「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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今回もIf回ですみません。

ただ今回は鬼灯の冷徹27巻、227話の「配役次第」のその後設定で、メインキャラの茄子がまだ本編で登場してない鬼滅キャラとも面識が既にないとおかしい話になっているからIf回扱いです。
初めは普通に面識が出来てから書こうと思っていたのですが、キャラが多すぎていつになるかわからなかったので書いちゃいました。

そういう訳でこれは正確に言うとIfというより未来回だと思って読んでいただけたらありがたいです。


If:西洋の混沌すぎる御伽噺

「今日のお昼は何にしましょう。副菜に生姜の佃煮がある定食とかないかしら」

 

 そんな独り言を呟きながら、しのぶは午後2時という遅い昼食をとるために食堂へと向かう。

 薬物研究という仕事柄、既存の薬物や毒物の調合ならともかく、新薬の研究となるときっちり予定通りの業務など出来ないので、しのぶの食事や休憩時間が変な時間になるのはいつもの事。

 なので今日も半端な時間でガラガラの食堂にやって来て、注文をしてからどこに座ろうかとあたりを見渡して顔見知りの存在に気付く。

 

 向こうはまだ気づいていないようだが、普通に親しくしている相手だったのと、自分は気付いたのにわざわざ離れた席に座るのもなんだしと思い、しのぶはそちらに足を向ける。

 

「こんにちは、座敷童ちゃんに茄子くん。それから、鬼灯様。

 こちら、よろしいでしょうか?」

 

 閻魔庁に住み着いた、お館様のご息女に似た雰囲気と容姿の座敷童と、無邪気な後輩の小鬼、そして上司に挨拶をしてから許可を求める。

 茄子は「あ! しのぶさん! どうぞどうぞ!」と言って、広げていた画材を端にやってテーブルのスペースを開けてくれ、他3人も無表情だが普通に「どうぞ」と言ってくれたのでしのぶは席に着く。

 

「ありがとうございます。ところで……何を描いていたんですか?」

 

 テーブルの上にあるのが、鬼灯と自分は食事だが茄子はスケッチブックと画材を広げていた。

 どうやら彼は遅い昼食ではなく、本日は休みかシフトの都合で午後休なのか、どちらにせよ仕事はないから座敷童たちと遊んでやっていたのだろう。そうじゃなければ、鬼灯の金棒が今頃茄子の頭に刺さっている。

 

 そこまではわかっているのだが、そこから先がわからなかったのでしのぶは訊いた。

 茄子の描いた絵が見えていない訳ではない。むしろ、見えたから訊いた。

 

「茄子さん、紙芝居描いてくれてたの」

「すごく上手いし、描くのもはやいの」

 

 双子は交互にそう言って、ペラペラとスケッチブックをめくり、茄子は褒められて照れくさそうに頭を掻く。

 そしてしのぶは、「本当、モデルにそっくりですね……」と何故かちょっとひきつった笑みを浮かべて言った。

 そんなしのぶに、彼女と同じく昼食の時間が遅れに遅れたであろう鬼灯がドンブリの中身を食べ終えてから、許可を出すように告げる。

 

「しのぶさん、気を遣わず正直に感想言ってもいいですよ。内容がカオスだと」

 

 しのぶの正直な胸の内を見事に鬼灯が代弁した。

 鬼灯の言う通り、茄子が書いたらしい紙芝居の絵はおとぎ話の登場人物に実際の人物をモデルというか当てはめて描かれたもので、絵は確かに文句なしにうまいのだが内容がカオスだった。

 

 まず最初にしのぶが見た絵は、ピーチ・マキがモデルと思われるお姫さまが食い逃げして、お城から走り去る絵だ。もうこの時点で訳が分からない。

 何枚かさかのぼって、鬼灯モチーフの馬車や天探女モデルの女性にイジメられているシーンで、元の話が「シンデレラ」であることを察したが、それでも最後のシーンが何故食い逃げになったかが謎過ぎる。

 

 そして他にもいろんな話を描いたらしいが、宋帝庁の獄卒猫である漢がいきなり長靴を履いて登場してるシーンやら、毒リンゴを食べないで王子様とも出会わないミキちゃん姫やら、なんとなく元ネタの童話はわかるが全部が全部「どうしてこうなった?」感が凄いものになっている。

 あと何故か1枚だけあった、白澤タッチの絵は元の童話すらわからなかった。「アリババ」って書いてあったのに、絵柄のインパクトで見落とした。

 

