「美鈴がいないわね。花壇かしら?」
紅魔館に帰還したレミリアは門番がいないのであたりを見回したが、どこにも姿はなかった。
「帰ったわよ~……あれ?」
屋敷の中に入ると、先程いなかった美鈴だけでなく、咲夜、フランドール、パチュリーが揃っていた。
「お、お帰りなさいませ、お嬢様」
咲夜は珍しくやや焦ったような声でレミリアを出迎えた。
「みんな揃ってどうしたの? なにかあった?」
「ええ、まあ……何かはありました」
それに答えたのは美鈴。いつも快活な彼女にしては歯切れが悪かった。
「何があったかはお姉様が一番よく分かってるんじゃないの?」
フランドールがジト目で姉に言った。
「いえ、全然分からないわ。いったいどうしたのよ? ねえ、パチェ――」
先程から一言も発さないパチュリーにレミリアが視線を向けるが言葉に詰まった。
紅魔館の誇る魔女は笑顔だが、なぜか異様な威圧感を放っていたからだ。
「ぱ、パチェ……?」
「ねえ、レミイ」
「な、なに?」
「金庫を確認したら、中身がごっそりとなくなっていたんだけど、理由を知らないかしら?」
「――!」
「そういえばレミィの持っているカバン……不必要に大きいわよね。なぜ外出するのにそのカバンが必要だったの?」
「それは……」
「言ったわよね。あまり度を過ぎた無駄遣いはしないようにって」
「……」
「……」
バッ!
レミリアは にげだした!
しかし まわりこまれてしまった!
「ちょっ、咲夜! なぜ主の邪魔をするの!?」
「申し訳ありません。さすがにこれは看過できないかと……」
「そうですね~。ただでさえ、最近のパチュリー様は月ロケットの開発で忙しいのに」
「美鈴まで! フランは私の味方よね……?」
「聞きたいんだけどさ、お姉様」
「な、なにかしら」
「普段は興味もないし、気にしてなかったけど、外で何か欲しいならお金がいるじゃない?」
「まあ、そうね」
「紅魔館って色々と物があるけどさ、それを手に入れるお金ってどうしてるの?」
「ある程度は材料があればパチェが作れるし、お金もパチェが生み出したものを売って稼いでいるわ」
「なるほど、パチュリーに頼りすぎ。100%、お姉様が悪いね」
「待ちなさい! そう判断するのは早――!?」
ゴゴ……!
レミリアが振り向くと、パチュリーが灼熱の業火を呼び出していた。
「アグニシャイン!!!」
「ああああああああーーー!!!」
「うう……結局、お金は使わなかったのにひどい仕打ちよ。とっさにカバンを投げなかったら、いっしょに燃え尽きていたわよ」
焼け焦げたレミリアはパチュリーに正座をさせられていた。
「それは結果論でしょ。必要なら全部使うつもりだったわよね?」
「それは否定しないが」
「否定しなさいよ。反省の色が見えないわね」
「反省してるから許してよ~」
「はあ……。まあ、使ってないんならもういいわ」
「お、さっすがパチェ♪ 愛してるわ~」
調子のいいレミリアはさっそく正座をやめてパチュリーに抱き着いていた。
「何だかんだでパチュリーってお姉様に甘いよね」
「そりゃまあ、私たちは親友だからね」
「うっとおしいわね、離れて」
「ひどいな」
「パチュリー様が一番お嬢様たちとの付き合いが長いですもんね。最初から今のように仲が良かったんですか?」
「いや、パチェと私の最初は殺し合いだったぞ」
「ええっ!?」
「そうだったわね……ずいぶん昔に思えるわ」
「まあ、その話をすると長くなるからまた今度ね」
「ええ~。気になりますよ」
ーーーー
――数か月後
「霊夢が呼び出す神をロケットの推進力にする――か」
「ええ、それも航海を司る神よ。
「これで月ロケットは完成か!」
「そうよ。三段で構成されたロケットに三柱の神を載せる――
