「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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ものすごく今更ですが、鬼滅最終回記念。
ワニ先生、初連載から4年間毎週楽しませてくれてありがとうございます。
本当にお疲れさまでした。



「凄くにぎやか!! お疲れさまでした!!」

 後悔がないと言えば嘘になる。

 

 自分の心がもっと強ければ、カナヲを傷つけず、片目の視力も落とさずに済んだかもしれない。

 もっと自分が強ければ、そもそも無惨に取り込まれることもなく、仲間や妹を傷つけずに済んだかもしれない。

 もっと強ければ、もっと上手くやれていれば、行動に移すのが、判断が早かれば……一つでも多くの命を救えたかもしれない。

 ……家族だって、助かったかもしれない。

 

 過去の事だけでも後悔は山のようにあるのに、未来に目を向けても見苦しいくらいに望みが沸き上がる。

 

 家族を喪って始まった自分の旅路の先で、喪った家族と比較しようがない、どちらも唯一無二の愛しい家族を得た。

 その家族と、ずっとずっと一緒にいたかった。ずっと守ってやりたかった。ずっと笑い合っていたかった。

 

 家族だけではない。大切な、誰よりも何よりも信頼できる仲間を、友人も得た。

 彼らのおかげで、生きてこれた。

 彼らがいたから、この幸せはある。

 

 だから……後悔は山のようにあるけれど、死にたくなんてないけれど、まだまだ生きていたいけれど……、幸福な終わりであることに間違いはないから。

 

 だから、竈門 炭治郎は満足そうに微笑んで永遠の眠りについた。

 

 * * *

 

「……ごめん。………………ありがとう」

 

 泣き声が聞こえる我が家に、炭治郎も泣きそうになりながらも先に逝くことに対する謝罪と、そして今までの全てに対しての感謝を告げ、背を向けて歩く。

 自分が死んだことはわかっているが、その後はどうしたらいいのかはわかっていない。

 けれど、ここにはいられない。

 

 幸福な終わりだと思っているけど、満足して納得して人生を終えたけれど、それでも家族が、友が自分の死を惜しんで悲しんで泣くのは耐えられなかった。

 幸福なのに、満足しているのに、納得しているのに、それでも決して失えない「まだ生きたい、皆といたい」という気持ちが溢れ出してしまいそうだったから、炭治郎はトボトボと家から離れて行こうとした所……。

 

「竈門 炭治郎ね?」

「え?」

 

 唐突に神々しい光が辺りに満ち、自分の名を確認される。

 炭治郎が顔を上げると、系統は違うが珠世と同じくらい艶やかな美女がいた。

 しかし当然、その美女がただの美女であるわけがない。

 

 幽霊になった自分へ話しかけている時点でそれは当たり前だが、その美女は金色に輝く雲に乗っているので、炭治郎はしばし絶句してから呟いた。

 

「……神……さま?」

「う~ん、まぁそんなとこね。特に今は。

 自分が死んだ自覚があるのならわかると思うけど、あたしはあなたを迎えに来たの。あなたは死後の裁判なしで天国行きが決まっているから、こうやって神々しく迎えに来たわ。

 もっと徳のある人だったら如来とか菩薩とかが来るんだけど、あなたはさすがにそこまでではないから、神様的な存在はあたしだけなんだけど……まぁ、あなたなら間違いなく菩薩や如来よりこっちがいいわよね?」

 

 そうとしか思えない存在を口にすれば、美女は厚い唇に指先を当てて小首を傾げながら答える。

 その仕草や答え方が、いっちゃ悪いが乗っている物や輝く薄物の神々しさを半減させて、炭治郎から緊張感を良くも悪くも抜いた。

 だから彼はいつも通りの、ちょっと距離感が近すぎるくらいの人懐っこさを発揮して「俺はそんな大した奴じゃないですよ。だから、菩薩や如来が来ないのは本音でホッとした」という感想を言おうとした。

 言うつもりだった。

 

 金の雲から神様以外の誰かが飛び出て自分に抱き着いた瞬間、そんな感想は彼方に吹っ飛んだ。

 

「兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!」

「会いたかった! 会いたかったよぉぉっっ!!」

「うああああぁぁぁんっっ!!」

 

 雲から飛び降りて抱き着いて来たのは、4人の子供。

 その子供たちは泣きながら、炭治郎にしがみついて離れない。

 そして炭治郎は彼らを見下ろし、唇を戦慄かせた。

 

「竹雄……花子……茂……六太!!」

 

 それはあの寒い冬の日、身勝手な戯れで奪われた幸福。

 愛しい家族。

 禰豆子以外の弟と妹たちが泣きじゃくりながら、抱き着いて自分との再会を喜んでくれているのを、炭治郎は目を丸くしてただ見下ろしていることしか出来なかった。

 

「炭治郎」

 

 自分の弟と妹たちを見下ろしていた顔が跳ねるように上がる。

 柔らかくて優しい声。

 カナヲや禰豆子と同じくらい守りたいのに、二人と違って甘えたい、自分の弱音を全てさらけ出してしまいたいくらいに、心の全てを預けることが出来る声音。

 

「頑張ったわね。さすがはお兄ちゃん」

「…………母さん?」

 

 儚げな笑顔で、今にも零れ落ちそうなくらいに涙を両目に溜めて、それでも息子を誇るように、褒めるように母親の葵枝(さえ)は笑った。

 

「そうだな」

 

