ボクと契約してヒーローになってよ!   作:292299

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私の生まれた、その理由

峰田実のソウルジェムから魔女が生まれた。

デクとミノルは合流した仲間と共に結界の奥へ向かう。

そこで待っていたのは魔女ではなく、男性の峰田実だった。

 

「峰田くん?」

「おう、おいらだ。もう助けに来てくれないのかと不安になったぜ」

 

「じゃあ、こっちの峰田くんはーー?」

「そいつは偽物だ。おいらは、ずっとソウルジェムに閉じ込められてたのさ」

 

「ちがう! そいつは偽物だ! 緑谷の言ってた魔女って奴だろ! そうだよな、緑谷!」

「ひでーよなぁ。おいらの体を奪っておいて、自分を好きになるように女を洗脳してたんだぜ。そうだよな、緑谷」

 

それは事実だ。

しかしデクとしては、男の峰田実を怪しいと思っている。

そのデクの返事に詰まった間は、洗脳が事実である事を示してしまった。

 

「本当なのか、緑谷?」

「女子が峰田をチヤホヤしてて、おかしかったよな」

 

「たしかに思い返してみると、あれほど可愛がっていた自分に違和感を覚えますわ」

「ちょっと待った。ウチ、峰田に抱きついてなかった!?」

「どっちも本物に見えるわ」

 

本当に入れ替わっていた可能性もある。

なぜならば魔法少女になったままミノルは変身を解かなかった。

今は変身の解けない状態になったから、男性に戻って見せることもできない。

男性の峰田実は昨日から、行方不明も同然だ。

 

「待って、違う。おいらは、わたしはーー」

「おいらが峰田実だ。じゃあ、おまえは誰だよ?」

 

「わたしはーー!」

 

私こそ峰田実であると、ミノルは答えられない。

事実として2人を見比べ、峰田実と認識されるのは男の方だ。

脱ぎ捨てたはずの古い自分が、勝手に歩き出して峰田実を主張している。

峰田実という立場を失ったミノルは、名もない少女に過ぎなかった。

 

「ボクは峰田くんーーいいや、彼女。峰田さんを信じるよ」

 

そう言ったデクは、峰田実に立ち向かう。

 

「冗談だろ緑谷、そんなウソばかりの女の何を信じるんだ? さっきから口調もブレブレで、演技してると分かるだろ? 信じられるような事を、そいつが何かしたのか?」

「ボクと峰田さんが出会って間もない。だからボクは真偽を判別できるほど、峰田さんの事を知らない」

 

「おいらは知ってるぜ。代わりに言ってやるよ。そいつは女の体しか見てないエロ猿だ。クラスメイトの心を魔法で操って、おまえが止めろと言っても聞かなかった。人の話を聞かないし、自分勝手だ」

「それでも峰田さんが助けを求めているから、ボクは峰田さんを信じるよ」

 

「なに言ってんだ、緑谷? おまえもヒーロー志望なら、そいつを捕まえて、警察に突き出すべきだろ?」

「違うよ、峰田くん。ヒーローなら助けを求める人に、手を差し伸べなくちゃならない」

 

「そいつはヴィランだ! 体を奪われたおいらの気持ちも分かれよ! こんな所に閉じ込められて、おいらだって苦しかったんだよ! それとも女の味方しかできないのか!?」

「君のことも信じるよ、峰田くん」

 

「じゃあ、おいらの体を返せ。なあ、おいらの体は、どこだ?」

「それはーー」

 

それはデクの知らない事だ。

だからボクは代わりに答える。

 

「もう、ないよ。残っているのは、そこにある女性の体だけさ。だって彼女が使い潰してしまったからね」

「そんなの知らなかった! 誰も教えてくれなかった! 私のせいじゃない!」

 

ミノルは悲鳴のように声を上げる。

 

「おまえのせいだ! おまえが、おいらの体を奪ったからだ! 返せよ、おいらの体だ!」

 

肉体を失った峰田実は激怒した。

 

「じゃあ、おまえの体をくれよ!」

「イヤだ、これは私の体だ!」

 

「違う。その体から出て行けって意味じゃない」

「じゃあーーどんな意味だよ」

 

「その体を好きにさせてくれよ。おいらの気が済むまで」

「ーーひっ」

 

