「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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「その礼儀はたぶん、芋にとっても迷惑です」

 唐瓜と茄子は、食堂の入り口で困惑していた。

 

「うまい! うまい! うまい!」

 

 食堂に入る前から、「……なんか変なのがいる」と思っていた。

 普通に唐瓜たちも地獄の社食は美味いとは思っているが、そんな食堂の外にも聞こえる程、そして連呼する程ではないことを知ってるし、例えそう叫びたいほどのうまさだったとしても、料理漫画じゃないんだから、そんなこと酔っぱらってない限り普通はしない。

 

 なので、唐瓜は「……今日は外で食べようかな」と全力で引きながら思ったが、茄子が好奇心で誰が叫んでいるかが気になって見たいと言い出したのと、聞き覚えが全くない声だったので一応は確認して、鬼灯に知らせた方が良さそうだと元来の真面目さを発揮して、結局Uターンはせずに食堂までやって来た。

 

 そして、おそらく茄子と同じ好奇心、唐瓜と同じく確認して報告の為に来たであろう獄卒たちと同じように、「……なんだ、これ?」と言いたげな顔で小鬼二人も困惑の棒立ちギャラリーに追加。

 

「うまい! うまい! うまい!」

 

 そんなギャラリーが出来上がっている事に、ギャラリーを生み出し続けている元凶は気付いた様子もなく、食堂の天ぷら盛り合わせ定食(大盛り)を気持ちが良いくらいにむしゃむしゃ元気よく食べている。

 

 食堂は閻魔庁内では比較的誰でも入れる、現に狛治と恋雪夫婦はたまにここで一緒に昼食をとったり、唐瓜の姉も「弟の顔を見に来た」という名目でちょっとした相談やら愚痴をここで唐瓜に零したりする。

 なので相手がたぶん獄卒ではないこと、そして髪の色が毛先は赤い金髪というだいぶ奇抜な色なのでちょっとわかりにくいが、鬼ではなく亡者であること自体に疑問を持っている者はおそらくいない。

 

 簡単に入れるといってもあくまで法廷や刑場と比較した話であって、閻魔庁内に入る事自体にそこそこ面倒な手続きが必要だ。獄卒の身内や出入り業者ならまだ気軽だが、あの世の一般住人が散歩感覚でふらっと来て見学や、レストラン代りに食事できるような場所ではない。

 だからこの「うまい!」しか言っていない、不審というかただひたすらに変な人という印象を与えるその亡者も、身元がしっかりした人なのだろう。

 

 実際、困惑しつつ見ていると少なくとも悪い人には見えない。

 食堂のおばちゃんが笑顔で持ってきてくれたご飯のお代わりも「ありがとう! ご婦人!」と元気よく礼を言うし、そもそも彼の「うまい!」連呼に困惑しているのは新卒や比較的若い鬼ばかりで、古参の獄卒たちは自然体でスルーか、「またやってるよ……」と言わんばかりのあきれ顔だ。

 職業柄、悪人に容赦する訳ない者達ばかりなので、彼をおそらく知る者は全く警戒していない事からして、その亡者はただ単に変な人なだけだろう。

 

 そう思って自分たちもスルーしたいのだが……、その人はとことん変な人だった。

 

「うまい! うまい! うまい! !! わっしょいわっしょいわっしょい!!」

『!?』

 

 前にも隣にも誰も座っていない状態で、食堂のTVでも自分が食べている定食でもなく、真っ直ぐ前だけを向いて食べ続けるという、悪い人ではなくても何かやたらと怖いことを、「うまい!」という感想でなんとか印象をホラーからコメディに緩和させていた変な人が、急に神輿でも担いでいる掛け声を上げ始め、ギャラリーを更に困惑の渦に叩き落とす。

 

「わっしょいわっしょいわっしょいわっしょい!!」

「うるさい」

 

