夜間が冷えるようになりましたね…寒暖の差がヤバい。
「私が来た!!」
目の前に立ち、笑顔で胸を張るのは川内さん。
夜戦時は非常に頼もしかったその存在は、敵対する立場となった今では死神だとしか思えない。
援軍艦隊を置いてきたのか一人だけど、その存在感は誰よりも大きい。今も俺のことを漁船から放たれる灯りで爛爛と輝く双眸で見据えてくる。
大して感じない寒さとは全く別の理由で多くの臓器が縮みあがり、蛇に睨まれた蛙とは正にこのことかと思いながらもどうにかならないかと突破口を探す。
戦闘? 死神を相手に出来る訳ない。
撤退? 死からは誰も逃げられない。
交渉? 死は耳を持ち合わせてない。
……どれを選んでも上手くいく未来が見えない。
状況は絶望的だった。
『『『 …… 』』』
チラリとハ級たちの方を見ると、無機質な視線を俺に寄越したまま固まってた。
助けて欲しいのか? 俺だって助けて欲しいんだけどなぁ!?
さっきまでは頼りにしてたのにいざとなると使えないヤツらだな、なんて自分でも現金だと思い心の中で愚痴る。
それにしても、何時まで経っても止めを刺されない。
夜戦大好きな川内さんのことだから、それはもうあっという間にボロ雑巾みたいにされるかと思ったらそんなことは無く、その視線は多少は歯応えのある獲物を見つけた狩人の目から、興味深々と言った仲間を見る目に変わっていた。
「瑞鳳ちゃんから聞いたけど、本当?」
『ン天使ィ!』
「え? 天使?」
間違っても川内さんの事じゃない。絶体絶命のピンチに光明を与えてくれた瑞鳳の事だ。
“
『 野郎ども撤退! 撤退だァ! 』
「あっ、待って!」
『 嫌だ! 』
ハ級を盾にするようにして逃げる。2体のハ級が吹き飛んだけど、流石にもうボロボロの艦隊を放置して追い討ちは出来なかったのか瑞鳳に止められたのか、川内さんは追ってこなかった。
斯くして、完璧だと思っていたプランAは失敗という形で幕を閉じた。
折角消耗させた艦隊も放り出して撤退するのは勿体ないけど、これから来るであろういつもの夜戦メンバー……好戦的な夜戦の精鋭たちが来るとなると苦戦は免れない。
恐らく報告などから提督もこの状況の解決策も用意して、
『──って訳でプランAは失敗かな』
『ごめんなさい。もっと早く消耗させていれば……』
各々が隙を見つけたり見逃されたりして漁船から離れて、今はまた集まって追撃に注意しながら話し合いをしている。
が、空気が重い。勝ち確の押せ押せムードから一転、まさか撤退する羽目になるとは誰が思ったか沈痛な反省会みたいな雰囲気に包まれていた。
……ニヤニヤしてる俺を除いては。
『ねぇ、何が可笑しいのよ』
『別に~? 確かにプランAは失敗したけど、プランDに移行すれば良いだけだから』
『プランDってなんのこと?』
『姫級たちに動いてもらう』
何を当たり前のことを聞いてくるんだ。
俺たちの手に負えなくなったら手に負えるヤツに投げてしまえばいいだけだろう。
タコにアレを出してくれと言うと、口の付いた黒いボールを取り出した。
格好つけながら『時は来た。機を逃すなよ』なんてメッセージを伝えて、口の中に駄賃として鱈と捌いたフグを入れて飛ばす。
タコが羨ましそうに触手を伸ばしてるけど俺には関係ないから説明を続ける。
『大湊警備府からそこそこ離れた場所に待機して貰ってたんだよね』
『どういう事なの!?』
しかしそういう駆逐水鬼の表情は険しい。
うん分かるよ? 折角『駆逐級がメイン』の作戦だと思って喜んで参戦したら全然そんなことありませんでした~ではキレても仕方ないだろう。
だけど言い訳だってちゃんと用意してあるんだ。
『敵を騙すなら味方から。全力で戦えたでしょ?』
『それはそうだけど』
『それにプランAだけで上手く行ったらそのまま続行するつもりだったんだよね。まぁ、運が悪かったって事で許してくれぃ』
