ロストエンパイア創造記 作:メアリィ・スーザン・ふ美雄
むかしむかしあるところに、かわいそうな少女が座っていました。
壁にもたれて――古い一年の最後の夜に凍え死んでいたのです。
その少女がたくさん持っていた、マッチのうちの一束は、彼女の傍でみんな燃えつきていました。
「あったかくなろうと思ったんだなあ」と亡骸をみかけた人々は言いました。
「かわいそう」「どうしてこんなことに」「誰か助けてやれなかったのか」
うわべだけの言葉はツルリと滑って、 少女がどんなに美しいものを見たのかを考える人は、 誰一人いませんでした。
ほんとうに、誰一人いなかったのです。
死してなお微笑みを浮かべる少女が、最期に何を思ったか、想像できた人間は。
「なんべん読んでも良い話なんだよなぁ……」
と、妖精の皮を被ったメアリィ・スーは感動のあまり呟きました。
その本は、あんまり原本から弄っていない、ハンス・クリスチャン・アンデルセン作、名作【マッチ売りの少女】でした。
死を想う童話を書かせれば世界一と言っても過言ではない、かの童話作家の名作です。
その名前はメアリィにお気に入りの童話作家の名前を三人答えよ、と問いかければ、必ずあげる名前でした。
まあ、世界三大童話として名高いグリム童話、イソップ童話、アンデルセン童話から、彼女は一つ除いて別の作品を加えるのですが。
ともあれ、こんなに素晴らしい童話は中々ない、と感動することしきりでした。
「あっ! メアリィちゃん!」
「今日はなんのごほん読んでるの~?」
「私たちも読みた~い!」
仲良しの三人妖精たちが、今日は聖森にいるメアリィを見つけてどこからかぴゅんと飛んできます。メアリィは布教のために、悪いことをして手に入れた初版【新童話集】を手渡してあげました。
その中には【ナイチンゲール】や【みにくいアヒルの子】や【マッチ売りの少女】のほかにも、とっても愉悦な物語が目白押しでした。残念ながら著アンデルセンの中でもお勧めの作品である【パンを踏んだ少女】や【雪だるま】は別の本なので、その童話集には乗っていません。
ともあれ三人の妖精たちは、ひとりが開いた本の右側をもって、ひとりが左側をもって、ひとりがページをめくって、みんなで仲良く読みました。その様子を、メアリィは楽しそうに見ていました。
童話【マッチ売りの少女】は、本当に名作です。
都市部の人間の無関心……弱者を哀れみながらも自ら手を差し伸べることのない人間の本質の一端を暴き、家にも社会にも居場所がない少女の苦悩を浮き彫りにし、幻想のなかにしか逃げる先がないという悲しみを描き、鮮明に浮かび上がる理想の幸福が、どうあっても手に入らないことを理解させたうえで、とてつもなく抗いがたい死への誘惑を見せつける……なんて面白いんだ!
その内容に、深く感化したならば、きっとみんな≪シュッ!≫≪シュッ!≫としてしまうでしょう。
そして儚いヴェールの向こうに、無限の夢幻を見るかもしれません。
メアリィは数々の童話をバッドエンドにさせてきましたが、改変する必要もないほど自分の好みに合う童話なんてなかなか無いものですから、ハンス・クリスチャン・アンデルセンを心から尊敬していました。なんなら師匠と呼ばせてくださいとすら思っているかもしれません。
ところでその、ハンス・クリスチャン・アンデルセンのソウルがこちらになります。
名状しがたい青白い粒子のようなものが火球のごとく、尽きることなき蒼き炎を思わせる、人魂状の形……その内心がどうなっているのか、およそ計り知れません。その人魂は、ほぼ白紙の一冊の本の中で、人知れず脈動していました。
メアリィは、彼がお亡くなりになるほんのちょっぴり前に、一足早く回収したのです。
この本の中には、グリム兄弟のソウルだって回収済みです。
既に、旧聖マティウス墓地に行って回収しました。
彼女が現実世界に干渉し始めてから、無数のソウルを集めましたし、支配下の者にも集めさせましたが、いわゆる本命と呼べるソウルは、まだ何を書くつもりのない原稿用紙……純白の牢獄へと大切に保管していました。
「あと一人……」
彼女には尊敬する童話作家がいました。
一人は先ほど挙げた、尊敬に値するバッドエンドの書き手で、一人……いえ、二人は各地に散らばる逸話を統合し編纂した、自身に近しい属性をもつ同好の士で、もう一人は、およそ奇妙奇天烈で、突拍子がなく変則的で、言葉遊びに満ち溢れ、何が起こるか分からない混沌を孕んでいる、
なんなら今すぐ攫いたいくらいですが、ロストエンパイア構想通りの世界がまだ完成していないので、確保するのはまだ先です。
さておき、メアリィは虚空から書きかけの童話【マッチ売りの少女】を取り出して、ますます改変していきました。
むかしむかし、あるところに、人攫いがいました。