 そんな困惑ギャラリーをよそに、一人で祭りの掛け声を連呼し続ける人の頭を、いつからいたのか鬼灯が背後から金棒で殴って止める。

 金棒で殴ったと言っても、棘の部分ではなく持ち手の部分を強めに上から後頭部に置いたというレベルであり、鬼灯にしては相手が獄卒でも罪人でもない亡者であるというのを抜いても、優しい対応だと唐瓜には思えた。

 

 実際の所、別に地獄の関係者じゃないから手加減した訳ではなく、むしろ金棒で普通に殴っていたら、そのまま避けられるなら良いが、下手したら食堂のテーブルでも使って応戦しかねないから、それはさすがに周りにも食堂にも迷惑だからしなかっただけ。

 今のだって、相手に自覚はないが気付かなかった・避けられなかったのではなく、殺気や敵意の類はなかったから、甘んじて受けたようなものであることを鬼灯は知っている。

 

「まったく……何しているんですか、杏寿郎さん」

「おぉ! 鬼灯殿! 久しぶりだな!」

 

 鬼の中でも最強格である鬼灯から見ても、それぐらいにこの元鬼殺隊炎柱である煉獄 杏寿郎という男は規格外な存在なのだ。……色んな意味で。

 

 * * *

 

「なんというか……色々訊きたいことはありますが、とりあえず、あの『わっしょいわっしょい』は何だ?」

 

 振り返った煉獄が朗らかに鬼灯と会ったことを喜ぶが、鬼灯の方は疲れているような呆れているような面倒くさそうな顔をして、自分の昼食である生姜焼き定食をテーブルに置いてから、たぶん食堂にいる者全員の疑問を代表して訊いてくれた。

 その問いに、煉獄は最初の独り言から変わらず明朗に言い切る。

 

「美味いものを食べたら、その食材とそれを作ってくれた者を労わり、感謝を示すのが礼儀だと俺は思っている! そして俺はサツマイモが好物で、この芋の天ぷらを食べたらつい感謝の気持ちと美味さの感激が極まって『わっしょいわっしょい』と言ってしまった!」

「その礼儀はたぶん、芋にとっても迷惑です」

 

 そしてこれまた、煉獄以外全員を代表した感想で突っ込む。

 前半の「礼儀」で「うまい!」連呼の謎は解けたが、後半がシンプルなようで結局意味不明だ。いや、前半も後半よりはマシに見えるだけで、やっぱり「うまい!」をあんな大声で連呼するのは、食材はともかく作った人に対しても迷惑である。普通にうるさい。けど褒められてるから、苦情を言いにくい。本人的には感謝を表しているのだろうが、結果が優秀な嫌がらせすぎる。

 

 そんな感じのことを獄卒たちが心の中で総突っ込みしているのだが、煉獄自身はわかっておらず不思議そうに首を傾げていた。

 相変わらずの天然というか変人具合に、鬼灯の方はもう既に慣れ切っているので気にせず、慣れていないからこそ未だに困惑しているギャラリーを見渡し、そして言った。

 

「皆さん、お騒がせしましたが見ての通り、この人はただ単に変な人です。身元や人柄は私が保証します。

 ですので気にせず、食事なりなんなりしてください」

 

 この地獄で最も発言権のある鬼灯に言われたら、まだ困惑は残しつつも納得するしかない。というか、鬼灯からの「変な人」断言で、力技だがほとんどの獄卒が「あれは説明が不可能だよな……」と納得してしまった。

 しかしそこで引き下がらず、そして鬼灯相手でも無邪気に懐いている者はテコテコ近づいて、普通に訊く。

 

「鬼灯様。結局、その人は誰なんですか?」

 

 言うまでもなく、それは茄子である。幼馴染の躊躇の無さに呆れるやら尊敬するやら複雑な感情を抱きつつも、唐瓜も便乗して「獄卒じゃないですよね?」と尋ねる。

 そして鬼灯も別に詳しく語れない事情があるから「変な人」で説明を終わらせた訳ではない為、訊かれたのなら普通に答える。

 

