「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら 作:淵深 真夜
「鬼灯殿、竹雄達の事情を汲んだ監督役をつけてくれてありがとう。本当に助かった」
「いえ。事情を知らない獄卒や元鬼殺隊が下手に関わった方がややこしくなりそうなので、むしろ事前に相談してくれてこちらも助かりました」
刑場という現場での監督等の仕事は担当獄卒に任せ、鬼灯と煉獄は大叫喚地獄の事務所にてそれぞれの仕事を行いながら話している。
話の主題はもちろん、累と竈門兄弟(真ん中)の関係について。
「そう言ってもらえるのなら、ありがたい。……しかし、教育とは難しいな。
これでも弟子を取って炎の呼吸を教えていた経験があるからこそ、教師という職に自信はあったつもりだ。だが、『無惨とその鬼』という明確な敵がいた生前とは違い、『道徳』そのものを教えなければならないことの難しさとその責任の重さを、今更になって感じている。俺の自信はただの思い上がりで、まだまだ未熟だな」
いつでも明朗快活な煉獄が、本日は珍しく苦笑が多くて言葉も大人しい。
その理由は本人が語っている通り、「している事は明らかに悪いが、気持ちはわかる竹雄と花子」と、「被害者だが加害者を庇い、またその理由も納得できる累」という、いじめと言うには躊躇する非常に珍しい子供達の関係に悩んでいるからだろう。
鬼灯としては「あんた、弟子を取っても修業が厳しすぎてすぐに逃げられてたでしょ。逃げなかった甘露寺さんは、オリジナル性が強すぎて派生の呼吸を作ってたのに、どこから教育者としての自信が生まれた?」と思っていたが、そこを突っ込んだら蜜璃はもちろん逃げた弟子のことも自慢しだすのはわかっていたので、スルーした。
「確かに、誰をどう叱って何を悪いと言うべきなのか難しい問題でしょうね。
しかし、あの兄妹が累さんを毛嫌いするのは、炭治郎さん達の説得というか説明不足が最大の原因だと私は思いますけど」
「説明不足?」
鬼灯の言葉に煉獄はオウム返しをしてから、「どういうことだろうか?」と彼も詳しい説明を求める。
だから鬼灯は、「私見ですが……」と前置きしてから、累と竹雄達ではなく、竈門兄弟がこじれにこじれた「原因」を語る。
「炭治郎さんと禰豆子さんはおそらく、累さんを許す自分たちの理由を明確に把握していないから、他の兄弟に説明もしていない。だからこそ、竹雄さんや花子さんにとって、兄達の累さんへの対応が妙に甘く見え、彼ら全員の関係がこじれているように思います」
「うむ。それは納得なのだが、鬼灯殿には竈門少年が自覚していない『累を許す明確な動機』に見当づいているのか?」
「これでも毎日、最低でも十数人くらいの被害者も加害者も見てますので」
「おお! それもそうだな! それで、図々しい頼みなのはわかっているが、その『許す動機』を教えてはくれないだろうか?」
いつものテンションに戻ったかと思えば、真顔で静かに、真摯に煉獄は鬼灯に頼み込む。
このあたりの誠実さは確かに教師向きだと鬼灯は思いながら、「図々しくなんかありませんよ」と答えてから、その感想通りあっさり教えてくれた。
「禰豆子さんも炭治郎さんも、鬼になった時は食人衝動に駆られて相手に襲い掛かった経験があり、その事を覚えています。
あの兄妹は二人とも、『自分の手で最愛の家族を殺める』という可能性があったこと、……つまりは累さんが自分たちにも『あったかもしれない末路』であるという認識を、無自覚ながらにしているのでは? と私は思っています。
それにプラスして累さんは弟達と同世代なので、彼らにとって累さんは『鬼になって人を食ってしまった弟』のように思っているのかもしれませんね。
だからこそ、累さんにされたことを気にせず、あっさり許しているんですよ。
彼らにとって累さんに起こった事、累さんがした事は決して他人事ではなく、彼の事情を知ればあの『家族ごっこ』ですら身勝手で悍ましいものではなく、自分たちも行っていたかもしれない、憐れむべきことなんでしょう。
なので別に自分たちに向けての謝罪がなくても気にせず、それよりも累さん自身が今、幸福なのかどうかが気になる、もう償った過去の罪を掘り返して責める相手が許せないって所ですかね。
で、そんな心境を知る由もない弟達からしたら、そりゃ累さんへの対応が甘く見えて不満でしょうし、累さんからしても、何であっさり自分を許しているか訳わからないはずです。
炭治郎さんたちから見て累さんは、一歩間違えたら起こっていた悲劇の鏡像なら、累さんにとってはあの兄妹は遠すぎて眩しい、そうでありたかった理想という認識でしょうから、『自分に感情移入しているから判定が甘い』なんて想像、できる訳もないって話です。
つまりは三者三様に認識がずれている事こそが、善人揃いなのに妙にギスギスした関係が続いている原因なんだと私は分析しています」
鬼灯の解釈に煉獄はしばしポカンとしてから、手をポンと打って納得した。
「なるほど! 確かに竹雄達は累のしたことが許せないだけではなく、累に竈門少年を取られるという不安や嫉妬を懐いている節が強いな!」
「えぇ。二人は何故、炭治郎さん達が累さんを許しているどころか好意的なのか、その理由がわかっていないからこそ、余計に累さんを敵視するんですよ。累さんに甘いのは、下の兄弟たちへの愛情の延長線だということに気付かないまま」
悩みの種だった、竈門兄弟がこじれた理由が鬼灯の私見とはいえ判明したことですっきりしたのか、いつもの明朗さを完全に取り戻し、「なるほどなるほど」と何度か繰り返してから彼は勢いよく尋ねる。
「鬼灯殿! 体験学習が終わってもあの兄弟が和解していないようなら、今の話を竈門兄弟にしてもいいだろうか!?」
「どうぞ、ご勝手に。
あくまで私の私見ですし、当たっていたとしても自力で気付くべき問題なんでしょうが……竈門一族全体に言えることですが、あの一族は他人を思いやるからこそ『許せない』理由はまだ深く考えて分析しますが、『許す』理由は完全に感覚的ですからね。
……許す許さないの裁量は被害者の権利であり勝手ですが、何の説明もなしに許されたら、加害者も反省しているからこそ罪悪感を持て余しますし、何より被害者が望んでいないから償いをしようがないのに、外野は勝手に『贖罪もしない極悪人』扱いで責めたてることもありますからね。
許すのなら許すで、その責任を取るべきです」
鬼灯の返答にもう一度煉獄は、驚いたように黙って鬼灯を眺める。
その様子に鬼灯が書類から顔を上げて「何ですか?」と尋ねれば、彼は何故か淡く笑って鬼灯からしたら訳がわからなすぎる感想を口走る。
「鬼灯殿は相変わらず優しいな!」
「はぁ?」
まず自分には言われないであろう評価を、しかも「相変わらず」とまでつけられて言い切られ、鬼灯は思わず声を上げる。ついでに万年筆をボキッと折ったのは、怒りではなく驚きのあまりだと信じたい。
しかし並の獄卒なら、ビビって思わず「すみません! やっぱり優しくないです! 鬼灯様は鬼軍曹です!!」とフォローになってない訂正を入れてしまいそうな迫力に一切動じず、煉獄は腕を組んで胸を張って、太陽のように朗らかに笑って言い切った。
「その話は累の事だけではなく、狛治の事も含まれているのだろう!?
