3月。雨が降り、病む度に蕾が膨らんでいく季節_。
「カサネ様、このあと13時より前首相の墓前参りが控えております。そのあと13:30より……」
私の従者、颯音は私に付き添いながら今後の予定を読み上げていた。
「……ねぇ颯音。」
「…?どうかなさいましたか?」
私は足を止め、後ろの颯音の方を向いた。
「……颯音は私の友達?」
そう訊くと、颯音は一瞬キョトンとした顔をした。
「……申し訳ございません。私は颯音様の友にはなれません。私は貴女の従者であって___」
「もういい。そんな教科書通りの回答。聞き飽きた。」
……聞いた私が馬鹿だった。そんなこと分かりきっている。全て同じような回答が出てくることぐらい。
それでも自分の心を抑えるにはこうするしか無かった。
「……午後の予定を全てキャンセルして。私を1人にして。」
「……へ?」
「私を1人にしてっ!」
ついつい声を張り上げてしまった……。颯音は一瞬悲しそうな顔をして居た。
「……承知しました。」
彼女は深深と頭を下げていた。
「___ッ!」
その姿が見ていられなくて、私はその場を逃げるように立ち去ってしまった。何故、何故私は彼女に当たっているのだろう?彼女は当然のことを言っただけなのに。_
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心を落ち着かせるために出た庭園。
しかし、空は今にも泣きだしそうな形相だった。
「……ねぇ?」
ふと、植え込みの影から声がした。
「……そこに誰か居るのかしら?」
私は声の主の元へと足を運んだ。
そこには、1人の少女が居た。
整った顔、肩まで届くほどの綺麗な黒髪。優しい眼は右が赤、左が青だった。
「…どうしたの?すごい悲しそうな顔してるよ……?」
「えっ……?」
少女は私の顔を見つめてそう言った。
「…貴女はここで何をしてるの?」
「わたし?わたしは病室から抜けてきたの。」
病院服に身を包み、横には背丈以上の点滴スタンドがあった。
「……病気なのかしら?」
「うん、わたしは小さい頃からシクリッド病でね……」
「シクリッド……病……」
聞いたことがある。この世界に僅かに存在する''能力者''と呼ばれる人種のうち、極わずかの人間が罹ってしまう病気。完治率は50%と言われていた気がする。
「それでずっと軍病院の病室に居たんだけど……なんか躁鬱になっちゃって……こっそり抜け出してきちゃった。」
確かに、少女の肌の色素は薄い。透き通るような、悪く言えばすぐに壊れてしまうような……そんなか弱い少女。
「……あなたは?」
少女に訊かれた。
「……私は…その……従者を一方的に突き放しちゃって……」
「じゅうしゃ……?…貴族の人なの?」
少女は私が誰だか知らないようだ……。いや、知らなくてもいい。
「…いや、そんなわけじゃないわ。私はただの官僚の娘よ。」
___嘘をついてしまった……。
「…私ね…悩みがあるんだ…。」
少女は悲しそうな顔をしていた。
「病院だとみんな私の肌を見て避けるの。」
「……どうして?貴女の肌はとても綺麗じゃ__」
「……私の肌色は薄いでしょ?病弱だから…誰も触れてくれないの。」
「っ…………」
触れてしまえば壊れてしまいそうな肌、丁重に扱うがあまり、皆彼女には必要以上に接しなかったのだろうか。
「……それでね、お願いがあるの……」
「……お願い…?」
少女は私の手を弱々しい力で握った。
その手の甲には、2つの翼の紋があった。
「……私の、友達になって?」
少女はにっこりと笑っていた。
「…ええ、もちろんよ。今日から私はあなたの友___」
友達、と言おうとした瞬間、少女が突然咳き込んだ。
「大丈夫っ……?」
背中をさすると、少女は申し訳なさそうに、儚げな表情を浮かべて。
そして握っていた手の紋が1つ、消えていた。
『居たっ!もうっまた病室を抜け出して……!?紋を償却してしまったの!?』
白衣を着た女医達が、少女の肩を持った。
そしてそのまま連れていかれる少女は、最後に私に弱々しい声で叫んだ。
「わたしっ……わたし''シュルナ・エフェメラル''っ…!」
「シュルナ……私はカサネ___」
少女__シュルナはぐったりとした様子で、庭園から連れていかれてしまった。
庭園に1人残された私は、連れてかれるシュルナの背を見るしか無かった。
そして、ポツポツと空が涙を零した。
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「……ごめんなさい颯音。さっきは強く当たって_」
「……いえ、私はなんとも思っていませんよ……♪」
颯音に先程のことを謝ると、颯音は笑顔で私の方を向いた。
「…どうか、なさいました?心做しか落ち込んでいるように見えますが……」
「えっ……?いや、大丈夫よ。私は……」
「いえ、今の貴女の目は曇っています…何か……詰まっているかのような……」
颯音はなんでもお見通しだ。
「……私に初めての友達が出来たの。でも……その友達が……シクリッド病で……」
「…シクリッド病……ですか……お気の毒です……」
「なんとか……彼女を助けてあげられないかな?」
私は断腸の思いで颯音に願った。
「……可能な限り力は尽くします。患者のデータさえ分かれば……。」
「出来ることならなんでもやるわ……お願い……彼女を…シュルナを助けて……!」
藁にもすがる思いで、私はカサネの手を握った。
「___承知しました。」
