とある転生者の番外図書(アウターズブック)   作:変色柘榴石

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旧五話

 日が少しだけ傾き始めた午後三時。

人の出入りもまばらになっている翠屋の店内はゆったりとした時間が流れていた。

 

 ひなたと聖刃が、フェイト・テスタロッサたちとの出会いから数日。

はやてと共にひなたは夕飯の買い出しに出かけ、その帰りに久しぶりの翠屋へと足を運んでいた。

 

「相変わらずここのシュークリームは今日もいい甘さだ レモンティーがうまい」

「そんな昭和のタバコポスターみたく言わんでも」

「よく知ってんなオイ」

「ひなの調べ癖が映ったんよ、多分」

「まじでか。ならばもっと感染させてはやてに世界の料理再現させよう」

「その時は手伝ってなー」

委細承知(いさいしょうち)

 

 ちらほらといる他の客も二人のやりとりに和んでいる。

この町の人間ならば二人の境遇を知らぬ者はいない。

双方家族を失い、片や車椅子の生活を、片や顔の表情さえも失った、齢二桁にも満たない少年少女。

 

――そうであっても、そうでなくても。

 

 この二人の少年少女の一時(ひととき)を邪魔できようものか。

誰かが言った。

「子は宝。未来への希望である」と。

翠屋がマスター……『高町士郎』は今でも誓い続けている。

 

 目の前の陽だまりを。暖かな世界を守ると。

 

 最近は何かと物騒な話を聞く。

公園でのボート乗り場破壊事件

槙原動物病院での交通事故。

通り魔。

高速で走り回る暴走車。

 

 

……今まで以上に気を引き締めないといけないな。

 

 

 それこそ、今では廃業したボディーガード時代ほどの、緊張感を持ち出さねば。

しかし、今ここで緒を締めても意味を成さない。

今はただ、一人の喫茶店のマスターとして。

 

 

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 翠屋のシュークリームを堪能した二人は荷物を一旦、はやての家に置き、二人は公園へと足を運んでいた。

 夕方近い時間帯故か、子どもや老人、他にも色々な人が様々な一時(ひととき)を過ごしていた。

なんでもない日。

変わり映えの無い日常。

 

こういう時には、少しばかりの刺激(スパイス)が欲しくなる、とはやては言う。

それに対し、安心安定安全が一番、とひなたが返すのも、いつものやりとりだ。

 

 しかし、今日は少し違っていた。

 

 時折、違う味も欲しくなるのが人間というもの。

今日に限って珍しく、薄めの塩コショウぐらいならな、とひなたは返したのだ。

確かにそうだ、と笑い返すはやて。

 

 この時は、誰の罪でもない。

誰も悪くない。

 

 ただ、そう。ただ――

 

 

 

 運が悪かっただけなのだから。

 

 

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 公園内に突然の轟音が鳴り響く。

堅く大きな何かが、勢いよく潰れた音だ。

 

 一瞬で何が起きたのか、はやてには理解できなかった。

 

 気付いたら、さっきまで居た場所が壊れてて。

気付いたら、ひなたに抱き抱えられてて。

気付いたら、全身よれよれの男が獣のような雰囲気を出していて。

 

「なんや……これ」

 

 ようやく出た声は、完全に震えていた。

純粋な恐怖。

理不尽なまでの絶望がはやてを襲う。

 

 男がこちらを向く。

その目に焦点は無く、光も理性もない。

ただそこにあるのは、破壊の本能。

目の前のもの全てを壊しつくさんとする意思の目。

 

 体が震える。呼吸が覚束ない。瞳孔が開く。

汗が止まらない。なんだあれは。なんなのだこれは。

動機が治まらない。視界が揺れる。身体が竦む。

 

 触れてはいけないモノ、関わってはいけない存在。

穏やかな日常とはかけ離れた最悪の存在が目の前にいる。

 

 不意に、はやてはひなたへと目を配る。

今も、相変わらずの無表情――否、よく見ればわかる。

不適不動の無表情な幼馴染の顔は、夜の海もかくやと、青褪めていた。

 

 自らを抱える腕は微かに震え、自らには動かせない両足は痙攣を繰り返していた。

 しかし、今までと変わらない場所があった。

顔は青褪め、体は震え、それでもその(まなこ)は『諦めていなかった』。

 

「は、やて、逃げるぞ」

「む、無理や……わたしも……ひなも死んでまう!」

「それでも、逃げる」

 

――否、否。

どう考えても無理だ。

大人でも……まして子どもなど塵芥同前だ。

勝てる通りなど、逃げ切れる通りなど、どこにもない。

 

「あかん! もう無理なんや! どうせ死んで」

 

 破裂音。

表すならば、そんな感じの音。

はやてが感じたのは、頬の鋭い痛み。

次に胸倉を引っ張られる感覚。

 

「生きることを――(あきら)、めるなッ!」

「――え……?」

「約束した、世界の料理を表すって。俺に手伝えってッ!」

 

 ひなたは続ける。

同級生の奴らと「また遊ぶ」のを嘘にさせる気か、と。

 

 ひなたは言葉を続ける。

あと二カ月もすれば誕生日ではないか。祝わせろ、と。

 

 ひなたは言い続ける。

お前に約束を違えさせないと。

 

 ひなたは話し続ける。

その無表情の奥に潜む激情を表すように。

 

 

……確かに、嘘吐きのまま死にとうないわ。わたし。

 

 

 行動原理は単純で結構。

ただ、生きたいから。

ただ、嘘吐きのまま死にたくないから。

ただ、約束を守りたいから。

 

 この足は相変わらず動かない。

でも、それと引き換えに多くの物をもらった気がする。

だったら、やることは一つ。

 

「わたしを抱えて、逃げれるか?」

「無論なり。俺を誰だと思っている」

「天下無双で、幼馴染の騎士様や。頼りにしとるよ」

「委細承知。我がお嬢様(マイレディ)

 

 生命の危機の手前。

場違いのやりとり。

しかし、それが二人だ。

二人の日常だ。

――誰にも侵されない二人の日常だ。

 

「わたしの好みは(マスター)やなー」

「……ああ、委細承知だとも。我が主(マイマスター)

 

 はやてには解る。

無表情の、その奥の顔は、とても頼もしい笑みだということを。

互いに体の震えもない。

互いに生きる希望がある。

 

「俺たちにできないことなど――」

「――あんまり無いんやッ!」

 

 

 

 

――さぁ、生きようか。

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