星空を翔ける乙女たち アリス・ギア・アイギス another story 作:きさらぎむつみ
* * *
『ランデブーポイントに到着しました。これより任務を開始します』
有名アナウンサーの声からサンプリングして作られた、戦闘ナビゲーションガイド音声が美弥子と真砂の耳に同時に響く。
「それじゃ作戦通りに。緊張しないでいつも通りにだよ、美弥」
「りょ、了解、真砂ちゃん」
推進剤の噴射で真っ直ぐな光の軌跡を描きながら、二人のアクトレスは目的の宙域へと到達する。
まだ静かな星の海。
そこに突然響いて聴こえたのは、空間が無理矢理に軋まされた悲鳴のような不協和音。
小型のヴァイスが宇宙空間を抉じ開けワープアウトしながらその姿を現した。
「反応確認、種別特定。まずはルイカとクリオス。蹴散らしちゃって、美弥」
真砂のその言葉が終わる前に、既に実弥子は両手のボートゥールの連射を、差し当たって自分との距離が近かったルイカの群れに放っていた。
その光弾はまるで標的にされたヴァイスの方が吸い込んでいるかのように全弾命中、存在力のバランスが崩れた哀れな小型ヴァイスたちは小さな爆発を起こしつつ消滅する。
彼らヴァイスの存在を構成していた『結合粒子』が瞬間その場に漂うが、わずかの滞空の後に美弥子のエミッション能力に惹かれるかのように微細な流星群となって彼女に、正しくは美弥子の装備しているドレスギアの、そのエミッションコアに向かって収束するかのように飛来し吸収されていった。
「そのちょーし、そのちょーし。慌てず落ち着いていこー!」
真砂は、ルイカを倒す美弥子に反応してそちらを向き、射撃体制を整えつつあったクリオスの群れをその背中側へ、回り込むようにしながらTRバズーカの連射で、遠慮無く命中させて倒していく。
今回の出撃、大きな行動指針はとても簡単なものだった。
出現したヴァイスを連射性と速射性に秀でたデュアルショットギア装備の美弥子が距離を詰めて対処する。
その派手な動きに反応し美弥子を標的と定めて動いた他のヴァイスを真砂が側面または後方に回りこんで、接触雷管タイプの炸裂弾を発射するバズーカショットギアを構えた真砂が殲滅していく。
一見、美弥子を囮に使うような作戦指針に思えるがそうではない。
むしろ美弥子は前方に現れるヴァイスに向かいつつ速攻で撃破をしていくことに集中し、また常に動き続けることでヴァイスのターゲットロックを誘いつつしかし攻撃が届く頃にはもうそこにはいない、という状況を作り続けてゆく。
対して真砂も、派手に動く美弥子のおかげでヴァイスのターゲットにされづらく動きの自由度が大きくなるため、射程には優れないが弾頭爆発の衝撃による攻撃範囲とその破壊的を活かした攻撃を、比較的楽にヴァイスに接近することが可能となって必要最小限な機動と弾数で殲滅を行うことができる。
「いーよいーよ……あ、美弥の1時方向にタキブリ2体出現確認。接近で気を引きつつ、でも正面に相対しないように注意ね。私は予定通り後ろに回りこむ」
そう言うと真砂はボトムズギアのブーストを噴かして、一気にヴァイスの後方へ向かって大きな円弧を描きながら、バズーカの射程に捕らえられる距離まで詰めるために宙空を駆け抜ける。
美弥子は接近しつつも右に左にと微妙に機動を変える。タキブリが2連装砲撃を放つ直前に発光する赤色光を、美弥子は横目にしながら回り込むようにブースト移動する。
そのため、発射された攻撃が到達する頃に彼女はもう被弾する位置には居ない。
タキブリは姿勢制御で向きを変えると共に美弥子への照準を捕らえ直してまた砲撃をする、しかし美弥子はそれをとっくに避けている。
その繰り返しで攻撃を回避し続けつつ、自分の攻撃射程がタキブリを捕らえられる距離まで美弥子は慎重に移動を行う。
美弥子が普段通りでさえいればタキブリ2体程度は上手くあしらう、いつもの信頼を彼女の挙動から確認した真砂はどちらのタキブリへもすぐに攻撃ができる位置へとギアのブーストを一気に噴射して距離を詰めにかかる。
