香霖堂――
レミリアは自室に置くインテリアを探しに香霖堂を訪れていた。
「この宝塔に目を付けるとはお目が高い」
最近入荷した商品がいきなり売れそうだと上機嫌の霖之助。
「ふふふ……まあね。ちょうどよい大きさに、強すぎず弱すぎない輝き。自室のインテリアにピッタリよ」
「い、インテリア……? ひょっとして君はこれの価値に気が付いていないのか?」
「いや、わかるわよ。どこぞの神仏の秘宝でしょ? けど私にとってはただの良さげな飾りにすぎないのよ」
「……はあ。価値をわかっていてその発言。流石だよ、レミリア」
「当然ね」
胸を張るレミリア。
「誉めたわけじゃないんだけどね」
呆れたため息をつく霖之助。
レミリアは購入した宝塔をドアノブカバー風の帽子の中に入れて移動する。
「いい買い物をしたわ~。時期的にそろそろ香霖堂に入荷されるだろうって予想が当たったわね」
上機嫌で紅魔館に移動しながら、これから起こる異変のことを考える。
「どこぞのネズミ(ナズーリン)に高値で売りつけてもいいんだけど、魔道を追及する者として毘沙門天の宝塔には興味があるわ。パチェと一緒にいじくり回そうっと」
ーーーー
紅魔館――
「パチェー! 良いものを手に入れたわよー!」
「良いもの……。また厄介ごとの種じゃないでしょうね?」
いつも騒動を運んでくるレミリアの言うことなので、やや警戒しながら尋ねるパチュリー。
「心外だな。魔道の探究者である我が友なら興味を持つはずさ」
そう言うと帽子からそれを取り出すお嬢様。
「じゃじゃん! これよ、毘沙門天の宝塔!」
「毘沙門天……東洋の神様ね。それって本物なの?」
「もちろん本物さ! 香霖堂店主のお墨付きもある!」
それを聞いてパチュリーの眉がピクリと跳ねた。
「へえ、香霖堂。……それでいくら使ったの?」
親友の反応にビクッとする吸血鬼の女王。
「う、ま、まあ……そこそこかな? そう高くはなかったぞ? 店主としてもすぐに売れる保証もないからだろうな、うん」
「……」
「急に無表情になるのはやめて!」
このあと二人で滅茶苦茶、研究した。
ーーーー
数日後――
「お姉様はいるかしら?」
「うああああ! 離せ―!」
悪魔の妹、フランドールが大図書館にやってきた。片手で自分と同じくらい小柄な少女をぶら下げている。
少女は必死に振りほどこうとしているが、吸血鬼の腕力の前にビクともしていない。
「あら、どうしたの? フラン」
「お姉様。このネズミさんがコソコソ忍び込んでいるところを見つけたから、捕まえたの」
「違うんだよ! 私は泥棒じゃないんだ!」
「なるほど、言い訳はわかったわ。それでネズミさん? あなたはここがどこかご存じかしら」
「たしか吸血鬼が住まう館だとか……」
「その通り。この紅魔館は吸血鬼の女王たるレミリア・スカーレットの居城。つまり貴方は王城に無断侵入して捕まった賊ってところね。さて、その場合の賊がどうなるか分かるかな?」
「ヒッ!」
ネズミさんと言われるだけあって、ネズミ風の耳と尻尾が恐怖に縮こまってしまった。
彼女は毘沙門天直属の古参妖怪でスカーレット姉妹より年上なのだが、今の姿からはそんな立場を伺えない。
「お姉様ー。イジメちゃ可哀想だよ」
「フランは優しいわね」
――まあ、元々、彼女をどうこうするつもりもないけどさ。
『小さい身体に見合わず尊大。下手に出ると増長して交渉が上手くいかない。脅迫する位強気に出た方が上手くいくだろう』って阿求のアドバイスもあるから、多少ビビらせないとね。
求聞史紀や求聞口授の稗田阿求さんは相変わらず毒舌気味である。
「可愛い妹に言われたら仕方ないわね。本来は串刺しにするところだけど、勘弁してあげるわ」
「く、串刺し……!?」
「それで何をしに紅魔館に侵入したのかしら?」
「あ、それなんだけど、宝塔――宝玉の上に屋根が乗っている物なんだが、知らないかい?」
「……」
レミリアは無言だが、パチュリーがジト目で見てきている。
「……その宝塔とやらがどうかしたの?」
「いや、それは私の主の物なんだが、どこかに落としたらしくてね。それで失せ物探しが得意な私が捜索していたところ、この館から反応があったんだよ」
「レミィ」
「わかってるわよ、パチェ。……それってこれでしょ?」
レミリアは帽子から宝塔を取り出した。
「! そう、それだよ! やっぱりここにあったか!」
嬉しそうに宝塔に手を伸ばすが、サッと躱すレミリア。
「ダメよ。これはもう私の物なの」
