結城友奈は勇者である~Memory Of Silver~(仮)   作:波野譜祢

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序章「三ノ輪金太郎」

「おい、お前は年が離れていても、この─様の弟だろ」

 

 

「おー泣き止んだ。エライぞ、マイブラザ」

 

 

「甘えん坊な弟だよな。大きくなったら、舎弟にしてコキ使おう、ニヒヒ」

 

 

嬉しそうに笑う赤ん坊の耳に女性の声が届く。暖かく頼りがいのある落ち着く声。

まるで牡丹のような儚くも力強さを感じるその腕に包まれ赤ん坊はゴキゲンだ。

ガラガラと鳴るおもちゃとその女性の鼻歌が聞こえてくる。これ以上に気持ちのいいことなんかないと感じてしまう。

顔も名前もわからない女性に包まれている赤ん坊は、室町時代にタイムスリップしたように感じていた。十三代将軍になっている赤ん坊はおもむろに握っていた軍配を掲げ叫ぶ。

 

 

 

「諸行無常!!!!」

 

 

ズドンと頭に衝撃が走る。目の前が明るくなり、その少年、三ノ輪金太郎は重く閉じられていたまぶたを開いた。

 

 

「三ノ輪!やる気がないなら教室から出て行け!」

先生が丸めた教科書を手で弄んでいる。その顔はまさに『怒』だった。

叩かれた金太郎は、アイテテテと痛みが走る頭部を手でさすっている。今起こっていることの重大さに気づいていないようだ。怒りを顕にしている先生の顔を無邪気な子犬のように見上げる。

「授業中に居眠りをして、あまつさえ大きな声で寝言とは。さぞかし先生の授業がつまらないようだな」

「・・・ハッ!すいません先生。これは~、えっと~、別に悪気があったわけじゃなくて~・・・ハハハ」

「ほう、悪気があったわけじゃない、か。じゃあ、今俺が言っていた問題に答えることができたら成績に響かせないでおこう。さ、答えてみろ」

「えっとぉ~・・・なんでしたっけ?」

呆れ顔で先生は深くため息をつく。

「もういい、三春、答えてくれ」

先生は金太郎の後ろの席の女子生徒に回答権を移した。

三春と呼ばれた女子生徒は先生と同じようにため息をついて答える。そのため息は三ノ輪に向かって吐かれていたことだろう。

「はい、足利義輝です」

「そうだ。三ノ輪、少しは三春を見習え。まったく・・・」

よし授業を続けるぞ、と先生は黒板の前に戻り、室町時代の繁栄と衰退について書かれている文章を読み始めた。

 

 

授業終わり、先生に呼び出され再度注意を受けた。

席に戻ると男子生徒がからかいに来た。寝言をいじられながらも男子の集団特有の楽しさが教室に拡がる。

遠巻きに眺めている女子生徒の集団がその状況にクスクスと笑みをこぼしている。

「次の授業って視聴覚室だったよね?」

誰かがそんなことを口にして思い出したように生徒たちが筆記用具と教科書を手にして教室を後にする。

 

 

そそくさと必要なものを手にし、教室を後にする。その横にスっと三春が並ぶ。金太郎にとっては見慣れた光景だ。

「まったく、なんなのあれ?恥ずかしくて見てられなかったわ」

「アハハ、まことにお恥ずかしいことに。なんか変な夢を見て」

金太郎と三春は物心が着く前からの幼馴染で高校一年生になった現在までずっと同じクラスである。

 

 

三春麗子。周りからは苗字で呼ばれることが多く自身も苗字で呼んでもらうことを望んでいる。金太郎が名前である麗子と呼ぶと高確率で怒られる。激昂である。

勤勉で成績も上位に入る部類で、勉強が苦手な金太郎にとって救世主のような存在だ。

 

 

「変な夢?」

怪訝な顔で金太郎を見る三春。

「なんか、僕が赤ちゃんになってて、女の人にあやしてもらってる夢で。たま~に見るんだよねぇ」

「ふーん。それってお母さんじゃないの?」

「いや、そういう感じでもないんだよね。なんというか小学生くらい?で抱擁感があって、なぜかやけに現実味があるんだよね。本当に僕におねえちゃんがいた気がするくらい・・・で。ってどうしたの、三春?」