美弥子がボートゥールで連射を2体のタキブリに叩き込んだ。
だがしかし、相手ヴァイスの装甲も高く硬く、一、二斉射程度では撃破まで至らない。
そのタキブリの背後で大きな爆発が連続で起きる。後方に回り込んだ真砂の援護だ。
さしものタキブリでも立て続けに食らえば、待っていたのは爆発霧散だった。
『結合粒子』がその崩壊を促した攻撃に惹かれ、真砂の方へ幾筋もの光の飛来となって彼女のドレスギアに吸収されていく。
「さぁて、まだまだ来そうだね……」
真砂のその言葉通り、遠間にワープアウトして現れたのはブラナイルの編隊、それも2集団。
しかしそれは、よくある出現パターンだ。
「私は右側のを片付ける」
「それじゃ私は左の方を」
それぞれに近い一群へ向けて向かう二人。
美弥子はあれなら安心だ。そう、真砂は確信した。
彼女は若干スロースターターな気があるのだが、一度集中してしまうと反比例するかのように長い間一つのことに集中できてしまう。
医学的には『過集中』と言われてしまえばそうなのかもしれないが、真砂はそれを美弥子の『才能』だと考えている。
二人はそれぞれに、連射で、あるいは誘爆も含めた砲火で、プラナイルの編隊を一掃する。
しばしの間の後、ワープアウトで現れたのはクリオスの一群。
二人はちょうど射線が十字になるようなポジションに遷移してその攻撃を繰り出していった。
ヴァイスに攻撃の、いや、その為の照準合わせの暇すら与えないうちに。
* * *
(すごい……)
美弥子さんと真砂さんはモニター越しに見事な連携を見せてくれていた。
私が今居るのは『八坂警備』のモニタールーム、出撃中のアクトレスたちを宙域監視ドローンの回線を借りて映像で確認するための部屋だ。
普通『隊長職』にある人は、こういう部屋から出撃中のアクトレス達の様子を確認、必要な際には『SPスキル』と俗称される“アクトレス個人のエミッション大規模解放による結合粒子放出”に承認を行ったり、緊急の際には撤退の判断を下して宙域からの離脱を命令したりする。
今、私の横には同じようにモニターを見つめる美弥子さんのお祖父様、弥一郎さんが立っていた。
モニター前の椅子を私に譲ってくれたからだ。私はその勧めに従い、二人の出撃の様子を座って眺めていた。
「この調子なら、特に危険なこともあるめぇな。AEGiSからの資料じゃワーカークラスの発生予測もねぇようだし」
弥一郎さんが私に聞こえるように呟く。聞こえるようには話していても、特に返事は求めていない文脈だった。
私も見せていただいたAEGiSからの出撃に際するヴァイス出現予測、それは小型の編成が多数、というものだった。
しかし、それらが小型だからといって放っておくわけにはいかない。
奴ら……ヴァイスは“その出現によって空間の歪みを拡大し、より大きなヴァイスを出現させることの出来る空間の歪みを作りだす”という性質を持つからだ。
ヴァイスの出現にはある一定のパターン、法則めいたものがあることはアクトレスを始めたらまず始めに習う常識だ。
まずは小型、それも同種で編隊を組んだタイプが入れ替わり立ち替わり現れる。
合間に『特異型』と呼ばれる変種が加わることもあるが、基本的にはこの繰り返し。
それで『特異点』付近の、空間を歪曲させていたエネルギーを使いきってしまえば終わり、殲滅撃退完了。
そういうヴァイス出現予測域が多数を占める。
『特異点』とは、『ある空間内での特に際立って歪みが大きくバランスを崩したポイント』だ。
小型ヴァイスのほとんどは、その歪みを利用して出現する。
AEGiSはあらかじめその歪みの大きさや崩れたバランスの属性によってあらかじめ出現ヴァイスの予測を算出し、警報と共に関係各所に通達、出撃要請が発せられる。
問題は、『特異点』の歪みが小型ヴァイス出現により“よりひどくバランスの傾きが強く”歪められた、または歪められる予測がされた時だ。
この場合、ほぼ確実に、といっていいくらい特殊な行動と、小型と比較できない耐久力を持った『大型ヴァイス』が出現する。
