「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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今回の話を書いてて気づいた、前回のミスを懺悔します。
……珠世さんの存在をすっかり忘れてました。マジですみません。




「何あれ知らない、怖い」

 鬼灯が立案した、無惨や鬼殺隊のことを若い世代にも知ってもらう為の講習は、少し間が置かれてお盆前に行われた。

 一応は業務の一環だが、優先度は最低レベルなのと聴講生は自由参加なので、仕事の追い込みで修羅場なお盆前よりその後の休みであるお盆の最中の方が都合が良かったはずだが、アイドルであるマキミキ達は違う。

 

 お盆は特番などの生放送等で時間が取れない彼女達だが、その直前なら少し余裕があり、「講習予定ありますか?」と参加希望の問い合わせが来たので、結構無理して時間を作ったらしい。

 もちろん、鬼灯に「アイドルに会いたい」という下心はない。彼にあるのは、彼女たちが講習の知識をバラエティやトークショーなどで話題に上げてくれたら講習などしなくても世間一般に認知されるのではないかという方向での下心だ。

 その結果、前回と同じメンバーの聴講生が揃い、前回とは少し違ったゲストの前で鬼灯はまず今回の講習内容を告げる。

 

「本日は2度目となる講習ですが、今回は鬼殺隊の歴史について語ってゆきたいと思います」

 

 前回の講習終了時に予告していた通り、無惨の地獄めぐり動画をBGM代わりに流されているカオスな部屋の中で、そのBGMを一瞬忘れる程の突っ込みどころをサラッと宣言された為、唐瓜はつい反射で突っ込んでしまった。

 

「え? 無惨についての話は前回で終わり?」

「終わってませんが、語るほどの面白いことは戦国時代に入るまでないので、ひとまず横に置いといてください。あいつが調子に乗っていた時代の話なんて、誰も得しませんし」

 

 前回の講習が無惨という自分たちと同じ純粋な鬼とも、鬼灯のような人から鬼に変じた者とも違う、あまりに特異な存在になった経緯の話だったはずが、まだ大して強くなかった無惨を頼光四天王が倒してくれなかったことや、善意の医者があまりに頭縁壱過ぎたことに対する愚痴ばかりになっていたので、今回はその続きだと思っていたらまさかの「面白くないから」との理由でカットされた。

 かなり理不尽な理由だが「無惨が調子に乗っている時代の話は誰も得しない」が正論すぎたので、全員は真顔で納得して反論はなかった。

 

「それでは、話の前にまずはご紹介を。

 本日は夏休みなのでいつもより時間に融通が利いたので、元は鬼殺隊の炎柱、現在は小学校教諭の煉獄 杏寿郎さんに来てもらえました。

 あと、獄卒は面識があるでしょうが詳しい経歴は知らないでしょうから改めて紹介します。こちらは閻魔庁医務室の担当医である珠世さん。この方は十二鬼月が作られる前の無惨の側近と言える立場だった方ですが、無惨の支配から外れた後は鬼殺隊と協力して最終的には無惨討伐最大のMVPとなった方です。

 あとは前回にもいらした狛治さんと無一郎さんですので紹介は不要ですね」

 

 聴講生に納得してもらったところで、鬼灯は講習の助手的立場であるゲストを紹介する。

 煉獄はいつものように明朗快活騒がしく、「歴史の説明は本職だから任せろ!」と胸を張り、珠世は煉獄とは真逆に控えめで儚げな笑みを浮かべて、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

 煉獄と初対面のマキミキと桃太郎たちは彼の勢いに圧倒され、そして珠世の妖艶と貞淑が違和感なく同居した美しさに思わず嘆息する。異性同性はもちろん、動物すらも魅力する珠世の美しさ。きっと明日も美しいぞ。

 

 もちろん、珠世がいることに一番大喜びしているのは白澤。人妻なので手出しはしないが、同じ医療、特に薬学関係職なのを建前にお茶や食事に誘うのだが、言い切る前に鬼灯が投げたホワイトボード用のペンが白澤の両目とついでに鼻の穴にも刺さる。

