星空を翔ける乙女たち アリス・ギア・アイギス another story   作:きさらぎむつみ

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ある程度の準備、書き溜めが整いましたので、微速ですが連載を再開いたします。

お楽しみいただければ嬉しいです。


第五話 土御門中学アクトレス会

   * * *

 

 午前中に紹介状先の病院で一通りの検診をされて異常無しの診断をされた私は、そして流石にそこまで勤勉ではない私は、今日の登校を自主的に休むことにしていた。

 

 とはいえ、それほど街での遊び方を心得ているわけでもなく、結局は帰り道に普段しているような買い物をしただけで帰宅の途に着いたのだけれど。

 

「ただいま……って、今は誰もいないか……」

 

 普段の下校時間なら祖母の声が返ってくる、そうした日常がようやく私に根付いていたことを知らず実感した。

 

 今の私が身を寄せる母方の実家、館林家。

 至って普通の、と言ってしまうと語弊が生じてしまう、けれど『お屋敷』と言うほどには大きくない、そんなサイズのごく一般的な日本家屋と、それなりに広い庭。

 それらを囲う生け垣と、木目調だが金属製のフェンス。

 

 けれど、この敷地に私の居場所はない。「用意をする」と言った、言ってくれた祖父母の提案を、私は私のわがままで断った。

 

 一緒に暮らしていたら

 

 また“あの時”のようなことが起きたら

 

 そんな考えがどうしても離れなかったから。

 

 あんな思いは二度としたくない。

 

 そんな私の意固地さは、きっと祖父母に伝わっていたのだろう。

 特に祖母は元アクトレスだ。私以上に知っていること、感じることがあるのかもしれない。

 

 とはいえ私はまだ未成年の中学生で。

 独りで何かをするには全てが中途半端で、私自身何もかもが足りなくて。

 

 そんな私のわがままと現実の二律背反を打開する折衷案を、祖父母は用意してくれた。

 祖父母の家から徒歩3分。祖父が大家をするアパートの2階角部屋。

 

 そこが今の私の居場所だ。

 

 ルールは2つだけ。

 1つ、必ず一日一回は祖父母の家に顔を見せに来ること。

 2つ、毎週土曜の夜は祖父母の家に泊まりに来ること。

 

 あと、これは番外ルールなのだけど、ちゃんとお小遣い帳……というか出納帳?家計簿?をつけるように、と祖母に言われた。

 まだ中学生で、アルバイトも出来ない私の入金は基本、祖父母からの物しかなく、突然何かで必要になれば普通に祖父母が出してくれるのだけど、

 

「だからこそ今からしておきなさい」

 

 と祖母に念を押されて容認し、突然の抜き打ちチェックでも困らないようにしておきなさい、と更に念を押された。

 

「あの子はいつまで経ってもその辺りが適当だったからねぇ……」

 

 と、この話を最初にしていた時の、祖母が漏らした呟きが何故だか忘れられない。

 

 それはそれとして、

 

 私は朝方、通院前に一緒に朝食をとった祖父母の不在を確認した後、リビングのテーブルに病院での検査結果書類が納められた封筒を置いて、更にメモを書き添えた。

 

『特に異常ありませんでした。

 

 とここまで書いて、検査結果をもらった直後に病院を出たあとで送ったメッセージと文面がまるっきり同じだったことに気が付いて書き換えようか、とも思ったけれど、少し考えてから

 

 今日は部屋で休んでいます。夕ごはんは食べに来ます。』

 

 と続けて記した。

 

   * * *

 

「あ、乃亜ちゃんからメッセージ来てた」

 

 午後の授業が終わった校内の、廊下を美弥子と連れだって歩いていた真砂が、スマホの表示に気が付く。

 

 昨日の別れ際に乃亜、美弥子、真砂の三人で作ったグループに新着の表示があり、開くとそこには

 

[病院での検査は異常ありませんでした。ご心配ありがとうございます。明日は登校します。]

 

 という文面があった。

 

「よかったぁ」

 

 真砂が見せた画面の文字を確め、美弥子が安堵の表情で呟く。

 

