「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら 作:淵深 真夜
映画の内容に合わせた鬼滅メンバーが登場……のつもりが、諸事情で元々別だった話を統合した所為で無限列車と無関係なキャラがメインレベルに登場してます。
あと、今回の話の世界観は「鬼灯」より「鬼滅」寄り。
その所為か、長い。1話で納まらなかったどころか、たぶん全3話くらいになりますが、お付き合いしていただけたら幸いです。
「本日は先日から通達していた通り、焦熱小学校の生徒による獄卒体験学習の日です。
皆さんは獄卒体験するお子さんたちに刑場の説明や簡単な拷問の仕方を教え、そして何やらかすかわからないアホが業火にあぶられないように監督してもらいます」
「鬼灯様、少しはオブラートにくるみましょう」
大叫喚地獄の唐悕望処で数人の獄卒を集め、鬼灯が本日の業務内容をまずは簡潔に説明し、狛治は本音しかない発言については一応咎めておいた。
いつも通りのコンビに苦笑しつつ、本日の体験学習の監督役である唐瓜は挙手して尋ねた。
「すみません、鬼灯様、狛治さん。ちょっといいですか?
今更ですけど、体験学習する刑場がここでいいんですか? 等活地獄の小地獄とかの方が、わかりやすくて危険も少ないのでは?」
横でボケーッとしていた幼馴染とは違って、ここがどのような地獄かを把握しているからこそ、自分たちがいるとはいえ子供を入れるべきとはあまり思えない唐瓜が訊くと、そういう質問をしてくれる優等生の存在に満足するように鬼灯は頷いてから答える。
「良い質問です。
確かに等活地獄が一番亡者の罪も軽く、拷問の内容もぬるい部類ですが、そもそも等活地獄は殺人罪の地獄。殺人は犯していなくとも、小地獄は動物虐待など弱い者いじめを行った者が堕獄する為、子供が亡者に狙われる可能性が高まります」
「鬼や野干とか妖怪の子供なら、亡者に襲われても反撃できる可能性が高いが、それも確実ではないから楽観視するべきじゃない。それに子供の亡者も普通に生徒としているからな。
子供の安全を考慮したら、暴力行為で堕獄した罪人よりも、詐欺罪とかで堕獄した罪人の方が安全なんだ。そういう罪人は子供相手でも自分の手で直接何かするって発想がほとんどないし、肉体的にも非力な奴が多い」
鬼灯の説明に狛治が続けて解説し、唐瓜だけではなく他の獄卒たちも納得の声を上げて頷いた。
彼らの反応を確かめてから、次に鬼灯は何故大叫喚地獄の中でこの小地獄を体験学習の場に選んだのかを口にする。
「この『唐悕望処』は、行われる呵責が孤地獄のように罪人の罪に応じたものになります。まぁ、孤地獄よりは大ざっぱで、似たような罪なら一緒くたに呵責してますけど。
その為、ここ一か所で様々な拷問体験ができるというのが、まず一つ。そしてもう一つが、ここは他の地獄より『何故、この亡者たちはこのような呵責をされているのか』という因果応報が非常にわかりやすいので、子供に『何でこの罪でこんな罰?』と突っ込まれないようにです」
もう一度獄卒たちは納得の声を上げるが、今度は先ほどよりも切実な安堵が込められていた。
地獄に落ちる罪状と刑罰の内容を決めて作ったのが、初代補佐官のイザナミであることを知っている優等生たちは遠い目で、「イザナミ様、私怨抑えて」と突っ込んだのは言うまでもない。
「それから、本日の体験学習に人手が割かれすぎて本来の業務が滞ることがないように、外部からのアルバイトを雇っている事は事前に話してましたよね。
基本的にそのバイトの方々も業務内容は同じですが、子供が亡者を必要以上に痛めつけようとした場合や性質の悪い悪戯を行った場合、注意や叱責はなるべくバイトの方に任せるようにしてください。もちろん、特に危ないことをしている場合や、他に手が開いている者がいない場合は気付いた方が自分で対処すべきですが」
「? 何で?」
今度は明らかに変な指示だったので茄子が率直に尋ねると、狛治が少し困ったように眉根を下げて教えてくれた。
「あー……、高学年ならまだしも低学年で獄卒の……拷問を体験してみたいって奴は、『亡者をボコボコにしたい』ってだけの、良く言えば元気のいいやんちゃ、悪く言えば乱暴者が多い。
で、そういう子供は言っちゃ悪いが、話をちゃんと聞かない、聞いても2秒で忘れる奴がほとんどだ。その結果、知識の無さや子供の短絡さも合わさって、『あの世にいる亡者は全部悪い奴だから、ボコボコにして良い』みたいな、トンデモ結論を出して刑場外でも実行する奴がいる」
「そういう勘違いを防ぐため、呵責する側にも亡者がいることを知らしめるために、バイトは鬼などの妖怪ではなく全員亡者です。
そして、万が一にも子供が『自分の方が強い』と調子づかない為に、バイトの亡者は全員、元鬼殺隊の方々です」
三度目の納得に込められていたのは、「クソガキ終了のお知らせ」という同情だった。
その同情は、鬼灯がついでに語った去年の体験学習、弱い者いじめが大好きで体も年のわりに大きく力自慢だった真正のクソガキどもを一つに纏めた特別班を担当したメンバーが、不死川兄弟・悲鳴嶼・縁壱であったこと。クソガキ共はひきつけを起こしても恐怖のあまりに無理やりひきつけを止めるぐらいに、不死川兄弟と悲鳴嶼に絞られ、そして優男な縁壱の人外ぶりに鬼としての自信を根こそぎ消失させて矯正したという話で、同情はさらに深まった。
* * *
体験学習は生徒が5人以上10人以下の人数で班行動な為、獄卒も子供を監督するために基本三人一組に分けられる。
子供という何をやらかすかわからない相手をただ案内するだけではなく、簡単なものとはいえ拷問の指導も行わなければならない為、外部からのバイトを入れてもこの人数だ。
