星空を翔ける乙女たち アリス・ギア・アイギス another story 作:きさらぎむつみ
* * *
志筑教諭の書きしたためた病院への案内状を渡された私は、すでに放課後となった為に一旦閉められてしまった女子更衣室の鍵を、先に借りてきてくれていた真砂さんから受け取ってーーそんなこんなを保健室に来る前にしてくれていたのだーーまずは制服へと着替えに更衣室へと向かった。
ロッカーの暗証番号ーー使うたびにその人が毎回設定するタイプの物だーーを忘れていない程度には、私の頭の状態は正常らしい。
着替えながら確認しても、全身の特にどこにも不調は見当たらなかった。
とはいえ、近いタイミングで病院へは行かなければならないだろう。案内状まで出されているので、そこは仕方ない。
着替えを終えて教室に戻ると、自分の席の横、そこは美弥子さんの席なのだが、そこで美弥子さんと真砂さんがいつか見たーーいや、考えたらいつもそうしているようなーー様子と同じように、二人で肩を並べて少し大きめのタブレット端末に見入っているところだった。
「あ、おかえりなさい」
先に私の到着に気付いたのは真砂さんだった。
「いやー、せっかくだから乃亜ちゃんが帰るのに必要な物まとめておこうか、とか思ったんだけどさ……いつも何持って帰ってるのか、知らなかったんだよね私」
たはは……と照れ笑いをしている真砂さんの横では、美弥子さんが申し訳なさそうな顔をしていた。
とはいえ、それはそうだろう。私と彼女たちはつい先ほどまで、ろくに会話をしたことが無かったのだから。
「どうせだから、せめて途中まで一緒に帰れるかな、と思って。今日、私も美弥も出撃予定入れてないからさ」
『出撃予定』。
そうした単語が変に思われない程度には、二人がアクトレスであることは校内で知られていることだった。
「ありがとうございます。ではご一緒できるところまで、一緒に帰りましょう」
何のことはない。私もこの二人と知り合えて、そして親しくなれるきっかけを得たことに、少なくない嬉しさを感じているようだった。
「そういえば、二人は『アクトレス』なんですよね。やっぱり、お仕事って大変ですか?」
私は、更衣室のロッカーにしまっていたICカードで机のセキュリティを解除しながら問いかけた。
「んー、私は他のアルバイトと大した差は無いと思ってるけど、美弥はそうでもないかも。なんせ、実家の家業だから」
「別に私もそんな特別じゃないけどなぁ。確かに、一家で警備会社ってのは珍しいかもしれないけれど……」
と、そこまで言って言葉を区切った美弥子さんは、タブレットの画面に何度か指を滑らせたあと、
「まぁ、大変と言えば……最近、専属契約のアクトレスさんが減っちゃって、シフト的にキツキツでは……あるかな……」
話しているうちに美弥子さんの表情がだんだんと暗くなっていく。
いつも二人で見ている端末に彼女たちが所属している会社のデータが一部入っているのは、普段の会話から察してはいたのだけど、今はそれを見て現実的な問題を直視している最中なのだろう。
私は、そうしたことには詳しくない“ふり”を続けながら、そして机から授業用端末機や課題提出用外部メモリなどを登校用鞄にしまいながら、
「そうなんだ……でも、アクトレスって取材とかされたり、格好よくヴァイスを倒してるところをニュースで取り上げられたりするんでしょ?」
「ああ、あんなのは大手会社所属で派手に宣伝できるアイドルアクトレスとか、大型ヴァイスをポンポン退治して大活躍できるトップレベルのアクトレスだけだよー」
私のーーほんの少し意地の悪いーーその問いには、真砂さんから諦め半分恨み節半分、といった感じが雰囲気として込められた言葉が返ってきた。
「そうだねぇー……ウチみたいな小さな警備会社は、シャード外縁部とかに定期的に
すでに放課後もしばらく経ち、教室の中に私たちしかいない気安さがそうさせたのか、美弥子さんは普段メディアで目にする印象とは程遠い現実的なアクトレス業の話をし始めた。
そうなのだ。私もアクトレス“だった”から知っている。
よほど大手の警備会社か、実力と人気のあるアクトレスチームでもない限り、この業界の中心となる仕事は“ヴァイス駆除”であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
しかし、これが大手になると少し……いや、ずいぶんと様相が変わる。
派手にヴァイスを倒し活躍するアクトレスは、ニュースやネットなどでの公式取材映像、加えて一部無認可な媒体なども含み、その躍動感や機動美を褒め称えあげられる。