 そして母の言葉に同意しながら、炭治郎の頭に手を乗せる。

 そのまま優しく、くしゃくしゃと癖と赤みが強い髪をかき混ぜるように撫でて彼は言った。

 

「禰豆子を守って、そして約束も……受け継いだものを為すべき結果にまで導いてくれたんだな。

 ありがとう。炭治郎」

 

 生前の、優しいがどこか寂しげだった、何かを後悔しているように、悔しがっているようにも見えた笑みではない、嬉しくて嬉しくてたまらないと言わんばかりの笑顔を見上げ、ついに炭治郎の涙腺が決壊する。

 

「……父さん!!」

 

 手を伸ばす。

 その手が、あの日失ったはずの、形だけは取り戻したが木乃伊のように干からびた左手が動く事も、両目が同じくらいはっきり見えている事も気付かぬまま炭治郎は、兄弟ごと両親に手を伸ばして抱き着く。

 

「父さん! 母さん! あああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 そのまま、弟や妹たちと同じように泣きじゃくった。

 自分がもう既婚者で子供もいる年であることも、肋骨が折れても目がつぶれても腕を失っても耐え続けた長男であることも忘れ、そしてそれを許すように姿が変わる。

 

 まだ幼さが色濃く残る少年の姿に。

 本当に幼子にまで戻ってしまわないのは、そこまで戻ってしまえば、まるで自分が歩んできた道とその先で得たものを否定しているように思えたから。例え一時でも、失いたくないから。

 家族を喪ったからこそ、出逢った人たちの事だって失いたくないから。

 だから炭治郎は、両親に甘えることが許される、一番弱音を吐きたかった頃の姿に、15歳の頃に戻って、ただひたすらに泣きじゃくった。

 

「うん……うん……」

「うん……炭治郎はよく頑張った。だから今はいくらでも泣いていいし、甘えていいからな」

 

 ただひたすら、赤子のように泣く我が子を両親は抱きしめて、背中を撫でながら慈愛そのものの微笑みを浮かべ、彼らも泣きながら告げる。

 彼が歩いてきた道を、築いてきた今までを、守り抜いた全てを讃えた。

 

「うん。炭治郎。頑張った。偉いぞ。

 そして、本当にありがとう」

 

 両親に抱かれて、もう自分は嬉しいからなのか、それとも昔の悲しみを思い出して泣いているのかもわからなくなっている炭治郎の頭を、誰かが撫でる。

 その撫でる手の優しさとふわりと香った感謝の匂いが少しだけ、家族との再会でいっぱいいっぱいになっていた炭治郎に周りを見せる。

 

 自分を撫でていたのは、自分にも父にも似ている男性。

 知らない人のはずなのに、それは間違いなく知っている。その人の感謝も、恩を返したい、あの人の虚無を、悲しみを晴らしたいと願い続けた想いも、全部知っている。

 

炭吉(すみよし)……さん?」

 

 自分の名を呼ばれて、炭吉はきょとんと目を丸くする。

 しかし炭治郎は申し訳ないが炭吉に何故、自己紹介される前に彼の名に気付けたのかを説明をする暇などなかった。されてもたぶん、困っただろうけど。

 

 それよりも、本当に申し訳ないが彼の肩越しに見えた人に全部持っていかれた。

 

「!? 縁壱さん!?」

 

 炭吉からだいぶ離れた後ろで、所在なさげに立っていた人。

 あまりに多くのものを天から与えられたのに、その与えられたものは何一つとして彼を幸せにはしてくれなかった。

 それでも、たくさんのものをたくさんの人に与え、残し、そして生き抜いた人。

 悲しい目をしていたけれど、炭吉との別れの日は、彼が残したものを受け継いで、いつか必ず成し遂げると伝えた時、幼子のように屈託なく笑った人。

 

 炭治郎に呼ばれて、俯いていた顔が上がる。

 縁壱も名乗るより先に自分の名を言い当てたことに、驚いたような顔をしていた。

 きょとんとした目には、申し訳なさそうな悔恨が未だ消えずにあった。だけどもう、悲しみはない。

 その事に気付き、炭治郎は笑って伝えた。

 

「縁壱さん! その、あの、えーと……あ、ありがとうございます! 剣舞を見せてくれて! 耳飾りをくれて! あと、えーと、その……」

 

 伝えたいことはたくさんあったはずなのに、いざ本人を前にしたらその伝えたかったことはほとんど吹き飛び、炭治郎は自分でも何を言っているのかわからなくなる。

 本人がそんな状態なのだから、縁壱はなおさら訳がわからなかっただろう。

 

 だけど……、縁壱は…………。

 

「……礼を言うのは、私の方だ」

 

 きょとんとしていた眼が次第に細まり、彼は歩み寄って告げる。

 

「ありがとう、炭治郎」

 

 託したつもりはなかった。むしろ、この自分が欲していた形そのものである家族が、鬼に関わらないで欲しいという祈りを込めて見せたものだった。

 母が自分にくれたように、彼らは健やかに、穏やかに、幸せになって欲しいという願いを込めて譲ったものだった。

 

 だから、縁壱は言葉にする。

 炭治郎の手を握り、心からの言葉を。

 

 

 

「幸せになってくれてありがとう」

 

 

 

 自分が果たせなかった無惨の討伐に対する感謝はもちろんある。

 けれど、それ以上に伝えたかった感謝は彼が満足して、納得して、幸福だと言い切れる人生を歩んだこと。

 

