「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

22 / 38
「何なら今すぐにでも休みを申請するよ」

「鬼灯様、暇!? 遊ぼう!!」

「せめて書類書いてるの中断してる時に言えよ!」

「どっからどう見ても仕事中!!」

 

 シフトで本日は午後から休みのシロが、自分の仕事を終えてすぐに事務仕事真っ最中の鬼灯に勢いよく尋ねて、ルリオと柿助が盛大に突っ込む。

 

 二匹が先に突っ込んで叱責してくれたからか、鬼灯自身は特にシロを咎めず普通に断わると、シロはいきなりの図々しい発言は反省して謝るが、本気でしょんぼりと落ち込んでしまう。

 盆休みは久々に桃太郎と獄卒就職前のように過ごしていたので、シロはホームシックに近い状態らしく、同僚の動物獄卒とではなく人に近い存在と一緒に過ごしたい気分なのだろう。

 その事をルリオたちがフォローのつもりで鬼灯に話せば、鬼灯は何かを考えるように視線を宙にやる。

 

 その仕草に三匹は小首を傾げるが、鬼灯と同じように事務仕事をしていた狛治は微笑ましげに笑って提案した。

 

「鬼灯様、確かここ最近はずっと閻魔庁でデスクワークでしたね。俺に任せられるものでしたら俺に任せて、少し気分転換に秦広庁にでも散歩に出たらどうでしょうか? あそこに提出する予定の書類がありましたし」

 

 何だかんだで動物好きである鬼灯は、自分によく懐いているシロを可愛がっていることを狛治は知っている。

 だからこそ、ホームシックになっているシロが「一緒にいたい」と思って選んだ相手が自分であることを結構嬉しく思い、希望をかなえてやりたがっていることも察したのだろう。

 

 鬼灯が思いついたが公私混同だと自分で却下した案を代わりに提案され、察しと気配りが良く利く部下に鬼灯は少しだけ満足そうに目を細め、「そうですね」と素直に彼の気遣いを受け入れた。

 

 * * *

 

「他の庁の補佐官は、狛治さんがいる鬼灯様が羨ましいだろうね!」

 

 尻尾を千切れんばかりに振りながら、シロは秦広庁への道すがら鬼灯に言い、続いてルリオや柿助も「優秀なだけじゃなくて気配り上手だしな」などと狛治を褒め称える。

 

「そうですね。最初からあの人は優秀な獄卒になると確信してましたが、人間性が素晴らしいので想定外の方向でも私はよく助けられています」

 

 そして鬼灯も素直かつ全面的に同意するが、一か所だけ訂正を入れた。

 

「けれど、確かに私はよく狛治さんを引き合いに出されてうらやましがれますが、他の庁の補佐官の部下も負けず劣らず優秀ですよ。

 今から向かう秦広庁の篁さんの部下なんて、あの人でないと務まらないとまで言われてます」

 

 自分だけが恵まれている訳ではない事を告げると、三匹は引き合いに出された「篁の部下」に興味を懐く。

 彼らは篁とはすでに面識があるからこそ、なおさらに「あの人でなければ務まらない」と言われるほどの存在が気になったようだ。

 

「篁さんの部下!? 狛治さんと似てるけど違う方向性で苦労しそう!!」

「違います。あの篁さん(へんじん)の部下として『あの人じゃないと』ではありません。秦広庁の役人としてです」

 

 その気になった理由をシロはストレートに口に出して驚愕し、ついでに鬼灯に対して失礼な感想をぶっ放したが、鬼灯は自分の説明が悪くて起こった勘違いだけを正す。

 自分が狛治を振り回して苦労をかけている自覚があるのは、良いことなのか余計に性質が悪いのか……。

 

 そんな狛治に対しての同情が深まる感想を三匹は懐くが、そこを深く考えると狛治が何か余計に可哀相になって来るので、ルリオが代表として「秦広庁の役人としてってどういうことですか?」と他に気になった部分を訪ねようとしたが、その前に半ば独り言で鬼灯は更に爆弾を投下。

 

「というか、私とも篁さんとも方向性は違いますが、あの人も同じくらい相当な変人ですよ。篁さんの手綱を握ろうとして苦労するどころか、割と積極的に暴走させている節がありますし」