「素晴らしいわ、パチェ!」
「まあ、私だけのチカラじゃないけどね。咲夜が資料や情報を集めてくれたから。住吉さんの話も彼女が仕入れてきたのよ」
「咲夜にも感謝を。有能な従者をもって私は幸せだわ。ふふふ、ついに我が夢のフロンティア、月の都に行く時が来たか。せっかくの機会よ、パチェは本当に行かなくていいの?」
「いかない」
「つれないわね」
「月まで導く魔法はロケットの外からしか出来ないからね。ま、お土産を期待してるわ」
「わかったわ。月の石とか色々もらってくるとしよう」
「期待しないで待ってるわ」
「さあ、忙しくなるぞ! まずは記念パーティーの準備だ!」
ーーーー
月ロケットの完成を祝った記念パーティーが紅魔館で開かれていた。
幻想郷の主だった人妖が招かれたそこに姿が見えないのは八雲紫くらいだろうか。
先頃、外の世界からやってきて妖怪の山に住み着いた守矢神社の一行も参加している。
「――そしてこれが月に乗り込むためのロケットよ!」
レミリアが月ロケットの模型の前で自慢げに解説している。
「……というわけで、このロケットの愛称を募集するわ!」
「ロケットの愛称募集だってよ。私たちも何か考えようぜ」
「それに乗り込むんだから変な名前はやめてよね」
「……マスパ、ムソーフーイン、リーインカーネイションとかどうだ?」
「絶対やめて」
魔理沙と霊夢がロケットの名前で盛り上がっていると、永琳がやって来た。
「ロケットに付けるいい愛称があるんだけど、それを提案してはどうかしら?」
「あんたがレミリアに言えばいいんじゃないの?」
「どうせなら乗り込む人間が名付ける方が良いでしょう」
「わかったぜ! なら私が提案してくる。教えてくれ」
「それでは――」
「三段ロケットの愛称は、上から『ミンタカ』、『アルニタク』、『アルニラム』に決定したわー!」
おおーと会場は盛り上がる。
「三段ロケットか。月になんて行けるものなのねえ」
魔界出身のアリスが月へ行くことに半信半疑で呟いていた。
おそらく同様の感想はここにいる人妖の半数が抱いているものだったろう。
外の世界的には異界に存在している魔界に行く方が、月に行くよりも難易度は高いが、幻想郷的には違うようだ。
そんなアリスに永遠亭の薬師が声をかける。
「お久しぶり。異変後の宴会以来かしら」
「あら、たしかに久しぶりね。まあ、私が薬屋さんのお世話になることはそうないだろうしね」
「魔理沙みたいな人間魔法使いと違って、種族としての魔法使いならそうでしょうね……ところで、あなたはあれに乗らないの?」
「あれってロケット? 乗らないわよ。魔理沙には自慢されたけどね」
「そうなの」
どうやらウソでもなさそうで、永琳は内心ほっとする。
永夜異変で魔理沙とコンビを組んだアリスも月に行くのではないかと警戒していたからだ。正確には警戒しているのはアリス個人ではなく、彼女の操る
「そういえば月はあなたの故郷だっけ」
「第二の故郷ですね。第一の故郷は地球なので」
「あら、そうなの」
アリスは問題なさそうだったので、次に永琳は紫と仲の良い幽々子に探りを入れようかと考えた。だが、白玉楼の主従は一通り飲み食いしたらすぐに会場を後にしたようで、姿が見えなかった。
ーーーー
「霊夢に何かあったら、あんたが代わりにロケットを飛ばすのよ」
「私がって……まさかマスタースパークでか!?」
「その通りよ」
「じょ、冗談だよな……?」
パチュリーはにっこりほほえんでいる。
「いやいやいや」
「魔理沙がロケットに乗るのにあっさりOKしたと思ったらそういうことか」
「そういうことです」
焦る魔理沙に霊夢と咲夜も追撃を入れる。
「お前らもかよ! っていうか本気じゃないよな?」
