わたしと彼の生きる道   作:天照院

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デトロイト
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 アンドロイドが自由と平等を求め、平和的なデモで世界を驚かせてから1年とひと月。デトロイトの街を中心に人々は、少しずつアンドロイド達への意識を変えてきている。更なる共存を目指し、良い方へ良い方へと。

 だけど──、まだまだだ。差別は今もあるし、アンドロイド絡みの事件も変わらず起きている。

 デトロイト程じゃないけれど、わたしがいたシカゴでも同様だった。

 当時、シカゴ市警で制服警官をやっていたわたしは、アンドロイド関連の事件や事故の捜査の問題解決に役立った事が評価され、巡査部長に昇任した。

 増え続ける変異体。忙しなく起こる事件。そんな最中、変異体のアンドロイドによるデモを、わたしも署内のテレビで見ていた。

「映画かよ。世界は機械に乗っ取られるな」

「機械との戦争が始まったりして」

 同僚の誰かが言った。昔ヒットした映画の様な未来を危惧して。

 

 ──本当にそんな未来が来るんだろうか。

 

 彼等アンドロイドのリーダーである"マーカス"が掲げる自由と人権、人間とアンドロイドの共存。非暴力を貫きながらの行進、『我々は生きている』と声を上げる姿。

 兵士に取り囲まれてここで終わりかという時に、マーカスは女性型のアンドロイドと手を重ね、そしてキスをした。

 その行動には衝撃を受けた。だってまるで彼等は──。

 

 2038年11月11日早朝。アンドロイドに心を打たれた大統領によって軍隊は退けられると、彼等に向けていた攻撃は収められた。

 行進は世界中の人々に衝撃を与え、アンドロイドに"人間らしさ"を感じ、"生きている"と知らしめたのだ。

 まさにこれは、アンドロイド達の平和な革命。

 世論も味方につき、やがて政府はアンドロイドを新しい形の知的生命体であると認められざる負えなくなり、リーダーのマーカスと交渉を開始した。

 けれど、これで人々に完全に受け入れられたかといえばそうじゃない。課題は沢山ある。

 今まで奴隷の様に使われていたアンドロイド達が自由を手にし、あらゆる分野の場所から去って行った。中には残る者達もいたけれど、大半が職場放棄。アンドロイドに依存し過ぎた生活を送っていた人間にとっては大きな痛手だった。

 その中でも国内で一番アンドロイドに依存していたデトロイトの街は、危うく無法地帯になりかけていた。困ったのは消防や警察だろう。危険すぎる仕事を彼等に頼りきりだったのだから。

 辞めてしまったアンドロイド達の穴埋めに急遽人間が雇われたり、人間にとっては雇用問題で有難かったりもするけれど、一時的な補充でしかないのかも。今は政府とマーカスがそれについて話し合いを決めているし、今よりも落ちついてくれば、正式にアンドロイド達を雇う事になる。そうなればまた、アンドロイドと人間の雇用問題が激しくなりそうだ。

 

 2039年12月10日。未だ混乱がどの場所よりも残っているデトロイトの街へ、わたしは来た。シカゴ市警からデトロイト市警へ異動になったからだ。

 急遽取られた処置というか、緊急案件で、だ。人手が足りなくなったデトロイト市警が、人員要請を国を挟んで全州の市警察署へ通達。シカゴ市警もしかり。何人もいる中からどういう基準で選ばれたのか、アンドロイド絡みの事件捜査の功績が認められて云々とか言う話だったけれど、それは表向きの話で実際は違う。

 誰もデトロイトへ行きたがらない。

 治安が良くないからっていうのは昔からだけど、山積みとなった仕事が面倒であるという以外に、デトロイトは今やアンドロイドの聖地。反アンドロイドを掲げていた者や虐げていた人間達が皆、報復を恐れて街から出て行った。

 数も人よりか多いし、彼等が平和的だとしても、アンドロイドに恐怖を感じている人間は近寄りたくないのだ。因みに、泣いてまで断る人もいる中で、わたしは快く承諾した。

 給料が今よりも上がるっていうのも惹かれた理由だし、アンドロイドに対する抵抗が元から無かったってのもある。それに何より、あの日のアンドロイドに心を打たれたからかも。

 