「「「え?」」」

 

 とんでもない情報をしれっと落とされ、三匹は思わず固まる。

 しかし既に鬼灯と彼らは秦広庁の中に入っている。今更、引き返すことは鬼灯に失礼だということを抜いても遅すぎる。

 

 だって、彼がこの愉快な一人と3匹に気付いたのはこの直後なのだから。

 

「おや? とても珍しい組み合わせだね」

 

 優しげで柔らかい声音が、「鬼灯・篁レベルの変人」という情報でフリーズしていた3匹を解凍させ、振り向かせる。

 そして、困惑する。

 

 彼らの背後に立っていたのは、巻物を数本抱えている男性。

 声音の印象通り、穏やかで柔らかくて優しい微笑みを浮かべた眉目秀麗な人物なのだが、彼はあまりに若かった。

 

 あの世の住人なのだから、享年が若いだけであの世在住歴は四桁だったり、桃太郎のように老衰で死んでも魂は最盛期まで若返っているだけで驚くようなことではないのはわかっているが、それでも下手したら牛若丸時代の姿をしている義経より幼く見える相手は、放つ癒し系オーラも合わさって閻魔庁よりはマシだが何かと殺伐しているあの世の裁判所には不自然な人だった為、シロたちは大いに戸惑った。

 そんな彼らの戸惑いに微笑みを深めながら、相手は鬼灯に挨拶を交わして尋ねる。

 

「こんにちは、鬼灯殿。久しぶりだね。そちらの三匹は実弥の所の獄卒かな?」

「実弥? なんかどっかで聞いたことがあるような……」

「確か……不死川さんの名前がそうじゃなかったっけ?」

「え? おにーさん、不死川さんの知り合い? もしかして鬼殺隊の人?」

 

 その質問に柿助がまず「実弥」という名前に反応し、ルリオがそれは不喜処の主任の一人、つまりは自分たちの上司である不死川の下の名前である気付き、そしてシロが遠慮なく尋ね、トドメに鬼灯が両者の質問を同時に答える。

 

「ええ、こちらは右から順にシロさん、ルリオさん、柿助さん。お察しの通り、不喜処の従業員で不死川さんの部下に当たる、元は桃太郎のお付きの動物だった方々です。

 そして遅れましたがご挨拶を。お久しぶりです、産屋敷さん」

「「「え”?」」」

 

 鬼灯はシロの相手が鬼殺隊関係者なのかという質問自体には答えていないが、普段は名前で呼ぶのに苗字で呼ぶことで答えを教える。そして確かに、その珍しい苗字に聞き覚えはシロにさえあったので気付けた。

 それは覚えやすい苗字だからではなく、あまりにインパクトの強い出来事をやらかした挙句、そのインパクトをさらに深める名称を鬼灯がちょくちょく口に出していたからも大いにある。

 

 だから三匹とも、その名前を聞いた瞬間にあの「インパクトがありすぎるやらかしとその名称」を連想したのだが、幸いと言えるのかどうかは本当に不明だが、ルリオや柿助はともかくシロですら失礼どころではないその「インパクトしかない名称」を口走りはしなかった。

 

「やっぱりそうか。初めまして、鬼退治の神獣たち。

 私は産屋敷(うぶやしき) 耀哉(かがや)。産屋敷ボンバーをやらかした、鬼殺隊を作り指揮していた一族の当主だった者だよ」

「「「自分で言った!!」」」

 

 シロ達の突っ込み通り、耀哉は三匹と視線を合わせるようにその場に膝をつき、実に柔らかく美しく微笑みながら、口と思考が直列していて反射で物事を口走るシロより先にあのインパクトしかないやらかしとその名称を自分で言った。

 そして耀哉はその突っ込みに対しても、淡い微笑みを浮かべたまま「うん。産屋敷と言えばもうそれしか浮かばないって人が多くて、初対面の方は気まずい思いをするそうだから、自分で言うことにしている」と言い出す。

 

 その言葉と微笑みには、ヤケクソとか諦めといった常識人だからこそ常識を放り投げる原因にして残ったものが見当たらない。本気で言葉通り自分なりの気遣いのつもりらしいが、天然らしい「何がそんなにおかしいの?」と言わんばかりの困惑や疑問もそこにはなかった。

