星空を翔ける乙女たち アリス・ギア・アイギス another story   作:きさらぎむつみ

4 / 8
第三話 出撃!八坂警備

   * * *

 

 真砂さんと美弥子さん、美弥子さんのお祖父さん、そして私。

 廊下を進む4人の足音がやけに大きく響く。

 

「二人を信頼してるから“二人だけ”で出すが、くれぐれも用心しろよ。で、こいつが“案件”様だ。よく見て、二人がやりやすいようにドレスを選んでくれ」

 

 美弥子さんのお祖父さんーーそう言えばまだ名前を知らないーーはその手に持ったタブレット端末を、見かけの年齢には似合わない指さばきで触れていく。

 

 更衣室で制服から『00式』と呼ばれる戦闘服(アクトレススーツ)に着替えてきた美弥子さんと真砂さんはといえば、普段の教室で見せる物よりも一回り小型のタブレットをそれぞれ手にしていて、その画面に映し出される情報(データ)を確認していた。

 

 二人が持っているのはAEGiSから支給されるアクトレス用小型端末だ。

 これは、アクトレス個々人それぞれの登録情報が入力されていて、言わば“アクトレス免許証”でもある。

 

 おそらく二人は、それぞれの端末にお祖父さんが持つ端末から送られた情報ーー多分それは今回の出撃に関する物ーーを見て、その内容をイメージしている最中だろう。

 

 AEGiSからの受注案件情報の中身というのは、大まかに

 

 ・ヴァイス発生の出現予測地点とその規模

 ・予測される出現ヴァイスの種類(タイプ)

 ・今作戦案件において許される撃退までの所要時間

 

などだ。

 

 それらの情報からアクトレスと彼女たちを指揮する『隊長』職に当たる人物は、そのヴァイス撃退に向けて編制(フォーメーション)や出撃するアクトレスたちが装着するギアを決めてゆく。

 

 理想を言えば、その案件ごとに相性の良いアクトレスだけのチームを組んで向かわせることが最適解なのだが、それがどんな現場でも成り立たせられるのなら、何も苦労はない。

 

 よほどの大手で専門チームをいくつもお抱えできるような業者は、それは本当によほどの会社なのだ。

 

 加えて今回は、急な案件受注であるらしい。なら、今居る人員を現場に合わせる方が合理的となる。

 

 自分の手の中の画面に集中していた真砂さんが早速、言葉を発した。

 

「お祖父様。私の武装(ドレス)、いつもの10(ヒトマル)式D型の上下じゃなく、G型の方でお願いします」

 

 真砂さんは続けて、

 

「それで美弥、あなたも今日は上はペレグリーネFFにして、下にはTYPE-G12を穿いて。で、わりかし前に前に突っ込む感じで、プリ系とかが出たら優先的に、を意識して戦ってほしいの。その分、私がちっこい連中を散らしてくから」

 

「えっと……うん、わかった!」

 

「今日は二人(デュオ)だし、予測のヴァイスがこの面子(メンツ)なら、多分それの方がいいと思う……お祖父様ーーじゃない、隊長。それでもよろしいですか?」

 

 なるほど、美弥子さんのお祖父さんは、ここ『八坂警備』の『隊長』さんなのか。

 灰色のごく普通な作業着(ツナギ)姿だったので、私は勝手に整備士をしている方なのだと勘違いしていた。

 

「出撃するのは美弥と真砂(まさ)ちゃんだ。二人がそう考えて判断したんなら、儂はそれを尊重するーーその判断が明らかな間違えだったりしねぇ限りな」

 

 口調は強く厳しさを感じるものではあったけれど、しかし孫娘とその友人に向けた顔つきには、家父長の責任を背負っている者が家族にだけ見せる際の独特な優しさも感じられたーー。

 

「父さん、僕も手伝うよ」

 

 後ろから廊下を駆けてやってきた美弥子のお父さんが私たちに追いついた。

 

「よし、弥彦は聞こえてたか? 美弥子がペレグリーネにTYPE-G12、真砂はG型上下で『舞台に上げるぞ(エントリー)』。間違うなよ、着付け(フィッティング)急げ!」

 

 お祖父さんが整備工場(メンテナンスヤード)内の隅々に響くような通りの良い声を上げると、途端に場の空気がピリリと引き締まった感じがした。

 

「弥彦は美弥子をやれ。で……お嬢ちゃんは、真砂(まさ)ちゃんの準備を手伝ってやってくれるかい?」

 

「はい。真砂さん、何からすればいい?」

 

「ありがと。まずはこれーーこのドレスハンガーを一緒に手前に引っ張り出そう」

 

