思えば、遠くまできたもんだ。
目を覚ますと、そこは明るい天井だった。
深海の暗闇でも広大な空でもない。
随分と見慣れた天井だった。
幾度となく俺を見降ろした蛍光灯。
懐かしい天井だった。
『工廠?』
ウソだろ?
帰って来てもらうなんて言いながら本当に連れ戻すヤツがあるか? 元々仲良くしてたのは事実だけど敵である深海棲艦だぜ?
でもいつかは情報を抱え落ちしない為にも帰ってこないといけない訳で、帰ろうとする意志は実際あった。寄り道し過ぎただけで。結果として全く意図してないタイミングで帰って来ちゃったけど。
チラリと見渡すと窓の外は暗くて、あれからどれだけ経ったのかがイマイチ分からないけど、砲撃の音とかが聞こえてくるから時間はあまり経ってないと思う。
それとは反対に工廠の中は不気味な程に静かで、
そうと決まれば脱走するしかあるまい。と決意し行動に移したところで、右手が何かに固定されたような感覚を得た。
『……』
右手の方を見ると、険しい目つきで俺を睨んだままの氷雨が居るではありませんか!
目がギラギラしてるから超怖い。
『は、ハァイ?』
『……』
しかも相当ご立腹。
にこやかさを意識して笑った顔の口角が引き攣るのが分かる。
どないせっちゅうねん。
途方に暮れてたところで無造作に小さな紙が渡された。
それを受け取り中身を確認する。
【君たちの艤装は君の部屋にある】
『へぇ……』
漁船を人質に取った作戦で攻めたら艤装を人質に取られた。因果応報ってヤツだ。
自分のことは棚に上げてやってくれたなと、悔しさ半分と怒り半分で紙をグシャリと潰す。
丁度ゴミ箱があったから投げる──外れ。右手なら入ってた。
『ん?』
左腕が生えてるやんけ!
でもそんな妖精さんだろうと、真っ白な俺の腕を見る限りだと深海棲艦と化した身体はどうしようもなかったらしい。まぁ俺は俺だし、見た目なんてそこまで気にしなくても良いでしょ。艦娘みたいな今をときめく乙女じゃねーし適当で良いんだよ適当で。
なんて、すっかり思考がズレたところで氷雨が声を掛けてきた。
『部屋の場所は分かるの?』
『まだそこまでボケてないよ』
不自然な程に誰も居ない廊下を氷雨を連れて進む。
足音は俺の分だけなのもあり非常に静かだ。
……妖精さんの謎技術に戦慄したばっかりだけど、深海棲艦も深海棲艦でヤバいということを再認識した。その原因は浮遊してスゥーっと音もなくスライド異動してる氷雨。
海の上なら艤装の不思議パワーで浮いててもまぁ……でギリギリ許せたけど、流石に陸上でも浮いてるのはヤバい。ドラ○もんかな? でも多分、然るべき研究機関に預けたところで何の成果も得られないんだろうなぁ……
外からは依然として微かに戦闘音が聞こえてくるからのんびり考え事なんてしてて良いのかと思わなくもないけど、時間が惜しいならもっとちゃんとした措置がされてるだろうし、俺を俺の部屋に呼ぶことに何かしらの目的があるんだろう。
『しかしまぁ……』
何が艤装は俺の部屋にあるだよふざけやがって。でも艤装が無いとまともに逃げられない以上、罠だと分かっていても乗らざるを得ないのは癪に障る。
でも結局のところ俺の部屋で何が起こるか。これに尽きるだろう。
俺と氷雨を待ち受けていたのは待機していた熟練の艦娘たちで、即座に捕縛されて拷問に掛けられるような未来は流石に無いだろう。悪くても捕まって深海棲艦に対する人質。良い方向に振れたら結構和やかな雰囲気で会話が出来るかもしれない。
だけどそんな皮算用は、久しぶりに戻った部屋に入った直後に裏切られることになった。
「君たちに頼みがあるんだ……出来るだけ早く戦線に出てくれないかな?」
タコが透けて見える大きな網で出来た容器と、氷雨のものと思われるコンパクトな魚雷や砲を両脇に置いてあるソファに腰かけた提督がそこに居た。
第一声がまずおかしい。まさか俺たち二人を戦力としてカウントしてるとは誰が思うだろうか。見ろ、ヤンキーみたいな駆逐艦が『ウソだろ……?』みたいな顔して固まってるぜ。多分俺も似たような顔してると思う。
『裏切られるとは考えなかったの?』
氷雨が尤もなことを言う。
そうだそうだと便乗して俺も言う。
『艤装を受け取った直後にアンタの頭を吹き飛ばすことだって出来るんだが?』
「出来るものなら……やってみたらいい」
俺の言葉を受けた提督は立ち上がり両手を広げた。
口角をやや持ち上げ更に続ける。
「そうしたところで次の提督が大湊に配属されるだろうね。深海棲艦との戦いはこれからも続いていくという訳だ」
『『 …… 』』
そして突然、深海棲艦の抱える問題の本質を突くようなことを口にした。
コイツは何を、何処まで知ってるんだ?