三春が足を止めて後方で佇む。

まっすぐな背筋と、凛とした面持ちの中に一点の曇りが見える三春を金太郎は不思議そうに見つめる。

「おーい、どうしたの」

「あ、いや。なんでもない」

「人が話してる最中に考え事しないでよ。もう麗子ちゃんは~」

ごめんねと三春は何事もなかったかのように金太郎の隣に再び並び視聴覚室へと向かう。

なんてことはない状況と思われる中で三春への違和感を少なからず感じていた。なぜ麗子と呼んだのに怒られなかったのだろうかと。

 

 

視聴覚室で生徒が見たものは、あの日から何度も見せられている映像だ。

 

 

神世紀三〇一年。神樹様のご加護で四国のみが生き残った世界が終わりを告げた。神樹様は文字通り枯れ果て資源となり、人間の力のみで生き抜く世界へと変貌を遂げた。

そして、世界には四国だけではなく本州をはじめ多くの大陸が再び姿を現した。

神世紀、世界を収めていた大赦と呼ばれる機関は『神樹様は自身の死を持って真に、我々人間のみの力で生きていかなければならない機会をお与えになってくださった』とし暦を『神世紀』から『真暦』と呼び方を変えた。

それから十二年の時が経ち、真暦十二年である現在では中国地方や近畿地方、九州地方の一部において自由を求めた人々が自給自足の生活を行っている。また、大赦による調査では、北海道から沖縄まで文献に記されていた日本列島の存在が確認されている。

この映像は情報が更新されるたびに付け加えられ、全国民を対象として映像の視聴を義務付けている。

今回は、文献に記されているユーラシア大陸の存在も確認されたという内容だった。

 

 

映像に対する人々の感想は様々だ。

真面目に見る者もいれば、呆れている者もいる。金太郎も御多分に漏れず後者であった。

しかし、呆れながらも毎回見せられる映像を見るたびに皆一様に、神世紀の終わりの瞬間を思い出す。

神樹様が枯れ果てた日。禍々しい色で満たされ空から大きな眼がこちらを覗いていた。

そのような事が起きていたのかは誰も口にはしないが、皆が心のどこかであの空に浮かんでいたものはナニかの眼だったのではないかと感じている。

当時、三歳だった金太郎にとってあの時の空は忘れたくても忘れることのできない光景だった。その思いは金太郎だけではないだろう。

 

 

試験一週間前ということもあり、皆部活は行わずまっすぐ下校していく。

陸上部に所属している金太郎は、走りたい気持ちを抑えながら帰り支度をしていた。

先生に叩かれた場所に手を当てながら今日の三春の行動をふと思い出す。

普段であれば名前を呼ぶと怒られるのに(しかもかなり強烈に)今日の三春は上の空だった。少しあの授業中に見た夢のことを思い出してみた。

歴史の授業中に寝てしまいそこで夢を見た。いるはずもない姉にあやされている赤ん坊の自分。本当に自分に姉がいるのかもという妄想を言っていた時に三春の足は止まっていた。

部活をしないで早く帰ったとしても、勉強する気のない金太郎は帰り支度も早々に終え、頭を捻りながら下駄箱へと歩を進める。

 

 

玄関口に向かう金太郎。そこには三春の姿があった。

「遅い」

「・・・?。何か約束してたっけ?」

「試験前は部活がないから一緒に帰ろうって言ったのは金太郎の方じゃない。・・・ハァ、まったく」

今日はやけにため息を聞く日だなと他人事のように感じつつ、先週三春とそんな約束をしたなぁと思い出す。

「あぁ、そんな約束したような。ごめん、忘れてた」

「・・・まあいいわ。早く帰りましょう」

既に靴を履き終え先に外に出た三春を追いかけるように下駄箱から靴を出す。先週買い換えた靴を履きながら、まだ馴染んでないなぁと思いつつ急いで外へ出た。

 

 

