「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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ようやく映画公開記念回終了。
もう映画公開記念・100億突破記念・200億突破記念ってことにした方がいいかもしれない。




「俺に突っ込み以外の仕事をさせろ!!」

 来る途中に他の班とも合流しながら、子供たちを引率していた唐瓜とは会っていたので、二人が子供の避難を彼一人に任せて刑場に留まった理由はわかり切っている。

 だがそこには、炭治郎と伊之助しかいない。彼らが残った理由である、竹雄と花子はそこにないことを歯噛みしながら、彼は叫んだ。

 

「炭治郎!!」

「! 狛治さん!!」

 

 呼びかけられた声に反応して、炭治郎は這いつくばっていた体を起こし、我慢しきれなかった涙を零す。

 

「は、狛治さん! どうしよう!? お、俺が、俺がちゃんと二人を……俺、兄ちゃんなのに……」

「あ゛あ゛--っっ! 見つからねぇんだよー! 亡者のぐちゃぐちゃした気持ち悪い殺気とか逆恨みとか、子供がビビって泣いてるしで、全然竹雄と花子が見つからねーんだよーっっ!!」

 

 報連相のつもりではなく、後悔に塗れた炭治郎が泣きながら自分の失態をたどたどしく語ると同時に、伊之助が横で大泣きしながら、二人が見つからない、炭治郎の鼻も自分の鋭敏すぎる触覚も、周囲の混乱が感情にも現れ、それに紛れて見つからないと訴える。

 

 炭治郎の方は「落ち着け」、伊之助の方は「うるさい」と怒鳴り散らしても無理がないぐらい、二人とも支離滅裂であり、狛治の方も余裕なんかなかった。

 だけど、狛治は二人の少年を同時に抱きしめる様に抱え込んで言った。

 

「鬼灯様にはもう連絡を入れた。すぐに杏寿郎と一緒に来るだろう。

 それに、今回の黒幕もわかってる。大丈夫だ。落ち着け。冷静になれ。このままじゃ、奴の思うつぼだぞ」

 

 この地獄でも最も恐ろしいと同時に頼りになる鬼神と、自分達に鬼殺隊としての覚悟の芯を与えてくれた人が来ると知らされ、二人の嗚咽が少しだけ治まる。

 二人の探知能力を使っても竹雄達が見つからないのは、血などの物理的な匂いはもちろん、感情でも亡者の逆恨みや子供たちの恐怖に塗りつぶされているのもあるが、それ以上に二人は焦りのあまり余裕を失っていた。

 

 その余裕の無さは二人を見失った事実だけではなく、彼らの心を消耗させたのはある意味では被害者でもある憐れな亡者だ。

 

「お前の……お前の所為で!!」

「!?」

 

 二人そろって自分の享年の歳どころか、現在の姿にしても幼いくらいに泣きじゃくって狛治に縋っているのをチャンスだと思ったのか、亡者が飛び出して来て、子供用に用意されていた小ぶりな金棒を振り回す。

 もちろん、そんな稚拙な攻撃を受けるどころか、亡者が飛び出そうと足を踏み出した時点で全員が気付き、迎撃態勢を取る。

 

 が、最も先手を取れるはずの炭治郎だけ攻撃できなかった。腰に刀を差してはいるが、唐瓜に突っ込まれても仕方がないくらいに、今の自分のメインウェポンは手裏剣や苦無といった投擲武器であり、それがこの状況では使い勝手が良すぎた為、既に用意していた分は使い果たしていた。

 

 使い果たすほどに、炭治郎は亡者から襲撃を受けた。

 おそらく魘夢は、亡者に「騙されたと気付いたら、自分の代わりに子供に当たれ」以外にも、「お前達の現状の元凶は、額に炎のような痣がある花札のような耳飾りの剣士だ」という催眠も施していたのだろう。

 

 これもおそらく、炭治郎が亡者にやられることはほとんど期待していないし、時間稼ぎの意図すらない。奴からしたら返り討ちの方が本望だろう。

 無惨の鬼は大半が人からかけ離れた姿をしていたし、姿が人に近くても異能を操っていたので、切っても「人を殺めた」というより「人外を退治した」と思えるだろう。

 だからこそ、善良で誰かを傷つけることを何よりも嫌う性質の炭治郎でも、まだ鬼殺隊として戦えた節が強い。

 

 そんな彼が、地獄に堕ちた罪人、自分に逆恨みで襲い掛かって来る奴らでも、傷つけるのはどれほど心に負担をかけたのかは想像がつかない。

 現に、狛治と伊之助が襲い掛かってきた亡者を既に鎮圧しているのに、炭治郎はホッとしているような、攻撃できなかったことを後悔しているような、もう何もかも嫌だと泣き叫びたいのを堪えているような、様々な感情が入り乱れてグチャグチャになっているのがよくわかる顔をしていた。

 

 素直ではないが炭治郎を兄のように慕っている伊之助も、彼の様子に感化されてオロオロと狼狽える。

 彼ら自身は亡者から受けた傷など一つもないが、その心はもう既に傷だらけだ。

 だからこそ、狛治は告げる。

 

「炭治郎。この騒動の元凶で黒幕は魘夢。お前達が杏寿郎と倒した、元下弦の壱だった亡者だ。

 あいつは何も反省せず、逆恨みを募らせて地道に準備を進め、そして縁壱が転生でいなくなったことを知って実行したんだろう。

 ……奴の目的は鬼殺隊、そしてお前達に対する復讐とも言えない嫌がらせだ。お前達が善良で、他者を害した方が心に致命傷を負うことを理解しての計画だ」

 

 善逸が走り回って叫びまくって拡散している情報を、一から語る。

 余裕の無さから聞いていなかった可能性もあると思っていたが、ちゃんと聞こえていたからこそ余計に焦っていたのか、二人に驚いたりショックを受けた様子はなく、ただ自分たちが奴の掌の上であることを悔しがるように、炭治郎は唇を噛み、伊之助は刀の柄を壊しそうな程に拳を握る。

 

「あいつの目的は、子供の殺害。いや、殺せなくともある程度の重傷を負わせるだけで、十分なんだろう。お前達が一生忘れられず、罪悪感を背負って、これから得る幸福全てに影が落ちるのなら、その後は自分がどんな地獄に堕ちて呵責を受けても苦にならない。あれはそう思っているし、実際にそうなんだろう。

 ……それで? お前は何を恐れているんだ?」

「………………え?」

 

 魘夢の目的を、自身の保身すら考えていないからこその質の悪さを狛治が語って、更に炭治郎は自分の失態を責め続けるが、狛治はそこまで言っておきながら聞き返す。

 炭治郎がややポカンとしながら顔を上げれば、狛治は少しだけ笑っていた。

 

 自分が鬼灯に似てきたなと自覚しながら、彼は苦笑して告げる。

 

「大丈夫だ。奴の目的は達成されない。子供は死なない。傷つかない。誰も殺させやしない。

 炭治郎、伊之助。戦っているのは、守っているのはお前達だけじゃない。俺も善逸も唐瓜も茄子も、鬼殺隊も獄卒も、皆が戦っている。守っている。

 ……だから、大丈夫なんだ。鬼殺隊も、獄卒も負けない」

 

 真面目な話かと思ったら、それをぶち壊す。

 そしてめちゃくちゃとも思える結論を出してくる。

 上司と同じような話し運びをしながら、上司より優しい未来を炭治郎と伊之助に与えた。

 

 お前が恐れる未来など来ない、と。

 

「炭治郎。伊之助。探すぞ、二人を。そして、魘夢を」

 

 与え、言いつつ狛治はいきなり背後に振り返って、誰もいない虚空に正拳突きを打ち込む。

 空気が良い音を立てて弾け、拳撃が自分たちの不意を突こうとした亡者をリーチの範囲外からぶっ飛ばして、顔だけ振り返ってまた彼は笑った。

 

「俺がお前達にも、誰にも、亡者を近づけはしないから、安心して探せ」

 

 その笑顔に、重なった。

 

 顔の造形がそもそも似ていないし、狛治はどんな時だって、恋雪といる時だって笑顔はどこか辛そうだ。

 なのに、似ていると思えた。

 

 煉獄の明朗快活な笑顔と狛治の笑顔が重なって、一瞬息を呑んだ。

 そして、その呑んだ息と一緒に吐き出す。

 

