「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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なんか妙に筆が乗って書き上げてしまった……。




『なおさら気色悪いわ死ね!!』

 ある日の午前、いつも通り下っ端の雑用をこなしていた唐瓜と茄子が閻魔庁の廊下で少しだけ珍しい顔見知りを見つける。

 

「あ、恋雪さんだ」

「ん? あ、本当だ」

 

 狛治の愛妻である恋雪は、何度か会ったことがあって二人は既に顔見知りであり、彼女が閻魔庁に訪れること自体は珍しくないのだが、その理由は狛治と昼食を一緒に取る約束をしていたり、帰りにどこか一緒に出掛ける為なので、見かけるとしたら昼時か夕刻あたりがほとんどだった。

 

「おーい、恋雪さん、どうしたのー? 狛治さんに忘れものでも届けに来たの?」

 

 なので、まだ10時にもなっていない現在ここにいる理由はそのあたりしか思い浮かばず、茄子は持ち前の躊躇の無さを発揮して、親切心で声を掛ける。

 小鬼の存在に気付いてなかった恋雪はいきなりの声かけにビックリはしたが、すぐに顔見知りで夫が可愛がっている後輩であることに気付き、彼女はいつもの愛らしい笑顔を二人に向けて、まずは挨拶。

 

「あ、茄子くん。それに唐瓜くん。おはようございます」

「おはようございます。ところで、今日はどうしたんですか? 何か狛治さんに届けに来たのなら、案内しましょうか?」

 

 唐瓜も恋雪に挨拶を返してから、茄子の発言を少し丁寧に言い直して提案すると、恋雪は少し申し訳なさそうに話し始める。

 

「えっと、ごめんなさい。お気遣いは嬉しいのだけど、狛治さんは関係ないの。今日は樒さんにお料理を教えにもらいに来たから……」

「樒さんに料理?」

 

 新人とはいえ、五官王の補佐官である樒の名や顔は知っている。唐瓜だけではなく茄子も。

 それだけインパクトのある人かと言われたら、ちょっと迷う。唯一の若い女性裁判官に補佐官も女性だというのは覚えやすい要因だが、樒自身の容姿は「優しくて親しみやすいおばちゃん」としか言いようがない。

 そんな樒を優等生の唐瓜だけではなく茄子も覚えている理由は、彼女が見た目通りの性格で、何かと世話を焼いてくれたからだ。

 

「えぇ。樒さんは昔から私や狛治さんに気をかけてくれて、優しくしてくれるんです。

 今日みたいにお休みの日には、現世の視察で見つけた料理本を譲ってくれたり、お肉抜きでも美味しくて栄養満点な料理を教えてくれたりするんです。それも、天国からなら樒さんがいらっしゃる五官丁より閻魔庁の方が近いという理由で、わざわざ閻魔庁の台所をお借りしてくれるので、私は頭が上がりません」

 

 恋雪は嬉しげに、狛治のことを人に話す時と同じように樒がいかに優しいかを語るので、唐瓜も茄子も微笑ましい気持ちになって納得する。

 樒の性格からして狛治も恋雪も放っておける訳がないのは想像がついたし、恋雪は母親を自身の看病疲れで自殺されてしまったという過去も二人は知っている。だからこそ樒はなおさらに恋雪を気に掛けるし、そして恋雪はきっと樒に母親の面影を見て慕っているのだろう。

 

「そうですか。なら、呼び止めてすみません」

「ごめんね、邪魔して」

「いいえ。気遣ってくれてむしろすごく嬉しかったから、気にしないでください」

 

 恋雪がここにいる理由はわかったし、樒によるお料理教室が前々から何度かあったのなら、食堂ではなく来賓が来たときなどに使用される閻魔庁の台所がどこにあるかも知っているだろうから、案内も不要と考えて唐瓜と茄子は話を切り上げ、恋雪も笑顔で二人をフォローする。

 そして、少しもじもじしながら彼女は控えめに小鬼たちに頼みごとをする。

 

「……あの、たぶん樒さんとたくさん練習するのでいっぱいお料理を作ってしまうと思うんです。樒さんも、お昼になったら狛治さんも食べてくれると言ってくれてますし、余ったら持って帰って夕飯にするつもりですけど……もしよかったら、お二人も食べてくれませんか? お肉はありませんから、物足りないかと思いますけど……」

