「青葉、お茶にしよう、好きなものを食べて良いぞ」
「本当? ありがとー、そーじろー! 」
目を輝かせる孫娘の姿に、思わず佐倉惣治郎の頬がほころぶ。
「双葉、お前もコーヒー飲むか? この時間なら少しくらいゆっくりしていっても平気だろう」
惣治郎の提案を、双葉は謝るようなジェスチャーで返す。
「ゴメン、惣治郎。今日は夜の準備もあるから、アイツを手伝ってやらないと」
そう言い残し、店に行く準備をするため、双葉は自分の部屋がある2階へと登っていった。
(そうか、今日はバーの日だったな)
惣治郎の代ではごく普通の喫茶店であった『純喫茶ルブラン』ではあるが、現在では週に3日ほど夜間はバーとして営業している。それには双葉の職業が関係している。
彼女は認知訶学の研究者。認知訶学とは、人の心の中には異世界があり、そこに干渉できるのか、また干渉することで現実世界にもたらされる影響を探る学問である。
認知訶学を究めるためには、多くの人達と関わりその心に触れなければならない。事実、認知訶学の先駆者として有名な丸喜拓人もカウンセラーとして働くかたわら、その道を志す者では知らぬものはいない論文を書きあげている。
2代目マスターである義息は、人見知り気質の双葉がより多くの、より様々な価値観を持った人々と交流を持つ機会を設けるため、彼が高校時代にバイトをしていた新宿のバー『にゅぅカマー』のママであるララちゃんに協力を頼んだ。
この縁で惣治郎もララちゃんことエスカルゴ・ララと交流を深めるようになる。肝っ玉母ちゃんという言葉が相応しいその人柄は惣治郎にとっても好ましいものであった。ともあれ、ララちゃんを筆頭に義息行きつけのジャズクラブの店主など、多くの人達から力添えをもらい開業にこぎ着けた夜のバータイム。これが中々評判が良いそうで、今では知る人ぞ知る名店という地位を築いている。
惣治郎が座るテーブルの向こう側には、キラキラとした笑顔で青葉がお気に入りのお菓子をほおばっている。
「どうだ、青葉うまいか? 」
惣治郎の問いに、青葉は母譲りの“ニカッ”とした笑顔で答える。
「とってもおいしいよ、しあわせ~」
(幸せか…… )
青葉の言葉で惣治郎は思考の海に沈む。
惣治郎と双葉の間には、実のところ血の繋がりはない。彼女は惣治郎の親友であった女性・一色若葉の忘れ形見で、当初は伯父の家に預けられていたのだが、そこでの双葉に対する扱いが許せなかった惣治郎は双葉を養子として引きとったのだ。
共同生活を始めたばかりの頃、双葉は目の前で母が事故にあうのを目撃したトラウマから部屋に籠りきりで、心を閉ざしてしまっており、惣治郎ではどうすることも出来なくなってしまっていた。そんな二人が本当の家族になれるよう尽力し、双葉の心を癒し、外の世界へと連れ出してくれたのが、現在の彼女の夫であった。
彼と惣治郎との始まりは、冤罪によって保護観察処分を言い渡され故郷を追われた少年を、かつての自分と重ねた惣治郎が保護司として1年間預かることにしたことであった。ほんの気まぐれで引き受けた少年が今では義息となり、自分の店を継ぐというのだから人の縁とはつくづく不思議なものである。
準備が整ったのであろう、再び顔を見せた双葉の言葉で惣治郎は現実に呼び戻された。
「惣治郎、アタシは店に行って来るから青葉のことお願いね」
「はいよ」
惣治郎の言葉をうけて、「行ってきまーす」と出掛けようとする双葉を惣治郎は不意に呼び止める。
「なぁ、双葉」
「なぁに、惣治郎? 」
「お前。今、幸せか? 」
「あったり前じゃん。青葉がいて、アイツがいる。それに
少し頬を染めて「サラダバー」と去っていく双葉と「ママ、いってらっしゃい」と見おくる青葉の声をBGMに、惣治郎は白髪が増えてきた頭をかきながら窓の外を見る。
(まったく、そりゃ反則だろ)
彼が見つめるのは雲1つない茜空の、さらにその先。
「なぁ、若葉見ているか? 俺は今幸せだ」
旧友を懐かしんだ惣治郎は、彼女からレシピを引き継いだカレーを夕飯にしようと、厨房へ向かうのだった。
キャラクター紹介
主人公:惣治郎を「義父さん」と呼ぶ。双葉と結婚しルブランのマスターを継いだ。
双葉:主人公の嫁。惣治郎をたまに「お父さん」と呼ぶ。認知訶学の研究をする傍ら、ル ブランを主人公と切り盛りしている。近頃、主人公目当ての女性客が増えてきてヤキ モキしているため、二人きりの時は”離れなくても良い権利“を行使している。
青葉:主人公と双葉の娘。惣治郎を一度も「おじいちゃん」と読んでいない。将来の夢は両親と共にルブランをもりたてること。
佐倉惣:幸せな人。孫娘から「おじいちゃん」と呼ばれるのが当面の目標。
if:屋根ゴミルート
惣治郎「双葉、お前もコーヒー飲んでくか? 」
双葉 「ゴメン、惣治郎。カナちゃん今、妊娠してるから無理させらんないよ」
青葉 「ねぇ、ママ。わたし早く弟か妹に会いたい」
双葉 「もうちょい先だな、でもお腹をさわると動くのわかるから青葉も触らせてもらうといいぞ」
青葉 「うん」
惣治郎「お前らが決めた事だから、もうなにも言わんが本当に良かったのか? 」
双葉 「もちろん、アイツならアタシも青葉もカナちゃんも、これから産まれてくる赤ちゃんだってまとめて幸せにしてくれるって信じてるから」
おしまい