「深海棲艦の目的は
俺たちの考えを全て見抜いたようなタイミングでのカミングアウトに言葉が出てこない。
なんで知ってるんだとか、どうやって知ったのかとか、まさか世界線的な何かに接続したりしたのかとか訊きたいことが山ほど出てきた。
するとまたしてもタイミングよく提督が口を開く。
「深海棲艦の大群が攻めて来たから避難するように言ったところ港湾棲姫が硬い口を開いてね」
『……』
成る程。
港湾棲姫なら確かに知っていてもおかしくはない。港湾水鬼が不肖の妹だとか言ってたし深海での会議に参加したことはあるんだろう。そして、平和の為に戦うという矛盾を嫌がり、北方棲姫と放浪して大湊に辿り着いたんだろうな?
そして、大湊でゆっくりしてたら遂に深海棲艦の大群がすぐ近くまでやって来たから、戦いに終止符を打つ一助として提督に話した……といったところか?
流石に妄想が過ぎるけど仮に、仮に合ってたとするなら──そうだ、カマかけてみよう。
『負けるつもりか?』
「その為の君だろう?」
合ってたー!
つまり俺は自分から持ち掛けた勝負に敗れはしたものの、中枢棲姫の掲げる深海棲艦としての意思『大本営や提督が深海棲艦と落ち着いて対話するようにする』という目標を達成した。つまり勝負に負けて試合に勝ったことになる。
『じゃあ交戦中の艦娘と深海棲艦に宣言しちゃって良いんだな?』
「うん。……間違っても変なことは言わないでね?」
そ、そんな変なこと言うつもり無かったし~?
しかし釘を刺された以上、簡潔に終わらせるのがベストだと判断する。
『じゃあ、タコを開放してもらおうか』
「分かった。竹、鍵を開けてくれ」
「なぁ、アンタは先輩たちが言ってたスチュワートで良いのか?」
竹……なるほど松の姉妹艦か。
そんな竹が、俺の方を見て名前を訊いてくる。
確かに初対面だし、素性も知らない深海棲艦の艤装を開放するのは気が引けるってか? じゃあ名乗りを上げて挨拶しようじゃないか。
『如何にも! 俺こそが『駆逐幽姫』あぁ!?』
何言ってんの氷雨ぇ!?
今までスーなんて呼んでた癖になんで今になって深海棲艦っぽい名前付けちゃってくれんのぉ!?
「ほーん。で、どうなんだ?」
『……駆逐幽姫です』
竹も提督も
でも本物の艦娘スチュワートが建造された時に面倒だし、そもそも俺の名乗りって自称だったからわざわざ訂正しなくても良いか。
思っていた回答を得られなかったのか随分と不満そうな顔をする竹に対して提督がもう一度鍵を開けるように指示を出し、ようやくタコが解放された。氷雨は武装解除と言う意味で艤装を返してもらえなかった。
「さて。長々と話したけど、最初に言ったことは憶えてるよね?」
提督は深海棲艦に歩み寄る決意を固めたらしい。
後は提督が降伏したと思わせない為に、深海棲艦である俺が『勝ち申した』と宣言して中枢棲姫率いる大軍勢がこれ以上戦わなくても良いようにすればいい。
あれ? これ俺が宣言する必要なくない? 港湾棲姫か北方棲姫で良いじゃん。
『これで深海棲艦の悲願が達成されるね』
『悲願? ……あっ』
氷雨が変なこと言い始めたよと思ったら、忘れてたことを思い出した。
そう言えば中枢棲姫の掲げた悲願『多少無理矢理にでも大本営陣営を深海棲艦との対話の席に着けさせる』って事実上の和平交渉に持ち込むための前段階じゃん。
というか提督もその気だから俺が宣言して中枢棲姫を止めたら実質ゴールインじゃん。
……俺の宣言によって深海棲艦と艦娘たちの戦いに終止符が打たれる可能性が濃いとなると、もしかして歴史的瞬間に携わる?
改めて俺の宣言がかなり重い責任を伴うと思うと、緊張で急に吐き気がしてきた。
一回冷静になった所為かそこまでパッションが迸ってない。この状態の俺にそんな重すぎる仕事振ってくるんじゃねぇよなんだよ終戦宣言ってバカか。
氷雨にヘルプを求めるべく視線を送ると『頑張って』と笑顔で返された。
……逃げだしたい。
・変な所で発狂する癖に発狂したいときに冷静になって発狂しない主人公。
・深海棲艦みたいな名前を急に貰った主人公。
氷雨『あげません!』
・主人公の思考
深海で得た情報を大湊に持ち帰ろう
→ へ~、深海棲艦もちゃんと戦う理由があるのね。
→ 提督に勝利宣言するなら個人的な勝負も一緒にやろ。
→ 勝負に負けたけど試合には勝った。勝利宣言したろ。
→ 勝利宣言したら何が起こるっけ。悲願? あっ……
・今年中には本編が完結しそうですね……
2年以内に収まって良かった……