 そしてムスカになる白澤を無視して、講習は始められた。白澤の心配をする者は誰もおらず、いつもの事として完全に流された。

 

 * * *

 

「前回の鬼殺隊などの関係者はただ単にシフトなどの都合上で来れる方々でしたが、今回は鬼殺隊の歴史に関わる方々を集めました。言っちゃなんですが、狛治さんが浮いてますね。

 本当は鬼殺隊の創立者であり責任者である産屋敷の方も呼びたかったのですが、流石に盆前は時間が取れずに無理でした」

「すみません、私たちが無理言って……」

 

 ミキがアイドルとしてのキャラのままだと失礼だからか、それとも申し訳なさのあまりに素なのか語尾なしで謝罪を口にして、マキもその横で頭を下げる。

 もちろん鬼灯は別に二人を責めたかった訳ではないので、自分が無理してでも彼女たちのスケジュールに合わせた目論みを語ってフォローしてから、さっそく鬼殺隊の成り立ちを語り始める。

 

「まず最初に、鬼舞辻 無惨は鬼殺隊の創立者の一族である産屋敷一族の者です。産屋敷一族の無惨という鬼を生み出してしまった責任感と、奴が生まれたことによる短命の呪いによる怨恨で生まれた、無惨を討伐する為、そして無惨の被害者の為の互助組織こそが鬼殺隊です。

 

 ちなみに短命の呪いを産屋敷家は神罰の類だと解釈していましたが、これは無惨の鬼としての能力の一部です。奴自身は全く自覚してなかった体質に近いものですが、奴はどんなに遠く離れていても自分の血縁者からの(はく)を吸収することができた。最近の方にはエナジードレインと言った方がわかりやすいですかね?

 まぁ、ようは産屋敷家はあの臆病者の所為で生命力を奪われ続けて短命な家系でした。神職の娘を嫁にもらって寿命が延びたのはただ単に無惨との血縁が薄れていった結果です。

 貴族という身分柄、結婚相手は限られているので普通なら血が濃くなってゆきがちだったから、偶然とはいえファインプレーと言えますね」

 

 まずは何故、産屋敷という一族が千年にも渡って私財を投じて無惨討伐を悲願とした組織を作りあげた理由を語る。

 そこからしばらくはごく普通の、歴史の授業のような真面目な講習だった。

 本職の煉獄も交えて、平安時代にはどのくらいの規模だったのか、日輪刀が作られだしたのは何時代かなどを説明していたが、当然そんな普通の歴史授業についてゆけるのは優等生な唐瓜とミキ、あとは桃太郎とルリオくらいだ。

 

 それ以外の残念組、ぽかんと口を開けて虚無を眺めているマキは一番いい方で、茄子は机に落書きをいそしんでおり、白澤はマキミキや珠世を「可愛いなぁ〜」と言いながら眺めて、再び鬼灯からバルス(キャップ外した万年筆のペン先)をくらっている。

 シロと柿助、そして講習の講師側であるはずの無一郎にいたっては完全にお休みタイムである。

 そうなることはわかりきっていたので、鬼灯は話をさっさと戦国時代後期まで進める。

 

「はい、無一郎さん。起きてください。あなたのご先祖様が登場しますから」

「……ついに出るのか。出ちゃうのか。鬼殺隊史上最大の功労者にしてある意味問題児が」

 

 熟睡していた無一郎と、動物たちに鬼灯はペンを投げつけて起こす。シロと柿助の眉間にはスコーンと実にいい音を立ててペンが命中したが、熟睡していたはずの無一郎はぼんやりとした寝ぼけ(まなこ)のまま、右手にはしっかり鬼灯の投げたペンをキャッチ。