「ん~? 何がよかったんだい?」

 

 美弥子と真砂は、二人の後方頭上からかけられた馴染みのある声に振り返る。

 

「あ、安眞木先生、こんにちわ」

 

「『先生』はよしてくれって。君たちだけでも普通に呼んでくれないかい?」

 

「でも、学校で白衣を羽織っていたら誰だってそう呼びませんか?」

 

「それに『先生』以外でなんて呼べばいいのか、未だに決まってないかなって……」

 

「だからぁ、別に『さん』付けでいいんだって……この白衣だって、業者に間違えられないためだけに着てるんだし」

 

 口に咥えたシナモンスティックの先を上下に揺らしながら、真砂と美弥子に『先生』と呼ばれた女性、安眞木遥(あまぎ はるか)は何とも言えない困った表情を浮かべる。

 

 立ち止まった美弥子と真砂の脇を抜けて遥が歩き出すと、中学生二人もその後ろをついて進む。

 

「あ、今日はまだ部室明けてなかったんですか?」

 

「ちょっと野暮用でね。まあ今は君たち以外に来る子が居ないから、問題はないけどね」

 

「そんなだからどんどん部員が減ってしまったんじゃ?」

 

「まあそれは時代の流れってだけだろうさ。やはり、私に問題はない」

 

 問題だらけのような気がする、と真砂は頭の中だけで言葉にする。

 

 部室、部員と真砂は口にしたが正確には『部活動』ではない。あくまでも有志の集まりによる『土御門中学アクトレス会』だからだ。

 

 土御門中学校はカリキュラムの関係で、土曜日は午前中の選択授業以外がない。選んでいない場合は週5日授業、土日は休みのスケジュールだ。

 

 その選択授業の一つに『アクトレス』課程がある。内容は、大雑把に技術系と服飾デザイン系だが、土御門中学校ではまとめて履修する。

 

 以前は実技的内容の課程もあったのだが、免許取得の時期が中学入学直後に集中し始め、そのまま大なり小なりどこかの事務所に所属するアクトレスが増えた頃から「では実地経験的なことはそちらで」という流れになり、学校ではむしろ“アクトレス関連産業”を目指す進路を、と方針が変わってすでに久しい。

 

 安眞木遥は、その授業の為に招聘されて毎週土曜の講義に来校する、校外委託の顧問なのだ。だから真砂の『先生』呼びも、あながち間違えではない。

 ただ、本人が「その呼ばれ方がむず痒い」だけらしい。

 

 加えて今日は授業の日ではなく、授業選択している生徒の自主的参加に任せている勉強会、である『アクトレス会』の監督目的のため、だからか。

 

 とはいえ土御門中学校全学年で現在、美弥子と真砂も含めて十数人がアクトレス活動をしているが、この『アクトレス会』に在籍しているアクトレスは彼女ら二人だけだった。

 

 他の子達はそれぞれに普通の部活動をしていたり、所属先でのアクトレス活動を優先していたりする。

 また、免許を取っていても事業所への登録がまだだったり、家や本人の都合で活動を始めていないアクトレスもいる。

 

 美弥子と真砂も入学当初、デビュー直後には入会を考えてはいなかったのだが、それぞれの両親の進めもあり、また、事業所のシフトもそれに合わせて組んでくれることもあって、1年生の夏休み明けから入会していた。

 

 そういった成り立ちの会で、そういった会の現状もあって、たまにからかい混じりに『先生』呼びはするものの二人にしてみれば、この女性は“年の離れた姉”のような感じで接してしまう相手だった。

 

 特に真砂は、ギアデザイナーを目指す兄が持っていた本の記事で、安眞木遥がそれなりに知られた有能な技術者だと知ってからは、少なからず尊敬の念もある。

 ただし、そんなことは照れくさくて言葉や態度におくびにも出したことはないのだけれど。

 

 そんな人物の後ろについて校舎を抜けて、真砂と美弥子は通い慣れた“部室”の前へと到着する。

 二人の入学する何年も前に、諸々に別々だった倉庫を一棟に集約して新設された際、『アクトレス会』が活動場所にと申し出たことで取り壊されず残された、元書庫。

 

