用したし、俺だって奇抜な方法でダメージを与えるくらいはするけどさぁ……溜息を吐く。

 

「……良い事思いついた」

 

『次からは陽炎と初風も巻き込む』

 

 俺一人だけだなんてなんか納得できない。

 仲間を作って一緒に神通さんを打倒しようと決めた。

 




加賀さんの艦載機や格納庫の妖精さんに夜間でも作戦を行えるように訓練が始まる……ッ!
一体妖精さんはどこに居るんでしょうね?

優しい神通さんの優しくない訓練

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