私の名前は「      」   作:捻くれ餅

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46話です。

3章最終話です。
誤字脱字報告、感想、ご指摘、いつも助かっております。


自棄、諦念で出来た結末

 ――バァン!

 

 砲弾は外れなかった。

 そのことを認識した直後に大淀に抱き留められる形で押し倒された。

 

「なんてことをするんですか!」

「ハァ……ハァ……早く処置をしないと」

 

 大淀を押しのけて立ち上がると、床に赤い水溜りを広げ倒れているアイツが見える。痛みに気絶したのかピクリともしない。

 それともまさか……死んだのか?

 

 これをやったのは誰だ?

 ――俺だ。

 

 本当にする必要はあったか?

 ――なかったかもしれない。

 

 罪は誰にある?

 ――俺だ。

 

 お前()はこれからどうする?

 もうどうでもいい。捕まって終わりだ。

 

 目が回る。こんなクズだから罪悪感が少なくなるとかそんなことは全く無かった。生後間もない赤子だろうが、死にかけのジジイだろうが、コイツみたいなクズ野郎だとかは関係ない。人殺しは人殺しで一括りにされる。

 ニュースで見て「へぇ~殺しなんて馬っ鹿でぇ~」なんて興味なさげに言ってた俺がやることになるとは……手に持ったコレ()で……。いや、急所は外したつもりだけどまさか本当に?

 

 それで……それで……?

 

「……ウッ……」

 

 喉の奥から酸っぱいモノが押し寄せてくる。我慢できる精神状態じゃない俺は、水と混ざった胃液を吐いた。

 あまりの気分の悪さと、喉の痛みと、これから訪れるであろう俺の処罰(死刑)の予想から涙が出てくる。

 四つん這いになって胃液すら吐き尽くしてなお無を吐き、涙を流し、嗚咽を漏らしながら動かない俺。

 

 そんな俺の惨状を見たのか、それとも別の何かが切っ掛けか、大淀が俺の代わりに慌てながらアイツのことを診ている。

 廊下の方からも大人数の足音が聞こえてくる。

 

何の音だ!?

「スチュワートさん……貴女本当に……」

「ごめんなさい、大淀さん……皆さん」

 

 俺はもう、申し訳無さからただ謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……落ち着きましたか?」

「ごめんなさい……怖いです……由良さん……これからどうなる……んですか?」

 

 執務室でのやらかしで、正に魂が抜けてた状態の俺は工廠に運ばれていた。

 血、吐瀉物、涙で汚い俺を見ても困ったような顔をするだけで、工廠に連れてきてから隣に座ってずっと頭を撫でてくれた由良の優しさが荒んだ心に沁みる。

 

「それは由良にも分からないわ」

 

 ……そう言ってまた困った顔をする由良。

 

「……怒ったり怖がったりしないんですか? 人殺しですよ?」

「死んではないってさっき言われたから、そこだけは安心していいと思うわ。それに、こんなことを言うのは不謹慎だと思うけど……私はあまり怒ってないの」

「え?」

 

 なんで? ……あぁ、怒って“は”いないんだね。つまり多少怖がってはいると。まぁ当たり前かな……。犯罪者になっちゃったんだし、これからは嫌悪の視線とかにも慣れていかないといけないのか……。

 

「ハァ……」

「あら、なんで溜息を吐くの? 大丈夫よ。ねっ?」

 

 いや、何が「ねっ?」よ? 何も大丈夫じゃないんだが?

 

「……確かに、スチュワートさんが全く悪くないっては言いません。提督だってあんな杜撰な指示ばかり出してたんだもの。誰だってイライラするに決まってるわ」

「……でも、実際は誰もアイツに手を上げませんでした」

 

 最初に我慢の限界に達したのが俺だっただけで、アイツをどうかしたかった人は実際沢山いたのかもしれない。

 それでも最初にやっちまった俺が一番悪い訳で……。

 

あ~もういい! メンドクサイ!

「ど、どうしたのいきなり!?」

「ウジウジ悩むのはもう終わり! 由良さん! ありがとうございましたっ!」

「え、えぇ? どういたしまして……?」

 

 終わるときは終わる! 覚悟はしただろ!

 ベッドから起き上がる。さて、大淀はどこかな~?

