ロストエンパイア創造記 作:メアリィ・スーザン・ふ美雄
本日二本目。
むかしむかしある靴屋に、三人の娘がいました。
靴屋の靴は良い靴で、娘達は悪くない生活をしてきました。
ある日靴屋の主人が出かけているときに、とても身なりの良い男がやってきました。男は店番をしていた末娘に、一目惚れしたといいました。
末娘は(玉の輿キター!)というような感じで喜びながら、男の誘いを二つ返事で受け入れました。
それで、さっそく娘は男に連れられ、かすかに霧が立ちこめる、とても立派なお城にやってきました。
「ああすごい。ここがあなたの家なのね」
「いずれ君の家にもなる」
道中、もしかして詐欺かもしれないと不安になり始めた末娘でしたが、お城は本当に男の家で、たくさん並んだ召使いたちが、男と自分にうやうやしく頭を下げていました。召使いたちは末娘の格好を見ると、どこかの部屋に連れて行き、粗末なワンピースから素敵なドレスに着替えさせました。ガラスの靴まで履かせてもらって、気分はまさにシンデレラ。その日の晩餐はとても豪華なもので、末娘が食べた事のないものばかり並んでいました。
多幸感に包まれながら、末娘はシンデレラストーリーは本当にあったんだと感銘を受けました。
夢のような一夜の翌日、男は急用で出かける事になりました。きっと結婚式とかそういうのの段取りでもするのでしょう。男は末娘に城の鍵を預けて、こんなことを言いました。
「城をくまなく見れば、お前の夫となるものが、どんな富と財産の持ち主かわかるだろう」
男の言葉に従って、末娘は召使いに案内を任せ、お城を探検してみました。たくさんの客室。服を着替えるためだけの部屋。沢な浴室。広い食堂。絢爛豪華な宝物庫。質素な図書室。見知らぬ神の像を飾った礼拝堂。贅を尽くしたその他諸々。ただ見て回っているだけで、とても楽しい一時でした。
ですがどの部屋にも、鍵はかかっていませんでした。
最後に地下への階段を下りて行くと、召使いは「では私はここまでです」と通常業務に戻って行ってしまいました。地下への扉の前には紳士服をきた身なりの良い執事が一人立っていて、ここに入ってはいけないと言いました。
「でも旦那様は、城をくまなく見ろとおっしゃいましたわ」
末娘は何かの物語で読んだお嬢様のようにお上品そうな口ぶりで言うと、邪魔な執事を押しのけて、ドアノブをひねりました。ドアには鍵がかかっていました。その様子を見て、執事は言いました。
「本当に地下室に入られますか?」
「ええ。入りますとも」
「ですが旦那様がお持ちの鍵で無いと開きませんので」
「鍵ならあるわ」
末娘が城の鍵を取り出しました。
「本当によろしいのですね?」
「ええ。何か問題でも?」
「では、どうぞ」
執事はどきました。
末娘は鍵穴に鍵をさし、手をひねりました。
すると、バリン、とガラスが割れるような音が響きました。
そのうえ辺りが暗くなるので、慌てて階段のほうを振り返ると、仕掛け床が動いて地上への道が閉ざしていきます。
「えっえっえっえっえっなになになになにこわいこわいこわいこわいこわい」
「ヒヒヒヒヒッ。後悔しても、もう戻れない」
暗闇の中、執事は意地悪くそう言って、闇に紛れていくかのようにスーッと姿を消しました。チクタクチクタクと、先ほどまで聞こえなかった時計の音がいやによく聞こえます。末娘は、心底怖くなりました。
いまさらながら仕掛け床の閉じた階段を登って、壁を叩いて父や姉達や夫となるものに助けを求めましたが、何の反応もありません。彼女はもう、地下への扉を開けるしか道がありませんでした。
扉の向こうには、仄かに揺れる明かりと、ぐちゃりぐちゃりという濁った音が聞こえます。