 

 おそらく彼は自分の言動をおかしいことは自覚した上で、それでもこれが手っ取り早いという思考の下で動いていることがなんとなく察せられたことで、桃太郎ブラザーズは確信する。

 この天国の住人以上に穏やかで、神仏並みに癒し系オーラがすさまじい人物こそが、先ほど鬼灯が話題に上げていた篁の部下であり、秦広庁にはなくてはならない人材であることを。

 

 一瞬で理解できるくらいに、確かに篁とも鬼灯とも方向性は違うが同じくらいに変人だった。

 

 * * *

 

「実弥から話を聞いて、会いたいと思っていたんだ。嬉しいよ。『桃太郎』の物語は私達、鬼殺隊にとって『鬼は必ず倒せる』という希望を抱かせる英雄譚だからね」

 

 三匹の困惑とドン引きに気付いた上で、それでもマイペースにニコニコ笑って耀哉は彼らに会いたがっていた理由を語りつつ、それぞれを一匹ずつ優しく撫でる。

 その優しい手つきと自分たちの自尊心を大いに満足させる言葉に、シロはもちろん柿助も照れながらまんざらでもなさそうな顔をして、困惑とドン引きをすっかり忘れさる。

 

 ルリオも彼らほどではないが、耀哉への「変人」という印象をだいぶ好感で薄れさせつつも、初めに見た時から感じていた引っかかりを口にした。

 

「ありがとうございます。……ところで産屋敷さん、不喜処に来たことありますか? 不死川さんに会いに来たとかで」

「? いや、実弥に限らず私の隊士(こども)達とは何かと機会を見つけて交流を続けているからこそ、仕事中に私事で会いに行くことはないよ。

 仕事関係でも私は刑場に出向くことはない業務だから、閻魔庁内ならともかく刑場で会うことはまずないね」

 

 ルリオの問いに小首を傾げて耀哉が答えると、ルリオの方も不思議そうにクリっと首を傾げた。

 

「あれ? そうなんですか? じゃあ、閻魔庁で俺も見かけただけなのか?

 すみません。なんか産屋敷さんの顔をどっかで見たような気がして仕方がないんですよ」

「え? ……あー確かに。俺も見覚えがあるような気が?」

「そう? 俺はわかんない!」

「それ、たぶん動画ですよ」

 

 ルリオが引っかかっているデジャビュじみた見覚えを語ると、柿助も輝哉の顔を良く見直して同じ意見を口にする。シロの意見は全く参考にならないので、二匹はナチュラルスルー。

 そしてルリオが気付けなかった見覚えの原因をサラッと鬼灯が答えた瞬間、耀哉がまとう空気が一瞬だけだが変化した。

 

 まさしく刹那としか言いようがない一瞬だったので、三匹はその変化した空気が耀哉のものだということにすら気付けなかった。

 だから戸惑いつつも、「動画?」と鬼灯が出した答えをオウム返しすれば、鬼灯は補足を加えた答えをもう一度告げる。

 

「はい。無惨の地獄めぐりの動画です。というか、見覚えの原因は無惨ですよ。

 あいつとこの人、1000年の開きがあるとは思えないくらい血縁を感じさせるそっくり具合ですから」

「「「…………あ」」」

 

 三匹が思わず納得を口にして耀哉を見た時には、耀哉の変化した空気にも気づけた。

 いつもブチキレている無惨と穏やかな耀哉なので、まず表情が違い過ぎるのと髪質も両者は大きく違い、トドメに耀哉がだいぶ若いので初見では気付けなかったが、言われたら確かにこの二人は1000年の開きがある血縁者どころか、親兄弟並みにそっくりだ。

 

 そんな無惨そっくりさんな耀哉は、穏やかな微笑のまま何かやたらと怖い空気を纏っていた。

 

「……うん。かなり、とても、ものすごく不本意なことだけど、私はあいつに似ているらしいね。自分のことだからか私自身はよくわからないけど、あの動画が発表されてからたまに他の庁の獄卒とか、裁判関係者じゃない出入り業者とかに二度見されるよ」

 

