私の名前は「      」   作:捻くれ餅

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55話です。

今回は主人公が鹿島さんを前に頑張るお話です。

まるゆは潜水艦娘の教官なので、残念ながらこの小説には……


香取の妹

「うっ」

  

 そう一瞬呻き声を上げて後ろに半歩下がった鹿島さん。

 凄まじい勢いで泳いでいる目と明らかに落ち着きを失って揺れる体を見て、香取さんが弱い者イジメ……もとい “ちょっと” 追い詰めることを繰り返すのか分かったような気がする。

 

 ……うん、これは(たの)しい。

 

 一度手を出せば病みつき必至、二度目で中毒(止められない)、三度もやれば死に至る(止まらない)素敵な優越感と言う名の(快楽)が摂取出来るんだもんな。

 

 煙草や酒を止められないおっさん達とか、弱い者イジメをする小学生と同じだ。人間、痛みには滅法強くても快楽には耐性が無いって何で知った知識だっけ……まぁいいや。

 

「あの……鹿島さん?」

 

「なっ、何でしょう!?」

 

 そろそろ落ち着いて欲しいんだけど……。なんで俺が秘書艦経験あるってだけでこんなに動揺されるとこっちが悪い事したみたいじゃん。

 

「……そろそろ落ち着いてください。秘書艦経験があるからなんだっていうんですか」

 

「それは……」

 

「香取さんがダメって言わないなら、鹿島さんも優秀な教官なんじゃないですか?」

 

「……」

 

 ヤベ……俯いて黙っちまったよ。嫌味に聞こえちゃったか? でも神州丸さんも可愛ぃ……すげぇ強かったし、きっと鹿島さんもパッと見新人っぽいけど間違いなく優秀だろう。

 俺の前に教官(先生)として立ってるってことは誰かに「教えても良い」って評価や判断されてるって事で……教師になる為には相応の努力や資格、知識諸々が必要な訳で……教師のハードルってやっぱり高いんでしょ?

 

……ですよね。

 

 おっと何か言ったか? 聞き逃しちゃったぜ。

 

「そうですよね! 香取姉からもお墨付き貰ったんだし、この程度では挫けません!」

 

 わぁ。突然元気になった。……ヤケクソじゃないよね? 俺だって教えてもらうなら意気消沈した人より溌剌とした人から教えてもらう方が良い。……「諦めんなよぉ!」なんて言い始めない限りは真面目に教えてもらおうそうしよう。

 

「そうと決まれば早速……準備したこちらの書類を―――」

 

「えっ」

 

 なんだあの量!? 一センチはあるぞオイ! 冗談だろ?

 

「こちらの紙に書いてある条件に従って捌いてください。」

 

 そう言って一枚の紙を渡してくる。

 

・全ての紙にサインを記入すること

・例外として薄い青の紙はサインを記入せず纏めること

・同じ内容の紙が三枚以上ある場合それらは捨てても良い

・十分置きに時間を伝えること

・私が話しかけたら会話をすること

・分からないことは私に訊くこと

 

 面倒くせぇ……。

 

「えっと……質問良いですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「制限時間はどれくらいでしょう?」

 

「全て捌ききるまでの時間を計ります」

 

 うわ……苦手なヤツだ。でもゴールラインが見えるだけまだマシだろう。

 

「……筆記用具はどこにありますか?」

 

「こちらをお使いください」

 

 ザ・普通なボールペンとメモ用紙? の紙を複数枚渡された。傷も無いから恐らく新品だろう。

 

「……他に訊きたいことはありませんか?」

 

「どのくらいで終わらせると良い感じでしょうか」

 

「それは……秘密です♪」

 

 あ゛あ゛あぁぁー!  そのくらい教えてくれても良いじゃんモチベーションに関わるから! そういえば鹿島さんは香取さんの妹じゃん! ちょっと意地悪なところがそっくりとかなんなのさ! この鬼! 悪魔! 香取さんの妹!

 

「……分かりました」

 

 だが今はちょっと我慢しようじゃないか。艦の記憶云々を抜いた精神年齢だけならそんじょそこらの艦娘よりも高い筈だ。…… “今は” って付くけどレディーなんだから無闇矢鱈とキレ散らかしたりしないようにしよう。

 

「準備は良いですか?」

 

 頷く

 

 やってやるよ。如何にもこういったことから逃げ出して遊びだしそうな卯月を始めとする駆逐艦とは違うことを見せつけてやるぜーッ!