帰り道。金太郎の隣にスっと三春が並ぶ。

兄のお下がりのリュックを背負って、履き馴れていない靴の感触を足の裏に感じる。いつもは筆箱と空のお弁当箱しか入っていない軽いリュックも今日は教科書でいっぱいだ。外に出てから三春に指摘され急いで教室に取りに帰ったのだ。足裏への違和感とともにいつもは覚えのない背中の感触に少し辟易している。

「金太郎から一緒に帰ろうって言うからてっきり勉強会でもするのかと思っていた私が愚かだったわ」

手提げかばんを綺麗に持って歩く三春。『歩く姿は百合の花』という言葉もあるが、まさにその言葉を体現するような身のこなしで歩く三春。

幼少の頃から母に礼儀作法を叩き込まれて染み付いているらしい。

「勉強会?僕が?アハハ。そんなのするわけないよ。一緒に帰れるから一緒に帰ろうって言っただけ」

「知っているわよ。でも、せっかく早く帰れるのだから帰ったら勉強会をしましょう。そのために教科書を持って帰らせたのだから」

「はいはい、やりますよ~。やるやる」

「もう、そんなだと留年してお母さんに怒られるかもしれないわよ」

「大丈夫だって。なんとかなるよ」

やれやれと頭を抱える三春。

そんな三春の姿を見て移動教室の時のことを思い出す。

どうしてあの時、三春は足を止めたのか。

考えてもわからないことは考えたくない(正直面倒くさい)ため、直接三春に聞くことに決めた。

 

 

「ねぇ、三春。今日の移動教室の時の事なんだけど・・・リンゴ?」

足先にコツンとリンゴが当たる。意識は、質問から目の前に転がってきたリンゴにとって変わった。

二人の目の前には、まるでヘンゼルとグレーテルに出てくるパンのように、等間隔にリンゴがまばらに置かれていた。

 

 

リンゴの先にはおばあさんが買い物袋を持って歩いていた。破れた買い物袋からコロンとリンゴが落ちていく光景を二人は目にすることができた。

おばあさんは両手に多くの荷物を持っており、トボトボとゆっくり歩いている。

金太郎はその光景を目にして咄嗟に背負っていたカバンを下ろし、中身を全て出した。

「はい、三春これ持ってて」

「え!?ちょっとまって。うう、重い」

おばあさんとリンゴ。そして金太郎の突然の行動と教科書の重さに狼狽し、三春は動けなくなっていた。それを尻目に金太郎は落ちていたりんごを全てカラになったリュックに入れておばあさんに近づいていった。

 

 

「おーい、おばあちゃん。りんご落としてるよー」

「え?あらまあ、本当だわ」

「袋が破けちゃったみたいだね。アハハ。ボク、いや俺が荷物持ってあげるよ」

高校一年生としては小柄な金太郎は小さな見栄を張るために一人称を思い出した時に『ボク』から『俺』に変える。それだけで少し大人になったような気分になれる。

「あら、本当にいいの?助かるわ」

「任せて!おばあちゃんの家はどこ?」

 

 

おばあさんに家の詳しい場所を教えて貰っているところにやっと三春が追いつく。

「もう金太郎。どうするのこの教科書は」

「ああ、ごめんごめん。三春は先に帰ってて。教科書は家の前に置いてくれれば大丈夫だから。今日は雨も降らないだろうし」

「でも・・・私も手伝うわよ」

「大丈夫だって、このくらい。おばあちゃん、荷物貸して。あ、そうだ。ついでにおんぶしてあげるよ!」

大丈夫よと遠慮するおばあちゃんに「この方が早く帰れるよ」と屈託のない笑顔で促す。

 

 

「ごめん、三春。あとはよろしく。じゃあ、また明日~」

リンゴがパンパンに詰まったリュックを前に背負い、背中にはおばあちゃん、両手には複数の買い物袋姿の金太郎はせっせと道を進んでいった。

沢山の教科書を乗せられ手にしびれを感じながら三春は遠ざかっていく金太郎の背中に愚痴をこぼす。

「・・・もう、あのおせっかい焼き」

結局その日勉強会が開かれることはなかった。

 