「――――はい!!」

 

 そこに痛みはあれど、もう恐れなどなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「善逸さん! 善逸さーん!!」

「!? 禰豆子ちゃん!? 禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん大丈夫今すぐに行くから待ってて亡者その子にかすり傷一つ髪の毛一本でも切り落としたら絶対に許さないぶっ殺すから覚悟しとけごふっ!?」

「あ、間違えたね」

 

 禰豆子の呼びかけに反応し、善逸はいきなり方向転換してそのまま声がした方向へ、割と冗談抜きに音速なんじゃないかな? という速度で駆けつけるが、禰豆子の前へ到着寸前にチュンの蹴りが顔面にめり込んだ。

 自分のスピードが仇となり、見事にカウンターで善逸は吹っ飛ぶ。

 

「ぜ、善逸さん!? 大丈夫!?」

「顔はもちろん、首も大丈夫ですか!? なんかチュンさんの足がめり込んだ顔を起点に、2回転くらいしましたよ!?」

「あいなー。ごめんねー、善逸」

「う……あー……チュンさんか。な、何とか大丈夫ですありがとうございます」

『ありがとう?』

「何でもないです忘れて! それより禰豆子ちゃん! 危ないから、早く刑場から出て! 大丈夫だから!

 ……炭治郎や竹雄達は絶対に俺が守るから、禰豆子ちゃんは心配しないで、安全な所でどうか待ってて」

 

 禰豆子と芥子に心配され、チュンに本心からだが軽く謝罪されつつ善逸は、前が見えねぇ状態のまま、ひとまず禰豆子が誰といたかを把握して大丈夫だと言い張るが、しれっと本音が出て女性陣を困惑させた。

 もちろん、「キョンシーとはいえ美少女の蹴りなんてご褒美です!!」という意味だと答える訳にもいかないので、勢いで誤魔化してそのまま禰豆子は刑場の外に避難するよう説得する。

 

 だが、わかっていたがおしとやかな見た目に反して、彼女は兄と同じくらい頑固者でもあった。

 

「いや! お願い、善逸さん! 私もこのまま刑場にいさせて!」

 

 善逸の頼みを拒絶して、禰豆子は訴える。

 

「私が戦えないのは……芥子ちゃんとチュンさんに頼りっぱなしなのはわかってるけど……、でも私が弱くて女だからこそ、少しは役に立てると思うの! 亡者が子供以外に人質を選ぶなら、私を選ぶと思うから……、囮になれるから! 私が囮として亡者を惹きつけたら、その分だけ子供は……竹雄や花子は襲われないかもしれないのなら……私は囮になりたいの。

 ……ごめん。ごめんなさい、善逸さん。芥子ちゃんにチュンさん……。わがままでごめん……でも……でも……」

 

 風呂敷に包んだ大きな重箱を抱きしめ、禰豆子は自分の有用性を懸命に訴える。

 自分で言う通り彼女は戦力とは言えず、他人に頼りきりの囮作戦であり、実際はおそらくあまり効果的ではない。

 禰豆子一人なら確かに、か弱い美少女なので囮にはぴったりだろうが、彼女を護衛している芥子は大叫喚地獄の獄卒なので、亡者の中でも知っている者は多い。ウサギの見分けがつかなくとも、呵責を行う獄卒ウサギは芥子だけなので、禰豆子のペットと思ってもらえることもないだろう。

 

 そしてチュンも黙っていればただのチャイナ系美少女だが、ここの亡者は嘘つきだからこそ裁判では見苦しく自己弁護を続け、まず再審を行わなかった者はいない。

 そしてそこまで足掻いた奴らが、結審されたからとて素直に堕獄は普通しない。五道転輪王もチュンも見た目はただの美男美女というのも、彼らが「逃げれるかも」と期待してしまう要因の一つかもしれないが、その期待をぶっ壊すのがチュンの唯一の仕事。

 

 禰豆子の護衛は有能すぎるからこそ顔を知られ過ぎており、亡者の油断を誘えない。

 それでも、禰豆子は今にも泣き出しそうな顔で善逸に訴え続ける。

 

 ……本当は、彼女だって囮なんか怖いはずだ。

 例え鬼殺隊の柱レベルに守られていても、たまに獄卒のバイトを行い、無惨の地獄めぐり動画も笑って視聴する善逸と違って、禰豆子は地獄の刑場に訪れることも、亡者の呵責を見たこともほとんどない。

 そんな彼女が、亡者に襲い掛かられるのはもちろん、自業自得とはいえその亡者が返り討ちに遭い、かなり惨たらしく殲滅されるのは、どれほど恐ろしくて心に負担をかけるのかは、善逸には想像もできない。

 

 想像できないが、その耳は確かに聞いて知る。

 恐怖も、痛みも、全てわかる。それらを上回る、「お兄ちゃんと竹雄達は無事なの?」という不安も。

「家族を守りたい」という、泣きたくなるくらい強く優しい覚悟も。

 

 その音が、とても綺麗だから。

 例え自分がその「家族」に入っていないとしても、もしも自分がその「家族」の為に裏切られ、犠牲にされたとしても、その「音」が守れるのならば、その「音」がずっと続くのならば後悔しないくらい、愛しいから。

 

「――――わかった」

 

 だから善逸は、彼女の兄のように、少しでも安心してもらえるように笑って答える。

 

「けど、俺もわがまま一つだけ言わせて。

 俺にも、禰豆子ちゃんを守らせて。これだけは譲れないんだ」

 

 善逸の答えに禰豆子はしばしポカンとしてから、顔を一気に赤らめた。

 そして紅潮した顔を隠すように俯き、ボソリと呟く。

 

「………………善逸さんも襲われて欲しくないから言ったのに」

「――――――――!? 神はここにいた!! 今なら死んでもいい!!」

「もう死んでるね」

「今死なれたら、ひたすら迷惑なんですけど」

 

 不意打ちでぶっ刺された嬉しすぎる呟きに、善逸はその場で跪いて天を仰いで号泣し、気持ちはわかるが今言うべきではないことを叫んで、チュンと芥子から冷ややかに突っ込まれた。

 

 相変わらず自分の株を直角に上げ下げする善逸だが、なんだかんだでちゃんと彼は現状を理解していた。

 禰豆子からの言葉においおいと感涙していたが、その耳は確かに捕らえ、涙を拭って禰豆子を庇うように前に出る。

 善逸の反応に芥子とチュンも一拍遅れたが、芥子は櫂を構え、チュンは勢いのまま飛び出そうとしたので、善逸は慌ててチュンを羽交い絞めにして止めた。

 

「!? チュンさん待って! 敵じゃない敵じゃない!!」

「敵じゃない? どういうことですか、善逸さん?」

 

 チュンを止めながら説得する善逸の発言に、芥子が不思議そうに訊き返すが、その答えは善逸が答えるよりも前に本人が登場して判明する。

 刑場の岩の影から、怯えながら彼は出てきた。

 

「……姉ちゃん。……善逸兄ちゃん」

 

 ふらりと、今にも倒れそうな青い顔色と危ない足取りで竹雄は現れる。

 チュンも芥子も面識のある竈門家は炭治郎と禰豆子くらいなのだが、彼は長男とよく似ているのとその発言、何より子供という時点で暴動を起こしている亡者ではない事くらい明らかだ。

 なのでチュンは善逸を振り解こうともがくのはやめて大人しくなったが、今度は一人きりかつ明らかにおかしい様子で現れた弟に禰豆子も動揺して、駆け出す。

 

「!? 竹雄!? どうしてこんなところに一人で!? お兄ちゃんや花子、他の皆は!?」

「!! ダメだ、禰豆子ちゃん!!」

 

 そして善逸は弟を案じる禰豆子にも、同じように腕を掴んで止める。

 禰豆子はもちろん善逸の行動に困惑するが、芥子とチュンは竹雄が明らかにホッとしたことに気付き、なおさら事情が理解できず困惑。

 

「どうして?」と泣き出しそうな目で訴える禰豆子に、善逸は絞り出すような「ごめん」だけ告げ、禰豆子越しに竹雄へ叫んだ。

 

「竹雄! 大丈夫だ! 禰豆子ちゃんは近づかせない!!

