「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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おばみつは私含めて皆さん、「実は大したことなくて、後日二人で赤面」を期待しているようなので、まだやめておきます。
そして無惨に関しては、ネタにしてやるのも癪だなという心境だった為、前回チラッと出た上演会をネタにしたIf回です。

If回扱いなのは、「無限城の戦いから1年後」設定なのに、視聴メンバーが鬼殺隊の主要メンバー全員、禰豆子とか風柱とかがいるから。
……原作でもそうなってもおかしくないって言わないで! むしろこれ、If回であってほしい願掛けなの!!





If:号泣地獄な浄玻璃の鏡上演会

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 閻魔庁の法廷で、まず最初に鬼灯が集まってもらった人たちに礼を言う。

 人と言うのは便宜上ではなく鬼灯が集めたのは全員亡者であり、かなり珍しいことだが現在の法廷は鬼より人間の方が多い。

 その数、15人。

 

 そして、集められた者達は一見すると共通点がないように見える。それほど容姿も雰囲気も、そして年齢も比較的全員若くはあるがバラバラだ。せいぜい性別が男に偏っているくらいだが、女性も4人ほどいるので、やはり一見するだけでは何の集団かわからない。

 しかし、本日の業務に関わるとかそういう問題ではなく、この集められた15人の共通点に気付かない獄卒はいない。

 

「前置きは良いから、さっさと話してくれねーか? ……俺達をわざわざ集めたってことは、面倒なことが起こってんだろ?」

 

 鬼灯の言葉をバッサリ切って、下手なそこらの獄卒以上に迫力がある、全身傷だらけの男がそう言った。

 皮肉げに、苛立ちを押し殺すように犬歯をむき出しにして嗤って、不死川 実弥は鬼灯の目的を予測して語る。

 

「無惨の呪いを外していたのか、太陽を克服したのか、そういう厄介な生き残りの鬼でも見つけたのか?

 俺達、最後の鬼殺隊を集めたってことはそういう事だろ?」

「いえ、全然違います」

 

 先走り過ぎて全開で勘違いしていた不死川を、雷の呼吸の壱ノ型並みに鬼灯がバッサリ切り捨て否定。

 不死川、皮肉たっぷりな笑みのまま、硬直。

 蜜璃と伊黒、悲鳴嶼は腹筋に力を入れて必死で笑いをこらえるのだが、宇髄と善逸、伊之助が遠慮なく指さして笑い出し、オロオロと狼狽えるカナヲと禰豆子をしのぶが苦笑しながら「放っておきなさい」と忠告するし、弟の玄弥は「兄ちゃんを笑うな!」と爆笑する3人にキレる。

 

「不死川は相変わらず真面目で行動も早いな! だが、人の話は最後までちゃんと聞いてから発言した方が良いと思うぞ!!」

「そ、そうだな。不死川、おはぎがあるからそれを食べながら鬼灯の話を聞こう」

「こしあんもつぶあんもありますよ!!」

「お前らうっせーっっ!! 特に冨岡と竈門は黙ってろ!! お前ら、慰めてるのかどうかもわかんねーよ!!」

 

 そして煉獄は不死川を褒めつつ欠点を指摘し、それに便乗するように懐からおずおずと義勇がおはぎを差し出し、炭治郎が追撃してようやく不死川の硬直が解けてブチ切れる。ただし、顔は羞恥で真っ赤である。

 

「まぁ、面倒事と言えばそうですけど、とりあえずあなた方の戦力が必要と言う訳じゃありません。というか、あなた方に実体を与えて現世で鬼退治してもらうくらいなら、縁壱さん一人を派遣した方がぶっちゃけ手っ取り早いので、不死川さん。恥ずかしいのは自業自得だから、暴れるな」

 

 更に八つ当たりなのかどうか微妙な所だが、爆笑してた奴と悪気なく恥を煽ってきた計6人に向かって暴れ出した不死川に、鬼灯は金棒をブン投げて身も蓋もない追撃を更にかける。

 金棒は難なく避けたが言葉はぶっすり不死川に刺さったらしく、そのままぶっ倒れてるのだがもちろん鬼灯は気にせず、玄弥の「兄ちゃん、しっかりしろー!」という呼びかけをBGMにして話を続けた。誰も話に集中できないから回復するまで待ってやれよ。

 

 なお、最初からいたが全く何のリアクションも起こさなかった無一郎は、もちろん放っておいてやるのが優しさだと思った訳ではなく、初めから彼は閻魔庁の隅の蜘蛛の巣と蜘蛛をぼんやり眺め続けていた。

 

 * * *

 

 鬼灯は法廷内に設置された巨大な鏡、浄玻璃の鏡を手で示して言う。

 

「今回、集まっていただいた訳は皆さんに見て欲しい映像があるんですよ」

 

 鬼灯が語った目的に、不死川の精神悶絶瀕死状態を気にしながらも集まった者達はそれぞれに「映像?」「え? 何の?」「というか、浄玻璃の鏡で見せるってことは誰かの過去?」と疑問を口にする。

 そして鬼灯は「誰かの過去?」と首を傾げるしのぶの疑問を、何の躊躇もなくしれっと答えた。

 