 

「……ハァ」

 

 

 

 

 

 

 

「スチュワートさん、もう大丈夫なんですか?」

 

 大淀は相変わらず執務室に居た。俺が来るとは思わなかったんだろう。驚きと心配が混ざったような声をかけられた。

 俺が荒らした後片付けをしてたから手伝うように伝える。

 

「まぁ、何とかって感じです。それで、お願いがあるんですけど……」

「何ですか?」

「視察の日に、視察官に自首しようと思うんですけど」

 

 主に自分の為に。

 たとえ殺人ではなかったとしても、抱えたままだと俺の心が罪悪感で潰れるに決まってる。だからもういっそのこと早く罰を受けたいと思った。

 罰を受けたから罪が消えるかと言われたらそんなことは無いんだろうけど、これは「罰を受けた」という事実を以って、少しでも早く楽になりたいという浅はかな考えだ。

 

「……そうですか。私にはそれを止めることは出来ません。……ただ、後悔しないようにしてくださいね」

「ハイ……ありがとうございま「その必要は無い」

「「 !? 」」

 

 何だ!?

 

 驚いて振り返る。そこには黒い服をしっかり着こなした男の人と、その隣には俺の方を睨む不知火が居た。

 視察の担当者が口を開く。

 

「黒川提督は以前から日頃の態度などが問題視されていた。抜き打ちと言う形で偽った予定日を伝えていたが、まさかこんな事になっていたとは……」

「……見慣れない艦が居るようなのでまずは名前を言うべきだと思いますが」

「そうだったね。不知火さんありがとう。……私は荻野。大本営に努めている憲兵だ」

 

 憲兵? 言葉は聞いたことはあるけど実際見たのは初めてだ。この鎮守府では見たこと無かったからてっきり都市伝説かと……。

 あとこれはヤベェな……。間違いなく俺と大淀の会話は聞かれてただろうし、アイツの存在(現状)がバレたら俺は間違いなく捕まる。潔く自首しようと思ってたけどこれは……すごく逃げたい。

 

――の――は――――――ます……

――は――――――――――でしょう?

 

 目の前では大淀が憲兵の……えぇと……憲兵に自己紹介と今の鎮守府の現状を話しているようだった。

 頼むよ~大淀。鎮守府の頭脳! この状況から俺が比較的穏やかに捕まるように誘導してくれ……ッ!

 

「―――という訳でして、――――――――スチュワートさんに担当させます」

 

 ……? 大淀が俺の方に手を向けた。何か分からないから取り敢えず会釈だけはしておこう。

 顔を上げても尚、さっきから俺の方をジッと見ている不知火が怖すぎるんだけど……。

 

スチュワートさん、鎮守府視察の見回りのお供は任せましたよ。……どこに行きたいか尋ねられるので、そこに連れて行くだけで大丈夫です

 

 え? それだけ? 提督はどことか、その他の細かい質問は答えられないんだけど……。そもそも自称コミュ障の俺に接客紛いの事させるとか……死ねって?

 

「えぇ~っと……ま、まずは! ……どこからが良いですか?」

 

 あぁ~! 緊張のあまり声が震えるッ!

 

 

 

――――――――――

 

 目の前を歩く艦娘……スチュワートさんを見る。僕が部屋に入った時に、大淀さんに何かを自首すると言っていたのが聞こえた。……後で訊いてみようと思う。

 

 僕は今まで何度も各地の鎮守府を監査、視察してきて分かったことがある。それは、連絡日時から多少前後した日に訪問するということ。

 抜き打ちと言う形になってしまうけど、ある程度の日時は伝えてあるのだからそこには目を瞑ってほしい。

 何故なら僕が監査に赴いた時に、一番気にすることは「普段」だからだ。予定日時を教えてしまうと対策を取(表面を整え)られてしまう。そうなると、異常事態に気が付きにくい。

 

 提督が変わって一週間程経ったから行ってこいと言われてやって来たけど……。あまりの変わりように驚いた。

 僕は前の提督にはお世話になった。突然訪問しても快く対応してくださったし、鎮守府には活気があって、艦娘に話を聴いても特に不満とかも出てこなかったし……。

 

 それなのにこれは……。

 