 最年少の天才柱という肩書が伊達ではないことを聴講生が感心している中、白澤だけが血涙流してる目で遠くを眺めて、ひきつった笑みで呟いた。

 聴講生はその呟きにも、無一郎以外の講師枠たちも同じような表情をしていたことにも気づいてなかった。

 

「ん~。ご先祖さまって言っても、僕は直系じゃないんだけど」

「それでも死後は交流があったのですから、少しは興味を持ちなさい」

「無一郎さんのご先祖様ってことは、その人も天才だったの?」

『天才というか天災』

「え?」

 

 まだ眠そうに目をこすってあくびしながら答える無一郎と、軽く叱る鬼灯のやり取りにシロは口を挟んで尋ねると、無一郎は寝ぼけ顔から一瞬で真顔になり答えた。彼だけではなく、鬼灯や講師側であるゲストたちと白澤も真顔で言い切る。

 だが音が同じなので、シロは当然意味がわからず困惑する。そしてそれは他の聴講生たちも一緒。

 

 なので鬼灯が、「天災」とホワイトボードに書いてから、そう称される無一郎の直系ではないが先祖に当たる人物の名前も書いて話を続ける。

 

「……戦国時代の後期、鬼殺隊は良い意味でも悪い意味でも転機を迎えます。

 それは一人の剣士が入隊したことが全ての始まりでした。

 

 その剣士の名は、継国 縁壱」

 

 鬼灯の書いた名前の横に、狛治は見やすいようにA3サイズに引き伸ばした縁壱の写真を張る。

 戦国時代の人なのに写真? と思うかもしれないが、鬼殺隊の重要関係者は写真が普及した頃にまだ転生せずあの世にいるのなら、写真を撮って資料として保存されているのだ。

 名前とその顔を見て、聴講生は何かに気付いたように目を見開き、そして二人と一匹が思わず叫んだ。

 

「「「あの千手ガンダムの人!!」」」

「よりにもよって一番最初に連想するのが何でそれなんだ? と言いたいところだが、どう考えてもBGMの所為だな! 鬼灯様! 動画消しましょう! 集中できない!!」

 叫んだのは当然、残念代表選手の茄子、マキ、シロである。だが狛治が突っ込んだ通り、BGMの地獄巡り動画最新作で持て余してんだか活躍してんだかな登場を果たした縁壱HELL式が真っ先に連想されるのは仕方ない。

 他の連中も間違いなく、まず最初に浮かんだのHELL式だろう。叫ばなかったのはただ単に、残念組ほど口と脳が直結してないだけだ。

 あとついでに、縁壱HELL式はガンダムほど大きくない。閻魔大王サイズだ。

 

 縁壱が登場したのなら、鬼灯も無惨の話題が出てきてもストレスが溜まらないから狛治の要望通り、BGMを消して説明は続行される。

 それを残念がってちょっと拗ねる珠世が、超絶可愛かったのは余談。

 

「はい、皆さんもご存知の通り技術課の真夜中テンションの産物、縁壱HELL式のモデルである縁壱さん。

 この人こそが『始まりの呼吸の剣士』と呼ばれる方で、鬼殺隊の剣士必須の技術である『呼吸』の開祖。そして無惨を唯一、しかも無傷で追い詰めた最強の剣士です」

 HELL式のインパクトが強すぎたが、少年漫画に憧れる少年心を全力で刺激してくる情報に聴講生たちは目をキラキラさせる。マキまでしてる。

 ミキだけが「凄い、かっこいい」とは思いつつも、前回の講習で得ていた情報を思い出し、手を挙げて確認する。

 

「……あの、鬼灯様すみませんニャー。前回の講習で無惨を鬼にした医者のことを『医術界の縁壱さんだと思え』って言ってましたよね?」

「はい。言いました」

 

 ミキの指摘と鬼灯の肯定で、男の憧れそのものな情報に唐瓜までも気を取られていたが、全員が冷や水をかけられたようにテンションが下がり、沈黙する。

 別に悪い情報ではない。……ないのだが、医者のトンデモぶりを思い出せば出すほどに引き合いに出された縁壱がもう、ただの「最強の剣士」でないことを理解させる。

 そもそも彼らは忘れていた。縁壱の横に書かれた単語を。

 