 

おばあさんを家まで送った金太郎は帰路に着く。

家まで送ってくれたお礼におばあさんから、買いすぎてしまったというリンゴと自家製のうどん玉を貰った。

見返りを期待していたわけではなかったが、大好物のうどんをもらってつい顔がにやけてしまった。

夕暮れの帰り道。普段は歩かない道を歩きながら夕御飯について思いを馳せる。

今日は父が早く帰ってくる日。金太郎にとって、家族みんなで食卓を囲むことは何よりも嬉しいことだった。

 

 

三ノ輪家は両親と兄の鉄男、そして自分の四人家族だ。

母は専業主婦で父はしがないサラリーマンらしい(以前父が言っていた)。どのような仕事をしているかは詳しくは知らない。

兄の鉄男は大学生。自分よりも遅く起きて大学に登校する姿に羨望のまなざしを毎日送っている。

自宅は一軒家の平屋だ。周りの家と大差はない。いわゆる庶民である。

 

 

見慣れた道に戻った金太郎は夕飯に遅れないように足早に帰宅した。

「ただいまー」

玄関を開けると父の革靴と兄のスニーカーが置かれていた。そして靴箱の上には教科書が積まれていた。

「あ、金太郎。おかえりなさい。さっき、麗子ちゃんが来たわよ」

母の声が台所から聞こえてきた。

「あんた、麗子ちゃんに自分の教科書全部渡して人助けしたんだって?」

濡れた手をエプロンで拭きながら玄関にやってきた母に苦笑いをしながらエヘヘと答える。

「おばあちゃんが重そうに荷物持ってたから家まで送ってあげた。別に悪いことしてないよ」

「わかってるわよ。でも、麗子ちゃんに迷惑かけたでしょ。明日ちゃんと謝っておくのよ」

「はーい」

靴を脱ぎながら貰ったリンゴとうどん玉を母に渡す。

「お礼だって」

「もう。・・・誰に似たのかしらね」

ぼそっと言って母は台所へ戻っていった。

 

 

よいしょと力を込めて積まれた教科書を持って自室へ行く。

シャワーの音が聞こえる。きっと父か兄が入っているのだろう。

自室の机に教科書を置きベッドに潜り込む。至福のひとときだ。

夕飯まで携帯で動画でも見ようと準備をする。そこに母の大声が飛んできた。

「金太郎。お父さんが下着忘れちゃったらしいから取ってきてくれる?」

「えー。兄さんに言ってよ」

「いいからやって!」

せっかくのひと時が台無しだ。渋々父の部屋に下着を取りに行く。

 

 

父の部屋へ下着を取りに行く。部屋にテレビが置かれていることに少しだけ嫉妬しながらクローゼットを開く。

目に付いた下着を勢いよくクローゼットから引き抜くと手帳のようなものが飛び出してきた。よく見るとそれは通帳だった。父の名前が記載されている。

悪いことと分かりながらも金太郎はおもむろに通帳を開いた。

そこには見たことのない金額が記されていた。

 

 

数学の授業でも見たことのない桁を読み間違いそうになりながらも一から順に数えていく。

なんだこの金額は!?父は何かすごいことをしているのか?

でも、しがないサラリーマンだと父は言っていたし。何なんだ一体!?

通帳には振込の記載しかなく一度も引き出されていなかった。毎月決まった日にちに振り込まれていることに疑問を持った金太郎はいつから振り込まれているのか確かめてみることにした。

通帳の最初のページを見るとそこには神世紀二九八年という記載があった。

神世紀二九八年。あの日の三年前。そして金太郎が生まれた年。

自分と何か関係があるのか?