「い、いや……それは我が主の大切な物で……」
「私は古道具屋から大金で買ったのよ。ただでは返せないわ」
「う、うぐぐ……。わかったよ。なら、買い戻させてくれ。いくらだい?」
「66兆2000億」
「!? ……はは、吸血鬼の女王殿は冗談がお好きなようで」
「出せなくはないだろう……世界中のネズミを総動員すれば何とでもなるはずだ」
「できるかあああああああーーーっ!!!」
とうとう激怒して咆哮するネズミ妖怪。
「はっはっは、ごめんごめん。一億二千万円でいいわよ」
「それなら……って、まだ高すぎるでしょ!」
「あら……この宝塔の価値を考えたら妥当じゃない? だって、これがないと貴方たちの大切な人の封印が解けないんでしょ」
「なっ!? 何故そのことを……」
「うふふ……はい」
レミリアは妖しく笑うとナズーリンに宝塔を手渡した。
「え?」
「いいわよ、持って行って」
「え……でも代金は……」
「お金には困ってないからいいわよ。個人的に神仏の秘宝に興味があっただけだから」
「……! すまない、恩に着る! 私はナズーリンという。このお礼はいずれまた!」
そう言うとナズーリンは宝塔を大事そうに抱えて去っていった。
「最初っから返してあげるつもりだったくせに~。意地悪ね、お姉様」
「いやいや。やっぱり悪魔として舐められるわけにはいかないからね。……さてさて、面白くなってきた」
「封印がどうとか言ってたけど、大丈夫なの?」
あからさまに危険なワードを見過ごせず、確認するパチュリー。
「問題ないわ。私の見たところ、愉快な連中が幻想郷の仲間入りをするだけよ」
「……スキマ妖怪の心労が増えそうな予感」
「あら? パチェとゆかりんって仲良かったっけ」
「前の天界の騒動以来ちょっとね」
「パチュリーも紫お姉さんも、どっちも苦労人ポジションだもんね」
「わかってるなら姉を何とかしてよ、フラン」
「あはは! 無理だよ~。だってそれがお姉さまの“騒動を起こす程度の能力”だし」
「そうよね」
「え? 何その能力。私、本人を前にしてdisられてる……?」
ーーーー
三馬鹿(霊夢、魔理沙、早苗)が空飛ぶ船の異変を解決したとの噂が流れてから、しばらく経ったある日のこと。紅魔館に来客があった。
「私は命蓮寺の聖 白蓮。ナズーリンが言うには、紛失していた毘沙門天の宝塔を無償で譲っていただいたとか。あれは私の封印を解くのに必要な秘宝でした。ありがとうございます」
噂の幻想郷への新しい仲間が、紅魔館に挨拶に来ていた。
長い金髪には頭頂部から紫のグラデーションがかかっている。
ゴスロリ風の黒いドレスに黒いマント。
一見して魔法使いのようであり、実際に魔法使いなのだが、彼女の本職は僧侶。
「これよ、これ! どこぞの神社の連中とは違うわね! 自分から挨拶に来るとはわかってるわ~。紅魔ポイントで命蓮寺が1点リードよ!」
客間にて対応したレミリアは命蓮寺の評価を上げていた。
そしてさりげなく下げられる守矢神社。
「聞いたことがないポイントですが……」
咲夜が突っ込むが、フリーダムなお嬢様は気にしない。
「ふ~ん。人妖平等ねえ」
「ええ。レミリアさんはどうお考えになりますか?」
「幻想郷的にはちょっと危険な思想じゃないかしら。妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を畏れつつも退治する、このバランスが崩れる可能性があるわ」
「……私としてはその枠組みをどうこうしようとまでは思っていません。我が命蓮寺が庇護するのは不当に虐げられる妖怪たちです。強い妖怪を導こうとは考えていませんので」
「ん~。ならまだ大丈夫かな? それくらいなら紫も目くじらを立てたりしないでしょ」
「紫……という方は幻想郷の代表のような妖怪でしょうか」
「この世界を作った賢者の一人よ。そのうち、紫から命蓮寺に行くと思うわ。新勢力の動向は気になるでしょうしね」
「なるほど」
「……しかし、人間と妖怪の平等な世界か。幻想郷は一応、人妖の共存を成してはいるけど、それ以上を望んでいるのよね?」
「はい。この世界でも少数の強力な妖怪を除けば、争いを望まぬがゆえに不当に低い身分に追いやられている妖怪は存在します。彼らを救っていきたいと考えています」
「古来からそれを達成した者はいないと知って言っているのね?」
「……はい」
「妖怪も人間も強者とされる連中はそういうのに興味ないからねえ。弱小妖怪を導くのはいいけれど、強者の協力も必要なんじゃないかしら」