部下思いの素晴らしい上司だと俺は思う! 俺も、『許す責任』を忘れぬようにしなくてはな!!」
煉獄の勢いに鬼灯はどうでもよくなったのか、「……そうですか」とだけ言って、折った万年筆とその所為で台無しになった書類を捨てて、新しく書き直す。
訂正はもう面倒くさすぎるので、しなかった。
訳も分からず許されて、罪悪感を持て余す加害者の話は別に狛治を想定して言った訳じゃなかったこと。
あれは、狛治に土下座した自分の話だったことなどしない。
また勝手に許されて持て余すだけなのがわかっていたから、言わなかった。
* * *
気付けなかった。
鬼灯も煉獄も狛治も、時間感覚が緩いとはいえ十数年も毎年続けていた行事は、多少のトラブルこそあれど予定調和で終わるという、平和ボケした考えがあったことは否定できない。
子供がいるとはいえ、雇っているアルバイトが新人はもちろん下手すれば古株の獄卒よりも実戦慣れしている元鬼殺隊だというのも、油断の一因だろう。
しかし何より予想外だったのは、気付けず警戒できなかった最大の理由は「奴」の目的。
地獄に落ちた亡者の中で、素直に反省して更生の為に呵責を受けている亡者などほとんどいない事はわかっている。
亡者が謀反や脱獄を虎視眈々と狙っていることくらい、常に頭の中で警戒して想定していた。
だからこそ、子供を刑場に入れるのは短絡的な亡者ばかりな等活地獄ではなく、頭が回るからこそ迂闊なことはしないであろう嘘つき・詐欺師が主に落ちる、大叫喚地獄を選んでいた。
この地獄の亡者なら、謀反や脱獄を企てても「最悪の事態」に陥る可能性は低いと判断していたから。
彼らは皆、善良だからこそ奴の目的がその、「最悪の事態」そのものだと気付けなかった。
「ほーれ、ほれ! いいだろー! やらないよーだ!!」
「えいえい! 落ちろ! 落ちろバーカ!!」
「……なんつーか、毎年の事だけどカオスな呵責だな。これ」
「一応言っとくが、子供がやるからってことで、危険性がなくて簡単なものにしてるだけで、普段はここまでただの嫌がらせじみた呵責じゃないからな」
気付けないまま、子供たちの体験呵責を大人は監督する。
大きく深い穴になっている区画で、穴の上から子供が釣り竿で紙幣(偽)やらスマホやらエロ本……は子供には見せられないので代わりに「To L●VEる(ダークネスじゃないよ、無印の方だよ)」を吊り下げ、それを掴もうと亡者が手を伸ばした瞬間に引き上げたり、石やらカラーボール(
そして、ここの区画の亡者は子供や恋人などに対して「好きなものをあげる・してやる」など言っておきながら、その約束を破ったり、あげるフリして取り上げたりなどのモラハラを行った者達なので、確かに嫌がらせでしかない呵責だが実に因果応報な内容であり、子供たちが特に感情移入して呵責が盛り上がるのも納得な現場である。
遠い目で大盛り上がりの子供たちを眺めつつ、それでも仕事はキチンとこなす。
狛治は穴から身を乗り出し過ぎている子供がいないかなどに目を光らせ、善逸も同じく見張りつつ、聴覚も駆使して子供と罪人の両者に異変や不審なところがないかの警戒を怠らない。
茄子はというと、子供に投擲用の石などを補充して回ったり、金棒を振り回すコツなどを教えて回っている。
小鬼という種族ゆえの小柄さと、持ち前の思い切りのよいアホ小学生メンタルからか、茄子はすっかり子供たちに紛れて見分けがつかない。
それを微笑ましいと思っていた。狛治も、善逸も。
ただ狛治は、今回は妙に多くの亡者が這い上がろうとしている事には気付いていた。だからこそ子供が穴に落ちないように、亡者が這い上がりが成功しないように目を光らせていた。
善逸も狛治から指示を受けて、いざという時はその俊足を生かして子供を保護しつつ、亡者を蹴り落とす準備は万端だった。
警戒していた。油断などしていなかった。
しかし彼らが守ろうとしていたのは子供達であり、「自分」は完全に含まれていなかった。
呵責の腹いせに、子供に危害を加えてやろうという悪意の音には気付いていた。自分たちを憎いと思っている音も聞こえていた。
しかしそれもいつもの事と善逸は聞き逃す。
悪意の爆発というべき、悍ましい鼓動が届くまで。
「!? 狛治さん!」
とっさに狛治に呼びかけつつ、悪意そのものの音を探すが、それはあまりに多すぎて見分けがつかない。
同時に、穴の中からいくつもの礫が善逸と狛治に向かって投げつけられた。
それはその辺の石や子供たちが投げつけて不発だったカラーボールなどがほとんどだが、中には危険なので渡していなかった刃物の切っ先や、触れただけで焼けただれる猛毒が塗られた石などという、明らかに即興では手に入らない、どこか別の地獄の呵責で使われたものをこっそり拝借して隠していたと思われるものが混じっていた。
狛治はとっさに全て拳で、善逸も「おぎゃああぁぁっっ!!」と鬼灯が絶賛しそうな悲鳴を上げつつも刀で打ち落とすが、どちらも自分に集中砲火で投げつけられた礫を弾くことを反射で優先した為、対応が遅れる。
這い上がろうとして、子供たちに注意を向けさせることで監督役自身の注意をおろそかにさせていた所での集中砲火。
この刑場にはないはずの、別の地獄にも堕獄している者がこっそり持ち込んだと思われる凶器。
それは、突発的な反撃ではない。どう考えても計画的な反乱だ。
その事に気付いた時には、既に亡者は計画の第二段階に進んでいた。
監督役の二人がいきなり亡者から攻撃されたことに、子供たちは驚き、戸惑い、唖然としてフリーズしている。
その隙を狙って亡者たちは数人がかりで、自分たちに見せつけられていた物品は無視して釣り糸を掴んで引っ張る。
「!! 釣り竿から手を離せ!!」
狛治がとっさに叫んで指示を出す。同時に彼は自分の近くにいる子供は片っ端から、転んでケガするのも厭わず穴から遠ざける為に引き寄せて、後ろに投げる。
善逸も茄子も同じように、子供たちに駆け寄って穴から無理やりにでも遠ざける。子供も狛治の指示に従って、すぐさま釣竿を手離す者が多かった。
だが、その指示よりも早くに釣り糸を引かれた者、パニクって何をしたらいいかわからず、釣り竿を握りしめてオロオロ辺りを見渡していた者は、亡者が数人がかりの力づくで糸を引いたことで、そのまま逆に穴の中に引きずり込まれ、落とされた。
「ははっ! やった! やったぞ!! 計画通り、人質が手に入った!!」
「おい! 化け物共!! 俺達を天国に連れていけ! さもなければ、このガキどもを殺す!!」
亡者たちは引きずり落とした子供を捕まえ、狛治達に見せつけるように隠し持っていた凶器を子供に突き付けて言った。
それを、穴の上から狛治は見下ろす。
その顔には既に、焦りはない。怒りすら見つけられない。人形じみた無表情だ。
心音等で相手の心理がわかる善逸はもちろん、茄子でもこの時の狛治の胸の内は理解できた。なので、内心でそれぞれ手を合わせて、あの世だがご冥福をお祈りする。
(亡者、終了のお知らせ!!)