「何がどうしてこうなったの?」

「いや、座敷童たちが外国のおとぎ話が見たいって言って、けど俺あんまり知らなかったから……」

「鬼灯様に教えてもらいながら描いてたの」

「でも鬼灯様、モデルに合った内容に話を変えちゃったの」

 

 しのぶが鬼灯の言葉に苦笑しながら否定せず、むしろ肯定同然の質問をすると、茄子と座敷童たちが納得の答えを返す。

 

「なるほど。ダメですよ、鬼灯様。夢のあるお話をそんな風に茶化したら」

 

 今度は微笑ましげな苦笑を零してやんわり鬼灯に注意し、しのぶは食事を始めると座敷童たちは思い付きを口にする。

 

「あ、そーだ。茄子さん、今度はしのぶさんモデルにお話描いて」

「うん、それ見たい。しのぶさん、綺麗だからお姫様似合いそう」

「あ、いいな。それ。俺もしのぶさん描きたい。やっぱ美人は描いてて楽しいし」

 

 さほど唐突ではないが、それでも一子の提案にしのぶが目を丸くしていたら、二子が無表情だが無邪気にしのぶモデルをリクエストした訳を語り、茄子も便乗してナチュラルに褒めるので、軽くだがしのぶを珍しく赤面させた。

 自分の容姿にこだわりなどない、むしろあの軽薄すぎて空っぽな童磨(クソヤロウ)に執着される要因だというのが正直言って嫌なくらいだが、幼い女の子が無邪気に褒めてくれたのなら純粋に嬉しく思い、照れてしまった。

 

「あ、ありがとうございます。けど、私の性格じゃ、お姫様は似合いませんよ」

 

 しのぶは照れ笑いしながら、謙遜ではなく本心で語る。今でこそ本心から「姉みたいになりたい」と思って、前向きな意味で姉エミュをして穏やかだが、自分の本質は短気な激情家だと自覚しているので、別に外国に限らずおとぎ話全般に出てくる、「女性らしくて健気で献身的だからこそ、愛されて救われるお姫様」という役割に、自分は合わな過ぎると思っている。

 

「……お姫様ではないですけど、しのぶさんが主役にぴったりなおとぎ話ならありますよ」

「え? 本当ですか?」

「「何々?」」

 

 そんなしのぶの言葉を、茄子や座敷童たちが「そんなことない」と否定する前に鬼灯が口をはさんで、双子は先を促す。

 しのぶも「自分が主役にぴったりなおとぎ話」は何なのか、気になった。悪い意味で。

 鬼灯なら自分の本質をよく知っているので、表面上の穏やかさでぴったりな役柄は絶対選ばないと確信しているからだ。

 

 そしてしのぶの予想は大当たりだった。

 

「赤ずきん」

「それ、赤ずきん(わたし)食べられて助かりませんよね?」

 

 * * *

 

 鬼灯の答えに、しのぶは即座に突っ込んだ。

 確かに、しのぶが主役にぴったりすぎた。他の配役も一瞬で決まった。どう考えても、おばあさん役が姉のカナエで、狼が童磨だ。

 ただしこの赤ずきん、狼に騙されてない。狼が姉の仇だと理解した上で、捨て身特攻している。

 

 茄子も座敷童たちも、しのぶの最期の概要を知っているからか複雑そうな顔をする。

 不謹慎だと怒るべきなのか、ぴったりすぎて感心すべきなのかを悩んでいるのがよくわかる顔だった。

 

「原作というかグリム兄弟が元にした民話がそうなんですから、別にいいじゃないですか」

「いえ、猟師役でカナヲが普通にキャストに入ってきてしまったのでやめてください。狼の腹を切っても、私復活しないでカナヲのトラウマが増えるだけだから、本当にやめて」

 

 鬼灯が救いはないが教訓としては秀逸な元ネタを上げて「別にいいではないか」と言い出すが、グリム童話版でもちゃんとぴったりなキャストがいたからこそ、しのぶは本気で止めにかかる。

 

「じゃあ、猟師役をカナヲさんから伊之助さんに変えたら……」

「伊之助さんだと、猟師じゃなくて狩られる側じゃない?」

「助けに来たんじゃなくて、森の主決定戦みたいになるね」

 

 そして童磨戦がどのようなメンバーで行われたかも知ってた茄子が、もう一人「猟師」役に当てはまる人物を上げるが、その人物の普段の格好が座敷童の言う通り過ぎた。

 あと、彼は感受性が高いので下手したらカナヲ以上に「腹を切っても助からなかった、しのぶの亡骸」なんて見たら、それこそ心が崩壊しそうだからやめてあげろ。

 