 彼は、縁壱という生き物は「天才」ではなく「天災」であることを、この後彼らは思い知る。

 

 * * *

 

「まずは縁壱さんが鬼殺隊に入るまでの経緯を語りますか。

 

 この人は戦国時代の武家である継国家の次男として生を受けます。しかし彼は双子。時代柄、双子は地方によりますが縁起が悪い存在と思われがちで、しかも額の痣も炎のような形だった為、不気味に思われ父親に忌子扱いで殺されかけましたが、母親が狂乱しながら反対したため十歳で出家するという条件で養育が許されました。

 

 双子の兄である厳勝さんと待遇に酷く差を付けられますが、母親と兄に慈しまれて育ったことと本人の資質からか、自分の境遇に不満を懐くことなく、むしろ母親が病没された後は家の迷惑にならぬよう十歳になる前に自ら出奔するような、清廉潔白な人物でした。

 

 ですが、まだ幼子だったのもあって初めて出る外の世界にテンション上がって寺には行かずそのまま走り続けて、気がつけば知らない村。

 そこで家族を喪った少女、うたさんと出会い、二人は意気投合して同居。その後はひねくれた意外性などなくお互いに惹かれあい、やがて夫婦となって子を授かる。ささやかながら幸福でした。

 しかし、その幸福は無惨の鬼によって最悪な形で踏みにじられます。

 うたさんが出産間近だったので縁壱さんが産婆に相談しようと家を離れ……、人助けをしていたので帰るのが遅くなってしまったその日、うたさんとお腹の子供は鬼に惨殺されました。

 心からうたさんを愛し、我が子の誕生を待ち望んでいた縁壱さんはショックのあまりお二人を弔うことも忘れ、うたさんの亡骸を十日ほど茫然と抱きかかえ続けていたそうです」

「…………ちょっと待った」

 

 生まれた時からハードモードと言っていい境遇から、想像できていたがあまりに惨い悲劇を聞かされてしんみりしている中、桃太郎もしんみりして流しかけた情報に気付き、突っ込む。

 

「……あの、十日ほどって……その間食事や睡眠は……」

『…………あ』

 

 桃太郎の空気を読まないがスルーすべきではない情報の一部を指摘すると、気付かずに流していた聴講生たちも気づいて声を上げる。

 そして鬼灯は、フォローではなくトドメを返答する。

 

「もちろん寝てませんし食べてませんし、なんなら水も飲んでませんよ。縁壱さんは妻子の死体を前にそんなことができるような狂人ではありませんし」

『身体は狂ってるどころじゃねーぞ!!』

 

 鬼灯の言う通り、妻子の死がショックすぎて何も出来ずに死体を抱きかかえ続けることは狂っているとは言えない。普通と言うには変だが、いつの時代の誰がしてもおかしくない行動だろう。

 だが、鬼灯の発言以上に聴講生の総突っ込みが正論だ。

 普通なら精神はともかく体の方は食事や水、睡眠を求めて悲鳴を上げる。その悲鳴に精神が応えてやらないのなら、他者の助けがない限り十日どころか水すら飲んでないなら二日で死ぬ。

 

 そんなごく真っ当な精神と同時に知らされた化け物っぷりに聴講生たちは戦慄するが、ゲストたちはそのまま追い打ちをかける。

 

「というか、鬼灯様はだいぶ端折ったからそこ以外普通に思えるかもしれんが、縁壱は子供の頃から天災ぶりを発揮してたからな」

「そうだな! 七つで兄上の剣術指南役に打ち勝ったという逸話があるぞ! しかも、竹刀の持ち方を教わっただけで素振りすらしたことがなく、一瞬で四連撃入れたそうだ!」

「出奔してからうたさんに出会うまでも、一晩中走り続けても全然疲れなかった結果だしね」

「確実に、山を3つか4つくらいは超えてますよね……」

 