末娘はおそるおそる地下の扉を開けると、その先にはずらりと牢獄が並んでいて、等間隔に火のついた燭台が並んでいました。真直ぐ伸びる廊下のずっと奥からは、悲鳴やうめき声のような何かが聞こえてきます。それを耳にした末娘は、一歩たりとも歩みだしたくなくなりました。
すぐ近くで聞こえたグチュリという生々しい音にビクッとして右を見ると、そこには童話に描かれるかのように顔の大きな、醜い老婆が立っていました。守衛が休むような廊下のくぼみで、火かき棒のようなものを使って、死体から臓腑を掻きだしていました。
老婆の背後に人間の骨が積み上げられていることに気付いたとき、末娘は腰を抜かして悲鳴をあげました。すると、醜い老婆は振り向きました。
「おお、おお、お前さんが次の娘っこか。
……果たしておまえさんはシンデレラになれるかな?」
醜い老婆は怯える末娘に、篝火にあたるように勧めました。末娘が老婆の指差すほうを見ると、そこには篝火に本棚、それに大きな古時計がありました。わけがわかりませんでした。わけがわからないまま、末娘は這いずるようにして篝火で温まりました。
ああ、暖かい……末娘は心がぬくぬくとして、不思議と恐怖心が失せていくような心地を味わいました。
ほっと一息ついたあと、末娘は尋ねました。
「えー……っと。まずはありがとう。
怖いことしてるけど、良い人ね。あなたはどなた?」
「クケケケッ。
わしゃあお前さんの味方。
わしの言う通りにできたらおまえさんは助かるし、できなきゃ死ぬ。
ここはそういう『人殺し城』という童話じゃよ。
すっかり書き換えられておるがの」
「人殺し城?」
「シャルル・ペローをご存知ない?
そいつはいけない。
生きて帰れたらペロー童話を読みなされ。
この先の未来で、きっとおまえさんを助けてくれる。
今はそういう世の中だからね」
醜い老婆は見た目こそ恐ろしいものでしたが、末娘の問いかけに対して、親身に応じてくれました。
もっともその言葉の意味を、末娘は半分も理解できませんでした。
さしあたって末娘は、まったく分からないことを一旦棚にあげて、まずは自分にも分かることから尋ねました。
「……ひょっとして、私ってば、旦那様に騙された?」
「おお、そうじゃの。城の旦那様はお前さんをこの地下で殺すためだけに連れてきたんじゃ」
「うっわ最悪。あのやろー……ちゃんとお父さんに言ってからついてけば良かった」
「クケケケケケッ。
この教訓は『家を出るときは、家族にひとこと言いましょう』
一つ賢くなったの。どれ、キャンディーはいるかね?」
「ありがと」
末娘は、醜い老婆が差し出してくれたキャンディーを舐めました。甘くてクリーミーで、荒んだ気分が落ち着きます。口の中を甘さで満たして、苦虫を噛み潰したかのような表情が和らぐのを待ってから、末娘は次の疑問を問いました。
「人殺し城って、なあに?」
「男が一目惚れしたといって女を城に連れ込む。女は殺されるとも知らずに城で一夜過ごす。翌日、女は知ってはいけない秘密を知ってしまうが、その城の秘密にうんざりした地下の召使……つまりはわしの助言に従ったおかげで助かる。余所で城主は罪を暴かれて裁かれ、仮にも結婚したことになっとる女は財産を相続して金持ちになりましたとさ。
と、こういうあらすじの童話じゃわい」
末娘は首をひねりましたが、そんな童話は聞いたこともありません。
「うーん、やっぱり知らないわねえ。
それを見立ててるってことはつまり、私ってばこのままじゃ死んじゃうけど、上手いことやればハッピーになれるのね?」
「童話どおりになるなら、そうじゃのぉ」
「でも童話と現実は違う」
「一理あるが……遠からず違わない世の中になる」
「わけわかんない」
「今は分からなくてもよい。いずれ分かる。いずれの。
……聞きたいことは山ほどあるじゃろうが、そろそろいいかね?
