「つまり、自分が進む道をどう選んだらいいか、わからないのね」
一通り私の話を聞いてくれた千夜さんが、簡潔にさらっとまとめてくれた。
「そ、そうです……」
「千夜。どうだ? 甘兔庵で働いている身として、何かアドバイスできることはないか?」
私の後ろで、千夜さんと一緒に話を聞いてくれていたリゼさんが言う。
その言葉に頷きながら口元に手を当てて考え込んでいた千夜さんは、しばらくして顔を上げた。
「布衣さん」
「は、はい!」
「布衣さんは、何か、好きなことはありますか?」
「す、好きなこと……ですか?」
「そう。例えば私なら、甘兔庵でお客様に和菓子を振舞ったり、オリジナルのメニュー名を考えることが好き、みたいな」
「ううん、っと……。……実は、好きなこと、っていうのが、自分では、よく、わからなくて……」
呟き終えるまでの短い時間でさえも千夜さんの瞳を見ていられなくなって、私はテーブルに視線を落としてしまった。
そう。小さい頃から親の言うままに習い事を続けて、ただ言われるがままに今までを過ごして来てしまった私は、自分が何を「好き」か、ということが答えられない。
そして何よりも恥ずかしいのは、自分の「好き」がわからないということを、他の人に知られること。
これまで、周りの人には嘘、とまではいかないけれど、ばれないように話を合わせて生きてきて……。
つまり、逃げ続けてきた。ずっと抱えていた、自分への課題から。
でも、それももう時間切れ。
就職という、逃げられない、そして自由すぎる選択肢が、ついに目の前まで迫ってきてしまった。
正直に言って、直視できない。
だから私は逃げるように旅行へ飛び出した。目の前の、大事なことから目を背けて。
「あら。それは大変ね」
千夜さんが優しく声をかけてくれた。
その一言はなぜか、私の胸に良く浸みた。
「好きがわからないかぁ。言われてみれば、好きってなんだろうね?」
「とても哲学的です」
右を見ると、マヤちゃんとチノちゃんが話をしている。
誰も私に「どうして好きがわからないの?」とは聞いてこない。それが私には、ただただ嬉しくて、ほっとした。
「チノはボトルシップとか、ジグソーパズルとか好きだよね」
チノちゃんがティッピーを落さないよう、マヤちゃんの言葉へ器用に頷いて答えた。
「集中してものごとに当たる時間は、落ち着きますから」
好きなことがしっかりあって偉いなぁ。ああ、私はいつも羨んでばかりだ……。
「布井さん」
「は、はい」
首を軽くかしげる和風の女の子は、長くて綺麗な黒髪を顔の傍に流しながら、優しく微笑みかけてくれた。
「どうすればいいかわからないなら、いっそのこと、甘兔庵で働いてみますか?」
「えっ。……ええっ!?」
「千夜! いいのか? っていうか、甘兔庵で働いて解決するのか?」
「どうかしら。急な話だし、解決するかまではわからないけれど……。実際に働いてみることで、布井さんに見えるものがきっとあるんじゃないかしら」
「なるほど。さすが千夜さんですね。ココアさんじゃこうはいきません」」
「でもココアちゃんなら、きっと好きってなんなのか、ぱしって答えられると思うな~」
「あ、それ言えてる! 『街の国際バリスタ弁護士、ココアでェす☆』って言っちゃうくらいだし! 私たちの中でとびきり好きがいっぱいなのは、ココア姉に違いないよ!」
「確かにな~。そういった意味じゃ、ココアには敵わないな」
ココアさん。どんな子なんだろう。
まだ会ったことがないけれど、すごく好奇心が旺盛な女の子、らしい。こうして話に聞くだけで、見たこともないココアさんの楽しそうな笑顔が浮かんでくるような気がする。
「とりあえずは、布井さん。これからさっそくうちに行きましょ!」
「え……。え!?」
今、今からですか!?
「服もすぐ用意できるから。心配はいらないわ」
「え! え! あの!」
怖い! その優しそうな笑顔が、なぜか今は怖い!
「ラビットハウスの制服は青山さんが持ってっちゃったしな」
「布衣さん、頑張れ~!」
「応援しています」
「頑張れ布衣姉~!」
「へぇ!? あ、あの!」
「ん?」
思わず立ち上がった私にも驚かず、一層微笑を深めて見つめてくる千夜さん。
急な展開に着いていけなくて、私は思わずたじろいでしまう。
けれど、心のどこかが、不思議な扉の向こうを見つめて、ドキドキ跳ね始めているような。
「え、えと……」
「はい」
私は、本日何回目かのしどろもどろになりながら、パンクして煙が出そうな頭をショートさせつつ目の前の少女にやっと一言だけを伝えた。
「よ、よろしくお願いします……!」
「はい。こちらこそ。よろしくお願いします」
落ち着き払った彼女の言葉を受けて、心が、一度、ぴょんと跳ねた。そんな気がした。