ロストエンパイア創造記 作:メアリィ・スーザン・ふ美雄
むかしむかしあるところに、富と贅沢を憎んで田舎へ引っ越し、心身ともにとても美しい乙女と結婚した男がいました。
二人の愛の結晶に、とても美しい娘も生まれ、過去を忘れ去った男は、まさに我が世の春でした。
ですが、捨て去ったはずの過去は、男においついてきたのです。
むかし男は、手に触れたもの全てを都合よく思い通りに操れ、あらゆるものを支配しうる、限りなく催眠チートに近い人身掌握の豪腕を振るっていました。
その才能に気付いた最初のうちは誇らしさに得意がっていました。
なんでも好き勝手に、好き放題にやりました。
けれど、触れたもの全てを思い通りにしか操れませんから、やりたいことしかできなくて、やりたくないことはできませんでしたし、思いもつかないことなんか、到底出来っこありませんでした。
そんな創造性のカケラもない不自由な生活に飽き飽きしてしまった男は、ついに催眠チートから足を洗って、無敵の腕を洗い落とし、人生をやり直していたはずだったのです。
ですが堕落を覚えた黒く穢れた心は、ないものとしたその腕を、田舎に来た後もなんだかんだで、ときおり無意識のうちに使っていました。
それで、いろいろあった挙句の果てに、彼の愛する娘は死んでしまいました。
今となっては、彼は自分が望んだ神の贈物を憎みました。
平等ままならぬ神の公平さに疑問を抱きました。
ついに男は己の耳を切り落とし、その外的ショックを以って、心から改心しましたとさ。
それから少し。
「みなのもの。私は帰ってきた。跪け」
男は妻をつれて薄く霧がただよう魂のふるさとに帰ると、国中のものが平伏しました。
じつは彼は一国の王様だったのです。
結局、心から改心しても、洗脳チートを悔い改めることはできませんでした。
男は失った耳を隠すために、毎日いろいろな帽子を被って、国の舵取りをしていきました。
彼が居ぬ間に銅と鉛にまみれた国は、男のチートで、豊かさを取り戻していきました。
ある日男は、床屋を城に呼びつけて、自分の髪を切らせました。
「髪を切ってくれ。
しかし、帽子の下に見た物を人に話してはならないぞ。
もし話したら、命はないものと思え」
王様が帽子を脱いでそう言いました。
床屋の目には、王様の耳がロバの耳のように見えました。
王様は自ら耳を切り落としましたが、異形の精神が反映するかのように、いつの間にかはえていたのです。
床屋はいまは操られていますから、王様の望むまま、その髪をキレイに切りました。
床屋はお城から生きて帰りましたが、王様の耳はロバの耳である事を、人に話したくて話したくてたまりませんでした。
だって、面と向かっていてはたやすく操られてしまいますから、そんなことは言えませんが、目の前にいなかったら、誰があんな横柄な王様の望むままに動きたがるものでしょう?
王様は気付いていませんが、かつて無敵のパワーを振るった催眠チートは、その射程距離を確実に縮めていたのです。
「ああ、話したくてたまらないよ。
でも話したら頭と胴体がきっとサヨナラだ。
絶対に喋らないようにしよう」
床屋は頑張って堪えましたが、秘密を抱えるストレスに胸が苦しくなり、ついには我慢が利かなくなって、ある日教会に懺悔しました。
「神父さま、神父さま。
私は王様の帽子の下を知ってしまいました。
そのことを口外すれば、死刑に処されてしまいます。
けれども私は、このまま黙っているのが辛くて辛くてかないません。
私はどうすればいいのでしょうか?」
すると神父さまはこう言いました。
「それなら谷間へ行って、穴を掘りなさい。
そして穴の中へ、その秘密を何度も叫んで吐き出すのです。
そうすれば、きっと胸が軽くなるでしょう。
その後で穴に土をかぶせておけば、その秘密はもれないでしょう」
なるほどと思った床屋は、城下町の外に穴を掘って、こう叫びました。
「王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳!」
すると神父さんの言った通り、床屋の胸の苦しさがスーッと消えてなくなったのです。
喜んだ床屋は掘った穴に土をかぶせると、家に帰りましたとさ。
理髪師にその真実を民衆にバラされた王は激怒した。
家来も国民も死刑にし、やがて国は滅んだ。
「こっちのオチはざっくりでいいや。邪魔な都は処分処分っと。
じゃあ本番はこっから!」
麗らかな昼下がり、妖精の皮を被ったメアリィ・スーは、聖森の中の花畑で、童話【王様の耳はロバの耳】をパタンと閉じて虚空にしまいました。
