とある転生者の番外図書(アウターズブック)   作:変色柘榴石

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番外図書2「最後の朝」

「おーい、おっきろー」

 

 気だるげな声と共に体が揺らされる。

 何故だか――いや、理由は分かっているが体が重い。

 ゆっくりと目を開けると、少し()かす程度に整えた朱色の髪の少女――(いな)、女性と言った方が良いのだろう。

 

「……おはよ母さん。ところで毎朝僕の上に乗るのはなんでかな? かな?」

「はいおはよう。朝から息子の発言がネタまみれなのにお母さん複雑です」

「で、本音は?」

「家庭に笑いが絶えないのはいいことだと思うの」

「さっきの答えは?」

「息子の(セイッ!)通は母の務めっ!」

「そんなつとめないよー」

 

 ちぇー、と少々不満げな女性……母親が部屋から出ていく。

 今のうちに着替えてしまおうと少年は考える。

 しかし去ったはずの母親が扉の影から、

 

「着替え、手伝う?」

「ていそーのききを感じる内はだめと何度言ったら」

「うぐぅっ」

 

 これが少年――日野ひなた7歳の日常である。

 

 

<>

 

 

「父さん姉さんおはよう。母さんが朝からフルスロットルで毎朝どういうことなの」

「……おはよう。アルカにブレーキが無いのは今更だろう」

 

 そう答えたのは茶色い制服姿の父親。

 リビングの枠が頭にぶつかるほどの巨漢で表情の乏しく軽い無口だが、かなり頼りになる父親だ。

 

「おはよう、ひなた。……母さんってどっちもイケるのよね……もしかして」

「それ以上いけない」

 

 父親の制服を青色にした制服を着たルビーレッドの髪の姉が食器を出している。

 思いつきたくない想像が脳裏に浮かぶも口に出したくはなかった二人であった。

 そこへフライパンのスクランブルエッグを皿に入れに来た母親が二人の言葉に反論する。

 

「あら、そんなに私ガッついてないわよ! ただちょーっと疼いただけよ!」

「「アウトだよ!」」

 

 

<>

 

 

「あ、ひなた。少しいい?」

「あいあい。何でしょ」

 

 全員が出かける直前、姉は少年を引き止めた。

 はい、と手渡されたのは、金と銀の二つの輪が知恵の輪のように入り組んだ二十輪のブレスレットだった。

 

「今日誕生日でしょう? 一番先に渡しとこうと思って」

「すごい高そう、かっこ確信」

「これでも手作りよ」

「わぉ。姉さんスゲェ。付けてみていい?」

「ふふ、どうぞ」

 

 右腕にブレスレットをはめる。

 普通にすれば外れない程度に余裕のあるその様子に、少年は満面の笑みを浮かべた。

 

「アクセなんて生まれて初めてでテンション上がるねヒャッホゥッ!!」

「そこまで喜んでもらえるなんて私もうれしいわ」

「お、何々抜け駆けか愛娘(まなむすめ)~」

 

 姉の後ろから姉の頬をうりうりと突く母親。

 

「母さん負けられないもんね! 息子よ、後ろ向けぇーい!」

「姉さん! 魔王が来るよ!」

「それやめい。――ほら」

 

 母親がカバンから取り出した手鏡で二人に映した少年の後ろ姿がある。

 そこには紅葉のアクセサリーが付いた朱色のヘアゴムで、少年のセミロングの髪が一本結びになっている姿だった。

 

「おおぉぉ……かわええ……」

「ふっふふ~ん! どうよ! これぞ母の愛ッ!」

「意外と紅葉が精巧な作り……専門店でもなかなか無いでしょうに」

 

 そう言う姉の言葉に、胸を張っていた母親がうっと言葉を詰まらせる。

 

「うー……まぁ、知り合いに造ってもらったんだけどね、そのアクセ。んで、ヘアゴムはセイジが散歩ついでなのか、そっちが本命なのか。いつの間にか買ってきてたのよ」

「相変わらず、母さんの人脈って謎なのよね」

「コミュ力って大事と言いたいのか。ぐぬぬ」

「……いやー、ひなたのコミュ力ならブーメランじゃないかしらそれ。主に将来的に」

「友達三桁で一斉に握り飯を食えと申したか」

「……やったな。それは」

「「うそぉ!?/嘘でしょ!?」」

「あー。やったやった。ぶ……係員全員で酔っぱらいながら焼きおにぎりを」

「そんなアルコール臭漂う友達百人なんてお断りします」

 

 そんな軽口を叩きつつ、父親は静かに少年の頭に手を乗せる。

 ただ乗せる。その行為だけで、少年は父親の大きさを改めて理解した。

 直接的でも、間接的にも。そう、思ったのだ。

 

「……誕生日、おめでとう。ひなた」

「――うん」

 

「あららー……あたしらお邪魔?」

「言葉にしなくても伝わる親子って良いわね。母さん」

「……な、なんで明詩さんはジト目でミルノカナー?」

「あら、生まれつきよ母さん」

「ソウデシタネ」

 

 ただその光景に笑顔が浮かぶ。

 これが、再び始まる日野ひなた八歳の一年。

 

「――ってうわっ! もうこんな時間! バスに送れる!」

「そーれ急げ急げひなたー! 遅れたら帰ってくすぐりよー」

「光になれ僕の足ィィィッ! あ、いってきまーす!」

「いってらっしゃーい」

 

 

<>

 

 

「――さーて、明詩ちゃん。あれデバイスよね」

「ただの勘よ。ただ、必要かなって思って」

「……杞憂ならばそれでいい」

 

 父親は静かに続ける。

 

「しかし、何が起きても……ひなたは俺たちの息子だ」

「――そう、ね。うん、そうよ。だって黒騎士と魔女の息子で、さらに天才の弟なのよ! そんじゃそこらの有象無象じゃあ、へのかっぱよ!」

「母さん、その表現古いわ!」

「にゃにおう!?」

 

 言い合う母親と姉、それを見守る父親の心には一つ。

 今日は早く切り上げて、少年を祝う。

 それが、今日の最優先事項だというのが、三人の共通見解。

 

 

 

 

 

 しかし、その少年を祝うことは――できずに終わってしまうことを。

 三人は知らない。

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