 笑顔のまま耀哉は相変わらず穏やかな声音で、鬼灯の言葉を肯定する。

 声音こそは天国の空気そのものの穏やかさだが、1000年間私財を投じて鬼を、無惨を殺す方法を探し、学び、鍛え上げる組織を作りあげ、数分も稼げたら大金星とわかっていながら妻子もろとも自爆した闇の深さが全く隠しきれていない。ものすごくイケメンなのに、無惨に似ているのが相当嫌らしい。

 

「すみません、私の方もあいつをよく知るからこそあなたと顔の造形が似ている事を完全に忘れてました。配慮が足りてなかったことを謝罪します」

 

 今更だが鬼灯は無惨に似ていると不特定多数に認識されるデメリットについて謝罪した。もちろん別に鬼灯は耀哉の不穏な雰囲気にビビった訳ではなく、ただ言われて今、配慮不足に気付いただけだ。

 誠意はあるのだろうが根本が問題だらけの鬼灯だが、幸いながら耀哉は纏っていた闇を霧散させて最初のように穏やかに返答する。

 

「あぁ、構わないよ鬼灯殿。気にしないで欲しい。

 私とあいつの関係は調べたらすぐにわかるし、それにあいつ本人と間違えられることはまずないから、迷惑ではないよ。驚かれたら先回りで、『よく言われますが赤の他人です』と答えたらそれで終わるだけの話だ。

 だから、あの動画を制作中止にするなんて言わないで欲しい! 私は本当にまったく、何も気にしてないから!」

「そうですかありがとうございます。言われなくとも制作も発表も地球が爆発しても中止にはしません」

 

 ナチュラルに一応先祖に当たる無惨を「赤の他人」呼ばわりしながら耀哉は、本心から鬼灯がやらかしてしまったこと自体は気にしていない、むしろそのデメリットよりも無惨の無様を見たいし、より多くに見せたい欲求の方が勝るらしく、最後の方は若干興奮しながら今後の動画作成を後押しした。

 そしてその後押しに全力真顔即答で応える鬼灯。実はこの二人、表面上の雰囲気などは対極もいい所だが、内面はよく似ているのかもしれない。

 

「耀哉さん、何で地獄に就職しなかったの?」

 

 そんな事を二人のやり取りを見てて思ったからか、シロは若干呆れつつ尋ねた。

 ここまで未だに無惨への恨みが全く晴れていないのなら、同じ獄卒でも地獄の拷問担当に就職すれば良かったのにと思われたことに、当然耀哉は気付いて苦笑した。

 

「私は無惨に生命力を奪われていたのを抜いても、素で虚弱な方だったようでね。拷問が出来るような体ではないんだよ。巻物だってこの数が精一杯だ。

 そしてこの通り、実弥や小芭内とは違って私怨を未だに薄めるどころか煮詰めるような者だからね。呵責する相手は無惨だけではない。それなのにこんな私が呵責しても、相手は贖罪などする気になれないだろう」

 

 耀哉の言葉をどこまで理解できているのか怪しい顔だが、とても立派なことを言っている事くらいはわかったシロは尻尾を振りながら「耀哉さん、真面目でカッコイイね!」と感想をまとめた。

 シロよりもちゃんと理解している柿助とルリオもそう思ったので頷いておいたが、二匹は内心で「優しいのかそうでもないのかよくわからん人だ」とも思う。

 正解は「優しいが冷徹」だ。鬼殺隊の給与や柱の待遇の良さと、入隊テストの段階で死亡率半端ないことでそれは証明されている。

 

「正直、虚弱体質を抜いても耀哉さんには拷問担当の獄卒ではなく、この秦広庁に就いてもらうように説得しましたね」

「そうだろうね。私も拷問よりこちらの方が向いていると思っているよ。成果を出せた時の充実感もあるしね」

 

 鬼灯の補足と耀哉の同意に、三匹は耀哉は秦広庁になくてはならない人材であるという話をしていたことを思い出す。

 鬼殺隊をまとめ上げただけあって、事務能力や人を使うことに関しては有能なのだろうと柿助は思うが、ルリオはそこまでは同じだが、それだけなら鬼灯はわざわざ「秦広庁」と限定しないだろうという所にまで気付き、その事を尋ねた。

 だが鬼灯か本人が説明する前に、法廷に続く廊下から鬼にしても目立つもしゃもしゃした頭の男が走って来た。

 

「あー、いたいた!

