「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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テンションの落差が激しすぎるお盆回。




地獄の釜が開く時

【童磨の場合】

 

 獄卒たちの盆休みが始まった。

 同時に、地獄の釜が開く。つまりは罪人たちもこの時ばかりは呵責から逃れ、現世の家族や子孫に会いに行ったりすることが許されるということ。

 

 どの亡者も呵責されずに済むというだけでもこの時期が待ち遠しくて仕方がないのは同じだが、その中でもひときわ待ちわびて、盆休みが始まった瞬間に4畳半という自分専用の孤地獄から飛び出したのは元上弦の弐というポジションに付き、無惨どころか鬼灯もドン引かせた最強サイコパスの童磨である。

 ちなみにもちろん彼にも人間としての本名はあるのだが、人間時代のことを本人が全く固執していないのと、童磨と呼ばれていた時期の方が当然長くなっている為、正式な場や書類以外では今でも周囲は童磨呼ばわりである。

 

「ああぁ! やっと! やっとこの時が来た!!」

 

 全く同じ内容の刑罰であり、肉体的な呵責はされていないにもかかわらず百年たっても全く慣れることなどない、同族嫌悪による罵詈雑言の罵り合いから解放されただけでも、童磨にとっては空にも飛べそうなほどの幸福による解放感だが、彼がこの日を待ちわびていた理由はもう一つ。

 

「あとちょっと、あと数秒だけ待っててねしのぶちゃん!! 今すぐに会いに行くよー!」

 

 孤地獄から飛び出し、爆走して向かうのは他の亡者たちと同じくあの世とこの世の境なのだが、童磨の最終目的地は現世ではなく天国。未だにしのぶが地獄に就職している事を知らない童磨には、彼女がいる心当たりは天国しかないのだ。

 

 そして、地獄とは真正面の門の前にまるで自分を出迎えるように立つ、小柄で華奢な実に美しい少女を、童磨が最期に見つけて未だに冷めず煮えたぎっているある意味では純愛? の対象である胡蝶 しのぶを見つける。

 出迎える為に立っていたのは、童磨の気色悪い妄想ではなく実は事実である。そして、しのぶが藤の花のように可憐に美しく微笑んでいるのも。

 

「!! しのぶちゃんしのぶちゃんしのぶちゃん!! 待っていてくれたんだね、マイスイートえんじぇーる!!」

「1年ぶりですね、糞野郎」

 

 テンションが上がりすぎてなんか生前とは違う方向性で気色悪いことを言い出しながら自分に向かってルパンダイブでもしそうな勢いで爆走してくる童磨に、天使のような微笑みと聖母のような柔らかい声から、どキツイ素をサラッと出してしのぶは言った。

 

「今年も学習してないようで何よりです」

「はい。罪人である亡者がお盆で向かっていいのは現世だけで、天国はダメよー」

「天国侵入を試みた亡者は、現世行きを取り消して地獄の刑場に戻ってもらうわよー」

 

 リミッターが振り切れているのかと思えるような脚力だったが、それでも鬼から人間に戻っているわ、狛治や巌勝のように生前から体を鍛えていた訳でもないので、サラブレッドより速い馬頭に童磨はあっさり追いつかれて首根っこを掴まれた挙句、少し遅れてやってきた牛頭にペナルティを告げられる。

 

「え? あ! しまったまたやった!!」

 

 しのぶの発言や童磨の嘆きの通り、このやり取りは毎年恒例である。

 童磨に学習能力がない訳ではない。むしろこいつは慎重かつ狡猾だからこそ、しのぶが最初から犠牲になることを前提とした作戦でなければ、下手したら上弦の壱以上の難敵だったくらいだ。

 

 なのに、毎年天国には行けないのに天国まで堂々とした侵入を爆走で試みるのは、試みているというより孤地獄内での天探女にひたすら自分の言われたくないことをダイレクトに、時には遠回しに煽られるのがストレスすぎて、そのストレスから解放されたこの時はあまりの解放感と幸福感で、「今なら何でもできる」という全能感まで生まれてしまい、そんな思考力低下した状態で自分の欲求のまま動いてしまうからだろう。

 

 もしくは自覚あるのかないのかは今のところ不明だが、下手に策を弄すよりこんなバカなことをしていた方が、年に1回の長くても数分間だけでもしのぶに、それも笑顔のしのぶに会える方が得だと思っているのかもしれない。

 

「しのぶちゃ~ん! 来年こそは一緒に現世デートしようね~」

 

 現に童磨はもう嘆くのをやめて、馬頭に首根っこを掴まれて猫の子のようにブランブランと揺れながら、ヘラッと笑ってしのぶの神経を逆なでする。

 やっぱりこいつ、自分と会う為にわざとやってるなと確信しつつも、それでもしのぶはやはり毎年恒例になっている嫌味を吐き捨てる。

 

