「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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おばみつが決定したから、書きました。




「いい加減、腹をくくらないと私が今ここで甘露寺さんに求婚する!!」

 衆合地獄のとある一角。

 

「……せっ…………責め方がヌルいです! というか、()()()()()にお願いしたいです!!」

「やはりお香さんが目的でしたね。衆合地獄に就くのは勝手ですが、末路は目に見えていますよ」

 

 試験的に作られた女性だけの拷問チームである「拷問戦隊 ど助兵衛熟女団(マダムス)」(とあと何でかついでに鬼灯)にお試しで責められていた唐瓜が、盛大に墓穴を掘って鬼灯に忠告なんだか追撃のトドメなんだかよくわからないことを言われていると、呆れたような声音が降って湧いた。

 

「……一体何をしてるんだ?」

 

 声がした方を見上げると、囮の美女獄卒が亡者をおびき寄せて登らせる刀葉樹の上に一人の亡者が気だるげに座っている。

 傷一つ負わず気だるげという時点で、美女におびき寄せられた亡者ではないのは一目でわかる。そもそも、相手は死に装束ではない。

 

 だが、だとしたら誰だ? 何でそんな所にいる? と唐瓜と茄子はその人物を見上げながら疑問に思う。

 初めは一瞬、おびき寄せる側の獄卒かと思った。獄卒は鬼か野干あたりがほとんどだが、裁判を終えた亡者も少なくはない。

 そう思えるほどに、その亡者は容姿が整っていた。

 

 口元にサラシのようなものを巻いて顔の半分を隠しているのに、はっきりそう言い切れる顔立ちだった。

 特に気が強そうに吊り上がっているが大きな目は青と金のオッドアイで、日本人にしては珍しすぎるというのを抜いても目に引くものだ。

 だが、その亡者がおびき寄せる側ではない事はすぐにわかる。というか、気付くし思い出す。

 その亡者の格好は男物であり、声だってアルトやハスキーボイスというレベルではない。

 

「こんにちは、伊黒さん」

「あいさつはいいから、質問に答えろ。そいつらは何なんだ? まさか、今日一日ここを体験する獄卒とはそいつらの事か? それにしては何もかも浅はかだな。冷やかしなら花街に行け」

 

 そして聞き間違いではない証拠に、鬼灯の挨拶をにべなく返して、小鬼たちの所業をいつから見ていたのかネチネチと責めたてる声はやはり男のものだ。

 その発言に腹が立つやら、言われてもしょうがないと反省するやら、反省してるからこれ以上掘り下げないでと悶絶するやら、っていうか鬼灯様にそんな態度ってこいつ何者!? という疑問やらが新卒たちの頭の中をぐるぐる駆け巡る。

 

 しかし一番疑問かつ心配を抱いた「鬼灯に無礼な態度」は、まったく咎められない。

 鬼灯は基本的に誰に対しても敬語を崩さないので誤解されがちだが、彼自身の敬語はただの癖でしかない。むしろ敬意で敬語を使っている相手なんて、おそらく数人もいない。

 その為、彼は言葉使いや目上に対する態度などには実はあんまり厳しくない。調子に乗っていると感じたらその場で即行、実力行使でわからせる野生動物の弱肉強食スタイルを取っているからというのもあるが。

 

 そんな訳で鬼灯は相手の無礼さを気にせず無視して、「今年に入った新卒です。こちらの唐瓜さんが将来的に衆合(ここ)へ就きたいそうなので、視察ついでに一日体験に連れてきました」と説明してから、小鬼たちに向き直ってようやく相手を紹介する。

 

「お二人とも、紹介します。

 この人は伊黒 小芭内(おばない)さん。先日、お会いした煉獄さん達と同じ世代、つまりは無惨を討伐した最後の世代の鬼殺隊、蛇柱だった方です」

 

 最近興味を持ち始めた「鬼殺隊」の関係者、それも最後の世代かつ最後の戦いで活躍したのが確実な「柱」だと紹介されて、唐瓜と茄子の目や表情があからさまに変わる。なんだ、この人? という疑念や、ネチネチとした嫌味によるちょっとしたムカつきがなくなり、見た目相応な憧れによる輝きに満ちた目で小鬼たちは伊黒を見上げる。

 だがそんな憧憬の目で見られても、伊黒は不愉快そうに鼻を鳴らして木の上という立ち位置関係なく、全力で二人を見下して言った。

 

「ふん。先ほどの言動からして、本音はただの浮ついた下心だろう。時間の無駄だ。とっとと帰って、まずは拷問でも事務作業でも何でも、基本を納めろ。新卒の分際で希望が叶うと思うな。

