「ほら。アイスココアだ」
「ありがとリゼ―! っぷはー! おいしーい!」
「ありがとうリゼさん。……んー! 冷たーい!」
カウンタ―へ腰かけたマヤちゃんとメグちゃんの声に耳を傾けながら、私もコーヒーを口にした。
すごく上品な味がする。
丁寧に豆を引いて作られたブルーマウンテンは、落ち着いた喫茶店の雰囲気も一緒に私の中へ流れ込んでくるようで、その香りと味にほっとしてしまう。
舌全体に残る苦みは、そんなとろける気分を引き締めて、落ち着かせてくれた。
啜った後に、短く息を吐く。
幸せの一杯に心を奪われながら、目の前にいる女性へ視線を移すと……。
彼女は万年筆を手に、原稿用紙と対峙して固まっていた。
どう声をかけたものかな。というより、今は声をかけると邪魔になってしまうかもしれない。
少し悩んだ末、私は彼女を見守ることにした。
口からそれほど離さないところでカップを両手に持っていたせいで、滑らかな白い湯気の向こうに青山さんの真剣な、でも優しい顔が見え隠れする。
さっきから全然動かない。表情は柔らかいのに、頭の中はぐるぐる何かを動かしているのが目に見えるよう。
作家さんは、やっぱり大変そうだなぁ。
ずっと見ているのも悪いので、ちらっとカウンターへ視線を戻すと、チノちゃんだけが厨房に立っていた。
リゼさんは……いなかった。
「ふーっ。ダメですね~」
諦めを悟ったような声がして目を正面に向けると、青山さんが肩の力を抜いている。
「書けませんか?」
「書けませんね~。なにかこう、ピンとひらめくようなインスピレーションがあればいいのですが……」
言って一口。
先程頼んだキリマンジャロを口に運んだ彼女は、ふぅ、と、また一息ついた。
「なになに? 青山さんスランプなの?」
カウンターから、メグちゃん越しにマヤちゃんの声が飛んできた。ちょうど向こう側に座るマヤちゃんからは、こちらの様子が見えていたみたい。
「スランプではないんですが……困りましたね~」
青山さんが言うとおっとりしていて、あまり困ってなさそうに聞こえてしまう。
「今はシストの地図も持ってないしー。チノー。なにかいいアイディア、ない?」
「そう言われても……」
「あ! また人生相談してみたらどうかな? 前にココアちゃんからラビットハウスでやったって聞いたよ!」
「ナイス、メグ! 青山さん、もう一度やってみたら?」
「そうですねー。ここはひとつ、やってみましょうか」
そう言って立ち上がった青山さんは、チノちゃんと二言程会話すると、扉を開けて奥へ行ってしまった。
「チノー。今青山さんとすれちがったけど、何かあったのか?」
「リゼさん」
「私が言ったのー。青山さんがスランプ気味だから、人生相談してお話を聞いてみたらって」
「このままだと青山さん失職しちゃうよ! そうなったら一大事だよリゼ!」
「まさか! あの時は大切な万年筆が無くなったからで、今はあるんだし大丈夫だろ」
リゼさんの言葉を聞いてから前を見ると、青山さんが持っていた万年筆が僅かな反射を伴って原稿用紙の上にきちんと置かれていた。
「でもでもー。青山さんいつもネタ探して歩き回ってるじゃん! 万年筆だけじゃ越えられない壁があるんだよ!」
「それはそうかもしれないけど……。でも誰が相談するんだ? 私は今のところ、これといって大きな悩みは無いし……」
「私はもうちょっと背が高くなりたいかなー」
「メグー。それは人生相談じゃないでしょ!」
「えへへ。うーん。困ったなー」
「チノは?」
「私は……。……私も、特には。……しいて言えば、今絶賛遅刻中のココアさんがどうしたら絶対遅刻しないココアさんになってもらえるか、でしょうか」
「そりゃ無理じゃろ」
「んー! 他に誰か、何か無いのー!?」
「そういうマヤはどうだ。何か悩みは無いのか?」
「私? 私はー。んー……。んんー」
「すぐには思いつかないみたいです」
四人とも、困ってしまったみたい。腕を組んだり、眉毛を山なりにしたり、お互いの顔を見比べたりしている。
そうだよね。いきなり人生相談なんて言われても困っちゃうよね。
でも、私だったら……。もし私だったら、そうだなぁ……。
「あ!」
マヤちゃんが大きな声をあげた。
「どうしましたか?」
ん? マヤちゃんがこっちを……。
「おねーえちゃん!」
カウンター席を降りて、小走りで近づいてきたマヤちゃんが私に笑いかけてきた。
「相談、ない?」
「えっ!?」
「小説家に相談してみたい人生、あるよね!?」
「えっ、えっ!?」
ぐいぐい迫ってくる彼女の顔を見ながら、カウンターに助けを求めると……。
「なるほどー。たしかにあんまり知らない人からお話を聞けば、青山さんも刺激になるかも!」
ああ! メグちゃん!
「こーら。お客様に失礼なことするな」
「あてっ」
瞳を閉じてチョップによる制裁を下したリゼさんが、やれやれと言った表情でマヤちゃんを退けた。
「すみません。ご迷惑を」
「い、いえ!」
「準備が出来ました~!」
謝るリゼさんに小さく両手を振って応えていると、部屋の奥から青山さんが意気揚々と現れた。
服がさっきまでと全然違う。気合を入れるように、白いシャツに黒いベストのような装いを纏った、まさに人の話へ耳を傾けるバーテンダーの出で立ち。
「ではでは~。張り切って相談を受け付けますよ~!」
「あ……。持ってきたんですね。それ」
「はい~。わかりやすい窓口は必要ですから。奥にあったものを引っ張り出してきました」
とん、と置かれたそれは、アーチを描いて門を作る簡素な窓口だった。
可愛らしいキャラクターの顔と共に、右側へ縦に書かれた「人生相談口」の文字が今は眩しい。
「人生相談窓口、再開でーす」
どーしよう?
うきうきしている青山さんをカウンターの奥に認めながら、私はリゼさんと無言で質問を交わし合った。