「私はおかげさまで、現世に遺された家族も子孫もいないので現世に何の魅力も感じません。だから、盆休みはいつも通り天国で家族水入らずに過ごさせてもらいます。

 ……あなたも実家に等しいあの孤地獄で大人しく、手足を伸ばして過ごしたら如何?」

 

 牛頭馬頭に連行されながら、童磨は首を傾げた。

 前半の「お前ら鬼が私も私の家族も全部殺しただろうが!」という童磨には全く響かない、むしろ灼熱の憎悪を笑顔で隠そうとするしのぶの顔が美味しいです! な嫌味は毎年の事だが、最後の発言は今年初めてで意味がわからなかった。

 

 しのぶの顔も、最初こそはイラッとしていたが去年までとは違って余裕があって、最後に至っては実に楽しみで仕方がないと言わんばかりの輝く笑顔だったことも、童磨にとっては謎過ぎた。

 

 しのぶの憎悪を隠しきれていない笑顔もお気に入りだが、あの輝く笑顔もまた素晴らしいと脳裏に焼き付けつつも、童磨は「まさか……」という予想がよぎる。

 いつもなら孤地獄に戻っても自分専任である天探女は盆休みでおらず、童磨はあの4畳半で休みが終わるまで一人過ごす。

 彼自身も現世に興味や未練はないので、最初にしのぶに会って、そこからストレスフリーでのんびりゴロゴロしていられるのが盆という時期なのだが、しのぶのあの反応からして今年はまさか天探女は休み返上されているのではないかと不安になった。

 

 彼女の性格からして、自分の意思で休みを返上して仕事するのは有り得ないと、この上なく不本意だが百年の付き合いで確信している。

 だが彼女の性格が難しかないと言えるからこそ自分の専任になっているだけあって、何かしらの問題を起こしてそのペナルティで休み返上の可能性は十分すぎるほど有り得た。

 

 なので童磨は戦々恐々、逃げ出す隙を伺い続けたが結局逃げ出せずに孤地獄に戻された。

 幸いながら、童磨が予測した「休み返上された天探女による、八つ当たりも兼ねた呵責」はなかった。彼の孤地獄には自分以外誰もいない。

 

 代りに、上下左右全面の壁に自費出版した奪衣婆のヌード写真のページが隙間なくびっちりと貼られていた。

 

「ぎゃあああああああああっっっ!!!!」

 

 天国まで響いたその悲鳴に、しのぶは盛大にガッツポーズを取ったという。

 

 

 

 

 

【無惨の場合】

 

 最も過酷な地獄と言われる阿鼻地獄は、まずその地獄に堕ちるまで二千年かかるという。

 つまりは未だに弥生時代の人間も堕ち続けているという地獄なのだが、そこに鬼灯が現れ、というか直立不動のまま亡者と一緒に落下しつつ、拡声器を使って亡者たちにお盆恒例の説明を開始。

 

《阿鼻地獄に落下中の方々、あなた達は八大地獄の罪状を網羅している極悪人な為、盆の時期でも釈放すべきではないという意見は毎年現れます。

 そして実際、阿鼻の底にたどり着いている方はまだしも、落下中のあなた達は罰である呵責を受けていないのだから反省している可能性が低く、お盆だから無条件で釈放は危険だと判断されています》

 

 鬼灯の発言は正論なのだが、こんな地獄に堕ちる亡者はもちろんそれを認める訳がなく、ブーイングが巻き起こる。

 

「ふざけんなー!」

「呵責されてないって、この目の前で見せつけられてる自分の生前の映像は何なんだ!?」

「普通に殴る蹴るの拷問よりきついぞ、これ!!」

 

 ごめん。ちょっと正論じゃなかった。このワーカーホリックが、ただ堕とすだけな訳ないわな。

 そんな亡者たちのブーイングも毎年恒例なので無視して、鬼灯はそのまま説明を続ける。

 

《ですが、阿鼻の罪人は無条件で釈放なしというのもまた非人道的です。他者にはともかく、身内に対しては普通に慈しめる性格だったら、帰って来ることを望んでもらっている方もいらっしゃるでしょうしね。

 なのであなた方落下中の亡者は、現世であなた方を供養する家族や子孫、関係者の数やその供養に対する熱意に比例しただけの強度を持った蜘蛛の糸が目の前に現れます。

 それを使って現世に向かってください。糸が現れない方は、現世では誰もあなたを望んでいないと自覚して、諦めてください。

 なお、他者の糸を掴んでも本人以外なら無条件で切れ、他者に切られたのならその分強度の上がった糸が再び降りて来るので、嫌がらせは無意味ですよ》

 

 チャンスは与えるが、そのチャンスはまさしく生前の人望が反映されることを告げると、今度こそ亡者たちは自分を棚上げして先ほど以上のブーイング。

 ちなみに他者の糸を掴んでもというくだりは、「本人以外ならすぐに切れる」と「代わりの糸がすぐに降りて来る」は本当だが、強度が上がるは嘘も方便。

 地獄に堕ちる奴らなので、切れるとわかっていても嫌がらせで他者の糸に掴もうとする輩は必ず現れるが、相手の得になるとわかっているのならやらないというわかりやすいクズ具合である。