「私主役の赤ずきんは本当にやめてください! 私よりカナヲを主役にしましょう! 不幸な生い立ちだけど、本人の努力で幸せになったあの子の方がおとぎ話のお姫様に相応しいですよ!」

 

 自分が赤ずきんの場合、ぴったりすぎて洒落にならない事態すぎるから、しのぶが断固拒否してついでに主役の矛先を、自分から自分の継子にして可愛い妹に移す。

 身代わりに差し出した訳ではなく、本心から「シンデレラ」あたりがカナヲはぴったりだと思ったからだ。もちろん、原典の義姉がつま先や踵を切り落としたり、鳥に目をつつきだされる方じゃなくて現代のマイルド版の方でだ。

 

 そして鬼灯も納得したような声を上げて、からカナヲにぴったりな作品を上げた。

 

「あぁ、そうですね。人魚姫がカナヲさんには良く似合いそうです」

「何であなたはそう、バッドエンドばかり勧めるんですか?」

 

 しかし鬼灯が上げた作品は悲恋で有名すぎる作品だったので、しのぶは貼り付いた笑顔で静かにキレた。

 だがこれに関しては、別に鬼灯がバッドエンド症候群を患っているからではない。その証拠に、彼はしのぶの反応に不服そうな顔をして反論する。

 

「人魚姫は某夢の国の映画版でなくとも、バッドエンドではないでしょう。むしろあれ、下手に簡略化した現代の絵本より、原作の方が救いのある話ですよ?」

「あ……。そうでしたね。すみません。でも悲恋なのは間違ってないので、カナヲに似合うと言われるのは嫌ですよ」

 

 言われてしのぶはちゃんと原作であるアンデルセン童話を知っていたらしく、その最後を思い出して素直に謝罪しつつ、それでも譲れない自分の不満は主張しておいた。そしてその主張に関しては鬼灯も素直に、「そうですね。すみません」と謝る。

 

「人魚姫って、最後は泡になって消えるんじゃないんですか?」

「原作の最後はどうなるの?」

「鬼灯様、しのぶさん、教えて」

 

 そして三人は原作の方を知らなかったので、鬼灯としのぶが簡単に教える。

 原作の人魚姫はキリスト教の宗教観が強くて、「人魚は長命だが死後の魂はなく、人間は短命だが死後の魂は永遠」などといった日本人には理解できない部分が多く、ラストはその辺の宗教観が絡む。その所為で宗教観を排除して簡略化した絵本は「海の泡になって消えた」で終わらせる場合が多く、それが真エンドだと勘違いしている読者が多いのだろう。

 

 仕事柄、鬼灯はキリスト教にもそれなりの知識はあるが、別にここでそこまで説明するのは話が長くなるだけで意味はないなと判断し、最後は人魚姫の心の清らかさが神に評価され、泡にならず空気の精という天使に近い存在に生まれ変わったという説明で、茄子や座敷童たちはなおさらに原作の人魚姫に興味を持ったようだ。

 

「へぇ~、原作はそんな終わりなんだ」

「ハッピーエンドではないけど、これはこれで味わい深いね」

「現代版じゃなくて、そっちの話で紙芝居を見てみたい」

 

 そんな感じで3人が乗り気になってしまったので、カナヲ主演の人魚姫が作られてしまった。

 鬼灯に主張した通り、悲恋には変わりないのでしのぶとしてはちょっと嫌だが、声を失った人魚姫がカナヲのイメージに合うのは同意するし、それに王子役になるであろう少年を想っていたカナヲとは別の可愛い妹分の存在を知っているので、お話の中では彼をその妹分に譲ってあげてと内心カナヲに謝りつつ、しのぶは食事を続行しながら、鬼灯が語る人魚姫がまた脱線して変な方向に向かわないかを見張ることにした。

 

 + + +

 

 昔々ある所に、カナヲという可愛い人魚姫がいました。

 カナヲは人魚の姉妹たちに愛され、蝶よ花よと可愛がられて育てられた、無口な割に行動力抜群なお姫さまでした。

 

 そんな彼女はある日、海上が騒がしいことに気付いて姉妹に内緒で、外の様子を見に行ってしまいました。

 外は嵐、暴風に船が弄ばれるように激しく揺れていたところ、一人の人間が海に放り出されてしまいます。

 人間は長い間水の中にはいられないことをカナヲは知っていたので、その人間を陸まで泳いで引き上げました。

 その際、助けた人間である近隣の陸の王子、タンジローは意識が朦朧としながらもカナヲに「ありがとう。この恩は絶対に忘れない」と告げ、その時の笑顔にカナヲは心を奪われました。

