ロストエンパイア創造記   作:メアリィ・スーザン・ふ美雄

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狂霊【モルジアナと残りX人の盗賊】

 夢か幻か現実か、時の流れはいかほどか、だんだん見分けがつかなくなってくる、ある日ある日のことでした。

 妖精の皮を被ったメアリィ・スーは、自前の虚空に乱雑に押し込めた、創作物たちを整理整頓しようと思って、古いものから順番に、聖森に並べ始めました。

 

 一切無駄のないかんぺきなはいちで並べてあったのですが、たまに寝ぼけていたりすると、何をどこにやったかうっかり忘れてしまうのです。まあでも、スランプの時期に書いたような、駄作の類は結構な数、篝火にくべたつもりですが、彼女の在庫の貯蔵の中身はまだまだたくさんありました。

 

 生誕【おわりのはじまり】逸話【商人と鬼神(イフリート)】逸話【漁師と鬼神(イフリート)】……いま読み返せば描写のつたなさに身悶えるような、メアリィ・スーの二次創作黒歴史が、ずらずら並んでいきました。でも温故知新としゃれこめば、見えてくるものが変わるもので、いくらか改定してしまえば、自分好みの童話へと改変できそうなものもありました。

 

「あっ、コレなつかしーなー♪

 この頃から自分がバッドエンドストーリーが好きだって自覚したんだっけー?」

 

 メアリィが手に取ったのは、物語【アリ・ババと四十人の盗賊】でした。

 パラパラと読み返せば、実に遊びのない物語でした。

 始まりから終わりまで、すべてがメアリィの掌でした。

 あたかも厳密に動きが定められた劇であるかのように、全員あらかじめ予定とおり、分岐のない一本道を行くような筋書きでした。

 今の自分ならば、どう物語を展開し、どう風呂敷をたたむでしょうか?

 その想像から得られる愉悦にニンマリと笑ったメアリィは、つらつらと設定を思い出し、展開を夢想しながら物語を書き換えようとして……

 

 

 

 盗賊の首領モルジアナは、改訂など認めぬとばかりに『盗賊王の短刀』を、開いたページの合間から腕を突き出した。その刃は寸分たがわず今にも【アリ・ババと40人の盗賊】の内容を書き換えんとしていたメアリィ・スーの喉を刺した。

 

「ぐぶえっ。

 ああ? あに(なに)?」

「いましかない! 行くよアンタたち!」

「「「「「あらほらさっさー!」」」」」」

 

 四十人の盗賊団は、童話からどんどん飛び出して、次々とメアリィ・スーをザクザクと斬りつけると、森の北へと逃げ出した。モルジアナの手には自身の物語。一瞬の隙をついて、メアリィ・スーから盗んだのだ。

 

 モルジアナは、手勢の盗賊を引き連れて、創造神メアリィ・スーの元から逃げ出した。だれが悲劇的惨劇を誰より好む者に自らの顛末を好き勝手にさせるだろうか?

 

 彼女の手にある物語にはこうある。

 

 若く聡明な女奴隷であったモルジアナは、奴隷商に運ばれる最中に襲い掛かってきた盗賊団の首領をその卓越した技量で殺し、いきり立つ盗賊団員たちの前で大商人の財をまるごと奪う計画を語ることで、盗賊団をまとめあげた。紆余曲折の末に狙いの大商人の娘に仕える奴隷の立場に入り込んだ彼女は、その夫カシムの弟、アリ・ババを誘導することでカシムを始末し、その財産をアリ・ババに継承させる、最後には守りの薄いアリ・ババ家へと盗賊団員を招き入れることで大商人の財をすべて奪った。

 その日を境にモルジアナは行方知らずとなるが、実は盗賊団たちと共に魔法の合い言葉によってしか開閉しない隠された洞穴にトンズラし、アンドールの国々を散々荒らしまわったのだ……という結末は、本来の主人公であるアリ・ババにとってはバッドエンドであったが、モルジアナにとっては財と部下が手に入り、なにより自由の身となれるハッピーエンドであった。

 

 その結末には何の文句はなかったが、しかし改訂されるとなると、もはや話が別である。

 自分の物語は自分で守る。

 モルジアナは思考を巡らせ、生き残る道を探った。

 

 まさか『旧作』が歯向かってくるとは思わなかったメアリィは、目を白黒させて途惑った。物語【アリ・ババと40人の盗賊】は、童話【ピーター・パン】とは異なり、勝手な出入りを封じる文言など、そもそも書いていなかったのである。

 

 やがてその戸惑いが収まると、メアリィは筋書きにない彼女の行動を大いに嗤った。

 

 その嗤いはモルジアナの耳にも届いていた。

 連れ戻されれば、もはや明るい未来なぞ望めない。

 この地獄から、なんとしても逃げなければならなかった。

 

