秘書艦回……にはなりませんでした。
二章が遅延されていく。
もっと短く終わる予定だったのに何故……
『明日の予定は、秘書艦です』
電気を消して布団に入ってからずっと、大淀に言われた言葉が頭の中で駆け巡る。
秘書艦ってアレでしょ? 一時間おきに時間を提督に伝えたり、3度の飯を提供したりされたりするやつでしょ?
書類仕事は慣れてないし、料理も家庭料理ならまだしもティーセットが部屋にあるような提督に出せる物は作れない。しかも24時間起き続けるのは非常に厳しいところがある。
しかも秘書艦は『艦これ』の中ではほのぼのとした雰囲気になるが、実際はどうだろう。書類仕事の手伝いとか提督の護衛とか、コミュニケーションとしての面もあるのかもしれない。
目を閉じる。瞼の裏に映された妄想は、俺が書類をばら撒いたり飲み物を溢してたりうたた寝してたりする光景ばかりだった。まだ日付も変わってないというのに胃が痛くなってきた。もし現実になったら笑えないぞ……。
っていうか入ったばっかりの新人に対して研修も何もなくいきなり仕事振るとか正気じゃない。非常事態でも簡単に説明とかはあると思うんだけど。せめて鎮守府全体の案内、日頃の業務内容とそのやり方、福利厚生の説明くらいはして欲しいな……
でも食堂で美味いモノ食べられるし、艦娘寮もしっかりしてる。二次創作でありがちな所謂ブラック鎮守府特有の薄汚れた服を着たり、やつれてたり、目が死んでる艦娘も居ないからホワイト鎮守府だと思う。
っていうか艦娘って日本のどこの組織に分類されるの? やっぱり海軍──海上自衛隊? だったら公務員ってことになるのか? あれ、ってことはやっぱりブラック? ブラック組織のホワイト鎮守府とか頭おかしくなるな。
まぁいいや。
「……寝れない」
そんなことが昨日の夜だ。結局駆逐イ級を数え始めたら20もしないうちに意識が落ちた。とにかく寝ることには成功した訳で、気持ちの良い朝を迎えることが出来た。
寝間着、この体には少し大きい白いシャツを貸してくれた夕張曰く「武蔵さんは出向で居ないので大丈夫!」だそうだが、俺の部屋に洗濯機が無い。どうしよう……
「明日の朝、部屋に迎えに行くので準備して待っていてください」って大淀は言ってた。……そろそろ時間じゃないか? 時計が無いから分からないけど、それは寝坊していい理由にはならない筈だ。
――コンコン
「っは、は~い」
来た。よし……覚悟を決めろ。ここからが本当の地獄だ。
でも変な事したらそれが現実になるであろうことは想像に難くない。素直で大人しい従順な犬のように、言われたことに反抗せずに従っておけば取り敢えず問題はないんじゃないか? それで行こう。
「おはようございます」
「おはようございます。準備は出来てるみたいですね。それではこれから執務室に連れて行きます。取り敢えずは執務室だけでいいので場所を覚えてください」
了解しました。なんて言ってから大淀に付いていく。やっぱり艦娘の数が数だからだろうか長い廊下には多くの部屋があった。昨日は雷と電に案内してもらったけどやっぱり広いわ。
途中で他の艦娘とすれ違ったりしたけど、会釈や挨拶だけで立ち話は出来なかった。朝から艤装着けてたし忙しいんだろうな。
大淀の後ろを付いていき、進むたびに緊張してくる。前も同じようなことがあったなぁ……あの時は明石に連れてってもらったんだっけ? ……なんで明石も大淀も一言も喋らねぇんだよ! これが夕張とかなら絶対に世間話とかワンポイントアドバイスみたいな話題があると思うんだけど、この差は何よ?
「提督、失礼します」
「入りなさい」
あっ、もう着いてる……ヤベェよ心の準備がまだだよ。だからそんな早く入れって目で見ないで! キラリと光る眼鏡が怖いから!
「失礼します……」
執務室に入ると執務机の上以外は変わらない部屋と、相変わらずお人好しそうな提督がお出迎えしてくれた。俺が入ると大淀にコーヒーを3人分用意するように言って、執務机とは違う、お茶をする為にあるだろう小さなテーブルに移動した。
入り口に立ったまま眺めていたら、コーヒーを淹れた大淀が戻って来た。
「貴女も座りなさい」
「……はい。失礼します」
あっ、一緒にお茶しようって流れ?
正直マナーとかも分からないし、そんなのいいからさっさと秘書官の仕事を教えてくれと言いたい。でもそう思ってもイヤとは言えないのが本当に辛いところ。
言われた通りに提督の体面に座って、促されるままコーヒを飲む。熱い。もう少し冷めるまで放っておこう。
カップを置いてそっと息を吐く。その間提督はずっと俺の方を見てニコニコしてるだけだった。
しばらく提督を見ていたが一向に口を開かない。提督の隣に座る大淀もだ。
……これは俺が何か話題を出すべき? それとも秘書艦ってことでここに居るんだから秘書艦のすることの確認を取るべき?