このままじゃ日が暮れて旦那様が帰ってきちまう。
お前さんが助かる方法を言うぞ?」
末娘はごくりと息を呑んで頷きました。まだまだ聞きたいことはたくさんありますが、それで遅刻したら本末転倒です。シンデレラとは違って、今自分が遅刻すれば殺されてしまうそうですから、まじめに話を聞きました。
「……そこに本棚があるじゃろ?
お前さんは、その中にある童話を一冊持って、この地下を進むんじゃ。
奥にある別の出口から外に出て、干草を積んだ荷馬車に隠れなさい。
お前さんが童話の主人公のような素養があれば、途中で恐ろしい事が起こってもきっと助かるからね。
それがこの場の"お約束"じゃ」
末娘は本棚を見ました。そこには確かに童話が収まっていました。ですがすべてがシンデレラでした。どうしてシンデレラの童話ばかりが詰まっているのか、意味がわかりませんでした。
次に古時計に目を向けると、時刻は四時を過ぎていました。意味不明にも自分を殺そうとしているというサイコパス男がどこへ行っているか分かりませんが、もういつ帰ってきてもおかしくありません。
彼女は本棚から適当なシンデレラを一冊取り出して、中を開いてみてみました。
絵もなければ、物語もありませんでした。
タイトルが書いてあるだけの、ガワだけの本でした。
他のシンデレラも出してみましたが、みんなガワだけの本でした。
「えっなにこれ?」
「……中身は気になさるな。その本はただのお守りのようなモンじゃからな」
「なら、持てるだけもってっちゃだめ?」
「ダメに決まっとるじゃろ。中身がグチャグチャになっちまう」
「何も書いてないのに、グチャグチャになるの?」
「そうなるの」
「ワケ分かんない」
「わしにだってわからんよ。
さて、今手にもっとる【シンデレラ】でいいんじゃな?」
「まあ、見た感じ、どれも同じだし。これで」
「ならばさあ、行きなされ」
「えっあっうん」
醜い老婆に促されるまま、末娘は暗い地下牢を進んで行きました。自分は靴屋の娘だし、末っ子だし、ちょっとお姉ちゃん達とかにいびられたことあるし、キチガイらしいけど王子様っぽい人に見初められたし、ほかにも結構シンデレラ要素あるし……などなど、恐怖を紛らわせる現実逃避気味なことを考えながら。
地下の牢獄には、どこにも誰も居ませんでした。篝火が見えなくなるほど先に進むと、T字路がありました。角からこっそり覗きこむと、右の通路にも左の通路にもくだり階段があって、階下には濃い霧が立ちこめて居るように見えました。
右か左か。
末娘は、直感に任せて左に行きましたとさ。
「ありゃあ駄目じゃな。
童話が"中"に入らんかった」
「おんやあ、不幸の蒼い鳥どのじゃないかね。
そっちの景気はどうだい?」
「ま、ボチボチじゃ」
すっかり末娘の姿が見えなくなった後、空間から滲み出るように、不幸の蒼い鳥がやってきました。
お婆さんという役柄と、人を選別するという意味で、二人はある意味ライバルでした。
いえ、ライバル視しているのは不幸の蒼い鳥だけで、死体からソウルを掻き出すお婆さんはというと、最終的な自分の末路を半ば悟っていますから、別にライバル視していませんでした。
不幸の蒼い鳥は、神の仰せの通りに、シンデレラ・オーディションの状況を尋ねると、死体からソウルを掻き出すお婆さんは、いまのところ全滅だといいました。一番いい記録では、カボチャの馬車のところまで行った者で、その者もカボチャの馬車に轢かれて死んだそうです。
拠点持ち羨ましい。
領地を任されているようで羨ましい。
私だって拠点が欲しい。
ならば造ろう。
神を尊敬し崇め奉る者が集まる場を、造ろう。
それはきっと、神の御心に敵うはずだ。
言葉のやりとりするうちに、不幸の蒼い鳥はメアリィ・スー教を布教しようと考えました。
粛清フラグですね分かります。
「キャーッ!」
そのとき、先ほどまでここにいた末娘の悲鳴が、二人のいる場所まで届きました。
やはりあの娘のソウルは、童話に選ばれた者では、ありませんでしたとさ。