Fate/GrandOrder Lyric_of_Ruin 変種異聞帯 Ⅰ 千秋粛清強国 カン ―連理の鳳凰― 作:タナトス・ルイ
「呂雉って?」
小首をかしげる立香にマシュがこっそり耳打ちをする。
「呂雉は前漢の初代皇帝である劉邦の正室です。若い頃はただの遊び人だった劉邦を支え、皇帝へと導いた女傑ですが、晩年は嫉妬心から劉邦の愛人を残虐な手法で殺害し権力をほしいままにしたと言われ、妲己や武則天さんや西太后と並んで中国四大悪女とも呼ばれる人物です」
「四大悪女・・・」
そう呟きながら、立香はカルデアにいるあの幼女の姿を思い出していた。
「とてもそうは見えないけど・・・」
「はい、私もイメージしていた姿とは違います。それに・・・」
『ミス・マシュ、どうやら気がついたようだね』
「きょ、教授! いきなり話しかけないでください。びっくりするじゃないですか」
『いやはや、びっくりさせたようなら済まないね。ただ彼女が呂雉だとしたら非常に奇妙な矛盾があることになるんだ。 その時代はもう劉邦こと高祖はもう亡くなっているんだ。つまり現在その国を支配しているのは他ならぬ呂雉とその周囲にいる家臣たちのはずだ。』
「生きている人間がサーヴァントとなることはない・・・」
「そうです・・・。マーリンさんのように自分が生まれていない時代であれば死んでいないと仮定出来てサーヴァントにもなれるのかもしれませんが、しっかりと生きている時代に完全なるサーヴァントとして存在することは・・・」
マシュがそう言い淀むと、側にいた虞美人が一気に呂雉を攻め立てた。
「そうよ! 生きている人間はずの人間がサーヴァントになるなんてありえないわ! アンタはいったい誰なの? 正体を隠しているのなら今のうちにはっきり言いなさいよ!」
「そうは言われましてもね・・・。私も気づいたらこの時代にいたというだけなのです・・・。自分が呂雉であるということとかはわかるのですが、自分がこの姿でいたのです」
「つまり記憶がないということでしょうか?」
「まあそんなところですね。実を言うと私自身死んでしまったという記憶すらも曖昧なんですよ」
「うーん、それってどういうことだろう?」
「ちなみに何ですが、ミセス呂雉、貴女が明確に覚えている最後の記憶はどんなものなのですか?」
ベディヴィエールがそう尋ねると呂雉は少し考え込んでから答えた。
「そうですね・・・はっきりと覚えているのは、楚から解放され、あの方の元へと戻った時ですね」
「楚から解放って?」
そう小首を傾げる立香にマシュがこっそりと耳打ちする。
「呂雉さんは少しの間、項羽さんが率いる楚に人質として捕らえられていたんです。それを韓信さんたちによって解放されたはずです」
「韓信ってあの?」
立香はそう言いながらシンで出会ったあの小太りな男を思い浮かべていた。
「あら、貴女たちは韓信を知っているのかしら?」
「ええ、まあ以前ちょっとだけ会ったことが・・・」
「彼には本当に世話になったわ。感謝してもしきれないくらいよ」
その言葉にマシュは意外そうな顔をした。 その様子に気づいた立香はマシュにこっそりと尋ねた。
「どうしたのマシュ?」
「いえ・・・。私が知っている限りでは韓信さんは最後には反乱を企て暗殺されたとされています。それもそのやり方は呂雉さんとその子を監禁して政権を奪うという方法で・・・」
「そのことを彼女は知らないってこと・・・」
「そう・・・なりますね・・・。記憶を失っているのかそれとも知らないのかはわからないですけど・・・」
二人がそんなことを話していると呂雉が声をかけてきた。
「あら? 二人とも何を話しているの?」
「い、いえ別に何でもないです」
「そう、あなた達、これからどうするつもり?」
「それは・・・。今はまだはっきりとは。ここがどういう状況になっているのかも全くわからないし・・・」
「だったら私のもとへ来てくれませんか?」
「えっ!?」
「韓信と通じたことのあるあなた方ならなんとなくだけど信頼できそう。私の場所に案内するわよ。もちろんそっちがよければだけど・・・」
その提案に立香たちは少し間を置いて、この場における最高指揮官であるゴルドルフの判断を仰いだ。
「ということだけど所長どうします?」
