髪の毛を丸めて置いたような、特徴のある髪型だ。
モギモギという個性のせいで、そうなっているのだろう。
彼を言い表したいのならば、エロの一言で足りる。
「やあ、はじめまして。ボクはQB、魔法の使者だよ」
「QB先生! 女にモテたいですーー!」
彼こと峰田実は、滑り込みながら土下座した。
そのチャンスを全力で拾いに行く姿勢は好感が持てる。
ミノルにとって、命と人生を投げ出しても叶えたい願いなのだ。
ただの一度も叶えられなかった願いは、極大の質量を有する。
「お安い御用さ! でも、良いのかい? 君が女の子になってしまうんだよ?」
「変身してない間は男なんだろ? 魔力切れさえ起こさなけりゃへーきへーき!」
峰田実にとってモテる事は最優先だ。
確実な方法があれば、あらゆるリスクを許容する。
峰田実にとって恐ろしい事は、願いを叶える前に死ぬ事だろう。
峰田実にとって命は重要だけれど、目的ではなく手段にすぎない。
だから、こうして簡単に人生を、交渉の天秤へ載せてしまう。
「わかったよ! おめでとう! 君の精神は肉体を凌駕した!」
肉体から精神を取り出し、紫の宝玉として形成する。
峰田実の精神を閉じ込めた器、これこそソウルジェムだ。
「ほら、鏡だよ! 自分の姿を見てごらん!」
魔法少女になったミノルは、"女にモテたい"と願ったミノルを見た。
腰まで伸びる長い髪に、白に紫のラインが入ったジャージだ。
「か、かわいい?」
「そうだね! かわいいね!」
女にモテたいと願ったから、どんな姿でもモテるよ!
「これが女の胸ーー!」
自身の肉体を触り始めたミノルを置いて、ボクは立ち去る。
ボクは空気を読めるQBだからクールに去るのさ。
翌日、ミノルはジャージで登校した。
もちろん変身した姿、つまり魔法少女のままだ。
同級生の困惑する中、見知らぬ女子生徒の正体に気付いたのはデクだった。
「峰田くん!? まさかQBと契約したの!?」
「まーな」
「なんて事をーーもう皆と同じように歳を重ねる事はできないんだよ!?」
「つまり不老って事だろ? いーじゃん」
「魔女と戦わなくちゃいけない!」
「分かってるよ」
「分かってないよ! 魔女と戦って死ぬかも知れないんだよ!? 魔力が切れたら男に戻れなくなるんだよ!」
「いーじゃねーか。男に戻れなくたって」
「本気で言ってるの? どうしたの峰田くん、おかしいよ」
「ーー緑谷さん、そのように声を荒げてはいけません。峰田さんが怯えてらっしゃいます」
「えぇーー?」
デクを止めたのは、教室にいた女子生徒だ。
「大丈夫、峰田さん?」
「ちょっと緑谷、大声あげないでよ」
「峰田の気持ちも考えてあげなよ」
次々と集まった女子生徒は、壁のように取り囲んでミノルを守る。
「え?」
それに困惑しているのはミノルも同じだ。
信じられない物を見たかのように目を丸くしている。
女子生徒の圧力を受けたデクは、何も言えなくなってしまった。
「朝礼だ、座れ。それと峰田、制服の採寸は昼休みに保健室で行う」
「ええ!?」
驚いたのはデクを含む、男子生徒だ。
「なんだ?」
「いやいや! 峰田が女になってるじゃないですか!」
「だから制服を採寸する。ジャージは、それまでの代わりだ」
「なんで、峰田が女になってるんですか!?」
「事情は聞いた。だが、それは個人的なものだ。本人の許可なく話していい物ではない」
「それなら、どうして! 魔法少女の事を先生は聞いているんですか!?」
そう声を上げたのはデクだ。
「聞いている。なにか問題があるのか?」
「魔法少女になってはいけないんです!」
「なぜだ?」
「魔力を回復するために魔女と戦わなければなりません。危険です!」
「なぜ回復しなければならない」
「魔力が切れたら女性のまま、男性に戻れなくなります!」
「それは、なんの問題がある」
「男性でなくなったら大変です!」
「緑谷、それは女性よりも男性が良いと、そう言いたいのか?」
女性軽視かな?