 産屋敷さーん! ごめんちょっと予定より早くなった! 今すぐに法廷に来て!」

 

 秦広庁の補佐官である小野 篁が鬼灯やシロ達に気付いた様子もなく耀哉の腕を掴んでそのまま法廷に連行。

 それに自然体で鬼灯たちはついてゆく。

 

「おや、ちょうど良かった。実演で見せてもらえそうですよ。耀哉さんがこの庁になくてはならない理由である職務を」

 

 * * *

 

「お願いします!! お願いです!! どうか! どうかお慈悲をおおぉぉぉっっ!!」

 

 秦広庁の法廷は、端的に言って修羅場の真っ最中だった。

 一人の女性亡者が号泣しながら土下座して、秦広王に懇願している。シロたちは来たばかりというのと、女性の叫びは嘆願というよりもはや雄たけびのようでほとんど言葉になっていないので、法廷に入る前から声は聞こえていたが具体的な内容はほとんどまだ聞き取れず、把握してない。

 

 だが、何を望んでいるのかはわかっている。

 自分が死んだことを納得できず、生き返らせてくれと頼み込んで縋り付いているのだろうと思っていた。

 そんな亡者はどこの庁にもいる。

 そう、思っていた。

 

 彼らが自分たちの間違い、一か所だがあまりに大きな間違いに気づいたのはようやく聞き取れた女性の悲痛な哀願。

 

「私は地獄に堕ちてもいいから、この子だけはあぁぁっっ!!」

 

 その発言を聞き取って気付く。泣き声は一人だけではないことに。

 女性の絶叫でかき消されているが、弱々しい泣き声が女性の覆いかぶさる体の下からも聞こえている事に三匹は気付く。

 

 気付いた瞬間、女性の正確な状況が理解できたからか、聞き取れていなかった言葉の大部分がわかるようになった。

 

「まだ三歳なんです! 二か月前に誕生日を迎えたばかりなんです!!

 向こうが信号無視してきたんだから! この子は何も悪くないんだから、お願いだからこの子だけは生き返らせてよおおぉぉっっ!!」

 

 女性は何の非もないのに事故死した母親だった。そしてその事故は子供も巻き込んだ。

 

「裁判で『生き返らせて欲しい』と言う者は、望む資格のない者ほど裁判が進むにつれて後がないことを実感してゆき、見苦しく主張します。

 逆に同情の余地が大きい者はこうやって、最初の裁判で半狂乱になって懇願するんですよ。

 ただでさえ裁判段階の亡者は獄卒や他の亡者に危害を加えにかかったり、よほど悪質な逃走などしない限り獄卒は実力行使を行いません。懇願がこのように切実なものならなおさら、心情的に手出しできないんですよね」

 

 鬼灯からしたら見慣れているからか、いつも通り淡々とした声音でシロ達に説明する。

 最初の説明はただ現状に関する補足だが、その次に口にしたのは耀哉の役目。

 

「我が子を心から愛しているんだね」

 

 耀哉は子を自分の体で庇うように土下座しながら懇願し続ける母親の傍らに膝をつき、静かに語り掛ける。

 その発言の邪魔にならないよう、いつもは良く通るバリトンボイスを鬼灯はひそめて説明する。

 

「耀哉さんの声は『1/fのゆらぎ』という、簡単に言えば人間が心地よいと感じる声音を持っています。

 それに加えて物腰の柔らかさと穏やかな口調、初対面でも相手の言動をよく見て事情を察して思いやる性格が、あの復讐心の塊である鬼殺隊をまとめ上げたカリスマ性であり、それを生かしてあの人にはここでの亡者の説得役を担ってもらっています」

 

「1/fのゆらぎ」は、シロはもちろん柿助や優等生のルリオもよくわからない用語だが、その「声による安らぎ」は初めに声を掛けられた時から感じていたものだったので、三匹は大いに納得する。

 そしてその効果の絶大さも、実際に見せつけられた。

 

