紅霧異変が集結してからは大きな事件もなく、幻想郷は平和な日々が続いていた。
そしてその間、レミリア・スカーレットは───魔界にいた。
魔界は地上と比べて太陽の恵みがなく、常にうす暗い。その反面、大気は高濃度の魔力で満ちている為、魔法を扱う者にとっては何よりの修行場所となっている。
その魔界の空でレミリアは一人の少女と魔法戦を行っていた。
相手の少女は緑色の髪と瞳を持ち、ロングヘアーの大人びた容姿をしている。そして特徴的なのは下半身で、まるで幽霊のように足がなかった。
「ライトニング・ボルト!」
レミリアの手から帯状の電撃が放たれる。それは対面の幽霊少女に真っすぐ向かっていった。
「ぬるいわ」
少女が三日月を象ったステッキを振ると、星形の光弾が発射されて電撃は迎撃された。
「やるわね! けどまだ続きがあるわよ───天の風琴が奏で流れ落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷───」
「ほう! これは楽しめそうだ!」
レミリアから溢れ出る膨大な魔力が大気を揺らめかせる。
それに対抗して幽霊少女も自身の魔力を高めていく。
そして互いが大魔法を解き放とうとした、そのとき───
「ストップ! ストーップ! その魔法待ってー!」
第三者が現れてレミリアと少女の間に割り込んだ。
「───なんだ、いったい。せっかく盛り上がってきたところだぞ。なあ? 魅魔」
魅魔と呼ばれた幽霊少女が答える。
「そうだねえ。あそこで止めるのは無粋ってもんさ、ユキ」
「場所を選びなさいよ! 場所を! 近くに魔界都市があるのよ!? もし都市が崩壊でもしたら、魔界神になんて言えばいいか───!」
「大丈夫さ。魔界神───神綺のやつとは知り合いだからね。何かあったら私も謝ってあげるよ」
「違う! そうじゃない!」
「ハッハッハ! ユキは熱いやつだな!」
「きいぃぃー! こいつらー!!」
地団駄を踏みながら黒魔術師の少女───ユキが怒るが、レミリアも魅魔もフリーダムの塊なので気にしていなかった。
ーーーー
魔法戦を中断した二人とユキは近くの魔界都市で酒盛りをしていた。
「ほう? 魅魔は魔理沙の師匠のようなものなのか」
「ああ、そうさ。魔法使いとしてのね」
「魔理沙───あの魔女か~。人間なのに生身で魔界に乗り込んでくる常識外のやつだったな」
「あんたも魔理沙とは知り合いなんだっけ、ユキ」
「知り合いというか、ちょっかいをかけたら一方的にやられたというか」
「なるほど……そのときの姿が目に浮かぶな」
「いまの魔理沙はどれくらい強くなってるのかね」
「最近は会っていないのか?」
「あいつも魔法使いとしてそれなりになったからね。もう私の手からは離れたよ」
「たまには顔を見せてやらんとあいつも寂しいだろう。表面上はそんな素振りは見せないだろうがな」
「ん……まあ、そうさね。気が向いたらね」
───しかし、ちょっとは期待していたとはいえ、この広い魔界で魅魔に会えるとはラッキーだったわ。なにせ、霊夢も魔理沙も認める実力者。修行相手としてはこれ以上ないくらいね。
レミリアは紅霧異変が終わった後から密かに魔界に来ていた。
次は冬が終わらない異変───春雪異変が控えているが、それが解決するまで彼女の出番はない。その間に魔界で修行するという計画は以前から立てていた。
───さて、そろそろ春雪異変の時期だな。異変解決には出向かなくても紅魔館をずっと不在にするのは良くないわ。ひとまず地上に戻るか。
「修行に付き合ってくれてありがとう、魅魔。地上に来ることがあったら紅魔館に来てくれ。歓迎しよう」
「なに、私もいい暇つぶしになったさ。地上に行ったら寄らせてもらうよ」
「ああ、やっと帰ってくれるのね。これで魔界も静かになるわ」
「I'll be back」
「え……ちょっと待って、レミリア。それ、どういう意味!?」
「さあな……おっと、帰る前に魔界の酒を山ほど買わないとな」
「あんたの館ではそんなにお酒を飲むの?」
「いや、紅魔館の皆はそこまで酒豪じゃない。大酒飲みと会う予定があってね」
「ふ~ん」
ーーーー
「私は帰ってきた」
「おかえ───」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
レミリアが魔界から紅魔館に帰還すると、どこからともなく現れた咲夜が出迎えた。出迎えようとした美鈴は割り込まれて一瞬、固まっていた。
「はや! 咲夜さん、速すぎます。私のお帰りのセリフが間に合いませんでしたよ!」
「お嬢様への最初のお帰りは渡しませんよ」
「なんの勝負なんですか……」
「帰ってきたはいいけど、まだ吹雪いているのね。この月にこれはもはや異変じゃないかしら?」
「はい。そのせいで冬用の燃料が切れかけています」
レミリアの言う通り、この時期は例外なく暖かくなるはずだったが、今年に限って5月になっても冬景色が続いていた。
「燃料が切れるのはよろしくないわね。人間の咲夜や貧弱なパチェには厳しいわ」
「妹様は寒いので冬眠しています。春になったら起こしてとのことです」
「我が妹は熊だったのかしら……」
───そういえば紫も冬の間は冬眠するとか。妖力の消費を抑えるためかしらね。
「また、燃料だけでなく、コーヒー豆も切れそうです」
「なんですって! それはダメよ」
紅茶だけでなく、コーヒーも飲むレミリアは豆が切れたら困るのであった。
「咲夜! すぐにこの異変を解決してきなさい!」
「かしこまりました」
「ひとまず風上を目指して飛びなさい。暖かい方を目指せば、やがて春を奪っている元凶のもとに辿り着けるわ」
「はい、お嬢様……流石ですね、早くも元凶が見えたのですか?」
「まあね」
「はい、お土産」
「これは───魔導書? まさか魔界の?」
レミリアは大図書館でパチュリーに魔界土産を渡していた。
「そうよ。地上ではなかなか手に入らないものでしょ?」
「え、ええ……そうね」
パチュリーがやや興奮した様子で、お土産の魔導書を手に取っていた。
大図書館でしばらく本をめくる音が響く───
「ちょっと、パッチェさ~ん」
魔導書に夢中のパチュリーにレミリアが後ろからのしかかり、肩に頭を乗せた。
「な……なによ、レミィ」
「さっそく読むのはいいけれど、お土産を持ってきた親友に何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「う、あ……ありがとう……」
「ふふふ……まあ、私もそこまで喜んでもらえるなら、持って帰ってきた甲斐があるし?」
珍しく赤くなるパチュリーに、肩に頭を乗せたままのレミリアがニマニマしながら言った。
「くう……」
うっかり興奮した姿を見せてしまったパチュリーが悔しがるも、魔道の探究者として未知なる世界の魔導書への興味は隠し切れないのであった。
ーーーー
「咲夜に任せたからには、冬が終わらない異変はすぐに解決するわ。私は代わりに宴会の準備でもしていましょう」
レミリアは知っていた。春雪異変があと1日で解決することを。
「長い冬が終われば短い春。その春の終わりに古の大妖が再び地上に現れる」
レミリアは知っていた。短い春に不満を持った鬼が異変を起こすことを。
「鬼と吸血鬼───東洋と西洋の違いはあれど、同じ字を持つ妖。仲良くしましょう……伊吹萃香」
第九話のタイトルは春雪異変ですが、異変自体はキング・クリムゾンします。