「はい。皆さんに見ていただきたいのは先日、刑を終えて地獄の獄卒として就職を希望する元上弦の参こと猗窩座。本名、狛治さんの鬼になるまでの経緯です」

「ちょっと待てぇ! ゴラァっっ!!」

 

 皆が、「つい先日、刑を終えた」者が「上弦の参」と言われた時点で、言われたことが理解できないから、もしくは理解できたからこそ言葉を失っている中、最も早く反応したのは早とちりの勘違いで悶絶していた不死川だった。

 

「刑を終えたって何だ!? まだ、あの無限城の戦いから1年しかたってねぇってのに、他の雑魚鬼たちならともかく上弦の鬼がたった1年程度で刑が終わる訳ねーだろ!!」

「上弦なのに1年で十分だったくらいの罪なんですよ、狛治さんは。それを証明するための上演会です」

 

 戦闘狂だとか自分の戦力に自信があるからではなく、ひたすらに鬼を憎んで、鬼がいない世界を目指していたからこそ最初の勘違いをしてしまっただけあって、今度こそ皮肉げに笑う余裕もなくブチ切れる不死川だが、鬼灯は不死川と彼の言葉でようやく最初のセリフの意味を飲み込んで来た者達が、言葉にせずとも発する「有り得ない」という猜疑と、憎い鬼だった者がたった1年で自由の身になるという不満を無視して、全く動じず淡々と言い返す。

 もちろん、それで納得できる者はこの場にいない。鬼に対して個人的な恨みや因縁がない蜜璃でさえ、猗窩座は自分の師であった煉獄の仇な所為か、やや険しい顔をしている。

 

 が、次に続けられた鬼灯の言葉でもう一度皆が目を丸くする。

 

「ちなみに、狛治さんに下された刑罰は自分が殺した者の数だけ獄卒に殺されるという、実に単純なものですよ」

『……え?』

 

 猗窩座こと狛治が服し、そしてやり遂げた刑の内容に最初から話を聞いているのかも怪しかった無一郎さえも目を丸くして困惑の声を上げた。

 刑の内容自体は、別に驚くものでも困惑するものでもない。地獄の中では生ぬるい部類かもしれないが、鬼灯の言う通り最も単純でまさしく因果応報な罰だろう。

 皆が困惑したのは、その刑罰を終えるまでに要した期間が1年だということだ。

 

「……え? その人、一日何回死んだの?」

 

 善逸が戸惑いながら、尋ねる。最低でも100年ほど前から鬼であり、そして人を食えば食うほど強くなる無惨の鬼の性質からして、猗窩座の犠牲者の数は1000を優に超えているとでも思ったのだ。そしてそれは他の者も同じ。

 むしろ1000でも少ないくらいに思っているからこそ、繰り返し殺される苦痛を1年で終わらせるには、一体1日でどれほどの数だろうと思ったから慄きつつも尋ねたのだが、鬼灯の答えは善逸達の予想をはるか彼方に裏切る。

 

「多くて3回もないと思いますよ。あの人、一切の抵抗どころか反射で頭を庇うとかそういうこともせず、粛々と獄卒に殺され続けたので、呵責する方の精神がくるんですよ。だからもっと早く終わらせてやりたかったのですけど、結局1年もかかってしまいました」

『何でそいつ上弦の参なの!?』

 

 まさかの善逸達の予測を裏切り、むしろ長引いた方だった。それほど、数百人単位ではあるが猗窩座の鬼歴とその強さからは信じられない程に少ない数だったことを暴露され、善逸を筆頭に不死川兄弟、伊黒、しのぶ、宇髄が突っ込む。

 

 炭治郎も顎が外れたのかと妹やカナヲに心配されるほどに口を開けて唖然としていたが、じわじわと鬼灯の言葉があの無限城での戦い、猗窩座の最期に結び付く。

 

「……そういえば、あの鬼の最期は自殺じみていたな」

 

 義勇も思い出したのか、ボソリと呟く。

 あの当時は首の弱点を克服しかけていたが、結局しきれずに暴走しての自滅だと思っていた。そうとしか思えなかった。自ら自身の身体を破壊しつくして死を選ぶ理由など、想像できなかった。

 

 知る事など、出来ないはずだった。

 

「……鬼灯さん。その鏡で見れば……わかるんですか?

 猗窩座が最期……感謝の匂いをさせていた理由が」

 

 炭治郎の問いに、鬼灯はどこまでもそっけなく他人事のように答える。

 

「わかりますよ」

 

 他人事のように、淡々と、けれど真っ直ぐに縋るように見つめて問う炭治郎をこちらも真っ直ぐ見据えて即答した。

 

 しばし法廷内に沈黙が落ちる。

 沈黙を破ったのは、いつでもどこでも死んでも変わらない明朗な声。

 

「よし! なら、見ようではないか!」

 

 煉獄が腕を組んでそう宣言して、浄玻璃の鏡のど真ん中に鎮座する。

 

 その言動に、煉獄のことをよく知らないが猗窩座に殺された当の本人であることは知っているカナヲと玄弥は困惑するが、他の連中は煉獄のことを知っているからこそこちらもこちらで困惑。

 煉獄は自分を殺した相手だからといって、相手の全てを貶めて否定して拒絶するような人間でないことをよく知っているが、知っているからこそ「いや、そこがお前の良い所だけど少しは気にしろ」と思っているのだろう。

 

 そんな鬼殺隊どころか鬼灯含めて困惑させている煉獄は、まったく周囲の戸惑いを気にせず、自分の隣の床をバンバン叩いて他の者達を誘う。

 

「どうしたんだ、皆! 竈門少年! 猗窩座の最期の感謝がわかるのなら見るべきだ! 感謝されているのに、その感謝の意味がわからないからこそ猗窩座を殺したことに罪悪感を抱いているのなら、なおさらに見て知るべきだ! 感謝は笑って受け取るべきものだからな!