 

 そんなクズ代表に、鬼灯は話しかける。

 

「さて、死後百年は直系の家族が亡くなって、直接面識がない子孫にもしっかり供養するように伝えてもらっているかどうか、完全に本人の人望の見せ所となって来る時期なのですが、死んだ年から糸が降りて来ることなどなかったあなたには無関係ですね、無惨」

「私は産屋敷の者なのだから、産屋敷家の供養は私の供養に数えるべきだろうが! あの妻子を巻き添えに自爆する異常者の所為で何故、私がこのような目に遭わねばならない!?」

「生き恥ポップコーンが奥の手だったお前が、産屋敷ボンバーを非難するか?」

 

 相変わらず図々しいにも程がある言い分だけではなく、自分を棚上げして他者を非難して自分を正当化する頭無惨に呆れつつも、せめて鬼灯を道連れにしたいのか腕をもがいて伸ばす無惨の顔面を蹴っ飛ばし、これまた毎年恒例の「供物」紹介をする。

 

「『鬼舞辻』なんて名乗っている時点で、あなたはもう産屋敷の人間だとは彼らもあの世もカウントしませんよ。せいぜい、元産屋敷扱いです。

 ですが、良かったですね無惨。今年もたった一人だけ、あなたに供物をささげる方がいました。その供物は、『これを使って地獄から這い上がって欲しい』という思いが込められているので、特別にあなたは蜘蛛の糸ではなく、その供物を使っていただきます。

 

 どうぞ。珠世さんリクエストによる愈史郎さんが用意した供物。トイレットペーパーです」

 

「ミシン目ええぇぇーーーー!! 這い上がらせる気ないだろ!!」

 

 毎年恒例なので無惨も当然期待していなかったが、それでも無視できずに突っ込みを入れてしまうのは煽り耐性の無さゆえか、それともただの反射か。

 当然、鬼灯は無惨の突っ込みは無視して実演販売のように便所紙を掲げて、話を続ける。

 

「前回の納豆の糸はあなたには大変不評、珠世さんは大絶賛だったようなので、愈史郎さんは珠世さんを更に喜ばせる為にこちらのトイレットペーパー、去年珠世さんが何気なく来年はこれが良いかもと言った時から、実にカビが生えやすく湿気が紙全体に染み込むであろう場所に置かれた、一年熟成物です」

「その青やら黒やらの変な柄かと思ってたの、カビか!! ミシン目なくても摘まむだけで引きちぎれるわ!」

「でしょうね。頑張ってください。一応、12ロールはあるそうです。

 あと、来年はそうめん(乾麺)予定らしいのでお楽しみに」

「これも納豆もたいがいだが、それは本気でどうしろというんだ!?」

 

 無茶ぶりと来年の供物予告をして鬼灯は湿気で紙が歪んでしっとりしているトイレットペーパーだけを残して姿を消す。

 絶対にそれを切らずに這い上がれる訳ないことを理解しつつも、12ロール全部が千切れまくってなくなるまでついつい掴んでしまうブレなさはさすがだと評価された。

 誰に? 同じ阿鼻地獄に落下中の方々以外いるか。

 

 

 

 

 

【巌勝の場合】

 

 刀輪処(とうりんしょ)

 刃物を使って殺生を行った者が堕ちる地獄で、刑罰は地上からは猛火、天からは熱鉄の雨が、そして樹木から生えた両刃の剣が雨のように降り注ぎ亡者を襲う。

 

 だが現在は盆の最中の為、刑場はただの荒野に見える。

 地獄特有の自然物を利用していることも多いが、刑罰なので亡者の罪状や反省の度合いによっては調整も必要な為、獄卒が一斉休みになると静かで平和なものだ。

 

 そんな荒野の中で一人の男が正座をしている。

 やせ細った、骨に直接皮が張り付いたような男だ。男が生まれた時代を考えるとかなり大柄な身長なのも相まって、今にも折れそうな枯れ木じみている。

 

 亡者でありながら死体じみているのは、餓鬼同然の痩身だけが原因ではない。

 最大の原因は、何もない地面を見つめているあまりに虚ろな男の目。

 

 男は、そうやって座り続ける。

 猛火に身を焼かれても、熱鉄の雨に打たれても、両刃の剣に全身がなます切りにされても、微動だにせずにされるがままで呵責を受け続ける。

 それは自身の罪を悔いて粛々と刑罰に甘んじているのではない。ただ痛みすら感じられないほどに、無意味な後悔を、問いかけを続けているだけ。

 

 どうして、自分はこうなった。

 どうして、自分はあのような結末に至った?

 何が悪かった? 何をすれば良かった?

 どうしたら、自分は諦めることができた?