「おっしゃる通りかと。しかしそれに賛同してくれそうな方はなかなか……」
意外とレミリアと白蓮の会談は盛り上がり、長時間話し込んでいたところで、おやつの時間となった。
「今日のおやつは特製ケーキです」
咲夜が生クリームたっぷりのケーキを二つ持って現れた。
「これよ、これ! ちょうど食べたいと思っていたのよ! さすがね、咲夜!」
レミリアは喜んでいるが、白蓮は見たこともないスイーツに困惑気味だ。
「紅魔館のメイド長たるもの、当然のことですわ。もちろん、お嬢様の方は生クリーム2倍となっております」
「さすがだわ!」
「メイド長ですから」
「……」
白蓮が阿吽の呼吸の紅魔主従を見ていると、門の方で何やら騒いでいる声が聞こえてきた。
「せっかくのおやつタイムにうるさいわね。いつもの魔理沙の侵入かしら?」
「魔理沙は先程、図書館で見かけました。あれは美鈴に挑みに来た武術家のようですね」
「武術家の挑戦か! ちょうどいいわ。おやつを食べながら観戦と行きましょう。行くわよ、白蓮」
「え?」
レミリアは有無を言わさず白蓮をテラスまで連れて行った。
紅魔館の門前では激しい格闘戦が繰り広げられている。
その武芸者は空が飛べないのか、または飛べても戦いで使えるほどではないのかは分からないが、地に足をつけたまま戦っている。
それでも美鈴の華光玉などの弾幕も巧みな足さばきで躱すなど、高い技量が感じられた。
最後は武術家の渾身の突きが紙一重で躱され、反撃の『彩光蓮華掌』がまともに決まったことで、紅魔館門番の勝ちとなった。
「おおー!」
「見事なものですね。魔理沙相手の弾幕ごっこでもこうであれば安心なのですが」
「あの技、食らったことあるけどきっついのよね~。吸血鬼に効果抜群の特性でもあるのかしら」
「美鈴殿。今日も良き試合をありがとう。私もまだまだ修行が足りぬ」
「いえ、こちらこそ。いい鍛錬になりました。またいつでも来てください」
爽やかな握手を交わす美鈴と人里の武術家。
「……」
その光景を白蓮はじっと見ている。
「こらあああああ! 待ちなさい、魔理沙!」
「はっはー! 勝手知ったる紅魔館! この館の中で私を捕まえられるかな!?」
「あらあら、最近魔理沙が大人しかったから、パチェも油断してたのかしら」
「放っておいてよろしいのですか? お嬢様」
「あれは魔理沙とパチェの勝負みたいなものだし? 邪魔するのは無粋でしょ」
「それもそうですね」
「……あの」
遠慮がちに紅魔主従に声をかける白蓮。
「どうしたの? 白蓮」
「普通に出来てません? 共存……」
「?」
「いやいや、そんな不思議そうにしないでくださいよ!」
首をかしげる吸血鬼にすごい勢いで詰め寄る白蓮。
「人間の咲夜さんは吸血鬼のレミリアさんと阿吽の呼吸だし、美鈴さんも人里の武術家さんと定期的に修業してるみたいですし、魔理沙さんは自分の家みたいな振る舞いですし。人里以外でここまで人妖が馴染んでいるのは、ここくらいしかありませんでしたよ!?」
それを聞いてハッと言われてみれば、のような顔になるレミリア。
「気づいてなかったんですか!? ……1つ、お聞きします。レミリアさんにとって咲夜さんはどういう存在ですか?(普通の吸血鬼なら下僕や食料と答える。しかし、二人には主従としての信頼関係はあるように見受けられます。ですが、私が望むのはそうではありません。もし、それ以上の答えが返ってくるとすれば――)」
「そんなの決まってるわ。“ 家族 ”よ」
「!!!」
それを聞き、白蓮はくわっと目を見開いた。
咲夜は無言で控えているが、どこか嬉し気な気配を漂わせている。
「おおお……大物妖怪が、それもかの吸血鬼が人間を家族と……。――ここか! この悪魔の館から私の理想は始めるべきだったか! ついに見つけましたよ!!」
「え、ちょっ……!? 急にどうしたの!」
「はーはっはっはっはっは!」
最初の礼儀正しい姿がどこかに消え、ハイテンションで笑い続ける聖白蓮。
レミリアは急展開についていけてない。
白蓮が復活して以降、何人もの強力な妖怪と話したが、自身の理想を語っても興味を持たれないか、そんなことは不可能だと言われる日々。
その中で吸血鬼の女王は真面目に話を聞いてくれた。
そればかりか、妖怪と人間の共存の形も見せてくれた。
あくまでここでの一幕は妖怪や人間の中でも強者に位置する者の姿に過ぎない。
それでも白蓮は嬉しかった。特にレミリアが咲夜を家族と呼んだことが。
この日以降、紅魔館への常連客に