私の名前は「      」   作:捻くれ餅

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26話です。



秘書艦②

 提督に連れられて食堂。昼食を提督が作ってくれるらしく、席に座って待っているように言われた。

 お昼時ってのもあって食堂も混み始め、賑やかになってくると同時に隅の方に避難した俺は、何事も起きませんようにと祈りながら壁の染み……ではなく空気と同化するつもりでジッと提督が来るのを待つ。

 

「あーっ! 提督が厨房に立ってるー!」

 

 なんて声がすると同時に食堂の時間が一瞬止まった。それは、人口密度が上がったことで熱気を帯びた食堂が一瞬だけ涼しくなるのと同時で、直後にさっき以上の熱気を感じるようになった。

 

 一体何が起きていると言うんだ? 提督に飯を作らせてはいけなかったのか?

 そう考えていると、食器を二つ持った提督が厨房から出てきてキョロキョロしている。周りには艦娘が集まってきていて、既に飯を食べている艦娘がなんか悔しそうにそれを見ている。

 提督が作った飯を皆は食べたいんだろうなぁなんて答えに辿り着く。成程そう考えると提督の作る飯はきっと美味しいんだろう。

 だけど、飯を食べてるときはなんというか…救われてなきゃあダメなんだ。知らんけど。

 でも、こんなピリピリした雰囲気の中だと間違いなくどんな飯も味がしなくなる。そして俺だったら空気に呑まれて緊張で吐く。間違いない。

 

 提督がこちらを向いたことで目が合いそうになる。直前に顔を逸らしたけど提督がこちらに歩いてくる ――見つかったか。

 

「ここに居たんだね、準備が出来たよ。さぁ召し上がれ」

 

 そう言って俺の前に皿を置いて対面に座る。皿の中身は……炒飯だった。いただきますと言ってから食べ始める。朝をまともに摂っていない故の空腹も相まって非常に美味しかった。

 

非常好吃(フェイチャンハオチー)

 

 これは本場で修業したに違いないと判断して

 感想を言ったら

 

「ハハハ、私は日本生まれだよ」

 

 そう朗らかに笑われた。それがきっかけになったのかちょっとした世間話を交えながら昼食を食べた。

提督の話題の引き出しが多くてつい、食事の手が止まったりしても気が付かないくらいお喋りに夢中になった。全然話さないから寡黙な人かと思ってたけど案外フランクじゃんこの提督。

 優しい人ってのは薄々分かってたけど、挨拶や仕事上だけのビジネスライクかもって思ってた。実際はそんなことはなかったし、これは確かに艦娘から慕われますわ。

 それと、テーブルマナーとか全然知らないけど一般女性として変じゃなかったことを祈ろう。流石に口に食べ物含んだまま話したりなんてことはしなかったけど……

 

「仕事に真面目に取り組むのは良いことだけど、多少の雑談くらいは全然構わないよ。今日だってもうすぐ仕事が終わってしまいそうでね、午後から何をしようか考えているんだ。スチュワート、君は何をしたい?」

 

 これは僥倖。だったらさっき考えてた通り座学とかしてもらおう。知識は無くても生きていけるけど、あった方が楽に生きていけるからね。

 

「じゃあ……座学をお願いします。出来れば筆記用具の方もあると嬉しいですね」

 

「うむ。分かった」

 

 そんな会話もあり長い昼食を終えた。時刻は午後1時を回っていた。せめて食器だけは片付ける旨を伝え食器を洗う。その時、厨房に居た間宮さんに夕食の仕込みを手伝ってもらう事を頼むのは忘れない。

 その手のプロが居るんだから協力してもらえるところはしてもらう。提督の飯が美味かったからなんか悔しかったとかそんなんじゃない。

 

 

 

 

 

 ふぅ、と一息ついた提督がこちらを向く。俺も昨日の資材消費の書類から顔を上げる。

 

「書類仕事は終わった。ご苦労様、スチュワート。今は何時か教えてくれないかね?」

 

 ……時計は後ろに掛けてあるんだから自分で見れば良いものを、わざわざ俺に振ってくるのは提督の気遣いだろう。本当に優しい人だと思った。呆れ半分の溜息を小さく吐く。

 

「お疲れ様です。時間は……午後3時15分、ヒトゴーイチゴーです」

 

「無理に言い換えなくてもいいよ。それじゃあ次は、君の希望通り座学にしよう。工廠に行って明石にノートとペンを貰ってきなさい。支払いはコレを使いなさい」

 

 そう言って封筒を渡された。重さからして中には紙が入っているだろう。ありがとうございますと言って工廠に向かう。

 こっそり封筒を開けると見覚えのあるお札は入っておらず、白い紙が見えた。出して確認しようとするが、丁度前の角から誰かが曲がって来たので出来なかった。

 

 工廠に着いたら明石が居たので欲しいものを伝えてから封筒を渡すと、中を確認した明石が狂喜乱舞し始めた。

 怖かったから急いでその場を離れた。欲しいものは手に入ったから良しとする。俺は購買で買い物をしただけ。ナニモミテナイヨ……?