「まあ私も、君たちみたいに現役アクトレスだけの方が気楽でいいよ。余計な話をしやしないか、と気を張らなくて済むからね」

 

 認証ロックと物理キーの二重錠を操作しながらそんな言葉を二人に聞かせる白衣の背中に、

 

「そんな難しい話、された覚えってないんですけど?」

 

 と、少し茶化し気味に訊いた真砂だったが、

 

「そりゃあ、したことがないからね」

 

 開錠した扉を先にくぐった庫内から二人に顔を見せる遥の表情に、普段の彼女のそれより少し物憂げさを感じた真砂の胸が一つ、大きく鼓動を打った。

 

「これでも君たちの倍、生きてるからね。聞かせちゃいけない話、なんてものにも触れたりするのさ」

 

 そう話を続けた遥の顔からはすでに、真砂が感じた憂いの表情は消えていた。

 

   * * *

 

 ぺほん、と。

 

 あまりその音を出す機会がない私のスマホが、メッセージの着信を告げる音を立てた。

 

 今日は三度目だ。二度目は、病院を出てすぐに祖母にメッセージを送った直後。

 

 私は帰りがけに買った雑誌の頁を捲る手を止めて、スマホに手を伸ばす。

 

 着信していたのは、真砂さんからのメッセージだった。

 

[病院からおかえりなさい。何もなくてよかった! 明日は学校来れるの?]

 

 ぺぽん。そのメッセージを読んでいる間にまた新しく新着メッセージ。

 

[何でもなくてよかったです。昨日は本当にごめんなさい。]

 

 今度は美弥子さんからだった。

 

 祖父母に引き取られて土御門中学に通うようになってから持たされたスマホだったけど、一昨日までは専ら祖母との連絡専用ツールだった。

 

 昨日、二人と連絡先交換をして三人のグループ欄を作って……今朝、真砂さんから今日の出席を訊かれた返事をしたのが最初のやり取りだった。

 

 さて、と戸惑う。どんな文面を返したら良いのかな、と。

 

 小学生の頃からそれほど行動的でも活発的でもなく、クラスメートともそれなりにしか合わせてこなかった私は、少しばかり親しくなったーーと思うーー相手に、どういう感じに返せばいいのかがいまいち分からなかった。

 

 私が書き出しに迷っているうちにまたしても、ぺぽん。

 

 今度はスタンプだった。真砂さんが表示させたのは、デフォルメされたゲームキャラが一言しゃべっているもの。

 

 『グラスト』の“クリス”が「無理しちゃダメだよ!」と言っている物だった。

 

 あ! 同じの持ってる!

 

 私はスタンプの表示欄にある、デフォルト以外で唯一の『グラスト』スタンプシリーズから“ラブリュス”の「ありがとう…」を選んで、メッセージ欄に表示させる。

 すぐに既読が2とついた。

 

[明日は学校に行きます]

 

 真砂さんのメッセージに返信するつもりでそれだけ書いて送った。

 

 すぐに既読が付いて、

 

[今日の授業の内容、メールで送ろうか?]

 

[真砂ちゃんのノートってすごく見やすいんだよ!]

 

 とメッセージが返ってきた。

 

[ありがとうございます。明日二人のノートを見せてくれますか?]

 

 そう書いたメッセージを送る。

 一対一じゃないメッセージのやり取りが初めての私は、何だか楽しくなってくる。

 

 ぺぽん、ぺぽん。

 

 真砂さんからは「OK!」の、『グラスト』の“ラッテ”スタンプ。美弥子さんからは

 

[私のノート、見せるのはずかしいですけど…]

 

 というメッセージ。文脈的には美弥子さんにも見せてもらえる……のかな?

 

[もう学校終わりですよね。今日もアクトレスのお仕事ですか?]

 

 私が送ったメッセージからややおいて、返ってきたのは真砂さんからの、美弥子さんとのツーショット自撮り写真。

 

[まだ学校! 今日はアクトレス会って部活! また後でね!]