 自分と関わったこと、自分が無惨を倒せなかったことが彼らの悲劇の元凶であるという認識は、きっと誰に否定されても縁壱自身が否定できない。

 それでも、この少年はたくさんのものを喪いながらも、その喪ったものと同じだけ愛しく尊いものを得て、そして幸福になってくれた。

 

 その事を感謝しながら、縁壱は笑った。

 炭吉に最後に見せた時と同じ、屈託のない笑顔だった。

 

 縁壱の笑顔が初めは理解できず、炭治郎も少し前の縁壱と同じようにきょとんとしていたが、じわじわと彼の笑顔は、言葉は、自分の幸福がこの人の救いとなったと理解して、炭治郎の目から再び涙が零れ出る。

 今度はどういった感情からの涙かは、はっきりとわかっている。

 

 嬉し涙を流しながら、炭治郎は「縁壱さんのおかげですよ」と答えた。

 彼の全てに意味はあったと、言い切った。

 

「その通りだぞ、縁壱殿! あなたは高潔だからこそ謙虚が過ぎて卑屈になっている所が多々あるな! 竈門少年が断言したのだから、いい加減自分の功績を認めるべきだ!」

「!!」

 

 そしてまた新たな声音、喪ってもいつもいつだって挫けそうな時に心の火を灯し続けてくれた人の声が響き、炭治郎は頭をまだしがみついている弟達を申し訳ないがちょっと両親に預け、縁壱の後ろを覗き込む。

 

「れ……煉獄さん!!」

「久しぶりだな、竈門少年!」

 

 まず最初に目に入ったのは、自分に鬼殺隊として、兄として、人として、ありとあらゆる指針となってくれた煉獄が、生前と同じように腕を組んで胸を張って威風堂々と立ち、そして明朗快活に笑いながら再会を喜んでくれた。

 

「わーい! 炭治郎くんだー!!」

「御仏よ……。ご慈悲に感謝します……」

「な、何でもうこっちに来てやがるんだよ! 嬉しくねーから帰れ!!」

「玄弥、有一郎兄さんみたいなこと言わないでよ」

「気持ちはわかりますが、鬼灯さんに怒られますよ」

「実弥、小芭内、義勇、どうしたんだい? 早くこちらにおいで」

「……お館様、俺はここで迎えに行けるほど竈門と親しくなければ、はっきり言って嫌われるような言動しか……。

 っていうか、俺らより何でお前がしり込みしてんだ、冨岡あぁぁっ!!」

「げ、元気だったか? いや、死んだからこそ今なのだからおかしいな。久しぶり……というほど久しぶりか? もっと遅く来い? 出来るのだったらそうしたかったはずだろうが!」

「……まだ最初に何を言うべきなのかを悩んで練習中なのか、お前は」

 

 その直後、彼の背後から蜜璃がこちらも再会に感涙しながら駆け寄り、背後にいたが全く隠れきれていなかった悲鳴嶼も同じように涙を流して喜んでくれていた。

 そんな彼らとは対照に、玄弥は涙を拳で拭ったのか真っ赤になった目で炭治郎を睨んで怒鳴りつけるが、無一郎が指摘してしのぶが同意するまでもなく、それは炭治郎が大切だからこその強がりと願いであることは明白だ。

 

 そして炭治郎には見覚えのない、少女と見まがわんばかりの美しい少年が実に耳障りのよい声でまだ雲の中に隠れている3人を呼ぶ。

 不死川の発言でその少年がお館様だと判明した所で、隠れていても仕方がないと思ったのか、炭治郎とあまりいい関係ではないと思っている二人が、自分の口下手を克服しようと努力していた義勇を引きずり出して雲から降り立った。

 

「え? あ、えっと、あれ? は? へ? ほ?」

 

 結果、炭治郎が困った。

 両親たちと同じくらい会いたかった人達が同時に勢ぞろいした為、誰からどんな反応をすればいいのかわからなくなって完全に混乱した顔で、腕や視線を周囲に彷徨わせてキョドっている。

 

「あぁ! 炭次郎君が凄く戸惑ってる!」

「……やっぱり一人ずつ間を置いて出て来るべきでしたね」

「うん、炭治郎ごめんね。あと、実弥たちも急かしてごめん」

 

 そんな炭治郎の状態に蜜璃が気付いて謝り、しのぶとお館様が少し遠い目で自分たちの失敗を反省。

 他の者達や竈門家、縁壱はそれぞれ微笑ましげやら申し訳なさそうやらな顔をしつつ、炭治郎を宥めて落ち着かせて混乱を鎮めようとしていたのだが、長男を弟にした鬼殺隊の長男はどこまでも善意で空気を読まなかった。

 

「どうした、竈門少年! いきなり出てき過ぎてビックリしたか!?