 大丈夫だ!! ()()()()()()()! 絶対に、絶対に俺が何とかするから!!」

 

 善逸の言葉に、姉を近づかせないという脈絡などないはずの宣言に竹雄は疑問に思った様子もなく、ただ今にも泣き出しそうに顔を歪めた。

 

 その顔を見て、善逸も同じような苦しげな表情になりつつ、必死で考える。

 竹雄が何も語らずとも、既に善逸は彼がどうしてここにいるのか、どうして自分達を見つけてあんなにも絶望した顔をしていたのか、全て把握していた。

 

 竹雄は既に魘夢と遭遇している事。

 花子を人質に取られ、竹雄は彼女を守るために動いている事。

 魘夢に、「獄卒でもお前の友達でも家族でも誰でもいいから、目を抉ってこい」と命令されている事を、理解していた。

 

 禰豆子が自分を呼んだことと、自分が叫びながら禰豆子の元に向かった所為で、魘夢も自分たちの居場所を把握して、こちらに向かわされた。

 姉か自分の目を抉れと言われて、妹を守るためにそれしかなくて、けどしたくなくて、だから今にも倒れそうな顔色と足取りで現れたのだ。

 

 それを、魘夢が近くで見ている事も、その位置も善逸は気付いている。

 だが、岩の隙間にもぐりこんで隠れて見ているのと、花子の鼻をいつでもそぎ落とせるように刃物を構えていることまで把握しているからこそ、善逸は動けない。

 居場所からして、善逸の俊足でも花子が傷つけられる前に魘夢から彼女の開放は絶望的だ。

 

 だから今は、竹雄を近づかせずに魘夢との信用など出来ないがひとまずは成立している取引が破綻しないように維持しながら、必死にこの状況を打破する方法を考える。

 考えるが、どんなに考えてもまずは魘夢が出てこないと手の打ちようがないという現実に歯噛みしていた時……

 

「竹雄!!」

 

 別方向から、声が聞こえる。

 その声に竹雄はもう一度、絶望する。

 

 竹雄と同じように、禰豆子と善逸の声に気付いたからと、弟の匂いもしたからだろう。

 炭治郎が走りながら、弟の名を呼んだ。

 

「に、兄ちゃん……」

「炭治郎!!」

「お兄ちゃん!!」

 

 怯えて後ずさる竹雄。

 善逸と、おそらくは彼と弟の様子からある程度察しがついた禰豆子が、炭治郎に呼びかける。

 そして彼も、匂いで竹雄の事情を分かっていたのだろう。弟から3m以上の距離を取って、立ち止まり、炭治郎の後を追って来ていた伊之助と狛治も同じく止まる。

 

「……竹雄。……ごめん。

 班から離れていたのに、気付けなくってごめん。見てなくてごめん。向き合わなくてごめん。寂しい思いさせてごめん。……守れなくってごめん」

 

 炭治郎も弟とそっくり同じ、今にも泣き出しそうな歪んだ顔で謝る。

 現状の、竹雄の兄としての責任感と、その為に他者を傷つけるという罪悪感による苦しみは、全部自分のものだと、自分の所為だと言う。

 竹雄は兄の謝罪に何かを叫びかけるが、声にならない。

 

 兄の所為じゃないと言いたいのに、怖くて辛くて助けて欲しくて、そんな弱音が兄を庇う言葉より先に出てしまいそうで言葉にならない。

 

 

「ごめん……ごめん……。本当に……ごめん。だから……()()()()

「……え?」

 

 謝って謝って謝って、そして俯いていた顔を上げる。

 謝って、そして許した炭治郎の顔は、苦しそうで悲しそうだったが、それでも確かに笑っていた。自分の痛みをすべて無視して、弟に安心させるために笑って、彼は許す。

 

「竹雄。俺の、()()()()()()()()()。そうすれば、あいつとの約束を守ったことになる。あいつが一番恨んでるのは、俺だ。だから俺の目を抉れば、少しは満足して花子を離すかもしれない。

 だから――」

「なんでそうなるんだこのウドの大木すっとこどっこい大馬鹿間抜けのクソ虫が!!」

 

 炭治郎の長男でも我慢しなくていいことを我慢しようとした発言に、後ろから伊之助がマジギレして後頭部を刀(鞘付き)で殴った。体験学習前にかました頭突き自滅で、「拳で殴ったら自分の方がヤバい」という学習をしていたようだ。案外賢い。

 

 そんな炭治郎以外なら殺人手前な突っ込みを入れて、伊之助は炭治郎の胸ぐらを掴み上げる。

 

「んなことしたって、お前が許したってあいつはお前の事が大好きなんだから、一生気にし続けるんだよ!! もう死んでるんだから、死ぬまでじゃなくて一生だぞ!! ずっとだぞ!!

 そんなのもわかんねーのか、お前は!!」

「伊之助、偉い! あと3発ぐらいなら殴っていいぞ!!」

「お兄ちゃん! あとでおでこ弾くからね!!」

「兄ちゃんの大馬鹿!! 何にもわかってないじゃん!!」

 

 炭治郎も炭治郎で、責任感と焦りで追い詰められて、「自分さえ犠牲になればいい」という思考で提案した発言を、伊之助がマジギレしながらどれほど間違った提案だったかを叱りつけて教え、そして善逸と禰豆子も同調して色々と追い打ちをかけ、挙句の果てに竹雄からもキレられた。

 

 皆に叱られて自分の間違いは自覚したが、それでもこれ以外の方法は何も浮かばず、あとさすがにこの状況で味方からボコられるのは勘弁してほしかったのか、炭治郎は「ご、ごめん! ごめんって!!」と謝りながら、助けを求めるように狛治の方へ視線を移す。

 

 だが、狛治は他の皆とは違って怒ってこそはいなかったが、呆れたような表情をしてたので、彼も味方にはなってくれないだろう。

 

「……炭治郎。ここは素直に叱られとけ」

 

 案の定、狛治は溜息をついて何にもフォローしてくれず、ただ歩きながら受け入れろと言う。

 

 

 

「そういうのは、この場で一番年も役職も上で、何よりも慣れてる俺の役目なんだよ」

『――――――え?』

 

 

 

 炭治郎より前に出て、竹雄に……そして隠れている魘夢に良く見える位置に立って、彼は皆が困惑している隙に行動に移す。

 

「俺は、耀哉さんを非難する資格がないな」

 

 少し前の動画撮影を思い出したのか、そんな独り言をつぶやきながら苦笑して。

 狛治は何の躊躇もなく、自らの手で自分の左目を抉った。

 

 * * *

 

 自分の左眼球をズルリと抉り出し、無造作に地面に捨てて彼は静かに言う。

 

「魘夢。さっさと出て来い。お前が出てくるのなら、竹雄が手を煩わせる必要なんかない。

 俺が、自分でお前が望む通りに俺自身を痛めつけてやる」

 

 もはや炭治郎たちのような五感を持っていなくとも、多少勘が良い一般人でもわかるほどに強い悪意の気配の方向へ、魘夢が隠れているであろう岩影を右目だけで真っ直ぐに見て、狛治は淡々と宣言する。

 

 全員が狛治の、確かに耀哉のことを何も言えない思い切りの良さを発揮しすぎな行動に、顔面蒼白のまま絶句していたが、善逸だけがすぐに酷く不愉快そうで怒りが滾った表情になる。

 そして、悔しげに吐き捨てるように彼は「伝言」を伝える。

 

「! ……狛治さん! あいつ……糞トーマスが『出る訳ないだろ』って言ってます!!」

 

 岩の隙間に隠れながら、善逸の異常聴覚を理解しているからか、彼を使って魘夢は狛治の発言に対する返答を伝言する。

 本当は、『何、素直に条件を信じてるんだよ。そもそも俺は、他人の自傷行為を見て興奮する変態じゃないんでね』と、全力でこちらの神経を逆なでする発言もあったが、そんな口が腐るような発言はしたくないので、善逸は最低限の事だけ伝える。

 

「そうか。まぁ、期待は初めからしてなかったがな」

 

 自傷が無駄になったというのに、狛治は涼しげな顔と様子であっさり納得。

 その様子が魘夢をイラつかせる、生前の「上弦に這い上がってやる」という野心と、それが叶わなかった最期を思い出す。

 だが、他の連中はその苛立ちを紛らわせるいい見世物だった。

 