 そもそも、異性を目的にこの地獄に就くこと自体が愚かだ。お前は、この地獄の意図を本気で理解しているのか? その目的自体が人間ならここに堕獄する理由になるんだ。自分が鬼だからと言って、その劣情が例外になると思うな」

 

 さきほど以上にネチネチとしつこくだが、嫌味と言えるほど遠回りさはなくストレートに二人の志望動機、特に唐瓜を責めたてて来たので、二人の目から憧れが消え去る。それどころか相手の言い分が正しい、これは逆恨みだとはわかっていても胸の内にムカムカとした怒りが沸き上がる。

 

 今まで会ったことがある鬼殺隊関係者は、全員がそれぞれインパクト抜群の個性的な人柄揃いだったが、それでもすぐに「良い人だな」と感じさせる者たちばかりだったので、なおさらに伊黒の印象が悪くなった。

 

「伊黒さん、新入りちゃんをいじめちゃだめよぉ」

「そうやって甘やかすから、下劣な志望動機で阿呆なことを言い出すんだ。お香も、ここの責任者という自覚が足りないんじゃないのか?」

 

 しかもお香が見かねてやんわり注意しても、伊黒はお香に対しても辛辣な言葉を返す。

 その対応に、さすがの我慢強さでMに目覚めた唐瓜がキレた。

 

「はぁ!? お香姐さんにまで何言ってるんだ、お前!? 最後の鬼殺隊ってことは、まだ死んで100年ほどで、どんなに有能でもそこまで上の立場じゃないだろ! 俺達ならともかく、お香姐さんには言葉使い気を付けろよ!!」

「私はいいんですか?」

「え? あっ!? いえ、鬼灯様、今のは言葉の綾で……」

「小芭内を悪く言うな!!」

「「!?」」

 

 キレた唐瓜の発言に、別に気にしていないがただ単に突っ込んだら面白そうだなという気持ちで揚げ足取りしだした鬼灯。

 その思惑通り、見事に唐瓜が狼狽えて伊黒にキレた勢いは消失して狼狽えるが、言い訳を言いきる前にいきなり知らない声で咎められて、唐瓜だけではなく茄子も驚いてから辺りを窺い、声の主を捜す。

 

 しかしそれらしき人物は見当たらない。それどころか鬼灯やお香、ど助兵衛熟女団(マダムス)の鬼女たちもいきなり増えた声に驚いた様子はなく、むしろ鬼灯以外は皆苦笑していた。

 

「どこを見てる!? こっちだ!!」

「……鏑丸。いい。黙っていてくれ」

 

 その反応にまた困惑していると、無視されたとでも思ったのか更に怒ったような声がする。伊黒の方から。

 なので視線を伊黒に戻して、ようやく二人は声の主を見つける。

 木の上という距離があってこちらが見上げる位置だったのと、口に巻いたサラシに紛れてわかりにくかったが、伊黒の首には白蛇が巻き付いていたのだ。

 その白蛇が威嚇するようにシャーシャー音をたて、牙を剥きだしに口を開けながら言う。

 

「小芭内を悪く言う奴は許さないぞ! 小芭内はな、誰よりも優しいんだ!!」

「鏑丸、いい。お前の気持ちは嬉しいしわかったが、本当にいいから」

「よくない!!」

 

 初めはお香の帯蛇のように伊黒のファッション兼ペットだと思ったが、その蛇が必至で伊黒をフォローするいじらしさに反して、伊黒が本気で嫌がって黙らせようとしているので、蛇のフォローは逆効果で小鬼たちの伊黒の印象が更に悪くなる。

 彼らは気付かない。自分たちの背後で鬼女たちの苦笑がさらに深まったことも、鬼灯さえも同情するように目を細めて伊黒と鏑丸という蛇を眺めていたことに。

 

 後ろの生ぬるい様子に気付けなかったが、彼らの心情はこの後すぐ、涙目で伊黒をフォローしようとする鏑丸の健気すぎる発言で理解する。

 

「よくない! 小芭内が悪く思われるのはいやだ!!

 だって小芭内は、本当はこいつらを心配してるもん!! 新入りが百戦錬磨の鬼女に弄ばれて、女嫌いになっちゃうのを心配してるから、経験を積んでから来いって意味で言ったの、鏑丸しってる!!