「けれど、一度深呼吸をして落ち着きなさい。君が嘆き、悲しむからこそ君と同じくらい母を愛している子が君と同じ悲しみを懐いている。

 子の悲しみが親の悲しみであるように、子も親の悲しみを自分のものにしてしまう。そして幼いからこそ、その悲しみを持て余して親以上に傷ついてしまう。

 だから、愛しているのならどんなに辛くても苦しくても、耐えねばならないのだよ」

 

 母親の絶叫じみた声に掻き消されそうな声量だったのに、その発言はちゃんと耳に届いていたらしく母親は嗚咽こそは続けているが、それでも哀願を一旦やめて耀哉に目を向ける。

 だけど耀哉の説得に納得した訳ではない。その向けられた眼にはむしろ敵意に近い、「お前に何がわかる!?」という怒りが宿っていた。

 

 しかしそんな敵意を向けられても、耀哉の微笑みの穏やかさは変わらない。

 

「私の言葉に納得できないのもわかるよ。

 これでも私には子供がいるから。例え我が子が親の死を嘆き悲しんでも、それはいつか必ず訪れることなのだから、その悲しみは一時のもの、必ず乗り越えられると考えて生き延びて欲しいという気持ちは痛いほどわかる。自分が犠牲になることで我が子が助かるのなら、地獄のどのような呵責にだって耐えられる。

 ……そう思っていた。けれど、私は大きく間違えた。

『親が死ぬこと』と『親が自ら死を選ぶこと』は、全く違う。特に子を生かすために親が死を選べば、子は自分が親を殺したのではないかという罪悪感をその生涯で背負い続けることを、私は想像できなかった」

 

 女性亡者は耀哉の子持ち発言に虚を突かれて目を丸くするが、お構いなしに耀哉は話を続ける。

 どこまでも優しく穏やかに話しながら、けれど自分の気付いた「間違い」に関しては悲しげに悔やみながら語った。

 

「君の気持ちは、願いは痛い程にわかる。君は私なんかよりも……子供を全員生かすことは出来なかった私よりもずっとずっと素晴らしい人なのは間違いない。

 

 けれど、その愛が我が子の重荷になってしまうことを知って欲しい。臨死体験の記憶は大概忘れるもの、その子の幼さを考えれば覚えていない可能性が高いけれど、断言はできない。確実にその子の記憶を消したり封じたりする術は、私達にもない。

 具体的に覚えていたのならまだマシだ。けれど断片的な記憶なら、泣き叫ぶ母親だけを覚えていたのなら、その子は母親に愛されて守られて生き延びたのではなく、母親を見捨てて犠牲にして生き延びたと誤解してしまうかもしれない。そしてその誤解は、この子がもう一度死ぬまで解くことは出来ない。

 

 ……それでも、君は自分の選択を、この子を無理やりにでも蘇らせた選択を後悔しないと言い切れるのかい?

 元々生き延びる運命だったのなら、君は裁判を終えた後に正規の手順で資格を得たらこの子の守護霊になれる。守護霊として傍らに寄り添って、その心の傷を癒すことは出来るかもしれないが、横紙破りで蘇生させたのならもう恩赦を与えられない。

 ……正真正銘、もう何もしてやれることがなくなってしまうんだ」

 

 耀哉に反感を懐いていたはずだが、彼はどこまでも自分が子供に懐く愛情に理解と共感を示すので八つ当たりの言葉さえ出てこない。

 それどころか、その愛ゆえに起こりうる悲劇に気付かされ、彼女は自分が抱きしめていた我が子に視線を移す。

 

 子供は母親にしがみつき、泣きじゃくっている。震えながら拳が白くなるほど自分の死に装束を握りしめ、子供は泣きながらたどたどしい言葉を繰り返していた。

 

「ごめんなさい」と、嗚咽混じりに繰り返す言葉。

 

 3歳ほどの幼児なので、状況を全く理解していない。母親の言葉がどのような意味を持っているのかわかっていない。庇うように抱きしめられている事すら、それはどちらかと言えば苦痛なのかもしれない。

 子供にとって今の現状は、自分の為に母親が助けを求めているのではなく、母親がただ喚き怒っているだけという認識かもしれない事に、きっと彼女は気付いたのだろう。

 

「……ご……めん……ね……」

 