峰田実の視線が、ミノルの体をなぞる。

ミノルは怯え、顔を歪ませた。

 

「いいだろ? だって元は、おいらの体だ」

「イヤだーー!」

 

「未経験のまま死ねるか! なあ、そうだろ上鳴! おまえも男なら、この気持ち分かるよな!」

 

突然に話を振られた上鳴電気は、激しく動揺する。

すぐ側に女子のいる状態で、その質問は地獄だ。

 

「誰でも良いって訳じゃないだろ」

 

上鳴電気はキリッとした顔で、そう言った。

 

「誰でも良いんだよ! 八百万でも! 蛙吹でも! ーー耳郎でも! 女なら誰でも良いんだよ!」

「おい、今、ウチの前だけ間が空かなかったか?」

 

「峰田くん、ボクは君に死んでほしくない!」

「うるせーよ、緑谷! おいらは、エッチな事して死にたいんだよぉぉぉ!!」

 

「分かったよ、峰田くん。ボクで良ければーー」

 

4歳で成長の止まった幼い体を、デクは差し出した。

 

「おまえの半分は男だろ!」

「誰でも良いって言ったじゃないか!?」

 

「男に戻れる奴は女じゃねえ!」

「わがままだなぁ!」

 

互いに荒い息を吐く。

 

「体を奪った責任を取ってくれよーーなあ、おいら」

「ちがう」

 

「違わない。おまえのせいだ」

「私のせいじゃない」

 

「おまえが! モテたいと願ったんだ! そうして、おいらを閉じ込めた!」

「私じゃない! モテたいと願ったのは、おまえだ! 自業自得だろ!」

 

「女に囲まれて良い気分だったくせに! 都合の悪い部分だけ押し付けるなよ!」

「私は私だ! もう峰田実なんて関係ない!」

 

「ーーなんだって?」

 

その声は、これまでと違った。

憤怒の中に、黒い憎悪が混じる。

 

「おまえは、おいらだ。おまえの体は、おいらのものだ」

「ちがう。おまえの体じゃない。これは私の体だ」

 

「おいらの体を奪っておいて、よくも言ったな!」

「どうせ何の役にも立たなかった体じゃないかーー童貞」

 

「童貞で何が悪い!」

「悪いよ。だって今まで、誰にも愛されなかった証明だ」

 

「それを、おまえが言うのか!」

「男なんて、何の意味もなかった。何の役にも立たなかった。何の成果もなかった」

 

怯えていた女は立ち上がり、男へ立ち向かう。

 

「ーーかわいいって言ってくれる」

 

「ーー私を見てくれる」

 

「ーー私を愛してくれる」

 

ささやくように女は呟いた。

とても嬉しそうに女は言った

女は初めて笑顔を浮かべた。

 

「これまでの人生で、こんなに幸福な事はなかった」

 

ーー大丈夫、峰田さん?

ーーちょっと緑谷、大声あげないでよ

ーー峰田の気持ちも考えてあげなよ

ーーもう、かわいいなぁ! こいつめー!」

 

「これまでの人生は、無駄だった。男に生まれた私は、間違いだった」

 

希望の中に潜む絶望だ。

女は別れの言葉を口にする。

 

「私は女がいいーー男の私なんて、いらない」

 

そう告げられた峰田実の表情は、言い表しにくい。

顔の半分は笑って、顔の半分は泣いていた。

 

「ああ、そうかよーーおいらも! おまえなんか、いらねぇ!」

 

泣き叫ぶように、決別の言葉は告げられた。

峰田実を包み込むように膨大な魔力が立ち昇り、物理的な圧力となって広がる。

立っていられないほどの圧力は、波となって襲いかかり、デクを地面へ押さえ付けた。

 

「ーー我は影、真なる我」

 

WARNING!

WARNING!

WARNING!

WARNING!

WARNING!

WARNING!

 

赤い警告が壁一面に浮かび上がった。

 

峰田実と呼ばれていた彼は、自身に存在を否定された。

体を失い、名を失い、心を失って、その形を保てない。

崩れ果てた自我は理性を保てず、獣となって堕ちた。

 

その獣に名を付けるとするのならばーー【求愛の魔女】


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