 それを誤解されちゃうのはやだ!! 誤解で小芭内が嫌われちゃうなんて嫌だ! 小芭内は、素直じゃないだけで世界で一番優しいんだーーっっ!!」

「鏑丸!! 本当にいいから!! 頼むからもう黙ってくれ!!」

 

 鏑丸の可愛らしい健気なフォローで本音を暴露された伊黒が、顔の大部分が隠されている状態でも茹蛸状態だとわかるほど赤くなって、鏑丸にもはや頼み込む。

 ここまで言われて照れているのに、鏑丸を自分から引き離すことも、口を手でふさぐなどといった実力行使に出ないあたり、鏑丸の飼い主好きっぷりに説得力を持ち、同時に彼の発言に信憑性が生まれて小鬼二人が懐く印象がまた反転する。

 

 現に、困惑しながら助けを求めるように後ろを振り返ると、鬼灯は呆れたような声音で言った。

 

「いつも鏑丸さんにこうやって暴露されるんですから、いい加減素直になればいいものを」

 

 どうやら本当に彼はただ単にツンデレ気質な、初対面の新入りにも思慮深く心配して自分が悪役になることも厭わず忠告してくれる、ぐう聖レベルの善人らしいことを唐瓜たちは確信した。

 

 * * *

 

「あの……なんていうか、生意気言ってすみませんでした」

「ごめんなさーい」

「いいから今すぐに忘れろ! こっち見るな! 帰れ!!」

 

 今までの鬼殺隊関係者の例に外れず、やはり良い人だったことを確信したので唐瓜と茄子は素直に自分たちの非を詫びるが、伊黒は顔を真っ赤にしたまま、木の上で腕をぶんぶん振って追い払うようなしぐさで怒鳴る。

 葉が刃の刀葉樹の上でそんなことをしてもやはり傷一つ負わないあたり、「柱」としての実力の高さがよくわかるのだが、もちろん今の伊黒を見てそんな凄さは気付けないし、気付かれたって伊黒も喜ばない。

 

 何だか一気に親しみを感じられるようになった伊黒を、茄子は本人の希望を無視して眺めながら鬼灯に、「ところで伊黒さんってここの獄卒でいいんですよね?」と今更なことを尋ねる。

 今更だが鬼灯も生前の職歴は語ったが、現在の立場は何も教えてなかったことに気付いて「そうですよ」と肯定。

 同時に、伊黒が言ってた時から思っていたこともついでに口に出す。

 

「というか、『異性を目的にこの地獄に就くこと自体が愚かだ』なんて、あなたが言いますか?」

「「うっ…………」」

「「え?」」

 

 鬼灯の指摘に伊黒本人と伊黒をフォローしまくっていた鏑丸が同時に、痛い所を突かれたようなうめき声を上げて、鬼灯から目を逸らす。

 その反応に、唐瓜たちも反応して意外そうな声を上げる。この地獄に就ける男獄卒は、筋金入りの硬派か逆に軟派すぎる者と鬼灯が言っており、伊黒はまさしく「筋金入りの硬派」だと思っていたので、また懐いていた印象が悪い方に転がりかける。

 

 彼らの誤解に気付き、お香が苦笑したままフォローする。

 

「唐瓜ちゃん、茄子ちゃん、違うわよ。伊黒さんは自分を棚に上げた訳じゃなくて、そもそも彼はね……」

「お香!!」

 

 しかし鏑丸の時以上に大声を上げて、伊黒はお香のフォローを拒絶する。

 鏑丸と違って空気が読めるお香は、そのまま話してやるか黙っておくべきか、どっちが本当に伊黒の為になるかで悩むのだが、その悩みはすぐに解決。諦めるしかないという意味で。

 

「あー! 鬼灯様だー! どうしたのー? 視察ですかー?」

 

 唐突に、地獄の刑場で聞けるとは思えないほど明るく溌溂、無邪気で可愛らしい声が響く。

 呼ばれた鬼灯だけではなく、全員がその声の主の方に顔を向け、彼女と面識のない新入り二人の頬がやや赤らんだ。

 

 桜色の髪と若葉色の目をした、実に可憐な亡者の女性が声音と全く同じ印象、天真爛漫という言葉を形にしたような笑顔で、こちらに向かって駆け寄りながら手をぶんぶん元気に振っていた。

 お香に懸想していて、ど助兵衛熟女団(マダムス)に反応していたことからして、唐瓜の好みからは外れる女性なのだが、それでも魅力的に思えるような人だった。

 

 それは単純に可愛らしい容姿や、地獄のそれも刑場にはそぐわない明るさも確かに魅力の一つだが、唐瓜が「……いい」と力強く思ったのはもっともっと単純で即物的な所。

 そんなまろび出そうなぐらい即物的な所を、茄子はガン見しながら結構でかい独り言で零す。

 

「すげぇ。おっぱいでけぇ……」

 