「今日からデトロイト市警に配属になったマーガレット・ヒューズです。よろしくお願いします」

 ジェフリー・ファウラー警部から紹介されての挨拶。第一印象は初めが肝心。だから笑顔はいつも以上に満面にした。

 挨拶もそこそこに、空いているデスクをあてがわれる。軽く持って来た荷物を箱から出していると、『シカゴと比べてどうだ?』なんて誰かが声をかけて来た。

 わたしの挨拶の時に、軽く壁に持たれながら聞いていた男性刑事だ。

「ようこそデトロイトへ。俺はギャビン、ギャビン・リードだ。よろしく、あー、ヒューズ刑事? それともマーガレットと呼ぶべきかな?」

「よろしくギャビン、お好きにどうぞ。デトロイトは初めて来たからまだ何とも言えないの。強いて言えば、設備がシカゴよりも最新で驚いてたところ」

 へえ、とギャビンは、まだ何も置かれていないデスクに腰をかける。

「良かったら案内してやろうか? デトロイトの街には詳しいんだ。良い店も知ってる」

 ギャビンから下心を感じ取ったわたしは、一応申し訳ないという気持ちで断った。

「ありがとう。でも、ごめんなさい。1人で色々と探索してみたいの」

「……そうか。でも案内を頼みたい時は遠慮なく言ってくれ」

 あっさりと去ってくれてほっとした。早く荷物を置きたかったしね。

「早速フラれてやがる。ザマァねぇな」

 フリーアドレスデスクを挟んだ反対側のデスクから嘲笑う声が。その方へ顔を向けると、体格の良い、白髪混じりのボサボサ髪をした中年男性と目が合った。

「シカゴからデトロイトに来るなんて、ハズレくじでも引いちまったか?」

 ハンク・アンダーソン警部補だ。ファウラー警部がさっき、わたしのデスクを指差すついでに言ってたっけ。『アンダーソン警部補のデスクの隣』だって。

「ハズレくじだなんて思ってませんよ、アンダーソン警部補。わたしは快く受けて来たんですから」

 笑みで返せば、『物好きもいるもんだな』って呆れた様な顔して笑ってた。

「ま、張り切り過ぎない程度にやってくれ」

 少々ぶっきらぼうな言い方だったけど、警部補なりの気遣いは感じ取れる。

 周りがバタバタと忙しなく動く中、簡単に自分仕様のデスクにし終えた。

「ヒューズ! 着て早々に悪いが通報が入った。今すぐ向かってくれ」

 オフィスからファウラー警部が顔を出して言う。

「クリス、彼女を現場に頼む」

「了解です!」

 警部に頼まれたクリスという制服を着た若い黒人男性が席を立って応えた。

「行きましょうヒューズ巡査部長!」

 わたしに手を振って促すクリスに急いでついて行く。デトロイトでの初めての捜査だ。ちょっとだけ緊張してきたかも。

 移動はクリスの運転するパトカー。現場までの間、通報の内容を聞いたり、次からの為の専用ナビを習ったり、『此処を通れば近い』という便利なルートを教えてくれたりもした。

「着きましたよ。自分は外で待機していますから」

 16時。現場は中心街から離れた高級住宅地の中の真新しい大きな一軒家。この家の住人から『家に帰ったら妻が死んでいる』という通報があった。

 規制線の向こうで、受けて先に到着していたらしい警察官2人がこちらに気づく。

「ヒューズよ。デトロイトに配属になったばかりだけど、よろしく。中はどう?」

 制服を着たアジア系の女性警官に声をかける。

「初めましてヒューズ巡査部長。今鑑識が入ってます」

 第一発見者は、いくつか会社を経営している夫のトーマス・ジョージ、58歳。被害者は妻のアイリーン、45歳。発見時、胸に包丁を突き刺したままリビングで仰向けに倒れていた。

 女性警官と共に家の中に入り、鑑識を交えて被害者女性の遺体を見る。死因は心臓を刺されたことによる失血死。顎から硬直が始まっていて、床には凝固している血溜まりが。

 犯行はキッチンから。争った跡があった。フルーツバスケットから果物が床に転げ落ちていたり、ティーカップが割れて破片が散らばっている。

 ──包丁スタンドから1丁無い?