「元鬼殺隊の柱、炎柱の煉獄 杏寿郎さんです。この間、講習でお会いしたしのぶさんや無一郎さんの同僚にあたります」

「うむ! 無惨を討伐した世代の柱となれたのは俺の誇りだ! まぁ、俺は無限城の戦いのだいぶ前に殉職してしまったがな!」

 

 鬼灯の答えに煉獄は腕を組んで胸を張って明朗に言い切り、唐瓜はもちろんマイペースな茄子も返答に困らせた。

 死んでから死後の裁判も経てあの世の住人にまでなってしまえば、自分の死んだ経緯など気にしなくなる者の方が多いものだが、彼の生前の職業と「殉職」という情報から考えたら相当壮絶な死に方であっただろうに、ここまで堂々と言いきられたら、そりゃどう反応したらいいかわからない。

 

 小鬼たちが困惑している理由を鬼灯はわかっているだろうが、もう煉獄に「反応に困ること言うな」と突っ込むのも面倒なのか、彼の発言はスルーしてそのまま説明を続ける。

 

「獄卒だった時期はありますが、今は地獄の焦熱小学校で社会科教師をしています。

 社会科見学の引率などで、年に数回閻魔庁に訪れることがあるので、顔と名前は覚えておいた方がいいでしょう」

「教師?」

 

 唐瓜の「獄卒じゃないんですか?」という問いに対する答えに、反応に困る話はもう投げ捨てて忘れて唐瓜はオウム返し。

 そのオウム返しにも煉獄は「うむ!」とまず肯定してから、どこまでも明朗快活に発言する。

 

「50年ほど前までは獄卒で、罪人たちを呵責していた! だから君たちの先輩にあたるな! しかし、罪人といえど一方的に人を甚振るのは性には合わないと感じていたんだ!

 それに、その頃は現世の大戦が終わって日本も平和になってきた頃だったからな! 罪人を呵責する獄卒も必要で重要な仕事だと思っているが、せっかく平和になったのなら、誰かを傷つけることより育てる仕事に就きたいと鬼灯殿に相談した所、小学校の教師を勧められたのだ!

 鬼灯殿はあの世の住人に、無惨や鬼殺隊の歴史を知って欲しかったらしいから、俺の希望と我が家が代々鬼殺隊の剣士であった為、代替わりが激しいお館様より記録がよく残っていて把握もしていたからこそ、適任だと言ってもらえたから奮起して、今もこうして教師をしている!」

 

 今度は反応に困るような回答ではなく、普通に立派過ぎる動機と経緯の解説だった。

 ただ本日は平日なので、現役の小学校教師が真っ昼間に地獄の食堂で食事している謎が地味に生まれたが、唐瓜と同じく疑問に思ったらしい鬼灯が尋ねると、「先日行った運動会の代休だ!」とこれも普通に納得する答えが返された。

 そしてそのまま、彼は自分の生徒が可愛くて仕方がないと言わんばかりに、その運動会について語り出す。

 

 なんか勢いやら圧やらが凄いと思いつつ、初めの印象通り悪い人では絶対にない、むしろすごく良い人なんだろうなと思い、小鬼二人は苦笑しつつ自分たちの昼食を注文しに行く。

 

「いやぁ、騎馬戦は実にいい接戦だった! 授業で何度も指南した成果を皆、余すところなく発揮してくれて俺は鼻が高かった!」

「あんた、担当科目は社会科ですよね? 何で授業で騎馬戦を教えてるんですか?」

 

 背後でやっぱり反応に困る奇行を、もはや明朗快活というより威風堂々という熟語の方が似合いそうな勢いで言い出しているのを聞きながら、茄子は唐瓜に「早く注文して、あの人の話をもっと聞こうぜ」という誘いに、唐瓜は実に複雑な感情をブレンドした曖昧な表情を浮かべた。

 

 * * *

 