 女性というより少女と形容した方が自然なくらい幼く可愛らしい顔立ちに反して、その女性は現代日本の女性と比べても背が高い方で、スタイルはまさしくボン・キュッ・ボン! の典型。

 そのスタイルを惜しみなく披露する服装だが、衆合(ここ)の鬼女たちと違って淫靡さはない。本人の資質からか健康的で溌溂とした印象を与えているのだが、しかし走る勢いを良く表す胸部の躍動感に下心を懐かない男はそういない。

 

 なので、茄子がガン見していたのは悪くない。きっとそれだけなら、本日の「一日体験」としての訓練が予定の3倍ほどきつくなる程度で済んだ。

 悪かったのは、口に出した点だ。そしてその因果の応報は即行だった。

 

 まず最初に背中に衝撃を受け、そのまま倒れ込んだ茄子の目の前にザンッ!! と波打つ赫い刃が地面に刺さる。

 伊黒が茄子の背中に飛び降り、フランベルジュのような赫い日本刀を茄子の目の前……あと数ミリで茄子の鼻が削ぎ落とされているような位置に思いっきり振り下ろして突き刺した。

 ちなみに、伊黒がいた刀葉樹は別に茄子の真上だったわけじゃない。むしろ、2,3mほど距離があった。

 

「……足が滑って落ちた」

 

 明らか狙って跳んで着地して来たのに、そんな言い訳を口にする伊黒。

 その声を聞いたら、最初の嫌味は確かに優しさの裏返しというかただの意地のオブラードであったことはすぐにわかるほど、底冷えしていながら灼熱の憤怒が感じ取れるものだった。現に鏑丸もフォローしようとはせず、むしろ若干怯えているように見えた。

 

「!? 伊黒さん!? どうしたの!? 何事!? 大丈夫!?」

 

 セクハラの重すぎる制裁を喰らった茄子はもちろん、口に出してなかっただけで茄子と同じことを思っていたし、同じ部分をガン見していた唐瓜は顔面蒼白で硬直し、鬼灯たちベテラン勢は予測していたことなのでほぼ無反応な為、伊黒のやらかしに反応したのは駆け寄ってきている女性だけだった。

 

 彼女は伊黒の殺気に気付いていないのか、茄子はもちろん伊黒も心配して「大丈夫?」と泣き出しそうな顔で何度も確認する。

 彼女の問いに伊黒はやや気まずそうに目を逸らして「問題ない」と答える。そして茄子を心配する女性を制して、彼女の代わりに手を差し出して「大丈夫か?」と尋ねるので、マイペースすぎて周りを振り回す茄子だが人の機微には鈍くないので、もうこの時点で鬼灯の指摘とお香のフォローが何だったのかを大体察していた。

 

 なので、「あー、大丈夫です。っていうか、ごめんなさい」と言いながらその手を取ろうとしたが、その直前に鬼灯が覇気なく忠告。

 

「茄子さん、今その手を取ったらたぶん握り潰されますよ」

「どういうこと!?」

 

 弾けるような勢いで茄子が手を引き、伊黒は小さくだが確かに舌を打ったことで鬼灯の忠告は正しかったと知る。

 

「伊黒さん、本当にどうしたの? 何があったの?」

「……別に何でもない」

「あの小鬼が蜜璃をいやらしい目で見てたから、小芭内怒ってるの」

「鏑丸ーーっ!!」

 

 流石に鬼灯の忠告と伊黒の舌打ちは聞こえたから、女性は戸惑いながら伊黒に尋ねるが、もちろん伊黒は答えない。

 だが鏑丸があっけらかんと答えて、伊黒と女性……蜜璃を同時に真っ赤にさせた。

 

 そんな二人と一匹のやり取りに、顔色を回復させた唐瓜が砂糖を吐き出しそうな表情で鬼灯に尋ねる。

 

「……鬼灯様、あの女性って…………」

「甘露寺 蜜璃さん。伊黒さんと同じく鬼殺隊の柱だった人です。ちなみに柱名は、恋柱。

 最終決戦時に伊黒さんと同タイミングで殉死し、その直前に『生まれ変わったら結婚しよう』と約束し合いましたが、お互いに善人すぎて転生ではなく天国永住が決まってしまって逆に気まずい思いをしたバカップルです」

「鬼灯ーーっっ!! 甘露寺の紹介に余計な情報を乗せすぎるなーっっ!!」

 

 鬼灯の紹介に、紹介されている本人は真っ赤になって蹲ってしまったので、伊黒が代理でもっともすぎる突っ込みを決める。

 もちろんそんな突っ込みで素直に謝る鬼灯ではない。むしろ自分が被害者だと言わんばかりのうんざり顔で、伊黒に言い返す。

 