「え? いいんですか!! 食べたい食べたい!」

「ちょっ、コラ茄子! 遠慮がなさすぎだろ!!」

 

 恋雪の頼みを茄子が即答で了承し、唐瓜が軽く叱りつける。

 だが茄子は、「だって狛治さんの弁当、いつもめちゃくちゃ旨そうだけど、一口下さいとは言い辛かったからさー」とやけに恋雪の提案に食いついた理由を語り、恋雪は嬉しさと微笑ましさでクスクス笑う。

 

「ありがとうございます。ご期待に沿えるように、頑張りますね!」

 

 そう言って両手で握りこぶしを作ってやる気を表す恋雪に、思わず二人は狛治を羨ましく思うよりもこの夫妻を尊く思って拝み、恋雪を困らせたのは余談。

 そんなやり取りを経て別れ、唐瓜と茄子は微笑ましい気持ちで法廷に向かう。

 

 朝から心洗われる会話を交わし、昼も美味しいものを食べて微笑ましいものを見れるのが確定しているから、今日は実にいい日だと二人は思っていた。

 ……法廷に入るまでは。

 

 * * *

 

「!? 唐瓜さん! 茄子さん! 狛治さんを見かけませんでした!?」

 

 刑場の掃除や拷問器具の手入れが終わった報告をしに来た法廷で、唐瓜たちが何かを言う前どころか法廷に入った瞬間、鬼灯が勢いよく振り返って尋ねてきて二人をビビらせる。

 

「!? へっ? きょ、今日はまだ見てません!」

「ど、どうしたんですか? 鬼灯様?」

 

 ビビりつつ唐瓜が返答をし、茄子が鬼灯の剣幕に理由を問うと、鬼灯は眉間に皺を盛大に寄せて舌も打ってから答える。

 

「……サタンのアホが来るんですよ」

 

 しかしその返答では、謎が増すだけだった。

 EU地獄のトップであるサタン王が本日来日してくる予定がなかったのは下っ端の唐瓜たちでも知っているが、サタンはアポなしで勝手に来ては接待を求める身勝手ぶりも知っているので、それだけ言われても「いつもの事では?」としか思えない。

 鬼灯がイラつく訳はよくわかるが、まさか本人がいないとはいえアホ呼ばわりするほど怒るようなことなら、とっくの昔にサタンは日本に重すぎるトラウマを刻まれて、来るどころか名前を聞いただけでも泡吹いて気絶するようになっているだろう。

 

「うん、唐瓜くんたちが困るのはわかるよ。いつもの事だもんね。

 けど、今回はいつもと違って、ええっと……蓬君、何だっけ?」

「これです。閻魔大王」

 

 閻魔大王が鬼灯の言葉足らずをフォローしようとするが、大王も混乱しているのか言葉が出ず、鬼灯の傍らにいた他の獄卒に尋ね、蓬と呼ばれた獄卒が何やら雑誌を取り出して中を開き、二人にある漫画の1ページを見せた。

 

 そこに描かれているのは、儚げで可憐な美少女が泣きながら笑って、同じく泣いて自分に縋りついている美青年を抱きしめ返しているシーン。

 見るからに感動シーンであることはわかるのだが、何の漫画かすら二人はわかってないので、感想も何も言いようがなく、小鬼たちはさらに困惑する。

 

 ただ、なんとなく二人ともこのシーンを見て心のどこかに引っかかるものを感じた。

 それが何なのかを理解できないまま、蓬は二人に説明する。

 

「これ、『鬼卒道士 チャイニーズエンジェル』って漫画のワンシーンなんだ。で、サタン王はこの漫画の主人公、エンジェル朱色のファンなんだよ」

 

 そう言って、ページをいくつかめくってそのエンジェル朱色というキャラを見せるが、それも唐瓜たちからしたら「それがどうした?」という話だ。

 

「で、この女の子は最近終わった長編シリーズのゲストかつキーキャラ。名前は珂雪(かせつ)