* * *
ジャブとしてのメンタル攻撃は終わらせ、呵責の実践を行う為に子供達の点呼を取る。
「え……」
そこで竹雄と花子がいないことに炭治郎は気付き、一気に血の気が引かせてそのまま地面に這いつくばった。
「炭治郎さん!? どうしたんですか!?」
「カァァァァァ!!」
「伊之助さんも急に何!?」
同じく二人がいないことに気付いた唐瓜も顔面蒼白になるが、炭治郎の奇行に二人を探すことも炭治郎を宥めることも吹っ飛んで困惑。
更に伊之助が気合いを入れた呼吸をしながら、両腕を広げてなんかその場をくるくる回り出したので、子供と一緒にドン引き。
ドン引き困惑は当然の反応だが、もちろん炭治郎は弟達がいなくなったことに気付いて、パニックを起こしている訳でもなければ、伊之助だって急に野生に還った訳ではない。いつも野生だ。
炭治郎は自分の視力よりはるかに頼りになる鼻を使って、伊之助は己の全集中の呼吸を駆使して「漆ノ型 空間識覚」で二人を探しているだけだ。
しかし炭治郎は説明してやる余裕どころか、周りが干潮のごとく引いていることに気付かず地面に這いつくばって、弟達の匂いを探す。
(ごめん! ごめん、竹雄! 花子! 弱くて、逃げてばっかりの兄ちゃんでごめん!!)
二人がいなくなっている事に気付けなかった自分を、激しく責めたてながら。
匂いで相手の内心をある程度分かるからこそ、炭治郎は二人に対して真っ直ぐに向き合うことが出来ずにいた。
竹雄達の累に対する嫌悪も、自分や禰豆子に対する怒りも、そして何より竹雄と花子自身が「イジメたくないけど我慢できずにイジメてしまう自分」が許せなくて苦しんでいる事を知っているからこそ、炭治郎はつい二人を避けた。二人の「兄ちゃんと今はあまり顔を合わせたくない」という願望通りにしていた。
累を責める二人自身も、罪悪感で苦しみ続けている事を知っているからこそ、二人の味方も出来なければ説得も出来ないから逃げていたことを、今更になって思い知る。
死後、家族と再会してから取り戻した幸福な日々が続きすぎて、それがもう脅かされることはないと思い込んで、甘えて、逆境や苦難に立ち向かおうとしていなかった自分を思い知り、後悔しながらも、彼は手足も顔も泥だらけにし、尖った石の先で傷ついても、周囲の業火にあぶられかけても、かすかに残る二人の匂いを探る。
『兄ちゃんなんて嫌いだ』
『お兄ちゃんの馬鹿』
『何であいつばっかり優しくするんだよ』
『あいつは、お姉ちゃんにも酷いことしたのに』
『……でも、あいつは俺達を責めない。何度だって俺にも、兄ちゃんたちにも謝ってる』
『……最初に謝ってくれてたら、仲良くなれたかな?』
『もう、どうしたらいいかわからない。俺が何をしたいのかもわからない』
『謝りたいけど、許せないの。累が嫌いな自分の方がもっと嫌い』
二人の生物としての匂いと一緒に、グチャグチャに入り乱れた感情もそこには残っていた。
その匂いを辿り、探す。
今度はもう目を逸らすのではなく、ただ二人の間違いを叱るのではなく、真っ直ぐに向き合って、炭治郎自身もどうしたらいいかわからないことを、それでも考えて考えて考えて答えを見つけようと誓って。
けれど、二人の行方も見つけるべき答えも探すのことは強制的に中断される。
「! 伊之助!」
「! 炭治郎!」
「は!? 今度はなにぃっ!?」
傍から見たら奇行でしかないことをしていた二人が、急に同時に互いを呼び合い、二人に引きつつ騒ぎ始めた子供たちを必死で宥めていた唐瓜がまた困惑するが、その困惑もまたすぐに別の困惑に塗り替えられる。
「参ノ牙!!
自分たちの方へ、伊之助が腰に差していた刀を二本とも抜きながら飛び込んで来ただけではなく、炭治郎も何かを複数投げつけてきたからだ。
子供達も炭治郎の投擲には気付かなくとも、傍から見たら自分たち以上に化け物じみた伊之助の強襲に悲鳴を上げる。
……その子供らしい甲高い悲鳴に、野太い悲鳴が混じっていた。
「ぎゃああぁぁぁっ!!」
「いっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「!?」
驚愕と恐怖による悲鳴だけではなく、明らかにダメージによる悲鳴に気付き、唐瓜がそちらに視線をやると同時に、伊之助は自分も子供達も飛び越えて、刃こぼれが酷い二刀で相手を……子供に襲い掛かる寸前と思われた亡者の首を躊躇なく切断した。
獄卒の唐瓜はもちろん、地獄在住の子鬼たちにとってグロ規制などない。なんならこの程度の惨事は体験前に見学したので、トラウマの心配はないだろう。
だが、そんな彼らでも事態が理解できず、口をあんぐり開いてしばし硬直。
「唐瓜君! 子供たちを亡者から……いや、刑場から出して!!
こいつら! 子供たちを人質にして脱走を謀ってる!!」
そんな唐瓜に炭治郎は指示と同時に、仲間の斬首に引きつつも子供が茫然としているのをチャンスと思い、捕まえようと飛び出した割と根性のある亡者にまたしても、常備していた苦無を投げつけた。
「え!? 苦無が武器!? じゃない! わかりました!!」
元鬼殺隊で最終決戦では無惨の血の毒に冒されながらも戦い抜いた、英雄的存在と狛治から聞かされていた炭治郎の武器が、まさかの刀ではなく苦無であることに思わず唐瓜は突っ込んでしまうが、そんなことよりも優先すべき指示を出されたと気付いて、すぐさま対応しようと返事する。
「宇髄さんと弟切さんから教えてもらいました! 手裏剣もありますよ!!」
「炭治郎さんって忍者でしたっけ!?」
だが炭治郎の方が何故か馬鹿丁寧にその突っ込みを拾って、手裏剣も掲げて見せつつ解説。
解説してもらったのに唐瓜の疑問は深まっただけだった。
「くそっ! 失敗だ! 逃げろ!!」
「剣士じゃなかったのかよ! 苦無とか投げるなんて聞いてねぇよ!!」
いらなすぎる天然を発揮して唐瓜を当惑させつつも、炭治郎は確実に剣術よりも才能があった投擲技術を生かして、掲げた手裏剣を逃げる亡者に投げつけ、脳天などの容赦ない部分に命中させてゆく。
伊之助も逃げる亡者たちに、頭からまさしく猪突猛進に突っ込んで殲滅。
自分たちの奇行をチャンスだと思ったから、あのタイミングで子供を捕まえようと行動したのであって、元々自分から直接的な行動を取らない罪状で堕獄した亡者な為、既に戦意はほぼ喪失して、全員が逃げの一手である。
そんな亡者でも逃がさず、行動不能にしているのは他の区画まで逃げ出して、同じ事を繰り返さないように……ではない。
炭治郎も、伊之助も気づいている。気付いてしまった。
亡者たちの、「子供を人質にして地獄から脱獄」は今、この区画だけで起こってっている事ではない。自分たちの奇行が、油断が招いた突発的なものではない。
もっと前から計画されていた、この唐悕望処という地獄全体で行われているものであるという事を、その優れ過ぎた感覚で理解してしまった。
だからこそ、ここで目につく亡者は全て行動不能にしなくてはいけない。
見張りなどいらない、後始末は事態が終わってからでいい状態にする。そうしないと、出来ない。探せない。
早く、一刻でも早く探しに行かなければならないからこそ、容赦も余裕もない。
竹雄と花子を見つけなければならない。
その焦りが、気付いてしまった亡者たちの計画の規模の大きさが、二人から思考力を低下させて気付けない。
亡者たちからの、「裏切られた」「騙された」という怒りの匂いにも、逆恨みの嫌な空気にも気付けなかった。
「奴」の真の目的に、気付けない。
* * *
卑劣な手段で家族を奪われた狛治にとって、子供を人質に取るという手段は、彼の数多い地雷の中でも最大レベルのもの。
「……茄子、子供達は任せる。善逸、お前は下の子供たちの回収と保護を頼む」
無表情のまま亡者たちを見下ろしつつ、狛治はやけに静かに二人に指示を出す。
彼がどれほど内心でブチ切れているかには気付かなくとも、不穏な空気くらいは感じたのか、亡者は一瞬狼狽えたが、亡者の中でも一番ガタイのいい男が怯えた者に怒声を浴びせる。
「何ビビってんだ!! こいつは鬼と同じくらい馬鹿力だが、武器なんか使わねぇことくらい知ってんだろ! 他の奴も剣士で飛び道具なんか使えねぇって言ってただろうが!!