 まず思ったことは艦娘の数が少ないということ。廊下の外をチラリと見る。

 確か以前なら海沿いには空母や軽空母の艦娘が居た筈なんだけど……。

 廊下を歩いても誰ともすれ違わない。廊下の外にはただ一人、夕日に向かって佇む一人の影が見えるだけ。部屋からも物音が聞こえない。

 閑古鳥が鳴いているような鎮守府内に以前の面影はなく、全く違う建物に入ったとすら思った。

 

 先程大淀さんから大体の事情は聴いた。前提督の溜めていた資材が危機的状況ではないものの相当減ってしまったこと。その為、今は最低限の防衛を除いて情報収集ではなく、資材集めを主目的とした遠征に行かせているということ。

 戦艦や空母など、主力となる艦娘達はみんな提督の命令で出撃していると聞いた時には不知火さんも困惑していたみたいだし、新しくここに配属された黒川提督は、以前から聞いていた噂と変わらずなかなか問題がありそうだ。

 

「次は工廠を見てみたいな」

「あっ、分かりました」

 

 先程から必要最低限の言葉以外は一言も話さずに淡々と僕が希望した場所に案内してくれるスチュワートさんには、もうちょっと何か喋って欲しいんだけどな……。

 

「……そういえば、提督の姿を見ていませんね。……提督はどちらに?」

 

 不知火さんがそう言ったと同時にスチュワートさんがピタリと動きを止めた。

 

「……一度執務室に戻ります」

 

 クルリと向きを変えたスチュワートさんに不知火さんと付いていく。心なしか先程よりも歩くのが速かった。

 

 

 

「大淀さん、アレなんですけど……大丈夫でしょうか?」

「少し待ってください……大丈夫だそうです」

 

 執務室に黒川提督は戻っていなかった。一体どこに居るのだろうか……。

 スチュワートさんは大淀さんと “アレ” といった僕には分からない短い会話を行い、再び付いてくるように言って歩き始めた。

 

 

 

 医務室と書かれたプレートが見えるその部屋にスチュワートさんが入っていった。

 医務室? 体調不良何だろうか……でもそれなら提督個人の部屋で療養するなり、病院へ行くなりやりようがありそうだけれども。

 

「「 …… 」」

 

 不知火さんと目を合わせてから閉じられたドアを開くと、ベッドで眠っている黒川提督が目に入る。

 

「これは一体……どうなされたんですか?」

 

「提督は先ほど耳、肩、膝を撃たれる大怪我を負いました。……私が犯人です。さぁ、捕まえてください」

 

 そこにあったのは一つの真実だった。

 

▲――――――――――

 

 

 

「さぁ、捕まえてください」

 

 目の前には驚いた顔のまま固まっている憲兵と不知火。

 対して俺は両手を上げて目を閉じる。これで……これで終わりだ。

 

「「 …… 」」

 

 まだ? 腕がキツくなってきたんだけど。

 

「それは……何かの冗談かい?」

 

 お、反応アリ。

 

「いえ、本当のことです」

「……不知火さん」

「分かりました。……動かないでくださいね」

 

 いや動かんよ。不意打ちもナシだ。捕まえてくださいって言ったし、ちゃんと捕まえてくれるよね? 問答無用で眉間にズドンされても文句は言えないことしてるから不安になってきたぞ。

 

 しかしそう考えてる間にも不知火は隣まで来て、俺の両腕を後ろにして手際よく縛っていく。「縛りプレイか……」なんてクソ程どうでもいい事を考えている間に作業が終わる。

 

「終わりました。彼女はどうするんですか?」

「……このことは私の一存では決められない。可及的速やかに大本営に連絡を入れてくれ。大淀さんに話を聞くためにもう一度執務室へ向かう」

「分かりました」

 

 そう言って部屋から出て行く音が聞こえる。目を開けると眉間に皺を刻んだ憲兵が居た。

 

「もう一度聞くが、本当の事なんだね?」

「はい」

「そう言わされているとかではなく、本当に?」

「はい」

 

 なんか真面目そうな雰囲気あるし、ちょっとこの人苦手かも……こう、「悪は裁く! 虚偽や偽りは許さんッ!」って感じの人はちょっと一緒に居辛くて……なんだっけ? 水清ければ魚棲まず?