 

「では……始めっ!」

 

▼――――――――――

 凄いです……。

 

 素直にそう思いました。一度でも秘書艦を経験しただけあって凄いスピードで書類を捌いていっています。

 元からこういうことに慣れていると言いますか適性があると言いますか……。ちょっと悔しいですけど、作業のスピードだけなら私よりも速いかもしれません。

 

「十分が経過しました」

 

 そう考えている内に十分が経ったみたいです。書類の山はまだありますけど、処理が終わって纏められた書類も多くなってきています。

 

 そっと後ろに移動して手元を覗き込むと、メモ用に渡した紙に汚く、癖のある字で色々なメモが書いてありました。見る見るうちに紙に正の字が増えて、ゴミ箱に恐らく重複したであろう書類が丸めて投げ込まれていきます。

 

 さて、ちょっと話しかけてみましょう。

 

「スチュワートさんは、随分慣れているみたいですね」

 

 すると肩が跳ねて私の方に振り返り「うわぁっ!」なんて言ってから溜息と同時に空気が抜けるように脱力してしまいました。

 

 驚かせてしまったようです。反省しなければいけません……と言うよりはこんなに驚くくらい私の存在を忘れ去っていたのでしょうか。もしそうなら素晴らしい集中力だと思います。ちょっと分けて欲しいくらいです……。

 

「フゥ~……そうですねぇ……反復作業や流れ作業は嫌いじゃないので……では、作業があるので」

 

 ……やっぱり性格的に相性が良かったみたいです。私は反復作業や流れ作業はあまり好きではないので、スチュワートさんの気持ちを理解するのはちょっと難しいですけど、きっと楽しさや面白さを見つけて楽しんでたりするんでしょう。……隣の芝は青く見えるってこういうことを言うんでしょうか。ちょっとスチュワートさんが羨ましいです。

 

 

 

―――コツコツ―――カサカサ

 

「……」

 

―――クシャクシャ―――ゴッ―――ガサ

 

「……」

 

 スチュワートさんが書類越しにボールペンで机を叩く音、紙が擦れる音、偶に紙が丸められる音、どれもこれも眠気を誘うものばかりで、昼食後ということもあってとても眠いです。ちょっとウトウトしてしまいました。

 ……もしかしたらうたた寝くらいはしてしまったかもしれませんが、もしそうならスチュワートさんに気が付かれていないことを祈るばかりです。

 

「スチュワートさん、少し休憩しましょうか」

 

「……もうちょっと待って下さい、そろそろ終わるので。……はい、終わりました」

 

「え?」

 

 ……速くないですか?

 

「因みに開始からえ~っと……四十分経過してますね」

 

「嘘っ!?」

 

 あぁどうしましょう。うたた寝してしまったみたいです。教官である私がこれではスチュワートさんに示しが付きません……。

 

 ……というか、四十分経過の時点で終わったって……やっぱり作業が速過ぎます。

 しっかりと分けられた書類を受け取って確認していくと、きちんと全てにサインが記入されています。こっちの方はちょっと癖があるもののキチンと書かれていました。ゴミ箱には重複した書類が丸められて沢山入っていますし、書類の数も……合ってますね。

 

「時間経過の声を聞いてないんですけれど……」

 

 そう! スチュワートさんには悪いけれど、それさえあったら私も寝ないで済んだと思います! 条件の一つを満たしていませんし、少しくらい怒っても良いと思います!

 

「それは……鹿島さんが気持ちよさそうにしてたのでそっとして置こうと……」

 

「うっ……」

 

 ダメです。寝ちゃった私が全面的に悪いので何も言えません……

 香取姉……助けてください~。スチュワートさんに教えることが……ありました。

 

「不合格です」

 

▲――――――――――

 

「不合格です♪」

 

「えっ」

 

 嘘やん。俺めっちゃ頑張ったのに不合格? おいおい鹿島さんや、意味わかんねーこと言わねぇで、合格って言ってくだせぇ!

 

 途中に寝てるの起こさなかったから? それとも平均より遅い? それとも重大なミスでもやっちまったか?

 

「……理由を訊いても良いですか?」

 

「はい。スチュワートさんの仕事はとても速く、結果だけなら満点に近いです」

 

「……?」

 

 なんでそれで不合格なん? 満点に近いんでしょ? だったら合格にしてよ。名前の記入欄とか見当たらなかったから名前未記入で零点なんて無いだろうし……もしくは一発合格は許さんってヤツ?

 

「……スチュワートさん。なんで不合格にしたか分かってますか?」

 

「分かりません」

 

 分かるかよ。即答だよ。俺は出来る限りの力を使って超スピードで書類を捌いた。それは褒められるべきことで、決して悪い評価に繋がるものでは無い筈だろ?

 

「スチュワートさんの仕事には華がありません」

 

「はい?」

 

 どーゆーことだ? 仕事は仕事だろ? 今回は作業だったけど、どこに華が必要になるってんだ。茶道や華道、お茶会みたいなものが求められるとでも言うつもりか?

 

「一緒に仕事をして楽しい、心地よいと思わせることが出来るようになるまで、私はスチュワートさんに合格を出しませんからね!」

 

「えっ」

 

「作業の速さと正確さは文句無しなので、課題が丸見えですね♪ これから頑張りましょう」

 

「……」

 

「頑張りましょう!」

 

「……ハイ」

 

 やはり香取さんの妹だ……。一筋縄では合格をくれないってことか。

 まだまだ教育は続きそうだな……。




やっぱり味気ない時報なんて嫌だよね! そんな乾パンみたいな主人公を鹿島さんがガンガン鍛えていくらしいです。

Q.主人公が仕事が速いのはなんで?
A.速く終わらせようと焦ってるから。ミスが無いのは偶々です。

次回『あきつまる(動詞)』
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