ロストエンパイア創造記 作:メアリィ・スーザン・ふ美雄
祈り主がいつから居るのか妄想してたら変なキャラ付けしてしまった。どうしてこうなった?
散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。むかしむかし、
そうして隣の箱庭世界でも、ほどよい『あるところ』をまんまるおめめで見つけ出すと、タッタカタッタカ跳ねていき、またもやえいやと境界を越え、崑崙、蓬莱なんのその、天竺を超えて、historiolas*1を跨ぎ、中東を超えて西洋を目指してずんずん跳ねて行きました。
西洋かぶれのそのウサギは、桂馬ように西へ西へと跳ねていくと、どこかで加減を間違えたのか、高く飛び過ぎてネバーランドに着地しました。
「こりゃあまいった。
まさか行き詰まりとは……
剣呑剣呑。
どこぞの小島に着地したウサギは参った様子で呟きました。
その島の中には、隣の箱庭世界まで跳べそうなところがなかったのです。
港のひとつもありませんから、船に乗ることもできません。
そこでウサギは知恵を働かせ、島を巡って目星をつけると、チクタクワニが集まる入江に行きました。
「やあやあワニさん。
「おや珍しいオシャレさん。どこの月から来た兎だい?」
「東のどんずまりから跳ねた、
「なまりが酷くてかなわんなぁ……まあ言わんとするところは分かるがな。
迷子かね? ワシらのたまり場に何か用かな?」
「
「今は午後の十時十二分」
「私はチクタクチクタクと、時計の音につられてきたのさ。
イキナリ不躾なお願いだけど、
「おお? おお?
もしかして、ワシらの時計を見たいのかい?
おいテメェら! 今のこいつの言葉が聞き取れたか?
どこの田舎モンかしらんが、この目端の利いたウサギさんに、オレたちの時計を見せつけてやろうじゃないか!」
ウサギは大仰なジェスチャーを交えて言葉を交わすと、群れのリーダーのチクタクワニは、気分を良くして手下に声を掛けました。チクタクワニたちはつぎつぎ仲間を呼び、海にズラリと隣の島までたくさんの数が並びます。そして背中やら腹やら口の中やら、身体のどこかにある時計を自慢げにウサギに見せつけて、あれこれウンチクをたれました。
ウサギは彼らの時計一つ一つに興味深々なフリをして、ぴょんびょん跳ねていきました。見せられないところに時計があるチクタクワニは、せめて音だけは聞かせてやろうとウサギのまわりを泳ぎました。クレイジーな語り口のウサギが何を言っているのか、今一つ分からないところが多いですが、なんとなく褒められていることだけは分かるものですから、身体を踏まれて跳ねられても、文句のひとつもありません。
その調子でお互い気持ち良く別れれば良いものを、ウサギは隣島に辿り着く直前に、こんなことを言ってしまいました。
「今のはみーんな嘘八百だよ。お前たちは欺かれたのさ。
これに怒ったチクタクワニは、みんなでウサギを取り囲んで、ガブガブ噛みついてしまいました。
ウサギは全身の衣装をひんむかれて、このままでは皮どころか肉までも裂かれてしまうと焦り、無理やりネバーランドから跳躍しました。果たしてこの跳躍の結果、彼は永く永く落下し続けるハメになりました。跳んだら落ちる。そして、着地できるところがなければ、どこまでもどこまでも落ちていくことは必然です。チクタクワニたちも巻き込まれて、もみくちゃになりながら落ちました。
ウサギの耳には、ギチギチガチガチいびつに歯車が噛み合う音が、脳裏にこびりついて離れません。
「ああ、私の冒険はここで終わってしまうのか……」
絶望しかけたウサギでしたが、しかしふと、落下の質が変わってきました。自分で跳んだから分かるのです。一面真っ黒な落下世界は、突拍子のない物々が浮かぶ縦穴になっていきました。
ここしかないと思ったウサギは、咄嗟に目に付いた戸棚を蹴って、絡みつくチクタクワニをはねのけて、あとはぴょんぴょん家具を蹴り蹴り、スタイリッシュに縦穴の底に着地しました。
先に落ちたはずのチクタクワニたちは、どこにも見当たりませんでした。もしかしたら、着地前にウサギから離れたせいで、あっちへこっちへバラバラになったかもしれません。
「やあ、助かった助かった。
しかし全身傷だらけだ。
どうやってこの身を癒そうか」
ウサギは耳の穴をかっぽじってホジホジ、小さなネジやらバネやら歯車やらを、引っ張り出しながら呟きました。その全身は傷だらけ。今はまだしもこのままでは、血を流しすぎて死んでしまいます。ウサギは死にたくないと泣きながら、びっこを引いて歩き始めました。そこはなんだかよくわからない、個人の箱庭世界のよう。
何を隠そう、そこは不思議の国。
やんごとなき理由で愛しの先生と離れ離れになったアリス・リデルが一人夢想した世界でしたとさ。
その日アリス・リデルは夢の中で、不思議で不気味な体験をしました。
脳裏に突然【誓約者・
アリスはいてもたってもいられず、在りし日の思い出がいっぱい詰まった夢の世界を一ページ目から順番に追体験していくと、まわりにぐるりとドアがならんだ魔法の小部屋で、そのページにはいるはずもない、ぐったりと突っ伏す生々しい傷だらけの兎と出会いました。
「あらまあ大変。だいじょうぶ?」
「
私を助けて! 私はサムライではありません!