「は……狛兄ちゃん……。お、俺の……俺の所為で……」

 

 やっと現状を理解できたかのか、竹雄がボロボロ泣きながらうわ言のような言葉を放つ。

 自分の手を汚さずとも、竹雄にとっては同じ。

 自分の所為で、自分の大切な人が、何も悪くない人が傷ついたという事実が、竹雄の心をずたずたに引き裂く。

 

 花子も魘夢に首を絞められながら見せつけられ、ボロボロと涙を零す。

 炭治郎は狛治に縋りつき、自分が傷ついたような顔で「狛治さん……狛治さん……」と彼の名をただ繰り返し、禰豆子はその場に座り込んで泣いてしまう。

 伊之助は「何でテメーもやってんだよ! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎!」と叫びながら、両腕を振り回して狛治の背中を殴りつける。覆面の中で大泣きしているのがよくわかる声音で。

 

 そんな彼らの絶望に、背筋がぞくぞくする程の満足感を得て悦んでいたが、その悦楽はすぐさまに水を差された。

 

「お前の所為じゃない。

 言っただろ、竹雄。こんなことをするのも、傷を負うのも、この中で一番年上で、責任者で、そして……慣れている俺がするべきなんだ」

 

 狛治がそう言うことくらいは、想定内だ。そんな慰め、余計に彼らの罪悪感になることも。

 だが、さらに続いた言葉の意図は魘夢にはわからなかった。

 

「それにな、俺は炭治郎以上に叱られて怒られるべきだ。俺は、お前達が傷つくことを理解した上でしたからな。というか、傷つける為にした」

『……え?』

 

 しれっと彼の性格からしてあり得ない発言が飛び出し、竹雄だけではなく炭治郎たち、そして魘夢も素で声が出た。

 その声に、上手く騙せたことを喜ぶように狛治は抉れた左目から絶え間なく血を流しながらも、場違いなくらい明るく笑って続ける。

 

 魘夢は気付いていない。

 狛治の発言に困惑した者は、全員ではなかった。声を上げなかった者がいることに、彼は気付いていない。

 

「今、ここで酷く傷ついても、その傷は癒えると確信してたからな。俺を叱って責めて、自分は悪くないと確信して発散して、癒すことができるからこそした。

 ……癒えると確信してても、やっぱりお前達を傷つけるのは辛いけどな。けれど、お前達は本気で酷く傷ついたからこそ、その傷を癒せるだろう」

 

 更に竹雄を、炭治郎を、禰豆子を、伊之助を、花子を、魘夢を困惑させる発言をする。

 そしてようやく、彼は自分の発言の意図を、答えを教えてやる。

 

 魘夢を真っ直ぐに残した右目で見て、彼にも聞こえるようにはっきりとした声で笑って言った。

 

 

 

 

 

「――俺は、囮だ」

 

 

 

 

 

 狛治の発言を脳が吟味する前に、魘夢は足に違和感を覚える。

 柔らかくてくすぐったい感触に気付き、反射で視線を下にやった瞬間、走ったのは肉を抉られる激痛。

 

「!!?? い゛っっ!?」

 

 自分の足に、ウサギとは思えぬ形相で噛みついている芥子に気付いたことで、狛治の言葉の意味も理解できた。

 

(やられた!!)

 

 狛治の自傷は、魘夢の信頼できない条件に応えたものでも、少しでも魘夢を満足させようとしたものでもない。

 ある意味では、魘夢と同じく炭治郎たちを傷つけ、泣かせることが目的だった。

 

 狛治の自傷自体は、魘夢にとっては魅力などない、むしろ白けるものだ。

 けれど狛治が傷つくことで炭治郎たちが自分のこと以上に傷ついて悲しんだら、勢いよく食いつくとわかっていた。

 それ以外への注目が、疎かになることくらい簡単に予想がつく程度の相手だった。

 

 炭治郎が竹雄に謝って、自罰意識でしてはいけない提案をしている間に作戦は立てられ、伝わっていたのだ。

 狛治と善逸の間で、指文字で。

 

 地獄ではどんなに対策を練ろうが、年に何度かは脱獄やらクーデターやらが起こる。

 その最中に亡者に知られないよう、作戦などを獄卒同士で伝え合わなければならない時だってもちろんあり、その手段の一つが指文字だ。

 そして鬼殺隊も初見殺しな血鬼術に対抗する為、自分は犠牲になろうとも必ず「次」に繋ぐ為に習得しているのだから、期間限定のバイトでも当然使える。

 

 その指文字で善逸は状況や事情を狛治に伝え、狛治も善逸達に鬼灯へ既に連絡している事、そして魘夢を見つけたら自分が来るまで時間稼ぎをしておくようにという指示を出されている事、自分が囮になるからせめて魘夢を岩影から出すことを指示していた。

 

 その指示に従って、彼女自身は指文字を使えないが、読むことは出来る芥子が動いていた。

 武器の櫂は持たず、足音を消して小さな体躯を生かして隠れながら、犬ほどではないが十分優れた嗅覚で魘夢の隠れている岩の隙間を探り当て、そうして今に至る。

 

 だが、いくら芥子が女子力(物理)に特化した地獄を代表する女傑とはいえ、所詮はウサギ。

 通常のウサギとは比べ物にならないが、人間と純粋な力比べをしたらさすがに分が悪い。武器の櫂も、自慢の特製ブレンド芥子味噌もなく、しかも相手は未だに人質である花子の首を絞めて離さないのなら、芥子に出来ることも足に噛みついて離さないくらいだ。

 

「くそっ! 離せ! 離せ!! この糞ウサギがっ!!」

 

 だから、魘夢が自分の足に噛みついて離さない芥子を、岩壁にそのまま叩きつけられたらかなり危うかった。

 が、その叩き付けるはずの岩壁はひょいっと、あり得ない擬音がつきそうな勢いで持ち上がる。

 

「はぁ!?」

「お前、私を忘れてたね。怒ってないよ。むしろ、ありがとね」

 

 いきなり開けた視界に、困惑の声を上げる魘夢。

 目の前には、自分が隠れられるほどの大岩を持ち上げる美少女が微笑んでいた。

 

 チュンは残念ながら、指文字を覚えることが出来なかったので、読み取れなかった。

 なので芥子が地面に普通に文字を書いて、ちゃんと伝えていた。

 自分がまずは突入して、魘夢を引き付ける。その間に、隠れている岩を物理的に取っ払っちゃってという、彼女でも理解できるし実行できるシンプルな作戦を。

 

 囮は、狛治だけではない。芥子も囮だ。

 そしてチュンが本命という訳でもない。

 

「シイィィィィィ!」

 

 食いしばった歯の間から漏れ出る独特の呼吸音。

 駆け出すために踏み込んだその足音は、落雷の轟音。

 善逸は、目を見開いて駆け出した。

 

 首をはねる為に刀を振るうのではなく、助けたい人を助ける為に。

 

 ……ここまでは狛治側の理想的なまでに計算通りなのだが、計算外が一つ。

 それは、チュンがどけた大岩が「人」の字で言うと、支えている側の短い棒側だったこと。

 もう一つの岩はしばし絶妙なバランスで立っていたが、善逸の雷鳴のごとき踏み込みの所為かバランスが崩れ、魘夢側に倒れてきたのだ。

 

『ぎゃーーっっ!!??』

 

 この事態には、その場の全員が例外なく悲鳴を上げた。

 幸いながら魘夢は横手に転がるように、チュンも抱えていた岩を捨てて逃げることができた。

 向かっていた善逸は、倒れてきた岩よりもチュンが投げ捨てた大岩の方が危険だったが、幸いながら「霹靂一閃」ではなく、ただ呼吸で身体能力を上げて走っていただけなので、方向転換して避けることができた。

 

 だが、この予想外の事故と魘夢の回避の勢いに負けて、噛みついていた芥子が魘夢の足から離れてしまう。

 そして花子は、魘夢の意地なのかまだ拘束されたままだ。

 

 しばし全員が心臓をバクバクさせながら茫然としていたが、芥子と善逸は動悸が治まらないままだがひとまず「ごめん……、狛治さん」「すみません……離れちゃいました」と、作戦失敗を謝罪する。