 

 伊黒! 不死川! しのぶ君もぜひ見るべきだ! お前達は優しいからこそ鬼が許せないが、罪を償って人としてこちらで生きる者達を許せない自分こそをもっと許せないのだろう?

 なら、猗窩座という鬼ではなく狛治という人間の人柄を知ればいい! お前達なら知った上で理不尽な恨みなど懐けないのだから、きっと恨みがなくなってすっきりするぞ! 鬼灯殿もそのつもりで、俺達を集めたのだろう?」

 

 相変わらずうるさい大声で、どこまでも自分の仲間を、人の善性を信じ切って笑顔で「狛治」という人間の過去を見るべき理由を語る。

 その語られた理由にまた全員がポカンと固まってしまうのだが、それは一拍ほど。

 一拍ほどの間は開いたが、炭治郎は煉獄と同じくらいの笑顔で、妹の手を引いて彼の隣に座って言った。

 

「はい!!」と力強い、肯定の返答。

 

 その返答にしのぶが和んだように微笑んでから、カナヲや善逸と伊之助に座るように促す。

 不死川は煉獄に何か言い返そうとしたが、結局は言葉が見つからず舌を打って、その場に胡坐をかく。

 伊黒は不死川以上に何か言いたそうに、「お前を殺した奴の罪など許したくない!!」とでも叫びたがっているのがわかる悲痛な顔をしていたが、蜜璃が「伊黒さん、私はその人がどんな人か知った上で許すか許さないかを決めたい」と言われたからか、結局無言で座った。

 

「その意図は否定しませんが、私としてはただ単に狛治さんが獄卒を希望している為、元鬼殺隊の方々との確執を少しでも解消したかっただけですよ」

 

 鬼に対して特に強い反感などを懐いていた連中が一応は納得したことで、残りの者達もそれぞれ鏡の前に腰を下ろして視聴の体勢に入る。

 そして鬼灯は煉獄の好意的すぎる解釈に若干の修正を加えつつ、獄卒に指示を出した。

 出した指示は、浄玻璃の鏡の操作ともう一つ……。

 

「鬼灯様。手ぬぐいは一人3枚でしたっけ?」

「いえ、5枚は渡してください。あと、悲鳴嶼さんと伊黒さんには倍……で足りるか?」

『おい待て今から何が始まるんだ?』

 

 何故か全員にやたらと多い枚数の手ぬぐいが配布された。

 のちの、具体的に言えば100年後ぐらいの鬼灯は伊黒とこんな会話をしたという。

 

「あの当時、バスタオルが普及してたら一人2枚くらいで済みましたのに。あと、瞬乾バスマットというのも欲しかったですね」

「おい、俺と悲鳴嶼にバスマット渡すな」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「悲鳴嶼さんは目が見えないので、音声ではわかりづらい所は私が説明しますね」

 

 鬼灯が言うと同時に鏡がまず最初に映し出したのは、奉行所。

 そこで役人に取り押さえられながらも、狛治は「次は手首を切り落とす」と言われても奉行に啖呵を切る。

 

《斬るなら斬りやがれ! 両手首斬られたって足がある! 足で擦ってやるよ、どのみち次は捕まらねぇぜ!!》

 

(これの何を見て許せと!?)

 

 いきなり擁護のしようがない光景を見せられ、鬼ぶっ殺精神が特に旺盛な不死川・伊黒・しのぶが内心で激しく突っ込む。

 炭治郎も予想外過ぎる出だしに茫然。

 悲鳴嶼、「あぁ、半端な罰故にさらに罪を重ねるなんて憐れな子だ。いっそ最初に斬首してやればいいものを」とまだちょっと残ってたトラウマ故に、過激すぎる慈悲を見せつつ早速手ぬぐいを1枚消費。

 

《お前がまた捕まったと聞いて、親父さんが首くくって死んじまった!》

「あ、ここ見えにくいので拡大して一時停止してください。

 狛治さんの父親の遺書です。内容は『真っ当に生きろ。まだやり直せる。俺は人様から金品を奪ってまで生き永らえたくはない。迷惑かけて、申し訳なかった』」

 

 しかし、狛治が奉行所で犯罪を続けるという啖呵を切った理由、病身の父の薬代の為だったこと、そしてそこまでして助けたかった父親が自殺したこととその遺書の内容が公開される。

 鬼ぶっ殺3人組、同じような状況なら同じことをしてでも助けたい人がいる為、速攻で掌返して「ごめんなさい!!」と内心で土下座。

 