それは正に『ヴァイスとの闘い』という名の“舞台”で踊るバレリーナ、アクトレスはその主役であるプリマの如くな扱いだ。
まさに『
「憧れるよねー。どうせアクトレスしてるなら、一度くらいは派手な活躍してさ、『アクトレスニュース』で杏奈ちゃんにインタビューとか、されてみたいもんねー」
真砂さんが夢みるような、キラキラした目付きで教室の天井辺りを見上げていた。
もしかしたら、そこにインタビューを受けている未来の自分を空想しているのかもしれない。
少しだけ、自分の胸の辺りがちくりと痛みを伝えてきた。
真砂さんのそんな様子は、おそらくアクトレスを目指す少女の誰もが一度はすることで……でも、私にはそうした覚えが特になくて。
けれど今の私は、あえてその胸の痛みから目を逸らす。そうする術を身に付けている。身に付けて
不自然さを悟られないまいと、普段通りに帰り支度を済ませると、
「あ、お待たせしました。帰る準備、整いました」
もう手慣れてしまった自然な笑みを二人に向けた。
「よし、じゃあ帰ろっか。えっと……乃亜ちゃんて、どこ住み?」
帰宅ルートを訊かれているのだと解釈して、使っている交通機関を答えると、
「ああ、それじゃ駅の近くまで一緒だね……もし良かったら、さ? ウチか、美弥ん
体調悪くなかったらでいいんだけど、の後に聞かされた二人の家は、私が二区間だけ利用する私鉄の学校最寄り駅、そのすぐ近くだった。
私は、少しだけの逡巡の後、そのお誘いに応じることにした。
後から思えば、それは、どこか私の中にある“今の私が居ない場所にいる二人”をもっとよく知りたいと、そう思う気持ちがそうさせたのかもしれなかった。
* * *
駅前通りにあるという『八坂警備保証』というのが二人の所属する会社だと聞き、道すがら普段のアクトレス活動について尋ねてみた。
自分だってアクトレスだったわけだが、とはいえ所属した会社は最初で最後になった一ヶ所が唯一、しかも約3ヶ月の短い間だけだったので、正直アクトレス業界に詳しいわけじゃない。
しかもデビューしたての中学1年生。
覚えること、身に付ける技術はいくらでもあり、学生兼業アクトレスの身では業界独特の様々な慣習やらまでには手が回らなかった。
そして、それからすでに半年以上が経ってもいる。
「神奈川シャードでの、って話なら……最近は『オーヴィタル・セーフティー』さんが最大手さんかなー、とか。元は中部地方シャードの複合企業が抱えてた系列警備会社さんなんだけど、最近は関西や関東にも進出してきてて、どんどん支店を出してアクトレスの募集をかけてるの」
美弥子さんから語られたその会社の名には聞き覚えがあった。私が静岡で初めて所属した会社も、その東海地方の支店事業所だったはずだ。
「そういや……ウチからも何人か、そっち移ってっちゃった人、いたっけね。まあ、無理矢理の引き抜き、とかじゃないから文句も言えないけどさ。お給料とか福利厚生で比べられちゃうと、『
「特に、
美弥子さんの語尾には明らかに力が無くなっていた。
曲がりなりにも“創業家の娘”である彼女にとって、他社と比較された上での移籍を思い留まらせることが出来なかった無力感は、どうしたって感じてしまうのだろう。
「あー、あとはあれ、最近だと東京シャードの
真砂さんがその雰囲気を察してか、話題の先を違う方向へと振る。
「えーと……名前名前、なんて言ったかな? 最近すごく成績伸ばしてる高校生の人がいてーーあー、思い出した。楓さん、
「へぇ? どんな感じの人なの?」
真砂さんが挙げた人物の事を美弥子さんは知らない様で、しかしどうやら話題換えの目的は果たしていたようだった。
「うーん、見た感じ“質実剛健”みたいな? 真面目そうな人だったよ。動画も見たけど、すごく“シンプルイズベスト!”って動きだったし……正面から正々堂々って感じのやつ!」
「あぁ……そういうの、憧れちゃう……すごく強そうだねぇ。私なんて、何度現場に出ても焦るとわたわたしちゃうもん……」
「まあまあ、私らはまだ中坊なんだから、さ。その人だってデビューの年だったら私や美弥と大差無かったって、きっと」
なんだか二人の様子がいつもの調子に戻ったようだったので、私は口を挟んでみることにした。
「二人はまだ、アクトレスの“1年目”なんだよね?」
「うん、そう。私が7月生まれで美弥が5月生まれ。二人とも誕生日過ぎにすぐアクトレスになったから。そっかー、美弥は来月で『初心者マーク』外れるねー」
実際に何かを貼り付ける訳ではないのだが、自動車の運転免許での扱いがそうであるのに引っ掛けて、1年目、最初の免許更新までの“アクトレス1年生”のことを「初心者マークを貼っている」と言ったりする人は意外と多かったりする。