おい! 化け物に尻尾振る飼い犬! もしかして人質を殺すってのはハッタリだと思ってんのか!? こんだけいるんだ! 別に一人くらい減ったって、俺達はかまわねーんだずぇぶっ!!」
傍らの子供の髪を掴み、手のひら大の石を握って泣きじゃくる子供の頭に向かって振りかぶっていた男の顔面が、殴られたようにめり込んでそのまま後ろに吹っ飛ぶ。
他の亡者は何が起こったか訳が分からずポカンとフリーズするが、同じように子供を拘束する者、危害を加えようとしている者がスパン! という空気が弾けるような音と同時に、顔面や体の一部が陥没して、どんどんぶっとばされて行く。
亡者の内の何人が、穴の上から狛治が空手の型のような動きをしている事に、その動きと同時にパンッ! という音がして、自分たちがぶっ飛ばされている事に気付いているだろうか?
そして鬼殺隊の方々は何人か遠い目で、もしくは戦慄しながら思うだろう。
「
拳撃による衝撃波を亡者にぶつけるという、血鬼術じみた中距離技を生身で行って亡者を沈め、善逸は味方相手に「ひぃいいいっっ!!」と恐怖による悲鳴をあげつつ、子供を瞬間移動じみた速さで回収。
こうして、亡者による子供たちを人質に取った反乱は5分も掛からず鎮圧。
だが当然、これで終わらせる気は鬼灯の薫陶を約100年間受け続けた狛治にある訳がない。
……薫陶(人徳・品位などで人を感化し、良い方へ導くこと)って何だっけ?
「茄子、悪いがまだ子供は頼む。善逸、尋問するから音を聞いててくれ」
「うえぇぇぇ!! いいけど! やるけど! 狛治さんの音が既に怖いんですけどー!!」
無表情のまま、子供を回収して穴から上がって来た善逸の首根っこを掴み、狛治は返事も聞かずに穴の中に飛び降りる。
そして最初にぶっ飛ばした亡者の元までやってきて、その背中を踏みつけて訊いた。
「おい。お前ら、誰に何を吹き込まれた?」
「「へ?」」
空式のダメージでのたうち回っている亡者は、彼の問いが聞こえているのかどうかも怪しい。
不思議そうな声を上げたのは、尋問されている男ではなく善逸と子供を宥めながらもこちらを窺っていた茄子だ。
「……こいつら、現場仕事もする俺はともかく、監督役が剣士で中・遠距離攻撃が出来るような奴らじゃない事を把握していた。それも、誰かからの伝聞だとご丁寧に告白してたぞ。
……それに、タイミングが気になる。去年は亡者ではなく子供相手とはいえ、よりにもよって縁壱の実力を見せつけておいたのに、今年いきなりこんな謀反を起こすか? 隠して持ち込んでた武器の量からして、少なくともここ数年単位で準備してたんだろうな。ならなおさらに、去年の事を知らない新参者が起こしたんじゃない。
……鬼殺隊の事、そしておそらくは縁壱がもういない事も把握している奴が計画を立て、唆したんじゃないのか?」
自分の問いの意味がわかっていない二人に、狛治は男の背を踏み、右腕を掴んで上半身を逆エビぞりさせながら、淡々と説明する。
これは短絡的な犯行ではなく、かなり計画性があるもので、しかも黒幕がいるということを。
その説明に茄子はポカンとしてから、「あぁ!」と納得するだけだが、善逸は相変わらず狛治のキレ具合にビビりつつ、首を激しく上下に動かす。
「い、いるみたいですよ、狛治さん! めっちゃ図星で焦ってる音がしてる!!」
「そうか。ありがとう、善逸。
さぁ。この通り、話さなくてもお前の内心を見通せる奴がここにいる。さっさと全部吐け」
どうやら先程の話は、茄子と善逸への説明だけではなく、そもそもこの憶測が当たっているかどうかを善逸に判定させるために、亡者に聞かせていたのもあるようだ。
亡者はサトリのように自分の内心を言い当てる善逸に怯え、狛治の足の下でもがきながら鼻も口の中の歯も折れた状態で、「化け物!!」と罵った。
昔なら凹んだだろうが、自分の高性能すぎる聴覚も、ヘタレた性格も受け入れて、良い所を見つけてくれる仲間を、家族を得た今の善逸からしたら、そんな罵倒は強がり抜きで正真正銘どうでもいいこと。
だが、これは「類が友を呼ぶ」という奴なのか、善逸自身も自分の事より自分の大好きな人たちを侮辱された方がキレるように、狛治が本人以上にその発言にマジギレした。
踏みつけていた足を背中のど真ん中から、引っ張っている右腕の付け根、つまりは肩辺りに移動させ、そのまま狛治は更に亡者の右腕を引っ張る。
当然、右腕の関節は肩からゴキッ! と鈍くて嫌な音を響かせて外れた。
その音だけで善逸だけではなく、そこらの亡者や茄子も肩が痛くなるのだが、……キレた狛治はそれだけでは終わらせなかった。
「ぎゃぁああぐぅっ!?」
「ひっ!?」
肩を外された亡者が悲鳴を上げた瞬間、狛治は引っ張っていた右腕を思いっきり押し込む。
つまりは、脱臼を即座に治してやったのだが……、脱臼経験者なら知っているだろう。脱臼は下手したら外れた時より治す時、入れる時の方がもっと痛いということを。
しかも狛治は完全に治療というより、無理やり押し込んで入れ直しただけなので、その痛みは想像を絶する。現に亡者は失禁して痙攣しており、善逸はその激痛の音を直近で聞いているので、腰を抜かしてマジ泣き寸前である。
キレると視野が狭くなる悪癖を直しきれていない狛治は、それほど侮辱を許せなかった、守りたかった対象である善逸にマジビビりさせているという本末転倒に気付かないまま、亡者に訊いた。
「全ての関節に同じことをされたくなければ、さっさと吐け」
そのやり方といい、口上といい、醸し出すオーラといい、それはまさしく鬼灯の側近に相応しい姿だったと、のちに茄子は語っていた。
……薫陶って本当に何だっけ?