 というか、狛治の「何で悪くない親父が謝るんだ?」「刑罰なんかつらくなかった」という心情まで鬼灯が説明した為、最初のシーンで引いた者、つまりは全員が内心で土下座。

 

 その後も父親の死で自暴自棄になっている狛治の姿がしばし続く。

 喧嘩を繰り返して相手を半死半生にまで痛めつけるが、その相手は何の非もない相手にいちゃもんをつけてではなく、向こうから絡んできた者や、自分と似た立場の貧乏人を虐げていた者に限ることに説明されるまでもなく気付いている為か、全員の表情が痛々しい。

 

《おーおー、大したもんだ》

 

 しかし、慶蔵登場でまたしても全員茫然。

 っていうか、笑顔で狛治をボコボコにした慶蔵に普通に引く。例外は煉獄。一回ビックリしてからいつも通り明朗に、「やはり武道の玄人には敵わないものなのだな!」と感想を言ってこっちもこっちで引かれていた。

 

《けほっ》

 

 恋雪登場。

 

(もうやめて!!)

 

 鬼殺隊、「狛治」が「猗窩座」になった理由を察する。

 ただしラブの波動だけを受け止めた蜜璃だけ例外。なんか一人だけドキドキわくわく顔して、隣の伊黒が頭を抱える。

 

 その後しばらく、狛治の穏やかな日々が続く。

 狛治の悲劇をなんとなく想像ついたのでむしろその穏やかな日々こそ、蜜璃以外がいつ壊れるかを恐れてハラハラしながら見ていたのだが、あるシーンで全員が察したことをいったん綺麗に忘却。

 

「何この人! 最低最低最低最っっ低!!」

「自分で連れ出しておいて、発作が起きたら放置!? 信じられない!!」

「ね、姉さん……。だ、大丈夫ですよね? 恋雪さん、大丈夫ですよね?」

「だ、大丈夫よカナヲ……。大丈夫ですよね、鬼灯様!!」

「狛治! そいつ埋めろ!! 俺が許す!!」

「穴なら10尺(約3m)くらい俺が掘ってやる! 誰か、墓石と卒塔婆用意してくれ!!」

「いらねぇよ、そんなの! かまぼこ板でもこいつにはもったいねぇっ!!」

 

 隣の剣道道場の息子が恋雪に恋慕と言うにはあまりに身勝手な執着を懐いており、彼女が病弱なのを知っていながら勝手に外に連れ出した挙句、喘息の発作が出た恋雪に怖気ついて放置して逃げ出したことに、女性陣を筆頭に全員がバカ息子にマジギレ。

 なお、「埋めろ」発言は伊黒。そこに続いたのは善逸と宇髄。

 

 そして視聴者たちと同じくらいキレていた狛治と慶蔵が剣道道場に殴り込み、そのまま試合開始。

 

『割ったーーっっ!!??』

「……あれ、人間の頃からの得意技だったのか」

「お前ら、よくあれに勝てたな」

「……むしろ何で勝てたのかわからなくなってきました」

 

 その試合で狛治無双に視聴者大盛り上がり。完全に、当初の察したものを忘れている。

 

《この道場を継いでくれないか、狛治。恋雪もお前の事が好きだと言っているし》

《……は?》

 

《私は、狛治さんがいいんです。私と夫婦になってくれますか?》

《――――はい。

 俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります》

 

 恋雪の逆プロポーズと狛治の返答に禰豆子とカナヲが手を取り合って喜び、蜜璃と煉獄は拳を突き上げ「えんだああぁぁぁっっ!!」と謎の歓声を上げる。

 善逸は「うらやま妬ましい一生幸せになれよバカヤロー」と泣きながら呪いと祝いを同時に吐き出し、伊之助はなんだかわからないぽわぽわしたあたたかくて心地よいもので胸いっぱいになる。

 

 それ以外の皆様方、察してたものを思い出して無言。

 煉獄も歓声後は無言。歓声上げてから思い出したのか、それとも察していたけど喜んだのかは不明。

 

 狛治が実父の墓参りに出向き、墓前に祝言のことを報告してから道場に帰るまでの間、悲鳴嶼は既に手ぬぐい8枚消費するくらい泣いていた涙が止まり、状況的にミスマッチなのかベストチョイスなのかよくわからない愛染明王に祈り続け、不死川としのぶも手を合わせて何故か謝り続ける。

 炭治郎と玄弥、無一郎は正座したまま怯えるようにガタガタ体を震わせ、義勇と宇髄も同じように震えそうな体を押さえつけて真っ青な顔で鏡の映像を見続ける。

 

 微動だにしないのは煉獄と伊黒。

 しかし煉獄は、腕を組んで笑みこそは消えたが最初から変わらず真っ直ぐ自分の意思で映像を見ているが、伊黒は金縛りにでもあったように顔面蒼白のまま自分の意思とは無関係で目が離せなくなって、鏑丸に心配される。

 

 流石に彼らの様子に気付き、カナヲ・禰豆子・善逸も察したものを思い出して、彼らも血の気を引かせて「このまま祝言上げて終わって……」と祈り出す。

 そしてまだ察しない蜜璃と伊之助。

 

 墓参りから帰ってきた狛治を迎えるのは、慶蔵と恋雪ではなく道場前に集まる人々。医者らしき人物が駆け寄ってくることで、察している人たちは映像の狛治と同じく聞く前から横隔膜が痙攣するような嫌な予感に襲われていたが……。

 

《誰かが井戸に毒を入れた……! 慶蔵さんやお前とは直接やり合っても勝てないから、あいつら酷い真似を……!