 真砂さんに言われるままーーのふりをしながらーー、トップスギア『一0式G型/T』とボトムスギア『一0式G型/B』がセッティングされた、歯医者で座る椅子に様々な機材をゴテゴテ盛ったような機材『ドレスハンガー』を、真砂さんが移動用キャスターのロックを解除したのちに彼女と並んで引き出し始める。

 

 せりだしきったハンガーに電源が入り、各種スイッチが起動、ロックが解除されていき、静かな駆動音が唸り始めたその台の中央へ、真砂さんは乗り込み始める。

 ハンガーの認証登録端末に真砂さんは自分の手に持つAEGiS端末をかざす。情報が瞬間でやり取りされて、

 

『AEGiS登録アクトレス「御劔真砂」を確認しました。それでは、フィッティングを開始します。規定の位置に座り、身体を楽にしてください』

 

 女性的な合成音声のナビゲーションが始まった。

 

「乃亜ちゃん、こーゆうの見るの始めて?」

 

「あ、いえ。映像で、くらいは」

 

「そっか。いや、意外と“ギアを装着す()る”ところは知らないって人も多いらしくてさ」

 

 身近にアクトレス関係者がいなければそうかもしれない。

 

「まぁ、あとは全部ハンガーがやってくれるんだけどね。ここの、とかここの、アームで着せてくれるんだよ。昔は大変だったらしいよ。パーツずつ抱えて人の手で着せて調整しなきゃいけなかったらしいから。いやー、いい世の中になったもんだよねー」

 

『アクトレスはギアの装着が行える位置に身体を安定させてください』

 

 身振り手振りのオーバーアクションで私にハンガーの機能を説明していた真砂さんに、ハンガーから催促の案内がかかった。

 

「ほら、言われちゃってますよ。とりあえず、トップス(ギア)に袖を通しちゃってください」

 

「いけない、ごめんごめん」

 

 人ではないハンガーに謝罪し、真砂さんが背もたれに身体を預けると、彼女の両腕にギアが装着される。

 と、それに伴ってトップスギア特有の浮遊式武装ユニットが起動し、真砂さんの身体の座標軸に紐付けされた指定空間位置まで浮かび上がった。

 

「よっし。起動プロセス完了、っと」

 

『「御劔真砂」さま、気をつけて行ってらっしゃいませ』

 

 ハンガーに預けていた身体を起こした真砂さん。すでに腿から下にもボトムスギアが穿かされていた。

 

「あ、乃亜ちゃん、武器ロッカーを開けて中のやつ持ってきてくれる? まずは右の白いロッカーから、左から2番目の扉の中のやつを」

 

「えっと……ここの、これね?」

 

 やはり事務所が違えば勝手も違う。少し迷って開けたロッカーの扉を開けて、中に入っていたTRバズーカーー識別だろうか、グリップの部分が赤く塗られているーーを抱えて、

 

「はい、これで間違ってない?」

 

 駆動しているギアの能力でわずかに床から浮きながら、ドレスハンガーから離れ始めていた真砂さんに両腕で恭しくご注文のショットギアを渡す。

 

「うん、合ってるよ。ありがと」

 

 そして真砂さんは自ら、並んだ灰色のロッカー前まで進むと、扉を開けて中から大振りの剣ーー形状からTRソードだと分かる。やはりこちらもグリップ部分が赤色だーーを取り出して、こちらはボトムスギアの懸架フックに引っかけて、一旦手から離す。

 

「これで良し、と。ありがとう乃亜ちゃん」

 

「いえ、このくらいしかお役にたてなくて」

 

 省力化が進んだ設備のおかげで、私の手伝いが要るようなことはほとんどなかった。

 

「さて、美弥の方は、と」

 

「準備終わりだよ、真砂ちゃん」

 

 ちょうど、こちらも手持ちのニ丁拳銃タイプのショットギア『ボートゥール』をお父さんから手渡しされていた美弥子さんから、声がかけられた。

 

 上下のドレスギア共に『ヤシマ重工』製で揃えている真砂さんとは違い、美弥子さんの武装(いしょう)トップス(うえ)が『センテンス・インダストリー製ペレグリーネFF』、ボトムス(した)が『AEGiS兵器開発局製TYPE-G12』。

 

 赤茶けた色合いが特徴的な『一0式G型』上下の真砂さんが派手目な印象なのに対して、美弥子さんの(よそお)いは上が薄緑と水色の中間のような色、下が膝まで白くてそこから下側はソックスを穿いたような黒、という配色なので落ち着いた雰囲気がある。

 

 そして、私は彼女らが身に付けたドレスギアから二人の“属性”を察する。まず間違いなく、美弥子さんが『電撃』属性で真砂さんは『焼夷』属性、だろう。

 

 基本、自分の属性に合致したギアを、アクトレスは着たり、持ったりするからだ。

 美弥子さんのボトムスギア左腰に懸架してある近接戦武装(クロスギア)『TRランスE』も、両手に構える『ボートゥール』もその属性通り、となる。

 

 と、ここで疑問符が私の頭の中に浮かぶ。何故二人とも、すでにギアを発進させているの?