亡者は既に嫌がらせでも意地でもなく、痛みのあまりに何も言えないでいる状態だが、狛治が右腕から手を離して今度は左腕を取ったことで、先ほどの発言は脅しでも、見せしめの一撃でもないことを理解したのか、亡者は泡を吐きながらも答えた。
「ひぃっ! え、えん……む……、魘夢って名乗ってた奴だ!!」
わかっただのやめて欲しいだのという前口上もなく、黒幕の名前を即座に吐き出す。
他の亡者も、今現在拷問を受けている亡者の二の舞になりたくないの一心で、自分たちに今回の計画を吹き込んだ黒幕の特徴、黒髪が肩に届くか届かないくらいの長さの青年だとか、やけにねっとりとした声と話し方をして気色悪かったとか、呵責されてても夢心地でキモかったなど、口々にただの悪口としか思えない情報を吐き出す。
だが、狛治には最初の自白だけで十分だった。
本名ではない。自分と違って、鬼になってからよりも人間であった時代の方が長いくせに、童磨と同じく人間の頃の名を捨てたも同然に、自ら名乗っている事は知っている。
反省など何もしていないこと、むしろ何故かいつもやたらと喜んでいる事も知っていた。
鬼灯も、別の地獄に堕とした方がいいと思いつつ、喜んでいるからこそ逃げ出す可能性はないと思い、だからつい後回しにし続けていた問題児。
それが間違いだったことを、思い知る。
奴の名が出ただけで、狛治はこの「計画」の「真の目的」を察することができてしまった。
「茄子! 子供達を刑場の外まで避難誘導を頼む! その際、亡者には一切の容赦をするな! なるべく他の班とも合流して、監督役の獄卒と協力して子供たちをとにかく外に出せ!!」
狛治はもう用済みとなった亡者を蹴り飛ばして、茄子の方に向き直って指示を出す。
そして腰を抜かしたままの善逸にも指示を出し、告げる。
「善逸! お前は刑場を走り回ってとにかくこの情報を流せ!!
この計画を唆した奴の目的は、脱獄なんかじゃない!! むしろそんなことどうでもいい! 失敗することが大前提の計画なんだ、これは!!
奴は、魘夢の目的は子供を、それも亡者のように蘇生できない子鬼たちを殺すことで、鬼殺隊の心に致命傷のトラウマを刻み付けることだ!!」
* * *
初めに話しかけられた時は、獄卒が班からはぐれた自分たちに気付いて話しかけてくれたと思って、振り返った。
だから、その話しかけた人物が死に装束の亡者、つまりはこの地獄に堕ちた罪人であることに気付いた瞬間、慌てて妹の手を引き、逃げようとした。
だが、相手は竹雄に向かって引き留める言葉を叫ぶ。
「待ってくれ! 君、額に炎みたいな形の痣があるお兄さんいない!? 花札みたいな耳飾りもつけてたんだけど、心当たりはない!?
無かったとしても、どうか俺の話を聞いてくれ! もしも君が、俺の知ってる鬼狩りの身内なら俺はこのまま放っておくことは出来ない!!」
背後の亡者が尋ねた「炎のような痣」も、「花札のような耳飾り」にも心当たりはバッチリあったことと、相手の切羽詰まったような声音、自分たちを案じるような発言が気になり、竹雄と花子は駆け出していた足を止め、もう一度振り返る。
距離は取ったままだが、ひとまず話を聞いてくれることに安堵したのか、呼び止めた亡者……花子くらいの長さがある黒髪に、どちらかと言えば可愛い系に整った顔立ちの青年は一息ついてから淡く笑った。
「ありがとう……。
今の言葉で立ち止まってくれたってことは、鬼殺隊とか鬼舞辻 無惨って鬼の事とかは知ってるんだね。時間がないから要点だけ話すけど、俺は生前、たぶん君達のお兄さんに退治された無惨の鬼なんだ。
退治されたことを恨んでないよ。あれ以上、人を辞めて罪を犯し続けることから解放してくれたことには感謝してるし、ここに堕ちたのは当然だと思ってる。
だからこそ、俺は君達を守りたい。君のお兄さんに恩返しがしたい。
どうか、俺と一緒に来てくれ。ここの亡者たちは、体験学習に来た子供達を人質に取って、脱獄を企てている。今、下手に戻ったら君達が人質に取られてしまうから、事態が解決するまで隠れていた方がいい!!」
亡者は本当に要点だけを話したため、逆に竹雄も花子も思考が追い付かず頭の中に「?」が乱舞する。
全てが重要な情報だからこそ、「え? 兄ちゃんが退治した鬼? 脱獄? 人質?」と情報が頭の中で渋滞を起こして混乱している最中、刑場から響いたいくつもの悲鳴が、更に二人から正常な思考能力を奪ってゆく。
「! もう始まった!? 急いで! 鬼の子なら亡者に反撃できるかもしれないけど、君達じゃ無理だ!! 行くよ!!」
だから、竹雄も花子もいつの間にか近づいてきていた亡者に気付けなかったし、彼が自分たちの手首を握って、兄たちのいる方から逆方向に走り出しても、抵抗もせず、疑問も懐かず、反射的についてゆく。
竈門家らしい善良さが、亡者の言葉を信じてしまった。狛治という兄に殺されたが、そのことを恨むどころか心から感謝している人という前例を知っていたからというのもあるだろう。
だが同時に、自分たちと同じくらい善良な人たちと付き合ってきたからこそ、二人はその亡者に違和感を懐く。
同じ「無惨の鬼」「兄に退治された」という過去を持つこの亡者と狛治は、何かが違う。
いや、狛治どころか累とも何かが決定的に、致命的に違う。
けれどその違和感は正体が掴めないどころか、違和感だとすら気付けていない。
「亡者が自分たちを人質にして脱獄しようとしている」という情報が、兄や学校の友達への心配、自分たちはどうなるのかという不安を煽り立てて、その違和感による胸のモヤモヤした何かを隠してしまう。
隠されても、それでも確かに感じていた。
だから竹雄は、亡者に手を引かれながら訊く。
「……ねぇ、何でにーちゃんは地獄に落ちたの?」
亡者は淡く微笑んで答えた。
「鬼だった頃に、空腹に耐えられずに人に嘘をついて騙して襲っていたからだよ。……本当、あの頃の俺は最低だ。地獄に落ちるのは当然だよ」
その言葉に、安堵する。安堵していると言い聞かせる。
自分の行いに、判断に間違いなんかない。
自分自身に、「この人は大丈夫」だと言い聞かせる。
罪人だが狛治と同じように、必要以上に自分を悪く思っているからこそ、未だにここにいるのだと信じる。
だから、心配ない。
そう言い聞かせる。
自分たちを兄から、獄卒から引き離し、亡者すらいない人気のない刑場の片隅にまで連れていく相手を信じる。
信じて大丈夫だと、言い聞かせる。
「…………や、やだ!」
竹雄は自分に言い聞かせた。
だが、花子は今にも泣きそうな声で、その場に立ち止まって拒絶の言葉を上げる。
「は、花子?」
「? どうしたんだい? 大丈夫だよ、もうちょっとで君たち二人なら隠れられそうな岩の隙間があるから……」
亡者は急に立ち止まって駄々をこねだした花子に、決して怒ったりはせず、最初から変わらない優しい声音で説得する。
だが、花子は涙目で首を横に振り、足をカタカタと震わせつつもその場から動こうとはしない。
「お、お兄ちゃんは……竹雄兄ちゃんは……気付かないの? ……変だと、思わないの?」
震えながら、それでもありったけの勇気を振り絞って尋ねる。訴える。
竹雄は兄としての責任感で動いていた。自分が何も考えず、勝手に離れたことで妹を危険な目に遭わせ、怖い思いをさせているという罪悪感でいっぱいいっぱいだった。
妹を、上や下など関係なく自分の兄弟を、家族を守りたいと思う気持ちの強さに、竹雄も炭治郎も差などない。
だが、長男の炭治郎と違い、次男の竹雄は常に頼りになる人がいたからこそ、妹を守りたいからこそ自分一人しか妹を守れる人間がいないという状況が不安で仕方なかった。頼りに出来る誰かを欲してしまった。
「な……何……が?」
頼りたかった。誰にも頼らず、一人でこの状況を頑張るという事に耐えられなかった。
だから、言い聞かせた。言い聞かせて、懐いた違和感から目を逸らした。
だけど妹の方は、花子は「守られる立場」だからこそ、竹雄を頼りにしていたから、竹雄がいたからこそ兄より余裕があった。
兄さえいれば大丈夫という信頼が、竹雄の目を逸らしていた違和感の正体を照らす。
彼女は、気付いていた。
だから叫ぶ。
涙を瞳にいっぱい浮かべて、未だに亡者が自分の手首をつかんで離さないことに怯えながらも、それでも、兄に頼りながらも、彼女だって家族を守りたい気持ちに差などないから。
「この人、一度も謝ってない! 狛兄ちゃんみたいに、自分が鬼だったって話す時も痛そうな、苦しそうな顔しなかった!!