 惨たらしい……あんまりだ! 恋雪ちゃんまで殺された!!》

『え?』

 

 察してなかった二人より、察してた者達が言われたことを理解できず呆気に取られる。

「狛治が無惨によって鬼にされて、恋雪たちを食い殺してしまった」か、「帰って来た頃には恋雪たちが鬼に殺されていた」あたりの悲劇を想像していた為、「無惨も鬼も無関係」という完全なる不意打ちで頭が真っ白になったタイミングでお出しされる、こと切れた二人の遺体。

 

 そして、恋雪に抱き縋って泣く狛治。

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 伊黒・蜜璃・禰豆子・カナヲ・しのぶ・悲鳴嶼・伊之助、陥落。

 特に伊黒は狛治と恋雪に自分と蜜璃を重ねて見ていた為、真っ先に悲鳴のような声を上げてその場に突っ伏し号泣。

 実は他の連中もこの時点で泣きそうだったが、伊黒の号泣っぷりに驚いて涙が一旦吹っ飛んだ。

 

「……なぁ……何で……恋雪は起きないんだ? ……狛治が……泣いてるのに……。なぁ……何で……どうして……」

 

 しかし伊之助がボロボロ泣きながらたどたどしく、起こった事実を受け入れられずに縋るように他の者達に尋ねたことで、炭治郎・善逸・玄弥・宇髄が撃沈。一旦吹っ飛んだ涙が光速で戻ってきた。

 

 その後、二人を殺した隣の剣道道場に狛治は憎しみのまま再び殴り込み、道場を継いだバカ息子と共犯の門下生たちを虐殺。

 その虐殺シーンで、有一郎が鬼に襲われて我を忘れた自分を思い出し、無一郎がホロホロと無言で涙を零す。

 義勇は、その虐殺の手段から間違いなく狛治が「猗窩座」であることを理解すると同時に、彼の技名が花火の名前であったこと、破壊殺の時に浮かび上がっていた雪の結晶は恋雪のかんざしだったことなど、猗窩座が残していた「狛治」の名残にも気づいてしまい、耐えきれずに彼も陥落。

 

 不死川は唇を噛みしめ、掌どころか骨に達するのではないかというくらいに拳を握りしめて泣くのを堪えるが、最後の最後、何もかも終わった後にやってきて空っぽの狛治を薄ら笑いで鬼にした無惨でダメだった。

 

「くそがああぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 無惨の仕打ちに不死川が泣きながらキレて叫び、映像は終了。

 そして煉獄以外号泣、泣きすぎて吐きそうになっている者も続出し、泣いていない煉獄も自分たちの姿しか映していない鏡を無言真顔で睨み続ける不穏な空気に獄卒たちが戸惑うやら怯えるやらの中、相変わらず鬼灯はマイペースだった。

 

「炭治郎さん、狛治さんの感謝の意味と理由はわかりました?」

「鬼がでめぇはぁぁぁっっ!!!!」

 

 鬼灯の確認の問いに炭治郎ではなく不死川が、全部が濁音になっているような声で泣きながらキレて突っ込む。しかし鬼灯はまったく気にせず、「鬼です」といつもの回答。

 炭治郎は泣きじゃくる禰豆子と伊之助を慰めるように抱きしめつつ、自分も泣きながら「わかんないです! 俺が狛治さんに土下座で謝らなくちゃいけない事しか今はわかりません!!」と正直に返答。

 

「そうですか。なら、ちょうど良かったですね。今から、狛治さんが来ますよ。獄卒の新人としての挨拶と、鬼殺隊の皆さんに許されなくとも謝罪をするために」

『え?』

 

 炭治郎の返答に対して本当に良かったと思っているのか、無表情でまたしてもとんでもない予定を告げ、号泣中だった全員が顔を上げる。

 同時に、「……失礼します」と先ほどまで鏡で聞いていた声の肉声が、法廷内に響いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 法廷の扉の前で、狛治はまず深呼吸で緊張による胸の動悸を抑える。

 深呼吸を繰り返しながら、自分が鬼殺隊に伝えるべき謝罪の言葉を整理するが、整理も何も「ごめんなさい」以外何も浮かばないことに気付いて、また更に気が重くなってしまった。

 

 謝罪をしたくない訳ではないし、許されないことが怖いわけでもない。

 むしろ狛治は許されることなど望んでない。もっともそれを望むべきではない、望むことは傲慢だったはずの恋雪に泣きじゃくって縋って望んだのに、恋雪は自分に失望せず彼女も泣きながらも笑って許してくれたのが望外の幸福すぎるのだから、鬼殺隊には何度殺しても飽き足らないくらい憎まれて恨まれ続ける覚悟くらい決めている。

 