しかし、金太郎の脳内にはありえない妄想しか巡っていなかった。

絞りきった最後に「姉」という単語が浮かんだ。

夢に見る女性。女性というには余りにも幼い少女。意味も分からず泣く赤ん坊である自分を優しくも力強い腕で包んでくれる。

もしかして・・・

「おーい、金太郎。パンツまだかー?」

お風呂から上がった父の声に金太郎の思考は霧散していく。

「はーい。今持ってく」

通帳を元あったであろう場所に戻し足早に下着を持って父のもとへ行く。

「考えすぎだな」心の中でそう呟いた。

 

 

怒涛の試験期間が終わりを告げた。

一日目のテスト内容に流石に危機感を覚えた金太郎は三春に泣きついた。呆れつつも三春は勉強会を開いてくれた。そのおかげでなんとか赤点を回避することに成功した。

そして、待ちに待った夏休みが始まった。

大量の宿題にぐったりしつつ、金太郎は陸上部の練習に追われる日々を送っていた。

 

 

香川県某所。厳かな空間にふさわしくない齢の少女は佇んでいた。

両脇から多くの大人がこちらを見ている。

片方にはシワ一つ無いスーツを着ている集団が。

もう一方には白装束に仮面を着けている集団が。

そして、少女の目線の先には大人たちの中でも少し若い女性が座っている。

「では、報告をお願いします。弥勒さん」

女性は少女の緊張を察してか少し優しい声で促してきた。

「はい、かしこまりました」

弥勒と呼ばれた少女は立ち上がり、淡々と報告をはじめた。

 

 

「対象者の生活環境及び生活態度に特筆して変化している点はございません。高校は夏休みに入っており、対象者は所属している陸上部での練習を日々行っております」

宙を見つめている少女に左右から多くの視線が注がれる。細心の注意を払い報告を続ける。

「対象者が暮らしている坂出市では、現在『助け合いキャンペーン』が実施中です。近隣の住民同士のより密接な関係性を目指しつつ、防犯意識を高めていくという内容となっております。対象者はこの取り組みに興味を示しており、普段以上に近隣住民との交流を行っております」

少女が報告を続けていると仮面の男が声を上げる。

「対象者の生活環境に変化が生じていると感じるが、何か対処はしているのか。また、環境が変わっているとあなたが自覚しているのであれば、先ほどの報告は一部虚偽が含まれているということになるがどういうつもりですか」

猜疑心が仮面越しから滲み出る。少女はこの感覚に慣れている。もう、嫌になるほどにその視線を浴びせられている。

少女が発言をしようとすると、スーツの女性がスっと手を挙げた。

何か?と少女に向かっていた仮面がスーツの女性へと移動する。

「先ほどの弥勒さんの報告には虚偽は含まれていないと感じます。特筆すべき点がないと告げた上で追加事項を報告している。余計な雑務を増やさないように考慮して報告をしてくれているのではないでしょうか」

仮面の男は納得がいかないのか喰いかかってくる。

「しかし、そうであったとしても万が一のことを考え一度に報告をしたほうがいい。我々大赦のこれまで以上の繁栄のためにも。神樹様がなき今この世界を救えるのは我々しかいないのです」

ですが、とスーツの女性も反論を投げかける。厳かな会議室が一変して論争が飛び交う喧騒となった。

 

 

「静粛に」

 

 

 中央に座っていた若い女性の声が会議室に響き渡る。決して大声ではなかったが、その声は誰もが凍りつくような冷たさと少しの怒りが感じ取れた。

 口論を行っていた大人たちは一瞬にして静まり返った。

 「まだ、弥勒さんの報告は終わっておりません。質疑は報告が終わってからにしてください」

 失礼いたしました、と大人たちは一様に女性に頭を下げ耳を少女に傾ける。

 「さあ、続けてください」女性は優しい笑顔で少女を促す。

 「はい。対象者が不用意な行動を起こさないように、わたくし含め対象者のご家族及び監視者でより一層の注意を払い、監視を続けております」

 結構です、と中央の女性は両脇の大人たちが口を挟まないように反応する。

 「他に何か報告はありますか」

 「はい、再来週のお盆に対象者及びその家族は親族で集まるために観音寺市に向かいます。滞在日数は3日間となっております」

 「その点に関しては何か対応はしていますか」

 女性が両脇に目を光らせながら問う。

 「対応に関してですが、現在当方で思案中です。本日の報告会で対応を検討していただきたく思っております」

 先ほどの口論を想像し少し狼狽している少女に女性は変わらず優しく問いかける。

 「弥勒さんの方で上がった案を教えてくれますか」

 「はい。我々の案は観音寺に駐在している大赦の方々に監視を依頼する案が上がっております」

 続けて、と女性は軽く頭を下げる。

 「対象者の家族を除く我々が観音寺市まで赴き監視することも可能です。しかし、対象者に万が一発見された場合怪しまれるおそれがあります。そのため我々は家庭内及び同行している際の監視を引き続き対象者の家族に依頼し、対象者が一人で外出する場合には観音寺市に駐在している大赦の方々に監視を依頼したいと考えております」 