 

 自分の生前の全てを「生き恥」と認識して悔いているのに、未だに諦めることができないものを、手を伸ばし続けるものを、焦がれているものに問いかける。

 

(どうすれば良かったんだ……縁壱)

 

 頼むから死んで欲しかった、生まれてこないでくれと願った双子の弟に、継国 巌勝は問いかけ続ける。

 

 * * *

 

「お久しぶりです。巌勝さん」

 

 刑場で一人、現世に向かわずに残っていた巌勝に鬼灯が背後から話しかける。

 微動だにせずに座ったままだった巌勝の肩がわずかに動いたが、これは鬼灯の声に反応した訳ではない。

 彼は拷問にすら何の反応も見せないが、流石に獄卒も自分以外の亡者もいなくなったことで、今が盆だと気付いているのだろう。

 そして盆は彼にとって拷問から逃れられる唯一の時期ではなく、むしろ最大の拷問が行われる時期であるから、その知らせである鬼灯に反応しているのだ。

 

 だが、鬼灯から告げられた言葉は百年たっても慣れることも覚悟も決めることも出来ない拷問の知らせではなかった。

 

「縁壱さんなら来ませんよ。今日はもちろん、これからずっとです」

 

 その言葉に、今度はあからさまに反応した。

 体がバラバラに切り刻まれでもしない限り体勢を正座から崩さなかった巌勝が、よろけるように前のめりになってから振り返り、虚ろにここではないどこかばかり見ていたはずの眼が、確かに現実を見る。

 

「……どういう……ことだ? ……あいつは……ようやく私を、見限ったのか?」

 

 声を出すのは何十年ぶりか。朽ちかけていた声帯を震わせ、かすれた声を途切れ途切れに紡ぎ、尋ねる。

 来ないという情報に対する喜びはない。あるのはただひたすらな困惑。

 百年間、振り返りもせずに無視し続けても、そもそも向こうだって自分から会いに来たくせにろくに話せない、けれど盆と正月には必ず面会に来ていた弟が唐突に今年は、そしてこれからも来ないという情報が信じられなかった。

 

 振り返った先には、鬼灯と元は自分の同僚であり、弟子に対するものに近い期待を懐いていた猗窩座……だった狛治しかいない。

 性質の悪い騙し討ちで振り返らせたのではなく、少なくともこの場に弟がいないのは事実だと知っても、やはり巌勝に安堵は生まれない。戸惑いが、困惑がさらに膨れ上がるだけだ。

 

 そんな彼に、鬼灯は淡々と語る。

 

「正確には、『来ない』のではなく『来れない』んですよ。

 縁壱さんは今年の正月、あなたとの面会の数日後に妻子と共に現世に転生しました」

 

 鬼灯から告げられた、弟がもう来ない理由。自分にとって地獄の刑罰よりも苦痛だった拷問が終わった理由を知り、落ち窪んだ目が眼球を零れ落としそうな程に見開く。

 脳裏に、記憶などしたくないのに忘れられない今年の正月でのやり取りを、……最後の弟とのやり取りが蘇る。

 

 縁壱は最初に挨拶をしてから、いつもと同じように何も言わなかった。背後で何か言いたげだった気配は感じていたが、巌勝はもちろん助け船など出す訳もなく岩のように身じろぎもせず、呼吸すらしているのか怪しい程に黙り込んで無視を続けていた。

 巌勝の死後から百年間、ずっと続いた変わらないやり取りだ。

 ただ、思い返せばこれだけは違った。

 

 面会時間の終わりを獄卒に告げられ、去る間際に縁壱は言った。

 

『……兄上。――――――さようなら』

 

 いつもは、蚊の鳴くような声音で「また、来ます」だった。

 けれどその日は、その日だけははっきりと聞こえる声でそう言った。

 別れの言葉を告げていたことを、思い出す。

 

 あれは、死んでも口下手が治らなかった弟が精一杯に表した永別の言葉だったことをようやく理解して、巌勝はかすれた声で叫んだ。

 

「あれを転生させるなど正気か!? あいつ以外に勝ち目がない怪物が現世にいるのか!?」

「お前が一番そう言いたくなる気持ちはわかるが、ここで空気をぶっ壊すか!?」

 

 まさかの巌勝がシリアスをぶっ壊し、狛治が突っ込む。

 しかし狛治が自分でも言っている通り、縁壱の規格外ぶりを知る誰もが「縁壱が転生」と聞いて思うことなのだから、誰よりも何よりも彼の規格外ぶりを知る、だからこそ最悪の結末に至った巌勝が、空気など知ったことかで突っ込んでも責められない。

 

 なので、狛治の突っ込みに巌勝は素でキレて結構元気に言い返す。

 

「言わずにおられるか! あれがあのまま転生したら、私ほどこじらせる者はいなくとも周囲の人間の心を折り続けるのは確定だろうが!!