 狛治の気が重いのは、自分の謝罪したいという思いは自分の自己満足で、相手からしたら余計に不愉快になるのではないかという不安によるものだ。

 許されなくてもいい、憎まれ続けるのは仕方ないが、せめて自分の謝罪が不快感を与えるものにならないよう努力したいのだが、そう思えば思うほどに「ごめんなさい」以外の言葉は自己弁護の言い訳にしか思えず、結局は「ごめんなさい」と何度だって告げて土下座する以外の答えは浮かばない。

 

「……ここでウジウジしていても仕方がないな」

 

 いくら悩んでもそれ以外の答えしか出ないのなら、もうそれを貫き通す。そんな若干ヤケクソとか開き直り気味の答えを出し、狛治は法廷の扉を開き入室。

 

「……失礼します」

 

 入ってきて、まず最初に目に入ったのは自分の最期を決定づけた、恩人と言っていい少年。

 慶蔵によく似た真っ直ぐで曇りない目に、その目と同じ真っ直ぐな心の持ち主。

 不意打ちが出来ないからこそ、あの宣言ありの拳のおかげで全てを思い出し、自分を「猗窩座」から「狛治」に戻してくれた。

 

 その事を思い出した狛治は、用意していた「ごめんなさい」という言葉も忘れて、あの最期の瞬間に懐いた感情、「ありがとう」という感謝が胸に満ちて思わず笑ってしまう。

 謝罪するために来たのに笑うなんて、事情を知らなければそれこそ人の神経を逆なでする非礼なのだが、……本当に幸か不幸かは誰にもわからないが、狛治が笑ったことは誰にも咎められることはなかった。っていうか、そもそも狛治が笑った事に気付いたのはたぶん、鬼灯と煉獄くらいだ。

 

「!? 狛治さあぁぁぁんっっ!! 酷いこと言ってすみませんでしたーーっっ!!」

「!? は? ちょっ!? えっ!? ぐっ!?」

 

 狛治が笑って、「ごめんなさい」ではなく最期に言いたかったけど言えなかった「ありがとう」を炭治郎に伝えようとしたが、それよりも炭治郎が早かった。

 泣きながら自分の本名を叫んでまず走って来た時点で、狛治から感謝より困惑が上回ってしまったのに、炭治郎はその走る勢いのまま土下座しだしたので、法廷内の掃除が行き届いていたのも災いして土下座の体勢のまま床を滑って、狛治に激突。

 

 不意打ちが出来ない少年から、悪気も他意も本人のする気も一切ない変則的な膝カックン頭突きを喰らって、狛治はそのままこける。

 それをまた炭治郎は申し訳なく思い、パニクって泣きながら米つきバッタのように謝り続ける。

 

「何してんだ、お前はーーっ!?」

「謝罪で攻撃してどうすんの!?」

「狛治さん、大丈夫!? お兄ちゃんの頭の所為で足の骨とか折れてない!?」

「っていうか、嫁はどうした嫁は!?」

「再会しましたよね!? 申し訳なくて身を引いたなんてしてませんよね!?」

「今度こそちゃんと祝言はあげたんだろうな!?」

 

 しかもそのまま他の連中も、炭治郎の攻撃になってしまったスライディング土下座を怒り、狛治を心配する声やら、ちゃんと恋雪と再会して幸せになったかを尋ねる声が次々投げかけられる。

 

 狛治は自分の過去を彼らに見られることは事前に鬼灯から聞かされていたので知っていたが、自分の過去は周りの人を自分の弱さと愚かさで不幸にした加害者としての人生という認識の為、ここまで号泣されて同情されて、本心から「幸せになって欲しい」と望まれているなんてまったく想像出来てなかった。

 その為、狛治は状況が全くわからないまま何も答えられず狼狽える。

 

 このカオスすぎる現状を何とかしたかった……訳ではないだろう。ただ単に訊かれたからか、それとも言った方が面白そうだなとでも思ったからか、鬼殺隊たちが一番気になっている情報をひとまず鬼灯が代わりに勝手に答えておいた。

 

「つい先日、あげてましたよ。ご家族だけでひっそりと」

『呼べよ、バカヤロー!! 末永くお幸せに!!』

「えっ!? す、すみません? いや、ありがとう?」

 

 鬼灯の答えに、鬼殺隊たちは無茶ぶりを要求しつつキレ、そして祝福して安堵するという器用なことをやらかし、また更に狛治を困惑させて彼は訳が分からないまま、ひとまず素直に謝罪と感謝を告げる。

 結果としてはようやく狛治は当初の目的であった謝罪と感謝を口にすることができたが、当初の目的とは全然違う方向での謝罪と感謝なので意味はない。

 だが自分の一番近くの炭治郎がまだ泣き止んでないので、狛治はとりあえず訳のわからない現状を理解するのは諦めて、炭治郎を泣き止ませることに専念しようと決める。

 

「炭治郎、大丈夫だ。気にしなくていい。というか、何で出会い頭にいきなりお前が謝るんだ!?」

「だって……俺……、し、知らなかったとはいえ……狛治さんに……ひ、酷いことを……」

 

 あまりに炭治郎が謝りまくるので、狛治は本来の面倒見の良さを発揮して手ぬぐいで炭治郎の顔を拭ってやりながら、予想外すぎる現状の理由を訊けば、炭治郎は幼い子供のようにしゃくりあげながら答えた。