 ゲストたちはそれぞれ、鬼灯が端折った縁壱のトンデモ情報を口にして聴講生たちは絶句。

 縁壱の身体能力に関して突っ込みを入れていたら終わらないので、鬼灯はその隙に話を進める準備をする。

 

「そうやって茫然自失していた所、鬼を追っていた鬼殺隊の剣士がやってきて、彼に弔ってやらなければ可哀相だと言われた事でようやく何もできないショック状態から抜け出しました。

 この声を掛け、そして縁壱さんを鬼殺隊にスカウトした剣士こそが煉獄さんのご先祖様。当時の炎柱です」

 

 説明しながら縁壱の隣に炎柱の写真を張る。

 

『……当時の?』

「はい。当時の炎柱。煉獄 杏寿郎さんのご先祖さまです。えーと、名前は何でしたっけ?」

 

 聴講生たちはその写真と席に座っている煉獄を見比べて、尋ねる。

 確認したくなる気持ちはよくわかる。それぐらい、500年以上前の先祖でも遺伝子が濃縮ストレートすぎるくらいにそっくりなのだ。

 今ここにいる煉獄の写真ではないと鬼灯ははっきり言いきってから、名前の系統も先祖代々似ているからか珍しくど忘れしたらしく煉獄に尋ねる。

 

 そして煉獄が答える前に、写真を鬼灯が取り出した時から何やらいぶかし気な顔をして何か確認していた狛治が言った。

 

「……鬼灯様。これ、杏寿郎です」

 

 言って、狛治は引き伸ばした元である写真とその裏を見せる。そこには、「煉獄 杏寿郎」と書かれていた。どうやら、間違えて持ってきてしまったようだ。

 しばし鬼灯は狛治の持っている写真と自分が張った写真を見比べて沈黙していたが、数秒後に聴講生と向き合った時には開き直っていた。

 

「同じ顔なので、気にせずにこの写真の人が当時の炎柱だと思ってください」

「開き直んな馬鹿野郎! っていうか、気付こうよ杏寿郎くん! 他の先祖の写真ならともかく、自分の写真なんだから!!」

「さっぱりわからなかった!! すごいな、俺の一族!」

 

 鬼灯の開き直りに白澤が突っ込みを入れるが、天敵のあからさまなミスをしつこくバカにするよりも先に一番早く気付くべき人物にも突っ込みを入れてしまう。

 そして本人は朗らか堂々と言い切ったので、もう白澤は文句を言えない。本人ですら見分けるのが困難な写真を間違えたのはもはやミスとは言えないことを、きっと彼は初めから本音では認めていたのだろう。

 間違ったのは自分の方なのに何故か白澤が悔しがる様を「ざまぁ」と思いながら、鬼灯は縁壱に関しての説明を煉獄にパスする。

 

「鬼殺隊に入ってからの彼の活躍や功績などは、煉獄さんが的確でしょう。お願いします」

「うむ! 任された!

 

 鬼灯殿が語った通り、縁壱殿は我々鬼殺隊の剣士が鬼と戦う為に会得する剣術の型と同じく必須の技能と言える『全集中の呼吸』を編み出した方だ!

 本人が使っていた原初と言える呼吸は『日の呼吸』! 『炎の呼吸』を『火の呼吸』と呼んではならない理由は、この呼吸と混同を避ける為だろうな!

 そしてこの呼吸という技術を惜しみなく仲間の剣士にも教え、日の呼吸を会得出来なかった者にはそれぞれに合った呼吸法を指南したことで基本の、炎・水・風・岩・雷の呼吸が生まれた!