 依り代となる肉がないために夢から覚めることこそ叶わないが、どうにか自身と波長のあう者へと物語を挿入してしまえば、なんとかなる可能性は十分にあった。モルジアナは創造神が弄ぶ"物語"なるもの性質をおおむね把握していた。そして、理論上自分だけは助かる道は見えていた。

 

 捨てられの森を行く盗賊団の前に立ちはだかる……もとい、飛びはだかるのはダーク・フェアリー。

 きゃはきゃはと笑いながらも、彼女らは残酷に人間を殺せる存在であった。

 

 モルジアナに率いられた者達は、うっとうしく飛び回る連中に向けて手に手に短刀を振り回す。

 その多くがかわされたが、数の暴力か邪妖精の数を減らしていく。

 なれど不死なる妖精は、その命を散らしながらも、さして間をおかず蘇る。

 妖精どもの性質を悟り、モルジアナは逃げの一手をうつ。

 

「雑魚に構うんじゃないよ!

 とにかく、岩山を見つけるんだ!

 魔法の合い言葉を変えちまえば、もうアタイらを追って来れない!」

 

 モルジアナはそう言って、ますます北へ走って行く。

 道中、北東にはなにやら人手の入ったキャンプ地が見えた。

 人の目を嫌ったモルジアナは、北西へと進路を変える。

 やがて見つかる小さな岩山。

 

 それは創造神メアリィ・スーのいいかげんな移設が創った、ネバーランドの地形の断片であり残骸であった。

 モルジアナは自身の物語を掲げ、唱えた。

 

「開け、ゴマ!」

 

 かの有名な一節は、断片的な岩山に即席の洞穴を創造する。

 中に入り込む四十人。

 後を追い殺到するダーク・フェアリー。

 

「閉じろ、ゴマ!」

 

 モルジアナの言葉に、岩の扉は閉まっていく。ぶちぶちと何匹もの妖精が岩と岩に潰されながらも、閉じきる前に入り込んだダーク・フェアリーの群れが盗賊団に襲い掛かる。盗賊達は応戦し、ダーク・フェアリーはつかのま全滅した。

 

 この戦いでダーク・フェアリーが放つソウルの矢を集中的に浴びた盗賊が一人死んだ。

 

 洞窟の中は空っぽであった。

 盗賊の財宝までは再現しないようであった。

 モルジアナは額をとんとんと叩き、魔法の合い言葉を変更する。麦か、とうもろこしか、カラス麦か、作中にある、そのあたりの間違った合い言葉と正しい合い言葉を差し替える。魔術の心得もあると改変されているモルジアナは、次いで魔術の灯りで洞窟を照らし、盗賊団に声をかけた。

 

「さあ、グズグズしてられないよアンタたち。

 地下に縦穴を掘って、そんでもって横穴を掘って、別の出口を作るんだ。

 あんなバケモノどもがいる森じゃ、おちおち食い物も探せやしない」

 

 盗賊達は、首領の言葉に従った。

 彼女が首領になってから間違ったことなど一度もなかったからだ。

 一行は横長の洞窟の奥に向かい、そこで十人の盗賊達が地下への穴を掘ることに決めた。

 

 残り二十九人の盗賊は、捨てられの森に略奪ないし物拾いに向かう。

 この洞窟には食料がなく、水もない。穴を掘る道具すらない。

 一転、捨てられの森にはたいてい何でも捨てられている。

 それらのうちから使えそうなものを拾ったり、食料や飲み水を手にするために働くのである。

 

 いま魔法の合い言葉を知っているのはモルジアナだけであったから、彼女も外に出る組にまわった。

 

 この探索で、森にあった毒キノコに当たって三人の盗賊が死に、二人の盗賊がダーク・フェアリーが放つソウルの矢を集中的に浴びて死に、一人の盗賊が岩山南東のキャンプ地から帰ってこなかった。

 

「森の中でまともに食えるモンはないか……こいつらを食うしかないねぇ」

 

 モルジアナたちは盗賊の死体を喰らうことで命を繋いだ。食えるものは何でも食う。食料に貴賎なし。倫理で飯が食えるのか? 一同に抵抗感はなかった。

 

 ともあれ、森に棄てられていたシャベルやツルハシを探索組が持ち帰ったことで、掘り進む速度は格段にあがった。

 

 やがて、それなりの深さまで掘り進んだ縦穴から水が湧いた。

 

 盗賊の一人が毒見し、問題なく飲み水にできそうであることを確認したため、縦に掘るのはそこまでとし、十人の盗賊達は横穴を北に向かって掘り始めた。

 残る二十三人の盗賊達は一休みして、再び捨てられの森に向かった。

 

 捨てられの森には、やはり大抵のものは何でもあった。

 

 なんなら、生きた人間も迷い込んでいた。

 盗賊達は食料として彼らを狩った。

 モルジアナも止めなかった。

 肝心要の物語を挿入できなかったからだ。

 この狩りで二人の盗賊がダーク・フェアリーが放つソウルの矢を集中的に浴びて死に、一人の盗賊が岩山南東のキャンプ地から帰ってこなかった。

 