 一億歩譲ってあの規格外な身体能力そのままで転生はまだしも、あの自分のことを何も語らないわ、自分は特に優れていない普通だと思い込んでいる所はどうなんだ!? 後者はともかく前者は死んでも治ってなかったぞ!」

 

 巌勝の心配は正論すぎたので、狛治はもう言い返せずに目を逸らすしか出来なかったが、鬼灯の方は最初と変わらず淡々と答える。

 

「あの人の転生は、ぶっちゃけると実験的なものなんですよね。縁壱さんは神仏の恩寵による特異体質ではなく、正真正銘の世界のバグ、突然変異なので転生させたらどうなるかはわからないからこそ、転生させてどうなるかを観察しています。

 そういう私達あの世側の都合だからこそ、縁壱さんの来世とその周囲には私たち獄卒はもちろん、八百万の神々も協力してフォロー態勢を整えており、少なくとも今のところは痣もなく生まれ、赤子離れした身体能力も見せずに普通の子供らしいという報告を受けています」

 

 鬼灯からの「少なくとも今のところは無問題」という返答に、巌勝は気勢がそがれたのか急に静かになって、「……そうか」と再び体勢を正座に戻してから言う。

 

「……話は、終わりか?」

 

 尋ねているようで、それは拒絶だとはっきりわかった。

 とことん縁壱以外には何の反応もしない巌勝に狛治は苛立ちが沸き上がり、彼は鬼灯が告げなかったことまでもつい口にしてしまう。

 

「……縁壱は生前の鬼狩りの功績と、死後も無惨様を討伐する最大の助力となったこと、何よりもあの清廉潔白な精神性が評価されて、本来なら天国に永住のはずだった。

 あの人の転生は、あの世側の都合じゃない! 縁壱自身が転生を望み、あの世側も例外は転生しても例外なのかを知りたかったから許可が出たんだ!!

 ……巌勝。お前は、縁壱が転生を自ら望んだ理由がわかるか?」

 

 巌勝は答えない。向きこそは狛治の方を向いているが、最初と同じく俯いて虚ろな目で地面だけを見ている。

 だから、鬼灯から咎められないのも合わさって更に狛治の怒りが過熱してゆく。

 

「……うたさんたちの、妻子の転生の順番が来たことはもちろん理由の一つだろう。

 けれど、縁壱の功績とその報われなかった生前を考慮したら、妻子の天国永住権を要求しても許された。

 その事を教えても、縁壱は望まなかった。家族と共に天国で過ごすことよりも、家族と同時期に転生することを選んだ理由が、本当にわからないのか!?」

 

 縁壱の妻であるうたは、善良な人間だったが天国への永住権をもらえるほどでは流石になかった。子供に至っては生まれることすらできなかったのだから、罪も徳もないのは当然。

 彼女たちがすぐに転生させられるのではなく、天国でかなり長い間転生待ちの判決に至ったのは、縁壱のあまりに悲しい生涯をせめて死後は報われるようにという十王の慈悲だった。

 

 無欲な縁壱がその慈悲だけで十分だと言って、妻子の永住権を求めないのは彼らしい判断だ。

 けれど、彼はさすがに無惨と相対した頃辺りから自分の特異性をだいぶ足りないが自覚していたので、無欲だからこそ「転生したい」とは言わない。

 妻子を再び失う悲しみを口にせず、ただ耐えるような人であることを狛治は知っている。

 

 それを知らない、わからない、わかっていない巌勝が許せなかった。

 だから狛治は巌勝の死に装束の胸元を掴み上げて無理やり立たせ、縁壱が転生を望んだ理由を突き付けた。

 

「縁壱はお前の為に転生を望んだんだ!!

 自分がいる限りお前は自分に囚われ、罪を償うことが出来ないのに地獄の呵責より苦しみ続けるから、『縁壱』という存在を完全になくすことでお前の妄執も消そうとしたんだ!!

 それさえなくなればお前は自分の罪と向き合って、贖罪することができる! 罪を償って幸せになれると信じて、縁壱は妻子と共に幸福な生活を続けることも、自分と同じようにずっと天国にいることができる炭治郎という理解者も捨てて、……『縁壱』の全てを捨ててお前が幸せになることを望んだんだ!!

 

 それでもまだ、お前は縁壱に執着して何もしないままなのか! 巌勝!!」

 

 胸ぐらを掴んでいるが、まるで縋りつくように狛治は叫んで問いかける。

 巌勝を許せないのは、縁壱の全てを無駄にしているからだけじゃない。

 

 鬼であった頃、猗窩座だった頃の自分は狛治の抜け殻で搾りかすだった。そんな搾りかす程度でも残っていた人間性、強者に、それも元来のスペック頼りな無惨や童磨と違い、研鑽を怠らない黒死牟に歪んだ形であったが憧れていたのは本当。

 死後、獄卒となって彼の罪状を知っても、彼が鬼になった経緯は嫉妬であることを知っても、痣の副作用で自分に時間がもうないと追い詰められるまで、努力という正しい手段でそこに至ったのだから、敬意は失われなかった。

 