その質問にゴルドルフは面倒臭そうに答えた。
「今のところほかに選択肢もないだろう。彼女を信用するしかない・・・」
「ですよね・・・。じゃあ呂雉さんお願いします」
「わかったわ。じゃあ行きましょうか」
そう言って呂雉が少し歩き出したのを見て立香の方を思いっきり掴んだ手があった。
「ちょっと後輩! まじであんたあいつを信用する気?」
「今は信じるしかないですよ。それに嘘をついている感じには見えませんでしたし・・・」
「そうは言っても自分が誰であるかわかるのに生きていた時の記憶がないって・・・怪しすぎるじゃない」
そのやりとりに口を挟んだのは玄奘三蔵だった。
「うーん。確かにあんまり信じられる話じゃないわね。でも私の直感がいっているのわ。彼女がとても今回の件ではとても重要であるってね。だから私としては彼女を信じることに賛成よ」
「あっそう。ベディヴィエールアンタはどうなの?」
「私はマスターに従うだけですよ。個人的にも彼女は信じるに足る方だと感じましたしね」
「わかったわよ! じゃああいつについていきましょう。劉邦の女なんかと手を組むのはなんかムカつくけど・・・」
「話は決まったようね・・・。それなら私からあなたたちにお願いがあるの」
「お願い?」
「それってどういうものですか?」
「難しいけど簡単よ――― もう一人の私を倒すのに手を貸して!」
未央宮の玉座にて彼女は自身のサーヴァントたちからの報告を受けていた。
「それでだ。市井の者たちの監視は行き届いておるか?」
その声に答えたのは、影の一人である忍者だった。
「はい、呂后様。手勢を持って市井の監視は行き届いております。ただ・・・」
「ただ、どうした?」
「実は配下の者から気になる報告が入っております」
「気になることとは? 申してみよ」
「はい。実は、先ほど長安の外れにて奇妙な一行を目撃したとの情報が・・・」
「奇妙な一行? 詳細は分からぬのか?」
「今のところは奇妙なということしか・・・」
「そうか・・・。貴様の手勢をもってそいつらの情報を集めろ、もし我に逆らうものであるならば一刻も早く排除せねばな」
「承知しました」
「期待しておるぞ、風魔小太郎」
「はっ!」
そう言うと小太郎は消えていった。
小太郎が消えるのを見計らって彼女は残っている影に尋ねた。
「して、例の者はみつかったか?」
影の一つが答える。
「残念ながら・・・。向こう側にも優秀な参謀がついているようで・・・」
「そうか・・・。それなら仕方ない。しかし我にはもう時間がない。可能な限り急げ」
「はい! 承知しました」
そう言うと、影の一人、夏侯嬰はその場から立ち去って行った。
そして残った四つの影に向かって彼女は笑みを浮かべながらねぎらいの言葉をかけた。
「其方たちには非常に世話になっている。夏侯嬰は不要だと言っているが我と所縁のなかった其方たちは違うであろう? 今なら何なりと申してみよ。望むものならやることはできるぞ」
その言葉に青年の影は恭しく頭を下げながら首を振った。
「そのお心遣いは感謝いたします。しかし、わたくしめには身に余るお言葉でございます。そのお気持ちだけで十分でございます」
「ふむ、そうか、ランサーよ、其方はいつも謙虚よなぁ。じゃあ其方はどうだ。遠慮せずとも良い、むしろ全員同じ答えでは我もつまらない」
そう問われた白衣を羽織った女はそれに無表情で答えた。
「では、これまで通り私の成すことに干渉しないことを求めます。」
「わかった。我は寛容だ。其方の要望に応えよう。キャスター・マリーよ、今後も其方の言う研究に関して我は一切の干渉をしない、約束しよう」
「ありがとうございます。」
「して、他はどうだ?アサシンよ。其方たちは何を欲するか?」
「何、俺たちはアンタにアレを今までよりも高い報酬で引き取って欲しいことと旨い酒をもらえたらそれで満足ですよ」
それを聞くと隣りのキャスターが冷たく口を挟んだ。
「ふん、あんなことでまだ報酬を多く貰うのね。さすが人殺し」
「あん、お前さんらのいう科学の発展のために色々やってきたんだ。ある意味同類だよ俺達はよ」
「まあ僕たちも、なんで英霊なんかとして召喚されたのか分かんないですけどねぇ。僕もこいつもただの人殺しってのには同意だけど貴女だって似たようなもんだと思うんですけどね」