「……今朝、というかついさっき、リリスさんからメールが届いたんですよ。

『サタン様が、「リアル珂雪ちゃんをサタン城のメイドにスカウトしてくる!!」と言って出て行ったから、注意して。っていうか、絶対に守ってあげて!』という内容のメールがね……」

 

 なんとなく名前の時点で最初に見た時に感じた引っ掛かりが強くなり、不愉快そうに鬼灯が加えた説明でその引っ掛かりが段々と何なのかわかってきた。

 

 そしてトドメに、蓬がようやくこのワンシーンに至る漫画の経緯を簡略化して説明する。

 

「鬼卒ってのが簡単言えば、死体に魂を呼び戻してその死体を操る術と、操られてる死体のこと。

 で、エンジェル朱色とかは善側で、悪側の鬼卒もいる。こっちの男キャラはその悪側の鬼卒だけど、元は善人なのに恋人を殺された絶望で自殺して、その時の絶望と怒りと自分の死体を利用されて悪堕ちしてたって設定。

 最終的に主人公たちに倒された事で恋人のことを思い出し、魂は恋人と再会したっていうシーンがこれで……」

「「どう考えても、モデルが狛治さんと恋雪さん!!」」

 

 最後まで蓬が説明する前に、小鬼たちは力いっぱい突っ込んだ。

 理解すれば、そのキャラが二人とも容姿はそっくりではないが、雰囲気が狛治と恋雪によく似ている事に気付ける。デジャブとまではいかないが、何かが引っかかる訳である。

 

「何なんですか、これ!? この作者、実は獄卒なんじゃね!?」

「獄卒は公務員なので、副業は禁止です。というか、副業で漫画家やれる時間はまずない。ですが近しい身内や友人が獄卒なのは確実ですね」

 

 あまりの一致っぷりに唐瓜は激しく突っ込み、鬼灯が冷静に現役獄卒が作者はさすがにないと否定するが、鬼灯自身もこのエピソードは間違いなく狛治の過去を無許可でモデルにしていると確信しているので、その内情報を流した犯人を洗うと宣言。

 

 ただ一応、情報を流したであろう獄卒はともかく作者の名誉の為に言うと、狛治達の過去を個人特定が容易に出来る程そのまんま漫画化はしていない。

 先ほどの蓬の説明はかなり大雑把に最低限の筋だけ教えたので狛治の過去そのものに思えるが、狛治モデルと思われる敵がメインのシリーズを通して読むと、狛治の過去を知っている人でも「あー、確かに言われてみれば似てるかも」程度にしか思わないくらいに色々変えているらしい。

 

 狛治夫妻がモデルと確信されるのは、漫画のキャラ二人が再会したシーン、泣いて許しを求める男キャラと恋雪モデルと思われるキャラが泣き笑いながら「おかえりなさい、あなた」と抱きしめ返す、蓬が見せたシーンだ。

 ここだけが狛治夫妻の過去そのまんま過ぎたので、おそらくここら辺のことを作者は獄卒から聞いて、どうしてもそこを描きたくなって描いてしまったのだろう。

 

 なので無許可は確かに問題だが、当事者たちと無限城の決戦を浄玻璃の鏡でリアルタイム視聴していた獄卒以外には気付かれないであろう配慮はしているので、本来なら狛治と恋雪が知ったら羞恥で悶絶する程度で済む話だったのだが……、問題は恋雪モデルであろうキャラクターの容姿だ。

 

 狛治モデルと思われるキャラは、ぶっちゃけ全然容姿は似ていない。主役の朱色が基本は徒手空拳な為か敵キャラは剣士キャラになっているし、容姿は鬼灯視点で見れば義勇か継国兄弟あたりの系統な顔立ちだ。

 だが、珂雪というキャラクターはそっくりそのままとは言わないが、モデルであろう恋雪に似ている。

 これはモデルに似せたというより、ただ単に恋雪自身が「儚げで可憐で健気な正統派美少女」な為、どうしたってそういうイメージに合うキャラクターデザインにするなら似通ってしまう所為だろう。

 

 なので冷静に考えれば、チャイニーズエンジェルの作者はあまり悪くない。

「儚げで可憐で健気な正統派美少女」を作中に出した時点で、恋雪がモデルであろうがなかろうが同じ事態に陥っていた可能性は高いのだから。

 しかし、実際に迷惑をかけられる立場からしたら、理不尽だとわかっていても文句を付けたくなるのもしょうがない。

 