「でも、私も美弥も“測定会”は小6の冬休みに一緒に受けたんだよねー。いやー、あの日は超寒かったよねえ」
「懐かしい感じがするよねぇ」
「そういや乃亜さんは、測定値ってどうだった? ……“エミッション測定会”、受けたことはあるよね?」
「う、うん。私は……向いてなかったよ……」
とっさに、しかし、前もって
「そっかー、まあ、こればっかりは向き不向き、数字で出ちゃうから、しょうがないよねー」
もしアクトレス適正あるなら一緒にやれたらなあーって思ったのにと、とても残念そうに真砂さんは言うので、ほんの少しだけ、私は自分で吐いた嘘に自らの胸を痛める結果となった。
その後、しばらく住宅街、少し賑やかな商店街を抜けてポツポツと倉庫や雑居ビルを多く見かけるような町並みに周りの景色が変わった頃、
「ここだよ、美弥ん所の会社」
他愛ない話題で会話を繋いでいた私たちだったが、真砂さんの言葉に指し示された方に目を向ける。
そこはコンクリート塀で囲まれた小規模の事業所で、パッと見は4階建てのビルと整備工場らしき大型搬入扉のある建物、少し豪華めで比較的新しそうな2階建ての近代感ある建物、などが敷地内に見受けられた。
鉄扉に閉ざされていた門は、門柱を兼ねた受付出入口があり、その中の警備員らしき人と美弥子さんが一言二言やりとりをすると、鉄扉は人が通るに十分な幅だけ開かれた。
「ところで、真砂さんのお家はこの近くって言ってたけど、どの辺りなの?」
「ああ、あれ。あの、はす向かいの普通の家」
そう言いながら、真砂さんは、道路を挟んだ先にたっている、ごくごく普通の一般住宅を指差す。
「ウチはお父さんは普通の会社員、お母さんは『八坂』で事務職のパートしてるんだ」
真砂さんが美弥子さんに続いて門を越える。私は、ニコニコとしている守衛のおじさんに恐縮しながらお辞儀をして、二人の後に続いた。
二人はまっすぐ、これといった特徴がないのが特徴だとでもいう風情のビル入り口に向かっていく。私はそのあとをついてゆく。
「お父さん、お母さん、ただいまぁ」
「ただいまー、です!」
美弥子さんと真砂さんは、ビルに入ってすぐのカウンター越しに、仕切りの少ない部屋で忙しそうにしていた人たちに声をかけた。
「やぁ、おかえり、美弥子」
「おかえりなさい美弥子、
短く、しかし優しい声音で返事をしたのは細身に作業着の男性で、どうやら美弥子さんのお父さん。
真砂さんに親しみを込めた呼び方で返したのは、美弥子さんのお母さんらしい。顔立ちから察するに、どうも美弥子さんは母親似なんだなぁ、なんてことを思わされた。
「うん、同じクラスの館林さん」
「あ、どうも、はじめまして。お邪魔します」
「はじめまして。慌ただしくしていてごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ突然お伺いしてしまって……」
「ママさん、何かあったの?」
真砂さんが美弥子ママさんに問いかける。どうも、何か普段と違う様子を察したらしく、その顔には真剣さが感じられた。
「えぇ、ちょっと急な『案件』が入ってしまったの……でも、すぐに
「あれ? 今日は
「それが、二人とも急に来れなくなるって、お昼頃連絡があってね……休みの子もすぐには来れないって」
「いいよ、ママさん! 私が行くッ!」
通学鞄をソファの上に放り出し、真砂さんが気勢よい声をあげた。今にも走り出しそうな勢いだった。
「ほら、美弥も行こう! 『今この場で槍と剣を携えているのは私達だけだッ!』だよッ!」
何かの
「う……うん! そうだね! お母さん、私達で出撃するよ」
「よし、なら早く支度だ。着替えの暇くらいなら作れる。二人とも急ぎな」
突然の低い、しかし室内に鋭く響く声がした。その声の主である、かなり年配の男性は今やって来たであろう廊下の奥へと拳に立てた親指を肩越しに向けていた。
「お
「
「はい!」
「うん!」
二人の言葉が
「……そっちのお嬢ちゃん……今、時間はあるかい?」
年配男性のその言葉が私に向けられた物だと一瞬の間ののち理解し、私はこくこくっと頷きで応じた。
「それじゃあ……済まねぇが、二人の準備を手伝ってくれねぇかい。なに、難しいことはさせねぇから大丈夫だ」
彼の低く響く重い声の迫力もあってか、私は更に頷きで返すだけだった。
その後、美弥子さんと真砂さんと共に連れ立って向かった場所ーー
そこには、私の知らない“現場”が、あったーー。
続く
(再録)
次回、いよいよ出撃、対ヴァイス戦です。
『八坂警備』の二人、美弥子と真砂の実力や如何に?
2022/02/06 リスタート後アップデート済み