『……納得出来ない』
『じゃあこう言い換えよう。重巡や戦艦ですら屠る大湊きっての夜戦集団を俺と氷雨と駆逐水鬼の部下だけで釣り出せた』
艦隊一つ潰した上でこれとか勲章モンだぜ〜なんて言うと、渋々ながら納得した様子を見せた。
実際に、駆逐級の艦隊なんて鎧袖一触出来る夜戦メンバーズをこんなところで駆逐級の相手をさせるのは勿体なさすぎる。
『確かに漁船襲撃は失敗したけど、最初から全部上手くいくなんて思ってないよ。だからプランニングは綿密に立てておいたから安心して』
『分かった、分かったから。次はプランDだっけ? 私たちはどうすれば良いの?』
『夜戦チームが引き返したと思われるタイミングで、また漁船にちょっかいを掛けに行くよ』
『……やることがセコい』
『どんなにセコくても勝てばいいでしょ。それに、何でも貫く一番槍を砕いた時点でMVPだよ多分』
出来ることを積み重ねて行けば結果は付いてくる。
川内さん達には勝てないから戦わない。だけど、補給が終わった護衛艦娘たちには勝てるならそれを続ければいい。
『敵が嫌がることは積極的にやれってよく言うじゃん?』
『うわぁ……』
『今決めたわ。アンタは敵に回さないようにする』
『褒め言葉として受け取っておくね♪』
『死ね』
『そろそろか?』
撤退からそこそこ時間が空いた頃。
護衛艦隊は補給を終えて元通りになったとして、そうなると川内さんたちを遊ばせる理由は無いだろうから引き返すと思われる。
それは大歓迎だから良いとしても、一緒に引き返すであろう漁船をそのまま逃す訳にもいかない。乗組員の人には申し訳ないけど、もう少しだけスリルを味わっていて欲しい。
だけど今回は夜戦チームがまだ残ってる可能性を考慮して、小鬼たちと駆逐級数匹を連れて俺が威力偵察に向かうことになった。
正直行きたくない。
でもずっと後方指揮官面してたら顰蹙だしなぁ……
『あ、そこに艦載機。墜として〜』
『! ゴァア』
ナイスショット。
でも位置バレちゃっただろうし一回引き返すか?
「見つけたよ」
風の音に紛れて声が聞こえてきた。
その直後に、小鬼が魚雷で吹き飛ばされた。
艦載機を堕としてから発見されるまでの間隔が短すぎる。
そして誰かが既に近くに居ると理解する。
すぐに感覚的にも気配を察知して、波の向こう側を睨む。
果たしてそこに居たのは……
「嫌な予感はしてたんだよな〜」
「僕らのやる事は変わらないけどね」
嫌なものを見るような目でこっちを見ながら頭を掻く嵐と、困ったように応えながら視線と砲身をこっちに向けたままの時雨だった。
そのすぐ後ろには補給を終えたのか、臨戦態勢の護衛艦隊が見える。
『なんてこった』
この二人が居て川内さんが出てこないなら引き返したと考えて良いと思う。だから戦闘を続行したいけど……嵐かぁ。
慎重で堅実な戦い方と大胆で爆発力のある戦い方の使い分けが上手い。チャンスを決して逃さない戦術眼がヤバい。そしてそれらを活かせる技術があるのがヤバい。
隙を見せない癖に、こっちが隙を見せたら一発アウトにしてくる戦い方は心臓に悪いから相手にしたくない。
一方で時雨も時雨で厄介だ。特に雪風と時雨が一か所に集まるのは条約違反だと思う。
時空が歪んでるとしか思えないレベルで砲弾が当たらなくなるのは当然として、深海棲艦の魚雷だけ不発弾になりかねない……幸運量保存の法則が乱れるだろ!
「さて、こてんぱんにされる準備は良いかい?」
『抜かせ。最後に笑うのは俺たちだ』
漁船周辺の決戦が始まる。
・幸運量保存の法則
扶桑と山城にとっては細やかな喜びの種。
偶には良い事がある。
細かい事にも価値を見出すことに価値がある。
時雨や雪風にとっては特に関係ないこと。
偶には悪い事もある。
細かいことを気にしないのも生き残る秘訣か。