 小鬼たちがそれぞれ昼食を持って煉獄の方に戻り、「前、いいですか?」と尋ねたら煉獄は、喉大丈夫か? と心配になりそうな勢いで「いいぞ!」と快諾。

 そして鬼灯は、多少は面倒くさいとは思っているだろうが嫌ってはいないのか、それとも茄子なら間違いなく彼に興味を持って自分に話を聞きたがるのをわかっていたからか、煉獄の隣で生姜焼きをむしゃむしゃ食べていた。

 

 そんな鬼灯に煉獄は、茶を一杯飲み干してから尋ねる。

 

「そういえば、鬼灯殿。狛治はいないのか?」

「他の十王庁に書類の提出などで出向してもらってます。帰庁予定はありますが、具体的な時間は未定ですね」

「そうか。久々に会えると思ったが残念だ」

「狛治さんと知り合いなんですね」

 

 鬼灯の返答にやはり明朗ではあるが、先ほどよりは少しだけ大人しい声量になったのは、本心から残念がっているからだろう。

 そんな煉獄の反応に唐瓜は少し微笑ましく思いながら訊き返すと、煉獄のテンションは復活。

 

「ああ! 生前は敵対していたが、今では親友だ!!」

 

「親友」という関係に、一瞬唐瓜と茄子は「マジか?」と言わんばかりの曖昧な笑みを浮かべる。

 が、そこを疑問に思ったのは、彼らの生前の立場は関係ない。ただ単に、騒がしい煉獄と穏やかな狛治のコンビが想像つかなかっただけだ。

 

 しかし竹を割ったような性格の見本な煉獄と一見対極に見える狛治だが、彼は生前の不幸・不憫すぎるあれやこれの所為で卑屈になっているからであり、素は煉獄と同じ快男児と言える性格であることも知っているので、すぐになんだかんだで相性はいいのだろうと納得できた。というか、唐瓜に至っては狛治が自分と同じ自由人な親友のフォロー役であることを察して、遠い目で「狛治さん、頑張れ」と内心で応援する。

 

 そんな小鬼たちの考えは間違っていない。全面的に正しいのだが、一つ大きく勘違いしている。

 その勘違いに気付いている鬼灯が、みそ汁を飲んでから勘違いを正す事実を口にした。

 

「生前、敵対どころか杏寿郎さんを殺したのは、狛治さんこと猗窩座ですよ」

「「え?」」

「? そうだが?」

 

 鬼灯の発言に、箸が止まって硬直する小鬼たちに煉獄は小首を傾げつつしれっと肯定。

 唐瓜たちが二人の生前は敵対関係だったのに今は親友という関係に疑問を思わなかったのは、狛治の善良さと100年という年月だけではなく、煉獄が最終決戦前に殉職したという発言から、狛治と生前は直接的な面識がなかったからだと思っていた。

 その前提をちゃぶ台返しする鬼灯からの情報と煉獄本人の肯定にしばし間を置いてから、二人は「すげぇな、あんた!!」と敬意はあるのに敬語を投げ捨てて突っ込んだ。

 

 だが、煉獄はあんた呼ばわりを気にしないが、同時にそんなことを言われる理由も理解できないのか、傾げる首の角度をさらに深くして「何がだ?」と訊き返す。

 

「……狛治さんの過去と素の性格があれですから、殺されたことを根に持っていない、許しているのは納得ですが、普通その関係で親友にはなれないというか、心情的にはそうであっても口には出せないものでは? 現に狛治さん、いつもあなたの親友発言に困惑してますよ」

「何故だ?」

 

 もはや呆れるのも飽きたのか、鬼灯は真顔で食事を続行しながら、小鬼たちがすげぇと言いつつ突っ込みを入れた最大の原因を指摘するのだが、煉獄の方はまだ理解も納得も出来ず、今度はやや憮然としつつ訊き返す。

 