「さあどうかしら? でも魔理沙ロケットの発案はお嬢様なので、そういう運命も見えたってことじゃない?」
「レミリアが!? まさか運命を操る程度の能力で……」
「パチュリー様、月ロケットへの物資の積み込みが完了しました。もういつでも乗り込めます」
和気あいあいと盛り上がっている間に、準備が整ったと美鈴が呼びに来た。
「わかったわ。では行きましょうか」
「魔理沙をからかっている間に準備が終わったわね」
「やっぱりかよ、咲夜!」
「……(私は割と本気だったけど)」
紅魔館の月ロケットは赤道を模した赤い線の上に設置されている。
外の世界のロケットは赤道上かそれに近い場所から発射すると必要なエネルギーが少なくなる。これはその原理を魔術的に再現したものだ。
「実物はなかなか大きいな」
「意外と中も広いのね」
レイマリが月ロケットに乗り込みながら、感想を述べる。
「結構な長旅になるからね。積み込む食料も考えたらこれくらいになるそうよ」
「長旅ってもしかして泊りになるの?」
「だいたい往復で半月から一月くらいかかるらしいわ」
「半月も? 聞いてないけど」
「まあ、月まで行くならそれくらいはかかるだろ」
「追加の巫女代を請求しないと割に合わないわ」
「おう、そうだな(なんだ巫女代って)」
「ほうほう、この私を称える赤絨毯ってわけね」
「ま、そんなところね」
見当違いなことを言いながら現れたレミリアに適当に答えるパチュリー。
「待たせたわね! さっそく出発するわよ!」
「じゃあ霊夢、頼んだわ。ロケットには神棚も用意してあるから」
「はいはい」
「いよいよか、緊張するぜ」
「……」
霊夢が座禅を組んで、神降ろしを始める。
あたりに神力が満ち始め、船体が振動する。
「ロケットが動き出すわ。天井を開きなさい」
パチュリーが指示を出すと、妖精メイドたちが慌てて大図書館の天井を開いた。
紅魔館地下にある大図書館だが、発射台は地表に近い場所にあったのか、数層の屋根を開くとすぐに空が見えた。時刻は夜になっているようで、空には三日月が浮かんでいる。
「いってらっしゃい。幸運を祈るわ」
空飛ぶ神社と化したロケットが紅魔館から飛び立った。
ーーーー
「紫様。ロケットは無事に月に向けて出発しました」
「ご苦労様」
「搭乗者は霊夢、魔理沙、咲夜、そしてレミリアです」
正確には妖精メイドも三匹ほど乗っているが、藍は省略した。
「月の都を攻めるには明らかに戦力不足だけど、それでも放置できない面々ね」
「はい。月側にも動きがあると思われます」
「では私たちも手筈通りに」
「承知いたしました」
ーーーー
――ロケットが出発してから6日目
紅魔館の大図書館を蓬莱山輝夜と八意永琳が訪れていた。
「月までの行程は半分は過ぎたころね」
「あんな木製のロケットでそんなに早く着くものなの?」
輝夜がパチュリーの言葉に疑問を覚えるが、永琳が補足する。
「月までの距離は見る人によって変わります。住吉三神の加護がある、あのロケットならばそれくらいで辿り着けるでしょう」
「それを計算して三日月の夜に出発したのよ。満月になれば、月の都への道が開くらしいから」
「詳しいですね。どこからそれほどの情報を?」
「さあね」
「……」
永琳は微笑みながらもどこか威圧感を漂わせてパチュリーを見るが、彼女は気にせずに顔を本に向けていた。輝夜はその空気に居心地が悪そうだ。
「……レミリアに聞いているかしら? 彼女が先日、私に薬の調合を依頼してきてね」
「あまり詳しい話は聞いてないわ。患者の個人情報を話していいの?」
「普段は話しませんよ。……彼女が依頼してきたのは“穢れを消す薬”です」
「穢れを消す……」