「言われたくなければ、さっさと祝言あげたらいいでしょう。せめて、付き合え。

 何でプロポーズされて、それに応えているのに100年たってもあなた達は未だに交際すらしてないんですか?」

「「え?」」

 

 鬼灯の「お前が言うか?」という指摘は、蜜璃がおそらくその容姿と鬼殺隊の最高戦力である柱に上り詰めた実力からして衆合の獄卒に適任とスカウトされ、彼女を想う伊黒が衆合地獄の亡者や刑罰の内容からして彼女を心配して、蜜璃の護衛のような形で同じ地獄に就職したことを指していたことは、もう説明されるでもなく唐瓜も茄子も察している。そして実際、その通りである。

 

 しかし、苗字が違うので結婚はしていないのはわかっていたが、まさかまだ付き合ってもいない段階だということを小鬼たちは信じられなかったので思わず伊黒を凝視すると、伊黒は顔を真っ赤にさせたままオロオロと狼狽え始めた。

 

「なっ! あ……いや……だって……確かに……甘露寺は言ってくれたけど……俺も死ぬ程というか生き返りそうな程に嬉しかったけど……けど、あれは……生まれ変わったらの約束で……だって……俺はまだこんな……汚らわしい……」

「伊黒さんは汚らわしくなんかない!!」

「小芭内は汚くなんかない!!」

 

 最初こそは赤い顔でパニくりながらの言い訳だったが、段々とパニックではなく泣きそうなのを堪えるようなたどたどしさで何故か自分を卑下し始める伊黒に、蜜璃と鏑丸が同時に否定してフォローする。

 伊黒の自嘲に鬼灯は心底不愉快そうに舌を打ち、小鬼たちは伊黒の様子に戸惑うやら鬼灯の不機嫌さに怯えるやらしながら、お香にこっそり「どういうことですか?」と尋ねた。

 

 そしてお香も、淡い苦笑を浮かべながら声を潜めて教えてくれた。

 

 伊黒は、鬼に媚びを売ってそのおこぼれで甘い蜜を吸い続けて栄えた、罪人の一族であること。

 しかし伊黒自身は、その一族が鬼に差し出す生贄としての子供だった為、犯罪に加担してないどころか被害者の立場であること。

 だけど、自分は鬼に媚びて他者の命を売り続けた罪人の血筋であることは否定できないことを気にして、自分が逃げ出したことで歳の近い従姉妹一人を残して一族が鬼に皆殺されたことを「自分の所為だ」と責め続けていると教えられた。

 

 その説明で、何で両思いなのに「生まれ変わったら」という条件に固執して、100年たっても交際にすら至っていない理由は理解でき、「ツンデレじゃなくてヘタレだな、この人」という印象もまた反転する。

 鏑丸が最初に言った通り、彼は優しいからこそ幸福になれない、なることに罪悪感を抱く、狛治によく似た人間性なのだろう。

 

 その事に気付くと、伊黒の何もかもが痛々しくて見ていられなくなるのが普通の感性だ。

 ……しかし普通じゃない感性代表が、想い人と親友のフォローもウジウジと否定して拒絶する伊黒を一喝する。

 

「本当、見ていてイライラする人ですね。いい加減、腹をくくらないと私が今ここで甘露寺さんに求婚する!!」

『!!??』

 

伊黒に腹をくくらせる脅し文句としては最適だろうが、鬼灯は脅す段階を超えてただの予告になっている事を言い出し、伊黒だけではなくその場の全員を盛大に困惑させた。

 

「ほ、鬼灯様! 冗談でもそれはちょっと恥ずかしいわ!」

 

 言われた当人の伊黒は、蜜璃を誰にも渡したくないという思いと、自分が彼女を縛っている罪悪感に揺れて、青い顔色のまま何も言えなくなっているが、そんな彼を庇うように蜜璃は鬼灯の発言を冗談ということで流そうとする。というか、彼女からしたら本気でそう思っているのだろう。

 しかし鬼灯は真顔で否定。

 

「冗談じゃありませんよ。実際に、初めて出会ってすぐに口説いたじゃないですか」

『!?』

「ふえっ!? そ、そうでしたっけ?」

「……蜜璃ちゃん、落ち着いて。伊黒さんも戻ってきて。それ、衆合(ここ)の獄卒への勧誘の話だから」

 