 犯行に使われた包丁は、ここから取り出したらしい。キッチンで争い、揉み合いになりながらリビングへと逃げたであろうアイリーンは、胸をひと突きされて床に倒れ、そのまま生き絶えたようだ。

「正面玄関には鍵がかけられていなかったそうです。念の為裏口を調べましたが、裏口にはしっかりとロックがされてました」

 犯人の侵入経路は玄関か。金目の物が盗まれている形跡が無いし、泥棒による犯行の線は薄そう。招き入れられたのか、食器棚から出てたティーカップは1つ。自分用か、客人用にお茶を用意しようとしていたのかも。

「死亡推定時刻は13時から15時の間。夫のトーマスは14時過ぎくらいに仕事場から一時帰宅したと言っています。トーマスの会社の秘書によると、13時頃に会社から車で一時帰宅をするのを見送っているそうです」

「会社から自宅までの時間は?」

「混み合わない時間帯なので、早ければ20分で。遠回りすれば30分ほど」

「なら何処かに寄って? 帰宅時間が遠回りした以上にかかってるけど」

「途中、買い物帰りのアンドロイドと一緒に帰宅したと」

 ここでアンドロイドが絡んでくるのね……。

「今何処に?」

 パトカーの後部座席で虚ろに座る女性。アンドロイドとわかる専用の制服を着ていないから、一見すると人間にしか見えない。

「ジョージ宅でパーソナルアシスタントをしているAシリーズの女性アンドロイドです。名前はサラ」

 デモ行進以来、変異体となっても職場放棄せずに人間の元で今も働く一部のアンドロイドだった。警官が話しかけても無言を貫いているらしい。

「初めましてサラ、デトロイト市警のヒューズよ。少し教えてほしいんだけど、良いかしら?」

 パトカーのドアを開け、サラから目線を低くする為にしゃがんで話しかける。

「少しでも良いの」

 サラはこちらを見向きもしない。わたしはサラの右隣に座り、パトカーのドアを閉めた。

「怖かったでしょう? 怪我はない?」

 彼女がアンドロイドであるという認識が出来るLEDの色が、赤から黄色に変わる。

「怖かった……。とても」

 喋ってくれた。まだわたしを見ないけど。

「アイリーンは、死んだの?」

 今にも泣きそうな声でサラは問う。

「ええ。残念だけど」

「死んだ、そう、死んだのね……」

 涙を流すサラの背中をさすってあげると、彼女はまるで人間のように声を上げて泣き出した。感情があるのだから泣くのだし、シカゴでも変異体には対応してきてだいぶ慣れてはきたけれど、本当に不思議な感覚だ。

 強引なやり方で聞き出すのはやめよう。一旦サラから離れたわたしは、第一発見者のトーマスに話を聞きに行く事にした。

「ヒューズ巡査部長!」

 クリスが走って来る。

「警部からの命令でアンドロイドの対応に応援を呼びました! あのアンドロイドはアイツに任せて、巡査部長は第一発見者の方を頼みます」

 アイツ……。デトロイトタクシーで現場に降り立った彼、"コナー"が視界に入る。

 確か彼は、ニュースにもなってたぐらいの最新型で、警察の捜査をサポートするプロトタイプ。マーカスの要望も関係してか、彼はデトロイト市警で正式に働く事になった第1号。今や市警で唯一のアンドロイドだ。

 デトロイトに来る前から事前に知らされていたし、挨拶の時に……そうそう、アンダーソン警部補の隣に立ってたと思う。

 彼もまた区別用の制服ではなく、人間の男が着る冬用のカジュアルな服装だった。

 コナーはサラのもとへ行き、後部座席に座って話しかけている。サラはコナーを見て安心したのか、落ち着いた表情で答えている。

「彼女は大丈夫ね。じゃあ第一発見者のもとへ案内して」

 サラをコナーに任せ、ガレージの前で座り込んでいるトーマスに声をかける。表情には若干の疲れが。

「デトロイト市警のヒューズです。初めましてジョージさん。発見時の事をもう一度聞かせて下さい」

 トーマスが答えた内容は聞いている通り。自宅に帰る途中、スーパーで買い物帰りのサラを見かけたトーマスは、彼女を車に乗せて一緒に帰宅した。先に家に入ったのはトーマスで、リビングで死んでいる妻のアイリーンを発見し通報。

