「で。どうして私が甘兔庵に呼ばれるわけ?」
せっかくクレープ屋のバイトが終わってへとへとなのに、千夜ったら。
「す、すみませぇぇん……」
「ごめんねシャロちゃん。この人、布衣さんっていうんだけど、緊張しちゃって接客が上手くいかないの。少しだけ、協力してくれないかしら」
布衣さん? 聞いたことない名前だわ。
千夜に紹介された彼女は顔を赤らめて小さくなってる。
「いいけど……。どうするの? お客様になればいいの?」
「うん。そうして貰える? 私は隣で布衣さんのサポートをするから」
「ご、ごめんなさぁぁぁい……」
まったく。しょうがないわねぇ。
「じゃ、入るところからやるから。準備して下さいね」
「わ、わかりました!」
びしっと気合を入れなおした彼女を見て、一度外に出た。
あーあ。私、どうしてこんなことを……。
「あ! シャロちゃーん!」
「ココア!?」
今日もいつもの笑顔。でもこんな暗くなるまで外にいるなんて一体どこ行ってたのよ?
「こんなところでどうしたの? 千夜ちゃんに用事?」
「まあね。ちょっと頼まれちゃって」
「なになに!? もしかして戦争!? ついに甘兔庵とフルールで決着をつける時が来たんだね!?」
「ちがーう! どーしてそうなるのよっ!」
「じゃあ千夜ちゃんの家にまたパンツが飛ばされたとか?」
「そんなしょっちゅう飛ばないわよっ! 違うの! 千夜に接客の練習を頼まれたのよ! 新人さんが入ったけど緊張しちゃうからって!」
「そーなんだ~。 それでシャロちゃんが入るところからってことだね」
「そーよ。まったく。新人教育くらい一人で出来なくてどうするのよ……」
「まーまー。ところでいいの? 入らなくて」
「あ! そーだったわ」
もう準備出来てるわよね? よし。
カランカラーン。
「いいいい、いらっしゃらいらっしゃられれろら……」
「あらあら。落ち着いて布衣さん」
えーーーーー。
「ちょっと待ちなさいよ! まだ入ったばかりじゃないの!」
「ふえええ。ご、ごめんなさぁぁぁい……」
「困ったわねー。お客様と話そうとするといつもこうなっちゃうのよ」
「それは困ったわね……」
なるほど。これは千夜も手を焼くわけだ。
「どーしたの? 大丈夫?」
「あら。ココアちゃん」
「わわわ! だ、大丈夫ですぅ!」
「全然大丈夫じゃないじゃない」
後ろから出てきたココアにもテンパってる。
「千夜。これは接客は難しいんじゃない?」
「うーん。でも、なんとか仕事の楽しさを伝えてあげたいんだけど……」
「仕事の楽しさ?」
不思議がる私に、千夜はこうなった経緯を教えてくれた。もちろんココアも含めて。
「……ということなの」
「つまり、就活でどうしたらいいかわからない布衣さんに、とりあえずは仕事がどんなものかを知ってもらおうと。そういうことね?」
「そうなのよ。さっすがシャロちゃん! 理解が早いわ♡」
「布衣さんラビットハウスに来てくれたの? うれしーい!」
「は、はい! ブルーマウンテンを頂きました……」
「チノちゃんが煎れてくれるコーヒーは絶品だからね! お姉ちゃん鼻高々だよ!」
「どうしてあんたが威張ってるのよ……」
呆れた拍子に店内を見渡すと、いつものところにアイツがいた。
げっ。こっち見てる!