恩返ししたいとは言ったけど、累みたいにお礼だって一言も言ってない!!」
妹の訴えに、叫びに、竹雄は目を見開いて固まる。
振り返れない。振り返るのが、今、自分の手を掴んで離さない亡者がどんな顔をしているのかを確認するのが怖い。
だけど、もう目は逸らせない。花子の指摘で、竹雄も自分を騙そうと言い聞かせていたものが剥がれ落ち、懐いていていた違和感の正体に気付く。
亡者は自分たちを安心させるように、優しく淡く笑っていた。
あまりに綺麗に、狛治の笑顔とは違って、そこに罪悪感や自己嫌悪による苦さや痛みは、自分の罪を語っている時ですらまったく読み取れなかった。
恨んでいない、恩返しがしたいとは言っていた。けれど、炭治郎への礼は一言もなかった。
累のように、自分たちの神経を逆なでさせたが、それでも本心からの言葉だとわかるような、目を星のように煌めかせて、今が幸せだと一瞬でわかるような笑顔でもない。
亡者の笑顔は、どこまでも薄っぺらいものだったことを、今更思い知る。
「……なぁんだ。もうばれちゃったか」
自分が取り返しのつかない間違いを犯していたことを、思い知る。
* * *
背後から今までとは違うねっとりとした気持ち悪い声音に、悪寒が背筋を全力疾走したが、それでも竹雄は逃げ出したいという弱音をねじ伏せつつ振り返る。
だが、亡者は竹雄から手を放す。彼をあっさり解放する。
「!? おにぃちゃっ!!」
「!? 花子!!」
しかし妹は逆に、亡者が引き寄せて後ろから抱きしめるように拘束され、妹に手を伸ばした竹雄は蹴り飛ばされた。
亡者は花子の細い首を掴み、兄に助けを求める彼女の声を奪う。
「本当、兄弟仲が良いよね、君達は。だけど、馬鹿だ。
先生の話は良く聞いた方がいいよ、お兄ちゃん。ここは大叫喚地獄。嘘つきが堕ちる地獄で、しかもここは『相手の希望を叶えてやると嘘ついて騙した裏切り者』が堕ちる地獄だよ?
そんな地獄の亡者が、本当のこと言う訳ないだろ?」
みぞおちに思いっきり前蹴りを入れられた竹雄が、咳き込みながら蹲って悶えているのを見下ろしながら、亡者は……魘夢はニヤニヤと彼の間違いを指摘して嘲った。
その嘲りを、地面に這いつくばりながら竹雄は蹴られた痛みより悔しさと情けなさで泣きそうになりながらも、精一杯の力を両目に込めて相手を睨み付けてながら、呻くように言う。
「花子を……離せ!!」
だが、兄の精一杯の矜持も、痛みも恐れも忘れる程の怒りも、魘夢にとってはただただ壊し甲斐があるちっぽけな強がりに過ぎず、竹雄の言葉は奴の愉悦を深めただけ。
「ははっ! 威勢がいいね。あ、もしかしてすぐに助けが来ると思ってる? 大声を出せば、あの耳がやたらと良くて足が速い奴あたりが来てくれると思ってる?
そうだね。お前の兄貴やイノシシ頭も厄介だけど、あれも見た目のわりに厄介だ。けど、『お前』は助かっても、流石に『こっち』は俺の方が早いだろうな」
竹雄の要求を笑って、嗤って無視して勝手に語る。語りながら、花子の首を呼吸こそは出来ているがそれでもかなり苦しそうな力加減で掴んだまま、死に装束の帯から隠し持っていた刃物を取り出し、その切っ先を花子の小さな鼻の真横に向ける。
「ひっ!」
「花子っ! あぐっ!!」
「大きな声を出すなよ。手が滑っても知らないぞ?」
首や胸といった致命傷の部分ではなく、肉体的にも精神的にも酷いショックを受けるがすぐに死にはしないであろう部位を削ぎ落すと脅しつける。
花子は刃物の冷たい感触で喉の奥から短い悲鳴を泣きながら上げ、竹雄は体を起こして再び妹に手を伸ばすが、その前に魘夢は彼の手を踏みつけた。
「君は本当にバカだけど、良いお兄ちゃんだね。あいつに、君の兄貴にそっくりだよ。
けど、救い難いぐらいにバカだよね。俺にとっては幸運この上ないけど、なんで勝手に班から、監督役の獄卒から離れたの? そんなことしたら俺の計画なんかなくたって、絶対に今と似たような目に遭ってたぜ?」
竹雄の手をグリグリと踏みにじりながら、彼の失敗をネチネチと掘り返す。
今の状況は自業自得、妹が一番危険な目に遭っているのは竹雄の所為だと言い聞かす。
「や、やめろ……」
「やめろ? 言葉遣いが悪いなぁ」
「!? や、やめてください! 花子だけは! 人質なら俺がなるから、花子は!」
竹雄の兄としての責任感の強さ、妹への罪悪感を利用し、鬼になる前からここに堕獄は決定済みだった趣味で培った特技を使って、竹雄の思考を歪めて洗脳してゆく。
自分の命令に忠実な、憐れな奴隷を作りあげる。
「素直でいいねぇ。けど俺、実は人質なんかどうでもいいんだ。目的は脱獄じゃないし」
「お……お願いします……。俺が出来ることならなんでもしますから……、花子は……」
妹の安全の為に竹雄が媚びだしたことで満足げに笑いながら、魘夢はもったいぶってから要求を告げた。
その要求に、竹雄は目を見開いて金魚のように口を何度か開閉させる。
「いやだ」「出来ない」「そんなことしたくない」あたりを口にしたかったのだろうが、見上げて真っ先に目に入ったのは、魘夢のニヤニヤとした醜悪な笑みではなく、妹の怯えきっていながらも、それでも「やめて」「そんなことしないで」と訴える瞳だった。
妹は望んでいない。それでも、今一番危険な状態の自分自身よりも、こんな目に遭わせた兄を案じていたからこそ、竹雄の選択肢に余地はない。
「――――わかり……ました……」
人の身に戻っても、心は無惨の血を得る前から腐り切った邪鬼そのものだった魘夢に、竹雄が抗う術などなかった。
* * *
予定外かつ予想外に、自分に都合の良すぎる獲物を見つけ、そして理想通りの道具に仕立て上げた事に魘夢は既に満足していたが、奴は知らない。
自分の知らない所で、さらに予想外なことが起こっている事を。
「獄卒のみなさぁぁぁんっっ!!
