ロストエンパイア創造記 作:メアリィ・スーザン・ふ美雄
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むかしむかしあるところに、お金に困った学者がいました。
立派な都市部の大学から、僻地の学校に転勤させられ、どうにも一時金が足りないのです。
なにせ金遣いの荒い趣味がありましたからね。
学者は金策するために、その地の富豪の元へいき、どもりながらもパトロンになってくれないかと交渉して回っていました。
いくつかまわって、創作物を見てもらい、結果は良かったり悪かったりでしたが、趣味に必要な額は集めることが出来ました。
ある屋敷からの帰り道、学者は灰色の服を着た奇妙な男を目にしました。
たいそう羽振りがいいようで、トレンチコートのポケットからは、様々なものがとびだしています。
男は学者の視線に気づくと、微笑みを浮かべて歩み寄りました。
「やあやあ先生こんにちわ。
あなたの影が気に入ったので是非いただきたいのですが」
その男は、出合い頭におかしなことを言いました。
よく見れば、その男には影がありません。
学者は豊かな想像力で、これはヤバイと気づきました。
「いっいきなりなんだい。
そんなのだめだ。
きみに影なんて売れないね」
学者は男に背を向けて、まっすぐに家へと走って帰りました。
それで、冷静になってよく考えると、この体験はネタになるかもしれないと思って、想像力の赴くままに、あのとき影を売ったらどうなっていたかを綴りました。
影がない人などいません。
きっと影がないならば、おかしな人間になるでしょう。
いろんな人から、不審がられるかもしれません。
真昼間には出歩けなくなるのかもしれないですし、怪しいやつはとりあえず入ってろとばかりに精神病院に収容されるかもしれません。
もしも何かの拍子に、アリスの影がなくなったら?
唐突にそう考えて、学者は頭をかきむしり、それから筆をおきました。
彼女とはもう、身近に語らうことはできません。
せいぜいたまに、手紙のやりとりするばかり。
もう黄金の午後の日々に戻れず、思い出はセピア色に褪せていきそうです。
"鏡の国"を書き終えてから、彼女を題材にしてみても、イマイチ筆が動きません。
まったくアプローチの方向性を変えた『スナーク狩り』ならなんとかかんとか書けるのですが。
「影、影、影ね。
影の国のアリス……いや、そりゃないな。
そんなのメルヘェンになんないよ。
わくわくしないし、どきどきしない。
ああ、だめだ。僕はダメなやつだ。
アリス、君に会いたいよ」
学者はベッドに身を預けると、そのまま寝てしまいましたとさ。
それから少し。
パトロンの融資のおかげで、その地に素敵な写真館ができました。
機材の準備も万端で、密室の中で被写体相手に幾らでもパシャパシャできます。
いろんなサイズのコスプレ衣装も万全です。
すると、以前に会った灰色の服を着た奇妙な男が写真館の前にやってきました。
「おお、これはすごい建物だなあ!
ところで先生、あなたの影が気に入ったので是非いただきたいのですが」
「き、君もたいがいしつこいね。
売れないものは売れないよ」
「そこをなんとか。先生が欲しいものなら、たいてい用意しますから」
ここで不用意に無理難題を突きつけないところが、学者の賢いところでした。
彼の豊かな想像力は、この男の正体を、なかば看破していたのです。
もしもその想像通りだとするなら、本当にたいていの物は用意しそうですから、迂闊に返事するわけにはいきません。
いまの世の中、物騒なことがいつ起こるかわからないですからね。
「……か、影は売れないが、取材させてもらっていいかい?