「ーーいいえ、そういう訳ではありません」
「女性か、男性か、性別を選ぶのは人の自由だ。だから、それは他人に押し付ける事ではないだろう」
このヒーロークラスの担任、イレイザーヘッドは合理的だ。
メリットとデメリットを比べて、メリットのある方を取る。
生徒の性別が変わったとしても、それを問題として捉えなかった。
「ーーところで、その魔法少女に年齢制限はあるのか?」
「QBの姿が見えないと、魔法少女の素質はないそうです」
「そうか」
ーー先生は残念そうだ!
朝礼は終わって、授業時間だ。
休み時間になると、ミノルの下に女子生徒が集まる。
女子生徒と取り囲まれて、ミノルの姿は見えないほどだ。
「かわいー!」
「ねえ、峰田。女の子のこと、私が教えてあげようか?」
「喜んで! おいらはーー」
「まあ、峰田さん。せっかく女性になったのですから、"あたし"と言った方が可愛らしいですわ」
「そ、そうか? あ、あ、あたーーわたし、は」
「あー、もう、かわいいなぁ! こいつめー!」
その様子を男子生徒は、呆然と見ていた。
「オレ達は、いったい何を見せられているんだ」
「オレも魔法少女になれば、あの中にーー!」
「峰田に頼めば、胸を揉ませてくれると思うか?」
「止めた方がいい。死ぬぞ」
そんな中、デクは極めて深刻だった。
「おかしいーーいくら何でも、峰田くんに対する好感度が高すぎる。今にも峰田くん争奪戦が始まっても不思議じゃないほどだ」
そうして昼休みになり、朝礼で言われた保健室へ向かう時間になる。
昼食を共に食べた女子生徒と別れ、やっとミノルは独りになった。
その前へ立ち塞がったのは、デクだ。
「峰田くん、QBに何を願ったの?」
ミノルは答えず、デクを無視する。
視線を合わせないように目を逸らしていた。
「それは、やってはいけない事だよ! そんな事したって本当はーー」
ミノルの腕を、デクは掴む。
「触るなよ!」
デクの手をミノルは振り払う。
魔法少女に変身しなければ、デクは4歳程度の力しかない。
「峰田くんーー?」
ミノルは怯えていた。
その表情から恐怖を見て取れる。
そのままミノルは走り去り、デクは引き留める事ができなかった。
「いったい、どうしたの、峰田くん」
まるで別人のように思えた。
ミノルの考えている事が、デクは分からない。
4歳で成長の止まったデクは幼く、恐がられる事もない。
それなのにミノルは、デクの何を恐れているのだろうね。
午後はバスで災害訓練施設へ向かう。
そこでヴィランの襲撃を受け、生徒は各所へ散らされた。
デクとミノルは蛙吹梅雨という、カエルの個性を有する同級生と行動を共にする。
変身して緑と白のドレスで身を包み、デクは魔法少女となって戦闘体勢を整えた。
そうして水難エリアのヴィランを行動不能にして、3人は入口へ戻ろうとしていた。
「ーーううっ」
ミノルが苦しみ、床に座り込む。
その手から転げ落ちたソウルジェムは黒く染まっていた。
「しまった、ずっと変身したままだったからーー峰田くん!」
ソウルジェムの魔力が尽きて、紫色の輝きもない。
ソウルジェムの表面が割れ、そこから黒い光が溢れ出した。
その光に照らされたデクの顔は暗くなり、その後ろは明るくなる。
「なんだ、これーーまるで光と影が逆になったような」
その黒い光に飲み込まれた。
周囲の風景は一変し、肉の壁に包まれる。
地面を踏んで見ればブヨブヨで、まるで生物の体内のようだ。
周囲を見回せば、ミノルと蛙吹梅雨も近くにいた。
「峰田くん、大丈夫?」
「あ、ああーーどこだ、ここ」
「魔女の結界だ。君のソウルジェムから魔女が生まれた。そうだよね、QB」
「うん。これが今まで、君の倒してきた魔女の正体だよ」