 

 海に帰ってもタンジロー王子の事が忘れられなかったカナヲは、やはり持ち前の行動力を発揮し、姉妹から決して近づいてはならないと言われていた深海の呪術師ドーマの元までやってきて、あろうことかよりにもよって過ぎる奴に相談してしまったのです。

 

「なーんだ、そんなの簡単じゃないか。君が人間になればいいんだよ。あ、ちょうどいい薬があるから、一気! 一気!!

 ほら、これで人間の足が手に入った。代わりに声を失くしたけど、君は元から無口だから別にいいよね。あとその足で陸を歩くと、歩くたびにナイフに抉られるような痛みを感じるし、恋が成就しなかったら君は海の泡になるけど、まぁ代償としては安いもんだよね!」

 

 カナヲはドーマをボッコボコにしてから、飲んでしまったものは仕方がないので、内心で姉妹たちに謝り、姉妹たちを悲しませない為にも恋を絶対に成就させてみせると活きこんで、陸上にやってきました。

 そこで、ドーマが言った通りの足の痛みに耐えながら浜辺を歩いていたところ、難破船からの遭難者かと思われて声を掛けられました。

 

 カナヲが振り返った先には、騙されたとはいえ失った声も足の痛みも後悔しないほど想う、タンジロー王子がいたのです。

 彼女は彼に、自分があの日彼を助けた人魚であること、あなたに会いにここまで来たことを訴えようとしましたが声は出ません。

 そんな彼女に、タンジロー王子は言いました。

 

 

 

「この匂いは……あの時俺を助けてくれた人!!」

 

 

 

 + + +

 

「だからおとぎ話を茶化すなって言ったでしょうが」

 

 最初からちょくちょくモデルに引っ張られた内容に改変されていたが、まぁ原作の大筋からは逸脱していなかったので軽く突っ込む程度にしのぶは抑えていたが、流石に夢の国以上の改変にはストップをかけた。

 

「すみません。王子が炭治郎さんならもうこうなる気しかしなくて」

「それはすごくわかりますけど」

 

 しかし鬼灯の言い訳に、しのぶも同意はする。確かに炭治郎が王子なら、例え助けられた時は意識朦朧でも、自分を助けてくれた人を間違えたりはしないだろう。

 

「気付いた理由はともかく、即座に気付いているから原作よりも夢の国よりも王子が好印象」

「けど、恋の成就の難易度が上がってるよね」

「だろうな。この王子、絶対無自覚に他の女の子もタラシこんでるし、カナヲちゃんの足の悪さを気遣うからこそ、完全に妹扱いしそう」

 

 双子がそれぞれカナヲ版人魚姫の感想を言い合い、茄子も炭治郎の美徳ゆえに生じる最大の欠点を指摘する。

 

「人魚姫もやめましょう。炭治郎くんが王子じゃないと違和感なのに、カナヲが自分を助けた恩人だと気付かないのもすごく違和感ですし」

「そうっすね」

「あ、そうだ。茶々丸ちゃん」

「茄子さん、茶々丸ちゃんで『長靴を履いた猫』をリベンジしよう」

 

 しのぶがお似合いのキャストだからこそ違和感が生じてしまう人魚姫は諦めるように告げると、茄子も素直に同意。

 そして双子はまた別のキャストで、おとぎ話をリクエストする。

 もう実際の人物をモデルにしない方が良いのでは? としのぶは思うのだが、たぶん双子はこの実際の人物による改変おとぎ話を楽しんでいる。

 

「うーん、茶々丸だと確かに強すぎなくて可愛い感じになるけど、そうなると飼い主誰?」

「……愈史郎さん?」

「その場合、お姫様は珠世さん?」

「猫の助け借りずに自力で爵位手に入れますね。というか、猫が協力しない。むしろ全力で邪魔をする」

 

 茶々丸主演で相応しいキャストを考えたら、関連性で言えばベストだが、お互いの性格が原作に合わな過ぎることを鬼灯が淡々と指摘。

 