「どうやら以前、リリスさんが来日して恋雪さんと会った時の写真を見たそうです。

 見た当時は漫画にこのキャラクターは登場してなかったのと、あのおっさんは気の強いお嬢さんが好みな為、食指が動かなかったようですが……、この珂雪さんというキャラが登場して、エピソードも秀逸だったせいか今はこのキャラクターに嵌り、よく似た恋雪さんの存在を昨日急に思い出して突発的に日本にやって来たという、実に迷惑かつ最低ないきさつですよ」

 

 ようやくサタンの急な来日理由と、鬼灯が不機嫌極まりない理由が明かされた。

 リリスの連絡が遅くなったのは時差とかではなく、写真を見せたのは一月ほど前だったのとリリスは「珂雪ちゃん」とやらが何のことだかさっぱりわかってなかったので、「リアル珂雪ちゃん=恋雪」だとは全く気付けずに昨日はそのまま見送ってしまい、サタンが出て行ってから置きっぱなしだった漫画を何気なく読んでみて、察したのがついさっきらしい。

 

「一応、ベルゼブブさんも一緒に来ているらしいので、いきなり連れ去るという最悪の事態はないでしょうが……あのイエスマンは絶対にあの変態を止めないから、一刻も早く二人を叩きのめしてEUに送り返さねばなりません!」

「鬼灯君、落ち着いて! 何で一刻も早くすべきことが、恋雪ちゃんの保護じゃなくてそっちなの!?」

「どうせ結果的にそうなるんですから、恋雪さんを不安がらせる前に、何も知らない内にそうするのがベストでしょうが!!」

「そうですよ、大王! サタンの阿呆は、男キャラなんかどうでもいいとかほざく、ファンの風上にも置けない奴ですよ!!

 いらねぇキャラなんかいねぇし、キャラとモデルを同一視するのはどっちに対しても失礼だっつーの! んな奴、段ボールに詰めて送り返せばいいんです! つか、メイドって何考えてるんだ!? 原作本当にちゃんと読んでるのか!? 珂雪は深窓の令嬢だっつーの!!」

「蓬君は蓬君でどこに怒ってるの!?」

 

 どうやら今日、恋雪が樒と一緒に閻魔庁で料理をしている事も鬼灯は知っており、だからこそこの最悪のタイミングにキレまくっているのか、もはや外国の要人であることを一切考慮してない結論を出しており、流石に大王がそれを止める。

 しかし鬼灯は引く気が一切なく、それどころか蓬も便乗してさらに過激なことを言い出すが、大王は蓬のキレ所が気になって段ボールのくだりは聞き流してしまった。

 

「……あの、一体何事ですか?」

 

 そんなカオスに戸惑いつつ、声を掛けてきたのは記録課から本日の裁判資料をもらって来た狛治だった。

 

 狛治の存在に気付き、全員が勢いよく振り返ったことで狛治はビックりしつつさらに困惑するが、彼の困惑を解消させてやる余裕は誰にもない。

 鬼灯は唐瓜たちが法廷に入って来た時と同じ勢いで、狛治に訊いた。

 

「狛治さん! 変態、じゃなかったサタンとその腰ぎんちゃくを見てませんか!?」

「は? え、えぇ、まぁ、ついさっき廊下で……」

『会っちゃったの!?』

「!?」

 

 盛大に外交問題になりそうな発言をぶちかましつつも、それ自体はいつもの事なので狛治の困惑は幸いながらさらに深まることはなく普通に答えると、鬼灯以外の全員が酷く狼狽しながら唱和したので、こちらの反応で困惑は深まった。

 まったく彼は、鬼灯の質問の意図も他の者達の反応の理由も理解できず戸惑いながらも、それでもつい先ほどの出来事を語る。

 

「はい、会いましたけど……サタン王の来日予定なんてなかったですよね?