 

 その他にも痣や赫刀、透き通る世界など語ることは尽きないが、何より縁壱殿について語らねばならぬのは、この方が無惨を追い詰め、それが我々の世代にも引き継がれて奴を倒す大きな手助けとなったことだろうな!」

 

 煉獄の説明にシロが「手助け? 戦国時代の人なのに?」と野暮な疑問を口にする。

 煉獄の発言は「縁壱が鬼殺隊に教えた技術などが最終戦で活躍した」「縁壱という存在が鬼殺隊全体の憧れであり、士気を上げた」等の意味合いで解釈していた他の連中は、そのようなことを口にしてシロを嗜めるが、肝心な講師陣(と白澤)は「あぁ、平和な解釈だな」と言いたげな遠い目をしている事に気付く。

 

「……無惨と相対した時の事は、当事者である私が語りましょう」

 

 彼らの解釈も間違いではないのでそのままにしておきたいが、そうはいかないから珠世が控えめに手を挙げて説明係がバトンタッチ。

 

「……あの方は、あの自分以外の全ての存在を見下している傲岸不遜な恥知らずですら、『本物の化け物は自分ではない。あの男だ』と思うほど、言葉通り手も足も出せずに首を切り落とされ、手を失くして再生できぬ見苦しい姿で切られた首が転がり落ちぬように押さえておくのが精一杯な情けない、実に自業自得な姿にまで追い詰めた唯一の方。

 

 しかしあの方は優しすぎました。清廉潔白で悪というものが心から理解できない方でした。だから、情けをかけたとか怒り故にというより、本心からあの恥知らずの生き様が理解できなかったのでしょう。

 縁壱さんはあのただひたすら死にたくない臆病者に、意訳すれば何故そんな恥知らずな生き方が出来る? と尋ねたのですが、もちろんあの恥知らずはそんな疑問を聞いてすらおらず、結果としてその問いかけは奴が逃げる決定的な隙となりました。

 

 無惨は自爆、通称生き恥ポップコーンで1800ほどの肉片になって逃げ出したのです」

 

『生き恥ポップコーン!!??』

 

 珠世の未だに無惨に対しての恨みが一切薄れていないことがよくわかる、闇の深さが見え隠れどころかモグラ叩きのように出てくる語りに聴講生はわりと引きつつ聞いていたが、サラッと馬鹿にしてんのかすら意味不明な通称が出てきて、思わず反射でオウム返し。

 なんとなく、どのような状態だったのかよくわかるネーミングなのは優秀だと思うが、誰だ初めにそれを言った奴。

 

 しかし聴講生たちの突っ込みは終わらない。

 

「流石の縁壱さんも、不意打ちで肉片ポップコーンは予想外過ぎてあの方でも奴の肉片は1500ちょっとを切り捨てるのが精一杯で、300ほどの肉片を取り逃がしてしまいました」

「十分すぎるよ!」

「不意打ちで3/4以上は切れたの!?」

「っていうか、爆散した肉片の数を把握できたのその人!?」

「不意打ちじゃなければ全部切れたんじゃね!?」

 

 散々、天災だの人外レベルのめちゃくちゃ性能だと言われていても、無惨を取り逃がしてしまったという情報から漠然と聴講生は、縁壱≦無惨くらいの戦力差だと思っていたのだろうが、ぶっちぎりで縁壱最強だと知らされた時点で凄いという感想を超えてドン引きだったが、生き恥ポップコーンも不意打ちだから成立した逃亡だと知って、全員がそれぞれ全力で突っ込む。

 しかしこれでもまだ、縁壱のトンデモ人外エピソードでは序盤レベルだ。

 

「はい。きっと本人もそれをわかっていたからこそ、悔やんでいたのでしょう。

 彼はその後、この時に取り逃がしたことを後悔し続けて生涯を終えました。

 ……しかし! あの方が行ったことは何一つとして無駄ではなかったのです!!