 狛治も左胸を左手で押さえたまま、「あ、あぁ。大丈夫だ。岩影から出せただけで十分だ。むしろ、なんかすまん」と、別に狛治の作戦が悪かった訳でもないが、思わずこちらも謝る。

 

「……え? えっと、狛治さん、どういうことですか?」

 

 作戦を実行してた側はまだ現状を理解しているが、炭治郎たちからしたら狛治の自傷から訳のわからない展開の連続なので、まだ混乱したまま狛治に尋ねる。

 そんな彼の様子を見て、むしろ狛治の方は完全に冷静になったのか、申し訳なさそうな苦笑をして答えてくれた。

 

「悪いな、炭治郎。お前と竹雄がやり取りしてる間に、善逸たちに作戦を指文字で伝えてたんだ。

 その為に、お前達を俺はわざと傷つけた。あいつの注意を惹くためにな。だから、お前達は俺を思いっきり怒ればいい」

 

 傷つけて悲しませたが、その傷と悲しみこそが隠れている奴をおびき寄せる、曝け出す餌になったのなら、その傷は必ず癒えると確信していたから行ったのだと告げる。

 まだ混乱しっぱなしの炭治郎や伊之助、禰豆子はその言葉の意味が理解しきれずにポカンとしている。

 だが、その呆気にとられた顏こそが、既に傷は痛んでいない証だった。

 

「狛……兄ちゃんは……大丈夫なの?」

 

 竹雄もポカンとしたまま、それでも彼はまだ罪悪感を捨てきれず泣き出しそうな顔で訊いた。

 

「痛く……ないの? 花子を……俺の代わりに花子を助ける為に……目を……目を……」

「竹雄」

 

 だから、狛治は答える。

 迷いなく、彼は穏やかに笑って言った。

 

「平気じゃなかったら、こんな風に笑えるわけないだろ?」

 

 本心から、鬼だった頃以上に平気だと言わんばかりの笑顔だった。

 その笑顔に更に竹雄は目を見開いて……涙を零しながら笑った。

 

「平気じゃない方が……おかしいよ」

 

 泣きながら、それでも安堵して笑った。

 その笑顔が何よりも気に入らないのが一人。

 

「おい! 何、もう解決したみたいに緩みきってるんだ!! よっぽど、お前達にとって妹はどうでもいいみたいだな!!」

 

 花子も首を絞められつつ拘束されたままでも、兄が自分の所為で人を傷つけずに済んだこと、そしてもう罪悪感に苦しんでないことを喜んでいたが、魘夢に刃物を突き付けられ、引き攣った悲鳴を上げる。

 人質救出は失敗したが、手出ししにくい岩の隙間から曝け出された時点でもう分はだいぶ悪いと言うのに、往生際悪く足掻く。

 

 魘夢からしたら、人質を使って交渉する気はないのだから、炭治郎たちの目の前で花子を刺し殺しても良かった。

 それをしなかったのは、どうせ亡者は自分と同じように殺しても蘇るのだから、殺すより花子自身も、見ている連中も心に傷を負う、惨たらしい傷つけ方をしたかったから。

 

 目を真一文字に切り裂くか、鼻を削ぎ落すか、口を切り裂くか……。

 殺すことよりも苦しんでいる姿を見るのが好きだからこその、悪趣味極まりない迷いを狛治は、反吐が出る思いを抱えながらも予測していたからこそ、余裕があった。その余裕は、空式という飛び道具的な技の存在も大きい。

 

 何より、狛治は既に気付いている。狛治だけではなく、炭治郎と善逸と伊之助も気づいているからこそ、伊之助はわからないが炭治郎は花子の危機という点を抜いてもちょっと顔色が悪く、善逸はだいぶ悪い。

 

「……出来れば人質は救出しておきたかったが、まぁいい。元から、『どこかに籠城しているようなら、開けた場所にまで出すように』という指示だったからな」

 

 一応、間に合わないことを警戒して空式をどのようにでも放てるように構えながら、呟いた。

 幸いながらその警戒は杞憂で済んだが、……残念ながらそれ以外が斜め上の方向に幸いじゃなかった。

 

 狛治が炭治郎たちと善逸達の方へ向かう途中、鬼灯から連絡があり、今刑場に到着したからそちらに向かうことと、狛治の独り言の指示を告げた。

 その指示の意図は、「開けた場所なら、遠距離で攻撃できるから」と言われたので、狛治は鬼灯がライフルでも用意して持ってきてくれたのかと思っていた。

 違ったとしても、金棒を炭治郎直伝の投擲でブン投げるくらいに思っていた。

 

「どっせいっっ!!」

 

 まだかなり距離がある遠い声で、けっこうジジ臭い掛け声を上げる。

 その掛け声に魘夢が困惑して数秒足らずで「それ」は見事、魘夢に命中。

 

『――――は?』

 

 飛んできた瞬間は、勢いが凄すぎて何がなんだかさっぱりわからなかった。ただ結構大きくて、けど金棒ではない事だけはわかった。

 鬼灯が投げつけたものの正体が判明したのは、魘夢と激突した衝撃で「それ」も上空に上がった事で勢いがなくなって、はっきりとした形を見ることができた。

 

「な――――何考えてんですか、鬼灯様ーーっっ!!」

 

 鬼灯の「遠距離攻撃」の手段にして砲弾は…………累だった。

 

 * * *

 

「おぉ! さすがだな、鬼灯殿! やはり鬼の剛力はすさまじい! 俺では子供とはいえ、人をここまでの距離、あんな勢いで投げることは無理だな!!」

「褒めるな杏寿郎ーーっっ!! お前、自分の生徒が武器扱いで投げ飛ばされてるんだぞ! 怒れ! 止めろ! 俺に突っ込み以外の仕事をさせろ!!」

「狛治さん、落ち着いて!! 突っ込みは仕事じゃないですよ!!」

「でも一番重要な仕事になってるよな」

 

 鬼灯と一緒に走ってこちらに来る煉獄に、狛治は遠慮もくそもなく盛大に突っ込み、鬼灯の後に続く唐瓜と茄子が更に突っ込む。

 言いたい気持ちは本当によくわかるが、唐瓜の言う通り突っ込みは仕事じゃない。

 

「まって……狛……治! これ、僕が……」

 

 狛治がマジギレで突っ込み、他の連中は今までで一番訳のわからない展開についてゆけずに騒然としている中、累が起き上がって弁解を試みる。

 よく見ると累は、煉獄の羽織を一番上に、その下にいくつも誰かから貸してもらったであろう羽織や上着を着ていてかなりモコモコだ。

 おそらく着ぶくれすることで、投擲した際の累本人への衝撃を和らげる為だろう。一応は累を気遣った努力は認めるが、気遣うくらいならやるな。

 

 そして、累への気遣いは気遣いたくない奴へのメリットにもなる。

 思いっきり累をぶつけられたが、その着ぶくれのおかげで大したダメージにはなっていなかった魘夢も起き上がる。

 さすがに花子はその手から離れていたが、伸ばせばすぐに手が届く範囲内で花子は腰を抜かしていた。

 

 だからすぐに、自分も訳が分からず混乱しているが、それでも連中が自分以上に混乱している隙に人質をもう一度確保するため、手を伸ばした。

 

「! させない!!」

 

 だが累が狛治への弁解と、着ている上着を一気に何着か投げ捨てて身軽になった所で、魘夢に体当たりしてしがみつく。

 

「なっ!? この! クソガキ!!」

『累!?』

 

 累投擲でフリーズしていた者達は、悲鳴のような声で彼を案じて呼ぶが、その声には応えない。

 累は、自分を引き離そうと髪を掴まれても、蹴りつけられても優先して叫んだ。

 

「花子! 逃げて!! 早く!!」

 

 花子は目を見開いて、迷う。だが、その迷いを断ち切るようにもう一度、「逃げて!!」と累は叫んだ。

 その叫びに顔を歪め、それでも花子は足に力を振り絞って立ち上がって駆け出した。

 

「「花子!」」

 

 同じく駆け出した兄二人が、泣きじゃくる妹を受け止めて、抱きしめる。

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!