 否定して爆弾発言を投下し、更に唐瓜たちや衆合地獄の獄卒たちの困惑と好奇心を加熱させ、そして口説かれたらしい本人が真っ赤になってパニくる。

 伊黒の方はというと、真っ青を通り越して真っ白に風化しそうになっていたので、お香が二人に鬼灯の誤解を全力で招いている発言を修正した。

 

 だが、鬼灯は伊黒を攻撃する手を緩めない。

 

「いえ、実際に甘露寺さんはかなり私の好みの範疇です。鬼殺隊に婚活で入隊する発想力と行動力とか、動物好きなところとか。普通に付き合えるのなら付き合いたいし、結婚もしたい。

 というか、鬼でもいいのなら甘露寺さんと結婚したい輩は数えきれないくらいいますよ。皆が元鬼殺隊だから、無惨無関係とはいえ鬼は範疇外かと思っているのと、伊黒さんのことで気遣っているから、どこぞのダメ神獣並みに軟派な奴しか口説かないだけで」

「なっ!?」

「はへっ!?」

 

 真顔のまま、別に恋愛感情はないだろうが蜜璃が「はい」と求婚を受け入れても自分は一切困らないと断言し、更に伊黒のライバルは山ほどいることまで暴露して、お香のフォローで若干回復していたはずの伊黒が再び白くなりかけ、蜜璃は間抜けな声を上げながらさらに赤くなる。

 

「はい! 俺もその一人です!!

 甘露寺さん! めっちゃ好きです!! 一生、お腹いっぱい桜餅を食べさせてあげるので、鬼でも良かったらぜひ!!」

「料理が趣味だし、猫好きです!! ぜひとも俺の嫁にどうか!!」

「甘露寺さーん! 俺だーっ!! 結婚してくれーっ!!」

 

 しかもそのまま衆合の男獄卒共が便乗して、鬼灯よりも本気で蜜璃に求婚し始めた。

 生前はその特異すぎる髪や体質をボロクソにけなされて見合いは破談になった為、蜜璃は結構自己評価が低い。

 家族に愛されて育ったのとお館様や仲間達のおかげ、そして本人が根っから明るい性格なので卑屈にこそなっていないが、少なくとも自分は男性に好かれやすいタイプではないと思っている。しかし、その認識はこの地獄では間違いだ。

 

 確かに人間相手では、大正時代はもちろん現代であっても蜜璃の桜餅の食べ過ぎて変化した髪や目の色、そして筋肉が常人の8倍の密度を持つ体は、どう言い繕っても普通とは言えないし、本人や伴侶が気にしなくても遺伝した子供が気にするかもしれないと考えたら、家庭を築くには二の足を踏むのは責められない。

 

 だが、鬼からしたら蜜璃の髪や目は派手な部類だが二度見するほど珍しいものではない(桜餅が原因で変色したという事実は、鬼でもあり得ないのだが……)し、腕力だって鬼女の中では強い方レベルであって、やはりそこまで規格外ではない。

 しかも裁判で天国永住決定済みなので、転生でいつか別れなければならないという不安もないので、地獄の住人である鬼にとって蜜璃は普通に可愛くてスタイル抜群で性格もいい、まさしく理想の女性そのものなのだ。

 

 そんな自分の評価を100年たっても気づいてなかった蜜璃は、同時多発求婚に狼狽えまくるが、それ以上に狼狽えているのは伊黒だ。

 彼は自己評価が低いどころかマイナスなのと、この100年で地獄の鬼は自分が憎んだ無惨の鬼たちとは全く違う、特に自分の同僚たちは生前の同僚達と同じくらい気のいい奴ら揃いであることを表には出さないが認めているからこそ、自分が身を引いた方が蜜璃は幸せになれるのではないかという思いを抱いてしまう。

 

 けれど、それでも諦めきれない。

 それぐらい、彼女が救いだった。自分の全てだった。

 鬼を倒してくれた当時の炎柱や、自分の一族も生い立ちも何もかもを受け入れて、我が子と言ってくれたお館様以上に、彼女の明るさが、優しさが伊黒の心を占めて救い続けてくれた。

 

「だめーっ! 蜜璃をとっちゃだめー!! 小芭内は蜜璃がいないと生きていけないの!!」

 

 鏑丸の叫びも、「やめろ」とは言えない。そんな余裕もない。

 それぐらい、伊黒は蜜璃を失いたくない、他の誰かのものになんかなって欲しくないのに、けれど蜜璃の幸せを誰よりも何よりも願っているからこそ、彼はひたすら泣きそうな顔で周囲を見渡し、両手を空に彷徨わせることしか出来ない。

 

「あ、あの! み、みんなのお気持ちは凄く嬉しいけど! ごめんなさい!!」

 

 伊黒は何も言えなかった。

 けれど蜜璃は、顔を真っ赤にさせたまま、混乱のあまりに目が回ってるような状態で、それでも頭を深々と下げて謝り、宣言した。

 

「私! 伊黒さんが好きなんです!! 生まれ変わったらって言ったけど、本当は私のまま、伊黒さんのお嫁さんになりたかったくらいに好きなの!! 伊黒さんじゃないとダメなの!!