 あの方が無惨の脳や心臓につけた傷はその後、大正になっても、そして私の薬の効果で九千年老いても奴の体に残り続け、奴を弱体化させ続けていたのです!!」

『何て?』

 

 聴講生からの突っ込みに珠世は痛ましげな顔で縁壱の後悔を自分の事のように語るが、俯いていた顔が上がった時には童女のようにあどけなく、目をキラキラさせて縁壱が施した呪いじみたスリップダメージ付き永続デバフを語り、聴講生はもはや言っている意味が理解できない。

 

 というか、1500の肉片を切ったはずなのに、残った300から再生させたのなら何故弱点にスリップダメージを入れる傷が残っているのだろうか?

 無傷の元気な肉片を優先して1500切ったから? だとしてもやはり九千年経っても残り続けたのは異様というか意味不明だ。

 DNAレベルで損傷して完全な修復は不可能だったのだろうか? 放射能か、縁壱の斬撃は。

 

 助けを求めるように鬼灯の方に顔を向ければ、彼は真顔で「そのまんまですよ」と答える。

 

「ちなみにその永続デバフ、技とかじゃないそうです。

 本人も当時、浄玻璃の鏡で最終戦を見ていて傷が現れた時、戦っている炭治郎さんは何故か納得してましたが張本人は『何あれ知らない、怖い』って顔してました。

 しかし、ここまでの功績がありましたが縁壱さんはこの直後、鬼殺隊を辞めます。正確には追放されました」

「え!? 何で!?」

「無惨を逃がしたから?」

「理不尽すぎない?」

 

 縁壱の反応はなんか可愛いが、効果がなおさらホラーじみて思えてくる彼のエピソードは横に置き、説明は再び鬼灯に戻ってきた。

 聴講生からしたら、逃げられたとはいえ称賛こそされど追放される理由が全くわからないのは当然だったので、鬼灯は一つずつ説明する。

 

「無惨を逃がしたことは結果的には理由の一つになりましたが、ついでに付属されたようなものです。逃がしただけなら、『お前が勝てなければ誰も勝てねーだろ!!』という方面で責められたかもしれませんが、責任取るために除隊は無意味すぎるのでしませんよ。

 

 追放理由の一つは、珠世さんを口約束で逃がしたこと。

 当時の彼女は無惨が縁壱さんにやられて弱体化していた為、奴の支配から外れこそしましたが食人衝動は持ったままでしたので、反省や人を殺めたくないという思いが本心だったとしても気軽に見逃していい存在ではなかったのですよ。

 

 そしてもう一つ、最大の理由は縁壱さんの双子の兄である巌勝さんが、鬼殺隊を裏切って無惨の鬼となり、当時のお館様を殺したことです」

『…………え?』

 

 珠世の無惨への恨み節で忘れていたが、最初の紹介での「無惨の側近的立場だった」という情報を思い出して納得したが、その後の最大の理由に関しては全員がしばし間を置いて、戸惑いの声を上げる。

 追放される理由自体は、珠世のこと以上に理解できた。むしろ追放で済んだのは縁壱の今までの功績のおかげで、かなり恩情をもらっていたのも理解できた。

 

 理解できなかったのは、唐突と思えるタイミングで現れた「縁壱の双子の兄」という存在。

 しかし、優等生組はもちろん残念組もまだちゃんと覚えている。彼も鬼殺隊の一員であったという情報は唐突だが、兄の存在自体は唐突ではない。ちゃんと事前に出ていた。

 

 ……忌み子として扱われていた弟を、慈しんでいた優しい兄として。

 

「……え? 何で……そんなことに?」

 

 全員が覚えているからこそ、そこに至るまでの経緯が全く想像つかずに言葉を失い、桃太郎だけが何とか声を絞り出して尋ねると、退屈そうに机に突っ伏している無一郎がその体勢のまま答えた。

 

「ただの嫉妬。

 縁壱の兄の巌勝……僕の直系の先祖に当たるあいつは、弟の才能に嫉妬したんだ。

 

 嫉妬する気持ち自体はわかるし、同情できる理由もあるよ。

 跡取りとしての長男、兄としての責任感、双子なんだから自分と弟は同じ条件のはずっていう自分や周囲の思い込みによる重圧、身体能力が上がる代わりに寿命が削られて早死にが確定する痣が出てたせいで、もうどんなに努力しても時間が足りない事を思い知って追い詰められた時に無惨の奴に遭っちゃったんだ。