 怖かった! 怖かったよおおぉぉぉっっ!!」

 

 ようやく再会した兄妹に、禰豆子も安堵して同じく妹を抱きしめ、「よく頑張ったね、もう大丈夫だから」と慰めたいのを堪え、彼女は叫ぶ。

 

「累!!」

 

 妹を救ってくれた子供を案じて叫ぶ。

 

 花子が立ち上がった時点で、魘夢は彼女を諦め累を人質にして羽交い絞めにして、刃物をクビに突き付けた。

 もう甚振るのを見せつける余裕どころか、自分の目的も頭から抜け、ただ本能的な防衛反応で「来るな!!」と叫ぶが、その声を掻き消すように累が更に大声で叫ぶ。

 

「僕ごと攻撃して!!」

 

 その発言に、人質を取っている魘夢も「はぁ?」と困惑の声を上げ、泣きじゃくっていた花子でさえ思わず振り返った。

 

「全部、僕の考えなんだ! 僕が鬼灯様に言ったんだ!!

 人質を取られちゃってるんなら、僕を投げてって! 僕が人質を絶対に逃がすから! 僕が代わりの人質になったら、僕ごと攻撃してって頼んだんだ!!」

 

 累が弁解しようとしていた、鬼灯と煉獄以外理解できなかった展開の経緯と意図を口にする。

 それは、煉獄でさえ聞いた時は「は?」と声を上げてしばし固まった、子供だからこその荒唐無稽なもの。

 

「僕は亡者だから、死んでも生き返るから!! 花子と違って、鬼だったから怪我して治るのは慣れてるから! 何とも思わないから! 怖くないから!!

 だからお願い!! 僕ごと攻撃して、もうこんなこと終わらせて!!」

 

 狛治が自分の目を抉ったのと、同じような発想で至った結論。

 荒唐無稽でも、その覚悟は本物。

 怖くないが嘘なのは、震えるその声が証明している。けれど覚悟は嘘なんかじゃない。

 

「ふ……ふざけるなふざけるなふざけるな!!」

 

 自分だけが可愛い、本音で言えば無惨も見下していた魘夢からしたら、そんな覚悟は理解できない。認められない。

 こんな子供の浅知恵どころか馬鹿げた妄想レベルの計画を実行されたことも、それが成功してしまったことも認められない。認めてしまえば、気が狂う。

 

 だからもう、理解できないことを喚かないように首を絞め、刃物を振りかぶる。

 

 その腕に、いくつもの刃が突き刺さった。

 

「!? あ゛あぁっ!?」

 

 到着してすぐに鬼灯がしたことは、駆け付けながら回収していた、刑場に落ちていた刃物を炭治郎に渡すこと。

 その渡された刃物、魘夢の策略で切らしていた投擲武器が補充された瞬間、腕が剣山になる勢いで全て投げつけて命中させた。

 

 そして雷鳴が再び響き、その音を認識した時には累の首を絞めていた左腕が肩から切断されていた。

 首を切り落とさなかったのは、累や竹雄達への配慮ではなく、ただ累への苦痛を一秒でも早く終わらせてやりたい、累にもはや一秒でも触れることを許したくないという思いからだ。

 

 自分の左腕が切断されたことも、その痛みも数秒間知覚できない程に魘夢の頭は混乱を極めていた。

 

「うおりゃああ! 爆裂猛進っっっ!!」

 

 そして伊之助が頭の被り物に相応しく、一直線に駆け抜出し頭突きで魘夢を突き飛ばして、累を抱きかかえる。

 相手を切り裂くことより、彼は累を取り戻すことを選んだ。

 

「がはっ! っくそ! くそ! くそっっ!!」

 

 だが位置が悪く、魘夢は先ほど倒れた大岩がさほど距離なく背後にあった為、頭突きで突き飛ばしても岩に跳ね返るようにして戻ってきてしまい、伊之助が累を抱えて逃げ出すほどの距離は稼げなかった。

 そして魘夢自身、好んで傷つく気はさらさらないが、それでも元鬼だからか片腕切断、もう片方は剣山状態でも他の亡者と比べてだいぶ動けた。

 

 剣山状態の腕を武器にして、振り回すくらいには動けた。

 そんな魘夢の悪あがきが迫っていても、伊之助は累を守ることを優先した。

 無防備に背を向けて、両手がふさがっても累を守ろうとした。

 

 そんな伊之助を煉獄も守るつもりだった。伊之助が頭突きで突き飛ばした時には刀に手はかかっており、遠間から勢いよく踏み込んで袈裟懸けに頚を斬り落とす、「壱ノ型、不知火」が決まる。

 ……だけど、それよりも速かった。

 

 魘夢の刃だらけの腕が、煉獄と同じように袈裟掛けで振り落とされるのも。

 その腕から伊之助も累も守るために、攻撃も反撃も防御も何もかも投げ捨てて駆け出して、魘夢と伊之助の間に飛び込んで割り込んだ狛治が、切り裂かれたのも。

 

 狛治が切り裂かれるのに一瞬遅れて、煉獄によって斬り飛ばされた魘夢の首はくるくる宙を舞いながら嗤っていた。

 最後の最後に、生前は超えるつもりだった上弦に深手を負わせたこと、きっとそれが炭治郎たちの心に致命傷となることを確信して嗤った。

 

 だが、奴は催眠術なんて特技を持っていながら、人の心を何もわかっていなかった。

 狛治の傷が、炭治郎たちの心の致命傷になると思いながらも、彼らの関係を理解できてなかった。狛治はただ、炭治郎たちに同情されているだけだと思っていた。

 

 だから傷ついたら罪悪感を抱くが、同時にその罪悪感から逃れるために傷ついた本人に難癖をつけて責任転嫁して、それをまた後悔して自己嫌悪に陥ってその嫌悪から目を逸らすために……という悪循環を予想していた。

 善人の存在を理解しきれてない魘夢は、それが当たり前だと信じて疑わなかった。

 

「――活きよ」

 

 切断された首が地面に落下する前に、鬼灯の声によって魘夢は蘇生した。

 予想外に早い蘇生に、思わず魘夢はきょとんとしてしまうが、その理由を知る前に思考はすぐさま一色に染まる。

 

「てめえええぇぇ!! 狛治に何すんだくそがああぁぁっ!!

 切細裂き!! 狂い裂き!! 穿ち抜きじゃボケっっ!!」

 

 累を守ることを最優先にしていたはずの伊之助がキレ、累を文字通り放り投げて獣の呼吸の技の中で特に派手なものを連発して叩き込み、魘夢をミンチにして思考は激痛一色に染め上げる。

 

 ちなみに投げられた累は、禰豆子と唐瓜・茄子の三人がかりでキャッチ。

 明らかに禰豆子の方へ狙って投げていたので、受け止めることを信頼しての、一応はまだちゃんと守る気があっただけ伊之助は偉い……ということにしておこう。

 

「活きよ、活きよ」

 

 全身がミンチになった所で、また鬼灯は速攻で蘇生させる。

 そして魘夢は、自分がいつ死んだのかもわからないまま生き返ってまた死ぬ。今度は苦痛をほぼ感じなかった。

 

 気が付いたら、自分の体がスプリンクラーのように血を吹き出している。

 首のない自分の体が吹き出す血の向こうで、善逸が刀を振り抜いた体勢のまま怒りに満ちた顔で振り返ったのを見た。

 地面に落ちた自分の首の目の前にあった、岩にめり込んだ踏み込みの足跡が誰のものかなんて、気付けないままだった。

 

「活きよ、活きよ」

 

 更に鬼灯は魘夢を蘇生。

 3度目にして、ようやく魘夢は自分の現状を理解する。

 自分に迫る、刀を抜いた憤怒の形相の炭治郎は自分が思った通り傷つき、罪悪感に苛まれている。

 だがそれを責任転嫁も、自分の胸の内に抱え込むようなこともしないからこそ、怒りは真っすぐその正当な対象に向ける人間だからこそ、鬼殺隊になり無惨を討伐したということに、ようやく気付いた。

 

「魘夢!! お前は絶対に許さない!!」

 

 不意打ちをできない炭治郎はいつものように宣言するが、魘夢からしたらそれは誠意ではなくただの処刑宣告。

 いや、処刑の方がマシであることを思い知る。

 

 円舞・碧羅の天・烈日紅鏡・灼骨炎陽・陽華突・日雲の龍・頭舞い・斜陽転身・飛輪陽炎・輝輝恩光・火車・幻日虹・炎舞

 