ずっと側にいたボクは、姿を現して見せる。
魔法少女が魔女になる事をデクは知らなかった。
もしも魔女になると知っていたら、もっと必死でミノルを止めただろう。
だからボクは教えなかったし、知られないように隠していた。
「ボクが殺してきた魔女は人間だったの!?」
「それは人の定義によるね。魔力を動力として生きている生物も、人に含めていいのかな?」
「QB、君って奴はーー!」
「怒ってる時間はあるのかな? 今のミノルにソウルジェムはない。早く中身を取り戻さないと、本当に死んでしまうよ?」
「中身ってーー魔女!?」
「ほら、あっちから迎えも来ている」
ボクの示す先に、黒いゴムのような玉が跳ねていた。
あれは魔女の使い魔で、本来ならば攻撃的だ。
「襲ってこない?」
「招かれているのさ」
「ーーそうね、早く行きましょう。"彼"が待ってるわ」
蛙吹梅雨は虚空を見つめて、そう言った。
首に浮かび上がっているのは、見慣れぬ刻印だ。
それは魔女の口付けと呼ばれ、魔女に魅了されている証だった
とは言え、デクのような魔法少女ならば刻印を消すのは難しくない。
「ーーあら? 緑谷ちゃん、ここは何処かしら?」
「大丈夫、蛙吹さん?」
「よく分からないけれど、梅雨ちゃんって呼んでね」
「うん、元に戻ったね。よかった」
初めて見たように、蛙吹梅雨はキョロキョロと辺りを見回している。
「これってヴィランの個性かしら?」
「魔女の結界だよ。個性よりも複合的で大規模な、厄介な性質があるんだ」
そこでデクは気付いたようだ。
「峰田くんの事、どう思ってる? なにか変わってない?」
「そうねーーハッキリ言うけれど、女の子になるのなら努力した方がいいと思うわ。今のままじゃ、女の子として失格よ」
「そ、そんなーー!」
「やっぱり、峰田くんの魔法が解けてる」
女の子として失格だった事にミノルは落ち込む。
それに対してデクは、魔法が解けた事に安心していた。
クラスメイトを魔法で操っている様は、気持ちのいい光景ではない。
「確認だけど峰田くん、男性に戻れなくなってる?」
「ああーーうん、そうみたい」
それは前から言われていた事だ。
魔力が尽きれば男性へ戻れなくなる。
しかし男性に戻れないと知って、ミノルは安心した。
「まとめるよ。さっき峰田くんから魔女が生まれた。この魔女は絶望を糧とする存在で、倒せるものなら倒したい。でも今回は、ソウルジェムを取り戻さないと峰田くんが死んでしまう。だから、これからボクらは魔女の下へ向かいたい」
「良いと思うわ。ヴィランに襲われている皆には悪いけど」
蛙吹梅雨は賛成した。
とは言え、取り返すべきソウルジェムは砕け散った。
ソウルジェムが魔女ならば、どうやって取り戻せば良いのかデクは知らない。
「峰田くん?」
「おいらはーーわたしはーー」
ミノルは座り込んだまま悩んでいる。
どうしてミノルが迷っているのか、デクは分からない。
「進みたくない?」
「ーーああ」
「戻りたい?」
「ーーいいや」
「ここに居たい?」
「ーーいいや」
「峰田くん、ボクは君に死んでほしくない。だから連れて行くよ。いいね?」
返事はなかった。
まるで魂を抜かれてしまったように、気力が衰えている。
ソウルジェムが砕けてしまった事を考えれば、その例えも間違ってはいない。
ミノルを連れて、デクと蛙吹梅雨は進む。
ブヨブヨとした肉の床は、一歩進むごとに不快感を与える。
誰かの内臓を歩いているような空間の狭さも合わさって、窒息しそうな錯覚も覚えた。
「何か来る」
デクは足を止める。
前方の横穴から現れたのは、虚空を見つめフラフラと歩く集団だ。
魔女の口付けを刻印された人々は、生徒たちを襲撃したヴィランだった。
「ーーあれって、上鳴くん、耳郎さん、八百万さん?」