「奥様かあなたが誰かに恨まれているとか、この数日変わった事はありますか?」

「いえ、特に。今朝も普通に家を出て、妻とサラが見送ってくれました。様子はいつもと変わりなかったです。私はいくつも会社を経営してまして、雇用の面で人間よりアンドロイドを使っていましたから、首にした人間には恨まれていたかもしれません。妻の方は友人は大勢いましたけど、恨んでいるなんて話聞いた事が無くて……。もしかして、私の代わりに妻が狙われたんでしょうか?」

「それはまだ何とも言えません」

 夫にはあるけど、妻はわからず。近所からの情報を得てみないとね。

「一時帰宅で会社を出たのに、自宅とは別方向の道をわざわざ通ったんです?」

「疑われているんですか、私は?」

「今はまだ完全なアリバイが取れていないので、すみませんが重要参考人としてご同行をお願いします」

 わたしがそう伝えると、トーマスは親指を噛んで小さくため息を漏らした。

「サラが買い物をする時間帯だと思い出したんですよ。以前はバスもアンドロイドと人間を別けて乗せていましたが今はそうじゃない。だけど私は心配でね、サラの事が。世間ではまだまだアンドロイドに抵抗を持っている。ですが私は違う。初めはそうは思わなかったが、彼女を家で働かせるようになって気づいたんですよ。大切な存在だって」

 だから今までも家族同然で暮らしてきた。目を伏せがちにトーマスは言う。

「随分と大切に思われているんですね」

「同然です。私は彼女を愛していますから。勿論妻も同じ意見でした。3人で幸せに暮らしていたのに……酷過ぎる。一体誰がアイリーンを」

 顔に手を当てて項垂れたトーマスを別の警官に任せ、わたしは近所に聞き込みに行かせていたクリスのもとへ向かった。

「何か情報はあった?」

「ええまあ──」

 近所の人によると、ジョージ夫妻の仲は見る限り良く、アンドロイドのサラとも2人は優しく接していたそうだ。

「ただ、妻のアイリーンには良くない噂もあったようで」

 派手な生活ばかりしていたアイリーンは浪費が激しく、1人で旅行に出かけたりで家にいなかったりする事が多かったそうだ。

「ニューヨークで若い男と仲良く腕を組んで歩く姿を見たと言う人もいましたよ。でも特定の相手じゃなくて何人もいる中の1人らしく、市内でも違う相手と目撃されたりしてるみたいです」

「遊びまくってたって事ね。夫のお金で」

 夫婦仲を良く見せていたのは近所へ体裁ぶっていたのか、それとも本当に仲が良かったのか。

「アイリーンの友人や遊び相手からも話を聞いてみなきゃね。トーマスのアリバイも会社を出てから無いし、死亡推定時刻内に家にいたのなら容疑者の可能性もあるわ。設置されてる監視カメラに映っていないか調べましょう」