アリスには、兎の声がジャバウォックの詩よりも理解し得ない異国の言葉に聞こえました。
でも、助けを求めている言葉だけは聞き取れましたから、何とかしてあげようと思いました。
「かわいそう、はやく手当てしてあげないと。
でも困ったわ。私ったら、手当ての道具なんて持ってない。
まずは、バイキンを洗い流してあげなくっちゃ。
私知ってるわ。怪我をしたら、洗って、塗り薬を塗って、包帯を巻くのよ!」
すると不思議なことが起こって、いつの間にやら三本足のテーブルの上に『
アリスは小瓶をしげしげとみて、毒のマークがないことを確認しました。
それから瓶の蓋を開けると、まずは匂いを嗅ぎました。
瓶からは、爽快感のある素敵な匂いが漂ってきます。
少し傾けて瓶の蓋に中身を溢し、ほんの一口ぶん舐めてみると、ハーブティーの味わいが口に広がりました(他に変わった味はないようです)
アリスはハーブ瓶を兎にかけて、バイキンを洗い流してあげました。
兎の傷は、みるみる回復していきました。
「あらまあ凄いわ! まさに魔法ね!
あっという間に治っちゃったわ!
これならもう、手当てなんて必要ないんじゃないかしら?」
「
助けてくれてありがとう……
「どういたしまして。
私はアリス。アリス・リデル。
あなたはなんとおっしゃるの?」
「
イ、イナーヴァ、ソウ……アー……」
イナーヴァと名乗った兎は、そこで名乗りたいのにどう名乗ればいいのか分からない、といった思いが伝わるくらい、頭をくねくね悩ませました。その大仰なジェスチャーは、いったいどこで学んだのやら。
「ソウ、私、イナーヴァ。あなた、アリス?」
「ええそうよ。あなたはイナーヴァさんとおっしゃるのね。
でもごめんあそばせ。私、そろそろ行かなくっちゃ。
私がここで立ち止まってると、遅刻しそうで急いでる、別の兎さんがかわいそうだもの」
アリスはそこから、原作の筋書きをなぞるように、不思議の国を行きました。
大ケガしていた兎のことは、そりゃあもう気になりはしますが、だからといって、原作をないがしろになんでできませんからね。
いつものように心躍る夢の果て、やがてアリスは川辺の土手で、ロリーナではない夢の世界にだけ存在する空想上のお姉さまに膝枕されながら目覚めたページまで進むと、こっそりぴょこぴょこついてきていた兎は呟きました。
「美しい……素晴らしい……ごめんなさい。
私、上手に喋れません。
これから英会話を学ぶでしょう。
また来てもいいですか?」
イナーヴァはすっかり感動した様子で、つっかえつっかえ、そんなことを言うものですから、アリスはまるで先生のことが褒められたみたいに嬉しくなりました。
「もちろんどうぞ。
だって不思議の国の中には、楽しいことがいっぱいですもの!
そうだわ。また怪我をしてしまったら、傷口を洗って、塗り薬を塗って、包帯を巻くこと。
いつでも魔法の小瓶があるとは限りませんからね!
それで、塗り薬がなかったら、代わりにハチミツを塗るの。
キャロル先生は言ってたわ。
ハチミツはヤケドにも効くから、
でもそんなことしたら、ちょっとペロッと舐めちゃいそうよね。
もしも包帯がなかったら……トウモロコシの葉っぱで代用するのはどうかしら?
あんなに美味しい身を包んでいるんですもの。
不味いことにはならないわ。うふふっ」
アリスは姉に自分の冒険を姉に語り聞かせるシーンの代わりに、イナーヴァに怪我をしたときの応急手当の仕方を教えてあげました。名前のない"アリスの姉"は、筋書きにないことが起こると、蝋人形のように固まっていました。夕暮れ時だという設定の川辺の土手も、色褪せていってしまいます。それを見たアリスは、なんだか悲しくなりました。筋書き通りに再現するなら、世界は色褪せず誰もが生き生きと動くのに、アドリブをきかせてしまうと、途端にみんな蝋人形のように固まってしまうのです。
彼女は幼いころの思い出に浸り夢見る才能に秀でていましたが、自在にキャラクターを動かす才能はありませんでした。おかげで夢の中で彼女は、みんなと楽しく自由にお喋りできません。この不思議の国は素晴らしいところですが、それだけが彼女の不満でした。
鼻をひくひくさせるイナーヴァは、まんまるおめめで急に悲しそうな顔になったアリスをじーっと見つめました。
「誓約します。次は私。
私はあなたを助けるでしょう。
これは嘘ではありません」
イナーヴァは神妙な顔つきでそう言うと、やがてス~っと世界が白み始めました。アリスの身に、本当の目覚めの時が来たのです。アリスは何かを言いかけましたが、目覚めたときにはなんと言ったか忘れてしまいました。
でも、大ケガをした兎を癒してあげたことは、不思議と覚えていましたとさ。
いつか少女は夢見ることを忘れて大人となりますが、兎はこの日の予言通り、確かにアリス・リデルを助けました。ですが最後までナイトの役割を完遂しきれた訳ではありませんし、守った彼女を本当にアリス・リデルと呼んで良いのか悪いかは、今は誰にもわかりません。