 彼女もまた嗚咽混じりに、我が子に謝った。

 抱き潰しそうなほどに入れていた腕の力を抜いて、優しく壊れ物を扱うように我が子を抱きしめ、頭を撫でて、背を軽く叩いてあやす。

 

「……守れなくって……ごめんね……。死んじゃって……ごめん……。ごめん……ごめん……ごめんなさい……」

 

 謝り続ける。

 彼女だって何も悪くないのに、我が子を暴走車から守れなかったこと、一緒に生きることが出来ないことを……、たとえ自分のしている事を「怒っている」と誤解して怯えているとしても、それでも自分を拒絶するのではなく、しがみついて離れないでいてくれる我が子に謝り続けた。

 

 そんな彼女に、耀哉は再び優しい穏やかな笑みを浮かべて告げる。

 

「あの世は、終わりではないよ。あの世にはあの世の生活が、日常が、幸福が、……続きがある。

 だから……君とその子が別れることはまずない」

 

 その断言が、母親の断ちがたい未練をようやく断ち切った。

 

「……ごめんなさい。……生き返らせてと、わがままを言って」

 

 子供を抱きしめながら、泣きながら最後に告げた謝罪は、子供にではなく耀哉や秦広王に向けられたものだった。

 

 * * *

 

「鬼灯殿、待たせて申し訳ない」

 

 母親が落ち着いたことで裁判が再開されたので、ひとまず耀哉は放置してしまっていた鬼灯の元に戻って謝罪する。

 

「いえ、お気になさらず。むしろ、シロさん達に耀哉さんの役目を知ってもらういい実例でした」

 

 鬼灯は本心通りに返答し、そして三匹は敬意がこもった目で耀哉を見つめている。

 その視線が眩しすぎるのか、耀哉は困ったような苦笑を浮かべた。

 

「耀哉さん、流石は鬼殺隊のトップだね! あの『鬼殺しの狂犬』って呼ばれてる不死川さんが鬼灯様より尊敬している人って言うのも納得のカリスマ!!」

「……それ、実弥の二つ名かい? あの子、そんな風に言われてるのか……」

 

 シロが尻尾を振りながら無邪気に、不死川の知られたくない職場の二つ名を暴露しつつ率直な感想を口にして、耀哉も隊士(我が子)の二つ名に困惑する。ちなみに「鬼殺し」の由来はもちろん地獄の同僚である鬼を殺したからではなく、生前もほぼ無関係。ただ単に、「鬼も役目を失う程の強面」という意味らしい。

 

 そんな由来を知る由もなく、耀哉は困惑しつつも控えめだがはっきりとシロの発言を否定した。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私は口先が上手いだけの人間で尊敬なんてされるべき者ではないよ。さっきの彼女に言ったように、私は下の子だけでも生かすために妻と上の子二人を犠牲にしておきながら、遺したあの子達に重荷を負わせた酷い親だ」

 

 自分はシロが思うほどの人間ではないと言い切る。

 言われてシロ達も、なんか笑ってしまいそうなネーミングだが実は全然笑えないやらかしである「産屋敷ボンバー」の詳細……妻子を巻き込んだ盛大な自爆とその理由を思い出し、沈黙する。

 

「あまねや子供たちは皆、私を許してくれているが、私は地獄に堕ちるべきだと思っている。

 もしも私が逆の立場だったら、私は『お館様』を庇っていただろうから、皆の気持ちも十王の審判も否定しないけれど、それでも……私のしたことは正義ではないよ。

 ……こういう手段を取った私は、どんなに憎んで恨んで否定して拒絶しても、やはりあの……無惨の血族で、この顏の通り特に奴と似ているんだろうね」

 

 自嘲の言葉だが、狛治が自分の過去を語る時の痛みに耐えるものではなく、まるで今日の天気の事のように、当たり前の自然体で語るので、三匹にはフォローの言葉さえ出てこない。

 だが鬼灯にとっても耀哉の自嘲は割と良く聞かされているいつもの話なので、こちらもこちらでサラッと返す。

 