う~ん……後者!
「あの~、秘書艦って何をすれば良いんでしょうか……?」
大淀を見る。眼鏡に朝日が反射して目が隠れてしまっている。マンガだと面白い場面なのに、今はただ怖い。相手の目が見えないってのはかなり不安を煽られる。気まずくなってすぐに目を逸らした。
提督の方を見ると笑顔は消えてキリっとした顔になっている。……なんか問題発言したかな? いや、発言の内容自体に問題は無い筈だ。だったら何でこんな硬い雰囲気になってるの?
「スチュワート、君に教えることは無い」
「……もう一度お願いします」
「君に教えることは無い」
どうやら俺の聞き間違いじゃなかったらしい。
『教えることは無い』らしい。
これは間違っても免許皆伝みたいなノリじゃなくて、意味することは教える程の基礎が無い。もしくは教えたくないのどちらかだということか? どこで提督の機嫌を損ねるようなことをした……? 全く心当たりがないぞ。
なんて動揺してたら更に声が掛けられる。
「あぁ、今のは嘘だ」
「えっと……」
「完全に嘘ではないんだ。秘書艦の仕事というのはそこまで大変な事ではない。だから教えることは殆ど無いんだ。簡単な仕事はあるけど、それ以外は自然体で構わない。雑談しようが居眠りしようが自由だ」
何を言ってるのかが分からない。わざわざ秘書艦ってくらいだからきっと大事な仕事だろうと思ってたから拍子抜けだ。っていうか雑談も居眠りも自由って何? それ仕事じゃないじゃん。いくら何でもやり自由過ぎだろ。でも、提督がこう言ってるんだし許されてるのか?
「 ? ……はい。分かりました」
いまいち納得できないけど頷いておく。
仕事でここに来ている以上、自由にするのは論外だろう。
「じゃあもう少しお茶にしようか」
提督の方から仕事を放りだすのか……
「……」
「「……」」
向かいに座ったまま無言を貫く提督と大淀。そして俺も喋らないから部屋にはコーヒーカップを動かす音と、外から微かに聞こえてくる艦娘達の話し声以外の物音がしない。
俺は秘書艦の仕事をしに来た筈なのに、どうしてこうなった?
何を求められているのかがサッパリ分からず、しかし余計な事をしてやらかすのも怖いから現状維持をし続けてきたが¥けど、あまりにも気まずい。
……これはもしかすると何かの試練なのかもしれない。休憩ばかりする提督に仕事をさせろという無言のメッセージか?
「あの、提督?」
「何だい?」
気まずい雰囲気とは裏腹にあっさりと返事が返って来た。やっぱりあの無言は俺から話しかけろって意味だったの? もしそうなら分かり辛いわ!
「その、ただお茶を飲んでるだけでは仕事にならないのではないでしょうか……」
「……秘書艦の仕事は、先程提督が仰った通り簡単なものです。提督に時間をお伝えすることと、ご飯を提供する事です。それ以外には、提督の護衛や書類整理などが主な仕事です」
おぉ、やっぱり普通に仕事があるじゃないか。
チラリと壁に掛けられた時計を見ると現在時刻は7時半。
執務机の上にも書類が積もっている。
これはまさか、俺が何か行動しなければならないのか?
とりあえず提督に一緒に仕事しようって伝えよう。
「えっと……提督、7時半です。溜まった書類もあるようですので、そろそろ仕事に取り掛からないと……その、自分も出来る限り手伝いますので。その、今日はよろしくお願いします」
そう言っても2人は動かない。
また何かやらかしたか? なんて思ってたら、大淀が口を開いた。
「因みに提督はまだ、朝食を食べていません」
「あぁ、お腹が空いたなぁ……」
そしてワザとらしく呟く提督。「朝食はまだかのぉ……」みたいなノリでコミカルな動作なのに内容がとんでもない。
提督の朝食がまだ。そして秘書官の仕事には3食の提供がある。つまり俺は既に仕事をサボっていたことになる。
となるとこんなことをしてる場合じゃなくないか!?
「し、失礼しました! 今から準備してきます!」
振り返って執務室を出る。
取り敢えず食堂に行って事情を話そう。そうすれば厨房の一角と食材は貸してもらえるかもしれない。でも朝の食堂ってめっちゃ忙しそうだよなぁ……
焦る気持ちは歩くスピードに表れ、狭まった視野は一人の艦娘を追い抜いたことに気が付かなかった。
「オウッ!? 歩くの速……」
そんな声が後ろから聞こえた……気がする。
実際秘書艦って人によっては日中は寝てたり、お酒飲んだりしてるし、かなり自由だと思います。
提督の業務内容に艦娘のカウンセリングも入っていると思うんですよね。
秘書艦として一日、近くで過ごすことで悩みとか抱えてないかとか診る……みたいな?