 狛治は一瞬、言われている意味が全くわからなかったが、鬼灯から「煉獄さんを殺害して逃げた時の事ですよ」と言われて思い出す。

 

 逃げ出した自分を卑怯者と罵り、列車の乗客を誰も死なせずに守り切った煉獄は負けていないと叫んだことを謝っている事に気付くと、それはそれで何と言えばいいのかわからなくなって狛治はまた更に困り果てる。

 狛治としては確かにあの発言は傷ついたが、言われて仕方がないことしかしていないと思っているので、炭治郎を責める気も恨む気も一切ないのが正直な感想。

 

 しかし更に正直に言えば、怒ってなどないが純粋な感想と疑問として、「よく何も知らずにあれ言えたな!」が狛治の心境な為、結果として狛治は「いいから。気にしてないから、泣くな」と言って宥めることしか出来なかった。

 その反応がまた更に炭治郎の良心にぶっ刺さり、罪悪感を煽って涙が止まらない原因になるのだが、これもまた幸か不幸かわからないが炭治郎の涙はその数秒後、止まる。

 

「竈門少年! すまないがそろそろそこをどいてくれ! 皆も悪いが、少し道を開けてくれ!

 狛治! 勢い余って俺も攻撃になってしまったら容赦なく迎撃してくれて構わんからな! よし! 行くぞ!!」

「行くって何、煉獄さん!?」

「土下座か!? お前もまたあの勢いが凄すぎる土下座をする気か!?

 やめろ! 俺のことを思ってくれているのなら本気でむしろやめてくれ!! 頼むから!!」

 

 煉獄の意味不明な宣言に炭治郎の涙が引っ込んで代わりに突っ込みが飛び出し、何をやらかす気なのか正確に察した狛治が慌てて止める。

 もちろん煉獄は、泣き止まない炭治郎とそれを気にして狼狽える狛治に気を遣って、あえてボケた訳じゃない。気を遣ったのは事実だが、それは「俺も悪いのだから竈門少年もあまり気にしすぎるな!」という遣い方で、スライディング土下座をしでかそうとしているのは、攻撃になってしまったがあの勢いは謝意を良く表していると思って気に入ったのだろう。気に入るな。

 

 幸いながら伊黒と蜜璃にしがみつかれて止められたことと、謝罪相手から「頼むからやめてくれ」と言われた事で煉獄はスライディング土下座第2弾を断念。面白がっていた鬼灯は若干、不服そうな顔をしていた。

 

「む、そうか。なら仕方がない。普通に謝ろう」

「は? いや、何でよりにもよって杏寿郎が俺に謝るんだ?」

 

 スライディング土下座は諦めたが、何故か殺された側の被害者代表が謝る気しかないことに、狛治だけではなく周りの連中全員が困惑して首を傾げるが、煉獄は真っすぐに狛治を見据えて言った。

 

「俺はお前に、『人は死ぬからこそ尊く、愛しい』と言った。

 その考えを撤回する気はない。だが、俺の言葉は狛治の過去や事情を知らなかったからとて言っていい言葉ではなかった。

 だから、その事を謝らなくてはならない」

 

 煉獄の言葉、謝罪の意図を聞き狛治は目を見開き、言葉を失う。

 

「撤回する気はない。だが……突発的に、悪意によって家族を喪った者に対してこの考えは綺麗事であるのはわかっている。その人を尊く、愛しいと思っていればいる程、死んで欲しくないと望むのは当たり前だ。

 だから、お前の過去を知っているかどうかなど関係なく、俺は謝らなくてはならない。あの場には、竈門少年もいた。竈門少年にとっても、俺の言葉はきっと無神経なものだっただろうからな」

「馬鹿なことを言うな!!」

 

 煉獄のさらに続く謝罪、その謝罪の対象に自分も入っている事に気付いて炭治郎は、「そんなことない!」と否定しようとしたが、そのより先に狛治が叫ぶ。

 

「何でお前が……お前達が謝るんだ? 杏寿郎も炭治郎も悪くない! 鬼殺隊は何も悪くない!! 悪いのは俺達、鬼の方だ!!

 どんな事情があろうとも、俺は人を殺した! 人を食った!! 炭治郎の妹のように耐えなかった!! 珠世さんのように、無惨様の呪いを外そう、逃れようという努力だってしなかった!!

 俺は『どうでもいい』と言って、自分が犯した罪から逃げ続けたんだ!!