「茄子さんは、狛治さん・善逸さんと組んでください。
唐瓜さんは、伊之助さんと炭治郎さんですね」
その為、いつもなら少しは雑談くらいは交わす相手でも鬼灯はそれだけを言って、他の班の所に行ってしまう。どうやら本日の鬼灯はいつも以上に多忙そうだ。
その事をちょっと心配しつつ、珍しく自分たちが分けられたことに茄子は素直に残念がったが、唐瓜は同じく寂しいような、肩の荷が下りたような複雑そうな顔をしてる
「別行動は久しぶりだなー。でも、狛治さんがいてくれて良かったー」
「お前……、狛治さんに甘えて迷惑かけんなよ」
「唐瓜」
唐瓜がそう注意していた所で、狛治が何故か自分と同班である茄子ではなく唐瓜の方を呼ぶ。
そして振り返った唐瓜の肩を掴んで、真顔で言った。
「頼む、唐瓜。子供はいい。子供はいいから、お前は伊之助と炭治郎からとにかく目を離すな。お前だけが頼りだ」
「俺は一体どんな奴と組まされるの!?」
まさかの新卒である唐瓜にお目付け役を頼むような相手が、今回のメンバーであることを明かされた挙句に託され、唐瓜は突っ込みを絶叫。
「いや、大げさに言ったがそこまで心配しなくていい。大丈夫、どちらも人としては最上に善良だ。特に炭治郎は子供の扱いに長けてるし、伊之助も……まぁある意味子供とすぐに打ち解ける。
だから、子供はいい。子供に関しては二人に任せろ。お前はとにかくあの二人が、訳のわからない天然を発揮して暴走しないかを見張っててくれ。頼む。俺は茄子と善逸と鬼灯様と杏寿郎で手いっぱいだ」
「上司と教師の面倒まで見なくていいんですよ、狛治さん!!」
唐瓜の突っ込みに慌てて狛治はフォローを入れたが、すぐさまそのフォローは剥がれ落ちた。マジで本日の狛治に余裕はないらしい。
そんな狛治を何故か唐瓜の方がフォローし返しつつ、自分が組む相手はどんな人なのかを戦々恐々してた時……
「おぉぉおい!! キュウリって奴はどこだよ! 旨そうな名前だな!」
「伊之助。キュウリ君じゃなくて、唐瓜君だよ」
「何言ってんだ、炭治郎。唐瓜ってキュウリの事だろ。アオイが言ってたぞ。そんなことも知らねーのか! しょーがねぇな! 俺が親分だから教えてやる! ちゃんと覚えてろよ!」
「ちげーよ、馬鹿! 確かにキュウリの別名が唐瓜だけど、これ人の名前だから!!」
「……はぁ。紋逸はいつまでたっても馬鹿だな。人じゃなくて鬼の名前だろうが」
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁっっ!! こいつ、本っっ当ムカつく!!」
「まぁまぁ、善逸、落ち着いて」
まずは騒がしく、盛大に唐瓜の名前を間違いながら登場したのは、ムキムキ半裸の頭イノシシ。頭が猪突猛進思考、イノシシ並という意味ではない。いや、そうだけど言葉通り頭部がイノシシの声音からして少年らしき人物が辺りをキョロキョロ見渡している。
そんなイノシシ頭に、赤みが強い髪の少年はやんわりと、金髪の少年はうんざりとした口調で間違いを正そうとするのだが、頑なに自分の間違いは認めず他の方向で正論を吐き、金髪は汚い高音を上げてキレ、赤髪がそちらを宥める。
そうこうしている内に、イノシシ頭はなんかやたらと遠い目をして自分たちを見ている狛治に気付いた。
「おー! 狛治ー!」
「あ! 狛治さん!! お久しぶりです!」
イノシシが狛治の名を呼ぶと、本人が反応を返す前に金髪を宥めていた赤髪が嬉しそうに顔を上げ、無邪気に駆け寄る。
金髪は、「え!? 俺放置して行っちゃう!?」とショックを受けていた。
そんな3人の相変わらず過ぎる様には苦笑しか浮かばない。
だから狛治は苦く、少し困ったように、……けれど確かに笑って言った。
「……あぁ。久しぶりだな、炭治郎。それから善逸。伊之助は……割と会うな。不喜処で」
留守番していた犬のように寄ってきた炭治郎の頭をまず撫でてやり、善逸と伊之助にもそれぞれ挨拶をしてから、向き直って狛治は後輩の小鬼に紹介する。
「唐瓜、この赤毛とイノシシが竈門 炭治郎と嘴平 伊之助。お前が今日組むメンバーだ。
そして茄子、あっちの金髪が我妻 善逸。俺とお前が組む残りのメンバーだ。
あと一応言っとくが、伊之助は人間だからな。妖怪じゃない。これは被り物だ」
それぞれの名前を改めて教え、ついでに炭治郎を取られたからか、それとも炭治郎に取られたとでも思っているのか、自分の背中に頭突きを繰り返してた伊之助を唐突にするりと避け、勢いで前に飛び出した彼の腰を片腕で抱えて捕まえ、被り物を取って素顔を二人に開帳。
正直、現れた時は牛頭馬頭と同種の妖怪だと確信した相手の素顔は少女のような、それも頭に美の一つ二つをつけるべき造形だった為、小鬼たちはポカンと口を開けて呆けた。
「何すんだ! 返せ!! つーか、誰が妖怪だ!!」
「お前だよ。『音』聞いても俺はしばらく、お前を鬼だと信じて疑わなかった」
「あー……確かに俺も初めて会った時は、『匂い』がわからなかったら鬼だと思って切ってたかもしれない」
その間に、狛治に抱えられたままの伊之助はじたばた手足を暴れさせて被り物を返せと喚き、残り二人は昔を懐かしむ……にしてはぶっちゃけ良いとは言えない初対面時を思い出し、善逸は呆れきって、炭治郎は苦笑。
二人の反応と言葉に、唐瓜は伊之助の美少女顔の衝撃を薄れさせ、「もしかして生前から、あの被り物がデフォルトなのか?」と呟いた。正解。
もう伊之助だけで、狛治が唐瓜に「目を離すな」と言われた理由はわかったが、もう一人の方も「善良だが要注意人物」扱いされた理由はすぐさま察せられた。
「はじめまして! 竈門 炭治郎です。よろしくお願いします!