 なら、ある意味丁度いいな! 言いたいことはゆっくり整理して、今は感謝の言葉を聴いたらいい!! 縁壱殿以外にも、君に礼を言いに来た者がいるのだ!!」

「はい?」

「!? ちょっ! 煉獄さん!?」

「お前、まさか今ここであいつを!?」

「杏寿郎、ちょっと待ちなさい。君も落ち着こう」

 

 本心からの完全なる善意で、煉獄は訳のわからない提案をしてきて炭治郎の困惑は納まるどころか深まる。

 しかし彼が何をやらかそうとしているのか察している鬼殺隊連中はもちろん止めるのだが、これと決めたら一直線な煉獄はお館様の言葉すら耳に入らず、実はまだ雲の中に残っていた者を呼び寄せる。

 

「狛治! 待ってないで出てきて先に伝えたらどうだ!? 猗窩座から狛治に戻るきっかけになってくれたことの礼を伝えるのだろう!!」

「せめて今ここで俺を猗窩座だとばらすな、杏寿郎おぉぉっっ!! 知らない奴に礼を言われるよりも絶対に炭治郎が混乱するだろうが!!」

 

 金の雲から飛び降り、殺した側という罪の意識をこの時ばかりは投げ捨てて狛治は割と本気で煉獄の頭をどついた。というか、本気を出さないと煉獄の頭など冗談でもどつけない。

 そしてその暴挙は当然、誰も咎めない。狛治の言う通り、流れる勢いで色々暴露され過ぎて炭治郎は情報を整理しきれずに完全に硬直してしまったのだから、煉獄はちょっともう一回滅式をくらった方が良い。

 

「あらあら。大変ね~」

「いや、見てるだけじゃなくて止めてくれませんか荼吉尼さん」

「いやよ、面倒くさい。そんなこと言うなら、あなたが止めたら」

「そうですね。面白いのでもう少し後で」

 

 しかし文字通り雲の上で高みの見物をして面白がっているあの世の役人は、煉獄以上に滅式どころかかヒノカミ神楽でも決められるべきだろう。

 

『鬼灯・様・殿・さん!! 面白がってないで何とかしろ!!』

 

 混乱の真っ最中、そんな風に怒られる鬼を炭治郎は見た。

 それが、鬼灯との出会いだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 炭治郎が死んだその日、閻魔庁の法廷では宴会が行われた。

 何言っているかわからないと思う。炭治郎本人が一番よくわかってない。

 

「すみませんね、炭治郎さん。あなたの生前の関係者だけではなく、獄卒たちもぜひともあなたに会いたい、無惨との戦いに対して礼を言いたい、語りたいという者が多すぎて」

「あ、いえ、きょ、恐縮です」

 

 訳がわからないまま金の雲であの世まで運ばれて、そのまま法廷で宴会に突入。雲に乗り切れなかった生前に親しかった死に別れた者や、あの世の住人である無惨とは無関係の鬼たちからもみくちゃにされていたのが少し落ち着いたところで、鬼灯がやっと現状の説明をしてくれた。

 

「けど、いいんですか? 俺は凄く光栄だし、ちょっと混乱したけど会いたかった人に纏めて会えたのも嬉しかったですけど、……法廷で宴会なんて」

「どうせ今日は仕事になりませんよ」

「そうそう! なんたって無惨討伐の立役者である炭治郎君が来たんだもん!

 いやー、浄玻璃の鏡であの戦いを見てる時はどうなるかハラハラしっぱなしだったけど、本当に炭治郎君はよく頑張ったよ!」

「お前も見習って死ぬ気で仕事を頑張れ」

 

 歓迎してくれる事は本心から嬉しいが、場所が場所なのでどうしても宴会を心から楽しめず炭治郎は改めて確認すると、溜息を吐きつつ答えた言葉に被せるように、悲鳴嶼さえ小柄に思える閻魔大王が彼の頭をわしゃわしゃ撫でながら言った。

 そして鬼灯の金棒フルスイングが顔面に直撃して倒れ伏すので、炭治郎の困惑は一向に納まらない。

 

「心配はしなくていい。すぐに回復するし、なにより大王はまったく気にしてない。あれは信頼し合っている者同士のじゃれ合いだと思っておけ。そうしないと、困惑しか出来なくなる」

 

 そんな炭治郎にここ数年で学んだ鬼灯と閻魔大王とのやり取りに対する対処法を伝授するのは、お迎え時に最大の混乱を与えた元凶。

 本人もその自覚があるからか言ってから苦笑する。

 

「なんというか……歓迎しているのに困らせてばかりですまない」

「あかっ、狛治さんの所為じゃないですよ!」

 

 謝罪する狛治についうっかり鬼の名前で呼びかけるが、炭治郎は本心からフォローする。

 正直言って未だ狛治に対してはどういった対応をすればいいのか、炭治郎はわかってない。彼はもう罪を償っている事は鬼灯から教えてもらったし、最大の被害者である煉獄本人がまったく気にしていないどころか親友扱いであること、そして何より炭治郎の鼻が狛治は心から自分が犯した罪を悔やんで反省し続けている匂いを嗅ぎ取っている為、炭治郎も別に狛治に対して悪感情は懐いていない。

 

 だが、いくら反省しているとはいえ鬼の頃の罪をもう償えている事が素で疑問だった。

 そして煉獄本人が気にしていないのは、彼の性格を少しでも知っていたら納得できるのだが、他の鬼殺隊が全く狛治に対して反感を抱いている様子がないのも不思議だ。

 鬼に対して強い憎悪を懐いていたはずの不死川やしのぶは、嫌ってはないが特に親しいわけでもない、知人くらいの距離感なのはまだわかるが、同じく過激なほど鬼を嫌っていた伊黒は煉獄の一方通行気味な友情に困惑している狛治を庇ってやるなど、割と仲が良さそうなやり取りをしていたのが、また更に炭治郎の疑問を深める。

 

 なので人を和ませて癒すのが得意だが、空気自体は一切読めない炭治郎はダイレクトに訊く。

 