ヴィランに混じって仲良く歩いているのは、同級生の3人だ。
その3人に近寄ったデクは、魔女の口付けに触れて解除する。
「あれ? どこだ、ここ?」
「あたし、いつの間に?」
「まあ、緑谷さん。助けてもらったようで、お礼を申し上げますわ」
3人も合流して、一緒に魔女の下へ向かう事になる。
しかし問題は、まだ魔女の支配下にあるヴィランの集団だ。
「"魔女の口付けーーですわね"。それは残したまま私の創造した縄で縛り、置き去りにするのは、どうでしょう?」
「でも意識のない状態で、"緑谷ちゃんの言う使い魔"に襲われたら危ないわ」
「その"魔女ってやつ"と戦ってる途中でジャマされたら大変でしょ? 魔女の口付けは解除して、その後ウチの個性で気絶させる?」
「このまま放っておいて、さっさと"魔女ってーの"を倒せば良いんじゃね?」
「緑谷さん。専門家としては、どうなのでしょう?」
「結界に取り込まれた人は、他の所にもいると思う。そういう人達よりも早く、魔女の下へ辿り着く必要がある。だから上鳴くんの考えに賛成するよ」
そういう訳でヴィランは放置し、一行は先を急ぐ。
すると、また肉壁の横穴から人が現れた。
「轟くん?」
「おまえら、無事だったのか」
「あれ? 轟くんは独りだったの?」
「ああ、誰も居なかった」
「ーーよく無事だったね、轟くん」
デクはジト目で、轟焦凍ことショートを見つめる。
「どうした。オレが何かしたのか?」
「さぁーー? さっきまで普通だったよな、緑谷」
するとデクは小さな背を伸ばし、ショートの胸をポンポンと叩いた。
「ーーうん、本物だね」
「なんだ、"魔女の使い魔"と疑ってたのか?」
そうしてショートを加え、肉で形作られた通路を進んで行く。
ーーそんな一行の背後で、まるで人が歩いているかのように、肉の床が沈んでいた。
魔女の使い魔の案内で、迷うこともなく魔女の下まで直行だ。
通路を遮断するように張られた肉の膜を破ると、これまでと違った通路に出る。
ピンク色だった肉は赤く染まり、ドクドクと鼓動を伝えていた。
「なあ、なあ、これってアレかな?」
「私の個性はカエルだからーー」
「いけません、耳郎さん、蛙吹さん。殿方もいらっしゃるのですよ?」
「なあ、これってソーセージに似てね?」
「こんな腸に詰められたソーセージは食欲が失せるな」
その足下が自動で動き始め、一行を前へ運び始める。
「なになに!?」
「罠か!?」
一行は足を曲げ、姿勢を下げて備えた。
「あれ、見て! 壁に何か映ってる!」
それは見知らぬ少女だった。
どこかの制服を着て、その上半身だけが映っている。
「ーーねえ、峰田って気持ち悪いよね」
「ーースカートばかり見て、気持ち悪い」
「ーー更衣室を覗こうとしたんだって、さいてー」
「ーーうわー、気持ち悪い」
壁に映った少女達は、次々に入れ替わって、そう言った。
「違う! これは私じゃない! 私じゃない! 私じゃない!!」
ミノルは耳を塞ぎ、叫ぶ。
しかし、ベルトコンベアのように止まる事を許さない。
床は加速を始め、映像が切り替わる速さも増していった。
次々に少女達は現れ、消えて、その言葉を口にする。
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「ーー死ねば良いのに」
そうして通路の先へ辿り着き、最後の膜が破られる。
峰田実にとって最も恐ろしい敵が、結界の最奥で待っていた。
髪の毛を丸めて置いたような、特徴のある髪型だ。
モギモギという個性のせいで、そうなっているのだろう。
彼を言い表したいのならば、エロの一言で足りる。
「なあ、気持ち悪いよなぁーーおいらってさ」
そこに"彼"はいた。