君の話を聞いたら、ひっく、僕の気も変わるかもしれない」
それでも学者は、男にそう問いかけました。
普通ではないものの話を聞くことで、インスピレーションに刺激があればと思ったのです。
学者が切り出す交渉に、男はうーんと考えて、そのお誘いに乗りました。
二人は学者の家の庭で、お茶会をすることになりました。
上等ではないにしろ安物ではない紅茶をいれて、優雅なアフタヌーンの一時です。
「そういえば私たちは、お互いの名前も知らないな。
私はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。きみは?」
「……ペーター・シュレミール」
「ああやっぱり。そんなことなんじゃないかと思ってたんだ。
"ペーター・シュレミールの不思議な物語"は昔よく読んだものだ。
書庫をひっくり返せばきっと出てくる。
良ければ、サインを貰っても?」
「いやあ、僕はアーデルベルト・フォン・シャミッソーではないよ」
「ああ、ああ、わかってる。
ペーター・シュレミールが友人シャミッソーに当てて書いたもの、という設定だものね」
「そう。僕は被造物にして創造主なのさ。
創造神様からしてみれば、格好の実験体らしい。
プロトタイプの次の、テストタイプ。
そりゃあもうしこたま弄くられた。
どんな風に記憶改変されていてもおかしくないくらいにね」
学者のチャールズは、ペーター氏の言葉や様子をさらさらとメモに記しました。
気になる単語が並びます。
チャールズは、被造物にして創造主、という一説と、ペン先でトントンとつつきました。
ニュアンス的にはそれと似て異なるギミック、というより表沙汰にするつもりのない裏設定を、スナーク狩りに仕込もうと思っていたのです。
まさか先駆者がいるとは。
一体何者なんだ?
「被造物=物語の登場人物。創造主=作家?
実験体。意味不明。
プロトタイプの次の、テストタイプ、意味不明……うーん、よくわからないな。
けど、興味深い」
「影を売りたくなったかい?」
「いいやちっとも。
……そういうのが、アレかい? 改変ってやつかい?」
「うん。そうだね。きっとそうさ。
誰が好き好んで悪魔のようなたくらみの片棒を担ごうとするだろう?
そんなの死んでもゴメンだね。
でも筋書きには、誰かを騙して影を得ろと、もうそうやって書かれているんだ」
「書かれたことには逆らえない?」
「もしも僕に悪魔的な頭脳があれば、うまく解釈をすりぬけて、どんなもんだいとしたり顔をするんだがね」
ペーターは悲痛な面持ちで、悔いるように言いました。
けれどそうなるとチャールズの頭にはなおさら、疑問点が浮かびます。
「そういう内情っていうのは、秘密にすべきじゃないのかい?」
「そうだね。僕もそう思う。
だからこれは、創造神様がいい加減なのさ。
まさか騙そうとする相手にペラペラと本当のことを話すなんて、ちっとも思っていないのさ」
メモに言葉を書きながら、チャールズはむむむ、とうなりました。
ペーターという不思議な物語の登場人物に、筋書きが書かれていて、しかし書かれていないことは自由なのです。
サムターン錠をひねるように、カチャッとつまみを回せれば、何かが閃きそうでした。
「僕が先生のところに来たのはね。
面白おかしな言い回しで、なんとかならないかと期待してきたのさ」
「ほう? そういうのは、推理小説家の領分だと思うけど」
「あいつらはダメだね。
頭の中身がいつも人殺しのことでいっぱいなんだ。
僕は怖くて、推理小説家のところになんかいけないよ」
「そりゃあ怖いね。私も気をつけないと。
ところでひとつ、妙案を思いついたんだが」
「おっ、なんだい!」
「人形の影を切り取るのはどうだろう?
人の代わりは、人形がやるものだしね。
等身大のビスク・ドールの影を切れば、きっとなんとかなるかもしれない。
そうだね、ここは私のツテで、ひとつ用意してもらおうか」
ペーターは、その発想はなかったとばかりに目を見開いて、おおおおおお、と感嘆の息をはきました。それからコクコクとうなずきました。
その後影をなくした男は、小粋な作家の小洒落た発想で、影を取り戻しました。
二人は互いに時代を超えたファンだと称え合い、永遠の友情を誓いましたとさ。
「……ん?」
ふと創造神メアリィ・スーはアイテム欄めいた領域にある童話群に違和感を感じて、その一冊を虚空から出しました。
童話【影を無くした男】に、エンドマークがついています。
しかも中身は、くっさいくっさいハッピーエンドになっていました。
「はーナニコレー意味わかんないんですけどー?」
メアリィ・スーは不機嫌交じりに童話を叩きつけました。
それから創造神パワーでグリグリと踏みつけて、跡形もなく消滅させました。
チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン……どこかで聞いたことのある名前でしたが、彼女は作家名しかちゃんと覚えていませんでしたから、彼がかの有名なルイス・キャロルだとはかろうじて気付きませんでしたとさ。