「禊が済んだ罪を責めるのは、俺のような被害者側はもちろん、加害者本人であってもしてはならない、大きな間違いだ。だから狛治が、俺を嫌っているからではなく俺に遠慮して、親友どころか友人であることも否定するのは常々不満だな。

 それに、鬼灯殿。俺は狛治が真摯に己の罪を後悔・反省し、どのような過酷な呵責も贖罪として受け入れやり遂げた事と、鬼になったことで歪んだものではない彼自身の武に対する考えや姿勢に共感したからこそ、改めて縁を結びたいと思ったのだ。

 そこに、狛治の過去を知ったか知らないかは関係ない」

 

 尋ね返しつつも煉獄は、今度はどこを見ているのかわからないものではなく真っ直ぐに鬼灯を見て、迷いも躊躇もなく自分を殺した悪鬼だった者を「親友」と言い切る理由を語る。

 唐瓜と茄子はあの屈託ない親友発言は、過去のことを少しは気にしろと言いたくなる大ざっぱさからくるものだと思っていたが、思っていた以上どころか自分たち以上に「狛治」の全てを見て、受け入れた上での発言だったことを知り、アホかあんたという気持ちが結構あった突っ込みを恥じ入る。

 

 が、ここまでまっすぐだからこそ狛治を煉獄が気に入る理由も、だからこそ狛治が親友扱いに困惑しているのも理解できたが、一点だけ理解できない謎が新たに生まれた。

 

「あぁ。そうでしたね。あなた、浄玻璃の鏡で狛治さんの鬼になる経緯上映会で唯一、最後まで泣かなかった人ですもんね」

「そんなもんやったんですか!?」

「っていうか、あの過去を映像付きで見て泣かなかったって、涙腺機能してる!?」

 

 その理解できない新たな謎、自分の狛治に対する友情に彼の過去は無関係という発言を補足する鬼灯の納得の言葉に、小鬼たちはまたしても条件反射で突っ込む。しかも鬼灯に突っ込んだ唐瓜はともかく、泣かなかった煉獄に突っ込む茄子は、またもや失礼すぎる発言をしてる。

 だが煉獄は、「問題ない! 目がいつも見開いているから、ドライアイになってないか心配だとはよく言われているが、しのぶ君や珠世殿が首を傾げる程にその心配はないというお墨付きをもらっている!」と斜め上の答えを返す。小鬼たちはこの男に対する「大ざっぱ」という評価を覆さなくていい。

 

「狛治さんの刑罰は1年程で終わってしまったので、獄卒に就任した頃はまだ、鬼殺隊の鬼に対する憎悪が生々しかったんですよ。

 なので、そこらのヘイトを少しでも抑える為に、柱や無限城の戦いで特に活躍し、他の鬼殺隊に対して発言力のある方々に見てもらったのですが……。結果は成功しすぎて阿鼻叫喚でした。

 

 伊黒さんは感情移入しすぎて真っ先に号泣するわ、悲鳴嶼さんは恋雪さんの末路を察した時点で逆に泣けなくなって、愛染明王に祈り出すわ、毒使いのしのぶさんは抱かなくていい罪悪感を抱いて、終わるまで『卑怯者でごめんなさい』と謝り続けるわ……。

 あと……意外と感受性の強い伊之助さんは、その後しばらく狛治さんを見るたびに無言で泣き出すようになり、炭治郎さんは狛治さんの過去を知った直後、スライディング土下座してましたね」

「下手な刑場より地獄絵図……」

「狛治さん、出会い頭によく土下座されるな」

 

 唐瓜の突っ込みに対し、鬼灯は遠い目をして狛治の悲劇としか言いようがない過去の上演会をやらかした理由とその成果を教えると、上がった名前はほとんど知らない相手でもとてつもなくカオスな状況だったことは想像ついたので、唐瓜も遠い目になって率直な感想を零し、茄子はそれ以上に率直すぎる感想だった。

 