このバイトは毎年恒例だから、勝手はわかってるつもりだけど、何か変なことしたら遠慮なく注意してください!」
「え~と……我妻 善逸です。同じく毎年恒例のバイトで……あぁもう! 伊之助うるせー! 自己紹介も出来ないじゃん!!」
言っていること自体はまともだが、狛治に抱えられたまま暴れている伊之助をスルーして笑顔で挨拶する炭治郎はなるほど、確かに善良だろうが目を離していいタイプではないと唐瓜は確信した。
「はーなーせー! 下ろせー!!」
「はいはい。下ろすから大人しくしてろよ。
それから、唐瓜に茄子。お前らの班で受け持つ子供は、ちょっと特殊な事情がある。特にお前らが何かすべきことはないが、その事情だけは留意しておいてくれ」
既に保父さんのような状況だった狛治が伊之助を下ろしてから後輩たちに説明を付け加えると、彼らは班決め前に鬼灯が語った去年の特別班を思い出したのか、「大丈夫か? 子供たちと俺達」と言わんばかりの不安げな顔になった。
「あ、違う違う。去年の特別班とは全く違う事情だ。お前らの受け持つ子供たちは皆、いい子だ」
「……ありがとうございます、狛治さん」
二人の表情で誤解に気付き、狛治が慌てて彼らの受け持つ子供が悪ガキクソガキの集団ではないことを断言すると、何故か炭治郎が少しだけ悲しげな顔をして礼を言った。
あまりに脈絡のない礼だったが、狛治の方は「気にするな」と言って、炭治郎の頭に手を慰めるように置く。
そして善逸は彼と同じような顔をして、伊之助は取り返した被り物の所為で顔はわからないが、それでも先程までの騒がしさが嘘のように黙り込む。
どちらも炭治郎の礼には疑問を懐いていないことが更に唐瓜たちの疑問を深めたが、それを口にする前に答えに等しい人物たちが現れる。
「狛治! 4班と5班を受け持つ獄卒はお前と、そこの旨そうな名前の小鬼君だな!
おお! 竈門少年に我妻少年に嘴平少年! 君たち三人が揃うのは久しぶりだな!!」
鬼に混じっても目立つエビ天のような髪が遠くから手を上げ、呼びかける。
その声に炭治郎は見るからに、伊之助は覆面で隠れているのにわかるほど、嬉しそうに顔を上げる。善逸だけが困ったように、「うるせぇな」と言いたげな顔だったが、それでも嫌っているようには見えない、穏やかな顔と声音で他二人と同じように呼ぶ。
「煉獄さん! いつもお世話になってます!」
「煉獄! 何でお前最近、地獄に来ねーんだよ!!」
「いや、あの人50年前に獄卒やめたから。今、教師だからな? ども。お久しぶりっす」
相変わらずの兄気質で慕われているんだなーと思って、小鬼たちはその様子を眺めていたら、煉獄が引率していた子供の内、一人が飛び出して来て嬉しそうに駆け出しながら叫んだ。
「炭治郎! それに狛治! 久しぶり!」
10歳かそこらの、天然パーマとまではいかないが癖のあるクリクリした黒髪の、これまた女の子のように可愛らしい亡者の少年だった。
可愛らしく思えるのは、ただ顔の造形が整っているだけではなく、その子は心から「嬉しい」「楽しい」といった、正の感情を振りまく笑顔だったからでもあるだろう。
唐瓜も茄子も、そんな彼の笑顔を微笑ましく思っていたが、事態はすぐさま一転。
「兄ちゃんと狛兄ちゃんに近づくな!!」
「!? 痛っ!」
「「竹雄!!」」
二人に駆け寄った少年の後をクラスメイトであろう左目尻に泣き黒子がある、同じく亡者の少年が追いかけ、追いついた途端に髪と襟を掴んで、引き留めるどころかその場に引き倒そうとする。
それを炭治郎と煉獄が同時に叱責すると、少年は一瞬怯えたような顔をするが、彼は相手を離さずにすぐさま炭治郎を睨み付けて反論。
「なんで兄ちゃん、いっつもこいつの味方するんだよ!!」
「そうだよ! お兄ちゃんも先生も何で……何で……」
泣き黒子の少年だけではなくおかっぱ頭の少女も出てきて、こちらは煉獄を今にも泣きそうな目で睨み付けて言う。
炭治郎の方は少しだけ迷うような躊躇いが見えたが、煉獄は少女を真っ直ぐに見据えて、いつも以上に声を張り上げて言った。
「何度言ったらわかるんだ!
累を特別視して味方をしているのではなく、累は何も悪くない被害者で、お前達が理不尽に累に危害を加え、嫌がらせをするから叱っているんだ!!
竹雄も花子も、竈門少年や禰豆子君を慕っているからこそ、累を好きになれないのはわかる! 無理に友達になれとは言わん!!