 

「……貴女の言うことを信じましょう。……ハァ、大変なことになったぞ」

「ご理解いただけたようで何よりです」

 

 そう言ってスマイルを浮かべる。きっとこの顔は可愛いだろうし、悪い印象にはならないと思う。

 不知火が戻ってくるまでずっとニコニコしてたら胡乱げな目で見られた。解せぬ。

 

 

「お待たせしました。荻野さん、至急大本営に彼女を連れて戻ってくるように、と」

「分かった。スチュワートさん、付いてきてきてもらえるかな?」

「はい」

 

 ついてきてもらえないかな? じゃねーよ拒否権無いだろそれ。拒否するつもりは無いんだけどさ。

 それにしても大本営ね……。今更だけど凄い大事になってきた気がする。

 

 

 

 

 

「それじゃあ私たちはこれで失礼するよ。突然の来訪、失礼しました」

「はい、現状の報告をよろしくお願いします……監査、ありがとうございました」

 

 執務室に戻って憲兵――荻野さんが大淀に別れを告げる。大淀がお礼を言ったのは、決まり文句ってのもあるだろけどそれ以上に、鎮守府の現状をしっかり報告してくれる存在が意図していないとは言え予定よりも早くやってきたことに対するものだろう。

 そう考えていたら荻野さんにチラチラ見られる。……まさか、俺にお別れの言葉を言わせようとしているのか?

 目を合わせると荻野さんが頷く。そういうことらしい。

 

「大淀さん、大変ご迷惑をお掛けしました」

 

 大淀が俺の方を向く。後ろで縛られた腕を見て顔を顰めた。

 アイツが残した負の遺産(心のキズ)と俺が残したであろう爪痕(悪評)で大変だろうけど頑張って欲しい。

 事件を起こした張本人である俺にそんなことを言う資格なんて無いんだろう。だけど謝罪として、お礼として形だけでも受け取って欲しい。

 

 そこでふと、歓迎会で気を失いかけるまで構い倒されたことを思い出した。

 他にも、工廠で艤装のあれこれでお喋りをしたこと。

 提督にイタズラ半分で激辛カレーを食べさせたこと。

 誰も持ってないような新兵器で皆を困惑させたこと。

 

 思い出すのはそんな、ここに来てからの思い出ばかり。

 喉が、目頭が熱くなる。

 口元が震える。視界が滲み出す。

 耐えるように下唇を噛む。

 

「短い間ですけど……お世話になりました。楽しかったです……。他の皆さんにも伝えておいてください」

 

 なんかいつもと違う声が出た。ああ、中学、高校の卒業式でさえ泣きやしなかったのにこんな……俺はこんなに涙脆かったか?

 

「はい、必ず。」

 

 もうダメだ……。大淀の言葉を聞いて我慢できなくなった俺は涙を流す前に執務室から出た。

 

 滲む視界には人は居なかった。

 執務室の入り口、閉まった扉の前で俺は蹲り、声を殺して泣いた。

 

「……」

 

 ……後ろには足音を殺して付いてきていた不知火が居ることを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、大本営に戻ろうか」

「一番早いのは最寄り駅から数本乗り継いだ行き方です。既にタクシーは呼んであります」

「ありがとう。スチュワートさんも行こうか」

「はい……」

 

 恥ずかしい……まさか泣いてる時に後ろに不知火が居たなんて……。

 

 三人で歩いている内にいつぞや来たことがある煉瓦の壁。

 これを越えたらここでの生活が終わるのか……。

 

嫌だなぁ……

「ん? 何か言ったかい?」

「え? いえ、何も……」

「……」

「そうか……」

 

 やっぱり一度だけ見たことがある舗装された道路とそれを囲む木々。

 そして酷く懐かしいタクシーがそこに鎮座していた。

 

 あれに乗れば終わりか……。

 そして俺たち三人はタクシーに乗り込んだ。

 

 そういえば、長門たち出撃班は上手くやってるだろうか? いい結果を聞く前にお別れになったのが心残りだ。

 ……もう一度、戻ってきたいなぁ……。

 

 俺は、沈んでいく夕日を見ながらそう思った。

 

 ―――――

 

 ―――

 

 ―

 

 

 




超スピードでお送りしました3章でした。
次から4章ですが5章への繋ぎのようなものになる予定です。

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