「あーそもそも俺、『長靴を履いた猫』の話、うろ覚えどころかマジで良く知らないわ。

 何でこの猫、長靴履いて飼い主をお姫様と結婚させようとしてんの?」

「長靴は当時、貴族など高貴な者の証で、猫であっても高貴であると王に思わせる為ですよ。

 飼い主は粉ひき小屋の3兄弟末っ子で、父親の遺言で猫しかもらえず『猫は食べてしまえば終わりだ』とか嘆いていたので、たぶん猫の保身じゃないでしょうか。……そういえば、炭治郎さんと善逸さんと伊之助さんはよく、3兄弟に例えられていましたね」

 

 茄子の疑問に鬼灯が答え、そして3兄弟というワードでふと思い出したトリオを上げる。

 別にその3人をキャストに組み込めと言いたかった訳ではないのだろうが、しのぶは思わずその3人が「粉ひき小屋3兄弟」役で「長靴を履いた猫」の話を想像してしまった。

 

 + + +

 

 昔々ある所に、3人の兄弟がいました。

 3人の父は粉ひき職人でしたが、病に倒れて死んでしまいます。

 

 父は死ぬ前に、長男タンジローには粉ひき小屋を、次男ゼンイツにはロバを、そして末っ子イノスケには猫を譲り渡して息を引き取りました。

 

 末っ子はあまりの不平等さに怒り狂います。

 そして長男次男も、「イノスケが可哀相だ!」「っていうか、俺もロバだけって酷くない!?」と不満だらけだったので、3兄弟は父親の遺言を無視して、そのまま3人で粉ひき職人として一緒に暮らしましたとさ。

 

 + + +

 

「話が秒速で終わってしまいました」

「でしょうね」

 

 人魚姫の時と同じく、キャストが善人すぎて話が終わってしまった。

 その内容を話してないのにしのぶが告げると、鬼灯も真顔で同意。どうやら自分で言って、彼も同じキャストで想像してみたのだろう。

 

「これ、兄弟の順番を入れ替えても結果が同じだよね」

「末っ子が善逸さんってだけなら似合ってるかも。伊之助さんはよりにもより過ぎて一番ダメ」

「そうだよな。あの人なら嘆く前に、普通に猫食うよな」

 

 他の者達も同じ想像をしたらしく、想像内容を誰も語ってないのに会話は自然に成立して進む。

 

「他に誰か、おとぎ話に似合いそうな人っている?」

「おとぎ話を上げて、キャスト考えた方が良くない?」

 

 完全におとぎ話を見たいのではなく、改変おとぎ話を面白がっている発言をする座敷童に、茄子と鬼灯も便乗してわいわい話を続ける。

 しのぶは呆れきった溜息をついて、食事を再開しながらしばらく放っておいた。呆れつつも、実はしのぶも面白がっている節がある。

 

「ラプンツェル」

「甘露寺さんは? 髪の毛長いし」

「そうなると王子様は伊黒さん?」

「ダメです。あれ、塔を追い出されたのは逢引きを重ねて妊娠したことを暗喩するシーンがあります。伊黒さんにそんな度胸はない」

 

「禰豆子ちゃんで人魚姫リベンジ」

「いいね、鬼だった頃はしゃべれなかったしね」

「王子様は善逸さん?」

「「気持ち悪い」」

 

「竈門兄妹でヘンゼルとグレーテルは?」

「炭治郎さんは魔女の食事を受け取らずハンストしますし、禰豆子さんは魔女を竈に突き落とさず自力でファイヤーできますよね」

 

「青髭」

「……童磨」

「しのぶさんの顔が怖い! この話題はやめよう!!」

 

「「不死川家でねずの木……」」

「不死川さんの心を抉るのはやめてあげてお願い!!」

 

 地獄という地域柄か、鬼灯が見出した逸材だからか座敷童たちはグリム童話の中でもマイナーな部類かつ残酷な話も知っていたようで、原作は血縁がないとはいえ母親が子供を殺す話に嫌すぎるキャストを上げ始めたので、しのぶがストップをかける。

 

 流石に今のは悪趣味が過ぎたと自覚があるらしく、双子は「ごめんなさい」と頭を下げる。

 悪意はもちろん、あのキャストでそのおとぎ話が面白そうだと思って言った訳ではなく、話の内容からキャストを連想して口に出してしまっただけのようで、ひとまずしのぶも茄子も安心した。

 

 そして、頭を上げた一子がふと思いついたキャストとおとぎ話を上げる。

 

「あ、そうだ。恋雪さん。茄子さん、恋雪さんで白雪姫が見たい」

「え? 何でそのキャスト? 名前繋がり?」

「というか一子ちゃん……。それも悪趣味よ。毒殺された人に、毒リンゴ食べさせる話は……」

「だからこそ見たい。ちゃんと王子様な狛治さんに助けられてハッピーエンドなのを」

 