 「わかりました。それでは、当日観音寺に駐在している関係者にお願いして対象者の監視をいたします。この案に異議のある人はいますか」

 会議室は最初の頃よりも静寂で厳かだった。

 「では、弥勒さんの提案する案で対象者の監視を行っていきます。報告は以上で大丈夫ですか」

 「はい、今回の報告は以上となります」

 「わかりました。では、本日の会議はこれで終了とします。次回はまた弥勒さんにも参加していただきたいから夏休み明けに行いましょう」

 

 

 会議が終わり、出席者が退出していく。少女が部屋の戸締りを確認しドアを施錠する。

 「お疲れ様、弥勒さん」

 中央に座っていた女性が少女の出待ちしていた。

 「お疲れ様です。乃木様」

 「もう、そんなに硬い呼び方はやめて。名前で呼んで」

 いつも言ってるでしょ、と可愛らしく少女に諭す。

 「失礼いたしました、園子様」

 「様もいらないのに」

 「そんな、畏れ多いです」

 仕方ないな~、と乃木園子は口を軽く噛む。

 会議の時とはうってかわって、ほんわかとしている。しかし、会議の時に少女に向けていた笑顔は変わらない。

 

 

 乃木園子。大赦の実質的リーダー。十四年前、勇者として四国をバーテックスから命をかけて守った人。文字通り命をかけて。満開と散華を繰り返した園子は神格化され大赦で大きな力を持つこととなった。そして十二年前、神樹様が死ぬこととなった要因の一人。高校を卒業後、大学に通いながら大赦で新体制を確立し、人間たちだけで生きるための基盤を築き上げた人だ。

 「今日は、大人たちが大人気ないことをしてごめんなさい」

 少女の手を取り申し訳なさそうに謝る園子。

 「大丈夫です。もう・・・慣れましたから」

 俯く少女に園子は元気な声で問いかける。

 「そういえば、坂出のイネスにあるジェラート屋さんってまだ残っているんだよね」

 「はい、まだ営業していますが」

 「なんだか嬉しいな。あそこ、私のオススメのお店なんだよ!勇者をやってる時にね友達とよく食べに行ってたんだよ。しょうゆ味のジェラートがオススメ!友達が好きだったんだ」

 「友達って、もしかして」

 「・・・そう、わっしーと、みのさん」

 物悲しそうに語る園子の顔は覚悟の顔をしていた。過去から目を逸らさず前へ進んでいこうとする覚悟の顔だった。

 「麗子ちゃん。みのさんの・・・。金太郎くんのことずっと見守ってあげて。私の大事な友達の。そして麗子ちゃん大事な友達を」

 少女の、三原麗子の手を強く握る園子。その意志を感じて麗子はギュッと握り返した。

 「承知しております。金太郎のことは。三ノ輪さんのことは私が責任を持って監視してまいります」

 「う、うーん。間違ってはないんだけど・・・。もっとこう、なんというか、友達として、これからも仲良くしていってね」

 「あ、はい。わかりました」

 お互いの顔を見合わせて苦笑いをするのが精一杯であった。

 

 

 夏休みが始まり、お盆の季節になった。金太郎は父が運転する車に揺られ観音寺市へ向かう。

 日差しが燦々と降り注ぐ青空を一体何人の人が見上げているのだろうか。

 そんなことを微睡みの中、柄にもなく思い耽り深い眠りへと落ちていった。

 これから待っている波乱を含んで金太郎を乗せた車は坂出から観音寺へと走り去っていった。

 

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