ロストエンパイア創造記 作:メアリィ・スーザン・ふ美雄
今日から仕事じゃーい
むかしむかし、ジャックという少年がお母さんと二人で暮らしていました。
ジャックのお父さんは、多額の借金を残し家族を捨てて逃げました。
残った借金は、ジャックとお母さんを苦しめました。
その日からジャックは、ゴミ漁りに物乞いに盗みにと、傷害以外のことはなんでもやって、そのお金で暮らしと借金返済を助けていました。
けれどマフィアに目をつけられたので、だんだんこのシノギは難しくなってきました。
ある日ジャックの家に一頭だけ居るウシが年を取り、とうとうミルクを出さなくなってしまいました。昼間はウシの乳絞りをしていたお母さんはいいました。
「つっかえないわねー。もうこの牛売って、お金に替えましょう。
ジャック、町へ牛を売りに行ってちょうだい」
「うん」
ジャックはお母さんに頼まれて、町までウシを引いて行きましたが、その途中で出会った黒服おじさんがジャックに声をかけました。
「坊主、そのウシとこのブツ、交換しないか?
こいつは純度100%マジモンの、幸運を呼ぶ魔法の豆なんだ。
きっと雲の上までだっていけるぜ?」
「魔法の豆だって! すごいや!
うーんうーん、どうしよう……」
ジャックは悩みました。ウシを譲り渡すのは惜しいけれど、彼がこなしたきた仕事柄、運が良ければすべてが上手くいくように思えました。悩んだ末、ジャックは取引に応じました。
ジャックはブツを受け取ると、喜んで家に戻りました。
その話を聞いたお母さんは、ジャックに怒鳴り散らしました。
「こんな豆と牛を取り替えて来るなんて、あんた頭おかしいよっ!」
「でも、幸運を呼ぶ魔法の豆なんだよ?」
「魔法だなんて、うそに決まっているじゃないの!
ええい、この馬鹿息子! でていけ! でていけぇ!」
お母さんはジャックを家から追い出しました。
途方にくれたジャックが持っているのは、幸運を呼ぶ魔法の豆だけ。
夕飯も食べられず、彼のおなかがグーと鳴りました。
運気が上がる事を祈って、ジャックは家の庭で魔法の豆を食べました。
明日になったら、お母さんが家に入れてくれることを願いながら。
翌日、ジャックは日光浴していました。お日様ぽかぽか、気持ちいいです。手に届く距離に雲があって、そこから頭を出して、ジャックは太陽光を浴びていました。その身体はすくすくと成長していました。まるで全身が木とツタになって、天高く伸びているかのよう。いえ、戯言のような抽象表現は必要ありませんね。豆の木と化したジャックは、巨人も見上げる巨大な木に変身していたのでした。
「なんじゃこりゃあ。一体どうなっとるんじゃ」
頭のてっぺんの方から聞こえた声に、ジャックが頭のてっぺんのほうに意識を向けると、頭のさきっちょから目が生えて、そこに巨人がいるのを見ました。ジャックは目の近くに口を生やして言いました。
「こんにちわっ! いいお天気ですねっ!
雲が気持ちいいですよっ! 水を撒いてくれませんかっ?」
「うわあ喋った! 気色が悪い!
おまえらー! こっちゃこい! この化け物をやっつけろ!」
不気味に思った人食い大男は、立派なお城から用心棒の巨人兵達を呼んでくると、ジャックを斬りつけさせました。ジャックは悲鳴をあげました。
「痛いですっ! 戦うのですかっ?
血液を流しますかっ? 震えがしますかっ?
私っ! 殺しますねっ! 貴方を殺しますっ!
殺しますっ! それを殺しますっ!
きっと殺しますっ! 確実に殺しますっ!
殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ!
殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ!」
ジャックは狂っていました。人間が一夜のうちに豆の木になったのですから、正気でいられるわけがありませんね? ジャックは手を振るう感覚でツタを自在に動かし、人食い大男を捕まえると、そのまま締め上げて殺してしまいました。
「ああっ! あなたっ!
この、化け物め!」
「こんにちはっ! 私っ! 殺しましたよっ!
お日様がポカポカですねっ! あなたは日に当たらないのですかっ?」
人食い大男のおかみさんが夫の死に気がつくと、復讐のために立派なお城からたいまつを持ってきて、ジャックの体を焼こうとしました。ジャックは悲鳴をあげました。
「熱いですっ! 戦うのですかっ?
魂を燃やしますかっ? 涙が止まらないのですかっ?
寒気がしますかっ? 私っ! 殺しますっ!
貴方を殺しますっ! きっと殺しますっ!」
ジャックは手を振るう感覚でツタを自在に動かし、おかみさんを捕まえると、そのまま締め上げて殺してしまいました。
さっきから頑張っている巨人兵達は、次から次へとどんどん斬りつけているのですが、どれだけ傷つけても豆の木ジャックはニョキニョキと元気よく生えて、致命傷にはほど遠い傷しか与えられませんでした。やがて彼らは主人である夫婦たちと同じように、みんな殺されてしまいました。
巨人の群れをやっつけたジャックでしたが、今度は足のくるぶしのほうから、こしょこしょとくすぐったい感触が伝わってきました。ジャックが足のくるぶしのほうに意識を向けると、足のくるぶしから目が生えて、そこにお母さんがいるのを見ました。ジャックは目の近くに口を生やして言いました。
「こんにちわっ! お母さんっ!