 

 とメッセージが添えられていた。

 制服姿の二人が並ぶ背景には、ドレスギアのメンテナンスに使う機材やハンガー、積み重ねられた書類ファイルや書架が写っていて、とても雑多な印象だ。

 

 アクトレス会? 部活?

 

 静岡シャードにいた頃でも聞いたことのない単語だ。

 こちらに転校してきた昨年度は同じクラスにアクトレスがいなかったので、そうした集まりがこの学校にあったことも初耳だった。

 

 一瞬反応に困った私だけど、ちょうどいいスタンプが『グラスト』シリーズにあったのを思い出す。

 

 私は横を向いた象のキャラクター“エレン”のスタンプをメッセージ欄に表示させた。

 

   * * *

 

 真砂と美弥子のスマホがそれぞれに震え、各々手にして覗いた画面に表示されていたのは、

 

[(なるほど……)]

 

 の一言を呟くゲームキャラのスタンプ。

 

「あれ? 通じなかった……っぽい?」

 

「そりゃあ知らんだろうよ。今どき『アクトレス会』を続けている中学は全国的にも少ない。それに、その子がアクトレスじゃないなら当然の反応だろう」

 

「今はそんなに珍しいんですか?」

 

「そうだねえ……10年前はまだそれなりで、その後に一気に減った印象がある。業界再編の影響が大きいね。その頃から、アクトレス事業に参入しやすくなって小規模事業者が増えたんだ」

 

 美弥子の言葉に、書架からファイルを選んでいた遥が応えた。

 

「アクトレス需要の増加に合わせて、君たちみたいな中学免許組のアクトレスが続々事務所に登録した。すると、特にギアを使う実地訓練をするわけでもない、ただの放課後勉強会にすぎないアクトレス会はその役目を終えた、って訳だ」

 

「それじゃ、この会って……結構特殊だったり……します?」

 

 いくつかのファイルを重ねて両手で抱えてきた遥が、美弥子たちが前にした机の上にそれを下ろす。

 

「いやいや。元々が“事務所に所属する前のアクトレスに必要な座学を教える”ってのが会の目的だったからね。皆が皆、事務所に入ってしまえば、座学も含めて必要な知識はそれぞれの所属先で、となっただけなのさ」

 

 遥はそこまで言うとガリッ、と音をさせてシナモンスティックを少し短くさせて咥えなおす。

 

「うーん……私は、私的には、知識……ていうか色んなこと知っておくの、無しじゃないと思うんですけどね……」

 

 鞄からアクトレス仕事の記録をまとめているタブレットを取り出した真砂が、彼女には珍しい言い淀みを含んだ言葉で会話に合流する。

 

「事務所入ってシフト組んでもらってアクトレスしてるからって、じゃあ遥さんから教わってることを仕事中に自然と覚えるか、身に付けてるかって言われたら……全然そんなことないなって思いますもん」

 

「うん。それ、私もそう思う」

 

「まあ、そこを見越した上で必要になりそうなことを選んで教えてるからな。二人がそう思ってくれているなら、私が君たちに必要だと判断している内容が間違いでない、と分かって嬉しい限りだよ」

 

 さて、と椅子を引き寄せた遥は机を挟んで真砂と美弥子に相対する。

 

「では……今日からは、ベルクラント社製ギアの特徴やアクトレスの使用感想例をいくつか、とそこから窺える故障予測や実例……と、そんな話から始めるとしようかね」

 

 遥の瞳に、ある種の技術者が持つ偏執さが現れたような勢いをもった炎が灯り始めた。

 

 

   続く

 




次回掲載予定分『第六話』は完成しておりまして、来週日曜の掲載予定を目指しておりますが、その後の話の執筆ペース進捗、自身の体調などで変更する恐れがあります。ご了承下さると有り難く思います。

一応、今回の話で『始動編』の前段部分が終了です。
この後、中段、下段とざっくり三パートでの構成です。

今回のリスタートに伴い、既に掲載分文章の細かな内容修正アップデートを行いました。
読み直し確認していただけたら、嬉しく思います。
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