 なんかサタン王とベルゼブブ長官は、カセツって人に会いに来たとか何とかいって、俺がそんな人は知らないと言えばそのまま勝手にどっかに行きましたけど……、いませんよね? 閻魔庁(うち)にそんな名前の獄卒」

 

 どうやら恋雪と一緒にいる所を遭遇して、恋雪を連れ去ろうとするサタンを汚い花火にするという、狛治と恋雪にとって最悪の事態にはなっていないことに全員がホッとしつつ、困惑している狛治に鬼灯は漫画雑誌を手渡す。

 

 渡され、指示されたページを開いてみて数秒後、結構厚いその雑誌は真っ二つに引き裂かれた。

 

 * * *

 

「あの…………変態悪魔!! 恋雪さんを連れ去る気か!!」

 

 あのシーンだけで、これは自分たちの過去をモデルにしたワンシーンである事、サタンたちが言っていた「珂雪」が誰を指していたかを理解して、狛治は額や腕に青筋をビキビキと浮かべ、サタンに対してかろうじて表面上はあった礼儀を投げ捨てた。

 

「狛治さん、変態のおっさんには滅式でも終式でもヒノカミ神楽でも好きなものを好きなだけ決めて構いませんが、恋雪さんは望まないでしょう。落ち着きなさい。

 あなたは恋雪さんを保護してください。変態共は私たちの方が探して始末します」

「! はい! ありがとうございます!!」

 

 おそらくは剣術道場の連中を虐殺した時並の殺気を放ち、ガチキレていた狛治に獄卒も閻魔大王も本気で怯えるが、鬼灯の方は自分以上にキレる狛治を見て冷静になったのか、彼を宥めて指示を出す。

 ただし、言っている事は全く穏便ではない。サタン王終了のお知らせを実行するのが、狛治か鬼灯かだけの違いだ。

 

 その事に気付いてないのか、それとも気付いているからこそなのか、狛治は鬼灯の言葉で落ち着きを少しは取り戻し、殺気を抑えてそのまま法廷から出て行った。

 そんな彼に続いて唐瓜と茄子のコンビも、「俺達も一応ついて行きます!」「またサタンと鉢合わせしたら、俺達が先にぶちのめしますね!」と言って、狛治について行った。

 

「ちょっと、唐瓜君!? 茄子君!?」

 

 まさかの小鬼たちも外交なんかお構いなし、狛治が汚い花火を製造する前に自分たちが呵責する気しかないことに大王は慌てて、彼も重い体に鞭うって3人を追いかける。

 鬼灯は大王がいれば、狛治や小鬼たちがサタンに自業自得過ぎる何かをやらかしても、大王が責任を取ってくれる、っていうか取らせるので大丈夫だと判断し、そのまま彼は他の獄卒たちにもサタンとベルゼブブを捜して、見つけ次第遠慮なく縛り上げろと命じ、自分も捜しに行った。

 

 狛治は獄卒運動会で鬼もぶっちぎって見せた脚力を惜しみなく発揮して廊下を駆け抜け、来賓などが来たときに使用している台所までやってきて、扉を壊す勢いで開けて叫んだ。

 

「恋雪さん!!」

「!? どうしたの、狛治くん。そんなに恋雪ちゃんのご飯が待ちきれない程、お腹が空いてるの?」

 

 まさしく鬼気迫る勢いでやって来た狛治に、中にいた樒は当然ビックリするが、彼女はビックリするだけで済ませてのほほんと平和すぎる憶測をたてて訊く。

 だがそんなの、狛治の耳にも頭にも入っていない。

 中に、食堂と比べたらだいぶ小規模な台所には樒しかいない。恋雪がいないのだ。

 

「し、樒さん!? 恋雪さんは!? 恋雪さんはどこですか!?」

 

 辺りを何度も見渡して、狛治は今にも泣きそうな顔で樒に恋雪の居場所を尋ねる。

 流石に狛治の様子で樒も困惑し始め、彼女は狛治を落ち着かせるつもりで答えた。

 

「どうしたの、狛治くん。落ち着いて。恋雪ちゃんなら、少し足りない調味料を食堂から分けてもらいに行ってるわ」

 

 事情を知らない樒は、別に閻魔庁から出ていないし法廷の方にも近づいていないので、反省してない、地獄行きがほぼ決定事項の質の悪い亡者と鉢合わせることはまずないと知らせて安心させるつもりが、それは今の狛治と状況からは悪手だった。