 だから! ごめんなさい!!」

 

 100年たっても腹をくくれない、煮え切らない、そのくせ独占欲と嫉妬心だけは強い自分のことを、自分のまま好きだと、結婚したいと言ってくれた。

 

 その言葉をしばし伊黒は理解しきれず、ポカンとした顔のまま固まってしまうが、鬼灯の「知ってます」という発言でようやく脳が理解してそのまま今日一番真っ赤になった顔を隠すように、その場に座りこんで蹲ってしまう。

 

「まったく。ここまで想ってもらえているのに、一体何で腹がくくれないんだか?」

 

 鬼灯からしたら脅しても無駄、振られることはわかり切っていた茶番をやらかしてもまだ腹をくくれない伊黒に心底呆れるが、鏑丸が相変わらず伊黒を羞恥で殺したいとしか思えない発言で鬼灯に怒って、伊黒にトドメでしかないフォローをする。

 

「小芭内を悪く言うな! 小芭内は蜜璃が素敵すぎるから、蜜璃に相応しくなるように努力し続けてるけど、蜜璃が世界で一番可愛くて素敵すぎるから、いくら努力してもし続けても納得できないだけだ!!」

「……鏑丸。本当に頼む。ちょっと黙っていてくれ」

 

 親友が的確過ぎるほど伊黒本人の心の内全てを理解しているからこそ、伊黒は羞恥で死にそうになるが、親友の健気さとその発言、特に蜜璃が素敵すぎるは事実で否定なんて絶対にしたくなかったから、小声で黙るように頼むことしか出来なかった。

 

「ふぇっ!? え? あ、ありがとう鏑丸ちゃん……。伊黒さん……」

 

 そして蜜璃はまた更に恥ずかしそうに顔を赤くしながら鏑丸と伊黒に礼を言い、そして蹲って顔を隠す伊黒の傍らに座り込み、告げる。

 今度は周囲にではなく、彼だけに。

 

「あ、あのね、伊黒さん。……私にとって伊黒さんは今で十分、私にはもったいないぐらい、世界で一番素敵な人だけど……私、待ってるから。

 私、伊黒さんが伊黒さん自身を好きになれるまで、いつまでも待ってる! 待つのは全然辛くないから、大好きな伊黒さんが自分のことを好きになってくれたら嬉しいし、そんな伊黒さんが私のことを好きになってくれたら、私を……お嫁さんにしてくれたら世界で一番幸せだから……だから伊黒さん。ゆっくり、自分を好きになって。

 それまで私も、伊黒さんに嫌われないように頑張り続けるから!!」

 

 生前の、最期の瞬間の逆プロポーズ以上に情熱的で、そして伊黒からしたらこんな幸せが許されていいのか不安になるくらい嬉しいことを言われたが、やはり自分を罪深い、汚らわしいと思っている伊黒は蜜璃の言葉に応えられない。

「ありがとう」すら言えなかった。

 

 ……だけど、自分の肩に触れる蜜璃の手に自分の手を重ねた。

 自分の手を重ねた時の蜜璃の笑顔は、視力がほとんどない金の目でもはっきりと確かに見えたから、だからこそいつか必ずと心に決めることだけはようやく腹をくくれた。

 

 いつか必ず、「生まれ変わったら」ではなく伊黒 小芭内のまま、「結婚してください」と今度は自分から希うことだけはもう諦めない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「じゃ、後のことは伊黒さんにお任せしますから、唐瓜さんと茄子さんは一日衆合地獄の獄卒体験を頑張ってください」

「この流れで、伊黒さんに任されるの俺達!?」

「って言うか伊黒さん、この後仕事できる!?」

 

 まさかのこのタイミングで鬼灯は小鬼たちをよりにもよって伊黒に丸投げして、閻魔殿に帰ろうとする。

 当然小鬼たちは突っ込みで抗議するが、鬼灯は無視して来た道を戻り出すので、二人は付き合ってないのに誰にも付け入る隙などないバカップルの傍らに残されて途方に暮れる。

 