「フン、アンタ達と同類なんて虫唾が走るわ」
一触即発の空気になりかけたところでランサーがそれを制した。
「止めろ!お前ら陛下の前だぞ、そういうことは自重しろ!」
「良い良いランサー。意見を交えることはとても重要なことだ。判ったアサシン其方達の要求通り報酬は今の倍としよう。それから秘蔵の古酒を好きなだけ持って行って良いぞ」
「おお、ありがたいな。じゃあ俺たちも街へと戻るか。」
「そうだな。また酒場に行くとするか。どこでも標的を見つけるにはあの場所が一番だもんな」
そういって二人はその場から消えた。
それを見送ると玉座の女はキャスターへと視線を移した。
「キャスターよ。其方の不満は理解している。しかし其方の研究、そして我の願いのためにはあのアサシンたちの力が必要不可欠なのだ。そのことを組んでくれ」
「分かりました・・・。では研究の続きに移るので私はこれで・・・」
そう言うとキャスターは白衣を翻して去って行った。
「陛下・・・。一つお尋ねしたいことがあります」
「何だランサー?」
「貴女の願いとはいったい何なのですか? 無知な私にどうかお教えください」
「時が来たら、分かる。それでは不満か?」
「い、いえ。承知しました。では私はこれで・・・」
そう言うとランサーは立ち去って行った。
一人残された玉座の女は何もない虚空を仰ぎながら一人、笑みを浮かべていた。
「ああ、もうすぐだ・・・。もうすぐ、お前と・・・」
立香達は呂雉と共に夜道を歩いていた。シャドウボーダーにゴルドルフたちは残り呂雉の隠れ家へと向かうことになったのは立香とマシュ、べディヴィエールと玄奘三蔵、そして虞美人だった。少しの時が流れ、前を歩いていた呂雉が尋ねた。
「そう言えば、私。貴方たちの名前を聞いていなかったわね。なんて名前なの?」
その言葉にマシュが口を開いた。
「すみません。呂雉さんの方ばかりに説明させてしまって・・・。こちらはカルデアのマスターの」
「藤丸立香です、こっちは彼女はマシュ=キリエライト。私の後輩です」
立香はそう説明すると、呂雉はそれぞれの名前を復唱した。
「私は、ベディヴィエール。マスター立香のサーヴァントです」
「それで、私は玄奘三蔵。同じくサーヴァントよ、一応未来のこの国の偉大な僧侶なんだから!」
「ベディヴィエールに玄奘三蔵・・・。なるほど、覚えたわ。じゃあそっちの彼女は誰なのかしら? 」
呂雉は虞美人の方へ顔を向けた。虞美人は眉をひそめながら口を開いた。
「言いたくないわ」
「あらどうして?」
「簡単な理由よ。真名を明かすことは自分の弱点を晒すこと。そんなことまだ会って間もない奴に明かす事なんてできないわ。他のはどうか知らないけど、私はアンタのこと完全に信頼した訳じゃないしね」
その言葉にその場の空気はなんとも言えないものになった。立香が取りなそうとしたが、それよりも先に呂雉が笑みを浮かべながら切り返した。
「立香さん。気にしませんよ、急に現れて信用しろなんてそもそも無茶な話ですから」
「物分かりがいいわね」
「褒め言葉と受け取っておくわ。じゃあ質問だけどいいかしら?」
「何よ。答えられることは限られているわよ」
少し刺々しいやりとりを他のメンバーはハラハラとしながら見ていた。そんなことを構わず呂雉は尋ねた。
「貴女のことをなんと呼べばいいかしら? 真名を明かさないのならどう呼べばいいか困ってしまうわ」
「そうね。じゃあ・・・カルデアのアサシンとでも名乗っておくわ」
そういうと、呂雉は口元に笑みを浮かべながら手を差し出してきた。
「なるほど、じゃあ今のところはそれでいいわ。よろしくね、カルデアのアサシンさん」
それに応えるように虞美人も笑みを浮かべながらその手を握った。
「ええ、こちらこそよろしく」
他のメンバーが不安げに見守る中、二人はぎこちない握手を交わした。
(上手くいくのかなぁ。この二人)
立香はいつになく弱気になっていた。
オリジナルサーヴァントプロフィール1
呂雉 CV:ゆきのさつき
クラス アサシン
性別 女性
身長・体重 165cm・50㎏
属性 秩序
ステータス 筋力D 耐久B 敏捷C 魔力C 幸運A 宝具B
宝具
『汝、貴婦人のとなる相ありて月下氷人(ユーシャンビンレン)』
ランク:B 種別:対人宝具