そういうと颯音は手を両手で包み、私を抱き寄せた。
「……貴女の友達とあらば…貴女の大事な人でしょう…なら救う以外に私に選ぶ道はありません。私に……お任せ下さい。」
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「シュルナ・エフェメラル……12歳…元少年兵…シクリッド病の発症をきっかけに退役…記憶を喪失……以来軍病院に入院中……。ステージ4……寿命…残り1ヶ月以内__」
私_咲良颯音はアクセス権限を使い患者のデータを調べていた。カサネ様の為にも絶対に調べあげなければならない。これは立派な''任務''だ。
シクリッド病__それは能力持ちがごく稀に引き起こす難病。致死率は99%と、罹ったら最期……。
「一応治療法は確立されているのね……」
シクリッド病の末期患者が死期が近づくにつれ、手のひらに現れる紋。
3つに別れた翼を模したものが''願い''を叶えるごとにひとつずつ消えていき、その代償として患者の大事なものが削れていく___。
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私は颯音を連れて、彼女の病室へと向かった。
受付の看護師が言っていた219号室へと足を進める。
長い白無地の廊下を歩いていると、通りかかる患者達の視線が刺さる。
そして私は病室の戸を開けた。
「……居た…シュルナ…」
「あっ……カサネっ!」
シュルナは私を見つけると小さく手を振った。
嬉しそうに微笑む彼女はベッドに身体を預けていた。
「容態はどう?」
「まぁ……そこそこ?」
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「……カサネの好きな食べ物は?」
「私は…パンが好きかな。」
「わたしも好きだよ。イチゴジャムを塗ったパンが大好きなの。」
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「シュルナ、好きな花は……?」
「私は桜が好きかな……」
「へぇ…この庭園は春になるといっぱいの桜が咲くから……」
「じゃあ……咲いたら見に行こ!」
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「これ…シュルナが描いたの?とっても上手じゃない……!」
「えへへ……ありがと…これがわたし……こっちがカサネ……」
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「よかったら……これ…♪」
シュルナは私に青と赤の糸で結われた物を渡した。
「これは……?」
「''ミサンガ''って言うの。私とおそろい♪」
ミサンガというらしい。シュルナは私の手首に巻いて、結んだ。彼女の手首にも同じ色の物が結ばれていた。
「切れたときに……願いが叶うんだって♪」
「すごい不可思議なものね……ありがとう…♪」
シュルナはすごい嬉しそうな顔をしていた。
『シュルナさん、検査の時間ですよ。』
「あっ……ごめんね、時間みたい……」
「うん…また明日……来るわ!」
看護師がシュルナを連れていった。
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それから私は毎日、公務の合間を縫ってシュルナの病室へと足を運んだ。
話して、庭園を散歩して、笑って、心を通わせていった。
「そういえば…私の治療費って誰が支援してくれているんだろ…名前も顔もわからないけど……?」
「……すごい人もいるものね…」
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「颯音…もしかして……支援者って___」
「……いえ、私は知りませんよ……♪」
違う、絶対に颯音だ。あの思わせぶりな表情、不敵な笑み……。
「…さぁ、シュルナ様に会いに行きたいのであれば、早いところ公務を終わらせてしまいましょう…♪」
「え、えぇ……そうね……」
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「シュルナー、今日も遊びに来___!?」
またいつものように、彼女の病室へと遊びに行った。
しかし、そこには身体を起こして息を荒らげているシュルナの姿があった。
「大丈夫っ!?」
彼女の手はナースコールに届かず、助けも呼べなかったのだ。
私は急いでベッド横のナースコールを押し、シュルナの背中をさすった。
「大丈夫…今看護師を呼んだわ…あと少しの辛抱よ……シュルナ……!」
「う……うぅ……」
彼女は弱々しく呻き、苦しそうに目を閉じていた。
そうこうしていると看護師が駆けつけ、彼女のベッドごと医務室へと運ばれていく。さっきのあの表情…明らかに大丈夫じゃなかった。
午後の仕事はまったく手につかなかった。
心配した颯音が公務を手伝ってくれたおかげで何とかなったものの、私はとても不安で気が気ではなかった。
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「ごめんね……もう……一緒にお散歩できないや…」
なんとかシュルナは一命を取りとめたものの、腕と足が麻痺し、動けなくなってしまった。
赤と青の美しかった両目は生気を失い白くなり、声はさらに弱くなっていた。
酸素マスクを着け、弱々しい声で私に謝るシュルナ。