 巌勝自身、千人に一人、百年に一人とかいうレベルの天才だったってのも皮肉で悲劇だね。凡才じゃなかったから、追いつけるんじゃないかなっていう期待が捨てられなかったんだと思う。

 だから、可哀相な奴だよ。憐れだと思うよ。

 

 ……けど、絶対に『仕方がなかった』とかは思わない。

 可哀相な奴でも、あいつは地獄に堕ちるのがふさわしいクズで、あいつがしたことは全部許されない最低なことだ」

 

 おそらくは彼がここに呼ばれた理由である「巌勝」についての説明は、あまりに主観的で最低限なものだった。

 しかし鬼灯も狛治も、その事に対しては何も言わない。

 無一郎の発言はフォローのしようがないので何も言わない、というふうには思えなかった。

 巌勝に対して突き放したものには思えない。

 

 それは鬼灯たちの反応だけではなく、他のゲストたちも、白澤も、そして無一郎自身にも言えること。

 彼らは皆、それ以上は何も言わなかった。

 感情を匂いや音で読み取れる者はここにはいなかったので、彼らが何を思っていたのかなど聴講生にはわからない。

 

 ただ、彼らの眼は何かを惜しんでいるように見えた。

 

 悲しむには憤りが邪魔をして、憐れむには敬意が捨てられない。

 弟を慈しんでいたことは嘘だとは思えない。忘れられない。

 そんな眼に見えた。

 

 * * *

 

 その後は鬼灯が、竈門家にヒノカミ神楽と耳飾りを託したことと、80歳で兄を追い詰めたがあと一歩、あと一瞬が間に合わずに寿命が尽きて亡くなった話をして縁壱の話はひとまず終了。

 痣の説明もついでにしたので、聴講生たちは再び「例外が例外すぎる!!」という総突っ込みを入れたが、最初の頃よりテンション低いのは巌勝とのエピソードが尾を引いているからだろう。

 

「では、本日の講習はここでおわります。

 次回から大正、無惨がようやく自業自得で追い詰められて自滅していく様を語ってゆきたいと思います」

「あの、鬼灯様!」

 

 鬼灯がそう言って締めくくるが、桃太郎が立ち上がって呼び止める。

 

「あの、巌勝って人は結局、どうなったんですか?

 あと、縁壱さんには会えますか?」

 

 神に祝福された特異な肉体と、鬼退治をした者。

 

 それだけを見れば桃太郎と縁壱はよく似た者に思えるが、ほとんどビギナーズラックと若さゆえの勢いで勝てただけの自分が英雄で、努力も惜しまなかった本物の才能の持ち主だったのに、生きている頃は何も得ることが出来ず、報われずに失い続けた縁壱に、桃太郎は罪悪感に近い感情を懐いた。

 きっと自分は巌勝の足元にも及ばないことをわかっていたからこそ、嫉妬に狂って鬼になるという本末転倒を起こしても、それでも縁壱という太陽を諦めなかった巌勝に敬意じみたものも懐いた。

 

 だから、英雄になってもおかしくなかった、英雄になれるはずだった二人の結末が気になった。

 

 そんな桃太郎の焦燥感のような思いをどう捉えたのか、鬼灯はいつもの無表情でいつものように淡々と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巌勝さんは、刀輪処(とうりんしょ)にいますよ。あの人、あそこ以外に堕とす罪状がないんですよね。

 縁壱さんに会うのは、残念ながら無理です。

 

 

 

 彼は、今年の正月が過ぎてから妻子と一緒に転生したので」





お盆の時期に絶対に書いて投稿するんだと決めてた、兄上回の前振り。
縁壱の現在は最初からではないですが、かなり早い段階から決めてました。
その理由は割とメタ的な物なので、次回の活報あたりで書いときます。



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