命蓮寺――
射命丸文は幻想郷へと仲間入りした命蓮寺に取材を申し込んでいた。
文を紹介したレミリアも烏天狗が粗相をしないか見張るために同行している。
「白蓮さんは封印から解放されて日が浅いとのことですが、すでに紅魔館の皆さんと顔見知りなのですね」
「ええ。お邪魔させていただきました。紅魔館は素晴らしいところです。当主のレミリアさんには今後も色々と相談に乗っていただきたいと考えています」
白蓮は非常に好意的なコメントをする。横にいるレミリアはどや顔で、あまりない胸を反らしている。
「白蓮さん。強引に言わされているなら力になりますよ?」
「はい?」
ガタッ
「ちょっと、あんた! いきなり失礼でしょ!」
「いや、だっておかしいですよ! まだここにきて日も浅いのに、この好感度の高さはありえません!」
「それが私のカリスマのなせるわざよ!」
文とレミリアはギャーギャーと言い合っている。
「お二人は仲がいいんですね」
そんな二人をのほほんと眺めている白蓮。
「……(白蓮さんは変わった方のようですね。いままでの幻想郷の主要な勢力のトップにはいないタイプです)」
「(そうねえ。あえて言うなら幽々子が近いかもしれないけど、あれはあれで紫の親友だけあって黒いところがあるしね)」
今度はコソコソと内緒話をする二人。
白蓮は変わらずニコニコしながら待っている。
「ごほん、失礼。白蓮さんのあまりの清廉さに戸惑ってしまいました」
「私は清廉などではありませんよ。修行中の未熟者もいいところです」
「謙虚! どこぞの吸血鬼にも見習ってほしいものです」
「喧嘩を売っているんだな? 高く買うぞ」
「いえいえ、そんな、まさか」
ツメを光らせながらじりじり迫るレミリアに、少しずつ距離を取りながらも取材を続ける天狗。
「白蓮さんは幻想郷の誇る異変解決者の何人かにお会いになったようですね?」
「異変解決者……私が封印から解き放たれたときに三人の人間がいましたが、彼女たちのことですね。全員、独特な方でした」
「霊夢、魔理沙、早苗か」
「強欲巫女、泥棒魔女、非常識風祝ですね。彼女たちには気を付けた方がいいですよ。幻想郷の要注意人間トップスリーです」
「その三人だと魔理沙がマシかしら。あいつが通った後は物が時々なくなることに目をつぶれば問題はないわ」
「かなり問題がある様に聞こえるのですが……」
まったく安心できない白蓮。
「危ないのは霊夢と早苗ね」
「霊夢さんには油断ならない覇気を感じましたが、早苗さんもですか?」
「早苗本人もそれなりだけど、注意すべきは守矢神社よ。最近の異変は大体、あそこが元凶になっているもの」
「最近というと、地底の異変と宝船の異変ですね」
記者としてあらゆる異変を調べている文にはすぐに察しがついた。
「そう。どっちも異変の元をたどれば守矢神社に行きつくわ」
「困った神様たちですね~」
「宝船の異変――私たちが解放されたときですね。しかし、守矢神社の二柱には命蓮寺の土地の地ならしなどで尽力いただきましたが……」
「それ、善意だけでやってると思ってるの?」
「ええと……違うのですか?」
「なんという純粋さ! 生粋の妖には眩しすぎます……!」
「まあ、なんだ。善意もあるかもしれんが、それでも守矢神社を信用し過ぎない方がいいぞ。なにせ紀元前からこの国に君臨する神々。老獪さは半端じゃないわ」
「そうですか……」
――思いの外、おっとりしているわ。平常時だと苛烈な面が全然ないわね。スイッチが入るまではこんな感じなのか。
過去には世の表も裏も見てきたはずの白蓮だが、レミリアの想定以上に穏やかな人柄のようだ。
「ーーー!」
「ーーー!?」
隣の部屋から騒ぎが聞こえる。
騒音は段々とこの部屋に近づいてきている。
「ずいぶんと勝手なことを言ってくれますね!」
バーン!と襖を開けて登場したのは噂の守矢神社の現人神――東風谷早苗である。