「ところで、狛治さんと鬼殺隊って何か和解するきっかけがあったんですか?」

「ありました。見ますか? 狛治さんの過去」

『やめろ!!!!!!』

 

 狛治への質問をまだ閻魔大王に金棒をグリグリ押し付けてた鬼灯がサラッと答えて、法廷の端に移動させていた浄玻璃の鏡を指さした。

 その鏡に対しての疑問や、狛治の過去を見るかどうかの炭治郎の答えより早く、亡者と獄卒のほぼ全員が異口同音の大合唱。

 

「やめろ馬鹿野郎! 宴会の席で見せるもんじゃねぇだろ!!」

「法廷が涙で沈みますから、やめてください!!」

「っていうか狛治君の過去って言われただけで、空気がお通夜状態になってる人がいる!!」

「お通夜どころか既に伊黒さんが泣いてる!」

「泣かないで、小芭内ー!」

 

 良くも悪くも穏やかすぎる性質の閻魔やお館様にまで命令形で止められ、そして鬼殺隊や獄卒たちから非難轟々だったのでさすがに鬼灯も、「そうですね。わかりました。後日にします」と素直なんだかしつこいのか微妙な所だが、ひとまずこの場で上映はやめてくれた。

 

 周囲の反応になおさら「狛治さんに一体何が……?」と炭治郎は困惑するのだが、それよりも狛治本人が更に申し訳なさそうになって、「なんか本当に本当にすまない……」と土下座で謝りだすので、炭治郎は慌てて話を変えることにする。

 

「あ、え、えーと、あ! そ、そうだ! あの、皆さんに俺、お礼が言いたくて!

 あの、俺が無惨に鬼にされて、薬の効果で人間に戻るか鬼になりきってしまうかって所で、皆が助けてくれましたよね! あのお礼を……って、何で皆また土下座するんですか!?」

 

 話題をとにかく狛治から逸らそうと思考を走らせた結果、無惨の迷惑すぎる置き土産を破棄して人間に戻れた時の事、それは生者だけではなく殉職した彼らの手助けを思い出したから、その礼を告げようとしたら何故か土下座が増えた。

 

「……炭治郎。なんというか……本当に余計なことを無惨に言って申し訳ない。まさかあんな土壇場で、違うそうじゃない託すな死ねとしか言いようがない改心をするとは思わなかったんだ。

 もうそれだけでも申し訳なさ過ぎてもう一回自爆したいくらいだが、その後も本当にすまない。ごめん。本当にごめん」

「お館様、本当にどうしたんですか!? って言うか、もう一回自爆って何!?」

 

 何故かお礼を言いたい対象の人物たちが土下座で謝るだけでも炭治郎からしたら訳がわからず、恐縮と困惑の極みだが、最前列かつ代表として土下座で謝罪しているのがお館様なので、もう謝られている炭治郎が泣きそうである。

 

「た、炭治郎! 大丈夫だ、落ち着け!」

「お館様! 誠意はわかりましたというか誠意しかわからないから頭を上げてください! つーか、もっかい自爆って本当に何のことですか!?」

 

 そして訳わからず困惑しているのは炭治郎だけではなく、最終決戦で生き残った義勇と不死川も同じく何が何だかさっぱりなので、もはや泣く寸前の炭治郎を宥めつつ土下座をしている者達に説明を求める。

 だが、不死川の要望通り頭を上げた耀哉は不思議そうに小首を傾げて訊き返す。

 

「? 義勇や実弥がわからないのは当然だが、炭治郎は本当にわかってないのかい? あの時は魂そのものも朦朧としていたから、よく覚えていないのかな? あと、自爆は忘れて欲しい」

「あの産屋敷家妻子もろとも爆発四散は無惨の攻撃じゃなくて、この人の自爆ですよ。

 炭治郎さんに関しては覚えていないというより……もしかして見ていたものが現実とは違っていたのかもしれませんね」

 

 知らせたら無惨と同じく「妻子同意してんの!?」としか思えないので、全てが終わっても輝利哉がわざわざ隊士たちに教えなかった自爆をサラッと鬼灯がばらしつつ、どうやら彼にとっても炭治郎の反応は不可解らしく、鬼灯は再び浄玻璃の鏡を指さして炭治郎にまずは説明。

 

「あの鏡は現世の様子を過去を含めて見ることが出来るのですが、9枚の鏡で囲んで浄玻璃の鏡に亡者を映すと、指定した日時に考えていたことなどが文字、もしくは映像化されます。

 なので、炭治郎さんが良ければちょっとあの臨死体験というか奇跡体験というかな当時が見れますが、どうします?」

 

 言われて炭治郎は一応胡蝶や玄弥などに「え? 皆が俺に生きるように背を押してくれたんですよね?」と確認をとると、煉獄でさえ何とも気まずげな笑みを浮かべて肯定された。

 炭治郎からしたら否定されるよりも訳がわからなくなってきたので、困惑したまま鬼灯の提案に了承。

 

 そして9枚の鏡に囲まれた状態で、炭治郎は浄玻璃の鏡の前に立ち、まずは炭治郎視点の鬼から人へ、死の淵から生へと帰還する間際の出来事が映し出された。

 

 * * *

 

『帰ってどうなる? 家族はみんな死んだ。死骸が埋まっているだけの家に帰ってどうなる?』

『無意味なことをするのはよせ。禰豆子は死んだ。お前が殺したんだ』

『恨まれているぞ。誰もお前が戻ることを望んでいない』

『自分の事だけを考えろ。目の前にある無限の命を掴み取れ』

 