「悪用はしないと誓ってくれましたが、彼女自身がそう考えていても、他者からの干渉で結果的に良くないことが起こらないかと心配していまして」
「なるほど。要するに過去にも月にちょっかいを出した、古くて困った妖怪が裏から何をしているか気になっているのね」
「そういうことです」
「まあ、短期間で月に行くための新情報が次から次へと手に入ったからねえ。私もレミィも利用されてることくらい理解してるわよ」
「利用されてるとわかって従っていたの?」
輝夜が不思議そうに問いかける。
「こっちとしても好都合だったからね。つまり、私たちは自分の好きなようにやってるだけ。向こうが何を考えているかは知らないし、興味もないってことよ」
「……そうですか」
「ま、レミィは放っといても大丈夫よ。それよりは八雲某さんを警戒したら?」
「なにがしって……名前言ってるじゃない」
「ふうむ……」
――レミィは本人の実力に加えて、未来が見えるチックな能力もあるせいで、勘違いされがちだけど。私に言わせれば、勝手に周りが深読みしているだけね。
さすがに親友たるパチュリーはレミリアのことをよく理解していたが、そこまで教えてあげる義理もないので黙っているのだった。
ーーーー
――ロケットが出発してから12日目
途中で咲夜がロケットの窓を開けるといった珍事があったものの、それ以外はトラブルもなく、順調に月を目指して飛んでいた。
「退屈過ぎるぜ。宇宙旅行っていっても、ずっと同じ景色ばかりだしな」
「そうねえ。暇つぶしに持ってきた遊び道具も、ずっとやってたら飽きちゃったしね」
「予定ではもうそろそろ――お嬢様! 窓の外をご覧ください!」
レミリアたちが窓の外を見ると、景色が一変していた。
眼下に広がっているのは木も水もない一面の土塊――ではなく、広大な海と砂浜、近くには果物がなった森も見つけることが出来た。
「月には石以外に何もないって聞いたけど、ウソだったみたいだな」
――これが裏側の月。本当に大きな海がある……。
ガクン!
レミリアたちが初めての光景に見とれていると、大きな振動が襲った。
着陸態勢に入っていたロケットが、月に近づくと上下逆さまになっていたのだ。
「うおおおお! ちゃんと操縦しろよ霊夢ー!」
「ここに来るまでで私の役割は終わったわ! あとは知らないわよ!」
ロケットは頭から月の海に突っ込む。
その衝撃で船体は見事にバラバラになったが、一行はなんとか浜辺までたどり着いた。全員、ずぶ濡れになっていたが。
「ひどい目にあったぜ。っていうかロケットが壊れちゃったけど、帰りはどうするんだ?」
「さあ? まあ何とかなるんじゃない」
「お前はいつもお気楽だな」
魔理沙と霊夢が浜辺で黄昏ていると、レミリアが待ちきれないとばかりに行動を開始した。
「さあ、二人とも! 月探検を始めるわよ!」
「お前は元気だなあ、レミリア」
「あったりまえよ。念願の月に来たのよ。黄昏ている場合じゃないわ」
「せっかく海があるんだし、釣りでもしようかな」
「そいつはいい考えだ。海には大きな魚が棲んでいるって聞くしな」
「あんたら月に来てまで釣りって……」
「残念ね。豊かの海には何も棲んでいないわ」
「そうなのか……っていまの誰だ?」
かけられた声の方を向くと、森から見たことのない人物が姿を現した。
「生命の海は穢れの海。月の海には生き物は棲んでいないのです」
そこにいたのは一人の少女。
長い髪をポニーテールにして纏め、頭には大きめの黄色のリボンを付けていた。
何より目立つのはその手に持つ刀。
少女が持つには不釣り合いに大きく、刀身はレミリアの背丈よりも長かった。
――来たわね、よっちゃん!
心の宿敵の登場にレミリアは獰猛な笑みを浮かべていた。
途中で風神録は始まって終わっています。