 だからこそ、狛治も縁壱と同じ願いを懐いていた。

 罪を償って、幸せになって欲しかった。

 無惨や童磨と違って、巌勝は自分のしたことを悪だと認識していることだって明白だから、なおさらに。

 

 この骨と皮だけの体は、自分と同じ傷の証。

 本来なら巌勝は、罪の原因が嫉妬なので地獄より餓鬼道に堕ちるべきだった。

 けれど彼は餓鬼道には堕ちなかった。落ちる意味を失くした。

 餓鬼道に落ちていないのに、餓鬼そのものの姿をしている理由。

 

 その姿は、人を食ったという人としての最大の禁忌を犯した自分を許せない証なのだから。

 

 だから、狛治は懇願するように叫び、待った。

 巌勝の答えを待った。

 

 そして巌勝は答える。

 

 

 

「………………嘘だ」

 

 

 

 * * *

 

 狛治を見ないまま、俯いて地面を眺めたままポツリと呟いた。

 

「……それは、嘘だ。……縁壱が、私の幸福を望む訳などない。

 あいつは、愚かな私をようやく見限っただけだ。……だから、お前の話は全部……嘘だ」

 

 その答えに、狛治の敬意による願いゆえの怒りが純粋な怒りに変化する。

 

「……お前、……お前! 本気で言っているのか!?

 本気で、俺の話が! 縁壱の願いが嘘だというのか!?」

 

 縋るようだったのが本格的に締め上げるように胸ぐらを掴み上げ、ガクガク前後に揺さぶりながら狛治はもう一度、最後のチャンスとして訊く。

 だが、巌勝はもう何も答えない。

 その沈黙はあまりに雄弁な肯定だった。

 

「っっっっっふざけるな!!」

 

 だから、狛治は怒りを込めて叫んだ。

 懐いていた敬意は、憧れは砕け散った。……そのはずだった。

 

「……っっそれはこちらのセリフだ!!」

 

 枯れ木のような手が胸ぐらを掴んでいた自分の手を引き離し、そう言い返された時、狛治は誰に言われたのかをしばし理解できなかった。

 

「……何が、私の為だ。……何が、私の幸福を願っているだ。

 ふざけるのも、大概にしろ!!」

 

 俯いていた顔が上がる。

 その眼は、目の前の狛治など見ていない。けれど、ここではないどこかだけを見ている虚ろではなかった。

 

 涙を溢れさせたその眼は、確かに「前」を向いていた。

「前」を向き、見据え、巌勝は叫ぶ。

 

「私は知らなかった! 知ろうとしなかった!!

 私はあいつが妻子を亡くして……それも、人助けをしていたからこそ間に合わなかったことなど知らなかった!

 そんな事を知らず、知ろうともせずに私はあいつのことを『神の寵愛を一身に受けた』と思っていた!!

 

 そんな愚か者の幸福など、望む者がどこにいる!?」

 

 狛治の言葉を、縁壱の望みを「嘘」だと断じた理由、信じない理由を叫ぶ。

 生前、自分が知ることはなかった弟の人生の断片。

 鬼狩りになった動機を知らなかったことが、どれほど罪深かったかを慟哭で訴えた。

 

「周囲やあいつ自身が語らなかったなど、言い訳にならない! あいつは、父上が忌まわしいからしゃべるなという言葉を7年間鵜呑みにし続けた、融通の利かない不器用者だと私が一番知っていたのだから! 私はあいつの兄なのだから、再会した時にまず最初に私が聞くべきだったんだ! 知ろうとするべきだったんだ!!

 出奔してからの縁壱の人生を! 鬼狩りになった理由を!!

 

 なのに、私はあいつを妬むだけで何も知ろうとはしなかった!!」

 

 縁壱に追いつきたくて、勝ちたくて妻子を捨てた。

 縁壱と自分とでは、欲しいものが違っていた。

 けれど巌勝にとって妻子が、家族が無価値だったわけではない。大切に思えない、守りたいと思えないものでは決してなかった。

 

 妻子を、家族を最優先には、最も大切には出来なかった。

 

 自分は母親の病気を知らなかった。母の苦痛に気付かず、弟は甘えているだけだと思っていた。

 自分は兄として、長男として恥ずかしくない者になろうとしていた。

 母に甘えない事こそが母に出来る最大の親孝行だと思っていた。

 

 だから、縁壱が父の門下生を倒した時よりも、剣術の秘訣を尋ねて訳のわからぬ返答をされた時よりも、母の日記を読んで真実を知った時に、臓腑が灼ける程の嫉妬に襲われた。

 ……母が大切で大好きで、子供らしく縁壱のように甘えたかったという本音を押し殺して親孝行をしていたつもりが、縁壱こそ最大の親孝行をし続けていたことを知ったからこそ、巌勝は剣の道を極めるという妄執に取り憑かれた。

 

 そうしないと、そうでないと無意味になる。

 自分の我慢も努力も、母に何もしてやれなかったくせに母を犠牲にしてまで学んでいたものを無駄には、無意味にはしたくなかった。

 

 だから、大切には出来なかった。

 だから、理解できない訳はなかった。

 

「兄だから、あいつより強くなければならない! 双子なのだから、私も同じ域に至れる! そう思っていたくせに、家族として兄として一番にしなくてはならないことをしなかった!!