 肉の中に埋まり、自分の体に寄生する無惨の言葉を否定し、拒絶し、炭治郎は必死で残された右腕を伸ばして生きようと、人として生きて妹の元に戻ろうと足掻き続ける。

 

 無惨の言葉のほとんどはくだらないデタラメと、お館様の言葉を見事なまでに曲解した自分本位なもので、炭治郎にとって不快でこそはあったがそれは耳元の羽虫と同等の不快さであり、心に傷という形でも届くようなものではなかった。

 ただ一つの例外を除いては。

 

『屑め。

 お前だけ生き残るのか? 大勢のものが死んだというのに。お前だけが何も失わず、のうのうと生き残るのか?』

 

 この言葉だって的外れだ。

 炭治郎はあまりに多くのものを理不尽に奪われたから、こいつが奪ったからこその結果だというのに、それでも炭治郎はあまりに善良だからこそ、その言葉が彼の心を蝕む「もっと自分が強ければ」という後悔の棘を増幅させ、「生きたい」という思いに傷をつけて気力を奪われる。

 

 無惨の言葉を肯定したくなかったが、「生きたい」とは言えなくなってしまった。

 だからこそ、その背を押した。

 

 認識できた数は、7つ。

 剣を振るい続けたとわかる手が、たくましいもの、嫋やかなもの、まだ小さい子供のもの、自分と同じくらいのものが、炭治郎の背中を支え、押し上げる。

 

 漆黒だったはずの空が淡い紫色に染まる。藤の花の中から、嫋やかな両手が伸ばされる。

 一目でそれは、その桜色の丸い爪先は妹の……人間の妹の手であることに気付いた時、左目から溢れ出ていた涙の意味が変わる。

 

 後悔と罪悪感、喪失感による涙ではなく、それらに酷く心が痛みながらも叫ぶ「生きたい」「帰りたい」という望みと、その望みは自分だけではない、待ってくれている、望んでいる者がいることを知った喜びの涙に溢れながら、炭治郎は妹の手を掴み、そして妹だけではなく自分が傷つけても、それでも妹と同じく手を伸ばして、信じて、望んでくれた仲間達の力を借りて、帰還した。

 

 最後まで、炭治郎から完全に切り離されても無惨は見苦しく叫んで追いすがっていたのだが、とっくの昔に炭治郎は無惨の声など聞いてはいない。存在さえも、全く何の他意もなく忘れ去って彼は帰りたくてたまらなかった幸福の元へと帰り着く……。

 

 そんな自分の過去を鏡で改めて見返し、炭治郎はあの時の頃を鮮明に思い出して熱くなった目頭の滴を指先で拭った。

 が、同時に鏡で自分の記憶を第三者に近い視点で見た為、今まで思ったことがなかった感想が生まれてしまった。

 

(傍から見ると、結構怖い光景だ!!)

 

 肉に埋もれて、自分の体から無惨が再生されるのは、もちろん気持ち悪くて思い返しも見返したくもない最悪の光景だが、本心から感謝している殉職した鬼殺隊の方々の助力や、禰豆子たちが藤の花の中から自分を引き上げてくれる所も、全部腕しか出てきていない所為で冷静に見ると普通に不気味な光景である。

 

 ある意味無惨のおかげで腕は炭治郎を助けようとしているのがわかるのが、救いかもしれない。

 無惨がいなければ、むしろ腕が炭治郎を地獄かどこかに引きずり込もうとしている悪霊に見える有様だ。

 

 そんな風に当事者である炭治郎だけではなく、生き残りである義勇と不死川も思ったのだろう。

 二人は炭治郎の帰還を改めて喜びつつも、ものすごく複雑そうな顔をしていた。

 

「へー。炭治郎にはこういうふうに見えてたんだ」

「……良くも悪くも、無惨以外の声はほとんど聞こえてなかったようですね」

「鬼灯様、これがもう真実だということにして終わらせましょう」

 

 しかし、あの世側の当事者であり土下座していた連中は、納得と感心と申し訳なさと気まずさが入り混じった、炭治郎たちとはまた違った複雑そうな顔で感想を言い合い、狛治はそのまま真実の方をなかったことにしようとする。

 

「そんな訳にはいかないでしょう。炭治郎さんたちの謎を深めっぱなしじゃないですか。

 という訳で、炭治郎さん。こちらが実際に起こっていたあなたの復活劇です」

 

 だが鬼灯は無慈悲なんだかある意味では慈悲だったのか、狛治の提案を却下しつつ浄玻璃の設定をいじって時を少し巻き戻し、囲っていた鏡を仕舞って完全なる第三者としての視点による映像を映し出した。

 

 禰豆子や善逸、伊之助や隠達に囲まれて名前を呼ばれ、傷を負ったカナヲや義勇が祈るような顔で倒れた炭治郎を見つめている。

 その横で行われていたのは……

 

 