 ヒノカミ神楽こと、縁壱が編み出し、ただ竈門家の幸いを願って舞い、それを受け継いできた日の呼吸による12の型を全て一瞬の間もなく連続で叩きこむ。

 怒りのあまり呼吸が乱れ、日の呼吸の奥義と言える13の型、12の型を全て繋げて無限ループは起こらず1巡で済んだが、それでも魘夢は細切れだ。伊之助がミンチなら、炭治郎はサイコロステーキといったところか。

 それだけなら良かった。それだけなら。

 

 けれどもう魘夢はわかっている。理解してしまっている。

 

「活きよ、活きよ」

 

 自分がされているのは呵責ではない。拷問ではない。処刑なのに、それが終わらない事。

 鬼と違って首を斬られても、死んでも終わりがない。

 日の呼吸なんて必要のない無限ループという悪夢こそが現実だと、ようやく気付いて魘夢は蘇生した瞬間、泣きながら懇願した。

 

「ひっ、ひぃっ!! も、もうやめてくれ! 俺が悪かった!! ごめんなさい!! 許してください!!」

 

 本心からの謝罪ならば、きっと彼らは自らの憎悪を抑えて許しただろう。

 だが、ただの保身から来る中身のない薄っぺらい謝罪など、相手の神経を逆撫でするだけ。

 

「謝らなくていい。何を言おうが、俺は貴様を許す気はないのだから。

 それに、自分が出来ないことを他者に求めるのは傲慢だな。貴様は、自分を傷つけ、殺した俺達が許せなかったから、こんなことをしたんだろう?」

 

 炭治郎に変わり、煉獄が魘夢の前に出て静かに、普段の雰囲気からかけ離れた、冷ややかな声音と突き放すような口調で告げる。

 

「許せないのは仕方がない。だが、覚えておけ。

 どこかで誰かがその連鎖を断ち切らねば、人は、俺達は永遠に互いを殺し合い、喰らい合うということを。特に、ここは終わりがある現世ではない。だからこそ、『諦められなかった』俺達はなおさらに、『諦める』という形で断ち切ることは出来ない」

 

 それでも、その言葉は彼自身の善良さからくる忠告だった。

 だが、煉獄の期待に魘夢は気付かぬまま裏切る。

 終わりがないのは全て自業自得だと気付けぬまま、魘夢は最も触れてはいけない龍の逆鱗を毟り取った。

 

「な……なんで……何で俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ!? 俺とそいつらの、何が違うって言うんだ!?

 そこのガキも! 猗窩座も……役立たずの駄犬だって元は俺と同じ十二鬼月だって言うのに! 何でそいつらは許されて、俺はずっと地獄でこんな目に遭うんだ!?」

 

 奴からしたら、自分と同じ下弦だった累と、自分より上の立場だった狛治が自由の身になっている事は、例え魘夢自身が地獄の刑場という居場所に満足していても、それはそれで理不尽に思い不満だった。

 終わりがないのなら、許されないのなら、せめてその不満をぶちまけただけかもしれないが、それこそ彼に「終わりがない」を決定づける。

 

「……貴様と、累や狛治の違い?」

 

 魘夢の発言の一部を反復し、煉獄は居合抜きの構えで腰を落とす。

 そして地面の岩を砕き、削って踏み込み、全身全霊の突進で魘夢の間合いまで飛び込み、周囲の面積を抉りながら一撃で魘夢の全身を切り刻む。

 

「全てに決まっているだろうが!! 俺の生徒と親友を、貴様と同列に並べるな!!」

 

 炎の呼吸の奥義であり、自身の家名でもある「玖ノ型 煉獄」を叩きこみながら、わかり切った答えを叫んだ。

 

 こうして、狛治を傷つけたことでキレた連中の攻撃が1巡したことで、魘夢の自業自得で因果応報な永遠は、これからも終わりなどないがひとまずは中断され……

 

「では、2巡目いきます」

『2巡目!?』

 

 なかった。

 鬼灯が普通にそのまま、腹から爆発したような大穴が開いた魘夢を蘇生させようとして、唐瓜と茄子と狛治に突っ込まれた。

 そう、突っ込んでいるのは狛治である。

 

 煉獄やかまぼこ隊は盛大にキレていたが、実はどころか割と初めから狛治はピンピンしてる。

 考えてもみれば、狛治の細身とはいえ鍛え上げられた体を、剣山状態の腕を振り回したところで深手は負わせられない。

 傷が多いのと範囲が広いので出血も多く見た目が派手になってしまっただけで、傷自体はほとんど皮を切ったくらい、縫う必要もないだろう。狛治からしたら、「治りかけのかさぶたが痒そうだな」くらいのかすり傷だ。

 

「もっかい狂い裂きじゃーーっ! 今度は骨も刻んでやる!!」

「待て、伊之助! 今度は俺に先にやらせろ!! 今なら俺、壱ノ型以外も出来そうな気がする!!」

「ふぅー……ふぅー……、今度こそ呼吸を途切れさせず、せめて13の型を数字通り13回叩き込んでやる!!」

「よし! 俺も日の呼吸を見習って炎の呼吸の技を全部繋げてみよう!!」

 

 しかしかすり傷でも許せないのか、それとも頭に血が上りすぎて気付いてないのか、4人は2巡目に戸惑うどころかノリノリである。

 そんな4人に、禰豆子が叫んで呼びかける。

 

「待って、お兄ちゃん!

 私もやる!! あいつのおでこ、デコピンで穴開けてやる!!」

「待て! 禰豆子、待て!! 参加するな!!」

 

 止めるかと思った?

 残念ながら、禰豆子もノリノリだった。

 

「じゃあ俺、頭突きでそいつの頭割る!!」

「え? じゃ、じゃあ僕は糸で首絞める!」

「私は、私は……えーと……えーと……」

「あ、花子ちゃんは良かったら私の芥子味噌をどうぞ。私は櫂でシンプルにぶん殴りますから」

「じゃ、私は手足と首が捥げるまで蹴っ飛ばすね!」

「参加するなって言ってるだろうが!!」

「では皆さんが順番を決めている間に、私が金棒でこいつを潰しておきますね」

「大人しいなと思ったら、結局あなたもするんですか!? 頼むから本当に俺に突っ込み以外の仕事させてください!!」

 

 禰豆子も参加を表明したら、その勢いに続いて竹雄達も連鎖的に名乗り上げ、狛治は魘夢の攻撃より彼らへのツッコミによる心労でダメージを負う。

 そんな狛治の奮闘を眺めながら、唐瓜と茄子が現実逃避気味に呟いた。

 

「……狛治さん、大人気だな」

「うん。でもそこまでキレるくらいなら、さっさと怪我治してやったらいいのに」

 

 結局、狛治大好きな皆様方による本人の意思をナチュラルガン無視した呵責のループは、5巡目でさすがに疲れて一旦は終了となった。

 

 * * *

 

「さて。亡者の制圧も完了しているようですから、刑場の方はひとまず解決です。

 こいつの処分は……趣味嗜好からして、他に呵責される亡者がいたらそれを見て満足するので、刑場は孤地獄に変更は良いとして、呵責内容は……とりあえず、狛治さんとそのご家族の日常動画を見せつけますか」

「何で俺と俺の家族の日常!?」

 

 5巡目終了し、鬼灯が逃げないように再生させないまま、ぼろ雑巾状態の魘夢を踏みつけつつ、今後について独り言をつぶやくが、訳のわからない流れ弾に思わず狛治は突っ込む。もう本当に、狛治に突っ込み以外の仕事をさせてやれ。

 

「こいつの趣味嗜好を考えたら、互いに相手を尊重して思いやる幸せな日常が一番苦痛だと思いまして。

 あと、時間稼ぎと籠城しているのなら出来ればでいいので、そこから外に出してほしいとしか言ってなかったのに、自分から耀哉さんみたいなことした部下へのペナルティです」

「うっ……、せ、せめて恋雪さんはその動画に映さないでください。彼女が罪人の目に触れるのは、俺としては許容できないので」

「わかりました。では、恋雪さん視点というコンセプトで動画を作りましょう」

 