だが! それと嫌がらせをするのは話が全く別だ!!」
竹雄と呼ばれた少年の発言と煉獄の叱責で、彼らと炭治郎の関係を小鬼たちは理解する。というか、花子はともかく竹雄は炭治郎とかなり容姿が似ているので、出て来た時点で関係は大体察しがついていた。
しかし、ここまで聞いてもわからないのが、「累」というクラスメイトである竹雄と花子には嫌われているが、炭治郎からはむしろ弟の暴挙を非常に申し訳なく思われている少年についてだ。
「せ、先生……。僕は、大丈夫だから……。炭治郎もえっと……ごめん」
「! 累の所為じゃない! 竹雄! 累から手を離せ!!」
「……いやだ!! こいつなんか大っ嫌いだ!!」
更に謎を加速させるのが、煉獄が「理不尽」と言い切っている被害に遭っても、累自身は竹雄を庇う発言をしていること。
先程の煉獄の言葉からして、彼が過去に炭治郎ともう一人の誰かに何かしたのだろうが、この気が弱いにしろ優しいにしろ、暴力を振るわれてもその相手を庇える子供がそんなことを出来るようには思えない。
だが、それらを疑問に思うのは唐瓜たち部外者である獄卒たちであり、煉獄が連れて来た他の生徒たちは「またやってるよ」という雰囲気の中、「累君、かわいそう」と「けど竹雄と花子の気持ちもわかるよ」で意見が割れているのも、人間よりはるかに性能の良い耳に届いていた。
「竹雄も花子もいい加減にしろ! いじめなんて最低な真似をする奴、兄ちゃんは絶対に……」
「炭治郎。それ以上は言うな」
しかし誰も部外者に事情を教えてくれないまま、兄弟げんかはエスカレートしてゆき、炭治郎が手こそは上げてないが声音がかなり荒くなってきたところで、狛治が間に入る。
まずは炭治郎と向き合い、彼が決定的に兄弟仲がこじれかねないことを言うのを止め、それから累と竹雄と花子に向き直る。
「竹雄。花子」
二人の兄妹は最初こそは狛治に対しても、敵対心を露わに睨み付けていたが、彼は炭治郎とも煉獄とも違って、その眼に怒りはなくただひたすらに悲しげだったので、二人ともいたたまれなくなったように目を逸らす。
そんな二人に狛治は悲しげに、それでも柔らかく笑って、目線を合わすようにしゃがみこみ、話しかけた。
「二人は俺が嫌いか? 炭治郎や煉獄と関わって欲しくないのか?」
「そ、そんなことない……。だって、狛兄ちゃんは優しくて……ちゃんと……悪いことしても地獄で……」
まずは自分を引き合いに出して尋ねると、竹雄は俯いて目を逸らし、しどろもどろだが本音で答える。
嫌っていた時期はあった。けれど、すぐにそんなことを忘れるほど、優しい人だと知ったから。
どれほど辛い罰を受けたかを、兄から教えてもらったから。
だからこそ累が気安く、自分より先に駆け寄ったのが実兄に対してと同じくらい許せなかったことまでは、幼い意地が邪魔をして言えない。
しかしそんなもの、狛治にはお見通しだ。
「そうか。ありがとう。すごく俺は嬉しい。
……けどな、累も俺と同じだってことは知ってるんだろう? むしろ累は俺よりもずっとずっと長い間、その罪を賽の河原で償い続けた。
家族がすぐそばにいるのに、直接話すことも触れることも出来ないのがどれほど辛いことか、お前達なら想像がつくだろう?
……好きになれ、友達になれなんて誰も言わない。嫌いなら仕方がない。けれど、嫌いだからで暴力は絶対にダメだ。そんなことをしたら、賽の河原どころか地獄行きだからな。
…………お前達がそんな所に行ったら、炭治郎も杏寿郎も、そして俺だって悲しい。自分がそこに落ちた方がマシなくらいにな」
静かに優しく、穏やかに彼は唇を噛みしめて俯く兄妹を諭す。
決して彼らの感情は否定しない。「許さない」という思いは否定しないまま、彼らの間違いだけは指摘して叱り、忠告する。
竹雄も花子も、狛治の言葉に返事はしなかった。
しかし、累の髪や襟を掴んでいた手は離す。謝りはしない。代わりに累が「ご……ごめん」と謝ると、どちらも癇癪を起したように「お前なんか大嫌いだ!」と叫んで、それぞれ別方向に走り去ろうとする。
「!? こら! どこ行くんだ二人とも!!」
「すまない、狛治! ちょっと他の生徒たちを見ていてくれ!!」
いきなり問題行動を起こしまくりの二人を、実兄と責任者である煉獄が駆け出して捕獲に向かい、狛治は苦笑しながらそれを見送る。
そして、善逸に「すまん、説明を頼む」とだけ指示を出して、煉獄の代わりに自分と唐瓜が受け持つ班の人数確認と、体験学習の内容説明に入った。
「……えーと、何か初っ端から騒がしくてごめん。
事情は何にもわかってないよな。どっから説明した方がいい? っていうか、狛治さんが元は鬼殺隊側じゃなくて敵側だったことは知ってるよな?」
「おい、狛治! 何で紋逸にだけ頼むんだ!! 俺は! 俺は何したらいい!?」
「うるせー!! そんなんだからお前には頼まねーんだよ!!
っていうか、お前は獄卒として正社員だよな!? 本来、バイトの俺じゃなくてお前が説明役とかすべきだよな!? 何で俺の方が苦労を背負い込む役になってんだよ!?」
善逸が訳のわからない修羅場に巻き込んだことを謝りつつ、どこから説明しようか悩んでると、伊之助がお手伝いしたがっている子供のように騒ぐので、善逸が「お前の方がうるさい」と言いたくなる声音で突っ込む。
そんな彼らのやり取りがある意味では清涼剤となり、唐瓜と茄子はちょっと笑ってからひとまず一番気になる、あの兄妹にやけに敵視されていた「累」とはどういう子供で、何をしたのかを訊いた。
二人して先ほどの炭治郎と竹雄の兄弟げんかよりも大人げ皆無な取っ組み合いをしていたのが、その問いを聞いた瞬間にぴたりとやみ、善逸は酷く難しげな、複雑な顔をしてから教えてくれた。
「……あー……、あの累って子、元は狛治さんと同じなんだよ。さすがに狛治さんほど、上の立場ではなかったけど。
下弦の伍で、俺達というか炭治郎と禰豆子ちゃんというか、冨岡さんと言うべきか……とにかく俺達と戦って、そんで……」
「禰豆子が欲しくて炭治郎を殺そうとしたらしーぜ」
「言い方ああぁぁ!! いやそれが大正解だけど最低限すぎて訳わかんねーよ!!」