 一子の提案にしのぶはこれも悪気はないだろうがだいぶ不謹慎だと注意するが、二子が片割れを庇うように補足する。

 その補足込みで言われたら、あの夫婦の悲劇を知っているからこそ確かに見たいと思えた。

 

「恋雪さんなら白雪姫のイメージに合いますし、良いんじゃないでしょうか」

「じゃあ、今度こそ鬼灯様お願いします」

 

 ミキをモデルに描いたら、ミキの堅実さがおとぎ話の浪漫を綺麗さっぱり駆逐しつくしてしまったので、白雪姫のイメージに合う健気美少女恋雪でリベンジが行われた。

 

 + + +

 

 昔々ある所に、雪のように白い肌、黒檀のような黒髪、血のような赤い唇の美しいお姫様はいました。……恋雪さんと白雪姫、容姿の特徴がまんま同じだな!

 

 そんな白雪姫ならぬ恋雪姫は早くに母親を亡くし、継母である梅……は一応改心してるから堕姫王妃に虐げられていました。

 ある日、堕姫王妃は嫁入り道具として持ち込んだ魔法の鏡に尋ねます。

 

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはあたしに決まってるわよね?」

「いいえ。この世で一番美しいのは恋雪姫です」

「何ですって!! 許さない! 絶対に許さない!!

 そこの狩人! 恋雪姫をぶっ殺してきなさい! あ、でも心臓は抉り取って持って帰ってきなさい! あたしが食べるから!!」

 

 鏡の答えに怒り狂って堕姫王妃は側にいた狩人にかなり猟奇的(原作通り)なことを命じます。

 狩人は恋雪姫を森の奥まで連れて行き、そして……

 

 

 

「この先に小人たちが住んでいます。あなたを匿うように話はつけていますから、そこにお逃げください。

 絶対に、あなたへの脅威を排除したら迎えに来ますからどうか待っていてください!!」

 

 

 

 + + +

 

「「狛治さん、王子じゃなかったのか」」

 

 まさかの鬼灯が勝手に変える前に茄子が勝手に内容を変更してきて、鬼灯としのぶが同時に突っ込む。

 

「いや、いっちゃなんだけど狛治さんは見た目も性格もイケメンすぎて、逆に王子っぽくないよなーって思ってたから。なんかこの狩人の方が、すっげー狛治さんっぽい」

「わかる」

「ポッと出で死体にキスする王子より、こっちの方が絶対にいい」

 

 そして茄子の改変理由には納得するしかなかった。

 確かに狛治は病人の看病を一切苦に思わず、むしろ「苦しいのは本人だろ。好きで病気になった訳じゃないのに、何で謝るんだ?」と自然体で思えるわ、気晴らしに一人で花火でも見に行ってくれと言ってるのに、具合が良くなったら背負って連れていくとこれまた自然に言い出す、精神イケメン具合だ。

 精神が献身的なイケメンすぎて、王子というキャラがむしろ合わない。特にマイルド版でも少し年齢が上がれば、「この王子、だいぶ変態じゃない?」と思うネクロフェリア疑惑濃厚な白雪姫の王子役に狛治を当てはめるのは、狛治に対して失礼すぎる。

 

 そんな風に鬼灯もしのぶも納得してしまったので、口を挟めなかった。

 

「このまま続きが見たい」

「狛治さんと恋雪さんの恋路をこのまま続けよう」

「えー……。俺、恋愛ものは漫画でもあまり読まないんだよなぁ……」

 

 見た目通りの女の子らしさも子供らしさも乏しい双子が珍しく女の子らしいラブストーリーを求め、茄子は自信ないと言いつつ彼女たちの希望に沿うように、そのままヒーローが王子から狩人に変更された恋雪姫が描かれていくのを、しのぶは若干遠い目で眺める。

 そしてご馳走様も兼ねて手を合わせ、内心で狛治と恋雪に謝った。

 

(ごめんなさい、お二人とも。正直、私も見たい)

 

 この座敷童監修・茄子作の「恋雪姫」は男児である閻魔の孫にはあまり評価を得られなかったが、女児である苺々子や丙どころかお香や蜜璃からも大変好評すぎてコピーで量産され、だいぶ閻魔庁内で流行って広がってから狛治夫婦は紙芝居の存在に気付いて悶絶したという。

 被害が流れ弾過ぎる!!


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