 

 樒の言葉に狛治の顔から一気に血の気が引く。

 自分がサタンたちと会って、別れた時に彼らが向かって行ったのは閻魔庁の食堂だったことを、狛治は思い出してしまった。

 

「こ、恋雪さん!」

 

 しかし今度こそ、自分がいなかったこそ、間に合わなかったこその悲劇など起こさせないと誓っている狛治はすぐさま踵を返し、自分の事を気遣い、心配してくれてついてきてくれた後輩の小鬼たちや閻魔大王を無視して廊下を逆走。

 

「!? 狛治さん!?」

「え? 何で逆走!?」

「ちょっ、ちょっと待ってお願い……。死んでるけど死んじゃいそう……」

「? 大王、一体何が起こってるんですか?」

 

 狛治がまたしても廊下を爆走し、三人は息を切らしつつもまた来た道を戻って追う。樒も訳が分からぬまま、とにかく恋雪に何か危機が迫っている事だけは察して、彼女も狛治を追いながら大王や小鬼たちに事情を聞く。

 

 そして狛治が食堂の入り口付近にまで辿り着いた時、真向いの廊下から鬼灯も金棒を抱えて走って来ていたが、彼にはそれも見えていなかった。

 

「珂雪ちゃん! リアル珂雪ちゃんだ! ベルゼブブ、見ろ! 可愛い! 新作のメイド服が絶対に似合うぞ!!」

 

 食堂の入り口で、恋雪に向かって何やら興奮して勝手に騒いでいるサタンと、思いっきりドン引いている恋雪しか狛治の目には入らなかった。

 

 狛治に冷静さが残っていれば、恋雪は盛大にサタンにドン引きして困惑はしているが、怯えてはいないことに気付けただろう。

 おそらくはベルゼブブとは面識があるのと、ニュースなどでサタンの顔は知っていたので、初対面ではあるが知らない変な生き物ではなく、外国の要人であることは理解しているからと、サタンの言っていることが恋雪にとっては意味不明すぎて、たぶん自分のことで興奮している変態だとは気付いていないからこそ、ドン引きと困惑で済んでいるのだろう。

 

 なのでまだ、最悪の事態とは言えない、間に合ったと言える状態ではあるのだが、当然そんなことに気付けるほど狛治の後悔は浅くなく、恋雪への想いだって軽くない。

 狛治にとって、サタンの視界に恋雪が入った時点で、もはや許しがたい所業だった。

 

 愛する人が身勝手な男の欲望を押し付けられ、本人の意思を尊重どころか踏みにじられるトラウマを盛大に踏まれた狛治の頭に下がっていた血の気が一気に昇り、怒りと憎しみのあまりに今度は恋雪すらも見えなくなる。

 その事に気付いているからか、鬼灯は抱えていた金棒を振り上げて、炭治郎から見て覚えた投擲技術をここで炸裂させて、先に自分がサタンをぶっ潰そうと試みた。

 

 どちらにせよ、恋雪のトラウマ確定なことをどっちも恋雪を思いやっているからこそ実行しようとしていたが、幸いなことに恋雪にグロいトラウマは生まれず、びっくりしてさらに困惑する程度で済んだ。

 

「!? 恋雪ちゃんに何してんのよ!! このっ!! 変っっ!! 態ぃっっ!!」

『え?』

 

 その恋雪救済MVPは、樒である。

 狛治がサタンの元まで辿りつくよりも、鬼灯が金棒をブン投げるよりも先に、彼女がブン投げたものがサタンに命中したからだ。

 

「サタン様ーーっっ!!??」

『閻魔大王ーーっっ!!??』

 

 ……樒が投げたのは、ひいひい言いながら必死で隣を走っていた閻魔大王だった。

 五官王の裁判で使う秤に岩をブン投げて乗せるだけあって、閻魔大王を遠投するくらい余裕だったようだ。

 

「は? え? し、樒さん? 一体、何事?」

「き、貴様! サタン様に何を……」

「それはこっちのセリフです!! あなた達、恋雪ちゃんに何をしようとしてたの!?」

 

 母親のように慕っている人が、夫の上司を文字通りブン投げるという現実に恋雪は盛大に困惑して狼狽え、ベルゼブブはもちろん樒にキレるのだが、樒はベルゼブブに最後まで言わせず怒鳴り返す。

 

「あなた達、恋雪ちゃんをEUに連れていくってどういうこと!? 狛治くんと引き離す気!?