神奈子たちが命蓮寺の建造に協力した関係で今後の話をしに来ていたらしい。
「取材が終わるまで大人しく待っているつもりでしたが、神奈子様や諏訪子様が誤解されそうとあっては黙っていられません!」
「申し訳ありません! 止めたのですが、彼女が制止を振り切り……」
早苗に続いて現れたのは虎の気配を感じさせる女性。
毘沙門天の弟子にして代理である寅丸星だ。従者のナズーリンもいる。
「やあ、レミリア。先日はありがとう。ご主人様も感謝しているよ」
「それはよかったわ。ナズーリン……だったわね。そっちの虎っぽい妖怪があなたの主かしら?」
「うん、そうだよ」
「寅丸星です。レミリア殿には宝塔を見つけた上、無償で譲っていただいたとか。まことにありがとうございます」
深々と頭を下げる毘沙門天代理。
「あら、気にしなくていいわよ」
とはいいつつも機嫌よさげなレミリア。
「それでどうしたんですか? 早苗さん」
取材を邪魔されて嫌そうな顔の文だが、一応聞いてあげるらしい。
「あ、そうです! 神奈子様、諏訪子様はみんなが幸せになることを望んでいるのです! その結果として信仰が増えればな~と考えてはいますが、決して邪なことは――」
「はいはい、わかったわかった」
「その態度、全然わかってないでしょ!」
「ま、守矢神社の主張は日を改めて聞いてあげるわよ」
「むう……」
何気ない会話だが、これが後に神道の神様、仏教の僧侶、道教の仙人+吸血鬼の女王による会談の前振りとなるのであった。
「しかし、文の持ってきたこのお酒はなかなかいけるわね」
「そうでしょう。天狗自慢の一品ですから。……というかレミリアさんに持ってきたんじゃないんですが」
ゴクリ……
誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
レミリアが顔を向けると寅丸星が口を押えている。
どうやら美味そうに飲まれるお酒につい音を漏らしてしまったようだ。
「ささ、白蓮さんも遠慮なくどうぞ。これはあなた方へのお土産ですから」
「あ、申し訳ありませんが、お酒は遠慮しておきます。仏教の戒律で飲むことができませんので」
「なっ!? て、てて天狗の酒を断る!?? 平和主義者かと思えばまさかの戦争希望でしたか!」
「え! 戦争!?」
「そうです! 天狗に勧められた酒を拒否するのは宣戦布告も同義というわけです!」
「い、いえ、私にそんなつもりは――」
「言葉だけでは信用できませんね! 行動で示してもらわないと!」
そう言って射命丸はぐいぐいと酒瓶を白蓮に押し付ける。
「ですから戒律で飲むことが出来ないと……」
「あ~聞こえませんね~」
ドゴン!
レミリアのお仕置きの拳によって烏天狗は床に沈んだ。
「このカラスは放っておいていいわよ」
「は、はい」
ガバッと起き上がった文が抗議を始める。
「なにをするんですか、レミリアさん! 私はそんなことでは幻想郷に馴染めないというのを教えようとして――」
「ちなみに外の世界だと無理矢理お酒を飲ませるのは『アルハラ』といって、酒飲みの迷惑行為で代表的なものよ。文ぐらいの古参妖怪がやれば間違いなく老害扱いね」
「ろっ、老害!? 大天狗様ならまだしも、この射命丸文が老害……!」
文は何やらショックを受けている。
「アルハラってかなり最近の言葉ですよ。なぜレミリアさんが知ってるんですか?」
少し前までは外の世界にいた早苗が不思議そうに聞く。
「ふふ……。私くらいになると多少の情報は手に入るのよ」
「ほえ~。さすがは幻想郷の隠しボス。凄いですね」
「でも実際、命蓮寺では宴会はどうやってるの? ああ、般若湯ってやつで?」
「いえいえいえ。それだと飲んじゃってるじゃないですか。命蓮寺でも宴会はありますが、みんなお酒なしでやっていますよ」
「真面目ですね」
「早苗は飲んでるの? 外の世界だとお酒は二十歳からでしょ?」
