「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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「これを機に真人間になればいいじゃないですか!」

「しのぶ。冨岡くんと結婚しない?」

「あら、こんなところに頭割るのに丁度良さそうなすりこ木が」

「待って、しのぶ。話し合いましょう。そんな鬼灯様みたいな手段を最初に取らないで」

 

 ある日、唐突に付き合ってもいない男性と当然のように結婚の提案を持ちかけてきた姉に、しのぶは笑顔のまますりこ木を手にして素振りをしながら答えた。

 カナエは生前の短気さを克服してるのかしてないのか不明な妹に話し合いを申し込み、幸いながら妹は応じて自分の向かいに座ってくれる。すりこ木から手は離してくれなかったが。

 

「で? 何でいきなりそんな訳のわからない提案をしてきたの?」

「ごめんなさい。ただの思い付きで、こうなったらいいな~っていう私のワガママで軽口なのよ。

 しのぶと冨岡くんが結婚して、子供が生まれたら、甥っ子でも姪っ子でもすごく可愛らしいでしょうね~っていう空想をしてて、ついつい……」

「……もう色々と突っ込みたい所しかないけど、何でそんな空想してたのよ。あと、私と冨岡さんはそんな関係じゃないって、何回言えばわかってくれるの?」

 

 姉の答えに呆れてさらに困惑するしのぶ。

 何度「冨岡さんはただの元同僚。友人どころか知人レベル」と言っても信じてくれないのはもはや慣れたが、いくら姉はほんわかしつつも話を聞いてくれない我の強さがあるとはいえ、付き合うどころか結婚さえも飛び越えて甥っ子・姪っ子の空想なんて、正直頭の病気を心配する発想の飛躍具合だと思った。

 

 さすがにそこまでは口にしないが、割とマジで心配しながらしのぶが問うと、カナエは妹の心配に気付かぬまま、やっぱり後半の言い分は聞いてくれず前半だけ、少し困ったように頬に手を当てて小首を傾げて答えてくれた。

 

「う~ん……最近、視界の端にチラッと5,6歳くらいの女の子が見えるからかしら」

「姉さん、頭大丈夫?」

 

 カナエの答えにしのぶは気遣いを一瞬で投げ捨てて、本音で心配を口にした。目の心配ではなく頭の心配一択なのは、こんなことをしれっと答えるという反応の時点で妥当である。

 しかしカナエは妹からドン引きとガチ心配の表情に気付き、慌てて補足を入れて弁解する。

 

「大丈夫よ! 家の中では見ないし、それにその子たちはチラッとしか見えないけどすっごく可愛らしい子なの!」

「大丈夫じゃないようね。珠世さん呼びましょう」

「確信されちゃった!?」

 

 しかしカナエの弁解は一体何を弁解したかったのか謎過ぎる発言だった為、しのぶはスマホを取り出して本当に珠世に連絡を取ろうとする。

 が、幸いながらその前に姉の発言で気になるところに気が付いた。

 

「ん? 姉さん、家では見ないってどこで見てるのよ、その女の子の幻覚」

「幻覚だって決めつけないで! お店でよ! 極楽満月で!!」

 

 しのぶの問いにカナエは抗議しつつも、その女の子とやらが見えているのは自分の職場であることを告げると、しのぶはしばし考え込んでから言った。

 

「……白澤様の店ってことは、幻覚じゃなくて本当にいるのかしら。

 さすがに子供に手を出す人ではないし……隠し子?」

「しのぶもやっぱりそう思う?」

 

 姉の上司のダメ神獣ぶりを思い出し、しのぶが一番可能性が高そうな女の子の正体を口にすると、カナエも真顔で訊き返す。

 

「お父様である白澤様とお話がしたいのかしら? それとも、お母様に何かあったのかしら?

 チラッと見えてはすぐに隠れてしまうから、人見知りなのかしら、それとも何か事情があるのかもと思ってそっとしておいたのだけど……やっぱり一度、ちゃんと聞いてみた方がいいわよね?」

「そうね。白澤様も、本当に女性にだらしないし、金銭感覚もちゃらんぽらんで、あんな人が父親なんて不安しかないけれど、そういう責任から逃げる人ではないから、ちゃんと顔合わせはした方がいいと思うわ」

「そうね。うん! 決心がついたわ!