 お香に助けを求めようにも、お香も苦笑しつつ「ごめんなさいねぇ」と言って鬼灯の後をついて行ってしまった。

 そして鬼灯の隣に並んだお香は、少しだけ上司と部下ではなく幼馴染の顔をして言う。

 

「鬼灯様。伊黒さんをいじめちゃダメよぉ。そんなに、伊黒さんが嫌い?」

「先ほど言った通り、見ていてイライラするんですよ。甘露寺さんの事に関してヘタレなのは、面白いからあのままでもいいくらいですけど、天国永住だと言われても自分を罪深いだの、汚らわしいだのと卑屈にウジウジウジウジしているのは我慢なりませんね」

 

 お香の問いに、彼女の方を見もせず鬼灯は即答した。

 その答えを予測していたからこそ、お香は何も言えずに溜息をつく。

 

 鬼灯の答え自体に、返す言葉はない。だが、疑問はあった。

 鬼灯の苛立ちは、同族嫌悪ではないか? という疑問だ。

 

 しかしお香自身はその仮説を否定している。

 鬼灯の過去、人間だった頃の事情、伊黒と鬼灯の生い立ちがよく似ている事を知っていれば「同族嫌悪」が一番自然に思えるが、お香の知る鬼灯という人物像がそれを否定する。

 

 鬼灯は伊黒と違って、むしろ何でこうなったかが謎過ぎるくらいに自己肯定力があるからだ。

 驕ったナルシストな所はないが自分を正確に評価しており、卑屈な所は補佐官になる前どころか子供のころから一切ない。

 

 だから彼は自分と似た環境や事情で、不当な扱いを受ける者に対して多少の手助けすることはあっても、必要以上に肩入れはしない。そもそもそういう理由でそういう相手に近づきはしないし、同情するかどうかも怪しいくらいだ。

 彼は「他人(ひと)他人(ひと)。自分は自分」を常に自然体で実行し続けているから、肩入れはもちろん昔の嫌いな自分を否定したいが故の八つ当たりじみたことだってしない。同族嫌悪するほど、同一視など元からしないのだ。

 

 だけど、お香の印象では鬼灯は最初から伊黒に関しては厳しいというか当たりが強く、そのくせ何故か積極的に関わろうとすることが多く感じていた。

 現に今日も、唐瓜たちの一日体験の教育係に伊黒を指名しているのは、なんだかんだで彼は面倒見がいいからなだけではないだろう。

 

 その事を疑問に抱きつつも、同族嫌悪かどうかは横に置いても鬼灯が不機嫌なのは事実なので、お香は無駄口を叩かないでおこうと口を噤む。

 

「…………ただ卑屈なだけなら、隅っこで蹲ってキノコでも生やしてろとしか思わないんですが」

 

 だが、何も訊かずとも鬼灯が独り言のように語る。

 お香がある程度、鬼灯の内情を想像できるのなら同じく幼馴染である鬼灯だって出来る。

 だから答えたのだろう。

 

「他者が認め、与えてくれた自分の価値を否定するのが許せないんですよ。

 自分が自分のことを嫌いなのは勝手ですけど、他者の価値を自分ごと下げるなって話です」

 

 その答えに、お香はしばしきょとんとしてから笑った。

 納得したように、実際に納得したから笑って、「そうねぇ。その通りだわ」と鬼灯の答えに同意する。

 

 お香が思った通り、鬼灯は伊黒に同族嫌悪などしていない。ただ単に、伊黒個人に対してムカついていただけだ。

 

 

 

『丁って「召し使い」のことじゃないか。改名しなよ。

あ、鬼火に丁なんだから、「鬼灯」てのは?』

 

 

 

 理不尽に奪われるだけだった、奪ってもいい存在だと証明するような名を自然体で否定して、個人として認めてくれた。

 そんな人が「罪はない」と断言しているのに、自分が嫌いだからというだけでその人の判断が間違えているように否定するから。

 

 だから鬼灯は伊黒に対して当たりがキツく、そして意地のように関わって伊黒の卑屈さをスパルタで叩き直そうとしているのだろう。

 そう思って納得したが、お香はその考えを決して口には出さない。

 

 出したら、伊黒以上に意地を張って認めず面倒くさいことになるのはわかっているから。

 

 鬼灯のしている事は、鏑丸がしていたことと同じ。

「閻魔大王は間違えていない」と、訴え続けているだけなんて口にしない。





鏑丸のキャラを勝手に作ってごめんなさい……って謝るべきなんだろうか?
鬼灯世界なら絶対に鏑丸はしゃべるし、そして蜜璃の可愛さにビックリして伊黒さんを噛んだりするような子だから、こういう子だと私は信じて疑わない。
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