 縁壱を信じていたから案じていなかったのではなく、私はただ自分の事しか考えなかった!!」

 

 大切には出来なかったが、大切に思うことは理解できた。

 だから、知っていたらきっと自分はあそこまで生き恥を晒すことにはならなかった。

 

 縁壱は自分が欲しいものを全て、何の苦労もせずに生まれ持っていると思い込んでいた。

 最も大切なものを、欲しくて欲しくてたまらなかったものを、最も残酷な形で失っていたことなど知らなかった。

 

 知っていても、自分は間違いなく縁壱を追い続けていただろう。

 だけどきっと……自分にもう時間がないことを知っても、無惨の手を取りはしなかった。

 

 弟にも手に入らぬものがある。弟は神に愛されているのではなく、むしろ呪われている。

 人助けをしたからこそ最愛を失う人生を知れば、どんなに努力を重ねても縁壱に追いつけなかった自分の人生も平等だと納得できた。

 

 未だに諦めることができないものを、諦められただろう。

 

 けれど、それは出来なかった。

 兄弟という切れぬ縁ゆえに固執したくせに、兄弟としてすべきことをしなかった。

 だからこそ、自分の生涯は生き恥に塗れた虚無そのものなのは自業自得。

 

「そんな愚か者の為に、最も欲した妻子との日々を、幸福を捨てるあいつは何なんだ?

 それでは私以上の愚か者ではないか!!」

 

 自分が愚かなのは事実だ。

 だけど、人を救い続けた者が、他者を思いやり続けた者が、自分の愚かさの巻き添えで自分以上に愚かに思われるのはだけは嫌だった。

 

「私は母を思いやれず、父の期待に応えられず、妻子を捨てた挙句に自分の子孫をこの手で切り刻んだ愚かを超えた鬼畜だ!

 そんな鬼畜に情けをかけるのは愚か者のすることだ! 幸福など、望まれていい訳がない!」

 

 自分が犯した罪を知っている。許される訳がない、許されていい訳がないことを知っているからこそ、「知っていればこんなことにはならなかった」という言い訳はしない。言い訳になるとは思っていない。

 知らなかったこと、知ろうとしなかったこと自体が罪なのだから。

 

 だからこそ、認める訳にはいかない。

 嘘であるべきなのだ。

 

 

 

「だから……だから……嘘だ。嘘であるべきなのだ……。

 あいつが私の幸福を望んだことなど……嘘だ。縁壱は……愚かな私を見限っただけだ……。

 

 そうでないと……あいつは私以上の愚か者になる……。愚かな私の為に……幸福を捨てる愚行を犯したということになる……。

 

 だから…………全部、嘘だ」

 

 

 

 巌勝は泣きながら否定し続けた。

 弟を愚者にしない為に、ただそれだけの為に自分に与えられ、許されたものを拒絶して手離して、ただそれだけを守り続けた。

 

 * * * 

 

「…………見当違いなことを言ってすまない」

 

 巌勝の慟哭に、否定に、裁判でも明かされなかった本音に狛治が返せたのはただそれだけ。

 自分は何もわかってなかったことを思い知った。

 

 巌勝は死後、地獄に堕ちても百年間、自分が犯した罪に見向きもせずに縁壱に執着しているくせに、その本人が現れたら存在を無視して拒絶という無意味なことをしていると思っていた。

 本当はもう、縁壱に追いつくことは諦めている。彼のようにはなれないことに納得している事に気付けなかった。

 

 それは縁壱への償いと幸福を願ってのもの。

 無視も拒絶も無様な執着さえも、縁壱に失望されて見限られることで自分に対する罪悪感を捨てさせる為だったと、今の叫びで理解できた。

 

 最低を貫くことで縁壱から見限られようとしていたくせに、無惨や童磨のような傲岸不遜でクズの言動を上辺だけでも出来ず、無視という形でしか表せなかったのは、巌勝の本質は決して奴らと同じ悪ではない証。

 

 巌勝は十王の裁判で下された罰よりも重い罰を自ら定め、行っていたことを知った。

 

 ……それでも、狛治は言えない。

 縁壱の望みが、転生した理由が巌勝の望み通り嘘だとは言えない。

 知ったからこそ、言う訳にはいかない。

 

「……巌勝さん。

 あなたはあまりに多くの人を殺した。その理由は縁壱さんへの身勝手な嫉妬によるもの。だから今、ここにいる。

 けれど、縁壱さんに非はなくとも、無惨の鬼になると決めたのはあなた自身の意思でも、あなたがそこまで追い詰められ、絶望に付け込まれたことは『罪』ではない。

 