『頑張れ竈門少年頑張れ頑張れ!! 泣くんじゃないいや泣いていい泣いてもいいからとにかく頑張れ生きろ無惨の声は無視しろ頑張れ!!』

『悲鳴嶼さん、来てもらってばっかりで本当に申し訳ないですけど頑張ってお願いします非力でごめんなさい!!』

『大丈夫だ任せろ足も復活しているから大丈夫だ大丈夫だきっとそうだ信じていますよ御仏ええぇっっ!!』

『こっち来んな! 帰れ! さっさと帰れまだ来んな!! 今僕ものすごく兄さんの気持ちわかる!!』

『わかるわかる時透さん、スッゲー俺もわかる!! だから炭治郎さっさと帰れ頼むから!! 俺、お前も助けたいけど兄ちゃんの所にも行きたいんだよ!!』

『うわあああんっっ!! 炭治郎君、死なないでーーっっ!! もっかい私の腕がちぎれてもいいから死なないでーー!!』

『良いわけあるか落ち着け甘露寺! お前も甘露寺を泣かすな炭治郎! さっさと戻れ! 俺も泣きそうだから本当にもう帰れお前!!』

 

 

 

「凄くにぎやか!! お疲れさまでした!!」

 

 とりあえず、炭治郎は皆が土下座で謝っていた訳を、この騒がしすぎるセリフの応酬だけで察して、彼らを労った。

 

 どうやら炭治郎は本当に朦朧とした意識だった為、自分の復活劇は「皆が生きて帰ることを望んでいて手助けしてくれた」という部分しか認識できていなかったらしく、実際の光景はだいぶ違っていた。

 

 まず、そもそも自分の背を押してくれていたと認識していた数と人物は当たっていたが、実は全員背を押していない。むしろ禰豆子達だと認識していた、自分の右手を引っ張る側が彼らだった。

 背中を押されていたはずなのに人数と人物をはっきり認識していたのは、おそらくは無意識にこのあたりのことを覚えていたからかもしれない。

 

 そして炭治郎は、端的に言うと綱引きの綱状態だった。

 しのぶの薬のおかげで分離しかかっていたが、無惨と炭治郎はまだ半ば同化したままだった為、無惨が死ぬと炭治郎もあの世側に引っ張られてしまうので、獄卒たちが無惨を、鬼殺隊側が炭治郎を引っ張って力づくで分離させようとしていたようだ。

 

 手助けしてくれたのに何故かみんなが土下座で謝ったのは、無惨の曲解の巻き添えでしたくもないことをさせられた挙句に、一理もない発言に善良だからこそ傷ついて泣いていた炭治郎に対し、無惨の言葉を否定してフォローしてやるのではなく、皆が皆、最後の最後ということで変なテンションになって、ある意味では炭治郎本人の意思とか心境を丸無視して勝手にバカ騒ぎしていたことを、彼らも善良だからこそ申し訳なく思っていたからなのは多大にある。

 

 ……多大にあるのは確かだが、彼らが土下座した一番の理由は端的に言えば連帯責任。

 

『頑張れ竈門少年頑張れ俺も頑張るしお館様も頑張るから頑張れ!!』

『いや、むしろお館様はもう頑張らなくていいから! 誰か止めて!』

『産屋敷さん! 申し訳ないけど正直邪魔!! どいて! 無惨ボコるのは縁壱さんに任せてお願い!!』

『縁壱さん! お願い引く気持ちはわかるけど引いてないで、ちょっと産屋敷さんよけてこいつ切り離して!!』

『引いてるというか怯えてますね』

『その怯える一因はあんたでもありますよ、鬼灯様!! あんたも殴ってないで、産屋敷さんを引き離して!!』

 

「「「……………………」」」

「ただでさえ長年の恨みが積もり積もっていたところに、私の発言が原因ということもあって頭に血が上ってしまった。大変申し訳ない」

 

 殉職した鬼殺隊による炭治郎生還綱引きに関しては、シリアス返せとは思うがまだ微笑ましいものだ。

 しかしその背後で行われていたお館様による無言でひたすら炭治郎の腰辺りから生えている上半身無惨を殴り続ける光景に、思わず生き残り3人はドン引き顔のまま確認のように耀哉に振り返ると、本人は再び綺麗な土下座の体勢になっていた。

 

 やけに無惨が実際の光景では静かだと思っていたが、どうやら耀哉が自分の拳が怪我しようが全く気にせず顔面を殴り続けていたから、炭治郎の精神に直接語り掛けるしか出来なかったようだ。そしてこの光景を見ると、最後の縋りつきっぷりにはしたくもないが炭治郎も納得する。

 

 無限城での戦い時点でそうだが、霊感が強い隊士がいたらカオスすぎる光景だっただろう。

 浄玻璃の鏡で見た限り、炭治郎たちの傍らで行われるこの綱引きにも、お館様の闇の深さフルオープンにも気付いている様子の隊士はいないのが唯一の救いだと炭治郎は思うことにした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから浄玻璃の鏡で無限城の戦いダイジェスト鑑賞会が行われたり、ヒノカミ神楽が獄卒から悪ノリでリクエストされ、縁壱と竈門一族が大真面目に行ったりするなど、カオスな宴会が続きに続いて時刻は夜の10時を回る頃。

 

「あ~~、飲み明かすのって『日本の伝統』って感じがするな~~」

「因習ですよ。ほらほら、空気なんて読まなくていいですから、帰りたい人は帰りなさい」

 

 もうだいぶ前から出来上がっている大王のセリフをバッサリ切り捨て、鬼灯は手を叩いて解散のきっかけを作る。

 忘年会などの飲み会ならもちろんもう少し早い時間にこのやり取りが行われるのだが、本日に限っては純粋に楽しんで帰りたがるものがいなかった。

 