 

 普通、ギアへの乗り込み、着付け(フィッティング)までは各事業所の整備室でするが、そこからの発進はシャード外部への通路へ繋がる地下エレベーターのある施設で、だ。

 出撃区域がシャード内だとしても、発進許可区画までは輸送車で運ぶはず、なのだけど…。

 

 だが、その疑問は直後に、美弥子さんのお父上、弥彦さんの言葉と共に解決した。

 

「よし! 二人とも、気をつけて行ってくるんだぞ!」

 

 弥彦さんが壁に備え付けの機器を操作したことによって、壁の一角が左右に引戸の如く開き始めたのだ。

 それは、『エレベーターの扉』としか思えないものだった。

 

「驚いたかい、お嬢ちゃん? ウチはこいつのおかげで、良くも悪くも、ここいら一帯の他の業者より案件発注が来るんだよ。その分、AEGiSさんへは『信用』で返しちゃいるがね」

 

 私の表情に驚きを見てとったのか、いつの間にか横にいたお祖父さんからそう説明をされた。

 

 なるほど、社内に地下直通エレベーターがあるなら、即応性という点においてはずば抜けた利点で、AEGiSからの急な案件が持ち込まれるのも納得だった。

 

 私が“アクトレスだった時”の静岡シャードでは、そんな事業所は聞いたことがなかったのだ。

 さすがは神奈川シャード、はるかに都会だった。

 

「ところで、自己紹介が遅れたな、済まねぇ。『八坂警備保証』で社長と隊長やってる、弥一郎ってもんだ。今日はありがとよ」

 

「あ、いえ。館林乃亜です。はじめまして」

 

 特に手を差し出されはしなかったので、私は代わりにペコリとお辞儀した。

 

「ところで……お、いやーー館林さんはこの後、何か予定はあったりするのかい?」

 

「いえ、特には」

 

 別段、体調にもスケジュールにも問題はなかった。

 

「良ければ、でいいんだがーーあの子らの帰りを、ここで一緒に待っちゃくれねぇかい? まぁ、出来たらで構わねぇんだがーー」

 

 文末がハッキリとした物言いなのがとても“らしく”なくて、それが私への気遣いなのだと分かった私は、

 

「はい、構いません」

 

 そう答えていた。

 

 それが、未練とか、後悔とか、羨望だとかが一緒くたになった気持ちからなのだ、と気付くのはもっとずっと後なのだけど、この時その瞬間はただ“親しくなったばかりの友人が(そら)飛翔()んでいる姿を見てみたい”、ただその一心だった。

 

 だから、

 

「もし出来たら、二人が戦っているところを見せてもらえませんか?」

 

 と、自然と言葉が漏れていたのだ。

 

「そうかい、よし! 本当は関係者以外は滅多矢鱈と入れちゃいけねぇんだがーー出撃準備を手伝ってくれた客人ならもう違わねぇな。こっちだ、隊長用の指揮室は」

 

 弥一郎さんは弥彦さんに後は頼む、とだけ声をかけて、さっき入ってきたときの扉とは別の扉を開け、私が歩み始めるのを待ってくれた。

 

 若干早足ぎみになりながら、私はその扉をくぐり弥一郎さんの後を付いてゆくのだった。

 

 

   続く

 




(再録)

予想外に戦闘までの出撃準備シーンに文章量をかけてしまいました。
ここから更に戦闘シーンを丸々挿入すると、他の話の文章量と大きく差が出来てしまい…致し方なしかなぁと思い、ここで区切りました。
とはいえ若干、予告詐欺めいてしまうのも事実でして…
なので、次の第四話は自己校正などの準備が整い次第、毎週火曜のスケジュールに関係なく更新するかも知れません…が、それも今度は五話目の進み具合次第で、となるという…

という訳で、今回は短めですがお許しを。次回以降もしっかり頑張りますので。

今回の余談

私のTwitter(そちらは『きさらぎむつみ』名義)にちょっとしたオマケを付けて置くことにしました。
見られる方は探してみてください。

2022/02/06 リスタート後アップデート済み

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。