黒くてみすぼらしい外套を頭から被って、人ひとりすっぽり入る背負い袋を肩にかけ、ひどく寒い、雪の積もっている道を、はだしで歩いていました。なぜ裸足かというと、靴でも履いて、何かの拍子に脱げてしまえば、シンデレラのように捕まるかもしれないからでした。
人攫いはもう一仕事終えたようで、背負い袋に獲物を収め、家に帰るところでした。
「ただいま」
と人攫いがいうと、可愛い娘が秘密の地下室から上がってきて、お母さんおかえり、と言いました。
外套を脱いだ人攫いの姿は、目を爛々と輝かせた女性でした。
二人は仲良く、地下室に入っていきました。
地下室は、屠殺場のような様相でした。
肉切り台が血がこびりつき、凄惨たる生産活動の内容を如実に示しているかのよう。
それとは別に作業台があって、そこにはたくさんの"マッチ"がありました。
「お母さん……どう?」
「ちゃんとできてるわねえ。
一人でできて偉いねえ」
「うん……!」
人さらいの奥さんは、上手に"内職"できた娘をほめながら、背負い袋の中身を肉切り台に置きました。
出てきたのは、女性でした。
ピクリとも動かず、死んだように眠っていますが、まだ生きているようです。
ただし、それは普通の女性ではありませんでした。
愚かにもメアリィ・スーの反感を買った、淫魔に属する者だったのです。
人攫いは、ある日突然前触れもなく淫魔特効の超能力を得て、こうして材料を手にすることができました。
「さあ、今日は彼女を使って、みんなが素敵な夢を見れる"マッチ"を作りましょう」
「はあい。素敵なマッチ……貴方にマッチ……シュッシュッシュッ♪」
それから二人は、その女性に対して、製造工程は企業秘密なことをして、マッチの素材にしていきました。
マッチ売りの少女が看板娘を勤めるマッチ屋さんは、いつも品薄の大人気!
淫腐街を夢見る男の人は、頭がパーになるくらい気持ちがいい"マッチ"を、競って買い集めましたとさ。
「……これだけだと愉悦成分が足りないなあ。
お母さんがマッチの素材になるとか、阿漕な商売ばっかりするお父さんをテコ入れするとかして、もって原作と差別化しないと」
そんなことを呟いたメアリィは、更に改訂に改訂を重ねて、ある程度形が整うと、素材待ちという付箋をつけて、また虚空にしまいました。
そんな彼女の元へ、働き盛りの黒衣の中年、混沌の魔法使いがやってきました。
「報告する。
毒の魔女カトリーヌを討ち果たした。
ほかに王命はきていないか?」
彼が口にするのは、悪夢霊の話でした。
混沌の魔法使いは、彼女を国のエージェントと思い込むように改変されていて、ずっとメアリィ・スーの手先となって、都合の悪い連中を処理していました。
牧場跡地にぽつぽつと湧いていたそれらは、今度は聖森の北東のほうにも現れたのです。
悪夢霊は、遺志が強い悪人のソウルが、器なく自らを形作って動き出す、文字通り悪夢のような存在です。そういうことができるものは、たいてい強靭な"個"を持っていますから、加工しづらい合金のように、改変するのは大変ですし、メアリィ自身のモチベーションもあがりませんから、相手にしたくない存在です。
ロストエンパイア構想において、悪夢霊はせっかくの童話をぶち壊しにしそうですし、なによりそんなに面白くないので、メアリィは白雪姫や混沌の魔法使いを間接的に誘導して始末させていました。どうせなら自分の創作活動を邪魔しないように、業の深い者たちを始末する組織を作ったほうがいいと最近思い始めているのでした。
「……次は地下墓地庭園にいる蒼き翼の魔女モーリスを殺せってさ。
勝手に狂信者集めてるから分かるはず」
「了解した」
メアリィは、額に手を当てて、電波を受信している人のポーズをとってから、彼の問いにそう答えました。
すると混沌の魔法使いは、首吊り人の木に作られた、地下への階段を降りました。
その先には、高名な死者のソウルを集めるために墓地の幻想をより集めた、地下墓地庭園が広がっていますが、その管理職の者達が、いまでは大聖堂を作り神に祈っていました。
混沌の魔法使いはよけいなことをしませんから、この仕事にはうってつけだとメアリィは思いました。
そんな彼がいるからこそ、このごろ勝手な真似をし始めた、不幸の蒼い鳥を処分する命令をくだしました。
彼女はいろいろと嗤えますが、ホント余計なことをするのがたまに傷でした。
きっと淫魔に余計なことを吹き込んだのも、あの蒼い鳥の仕業でしょう。
失敗するのは構いませんが、余計なことをするのはNGです。
さようなら。不幸の蒼い鳥。
きみが見せた愉悦成分は、多分明日まで忘れない。
きっと彼女は言うでしょう。今際の時に言うでしょう。
我が神のためになると思って、と。
その行動は、自己の傲慢性に基づき、客観性を欠いて、自分の望む方向に、創造神のありかたを独自解釈した、ただの傲慢であることを、自覚していませんでしたとさ。