どうしたんですかっ? 木に登りたい気分ですかっ?
気になる木ですかっ? 私の名前はジャックですっ!」
「ひいっ!」
自宅の庭に生えていた、雲を貫く巨大な木が喋りだしたことに驚いて、ジャックのお母さんは木から落ちそうになりました。ジャックは慌ててお母さんをツタで捕まえると、そのまま雲の上まで連れていきました。
「ひぃいいいぃぃぃいいいいいいぃぃぃいいいいいい!?」
「どうかしましたかっ? 恐ろしいですかっ?
昨日の仕返しに今日はお前をここから捨ててやろうか」
「待っ……お、お母さんが悪かったよっ!
ごめんね! ジャック! ごめんね!」
ジャックのお母さんは、魔法の豆のことを信じられなかったばかりにこんなことになってしまったことを悔いました。ジャックを捨てるんじゃなく、あの豆を外に投げ捨てていたら! そんな後悔の気持ちが止まりませんでした。
彼女の気持ちは決してウソではありませんでしたが、同時に豆の木の体なんかになって気持ち悪いとも思いました。
ジャックは顔中をぐしゃぐしゃにするほど涙を流して謝るお母さんを哀れに思い、許してあげることにしました。仲直りになると思って、雲の上にある巨人が住んでいた立派なお城まで連れて行ってあげると、ジャックのお母さんは城の中に入り、無人の城の中から金貨の詰まった袋と金の卵を産むメンドリと金の竪琴を持ち出しました。
そのあと、一旦家に帰りたいというので、ジャックはお母さんを地上まで降ろしてあげました。するとお母さんは金貨の詰まった袋と金の卵を産むメンドリと金の竪琴を家に隠し、代わりにオノを持って出てきて、豆の木ジャックを斬りつけました。
「あっはははははは! これであたしは大金持ちだあっ!
おらっ! 死ね! お前なんか死んじまえ!
豆の木なんかになっちまって気持ち悪い!
あんたさえ居なきゃ、あの人は私を捨てたりなんてしなかった!
お前が生まれたせいだ! お前が生まれたのが悪い!
死ねっ! 死んでしまえっ! 死ねっ! 死ねっ!
死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」
「痛いっ! お母さんやめてっ! どうしてそんなこというのっ!
痛い痛い痛い痛いやめてよぉぉぉぉおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおぉぉおおぉおおおぉおおおお!!!」
オノで斬りつけられると、豆の木の魔法がとけたのか、ジャックは人間の体に戻りました。そしてそのまま、お母さんにオノを振り下ろされて殺されましたとさ。
ハッと目を覚ましたとき、娼婦の女は手にした斧を眠る我が子に振り下ろした後でした。ぐちゃりとした生々しい感触が、彼女の手に残っていました。夢じゃない。これは、夢じゃない。さっきまでのが、夢。彼女は斧から手を離して腰を抜かしました。その斧は、我が子の胸をカチ割っていました。
(確かに借金苦だった。夫に逃げられて苦しい生活だった。大金持ちになりたいと夢見ていた。人生が大逆転できる、あっと驚く魔法のような裏技を知りたいなんて、ミサの日に俗物的な祈りをしたこともあった。だからといって、だからといってこんな……こんな……こんなことって……っ!)
娼婦の女は心に大きなトラウマを負いながら憲兵隊に自首しました。彼女は夢うつつのまま我が子を殺したと証言しました。憲兵隊は彼女の自宅を調べ、確かに子どもが一人、胸に斧を振り下ろされて殺されていることを確認しました。凶器はその場に残っていました。紆余曲折の末、彼女はサルペトリエール病院に収容されることになりました。恐ろしい事件もあるものだと憲兵隊のみんなは思いました。
ですがこれは、夢弄ぶ無慈悲な創造神がこのさき切り拓く血と屍の道からすれば、ごくごく些細な先ぶれに過ぎなかったのです。
現実が夢に影響を与えるように、夢が現実を変えることもあるのです。このようにして少しずつ歯車が狂い、この物語における現実世界は私達が知る歴史と比べて、おかしなことになっていきました。
「ぐすっぐすっ……イイハナシダナー」
一部始終を見ていた創造神メアリィ・スーは、一神教宗教とギリシャ神話が漠然と入り混じった、ヨーロッパ圏に広く浸透する共同幻想箱庭世界を簒奪しようとして本当によかったと心から思いました。ナマの感情を丸出しで夢見る人々は、メアリィ・スーの趣味趣向に実によく馴染むのです。彼女は先ほど見た一連の流れを童話に見立てた召喚魔術の本にすると、世界を自分の思い通りに改変し終えたならこの話は絶対使おうと考えました。
実態無き唯一神の地位に、自分という存在を滑り込ませたなら、後はもうなんでもやりたい放題だと思いながら。