 そしてやはり、憎しみを消化しきれていなかった頃の鬼殺隊でも、狛治は過去を見てしまえば号泣必至で、罰を受けて罪を償っているのなら個人的感情からも許す、っていうか罰いらないだろ! といった具合であることを理解すれば、なおさらに煉獄が泣かなかったことに対して疑問を抱く。

 

 彼の言動からして、煉獄自身がまさしく被害者代表なので同情できず泣かなかったはあり得ない。

 逆に狛治の過去に深く同情しつつも、犯した罪は償わなければならないという信念をもってして、私情を殺して減刑嘆願は決してしなかったというのなら納得だ。

 

 しかし当の本人の煉獄は、やはり自分の反応が一般的ではない自覚がないのか、また小首を傾げて唐瓜の「何で泣かなかったんですか?」という問いに答える。

 

「どうしてと言われてもな……。思うこと自体は色々あったし、他の連中が泣いたのは当たり前だと思っているぞ。

 特に、事情を知らなかったとはいえ、俺は狛治が猗窩座だった時、『老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊い』と言ったことは申し訳なく思っている。実父どころか嫁と恩人の師にして義父をあのような経緯で亡くした相手に、死ぬからこそ尊く愛しいなんて無神経にもほどがあったから、竈門少年のように土下座しようと思った。むしろさせてもらえなかったがな」

 

 流石に感性がおかしくて、泣くようなことだと認識していない訳ではなかったことに唐瓜はホッとしたが、実は煉獄自身も泣かなかった理由をきちんと把握していなかったらしく、彼は腕を組んで首を左右に傾げ考えながら答える。

 

「同情は……していたな。母上が狛治の父と似たような状態だったしな。むしろ金には困っていなかったのだから、俺が同情するのは傲慢か。だから俺が泣かなかったのは……あぁ、そうか。なるほど分かった。

 ありがとう、小鬼の獄卒くん。ようやく理解できた」

「はい?」

 

 改めて自分の思いや感情を口にしながら考えたことで整理がついたのか、煉獄は思い悩むような顔から清々しい顔になって唐瓜に礼を述べる。

 そして困惑する唐瓜をまったく気にせず、彼は最初と同じく明朗に言い切った。

 

「俺が狛治を親友と思うのは、そうありたいと願うことに狛治の過去は無関係だと言ったが、あれは正確ではないな。むしろ、俺は『狛治』と『猗窩座』を他の者ほど分けて考えていない。

 だからこそ、俺は狛治の過去を知っても泣けなかった。同情より、腹が立って泣くことができなかったのだろう」

 

 煉獄の答えが更に小鬼コンビだけではなく、三人を放置して食事を続行していた鬼灯もきょとんと眼を丸くしている。

 そんな彼らに説明してやっているつもりはもちろん、煉獄にはない。ある意味教師としてダメな察しの悪さを発揮しつつも、彼自身がまだ整理しきれていないからこそ、自分の考えを煉獄はそのまま続けて口にした。

 

「狛治……猗窩座は俺に、『鬼になれ』としつこいくらいに誘って来たのだ。言い換えれば、俺に生きろと懇願するように言い続けていた。

 狛治を見て知れば、鬼になったことで酷く歪んで変わり果ててしまったことはよくわかるが、俺にはあの言葉が、行動が、猗窩座になっても失えずに残っていた狛治の心に思えて仕方がない。

 好ましいと思ってくれた俺を殺したくない、死んで欲しくない、生きていて欲しいと願った猗窩座と狛治を、俺は分けて考えることができないんだ。

 

 だからこそ、俺は浄玻璃の鏡で狛治の過去を見て、知れば知るほど悲しさよりも、傲慢だとはわかっていても怒りが上回って泣くことが出来なかったのだろう。

 ……耐えて欲しかったのだ。家族を殺されても、その憎悪のままに暴れるのではなく、耐えて欲しかった。鬼にされても、『どうでもいい』と諦めてしまうのではなく、誰も食わない、殺さない道を選んで欲しかったんだ。