「確かにあなたと無惨は変な所そっくりですけど、地獄行きを許容できる時点であれとは月とミシシッピアカミミガメくらい違いますよ」

「まぁ、それもそうだね。ありがとう、鬼灯殿。少しほっとしたし、奴をわざわざすっぽんではなく要注意外来生物に例えてくれたのも素晴らしい」

 

 重い話かと思ったら世間話としての軽い愚痴レベルだったらしく、しんみりしてた桃太郎ブラザーズは一気に脱力。

 そして無惨をとことん貶める発言には抜かりない鬼灯と、そんな細かい所まで気付いて喜ぶ耀哉はやはり似た者同士だと確信する。

 

「けれど正直、顔が似ているのはどうにか出来ないかとは少し思ってしまうな。

 普段は本当に、二度見されるくらいだからいいのだけど……この間、小学生が社会見学で来た時はさすがに有休を取った」

「賢明です」

 

 本当に世間話でしかないのか、互いにテンションは上がりも下がりもしないまま会話が続行。

 少し前に話していた「無惨と顔がそっくりである」事の弊害を耀哉は語り、その判断を鬼灯は端的に讃える。

 

 鬼灯の言う通り、大人ならどんなにそっくりでも無惨の立場を知っていたら、刑場の外、それも現世や天国に近い秦広庁で働いている訳ないと判断するので、耀哉からの「似てるとよく言われるが、赤の他人です」という説明がなくても困惑程度ですむのだが、子供なら話は別だ。

 分別がまだついていない子供なら、無惨は罪人という認識ではなく「何やってもいい奴」くらいに思っている奴は少なくない。そしてそんな風に思っているクソガキが、場所や状況を考えて「無惨がこの場にいる訳がない。だからこの人は他人のそら似」だとは判断せず、短絡的に攻撃をしかねないので、子供が集まりそうな日は休むという判断は、賢明に間違いない。

 

「本当にすみません。こちらからもテロップを流すなりして、誤解を解くように対策します」

「うん。手間をかけさせて悪いけど、お願いするよ。秦広庁は最初の裁判所だから、閻魔庁の次くらいに社会見学とかで子供が来る機会が多いからね」

「そうですね。ですが……テロップだと一番警戒すべきアホな子供はそういうのを絶対に読まず、下手したら読んだうえで禁止されたからこそやらかしたりもしますからね……」

「あぁ……、それもあるのか。確かに、義勇がたまにその事で悩んでたよ……」

 

 耀哉の死んだ経緯とその罪の話よりも何故か重い方向に向かっていく話に、シロは呆れたような口調で投げやりに提案を口にする。

 

「いっそ耀哉さんも動画に出ちゃったら?

 似てない所もいっぱいあるんだから、二人一緒に動画に出たら違いがはっきりわかって間違える人はいなくなるんじゃない?」

「「………………それだ!!!!」」

「!?」

 

 シロからしたらほぼ考えなしの脊髄反射に等しい発言だったのだが、それは二人にとっては天啓に等しい答えだった。

 鬼灯と耀哉が全く同じだけの時間沈黙してから、同じタイミングで声を上げてシロたちどころか背後の裁判をしている秦広王たちまでも盛大にビビらせる。

 そんな彼らの反応も目に入らぬほど二人は明らかに興奮して、耀哉どころか鬼灯もテンションを上げて話を進める。

 

「耀哉さん! 次の休みはいつですか!?」

「なんなら今すぐにでも休みを申請するよ」

「それはさすがに機材や人材が揃わないので、せめて明日にしましょう!」

 

 鬼灯の問いに耀哉は、天使のように素晴らしく美しい煌めく笑顔で答え、鬼灯はさすがにそこまで即行は無理だと言いつつも十分無理すぎるスケジュールを早速組み始める。

 

 二人とも何の予定を立てているのか、主語を口にしていないので秦広王や篁にはさっぱりだが、当然三匹は理解しているので、彼らは内心でとりあえず狛治に謝る。

 明日、本当に急すぎる無惨の動画撮影が行われて、無惨とこの二人に振り回されるであろう狛治にはシロでさえもなんか本当に余計なこと言ってごめんなさいと心底思った。





次回は前々から予定していた、お館様付き無惨様の地獄めぐり。
お館様、妻子や隊士たちがドン引く程度のはしゃぎっぷりに留めてくださいね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。