善逸がどう説明すべきか迷っていた部分を、伊之助はあっけらかんとシンプルに言い放って、善逸に突っ込まれる。
善逸の突っ込みは、唐瓜と茄子だけではなく聞き耳を立てていた他の獄卒、そして狛治と語られている累自身の内心を実に正確に代弁してくれていた。
* * *
子供たちに本日使う拷問器具を選ばせていたら、茄子は裾を後ろから引かれて振り返る。
そこには、体験学習前にひと悶着を起こした元凶であり被害者である累という少年がいた。
「……あの、えっと……迷惑かけてごめんなさい」
「え? あー、いや気にすんなよ! あれくらいが迷惑なら、俺は地獄に落ちるくらい酷いからさ!」
「うん。茄子。フォローのつもりだとしても、少しはお前どうにかしてくれ」
モジモジとしながらあのトラブルについて謝る累に、茄子はいつもの調子でおちゃらけてフォローすると、その内容に対し狛治から大真面目かつ切実な懇願をされてしまった。
しかし、二人のやり取りが面白かったのか、累はクスリと吹き出して笑ったので、茄子と狛治の表情も緩む。
「っていうかさー、累はもうちょっと怒った方がいいと俺は思うよ。
あの子達が累のことを好きになれない理由はわかるけど、ちゃんと罪は償ってるし、同じ立場の狛治さんは良くて累はダメってのは理不尽で、あれは普通にいじめだよ」
ナチュラルに呼び捨てにして、更に茄子は自分の感想を語る。
善逸が伊之助の要点しか言ってない所為で逆にわかりにくくなる話を何とか説明してくれて知った、累という少年の罪と罰、そして竈門家というかクラスメイトである竹雄と花子との確執に関しては、茄子は完全に累側だった。
長兄である炭治郎を庇った長姉であり、そして当時は無惨の支配から逃れた例外的な鬼だった禰豆子を見て、一方的に「本物の絆」と認識してほしがって、その為に炭治郎を殺そうとしたり、禰豆子は日光であぶって痛めつけることで、無理やり自分の「家族」にするつもりだったのは、無惨の洗脳を抜いてもちょっと擁護できない。
だから、煉獄も狛治も「好きになること」「仲良くなること」を決して強制しなかったことは納得した。
だが、そこから先は累に対して同情しか湧かない。
そもそも彼が他の鬼に力を与える代わりに、自分と似た容姿に変化を強要したりなどの「家族ごっこ」に興じたのは、鬼になって間もない頃に両親を殺してしまった事、その事を後悔して、謝りたくて仕方なかったというのに、無惨が累を将来有望な手駒として見ていたのか、それとも奴なりの歪んで身勝手で最悪な善意からか、彼の食人や殺人という罪を一緒に背負ってくれようとした両親を否定した為、その罪悪感からの願望と寂しさがねじ曲がって肥大してしまったからだ。
つまりは、いつも通り無惨が全部悪い。
狛治と同じように、全然望んでいない願望を本心だと思い込んでいただけでも悲劇なのに、そもそも両親が息子と心中しようとした動機が、悪いのは累を鬼にした無惨だけで他は誰も悪くないのがまた更に辛い。
両親は人を食い殺しておいて、「これで健康になった! 外で遊べる!」と無邪気に喜ぶ息子に絶望して死を選んだが、これは無惨の影響だけではないが、累が真性のサイコパスだったとかではない。
累は生まれつき病弱で、布団からほとんど出ることができないような体だった。殺人と食人という凶行に走ったのは、健康な体を渇望していたのも理由の一つだが、殺人を「悪事」とそもそも彼は認識できてなかった。教えられていなかった。
病弱で、些細な悪戯すら出来るような体じゃなかったからこそ、彼は親から叱られたことがなく、親もまた当たり前の道徳や倫理観を教える機会を失い続けていた。
端的に言えば、優しい虐待と同じようなものだが、それを行う一般的な親とは違って、累の両親は真っ当だった。
親ならして当然の躾を面倒くさがって、ペットのようにただ可愛がって甘やかしたのではなく、病人に対して当たり前の優しさで接し続けていただけだ。
また両親は、悪事など普通に生きていたらまず選択肢として選ばない以前に浮かばない人たちだからこそ、改めて道徳や倫理を教えようという発想がなかった。教えてなくても、教えたことがなくても、息子は自分達と同じ倫理観を持っていると思い込んでいた。
そうではなかった事、息子は殺人も食人もそれが「悪いこと」だと知らないまま、人ではない化け物に成り果てて、けれど心は自分達の可愛い息子のままであったことに絶望したのだ。
だがその絶望は、自分たちの子育てを失敗だと思ったからでも、息子が化け物になったからでもない。
もうどう足掻いても息子は幸せになれないと理解したから絶望して、心中を選んだ。
このような、「幼さゆえの短慮さ」と「道徳や倫理を環境の所為で学べなかった」という事情に加え、彼は人間に戻って記憶を取り戻したことで、自分の犯した罪を理解し、後悔して反省しているので、大人と同じ八大地獄に落ちることはなかった。
しかし、それらを考慮しても彼はあまりに多くの人間を、そして自分と同じ無惨の鬼すらも殺してきた。
だから無罪や簡易地獄の舌抜きではなく、100年という長期間、両親と手紙のやり取り以外を禁止した上で、賽の河原で石積みという刑が下され、最近になってようやく累はその刑を終えた。
両親に会いたくて謝りたくて仕方なかった子供に相応しく、そして惨い罰だと普段は何事も深く考えない茄子でもそう思えた。
故に、竹雄と花子の気持ちは十分に想像できたが、やはり心情としては累を味方してしまう。
「……ありがとう、茄子さん。……でも……でも……」
しかし累は、悲しげな眼をして俯き、礼こそは言うがどう見ても茄子の言葉に納得していない。
何かを言おうとしている累の前で茄子は言葉を待つのだが、累は結局何も言わずに俯いたまま黙り込む。
そんな累の頭を、狛治はくしゃくしゃとかき混ぜるように撫でて背を押した。
「お前と同じ立場でも、鬼殺隊でもない、全く無関係の第三者に聞いてもらったら、それこそ納得のいく答えが見つかるかもしれないぞ」
「ちょっとおおぉぉっっ! 何で俺一人に生徒の面倒、見させるのーっ!