 

 ……だから、謝るな。少しでも、自分の考えが間違いだったかもしれないなんて迷いを抱くな。

 杏寿郎、お前の考えは間違ってなんかいない。

 親父は自分が死ぬことで、俺が真っ当に生きる未来をくれた。師範は、自分の内臓が焼かれるような苦しみに耐え、恋雪さんを助けようとした。……恋雪さんは死してなお、俺を待っていてくれた。救ってくれた。

 皆……俺のように無意味に生き続けたからではなく、死ぬからこそ、死んでも尊く、輝き続けたんだ。だから……だから、杏寿郎。悪いのは俺だ。謝るべきなのは俺の方なんだ。

 お前は……お前達は何も悪くないんだ……」

 

 狛治の否定の怒声にしばし呆気に取られていた煉獄だが、狛治の今にも泣き出しそうな懇願のような「謝るな」という言葉に、あれほど悲惨な生涯を送っても自分と同じものを尊いと思える心に、煉獄は子供のように嬉しげな笑みを浮かべる。

 

「そうか……。

 わかった。なら、もう俺は謝らないし、迷わない。

 だが、狛治。お前も謝る必要なんかない。お前は既に禊を終えたからこそここにいるのだから、謝って償うべき罪などもうないのだから、そう卑屈になるな」

 

 煉獄が納得してくれたことには狛治は安堵の表情を浮かべるが、自分も謝る必要はないという言い分は受け入れられないのか、曖昧な苦笑を浮かべて俯く。

 だがその俯いた顔を煉獄は両手でつかんで上げ、狛治が目を逸らさないように、逸らせないようにして言葉を続ける。

 

「顔を上げろ! そして、周りを見ろ狛治!!

 ……どうだ? どこに、お前を憎んで恨む者がいるんだ? お前の罪はどこにあるんだ?」

 

 顔を上げさせられてまず見えたのは、幼い子供のように無邪気に笑う煉獄。

 顔から手を離し、両手を広げて周りを煉獄は見せつける。

 鬼殺隊だった者達が今、どんな目で狛治を見ているのかを。

 

 全員の目は赤く充血して瞼は腫れぼったくなっているが、女性勢は全員、ちょっと困ったようにだが穏やかに笑ってる。

 年若い者はまだ鼻をぐずぐず鳴らしながら野次を入れるが、その野次は恋雪と狛治の幸せを願うものだ。

 

 義勇と目が合えば、戸惑った顔をしてからぎこちなく笑った。大柄な僧侶らしき男は、大泣きしながらも自分に笑いかける。

 傷だらけの青年と首に白蛇が巻き付いた青年は、目を合わせてはくれなかった。

 だがそれぞれ、「……気にしすぎだ、根暗」「……卑屈すぎる方が、見ていて不快だ」と素直ではないが狛治に謝る必要はないという煉獄の言葉を肯定していた。

 

「狛治さん」

 

 そして自分の傍らで座り込んでいた少年は……、炭治郎は――――

 

「これから、よろしくお願いします」

 

 立ち上がり、笑って右手を差し出した。

 誰かを守り続けた手で、あまりに多くの血に汚れ、大切なものを取りこぼし続けた狛治の手を望んでくれた。

 

 ためらいがなかったと言えば、嘘になる。

 けれど、それでも……

 

「……あぁ。よろしく。そして……ありがとう」

 

 狛治はその手を重ねた。

 言いたくて言いたくてたまらなかった感謝をようやく伝えることができた。

 

 * * *

 

「ありがとう、炭治郎。そして、杏寿郎。他の皆も……」

 

 改めて炭治郎たちに礼を伝えると、煉獄は笑って胸を張って答える。

 

「感謝は嬉しいが、あまり何度も言うとそれはそれで卑屈に見えるぞ! 俺達は親友だろう! 水臭いことを言うな!」

「親友!? 誰が!? 俺が!?」

 

 しかし、勢いよく煉獄は何か色んなものをすっ飛ばしたことを言い出し、狛治をまたしても困惑の極みに叩き落とす。

 狛治だけではなく、鬼殺隊のほぼ全員も煉獄の光栄なんだか一方通行過ぎて迷惑なんだかな親友認定に戸惑い、鬼灯でさえ「こいつは何を言ってるんだ?」という顔で眺めている。

 唯一、伊黒が頭痛に堪えるように頭を抱えながら、突っ込みどころが満載過ぎて突っ込みづらいボケの処理を試みてくれた。 

 

「……煉獄。気に入ったのはわかるが、行き成り親友はどうかと思う」

「何故だ? 友情に年月など関係ない。自分で言うのもなんだが、先ほどのやり取りで俺達は相思相愛と言っていい程、互いを思いやっているのだから、俺と狛治は親友だ!

 もちろん、伊黒! お前も親友だ!!」

 

 しかしボケの処理は、真っ直ぐすぎて直視しきれない善意と好意に跳ね返されて失敗。

 むしろ伊黒が真っ赤になって、「馬鹿じゃないのか、お前!!」とツンデレ乙女のような反応を取って余計にカオスは続く。どうやって終わらせたんだ、これ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……狛治の幸福だが苦労性に磨きがかかる獄卒としての生活は、こうして始まった。





これがIf回扱いなのは、「全員そろっているのがありえない時期」だからで、起こった出来事というか狛治の過去に対するそれぞれの感想や反応自体は本編と変わらないです。
つまりは個別で複数回やったか、纏めて一気にやったか程度の違い。

……狛治さん的には纏めて一気の方がまだマシそうだな、このカオス具合は。

あと書いてて、気付いた。
この話、舞台があの世でキーアイテムが浄玻璃の鏡ってだけで、鬼灯側の設定なくても成立するわ。
……殺伐シリアス系漫画のキャラが、コメディ漫画に匹敵する濃さなんか、鬼滅は。

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