 

 

 

 それから午後6時まで、休憩を挟みつつ3時間に渡って提督から色々と教えてもらった。

 日頃の仕事のことや他の鎮守府について、世間の艦娘のイメージとかも聴いた。艦娘の存在そのものは機密でも何でもなく、妖精さんが関係するところ――妖精さんそのものや艤装、「建造」辺りが機密だと知った時は驚いた。艦娘じゃなくて妖精さんがシークレットなのか。

 そういった内容を中心にノートは綺麗に書くことを意識した文字や文章で埋められた。あとでもう一回分かりやすく纏める必要があるだろう。

 そんなこんなで7時を迎えようとしていた。

 

「午後七時です。夜は私が用意しますね。提督は休んでいてください」

 

 そう言って本日3度目の食堂へ。間宮さん、儂じゃよ。晩御飯の用意は出来とるかのぉ? おぉ! 玉ねぎ微塵切りにしてあるじゃん。玉ねぎの微塵切りだけはいつまでたっても慣れなくて時間がかかるから助かる~。

 お礼を言ってからフライパンを取り出し材料の用意……ヨシ!

 作るのはカレー。ただしドライの方だ。

 

 執務室にカレーを運ぶ。少し余ったから間宮さんに分けてきた。4食分作ったし誰かは食べてくれるでしょ。

 

 

 

「午後8時です。私の作ったドライカレー……どうですか?」

 

ゴホッ……うん、美味しいよ」

 

 咳き込んだの聞こえてんよ……ちょっと辛かったかな? 完食が厳しいなら無茶してまで食べないでほしい。作ったのは俺だけど。

 俺も一緒に食べたけど、まぁ激辛ベースだからそこそこ辛いよねってくらいの辛さのはずだ。

 玉ねぎと人参の甘味で中和されてるから市販の辛口程度には抑えられてる筈だしなぁなんて考えながらスプーンを口に運ぶ。提督が信じられないものを見るような目で見てきた。

 

 

 食堂で食器を片付けてたら間宮さんから叱られた。どうやらカレーに手を付けたのは暁のようで、辛くて食べきれなかったらしい。

 また、やはり提督も辛いのはちょっと苦手なようで、基本的にこの鎮守府で作られるカレーは誰でも食べられるように中辛までと暗黙の了解で決まっているらしい。

 今回は厨房の引き出しに入ってた激辛のルーを俺が目敏く見つけてしまったことと、諸事情を知らないってことで許してもらった。

 因みに、残りの2人前のカレーは無くなってた。

 

 

 

 時刻は午後9時。真っ暗になって鎮守府も少しづつ静かに……

 

『皆行くよ! 三水戦、全艦抜錨!』

 

 ならなかった。

 深夜テンションっていうには早すぎない? 近所迷惑にも程があるね。

 

「スチュワート、川内を止めてきなさい。彼女に伝えておきたいことがあるんだ」

 

「えっ? あっはい、分かりました!」

 

 急いで部屋を出て全力疾走する。工廠の近くには灯りに照らされた人影が見える。……間に合ったか。

 

「ハァ~っ…… 川内さん!

 

「なに? 貴女も夜戦に混ざりたいの? 新入りなのに頑張るねぇ。見所あるよ!」

 

 肺の空気を絞って叫ぶように大声で名前を呼んだら、人混みの中から川内が出てきた。

 

「提督が……呼んでますので、来てください」

 

「夜戦終わってからじゃダメ?」

 

「「「 駄目です 」」」

 

 何故か一部を除いたほぼ全員が、団結して「提督が呼んでるなら行かなきゃダメです」みたいなことを言って、必死になって川内を提督のところに行かせようとしている。三水戦って仲悪いのかな?

 

 

 川内を連れて執務室へ向かう。途中に何度も「今度夜戦に行かない?」って訊かれたから「今日は秘書官だったので、その内気が乗ったら行きます」って応えたら目が、全身が光ってるんじゃないかってくらい嬉しそうにし始めた。

 

「やっぱり神通みたいな訓練だけじゃなくて、夜に実戦するのも大切だよね? ねっ!?」

 

「は、ハイ……」

 

 実戦は大事だと思うけど、別に夜である必要は無いと思うんだ。

 

 

 

「スチュワートは1回出ていなさい」

 

 そう言われて追い出された廊下で待つ。明日の予定はなんだろうかと考えていたら部屋の中から喜びに満ち溢れた声が聞こえた。

 人が喜ぶときに出す声の筈だけど、何故かその声を聞いても釣られて少しいい気分になる……なんてことは無かった。

 

 そしてそれがただの偶然ではないことはこのすぐ後に証明されるのだった。

 




・ホント、提督って何者なんでしょうね?
・明石に渡した白い紙は食券。
・主人公は味覚障害疑惑。辛いの大好き。
・川内の喜び、嫌な予感。 主人公の運命は如何に。
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