 だが本日は仕事納めによる宴会でもない為、宴会参加者の大半は明日からも普通に仕事だ。なので名残惜しいが日付が変わる前に解散は賢明なので、鬼灯の言葉に甘えて従い、皆がそれぞれ食器などの最低限の片づけを行い、別れの挨拶を交わす。

 

「あの、鬼灯様! 閻魔大王様! 今日は本当にありがとうございます!!」

 

 炭治郎もとっくの昔に弟や妹たちが睡魔に負けているので、家族と天国にあるらしい新しい我が家に帰るのは決定事項。

 その前に、弟達は父母に任せてもう何度目かわからない祝宴を開いてくれた感謝を告げた。

 大王は炭治郎の健気で礼儀正しい言動に、孫を見るような目で微笑み、「いいよいいよ! わしたちがやりたかったからやっただけだよ!」と炭治郎の背をバンバン叩く。

 

「自分の体格を自覚しろジジイ。

 炭治郎さんも、文句は遠慮せずに言ってください。言っても無惨よりはマシ程度の学習力ですが、言わないと何も学びません」

 

 その行動を鬼灯が金棒で殴って止め、相変わらず慇懃無礼全開に鬼灯は炭治郎にも諭すように言い、炭治郎は曖昧に笑って返答は誤魔化した。もう既に、狛治に教わった鬼灯と大王のやり取りへの対応を身に着けているようだ。

 

 曖昧な苦笑をして、鬼灯の言葉に対する返答ではない話を始めた。

 応えにくい話を誤魔化す為ではなく、彼にずっと言いたかったことを彼は語る。

 

「それと……鬼灯様、ありがとうございます」

「? もう何度も聞きましたし、宴会の発案は私ではなく大王なので礼は不要ですよ」

「あ、すみません。そっちじゃなくて……」

 

 炭治郎の再度告げられた礼に鬼灯は小首を傾げて返答するが、「そっちではない」と否定されて鬼灯の傾げる首の角度がさらに深くなる。

 

「あの、鬼殺隊の皆や獄卒の皆さんから話を聞きました。

 無惨は現世の人間に任せてあの世は関与すべきではないって方針だったのに、鬼灯様は自分の立場が危うくなるのも覚悟の上で、無限城での戦いに支援してくれたって」

 

 更に疑問を深める鬼灯に炭治郎も苦笑を先ほどまでとは別の意味で深め、答えた。

 自分の礼の意味を。

 言われたら鬼灯も理解できたが、それでも彼は素直に受け取りはしなかった。

 

「……あぁ。それこそ気にしなくていいですよ。正直言って私達のしたことは、自分たちの仕事を増やしたくないのと、今まで面倒事をかけ続けた無惨に対する鬱憤晴らしが全容ですから」

 

 謙遜でもツンデレでもなく、本音で語る。

 鬼殺隊の為にしたことでも、現世を思ってしたことでもなく、ほぼほぼ私情だったことを堂々と言いきるが、それでも炭治郎から笑みは消えなかった。

 失望などせず、苦いものさえも消えて彼は自身の信の心の奥底と同じ、澄み切った空と水面のような笑みを浮かべて言う。

 

「はい。それも聞きました。けれど、それでもありがとうございます。

 

 ……私情でもいいんです。だって、そもそも俺も、鬼殺隊も同じようにほぼ私情ですから。

 むしろ……、仕事だからとかじゃなくて、俺達と同じように無惨に対して『許せない』と思ってくれたからの行動が嬉しいです。

 

 鬼灯様。本当にありがとうございます。あなたのおかげで俺は、俺達は最期まで折れずに貫けました」

 

 亀や蛇を連想させる細い目が見開く。

 いつでも怒っているように見える表情から険が取れる。

 きょとんとしか言いようがない顔で、鬼灯はしばし固まった。

 

「――――?」

 

 その時、死んでも現役な炭治郎の鼻が捉えた匂い。

「感情」の匂いであることはわかったが、それはどういった言葉が適切な感情による匂いなのかはわからなかった。

 

 炭治郎は知らない。

 鬼灯が「(召し使い)」という名の人間だったことも。

 私情による行動どころか発言すらも許されない過去があったことも。

 

 仕事ではなく、誰かの意図など関係ない、鬼灯自身の意思による言動が結果的に評価されることはあっても、それが「私情だからこそ」評価されることなど、求めていなかったし想像さえも出来なかったことも。

 

 けれど、なんとなく炭治郎は思う。

 

「……そう、ですか」

 

 自分の頭に手を置いてぐしゃぐしゃと掻きまわすように撫でて言った鬼灯の顔は既に、最初に会った時から変わらない仏頂面だった。

 けれど、きっとこの匂いはあの時、感じ取ることが出来なかった匂いと一緒だと思えた。

 

 

 

 

 

「……こちらこそ、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 今にも泣き出しそうな、泣きたくなるほど優しくてあたたかくて無垢な感情による匂いはきっと……炭吉と別れる時の、最後の笑顔の縁壱と同じ匂いだったのではないかと思えた。





登場人物多すぎなのと、鬼灯らしいコメディも鬼滅が終わった余韻を感じられる話も書きたいという欲張った結果、めっちゃ投稿遅れてしまった。

あと転職したので、マジで執筆時間がなかった。
楽しみにしてくださった方々には本当に申し訳ない。

お盆はコロナの所為と言うかおかげというべきなのかもうわからないけど、出かける予定が皆無になったので出来る限り更新してゆきたいです。

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