いや、子供は好きだけど、さすがに一人でこの人数は無理! って、まだ先にいくな金棒振り回すなそこの子鬼ーっっ!!」
「あぁ、悪い善逸! 今行く! ……俺は向こうを手伝うから、ちょっと二人で話してみろ」
善逸が子供にまとわりつかれるわ、登られるわ、逃げられるわ、カンチョーされかかるわと大変愉快なことになっているのに気づき、狛治がそちらに向かいながら、累のことは茄子に任せる。
累はまだ迷っていたが、茄子はヘラっと笑って狛治にせっかく任された期待に応える。
「俺さ、すぐに人の話忘れるから、まぁ壁に話すよりマシだと思って言ってごらんよ」
「……小鬼って見た目は僕とあんまり変わらないのに、やっぱり大人なんだね」
茄子の言葉にしばしきょとんとしてから、累はまたちょっとだけ笑う。そしてポツポツと雨だれのように話してくれた。
「……茄子さんが僕の味方をしてくれるのは、嬉しい。……茄子さんだけじゃなく、狛治も、煉獄先生も味方をしてくれるし……、炭治郎と禰豆子なんて僕、すごく酷いことを言ったし、怪我もさせたのに……許してくれて嬉しかった……。
……でも、僕は……自分を許せない。竹雄や花子には、されて当然のことしかされてないと思ってる。……だから、怒れない。……僕は、……自分が痛い目に遭うよりも……二人が叱られている方が、見たくない。……辛い。
……僕は、罪を償ってなんかいない。だから……二人が怒るのは当然で……これは僕への罰だと思ってる」
少しくらいは竹雄たちへの愚痴が出てくるかと思ったら、累の口からは一切二人を責める発言は出てこない。むしろ逆に、ここでも二人を庇って自分を貶めていた。
「何でそんなネガティブ?」
思わず茄子がそんな風に率直すぎる質問をすると、累はその気遣い皆無さが逆に気楽だったのか、苦笑しつつも答えてくれた。
「……僕は賽の河原で、父さんと母さんに謝り続けてた。100年は長かったけど、手紙は出せたしもらえたから、辛くても耐えられた。絶対に会えるってわかってたから、何度石を崩されても……周りの子供たちが……友達になってもすぐに転生でいなくなっても……それでも耐えれた。
そうやって今は、父さんと母さんと一緒に暮らせてる。生前より体も丈夫になったから、普通の子供として生活できるから、学校にも通ってる。
……そこで、竹雄と花子が炭治郎と禰豆子の兄弟だって知って、僕は二人に『ありがとう』って伝えて欲しいって頼んで……すごく怒られた。
……『兄ちゃんと姉ちゃんに酷いことしといて、謝らないくせに何で今、幸せなんだよ!!』って。
……怒られて、僕はようやく気付いたんだ。……僕は、父さんと母さんにしか謝ってない。たくさんの人に酷いことをしたってのはわかってるのに、わかってたのに、……賽の河原にいた頃は両親に謝って、両親に会いたいとしか思ってなかった。……他の誰のことも謝ろうとしなかった。
……だから、悪いのは僕なんだ」
累の懺悔のような「自分が悪くて二人は悪くない」と主張する理由に、思わず茄子は納得してしまった。
けれど、茄子は少しだけ考えるように黙っていたが、したことは狛治と同じように累の頭をくしゃくしゃと撫でること。
そして……
「うん。確かにあの二人が怒るのはわかった。でも、やっぱり俺は累が悪いとは思えないよ」
竹雄と花子の印象こそは当初より上方修正されたが、されでも茄子の意見は最初と変わらない。
「謝るのは忘れてたけど、礼は誰かに言われなくても自分で言ったんだろ? 言いたいって思ってたんだろ? ちゃんと礼が言える奴が、悪い奴な訳ないじゃん」
それが茄子に言える本音の感想だったが、累は狛治によく似た笑顔……痛みに耐えるような寂しげな笑みを浮かべて、「……ありがとう。茄子さん」と答える。
自らの罪の鎖に捕らわれた、善人だからこそ救われない囚人の笑みだった。
* * *
「唐瓜君、ごめん。俺の家の事情に巻き込んで」
「いえ! 気にしないでください!!」
まずは軽いジャブとして、子供が亡者の生前の日記やらポエム帳を音読しているのを監督しながら、炭治郎は謝り、唐瓜は両手を首を振って「迷惑ではない」と主張する。
正直に言えばだいぶ迷惑だったが、責める気にはなれない。炭治郎や煉獄や累はもちろん、竹雄や花子に対してもだ。
というか、唐瓜は茄子とは逆に竹雄と花子に感情移入している。
累が悪いとは思ってない、いじめるのは問答無用でアウトだとは思っているが、彼らが累を毛嫌いする理由は理解できる。
累と似た立場だが狛治を慕っているのは、狛治自身の人柄の良さに加え、おそらく彼の過去と自分達が死んだ経緯が似たような理不尽なので共感しやすかったのと、刑期は短いが罰の内容が「殺した人数分、殺される」という苛烈なものだからだろう。
対して累は、人間の頃は非常に病弱ではあったが、裕福な家庭の一人っ子として大切に育てられたのに、自分で親を殺しておきながら、自分たちの兄と姉を殺しかけた挙句に、下された罰は100年間の賽の河原という、される呵責自体は過酷とは言えないもので、今は両親と再会して幸せな普通の子供扱い……。
炭治郎や唐瓜の視点で見れば、鬼の人格は無惨汁の所為で歪んでしまったものであり、その人の本質なんかではないと思っているし、両親を殺してしまったのもわがままなクソガキの癇癪ではなく、小さなすれ違いが重なり続けた所為で起こった悲劇だと認識できる。
何より行われる呵責自体は大したことなくても、謝りたくて会いたくて仕方なかった両親に、100年間会えない罰は十分すぎる程に厳しくて妥当だ。
だが、子供である彼らにそこまで察しろ、理解しろと言うのは大人の身勝手だとも思っている。
竹雄達も死後100年以上たっているが、あの世の住人は四桁五桁の年齢がゴロゴロ普通にいる為、時間感覚が非常におおらかだ。亡者でも1年が1週間ぐらいにしか思えない者だらけなので、竹雄達も見た目相応の精神年齢で、大人の対応など出来なくて当然だ。