「と、ところで! なんとかその上がり症直すんでしょ!? もう一度やるわよ!」
「は、はいぃ!」
「千夜ちゃん。私も一緒にいい?」
「いいわよ。ココアちゃん。お願いね」
「えっ。あの、ココア……さん、ですか?」
「え? うん! 私、ココアって言います! 布衣さん、よろしくね!」
「あ、あ、あ……。よ、よろしくお願いします……」
「あらあら。感動のご対面ね」
「そお? 別に普通じゃない」
握手までしちゃって。そんなに緊張することかしら。
「じゃ。気を取り直して。もう一度やるわよ」
「うん! シャロちゃん!」
「お、お願いしますぅぅ……」
カランカラーン。
「いいいいいいい、いらっしゃらいましたぁ!」
カランコローン。
「い、いいい、いっしゃらいましたぁ!」
カラコロカラーン。
「いったっしゃっましたぁぁぁ!」
「うーん。重傷ね」
「千夜ー。これは接客難しくない?」
「ふぇぇぇ……」
「ホールとか、そっちにしたら?」
「考えたんだけどね……。でも、甘兔庵で働くなら、やっぱり接客が一番伝わるかなって思って」
「そうはいっても……」
こんな簡単なことも出来ないんじゃ、うーん。さすがに厳しい気が……。
「やっぱり、私はダメです。千夜さん、ごめんなさい。私は、もう……」
「! ダメよ布衣さん! 諦めちゃダメ!」
「で、でも……」
「いい? 布衣さん。私はここで働く楽しさをどうしても布衣さんに知って欲しいの。布衣さんだって、ここで諦めちゃったら何も掴めないまま終わってしまうのよ? それでもいいの!?」
「千夜ちゃん! 熱い!」
「千夜さん……!」
「大丈夫! まだ始めたばかりだもの。なんとかなるわ。ね、シャロちゃん。ココアちゃん!」
ん……。
「ま、まあね。 私だって最初から接客とか、全部上手くできたわけじゃないし……」
「やろやろっ! だいじょーぶ! おねえちゃんに、まかせなさーい!」
「は、……はい! ありがとうございます!」
「じゃあ気合も入りなおしたところで、もう一度ね」
「あ、千夜ちゃん! 次は私と布衣さんで迎えてもいいかな?」
「いいわよ。じゃあ、行きましょシャロちゃん」
「わかったわ。しっかりね。布衣さん」
「はい! 頑張ります!」
「ココアさん……」
「ねえ布衣さん。さっきから見てて思ってたんだけど、布衣さんの顔、めちゃくちゃ強張ってるよ」
「えっ。そ、そうですか!?」
「うん。でもそれだと、お客様も緊張しちゃってせっかくの甘味が楽しめないよね? だから笑顔笑顔! 私たちがリラックスして迎えられれば、きっとお客様も安心してお店に入ってくれるはずだよ!」
「あ……。そ、そうですね……。うん。その通りだと思います……!」
「だからね! 安心して! リラックスリラックス!」
「り、リラックス、リラックス……」
「それでは深呼吸―。吸ってー」
「え、えっ!?」
「吐いてー」
「は、はーっ」
「吸ってー」
「す、すーっ……」
「吐いて―」
「はー……」
カランコローン。
「い、……いらっしゃいませ、お客様!」
「……わ、わぁー! い、言えました! 今言えましたよココアさぁん!」
「わーい! 良かったね布衣さん! これでお迎えはばっちりだよ!」
あれだけ縮こまってたのにあんなにはしゃいじゃって。
まあ、壁を越えられたってことは、嬉しいものね。
「良かったわね。なんとか上手くできて」
「そうね。布衣さん、一歩前進ね!」
「はいっ!ありがとうございますシャロさん、千夜さん……!」
「それじゃお迎えもできたところで、次はテーブルとメニューの案内を覚えてね」
「はいっ! 頑張ります!」
あ。甘兔庵のメニューって……。
「じゃ、じゃあ私、ここで失礼するわね!」
「ありがとうシャロちゃん。おやすみなさい」
「私も行くね! お休み千夜ちゃん、布衣さん!」
「あ、ありがとうございましたぁ!」
必死に頭を下げる布衣さんと、いつもながらおっとりしている幼馴染と別れを告げて外に出た。
大丈夫かしら。ま、なんとかなるのかもしれないわね。
「シャーロちゃん!」
「なに?」
「呼んでみただけ!」
「何よソレ。へんなの」
「えっへっへー。じゃあね! シャロちゃん!」
言ってココアは帰って行った。まったく。しょーがないわね。
「ただいまー」
今日も大変だったけど、ま、いい日だったかも。
「こらぁー! 私のにんじん勝手に食べるなァー!」