 彼なら……あそこまで空っぽになり果てても、誰かに『生きていて欲しい』と願える心を遺していたからこそ、……猗窩座にとって無価値なはずの、弱者である女性を殺さない心が残っていたからこそ、狛治なら竈門少年の妹……禰豆子くんのように人を食わぬ鬼になれる心の強さを持っていたと確信しているから……、俺は傲慢だとわかっていても、それでも願わずにはいられないのだ。

 

 泣けないほどに、俺は最初から狛治とは敵として出会いたくなかった。何の負い目もない、対等な友になりたくてしかたなかったんだろうな」

 

 * * *

 

 最初の頃のように明朗だが、騒がしさは一切なく穏やかに煉獄はそう言葉を締めくくり、唐瓜と茄子は言葉もなくただただ煉獄を見つめ返す。

 

 煉獄の言う通り狛治に「耐えて欲しかった」というのは、当事者である恋雪たちでも望むべきではない傲慢だ。

 けれど、ただただ彼の境遇に同情して憐れむのは、一種の見下しだ。

 

 鬼の猗窩座と人間の狛治。別人と思えないほど変わり果てていた彼を知った上で、皮肉や嘲弄としか思えなかったであろう言動にも人として尊い部分を見出し、狛治の強さを信じたからこそ耐えられなかった結果を惜しみ、その結果に怒りを抱いてもやはり狛治に「どうして耐えなかった」と酷い八つ当たりをするではなく、友になりたいと望む煉獄は、間違いなく厳しくも誰よりも何よりも優しい。

 

 獄卒ではなく人を育てる者、教師に相応しい人物であることを二人は心から思い知り、彼らの目にはもう煉獄を「何だこいつ……?」というドン引きはない。

 あるのは純粋な敬意だ。

 

 二人のまさしく「兄貴と呼ばせてください!!」な憧憬の視線に、煉獄は微笑みつつ首を傾げている。彼にとってこの手の視線はいつもの事だが、いつもの事なのに察することは出来ないらしい。謙虚なんだか、ただ単に大ざっぱなだけなんだか。

 そして隣の鬼灯は、「こいつは何人、弟分を増やす気だ?」と言いたげな視線を送って食後の茶を一杯飲んでいたが、その視線が煉獄から食堂の入口の方に移る。

 

 鬼灯が気付いた少し後に相手の方も気付いたらしく、彼は真っすぐに鬼灯たちの席に向かって来て鬼灯に会釈してから、呆れているような困っているような苦笑と声音で煉獄に尋ねる。

 

「……杏寿郎? 何で平日の昼間にお前がここにいるんだ?」

「おぉ! 狛治! 今日は会えないかと思っていたが、俺は運が良かったようだな!」

 

 他の十王庁に出向いていたはずの狛治が、午前中に回り切ったのか、まだ途中だがたまたま閻魔庁近くに戻れたのか、どちらにせよ昼食を食堂で取ろうと思ってやってきたらしい。

 そして煉獄の職を知っていれば当然の疑問を口にするが、煉獄は悪気なくその質問を無視して一方通行気味の友情を示す。

 

 想像通りの狛治が煉獄に振り回されている関係なのが、たったこれだけのやり取りで十分すぎるくらいに理解できたが、唐瓜たちが懸念したほど狛治には煉獄に対して罪悪感による卑屈さはない。

 避けるのではなく自分から近づいて話かけるだけ、狛治は自分自身を許していることをまるで自分の事のように喜び、小鬼たちは無言で感涙しだして狛治をいつも通り困らせたのは余談だ。

 

「!? どうしたんだ、唐瓜! 茄子!」

「!? 一体何事なんだ、旨そうな名前の小鬼くん達!」

「ただ単に狛治さんが幸せそうなのに安心して、感涙しているだけですよ」

 

 泣き出した二人に狛治だけではなく煉獄も慌てるが、鬼灯が淡々と端的にその理由を指摘すると、狛治は恥ずかしげに頬をやや朱に染め、煉獄は腕を組んで「良い部下に恵まれているな! さすがは俺の親友だ!」と胸を張る。