 やっと夫婦になって一緒にいられるようになった二人を引き裂くなんて、何を考えてるの!? 人の心がないの!? 悪魔なの!?」

「え? あ、そ、そうだが……」

「黙らっしゃい!!」

 

 投げつけたものの勢いとその投げたもの自体のインパクトで、思わず怒りが吹っ飛んで恋雪と同じくらい困惑して固まる狛治の横をずんずんとガチキレしながら樒は進み、ベルゼブブと閻魔大王の下敷きになっているサタンに対してお説教。

 だがキレすぎている樒は、割と訳わからない当たり前なことを言っているので、ベルゼブブも困り果てながら肯定すれば、黙れと結構理不尽なことを言い出す。

 

 そんなガチギレ樒を眺め、投擲寸前のフォームのまま鬼灯は思わず呟く。

 

「流石は、狛治さんと恋雪さん夫妻を見守る会の会長……」

 

 リリスも入会した本人たち非公式のファンクラブだが、「あの二人を尊い、守りたいと思ったのならもうあなたは会員」と謳っているので、きちんと組織らしい活動など何もしておらず、会員数だって誰も把握などしていないが、それでも自称会員たちは「会長は誰?」と訊かれたら本人以外の皆が樒を上げる。

 

 それくらいに樒は昔から、何なら狛治の死後どころか恋雪が五官丁に訪れた時からこの夫婦を見守り、慈しみ続けた最古参であり、恋雪はもちろん狛治にとってもお母さん的存在なのだ。

 なので、おそらくは嫌らしい目的で、恋雪の意思関係なく狛治から引き離そうとしていたと認識している樒にとって、サタンもベルゼブブも要人であるかなど無関係、呵責すべき罪人でしかない。

 

 だからサタン王にぶつけられて目を回している閻魔大王をぽいっと横に置いて、樒はそのままサタンに対して鬼灯様絶賛の五官丁名物をやらかそうとする。

 

「樒さん! ストップ! 恋雪さんに見せられない! あとついでにそれは外交的にだいぶヤバい!!」

 

 しかもただの百叩きではなく、サタンの腰ミノっぽいものも取っ払って渾身の力で引っ叩く気満々だったので、狛治が恋雪に駆け寄って抱きしめ、恋雪が余計なものを間違っても見ないようにガードしながらさすがに止めた。

 言われて樒も、外交はどうでもいいが恋雪の前で開帳していいわけがない汚物であることに気付き、素直にやめる。

 

「あら、その通りだわ。ごめんなさい、狛治くん。恋雪ちゃん」

「なななななっ!? 一体いきなり何をするんだ!?」

「貴様ら、何を考えてる!?」

『それはこっちのセリフだ!!』

 

 樒が少しは落ち着いた隙に、サタンは腰巻をガードして彼女から離れ、ベルゼブブの後ろへ怯えたように隠れて抗議する。

 ベルゼブブも、彼らからしたら訳のわからないことの連続なので正論を叫ぶのだが、日本勢からしたらまさしくこっちのセリフである。

 

 言われて、そして恋雪を抱きしめて殺気をこちらにぶつけまくる狛治で、ようやく彼は二人が夫婦だったことを思い出したのか、周囲のガチキレ理由を察した。

 

「あー……確かにいきなり過ぎて、そちらの恋雪さんを怯えさせたのは悪かった。

 だが何やら誤解しているようだが、サタン様は彼女の同意なしに連れ去る気など初めからないぞ。そしてもちろん、いかがわしいことをする気もない。

 ただ、可愛い服を着せてそれを眺めながらミックスジュースを飲みたいだけだ」

『なおさら気色悪いわ死ね!!』

 