「幻想郷にはその法律がないので……。まあ、ほどほどにしていますよ」
「そう」
「――あっ! そ、そうです!」
老害判定によるショックで固まっていた文が動き出した。
「どうしたのよ」
「白蓮さんはお酒を飲まないとおっしゃいましたが、私は命蓮寺の方が人里で飲んでいるのを見たことがあります!」
「ほう」
「え?」
「人里で? ナズーリンではないですよね?」
「私じゃないよ。そんな目立つところで飲むわけないでしょ、ご主人様」
「それもそうですね」
目立たないところなら飲むかもしれない発言だが、軽く流す毘沙門天代理。
「つまり、先程までの白蓮さんの言葉は建前で実情は異なるということです!」
「……」
「つまりこの天狗の酒を飲んでも……って、どうしました? 白蓮さ――!?」
白蓮は先程までと同じく穏やかに微笑んでいる。
だが、彼女から文ほどの上級妖怪が一瞬、言葉に詰まるほどの威圧感を感じた。
「文さん。ちなみにそれは誰か分かりますか?」
「え、ああ。たしか雲居一輪さんと村紗水蜜さんでした」
「そうですか……」
自然な動作で立ち上がる白蓮。
彼女らが悪いわけではないが、その姿を見るナズーリンと星は震えている。
「白蓮さん?」
「申し訳ありません、文さん。用事が出来てしまいました」
「そ、そうですか。おかげさまで良い記事が書けそうです。名残惜しいですが、取材はここまでとしましょう」
「おやおや」
――ご愁傷様ね。一輪と村紗船長。
ーーーー
人里――
「へえー、一輪は元人間なのか」
「まあね。入道の雲山と暮らしているうちに、いつしか私も妖怪になっていたわ」
霧雨魔理沙は人里の飲み屋で命蓮寺の妖怪――雲居一輪と酒を飲んでいた。
「ほうほう」
「妖怪に興味があるのかな?」
「ま、多少な。けどあまり深入りしないようにしている」
「なんで? あ、妖怪退治がやりにくくなるからか」
「そうじゃない。……幻想郷においての禁忌があるからだ」
「禁忌?」
「“里の人間が妖怪になる事” これが幻想郷において最大の罪とされる」
「! なるほどね。ここの成り立ちを考えると納得ではある」
「私は魔法の森に住んでいるが生まれは人里だ。このルールを破れば怖い巫女や妖怪の賢者が粛清に現れるだろう」
「……」
一輪は無言で酒をあおる。
「だが、心配するな。幻想郷成立前に妖怪になった連中は対象外らしい。あんたらは問題ないってことだな」
「ふーん……あんたの知り合いにいたのかい?」
「ん?」
「妖怪になって粛清された者が」
「……いや。いないぜ」
「そうか」
「酒の肴にはあまり合わない話題だったな。まあ、飲めよ」
魔理沙が空になっていた杯に注ぐ。
「お、悪いね。しかし、ここはいいねえ。寺だと大っぴらに飲めないからね」
「仏教は酒は禁止だっけか」
「宗派によるけど命蓮寺ではダメだね。姐さんが許してくれないよ」
「それはツラい――!?」
「どうかしたのかい?」
「い、いや……その……もし酒を飲んでいるのが白蓮にバレたらどうなるんだ?」
「そりゃもう、メチャクチャ南無三されるよ」
「そ、そうか……はは」
「イケないことだと理解してくれていて良かったです」
「は――!???」
一輪がバッと振り向くとそこには慈愛の笑みを見せる聖白蓮の姿があった。
肩には舟幽霊の村紗水蜜を担いでいる。どうやら気絶
「あ、ああ……」
「私もまだまだ未熟者ですが、それ以上に貴方も修行が足りないようです。行きましょうか、一輪」
「あ、い……ひ、あ……」
震えてまともに話せない一輪をひょいと担いだ白蓮は微笑みながら魔理沙に別れを告げた。
「それでは魔理沙さん、失礼します」
「あ、ああ……」
一輪が助けを求める目で見てくるが、魔理沙はさっと目を逸らした。
「強い者は大抵、笑顔である……か」
魔法の森の魔法使いはドナドナされていく妖怪を見ながら納得して酒を飲んだ。