 実は鬼灯も、狛治の思い切りの良すぎる囮としての行動に怒っていたらしく、既に彼も「活きよ」で治っているが、しれっとその点を指摘して彼の抗議を封殺。

 狛治もそこを突かれると文句は言えないので、せめてもの譲歩を提案すると、何かそれはそれでこっぱずかしいコンセプトが決定された。結果としては恋雪という唯一の目の保養を失うことで、動画の登場人物が全員男となり、拷問としてはより効果的になった。

 

 そんな生産性があるのかないのか不明な会話をしている横で、子供たちが鬼灯たちよりはるかに生産性のある会話が行っていた。

 

「…………お前は、治してもらわなくていいのか?」

「え? えっと……だ、大丈夫だよ! せ、先生とか他の獄卒の人が服を貸してくれてたから、あの、投げられてぶつけられても、あんまり僕は痛くなかったし……。

 ちょっと、痣が出来たくらいだから……。ぼ、僕よりも……竹雄と花子は、大丈夫?」

 

 竹雄が、自分から累に近づいて俯いたままだが、それでも彼を案じている言葉をかける。

 その言葉に戸惑って、しどろもどろに累は答えてから躊躇いがちに、彼も二人の安否を訊く。

 

「……俺はほとんど何もされてねーよ。花子は……首に痣が出来たけど、それ以外は別に平気だってさ」

「そっか……。良かった……! あ、ご、ごめん! も、もっとひどい怪我してるかもって思ってたから、だから、痣だけなら良かったって思っちゃっただけで……ご、ごめん! ごめん!!」

「謝るな!!」

 

 竹雄の答えに累は安堵してつい零れた失言に気付き、必死で弁解して謝るが、ぎこちないが今までとは違って普通に対応していた竹雄が爆発したように叫ぶ。

 

「謝るなよ! お前は悪くないのに! 俺がお前にいつも八つ当たりしていじめてたのに、何でお前がいつも謝るんだよ!!

 最初に謝らなかったんなら、いっそずっと謝るなよ!!」

 

 自分の非を認めつつも、それでもまだ消化しきれない不満をぶちまける。

 最初に犯した失敗、無神経な言動を思い出したのか、累は酷く傷ついた顔をした。それでも、彼は竹雄から目をそらさずに言い返す。

 

「そ……れは……やだ……。

 だって、悪いのは僕だもん。謝らなくちゃいけない人に、謝らなかった僕が悪くて……、今日、竹雄や花子が班から……炭治郎から離れちゃったのも、僕が原因なんでしょ?

 だから……竹雄と花子に……許してもらえるまで……僕は謝るよ」

「何でだよ!? 何で、お前はそこまでして俺達に謝るんだよ!! お前が酷いことしたのは兄ちゃんと姉ちゃんで、俺達はお前に酷いことしたんだから謝らなくていいだろ!!」

 

 強情に、謝ることをやめないと答える累に、竹雄は地団駄を踏んで訊き返す。

 累を責めても、自分は累の被害者ではない、謝ってもらう権利も資格もなく、むしろ自分が謝る側だとわかっているからこそ、訊いた。

 

「……だって……僕……竹雄や花子と…………友達になりたい」

 

 その問いに、言葉の裏側にあった「何で俺達に関わる?」という疑問に累は答えた。

 

「竹雄も……花子も……僕の事が嫌いなのはわかってる。嫌われて……当然だって思ってる。

 でも……それでも僕は、二人と友達になりたい! 二人とも、僕に意地悪しても僕より二人の方がいつも痛そうで、辛そうな顔してた! だから……僕は……僕のワガママだけど……意地悪なんか本当は出来ない優しい君達と友達になりたくて……、二人に許してもらえる僕になりたくて……だから……だから……」

 

 罪の意識に囚われて、自分自身を一番許してやれないけれど。

 嫌われて虐げられるのが当然と思うほど、その傷は深いけれど。

 

 それでも、それを当然と思わない人がいるから。

 思えない人こそが、したくもないはずのことをしてしまうほど傷つけたから。

 だから自分を許せないのに、許しを求めると累は答えた。

 

 その答えに、竹雄は何も返せない。

 代りにか、姉に抱き着いていた花子が声を上げて泣き出した。

 

「……うぇっ、うわぁぁぁんっっ!!

 ごめっ、ごめんなざい~~~! 累は、累は悪くないの! 私が、意地張って……さ、最初に謝って、くく、くれなかったからって、る、累の『ごめんなさい』を、全部嘘だって決めつけてたの!

 私だって、累と友達になりたい~~~~!!」

 

 累の本音で花子の意地と涙腺が決壊し、涙と一緒に本音を大声で曝け出す。

 その本音で、竹雄も意地が限界を迎える。

 

「あぁぁぁ~~~~!! お前、本当に最初から謝れよ~~! 謝ってたら、最初から友達になれたのに~~!!

 兄ちゃんと姉ちゃんの大馬鹿ぁぁ~~! 二人が皆悪いんだ~~! 累ばっかり庇って~~! どうせ俺は、累みたいに賢くも大人しくもないよ~~!!」

「え!? 竹雄! 何でそうなる!?」

 

 花子と違って逆ギレに近いが、自分も友達になりたかったと号泣しながら告白して、何故かその勢いのまま兄と姉に飛び火し、炭治郎が焦る。

 花子の方も同じように、兄と姉を責めるので二人は累と一緒にオロオロしながら、「累と二人を比べた事なんかない」「年が竹雄達に近いのと、もしも自分が人を食ってたら累と同じようなことをしてたかもと思って、責められなかった」と、鬼灯が予測していた通りのことをしどろもどろと二人に説明し、説得し続ける。

 

 そんな累と竈門兄弟たちの、どうやら和解が成立したっぽいやり取りを善逸と伊之助、唐瓜茄子芥子にチュンはもちろん、いつの間にか鬼灯と狛治も黙って見守っていた。

 そして同じく、彼らの和解を本人たち以上に望んでいた煉獄が、腕を組んで胸を張るいつものポーズでいつものように明朗快活に笑って言った。

 

「一件落着だな!!」

 

 煉獄の発言に、狛治は苦笑を返す。

 確かに彼らの問題は解決したが、魘夢のやらかした事の後始末には、獄卒達だけではなく煉獄もかなりの面倒を背負い込むことを、おそらくこの男は本気でわかっていない。

 が、わかっていてもそう言う事はわかっていたので、狛治は水を差すようなことは言わない。

 

 ただ、竹雄達のやり取りを見て、思った素直な気持ちだけ口にした。

 

「杏寿郎、ありがとう」

「ん? 何の礼だ?」

 

 シンプルな礼の言葉は何のことかが当然伝わらず、煉獄は小首を傾げて訊き返す。

 その問いに答えず、狛治は話を進める。

 

「俺は、自分を許せない。十王やお前や恋雪さんが許してくれても、俺は自分をこれからもずっとたぶん、許すことは出来ない。だから、お前が言う『親友』を肯定してやれない。

 ……だけど、お前と友達になりたいのは俺の本音だ」

 

 今まで、100年間語らなかった本音を口にする。そんな資格はないと思い込んでいたが、子供たちのやり取りを見るとそれは、煉獄に対して不誠実だと思えたから。

 だから、口にした。

 

 煉獄は狛治の「本音」にしばしきょとんとしたが、意味を、彼の最初の礼は自分の為にキレたこと、生徒と同列にするほど大切に思ってくれていたこと、ずっとずっと「親友」として扱っていてくれたことだと理解したのか、子供のように嬉しそうな笑顔になって、狛治の肩に右腕を回して無理やり肩を組む。

 

「そうか! 気にする必要はないぞ! お前に肯定されなくても、俺にとっては狛治は親友以外にあり得ないのだからな!!」

「……少しはお前の方が気にしろよ」

 

 煉獄の相変わらず一方通行気味の友愛に、狛治はもはや仕事というより反射のような突っ込みを苦笑しながら返す。

 苦笑だがその笑顔は今までで一番、痛みの少ない笑顔だった。

 

 煉獄によく似た笑顔だった。

 





作中の「活きよ」で蘇生は鬼灯原作にはない描写だけど、Wikiとかで地獄を調べたら出てくるのでそれを採用してます。

今回はただでさえ全3話なのに、一話一話も長かったから次は短めにしたいと思う。
私の場合、「短め」でも文字数5000は余裕で超えて1万とかになるけど。
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