「……ま~、乱暴はそりゃダメですけど、でもあの子を嫌う理由は全部、炭治郎さんと禰豆子さんを思ってなんでしょ? いい弟さんと妹さんじゃないですか。
俺なんて姉貴の為に誰かを嫌うなんてない、薄情な弟ですから、そこまで慕ってもらえる弟達がいる炭治郎さんも、慕うに値する兄がいる竹雄君たちどっちも羨ましいですよ」
そして一番、竹雄と花子を責められない理由を、唐瓜はフォローではあるが混じりけのない本音で語る。
自分の兄弟を良く言われたのが嬉しかったのか、炭治郎は笑顔で顔を上げたがすぐに、だからこそ弟達は累に理不尽な暴力を振るい、そして自分たちの仲も悪くなっている事を思い出し、しょんぼりとまた俯いてしまう。
「何、ウジウジしてんだ! キノコ生やす気か、しゃんとしろ!!」
そんな炭治郎の尻を、伊之助がすっぱん! といい音鳴らして蹴り上げる。
「今日こそ弟達と仲直りするために、煉獄と鬼灯と狛治に頼んで弟達の班担当にしてもらったんだろうが! ウジウジしてる暇あるなら、いじめなんてくだらねぇことしてんじゃねぇって拳骨してこい!!」
かなりの勢いで蹴られて前のめりで倒れた炭治郎に、伊之助は胸を張って地獄に相応しいシンプル過ぎる解決策を提案する。
もちろん唐瓜は蹴られた炭治郎を心配しつつ、「いや、それたぶん余計にこじれる」と内心で突っ込みを入れるが、炭治郎からしたらさすがにそのまま実行する気はないが、伊之助の言う通り、ウジウジするより何かしらの行動を取るべきだとは素直に思ったのか、蹴られた尻を撫でながら起き上がった時には、何かを吹っ切ったような清々しい笑顔を浮かべていた。
「いたた……。酷いよ、伊之助。……うん、でもその通りだな。ウジウジしてたって、それこそ解決なんかする訳ないもんな。
ありがとう、伊之助。すっきりした」
「お前だけすっきりしてんじゃねー!!」
「痛い!?」
「何で逆ギレして頭突き!? 伊之助さんの方が悶絶してるし!!」
生前からの付き合いの長さからか、傍から見たら凸凹コンビなのにいい関係なんだろうなと、やり取りを見て唐瓜は思って和んでいたのに、何故か伊之助は礼を言われているのに勝手にキレて、炭治郎に頭突きを入れて自滅。
訳がわからなすぎるこの展開に、唐瓜だけではなく伊之助の奇行に慣れているはずの炭治郎も狼狽えた。
「伊之助! 一体、どうしたって言うんだよ!?」
「いってー! なんか、この地獄嫌なんだよ!! 全身がモヤモヤネチョネチョして気持ち悪いんだよ!! なのに何でお前だけすっきりしてんだ!?」
「はぁ?」
子供達からも引かれつつ心配されて遠巻きで眺められながら、額を抑えて伊之助は自分の不満を喚く。
逆ギレの八つ当たりには間違いないが、どうやら一応程度の理由はあったらしい。だが、彼の不満は唐瓜からしたら訳が分からない。
「モヤモヤにネチョネチョって……、いや、そういう不快指数が凄い地獄もあるけど、ここはそんな地獄じゃないはず……」
「あれ? 伊之助も? 俺もなんかこの地獄、去年来た時よりも匂いが気になってたんだ」
「え?」
しかし炭治郎の方は伊之助の言い分に共感できるらしく、彼は鼻を犬のようにクンクンと少しだけ動かしながら匂いを改めて嗅ぎつつ答え、唐瓜をさらに困惑させる。
「匂い? いや確かに色んな拷問がここでは行われるし、ご馳走の幻覚で亡者を惑わしたりもするから、悪臭といい匂いが入り混じってすごい匂いかもしれないけど……」
「うーん……。そういうのじゃなくて……、というか、俺と伊之助、あと善逸も人どころか下手したら鬼よりも嗅覚とか聴覚とかが優れてるらしいんだ。
だから俺、話せなくても動物の言いたいこととか、人が思ってる事とかは匂いである程度分かるけど……」
「いやもうそれ、鬼どころじゃないですよ。超能力の類じゃないですか」
いまいち自分たちが感じているものが唐瓜には伝わっていないことに気付き、炭治郎は自分たちの特技を伝えると、納得より先に引かれてしまった。
それに加えて、善逸の聴覚と違って伊之助の触覚はわかりにくいと判断して説明を省いたことが不満らしく、自分の背中にさっきから伊之助がどすどす頭突きをくらわし、子供達からも「ねー、拷問の仕方教えてくれないのー?」と突っ込まれた為、それ以上は何も言わず、炭治郎自身も説明を忘れて仕事に戻る。
気にはなった。けれど、炭治郎も伊之助も「おかしい」と確信を持てる程のものではなかった。
地獄で血やら汚物やらの物理的な悪臭はもちろん、反省していない逆恨みや不満の匂いなんてあって当たり前のものだと思う程度に、彼らはこのバイトにも、地獄の刑場にも慣れていたし、自分たちの鋭敏な感覚は罪人である亡者よりも、受け持っている子供達に向けられていた。
今日は特別、「逆恨み」の匂いや空気感が強いことに気付いていたけど、気付けなかった。
* * *
「……何でこれは良くて、俺と花子は怒られるんだよ」
竹雄は配られた亡者の黒歴史小説をパラパラめくって呟き、その辺の業火に投げ捨てた。
彼からしたら、これこそイジメでしかないと思うのだろう。否定できない。
「竹雄兄ちゃん。捨てたら怒られるんじゃ……」
妹の花子はちょっとオロオロしながら兄の行いを諌めるが、竹雄は不満そうに鼻を鳴らして意地を張る。
「どうせ、俺が何やったって怒るんだから今更だよ」
足元の石ころを蹴り、それを追って、それだけを見て、蹴り続けながら竹雄は離れていく。他の子供ばかり見て、自分に構ってくれない兄から離れていった。
離れつつ、不平不満を呟き続ける。
「兄ちゃんのアホ。バカ。お人好し。姉ちゃんも姉ちゃんだ。何で殺されかけたのに、あんな甘ったれを許すんだよ。何で……」
口から出るのは、兄と姉に対する不満と累に対する嫌悪や憤り。
それらを口にして吐き出せば出すほど、心の中に溜まった澱が濾されて見たくない本当が露わになる。
本当はわかってる。
兄も煉獄も狛治も、累を依怙贔屓しているのではなく、自分が悪いから叱っていることくらい。