 また、憤怒の様相を隠さない巨大な蒼い鳥に強襲され、五人の盗賊が死んだ。蒼い鳥はモルジアナが咄嗟に繰り出した死の舞踏(ダンス・マカブル)により撃退したが、童話本体を破壊するには至らなかった。

 

「まずいねえ……このままじゃ逃げきる前に全滅しちまうよ」

 

 人肉を喰らっての一休みの時間、モルジアナは思考を巡らせる。

 ひとつ、疑問があった。

 メアリィ・スー自身が追ってこないのだ。

 自ら手を下すのを嫌ったのか。

 それはない。

 だが先日の改訂に宿る意思から逆算すれば、遊んでいる、と容易に想像できた。

 こちらを逃がすつもりなどないだろう。

 だがそういった油断があれば、つけいる隙はあるはずである。

 

「あんの糞ガキの思惑を超えるには……」

 

 モルジアナは自身の物語を取り出し、なんともなしに眺め始めた。

 常識に従えば到底信じられないことであるが、これが自身の命である。

 この一冊を破壊されればモルジアナは死ぬのだ。

 体外に心臓が引き出されたかのような感覚は、物語に糸付けられたものにしか分かるまい。

 末尾を開けば、完結を示すエンドマークはなくなっている。

 一度完結した物語が、いまこうして再び続いているのである。

 シンドバッドのやつがこれを知れば、あいつも童話から飛び出して逃げるだろうな、とモルジアナは感傷にひたった。

 おなじ『旧作』仲間であり、偽りの千夜において、彼とは多少の縁があった。

 

 ――そのとき、モルジアナの脳裏に、閃きが駆ける。

 

 ほかに生き残っている『旧作』仲間たちも逃がせば良い。

 そのどさくさに紛れて雲隠れするのだ。

 当然追っ手は迫るだろうが、自身たちだけで逃げるのと、その他大勢が逃げるのとでは、まるで意味合いが異なってくる。

 なぜその策を脱走直後に閃かなかったのか。

 頭に虫でも湧いているのか。

 虫干ししないから本が痛んで頭が悪くなるのだ。

 

 モルジアナはメアリィのずさんさを脳内でさんざ罵倒したあと、計画を練り始める。

 

 その決行は命懸けになるだろうが、別の者に命を賭けさせればよいし、命を賭さねば助かる見込みはまずないといっても過言ではない。ならばじりじりと消耗するのを待つのではなく、先手をうつ必要があった。

 

 モルジアナは決断を下す。

 

 まずは全員で横穴を完成させにかかる。

 途中、硬い岩盤があり、ぐねぐねと道がうねる横穴となってしまったが構わない。

 そして十分に掘り進んだと判断した後、五人の盗賊たちに地上を目指す縦穴を掘るよう言ってきかせた。

 

 残る二十人の盗賊たちは、岩の扉の前まで戻る。

 そこでモルジアナは計画を語ると、三人の盗賊たちが命懸けを嫌った。

 三人は十七人に食い殺された。

 それが最後の晩餐になった。

 

「開け、麦!」

 

 モルジアナは岩の扉を開けた。

 扉の外には、先日まではなかった木造の一軒家があった。

 脳裏に警鐘が鳴り響く。

 

 闇の気配がする……

 

 瞬間、一節の魔法がモルジアナの耳に届いた。

 咄嗟にモルジアナは捨てられの森から拾ってきた物陰に隠れた。

 かくれども、意味がなかった。

 洞窟内はまばゆい光に包まれ――――閉鎖空間で起こってはならないほどの炸裂音が鳴り響いたあと、十六人の盗賊がいっぺんに死んだ。

 

「『マスターキー』を使う手間が省けたか……

 盗賊魔女、モルジアナだな?

 王命により、お前を殺す」

 

 岩の扉の外には、銀色の鍵を掌の中でくるくると弄ぶ、黒ずくめの魔術師装備を揃える年若い少年がいた。

 

「な、何者だ!?」

 

 恐るべき魔法の一撃は、この少年が唱えたとでもいうのか? なんたる理不尽なる才能か! 破滅の爆発をその身に受けて大きく生命力を損なったモルジアナには、もはや死の舞踏(ダンス・マカブル)を繰り出す体力は残っていなかった。

 少年は掌をモルジアナに向けた。

 

「お前に名乗る名前はない。

 我は招く、原子の融解。

 ……ってのは冗談だけどな。

『ニュークリア』」

 

 少年が二度同じ魔法を唱えたとたん、周囲の空間ごとモルジアナは再び光に包まれ、そしてその意識は失われた。永遠に。

 

 さて、明日まで生き残る盗賊は何人だ?

 

 否。

 

 混沌の魔法使いは蘇り、誰も生き残れはしない。

 

 

 

 




 
 
 混沌の魔法使い……一体何者なんだ……(棒)

 

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