亡者の集団脱走計画の黒幕は、元下弦の壱だった魘夢って奴でーす!!
本名は忘れたごめん!! 確かトーマス呼ばわりされてた奴だから、心当たりある人は探して見つけてぇぇぇっっ!!
あと、亡者あぁぁっっ! お前ら、騙されてるからな!! この魘夢って奴、お前ら利用して
炭治郎ぉぉっっ! 伊之助ぇぇっっ! 覚えてたら探して見つけて! 俺、その時気絶してたし、浄玻璃の鏡で寝ながら戦ってたのを知った時はびっくりしたけど、それでもたしか先頭車両の方には行ってなかったから、マジでわかんないから!! 役立たずでごめん!!
あと、禰豆子ちゃんは来ないでぇぇっっ!! お昼に弁当持ってきてくれるのは嬉しいけど、めちゃくちゃ嬉しいけど、その予定だけで地獄の拷問全部耐えれそうなくらい楽しみだったけど、今は危ないから聞こえてたら入ってこないでー!! 獄卒の皆さーん! 禰豆子ちゃんが来たら事情話して止めてあげてお願いしまーすっっ!!」
善逸が狛治の指示通り、ひたすら地獄を走り回って大声でとにかく周囲に情報を拡散し続ける。
このやたらと原始的な手段は予想していなかったが、自分が黒幕だとばれることも、情報が拡散されることも、それは魘夢の想定内かつ計画の範囲内。
魘夢は狛治が察した通り、脱獄は亡者たちを動かす為の口実でしかない。失敗することが前提の計画であり、本当の目的は脱獄の手段のはずだった人質である、体験学習に来た子供。
その子供、特に蘇生が可能な亡者ではなく子鬼や野干といった妖怪の子供を殺害することで、彼らを守るはずだった鬼殺隊に、自分が悪夢のような最期を迎える羽目になった元凶である炭治郎に、致命傷のトラウマを刻み付けることこそが目的。
だから、魘夢は生前の人間の頃から得意としていた催眠術を応用して、自分が利用した亡者たちに、スイッチを植え付けた。
失敗することが前提の計画であったこと、自分たちが利用されていただけだと知れば、亡者たちは当然、怒り狂うだろう。
その怒りの矛先が、自分ではなく子供に向かうように魘夢は亡者たちを洗脳していた。
催眠術は万能ではない。自殺や殺人など、かけられた側が心から望んでいないことは、どんなに腕が良い催眠術師でもかけることは出来ないのは有名な話。
だが、本人がしたいことを後押ししつつ、その対象を本来の目的からずらすくらいなら容易い。
自分たちは騙されていたと、亡者たちが知ることこそが催眠のスイッチ。
怒りの対象そのものは魘夢だが、目の前にいない本人よりすぐ近くにいる子供へその怒りをぶつけることを自分の意思だと信じ込んで、ヤケクソで暴れ回り、子供をつけ狙い、襲い掛かる。
ここまでは計画通りだ。
しかし奴は、過信していた。生前はまさしく運が悪かったこその敗北だが、今回は地獄の刑場という狭くそして単調な毎日を100年間過ごし、想像力が乏しくなったことが敗因になることを、まだ奴は知らない。
縁壱があの世にまだいた頃、子供好きなのでこの体験学習の為の監督役というバイトには、毎年律儀に参加していた。
だからこそ、彼の反則的な戦闘力を魘夢は知っていた。理解していた。
故に獄卒の雑談で、彼が転生してあの世にいない、今年から監督役に彼はいないことを知って、計画を実行した。
魘夢は気付いていなかった。
縁壱という最高峰という言葉すら低すぎる高みばかりが目を惹いて印象に残ってしまって、他の鬼殺隊を甘く見ていた。
「トーマスって誰だよ!? 何でトーマス!?」
「なんか汽車と一体化してた鬼らしいから、通称がトーマスらしい!!」
「余計に誰だよ! 初めにその通称使い出した奴!!」
善逸の拡散した情報にぎゃーぎゃーと突っ込みを入れつつ、子供を守りながら亡者を迎撃していく元鬼殺隊。
彼らは生前、柱だった者ではない。階級はバラバラだが最下層の
100年経っても、誰も理不尽によって傷つけられることを許しはしない。誰かを守りたいという思いは、薄まりなどしなかった。
「あの、変態亡者! 余計なことしかしねぇな、マジで!!」
「っていうか、あの腐れトーマス絶対に
「地獄の鬼を舐めんな、無惨産の変態鬼がーっ!! 俺達だって村田さんや非常食先輩くらいには強いからな!!」
突っ込みではなくこちらは不満だが、鬼殺隊と同じように無駄口を叩きながら、無惨とは無関係、純粋純血地獄産の鬼である獄卒たちは、金棒やら斧やらを振り回して、こちらも亡者を遠慮なく言葉通り切り開いて道を作り、子供たちを刑場の外まで連れ出してゆく。
彼らの言う通り、魘夢は鬼殺隊への復讐心で鬼である彼らの存在をほぼ忘れていたが、完全に蚊帳の外だった訳ではない。
彼の予想では、自分の計画がばれたら鬼のヘイトも鬼殺隊に向くと思っていた。鬼殺隊がいたからこそ逆恨みを買い、地獄がかなり大きな責任問題を追う羽目になるからこそ、鬼も鬼殺隊を逆恨みすると信じて疑わなかった。
自分がそういう人間だからこそ、鬼だった頃は人間を見下していたからこそ、鬼と
そして、自業自得な敗因だけではなく、今回もまた生前と同じく運が最悪だった。
「……ごめん、善逸さん。もう来ちゃってる」
善逸のかなり公私混同している絶叫による情報拡散に、どう反応したらいいか悩みながら禰豆子はポツリと呟いた。
その呟きに、フォローする声音は二つ。
「まーまー。来ちゃったからには仕方ないですよ!」
「そーね。だいじょうーぶ! 私達がちゃんと禰豆子、守るよ!」
鬼だった頃ならともかく、人に戻った禰豆子は精々七つの算盤を破壊してきたくらいデコピンの威力がすさまじい程度の女の子であり、いくら大叫喚地獄の亡者はフィジカルに優れている者は少ない傾向とはいえ、成人男性が相手なら一対一でも勝ち目は薄い。
だが、今はそんな心配しなくていい。むしろ、亡者に同情するくらい彼女には優秀過ぎるボディーガードがいる。
「あー、うん。ありがとうね、芥子ちゃん。チュンさん」
「いいんですよー。直接の所属は違う小地獄とはいえ、大叫喚地獄は私が受け持つ地獄ですし」
「あいなー。私も、今日休みで、暇だからついて来ただけね。運動したかったから、ちょうどいいくらいよー」
善逸や兄達の分も入った重箱を抱えつつ、亡者を言葉通り吹っ飛ばしていく女傑たちに礼を言うと、一匹と一人は笑って更に禰豆子をフォロー。いや、芥子はともかく、チュンはたぶん本音しか言ってないだろう。
魘夢にとって復讐対象の一人であり、本来ならバイトとしての参加もなかったであろう禰豆子も、刑場に来ていたことは幸運な部類だろうが、刑場に来る途中に偶然出会ってそのまま一緒に来てくれた一匹と一人の戦力は、鬼殺隊の柱レベルだった。
幸運が5くらいなら、不運が100くらいのバランスブレイク具合であることに魘夢がまだ気づいていないのは、幸運なのか不運なのか誰にもわからない。
自分の計画が生前以上に裏目に出て、あらゆる相手の怒りの火に油を注いで業火にしている自覚は未だ、魘夢にはない。
気付けない。彼の計画は、誰の怒りを買うのかも。自分は鬼殺隊以上に、警戒して敵に回してはいけないのは誰であったかを理解していなかったことに、気付けない。
「……すみません、煉獄さん。これは完全に地獄の、私の判断ミスです。
反省していないことは知っていましたが、他者の拷問に悦びを感じるような奴なら、孤地獄に放り込んでおくべきでした」
「いや、そんな変態の思考など想像できる訳ないのだから気にするな!