 証拠品として押収していたアイリーンのスマートフォンをクリスに持って来てもらうと頼もうとした。

「すいません、ヒューズ巡査部長」

 振り向けばコナーが。見た目は人間。彼がアンドロイドであるという証は右のこめかみにあるLEDリングのみ。上げている前髪の先が、少しだけ垂れている。

「アンドロイドの対応終わったのか?」

 クリスがため息交じりに問うた。

「ある程度は。サラは逃げたりしていませんので安心して下さい。それよりヒューズ刑事に話があって」

「話? 何か聞き出せたとか?」

「はい。彼女は右手首を損傷していました」

「損傷を? 気づかなかったわ……」

 怪我の有無を聞いた時、サラは何も言わなかった。

「何度か右手首を庇うような、隠そうとするような動作をしていたので気になって見てみたんです。何か鋭利なもので貫かれ、強引に引き抜かれたせいでしょう」

 鋭利なもの──。

「クリス、サラを署に同行してもらって。捜査が終わり次第戻るから」

「了解。アイリーンの友人関係や監視カメラの件はこっちで調べておくよ」

「ありがとう」

 クリスが去り、わたしはサラの損傷について話を戻す為にコナーと向き合った。

「サラはいつ怪我を?」

「その事なんですが、キッチンへ来てください」

 もう一度家の中に戻り、コナーとキッチンへ向かう。

「現場を見たの?」

「ええ。貴女の所へ行く前に」

 コナーは白いキッチンテーブルの端見つめ、指を指した。

「キッチンテーブルのこの部分が何かで拭われています」

 指された先をよく見ると、急いで拭き取ったような跡があった。

「──布、タオルかハンカチでか、慌てていたんでしょう。完全には拭き取れずに跡が残っている」

「何を拭き取ったの?」

 ほんの少し、薄っすらと青い何か。

「ブルーブラッド」

 ブルーブラッドといえば、人間でいう血液のようなものだ。

「これまさか、サラの血?」

「ええ。殺害事件が起こる前に、サラはキッチンで手首を刺されたんです。アイリーンに」

 キッチンからリビングに移動したコナーは、アイリーンの着ている白いシャツの右袖口をわたしに見せるようにする。ブルーブラッドによるものなのか、青に染まっていた。

「サラの手首を刺した凶器はこの包丁でしょう。しかし、包丁の柄にアイリーンの指紋が無い」

「殺害した犯人がアイリーンの指紋ごと拭き取ったのね」

「そうです──」

 ただ犯人は、コナーは続ける。

「サラの血を拭いたもので柄の指紋を拭き取っているんですよ。だから包丁の柄にもサラの血が僅かに付着している」

 わたしは額に手を当てた。何で犯人はサラの血を拭いたのか。もしかして、サラが犯人……。

「それなら指紋拭き取る意味無いし──」

 ああでもないこうでもないとひとりで呟けば、遺体のアイリーンからわたしへとコナーが顔を向ける。

 ああ、しまった。つい独り言を。彼の視線に気づいたわたしは、咄嗟に『癖なの、時々』と苦笑いを浮かべつつ伝えた。

「あ、ねえ。コナーは犯人が誰なのか目星はついてるの?」

 あまり気にしないでもらおうと、話を変えるように質問を投げる。

「まだ確証はありませんが。ヒューズ刑事はどうです?」

 おっと質問に質問で返ってきた。

 わたしはここまでの事を思い出しつつ、一拍おいてから返す。

「初めはサラが犯人じゃないかって思ったの。アイリーンに包丁で傷つけられて逆上して揉めて刺しちゃったって。だけどそれなら柄の指紋をわざわざ拭く必要なんてないから、アイリーンを殺害した犯人は別。でも引っかかるのは、サラの血を拭いた事よ」

 サラが怪我の事を話さなかったのは何故か。したくても出来なかっただけなのか。それとも、話したら困る理由が彼女にはあって……。

 とすると──。

「犯人を知ってて隠してる?」

「おそらく。この事件の犯行は決して計画的じゃない。だから咄嗟に出た行動に粗がある。疑われないように隠したつもりでも、隠しきれていなかった」

 コナーの言葉に同意しながら、わたしは相槌を打った。

「私は現時点で、夫のトーマスが犯人である可能性が高いと思っています」

「わたしも同じ。だけど犯人の証拠品は現場に無かったわ」

 付近に捨てられてしまったのだろうか。そう言えば、コナーから『そんな余裕があれば、ですが』と返ってくる。確かに。そこに頭が回るんだったら、雑に拭き残したりしてないだろう。

「犯人は証拠品を捨てていない」

「じゃあ今も持ってるの?」

「まだ持っているでしょう。そんなに大きいものじゃない。近くにあるものを咄嗟に使う。ポケットチーフかネクタイか」

 ──ポケットチーフ、ネクタイ。

 それを聞いて、わたしはある事に気付いた。

「ネクタイよ」

 高価そうなスーツを着ていたトーマスは、わたしがガレージで声をかけた時点でシャツの襟のボタンが外れていたし、ネクタイもしていなかった。

「一度署に戻りましょう。隙を見て証拠を処分される前に」

「ええ」

 わたしとコナーが戻ると、アイリーンの友人関係や監視カメラの件についての報告をクリスから受けた。

 アイリーンの友人関係には全員アリバイあり。監視カメラの方はというと、サラがスーパーで買い物をしてる姿と、トーマスが途中の道でサラを車に乗せて帰宅する様子が、街に設置されていたカメラの映像の隅に映っていた。

 時間的にも証言通り。ただ、死亡推定時刻内に家に帰宅していたのが確実になっただけで、容疑者の疑いが晴れたわけじゃなかった。

「サラをお願い出来る?」

 取調室で事情聴取を受けているトーマスをわたしが。サラの方はコナーに頼んだ。

 