とはいえ、今ではほぼ、その大型ヴァイス出現予測も確定的に可能となっている。
小型ヴァイスの出現パターンの解析が進み、『歪みをより歪める』法則が算出可能となったからだ。
よほどの大規模会社、それこそ叢雲などでなければそういった案件は回ってこない。
任せられるアクトレスたちがいるいないの話ではなく、単に案件の数が少ないのだ。
失礼ながら、こちらの『八坂警備』さんの規模なら最大で回ってきても、ヴァイスワーカークラスの中型案件だろうか。
もっとも、ヴァイスワーカーにもピンキリがあり、明確に『中型』とは分類されているわけではないのだけど。
美弥子さんと真砂さん、二人の動きはなかなかに堂に入ったものだった。
自分の装備したショットギアの射程を把握して必要なだけ接近し、撃破に必要なだけの攻撃を行った後は、次の出現を警戒し待機、現れたらすぐ対応する。
それはかなりの熟練者であることを示す動きぶりだ。
そしてこれは、こればかりはセンスがないとなかなか身に付けることが出来ない。
そういう意味でも二人は十分アクトレスに向いていて、実際にかなりの腕を持つアクトレスのようだ。
動きを見れば、魅せられれば嫌でも分かる。
普通、人間は3次元的な世界で日常を暮らしているくせにその実、上下方向感覚には極端に弱い2次元的な世界を生きている生物だ。
その為に宇宙空間、そこまでいかなくともごく浅い水深の水中ですら真夜中のように水上方向が明るさで判明しない状態になれば、いとも簡単に空間認識喪失を起こす。
飛行機パイロットなどのような人の感覚は特殊な訓練を長時間経た上で身に付く特殊な技量であり、一般人は地に足が着いていない状態というものには長時間耐えられないつくりなのだ。
だから、そこをギアはサポートする。
エミッション能力があろうとなかろうと違わない、その『空間認識』という部分を疑似的3次元化……簡単に言えば『2次元平面+高さ』次元に補正してくれる。
よほどの予想外な挙動をヴァイスが、何よりアクトレス自身が行わない限りは、3次元宇宙空間を縦横無尽に出現・行動してくるヴァイスの軌道を出来得る限りに2次元平面上の挙動に落とし込んで、私たちアクトレスたちがまるで平面上に現れた相手を対するように動けば良いように、様々な補正を感覚にかけてくれている。
その為の、戦闘領域ライン表示でもあり、
実際、ドレスギアのスラスターが前後左右には強烈に働き、アクトレスがさながら華やかな舞台上を軽やかに舞うかのように、動き出しや急停止、僅かなスライドやターンに至るも思うままに動けるようセッティングされているのは、そういった理由からだ。
反面、頭上方向と足下方向への挙動を容易にするスラスターはドレスギアにほとんど設置されていない。
もしそんな挙動が必要に迫られた際には、メイン以外にもサブスラスターを無理やりに稼働させたりしてどうにかするのだ。
そんなことを思い出しながら。
私は二人のアクトレスが
……だけど、
どれだけ機能的な、熟練さが画面を通してでも分かる挙動、攻撃のテクニックを見ても、いや、見せてもらっているからこそ、私の脳裏は言葉へと出来ない思考の影をよぎらせてしまう。
私は気付いてしまったからだ。
今の彼女たちが、その能力を駆使する限界値のわずか手前まで達していることに。
もう、二人の“伸び代”はそう多くない、ということに。
そして、モニタリングされる彼女たち二人のエミッション値表示やその他諸々のパラメータから、俗に言われる能力ランク『
二人は最高ランクとされる
おそらく美弥子さんは
そして、二人も当然それには気付いている。
自分たちの、アクトレスとしての成長は、ほぼ頭打ちだということ、に。
* * *
「おかえりなさい! すごく……素敵だった!」
決して嘘ではないその感情を言葉にして、任務宙域から事業所へと帰還した美弥子さんと真砂さんを出迎えた時の私は、そんな思考を抱えていることを上手く隠せていただろうか。
今の私が暮らす場所への帰り道は、そんな想いでいっぱいになっていた。
続く