炭治郎と禰豆子の弟なだけあって、竹雄は周囲が思うよりずっと累の悲劇に関しては同情的だ。累よりも彼を許せない自分の方が嫌いなくらいに。
それでも、許せない気持ちも本当。嫌いなのも、怒っているのも本当。
禰豆子を奪われそうだった兄、炭治郎が殺されそうだった姉、どちらの気持ちも、その時の恐怖も絶望も憤怒も痛い程に竹雄にはわかるからこそ、許せない。
その事を謝りもせず、幸せで仕方ないと言わんばかりの笑顔でいけしゃあしゃあと、「ありがとう」と言った累が嫌いだ。
…………そして今、心から何度だって謝っている累を許せない自分はもっともっと大嫌いだ。
「……ちゃん! 竹雄兄ちゃん!!」
後ろから裾を強く掴まれて引かれた事と、自分を呼ぶ花子の声で自分と累への嫌悪のループから我に返り、竹雄は振り返る。
「お兄ちゃん、ダメだよ、早くみんなの所に戻ろうよ! 地獄の刑場は危ないから、炭治郎兄ちゃんたちと離れたら絶対にダメだって、煉獄先生言ってたでしょ!!」
花子は涙目鼻声で、自分に縋りつきながら訴える。
その訴えで竹雄は、何も見たくない、炭治郎からとにかく離れたい一心で、ここがどこであるかも忘れて、自分達の班に割り当てられた区域から離れ続けていたことにようやく気付く。
怖がりで獄卒にも拷問にも興味なんかない、ただ炭治郎と一緒にいられるくらいの気持ちで今回の体験学習に参加した妹にとって、頼りになる大人からどんどん離れていくのはよほど怖かっただろう。
それでもついて来たのは、彼女も炭治郎から離れたかった訳じゃない。自分を心配していたから、竹雄が気付くまできっと何度もずっと呼びかけ続けていたことくらいわかっている。
花子に謝り、抱きしめて宥めながら竹雄は辺りを見渡すと、幸いながら自分たちの班はだいぶ遠いが、まだ見えるくらいの距離だった。
「ごめん、ごめんな花子! 怖かったよな! 大丈夫だ、すぐに戻るからほら! 一緒に走ろう!!」
今戻ったら、またきっと兄に叱られるのは憂鬱だが、それよりも優先するのは妹の無事。
長男ほどではなくても、次男でも、花子にとって自分が兄なのは確かだから、耐えられる。竹雄は今更ここが地獄であり、犯罪者の巣窟である刑場だと思い出して震える足を叱咤し、駆け出す。
だが、すぐにその足は止まった。
「……待って。……そこの君……待って」
その声に竹雄も花子も立ち止まり、振り向いた。
彼らは間違いなく、そして愚かなほどに炭治郎と禰豆子の弟と妹だった。
罪人の声を聞き、信じてしまうくらいに純粋だった。
* * *
地獄は彼にとって、そんなに悪いものではなかった。
無惨の鬼は人間だった頃の人格からかけ離れた、歪んで醜悪になった者が多かったが、元々醜悪だった者は余計に酷くなるだけで、性格そのものに変化はない。
だから、他者の苦しみを、不幸を見るのが好きで好きでたまらない彼にとって、無惨への心酔は奴の血の影響による洗脳ではなく素だった彼にとって、地獄は自分の好きなものを特等席で見れる最上の娯楽場だ。
自分への呵責は、その料金と思えば安いもの。他者の苦しみに陶酔していたら、拷問の痛みなど気にならない。
そこまでハイレベルな変態だが、唯一にして最大の不満は、自分が地獄にいる原因。
自分の死の経緯と元凶。
誰も殺せなかった。
誰も喰えなかった。
誰も絶望しなかった。
全力を出す必要のない雑魚どもだった。何か一つでも偶然が重なったら、もしくは重ならなかったら、自分が一方的な絶望を叩きつけて虐殺できたはずなのに、みじめに死んでいくしかなかった最期。
それだけは死してなお臓腑を灼くほど、屈辱と憎悪そのものの過去。
……だから、今年こそはその屈辱を晴らし、憎悪を愉悦に変える最大の好機。
十数年前から子供の鬼やら妖怪やら亡者が、この刑場へ「体験学習」に来ていること、そしてその体験学習の監督に元鬼殺隊……つまりは彼が最も憎む者達が、バイトとして雇われることは把握していた。
そして、計画を立ててはいたが実行しなかった最大の原因である、妖怪どころか神からも「誰が勝てるんだよ、あれに」と言われていた『本物の化け物』が、転生していなくなったという情報も掴んだ。
奴さえいなければ生前のように、計画がほとんど実行できないままみじめに終わる可能性は、格段に低くなる。
そう確信できるほどに、機会を窺い、準備をいくつもいくつも重ねてきた。
その重ねてきた準備を実行し、起こるであろう結果とそれを目の当たりにした時の奴らの顔を想像しただけで、臓腑を侵す屈辱は少し和らぐ。
自分がそれを見て嗤って、「あースッキリした」と思ってすぐに忘れても、奴らの心には天国の万能薬ですら癒せない傷を負うと考えたら、絶頂に値する快楽が駆け巡る。
だが、空想でその快楽に、愉悦に浸るのはもったいないと言い聞かせ、人の身に戻っても心は元から鬼だった、人間としての名を捨てた彼は、浮かび上がりそうな笑みを必死でこらえて手を伸ばし、呼びかけた。
「……待って。……そこの君……待って」
「え?」
最も憎い少年をさらに幼くしたような、竈門 炭治郎にそっくりな泣き黒子の少年を呼び止める。
――さぁ、甘美で残酷で取り返しがつかない現実によって、死してなお悪夢に魘されるがいい。
無限列車無関係なのにメイン級のキャラは、累君でした。
本編読んでもらえたのならわかると思いますが、無限列車のメンバーを全員集合させるには「獄卒の体験学習」というイベントが一番手っ取り早くて便利だったけど、このイベントやってから、「煉獄の生徒である累君と彼と不仲な竹雄と花子」の話をしてしまうと、「あの話の時、この子らどうしてた?」となってしまうので、元々予定してた累メイン回のストーリーと統合してみました。
その結果、たぶん3話くらい続く話になるけど……まぁいいや。
兄妹である竹雄と花子が同学年とか、そういう突っ込みどころは一応設定をこじつけているけど、本編の地の文で説明するには野暮な気もしたので、この体験学習回が終わったら設定集に加筆しておきますので、しばしスルーしてくれたらありがたいです。