「証拠はあるんですか?」

 容疑をかけられたと知ってトーマスが動揺しながら言う。わたしは、サラの手首を刺したのがアイリーンである事や、ブルーブラッドの雑な拭き残しについて尋ねた。そして、ネクタイの在り処も。

「車の中に置いてきたのかも」

 説明するトーマスは冷静を装うけれど、車の中にネクタイが無いのは確認済みだった。

「全てのポケットの中、見せてもらっても?」

 僅かな間。泳いでいた目は伏せられて、諦めの表情に変わった。

「こんな筈じゃなかった」

 スーツの内ポケットから、ボルドー色のネクタイを取り出す。それは、ブルーブラッドを吸って青黒く染まっていた。

「私がサラを、ひとりの女性として愛してしまったせいで……」

 事件の真相はこうだ。良き妻を演じていたアイリーンの裏の顔を知った夫トーマスは、離婚へと話を進めていた。欲深いアイリーンがトーマスのサラへの想いに気づいて逆上し、腹いせにサラを壊そうと襲い掛かった。そこへトーマスが間に入り、暴れるアイリーンを抑えようと揉み合ううち、誤って刺してしまったのだった。

 ブルーブラッド拭いたのは、気が動転しながらもサラに疑いが向かないようにしたかったそうだ。

「殺したのは私だ。サラは悪くない。黙っているように言ったのを守っただけなんだ。弁護士もサラにつける。だからサラを、彼女を処分するなんてしないでくれ」

 早くも事件解決。初日、すんなり終わってくれて良かったと言うべきかな。細かい後処理は残ってるけどね。

 

「人間とアンドロイドのこういう事件が増えてるんだ」

 休憩がてらブレイクルームでクリスと話す。彼はコーヒー、わたしはカプチーノを飲みながら。この署内で最新のカプチーノマシンを見つけた時ちょっとテンション上がったのは秘密。

「恋愛絡みの? シカゴでも稀に一件くらいあったけど」

「デトロイトはもっと多いよ」

 わお。多いんだ。流石デトロイト。マーカスと女性型アンドロイドのキスシーンを思い出しながら、わたしは少しだけ興味を持った。

「気色悪いよな、アンドロイドが恋愛なんてさ」

 わたしとクリスの会話に混ざってきたのは、同じく休憩中だったギャビンだ。アンドロイドを忌み嫌う人間の大半がデトロイトから去っている中、それでも残っている人もいる。ギャビンもその一人。

 彼らは彼らで様々な理由を持って去ろうとはしない。今でも時々、デトロイトからアンドロイドを追い出そうとするデモを起こしている人達もいる。

 彼らとアンドロイドは、決して交わる事のない平行線の様なものなのだろう。

「所詮奴等の愛なんざ人間の模倣をやってるに過ぎないってのに」

 テレビから流れるニュースに目をやりながら、ギャビンは薄ら笑いを浮かべて言った。

 人間の模倣……。確かにアンドロイドは人間と同じ姿で造られ、中身も人間のように振る舞うようプログラムされていた。

 じゃあ、わたしが心打たれアンドロイドのキスシーンも、『所詮』とギャビンが言うような人間の模倣であったのだろうか。

 ──違う。

 人間の真似をしたんじゃない。そりゃあ始めは人間によってプログラムされた情報だから、愛情表現はそれを取り入れたのかもしれないけれど、あれは彼等なりに愛の表現をしただけだ。きっと。だから違う。

「わたしはそうは思わないけど。彼等にだって『愛』という感情が生まれていてもおかしくないでしょ。愛は人間だけのものなんかじゃないんだし」

 わたしの返しを予想していなかったのか、ギャビンは『冗談だろ?』と、信じられないといった顔をした。

「おいおいマーガレット、初日から張り切り過ぎて疲れてるんじゃないか?」

「全然。あなたこそ疲れてるんじゃない? 目の下にクマが出来てる。椅子にでも座ってもう少し休憩した方が良いと思うわ」

 さあ、残りの仕事片付けましょうか。促す様に横にいるクリスの肩を軽く叩いたわたしは、唖然とするギャビンひとりを残し、2人でブレイクルームを出るのだった。

 

 デトロイト市警配属初日は、溜まっている仕事の後処理で終わった。

 

 

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