「……生きてるだけで私は嬉しいのよ…?たとえ貴女が動けなくても……私も貴女の手助けをいっぱいするから…………お願いを…ひとつ聞いてくれるかな?」
「……なぁに?」
彼女はキョトンとしていた。
「……生きて、一緒にまた散歩しよ?」
「……ふふっ……うんっ…また……一緒に………お散歩……しよ……♪」
「約束だよ?」
私は自分の小指を彼女の小指へと絡めた。
「うん……ぜったい……ぜったいいこう……ね…♪」
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「___実を言うと、もう彼女は永くありません。」
「______」
颯音が苦しそうに告げた言葉。その言葉が私の心を深く抉る。
「シクリッド病患者の手の甲には翼を模された紋があるのはお分かりですよね?」
「……えぇ。」
「…その紋はシクリッド病の末期患者のみに現れるもので、最初は三角、ひとつ願いが叶う事に一角ずつ消えていく……といったように、最後の紋が消えた時……生命の灯も___」
「そんなのウソだよっ!!」
私はまた叫んでしまった。
「どうして……どうしてシュルナが…彼女は……彼女は必死だったんだよ……?私と心を通わせてくれた…私と友達になってくれた!なのに……なのにどうして…シュルナが……」
ふと、自分の目から雫が零れ落ちた。
「どうして……どう……してぇっ……うわぁあぁぁっ……!!」
私は颯音に抱きついた。
涙で彼女の胸を濡らしても、自分の心をコントロールすることが出来なかった。
颯音はそんな私をそっと抱きしめ、無言で背中をさすった。
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別れは唐突に来てしまうもの、だから別れというのだろうか?ここ最近は雨が続いていたが、今日の空は久しぶりの晴れ間を取り戻していた。
「……みて、まどのそと…さくらのきがつぼみをもってるの……」
「…本当ね。もう少し晴れ間が続けば…桜が咲くんじゃない?」
「えへへ……きれい……」
心電図は一定のリズムを刻み、点滴がぽつ、ぽつと1滴1滴落ちていく。
「わたし、ね、カサネにあえて、よかったとおもってるの。」
シュルナは少し私の方に顔を傾けた。
「ともだちがいなかったわたしにとって、はじめてのともだち、まいにち、きてくれたね。まいにち、わたしにはなしかけてくれたね。」
「…何言ってるの?辞世の句なんてやめてよ……」
「ねぇ、さいごのおねがい、きいてくれるかな?」
弱々しく開くシュルナの眼からはぽろぽろと涙が落ちていた。
「…最後なんて……縁起の悪いこと言わないで…!」
「わたしのて、にぎって、くれる、かな、?」
「___っ……!」
シュルナは最後の力を絞って、手を伸ばそうと動かした。
そして、落ちそうになった手を私が強く、抱くように握った。
「あ、り、がと、う。かさねは、わたしの、さいしょでさいごの、とも、だち___」
「シュルナっ!私もすき……だいすき…!わたしのともだちっ!わたしの……わたしのっ……!!」
シュルナは微笑んだ顔をして____力を失う。そして最後の翼がさらさらと消えた_
『ピーッ』
非常にも電子音が鳴り響いた。
そして、少女_シュルナは深い眠りについた___
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日に日に、庭園に咲く桜はひとつひとつ開いていった。
私の目の前では、黒髪オッドアイの少女が嬉しそうに桜の落ちた花を手に取り、私に見せつけている。
「見て見てカサネっ!綺麗なピンクでしょ?」
「ほんと……絵に描いたように綺麗ね…♪」
「満開になればもっと綺麗なのかな…!?」
「えぇ、春が楽しみね!」
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「カサネ様……そろそろ……お目覚めになってくだい……。」
「ん……ぅ…………はや……ね……?」
目を覚ました私は、颯音の膝の上に頭を置いていた。
……そうだ。私は確か、庭園の桜を見ていて…いつのまにか……寝てて……
「……シュルナは……?」
「…シュルナ様は……もう…居ないのですよ…。」
___そうだ、その通りだ。シュルナはもう旅立ってしまった。私がさっきまで見ていたのは全部幻想だったのだ。
でも、今でもまだ植え込みの影をみればひょっこりとシュルナが出てきそうな感じがしてしまう。ありえないと分かっているのに……。
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「……カサネ。」
ふと、声が聞こえた。
あの優しく、弱々しい声が聞こえた。
「…だめだよ……私はシュルナがいないと……ずっとあの日に取り残されたままなの……」
「……わたしは…カサネの心の中で生きてるよ。たとえ貴女がわたしを忘れても……その右手のミサンガが全てを思い出させてくれる。……だから……前に行こ?」
ふと、自分の右手首のミサンガが揺れる。
___おねがい、前に進む力が欲しい。お願い__。
背中を押されるような感じがあった。
「……シュルナ…?」
「ほら、願いが叶った。」
手首のミサンガはぽろっと、地面に落ちた。
「……ずっと、私の友達。今からも……これからも……ね、シュルナ……。」
外を見ると、ピンクの桜が風に乗って飛んでいた。
[fin]