 動機の源流が嫉妬でも、それを縁壱さんにぶつけることなく、惜しまぬ努力で自分に出来ること全てやりつくした末ならば、甘言に乗ってしまったことは罪でも、そこに至るまでの過程は罪ではない。讃えられるべき事だったのです。

 だからあなたは鬼殺隊を裏切った罪で、吼々処(くくしょ)に堕獄しなかった。あなたは鬼殺隊に恩を懐いていなかった。それでも、自分本位な目的でもあなたは人を救い、鬼殺隊に貢献し続けたのだから。

 それは、あなたの犯した罪でなかったことにはならない」

 

 狛治が言いたかったこと、けれど巌勝の本音を知ったからこそ言えなかったことを、今まで黙っていた鬼灯が再び、淡々と告げる。

 最低でいたい巌勝が、決してそうではない事。彼自らが背負い続ける罰は、過剰である事。

 縁壱によく似た清廉さがあるからこそ、誰も救われない、救えない自己満足に成り下がっていると、どこまでも冷徹に断言する。

 

 縁壱が兄を慕っていたこと、巌勝は慕うに値したことは否定も拒絶も出来ないことを告げる。

 

「だからあなたは、償わなくていい。縁壱さんが勝手に抱き続けた罪悪感に対する償いなんてしなくていい。あなたが償うべきなのは鬼になってからの罪であり、巌勝としての罪はないに等しいのだから。

 もう縁壱さんはいない。あなたが幸せになろうがなれなくとも、それは変わらない。ならばあなたは十王の判じた罰を受け、罪を償ってさっさと転生してしまいなさい。

 

 今から罪と向き合って呵責を受ければ、百年もすれば釈放されるでしょうから」

 

 あまりに巌勝にとって残酷な事実だけを告げて、鬼灯は背を向ける。

 鬼灯の言葉に何の反論もせず、立ったまま俯き続ける巌勝とそのまま立ち去ろうとする鬼灯を交互に見て、狛治はただ戸惑い続ける。自分が何をすればいいのかがわからなかった。

 

「巌勝さん。あなたは生前、縁壱さんに対し『頼むから死んでくれ』『生まれてこないでくれ』と願い続けていましたね」

 

 だから、鬼灯が立ち止まって最後に告げた言葉は巌勝にではなく狛治に向けたものだろう。

 

「死を願い、最初から存在しないで欲しかったと望んでいながら、これだけは一度も望みませんでしたね」

 

 気付いていない狛治に、教えた。

 

 

 

 

 

「『自分が弟だったら』や『他人だったら良かったのに』とは、思ったことはなかったのですね」

 

 

 

 

 

 狛治はその言葉に目を見開き、振り返って巌勝を見た。

 巌勝は何も言わなかった。

 俯いて顔を隠しているが、震える体が泣いている事を隠しきれていない。

 沈黙はもはや、幼子同然の意地。

 否定してもそれは自分自身すら騙せないことを知っているから、沈黙し続けているだけ。

 

 だから狛治も、もう何も言わない。

 何も言わないまま、鬼灯の後をついて刑場から出て行った。

 

 何も気づけていなかった自分の未熟さを恥じ入りながら、狛治は願う。

 

 時代柄、兄が弟より優れていて当然の価値観だったのだから、巌勝が弟であったのならただ兄を慕って憧れる素直な弟になっただろう。

 追いつけないことを悔しく思い続けても、ここまでこじれはしないはず。

 他人ならばたとえ年下でも、自分の部下だったとしても、やはりどこかで諦めがついただろう。

 よりにもよって痣以外は全く同じ容姿の双子だったからこそ、巌勝自身も周囲も巌勝だけが縁壱と同条件であり、追いつける存在だと期待してしまったのだから。

 

 きっと兄でさえなければ、他人だったのなら、一番平和だった。

 弟の死や存在の否定を願わなくても済んだのに、……巌勝は望まなかった。

 

 死んで欲しいくらい、存在を否定したいくらいに嫉妬に身を焦がしていながら、生きているのなら、存在しているのなら家族がいい。

 自分が、兄でありたかった。

 だからこそ、縁壱に追いつきたかった。超えたかった。強くなりたかった。その願い全てが叶わなかったからこそ、死を望んで存在を否定した。

 

 狛治は気付けなかった。

 鬼灯が最後に巌勝に向けた言葉は、巌勝の今までが無意味だというトドメではない。

 今から罪を償えば百年後には……、転生した縁壱の来世の寿命が尽きた頃には巌勝も転生できるかもしれないということを教えていたことにようやく気付く。

 

 だから狛治は願う。

 もう一度、巌勝と縁壱だった魂が兄弟になれることをただ、願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は、お前が嫌いだ」

 

 独り残された刑場で、巌勝は呟く。

 

 嫌いだ。大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 自分を置いて行った弟なんて、大嫌いだ。

 






自分で書いといてなんだけど、無惨にあれやった後に兄上にはこんなシリアスやってのけたのか鬼灯様。すげぇな。
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