 理由を察して、流石に自分たちの分が悪いことも理解して一応は謝ったのだが、彼ら的に心外な誤解は指摘し、否定して修正したが、しない方がマシだった。

 ちなみに恋雪に気色悪い思いをさせたくないの一心で狛治は、恋雪に何も見えないよう、聞こえないように抱きしめて目と耳を塞いでいるので、恋雪は未だに事情がわかっていない。だが夫に抱きしめられて、ものすごく恥ずかしいがそれ以上に嬉しくて幸せそうなので、放っておいていいだろう。

 

「死ねとは何だ、死ねとは!! 無礼な奴らだな!! そもそもお前ら、サタン様にこのような真似をしてたたで済むと思っているのか!?」

「そうだそうだ! これをネタに、賠償金とか色々むしり取ってやる!!」

 

 言われて当然な性癖を勝手に暴露してきてキレるベルゼブブと、これまた勝手なことを言い出すサタンに、小鬼たちはさすがに要人であることを思い出して黙り込み、樒と狛治は権力を盾にする卑劣さに、怒りを更に加熱させた。

 だが鬼灯はそろそろ面倒くさくなってきているので、ここいらで終わらせる必殺の一言を放つ。

 

「ベルゼブブさん。狛治さんはリリスさんに言い寄られるたびに、『旦那さんはあなたを想っているからこそ、あなたを尊重しつつ耐えているんですよ』と言って、彼女の不貞を嗜める人ですよ」

「今回は全面的にサタン様が悪いから大目に見るが、次からは気を付けろ! いくら相手が悪くても、やり方を間違えたら不利になるのはお前達の方なのだからな!!」

「ベルゼブブ!?」

 

 国柄か種族柄か、自分に対して忠実なイエスマンだったはずの部下が、まさかの掌返しにサタンは声を上げる。

 ベルゼブブにとって最も大切なのは、自分の妻。なので妻に手を出さないどころか、自分に対して気遣って妻を嗜めてくれる貴重な相手を敵に回すことは避けて、今回の件は全面的に不問にすると宣言する。

 

 そっちが勝手にやってきて迷惑を一方的に掛けて来たのだろうと思う気持ちはもちろんあるが、実質こっちは被害ゼロに対して(閻魔大王「ワシは? ねぇ、ワシは?」)、サタンには色々やらかしたことを槍玉に上げられると不利なのはこちらの方だ。

 

 その程度のことは狛治も樒もわかっているので渋々だが矛を収めるのだが、現状を一番わかってないサタンは狛治に向かって横暴に喚いた。

 

「嫌だ! せっかく珂雪ちゃんに会えたのに、このまま帰れるか!

 おい、お前! お前がその子の夫なら、私に『おかえりなさい、あなた』って言うように頼んで……」

「言わせるか。そのセリフは俺の特権だ」

 

 サタンは鬼灯と違って一応は外交を気にして、気を遣って下手に出る狛治を舐めていたし、甘えていたのだろう。

 もうサタンを要人ではなく、ただひたすらに気色悪い目で妻を見る変態としか認識しなくなった狛治に、無惨が鬼灯再来かと怯えて確認の為にやって来るような惨劇の結果を生み出した時と同じ全力の殺気をぶつけられ、ようやくサタンは大人しくなってそのまま怯え切ってEUに帰国。

 

 なお、このことがきっかけか、サタンは大人しい儚げ正統派美少女がトラウマになり、ツンデレ系美少女を更に傾倒するようになったという。

 アメリカンの凶霊、スカーレット逃げて、超逃げて。





絶対に書こうと思ってた、サタン様が気色悪いお話。

話の都合上、チャイニーズエンジェルの作者が問題ありな人にしてしまってごめん。
ただ似てるだけじゃ、鬼灯様たちがサタンの目的をすぐには理解できなくてここまで即行で行動には移せないからああなったんだ。
けど、モデルの許可ありきでもチュンそのままな外見の朱色にしてしまう時点で、あの作者はちょっと問題ある人だと思う。

あと、樒さんがブン投げるのはアイディア段階では鬼灯様だった。
けど鬼灯様をブン投げられたら、たぶん投げられた本人も困惑のあまり再起動できずに、樒さんがサタンの腰巻きを剥ぎ取って百叩きをおっぱじめちゃうから、ビックリはするけど「鬼灯様もよくやってるよな!」で済む閻魔大王に変更した。

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