 

 その主張に眉根を下げた苦笑を狛治は返す。表情からして、「俺はお前の親友になれるような存在ではない」と思っているのがよくわかるが、それを口にしないのは、口にした方が煉獄に対して非礼だからか、それとも彼自身が「今は肯定できないが、いつかは必ず自分も胸を張ってそう名乗りたい」という思いからかなのかは、小鬼たちには知り得なかった。

 

 だが、躊躇いなく煉獄の隣の席に腰を下ろしたのだから、後者の思いはわずかでも必ずあるのだろう。

 

「なんか……また俺の黒歴史で妙な気を遣わせたようだな。詫びになるかどうかはわからないが、良かったらこれを飲んでくれ。恋雪さんが、皆さんにもと言って多めに入れてくれたんだ。

 鬼灯様、杏寿郎も良かったらどうぞ」

 

 席について弁当と一緒に取り出した数人分は入りそうなスープジャーを掲げて、狛治は部下と上司、そして彼にとっては酷く曖昧な関係の煉獄に勧める。

 実父と義父が天国で趣味の一環として菜園をしており、そこで収穫した野菜の処理に恋雪が困っている事を照れ笑いしながらのろけ、煉獄もリア充に対する嫉妬は一切なく爽やか純粋微笑ましげに笑う。

 

「相変わらず、家族仲が良いようで何よりだ。ありがたくいただこう」

 

 言って煉獄は空になっていたみそ汁の椀を差し出し、狛治はそれにジャーの中身を注ぐ。どうやら、スープジャーの中身もみそ汁のようだ。

 

 そのみそ汁を一度机の上に置き直してから、煉獄は両手を合わせて「いただきます」と丁寧に言ってから口をつける。

 その言動に唐瓜と茄子は「育ちが良さそうな人ですね」と語り、鬼灯と狛治が実際に煉獄は名家と言える家であることなどを話していたのだが……。

 

「………………わっしょいわっしょいわっしょいわっしょいわっしょいわっしょい!!」

「!? どうした杏寿郎!? 祭りの神みたいになってるぞ!?」

「そのツッコミだと、宇髄さんが常日頃わっしょい連呼してるみたいですよね」

 

 ……どうやら、狛治家の家庭菜園で豊作なのはサツマイモ、みそ汁の具が煉獄大好物の芋だったらしく、煉獄はみそ汁を飲み干してから芋に対しても迷惑な礼儀をまたしても発揮して、初見だったらしい狛治は盛大に困惑、鬼灯も鬼灯で訳のわからない感想を口にする。

 

 そしてまた始まった煉獄の奇行に、小鬼たちは敬意や兄貴と言って慕いたい気持ちこそはなくなりはしてないが、煉獄の印象が第一印象の「ものすごく変な人」に舞い戻ってしまったことに何とも言えない感情を抱き、やや死んだ目で気が済むまでわっしょい連呼する煉獄を眺めていた。

 

 ……唐瓜と茄子に留まらず獄卒の大半が、「鬼殺隊の柱は変人揃い」という先入観を懐いてしまったのは、間違いなく煉獄が元凶だろう。

 だが煉獄がいなくてもそうなっていただろうし、偏見ではなく事実なので、結局は遅いか早いかだけの無意味な違いだというのが何とも虚しいと、のちに比較的常識人枠の不死川、伊黒、しのぶが顔を覆って項垂れて口にしていた。

 




煉獄さんのキャラが難しかったというか、あの人シリアスでもコメディでも全部全力で素だから、話をどっち主軸に置けばいいのかわからなくなって困ってしまった。

次は本誌で「紅蓮華」が無惨様の曲だった……と言わしめた最大級のヘイトを稼いだ頭無惨の因果応報に理不尽地獄めぐりか、連載終了前に登場出来るようになってしまったおばみつかで迷ってます。

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