むしろ一応は直接戦った俺が、警戒しておくべきだろう! まさか、またしても同じ相手にこんな不覚を取ろうとは! 我ながら情けなくて恥ずかしい!!」
相手にしていなかった。お互いに。
ネチネチと長時間かけて甚振ることを好む魘夢にとって彼は、面白みのない合理主義そのものという印象だった。機械的で、感情なんてものは何も理解できていないと思っていたので、獲物としてはもちろん、警戒すべき対象だとも思っていなかった。
まさか自分が、「甚振って喜ぶ奴を粉砕して、何が楽しいんですか?」と思われて相手にされていないなんて、そこまでの真性ドSを敵に回していたなんて、想像していない。
狛治からの連絡を受け、煉獄を伴ってそれはやって来る。
「えぇ、私も同じ心境です」
「よもやよもやだ……」
そして煉獄は気合いを入れる為と景気づけに、こちらは完全に自分が招いた油断に対する怒りと、仕事がまた無駄に増えたことに対する苛立ちの八つ当たりで、二人はそれぞれ刀と金棒を構えて唐悕望処の入り口である巨大な扉をぶち破る。
「「穴があったら入りたい!!」」
埋めたいの間違いだろうと指摘したい発言をかましながら、現れる。
計画を実行するまでもなく、決定事項だった敗因。
地獄の黒幕、閻魔大王の第一補佐官、鬼灯が現場入りしたことで魘夢の破滅カウントダウンは始まった。
* * *
門扉を木っ端微塵に破壊したことで、刑場からここまで避難して来た子供達や獄卒達は唖然。
怒りの対象が黒幕の魘夢であることはもうわかり切っているのに、鬼灯のマジギレオーラに怯えてその場の全員が固まってしまった。
そんな彼らを一瞥し、鬼灯が指示を出す前に一人だけ前に飛び出し、鬼灯に縋りついて叫んだ。
「鬼灯様! 煉獄先生! 僕も連れて行って!!」
累がしがみつき、今にも泣きだしそうな、くしゃくしゃに歪んだ顔で懇願する。
「……竹雄達はまだいないな。累、不安なのか?
彼らを心配する気持ちはわかるし、何かしたいと思うことは素晴らしいが、大人しく他の皆と避難しろ。悪いが、お前を守ってやれる余裕はない」
「違う! 守らなくていい!!」
煉獄が珍しく困ったように、少し弱い声音で累を宥め、鬼灯から引き離そうと試みるが、累は噛みつくように煉獄の言葉を否定する。
不安なのも心配しているのも、だからこそ鬼灯たちに縋りついたのも本当だが、最後だけは違う。守られたいなんて、累は思っていない。
「僕はもう十分に守ってもらえた! 助けてもらえたから、僕の事なんか守らなくていい!
ただついて行きたいんだ! 僕だって元は十二鬼月なんだから、先輩だか後輩だか知らないけどこんなことをやらかしたバカが皆を……、僕なんかと友達になってくれた子や、僕が傷つけてばっかりだった竹雄や花子に何かするなんて、許せないんだ!
炭治郎や禰豆子が悲しむかもしれないのに……、何もしないままなんて嫌だ。そんなこと、出来ない!」
不安のあまり考えなしで訴えた、懇願した訳ではないことを告げる。
明確にしたいことがあるから、「連れて行って」と訴える。
もちろん彼は、別の班である竹雄達の現状など知らない。
花子が人質に取られ、竹雄は最も絶望的な選択をしてしまった事など、知る訳がない。
彼らに見て欲しいわけではない。これは自分の自己満足に等しいことだとは自覚している。
それでも、累は泣きそうな顔で……けれど涙をこらえて鬼灯に訴えかける。
「お願い! 僕、絶対に役に立つよ! ちゃんと僕、考えがあるよ!!」
償いたかった。
自分に幸福をくれた人たちに、その幸福を真っ直ぐに受け止める為に。
守りたかった。
幸福をくれたあの世というこの世界を、誰にも非難も否定もさせない為に。
それは、小さな少年が大きな覚悟を決める理由にしては、十分すぎた。
「――――いいでしょう」
その覚悟を受け止める理由にしても、十分だった。
今回のタイトルは「鬼灯様のセリフかと思ったら地獄流、鬼灯流に染まり切った狛治だった……」という無意味なコンセプトで選びました。
意図通り、「狛治のセリフだった!!」と驚いてくれた方がいるといいなぁ。
そして下記は、狛治が善逸に「鬼灯様に報告しに行ってくれ」と当初は頼む予定だったけど、「電話でいいじゃん。むしろそれ以外の方が不自然だ」と気付いた結果、没になってしまったネタの供養。
* * *
「え!? 鬼灯様に報告って、俺大丈夫!? この事態を防げなかったことにキレられて、金棒で頭吹っ飛ばされない!?」
生まれたてのバンビがものすごくしっかり立っているように見える程、足をガッタガタに震わせて善逸は真剣に尋ねるので、狛治は慌てて「されないされない!!」と全力で否定してフォローする。
「バイトにそこまでの責任を求める人でも、八つ当たりをする人でもないから、とりあえず鬼灯様の手が届く範囲外ならとっさの反射で頭握り潰されることもないから安心しろ!!」
「範囲内なら握り潰されるってことじゃねーか!! 何も安心できねぇ!!」
しかし狛治も余裕がなさ過ぎて、善逸の言う通り過ぎる発言になってしまった。