虚空から新しく引っ張り出したのは、腐ったリンゴを食べて息絶えた少女のソウルです。
「はーい。種も仕掛けもございませーん♪」
今のメアリィは気分的に、すっごくマジシャンな気分でした。
きっと現実世界を覗いているときに、すごいマジシャンでも見かけたのかもしれません。
メタ的な話、現代においてパフォーマーが様々なところで躍進しているように、19世紀はマジシャンが様々なところで躍進し始めた時代でした。ステージマジック、大規模イリュージョンが世界的な興業に発展するのは20世紀を待つ必要がありますが、まあ、その辺の話は全然重要じゃないので適当なところで割愛するとして、大仰にくるくる回るメアリィの前には、いつの間にやらテーブルがドーンと現れました。
ミスディレクションを利用した、チートマジック大成功です。
奇跡的な魔術。略して奇術。
ふざけんな死ね氏ねじゃなくて死ね。
そのテーブルの上には継ぎ接ぎの全くない、全裸の美しい少女の遺体が横たわっていました。見る者が見ればその死体が五魔姫"白雪姫"の姿をしていると気付けるかもしれません。血の通わないその肌は、雪よりもなお白色です。必須タグがR18ではなくR15である配慮ゆえか謎の射光が白雪姫の局部を隠していました。
手術痕を残すのは素人ですから、メアリィはバラバラ遺体を癒着チートでパッチワークしたら『女神の祝福』でキレイキレイしてあげていました。五魔姫全員ドスケベプリンセスにするつもりですから、肉体という下地からドスケベにするため、その肉体はドスケベ厳選パーツで仕上げています。
少女の死体は胸に童話【白雪姫】を抱いて、ピクリとも動く様子はありません。
たとえ肉体という器があっても、精神もソウルもないのなら、今のままではその死体が動きだす筈がありませんでした。
「あー!メアリィちゃんの蘇生マジックだあ!」
「わあい!」
「あたしもやりたーい!」
「ダメダメ。この役目は譲りませーん♪」
花畑の南の方から三人の妖精がやってきて、四人の妖精はきゃぴきゃぴと楽しそうに冒涜的な言葉をかわしました。
無邪気という名のその邪気は、聖森という領域に似つかわしくない黒い穢れを孕んでいました。あっ、ここでいう孕むというのは文学的表現であって、性的な意味では無いのであしからず。
「よーし、やっちゃうぞぉ~」
彼女が両腕を腕まくりの仕草をすると、ズルリと創造神メアリィ・スーの腕が剥き出しになりました。紫色の長い爪先が、手にした腐ったリンゴを食べて息絶えた少女のソウルを弄んでいます。
彼女は手にしたそのソウルを、お団子をこねるようにして、ぎゅうぎゅう固めていきました。
創造神秘密のレシピで消えかけのソウルやら故の知らぬソウルやらを混ぜこんで、それらを『黒の布』に加工すると、即興で中二病全開な呪文を唱えました。
「全ての命の源よ
ありとあらゆる色塗り潰す
黒き幾千の偽書たちよ
その魂の内に眠りしその力
彼方より来たりて奇跡を今ここに!
えーオーバーソウル的な、その、なんか、アレ!
えいっ!」
メアリィのしまらない掛け声と共に、黒の布は全裸の少女の死体に被さりました。黒の布は白雪姫の死体を包み込み、そして身体に染み込んでいきました。童話【白雪姫】も一緒にずぶりずぶりと死体の中に沈みこんでいるのでしょう。一瞬、ピッチリラバースーツのようになった黒の布でしたが、そのまま死体の中に溶けてしまいました。
「ドゥルルルルルルルルル……」
モブ妖精のうちの一人が、小太鼓の音色を口にしました。
「ッテーン!」
モブ妖精のうちの一人が、シンバルの音色を口にしました。
「死の、先を征く者よ、出でよ!」
モブ妖精のうちの一人が、メアリィに感化されて中二病的な台詞を口にしました。
すると"白雪姫"がビクリと動きました。
そのまま白雪姫の身体は、雪が溶けていくように、虚空に消えてしまいました。
失敗?
いえ、違います。
メアリィは、お花畑に『監視する者』の視界のひとつを投影すると、高見の見物を始めました。モブ妖精たちは、ワクワクした様子で投影映像にかぶりつきました。
『始まりの雪原』と『アンドール城』を土台にして、童話【黄金のガチョウ】に登場した黄金郷の残骸を舞台に、金の亡者をエクストラに改変し、童話【くさったリンゴ】の被害者一家の夢を被せた、小さな箱庭の中身を移すその投影映像は、雪国の城を描いていました。
それでは長らくお待たせしました。
次回より、母子殺し合う箱庭世界名作童話【白雪姫】のはじまりはじまり。