 じゃあ、今日は見つけたらまずはお名前を聞いてみるわ!」

 

 完全に白澤の隠し子だと姉妹は決めつけて話し合い、カナエは笑顔で出勤した。

 同じくしのぶも出勤しながら、とりあえず姉はマジで頭のお病気ではなさそうだったことに安堵する。

 可愛い女の子がいたから、自分に結婚を勧めて甥っ子姪っ子を求める思考はわからないが、そこはいつものことだと諦める。

 

「……っていうか、何で本当に冨岡さんなの? 嫌よ、あんな何度言っても金魚草を逃がすし、枯らしかけるし、何か『付き合ってくれ』とか言い出したかと思ったら、幼稚園のクリスマス会のプレゼント買い出しに付き合わせるような人なんて。……まぁ、あれは私も結構楽しかったし、お礼に手作りの金魚の置き物くれたからいいんですけど。苗字だって、『富』じゃなくて『冨』だからすっごく間違えやすそうだし……」

 

 ブツブツと不満を口にしながら閻魔庁を歩いていたしのぶに鬼灯が素で、「しのぶさん、どうかしました? マリッジブルーですか?」と訊いたのはたぶん無理もない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 盛大に胡蝶姉妹に謂れがありすぎて妥当な勘違いをされた白澤だが、幸いながらカナエに「白澤様! せめてちゃんと認知はしてあげるべきです!!」と叱られることはなかった。

 まず、ここ最近は何故か妙に店が繁盛して、お客がなかなか途切れなかったので、流石のカナエも客の前でこの発言は出来なかった。

 別に白澤に気を遣った訳ではない。自分と白澤の関係を疑われるのが嫌だっただけだ。

 

 そして、ようやく客が途切れた時に、白澤がタイミングよくこんなことを言いだした。

 

「……このところ、急に繁盛しだしたなあ……。

 これ、おかしいよ。たぶん……何か憑いてる。カナエちゃん、(タオ)タロー君、何か知らない?」

 

 この時、心当たりがばっちりあった桃太郎によってようやくカナエの誤解が解けると同時に、正面から座敷童たちと対面。

 

「あらあらあら! 何て可愛いの~~! お館様のお子様によく似てらっしゃるわ~!」

 

 従業員のウサギを抱えて撫でくり回しながら、3人を見上げる双子の座敷童にカナエは歓喜の声を上げ、桃太郎は姉弟子の感想に心の中で「……可愛い?」と突っ込んだ。

 座敷童の名誉の為に言うが、彼女たちは普通に容姿端麗だ。そこは桃太郎も文句なしに認めているのだが、ハイライトのない黒目がちな目に、市松人形のような無表情なので、よく言っても綺麗や美人、悪く言えばこの上なく不気味なので、カナエがどうしてここまで喜べるのかが彼にはわからない。

 

 白澤も同じ感想を懐いたのか、カナエに対して曖昧な笑みを浮かべてから視線をウサギで遊ぶ座敷童に移し「…………なるほどね」と、納得しつつも困り果てたような声を出す。

 

 桃太郎は白澤なら気付いているだろうと思っていたからこそ、報告もしていなかったので謝罪しつつそのことを告げるが、白澤は座敷童という妖怪の特性上、家は彼女たちのナワバリであるため、姿を現してくれなければ気付けないと語る。

 

「妖怪ってのはさぁ、ナワバリがハッキリしてるのが多いんだよ。河童は川の中でこそ強いとか……。人魚は海の中でこそ強い……とかね。

 中国・日本の妖怪に『力が強くて魔法を使い、賢くて万能……』なんて奴、逆にいないね」

「そうですね。無惨も反則的な性能を持ってましたが、頭が本当に無惨で無様でしたし」

「鬼殺隊が隙あらば無惨をディスるのは、もはや本能に刻まれた反射っすか?」

 

 ウサギと戯れる座敷童をメロメロで眺めていたと思っていたカナエが、いきなりしれっと話題に入って来たかと思ったら、別に唐突でもない事実すぎる無惨への毒吐きだったので、思わず桃太郎は突っ込みというより素で訊いた。

 

 ほんわかおっとり、鬼との共存を本心から目指していた鬼殺隊随一の穏健派でさえ毒を吐く、無惨への憎悪という闇は横に置き、白澤は話を続ける。

 

「家の中にナワバリを作る妖怪は、家の中で強い。つまりさ、この家の中はもう彼女たちに支配されてる訳さ。

 ……しかし、現世で住む処がなくなったとはいえ、何でまたうちに……。悪いけど、どっか別の家に移ってもらわないと」

「えっ!? 白澤様! この子達を追い出すんですか!?」

 

 白澤の既に決定事項とされた座敷童の処遇に、カナエはショックを受けて叫び、桃太郎も正直不気味がってはいたが、それでもやはり見た目も言動も子供だからか可哀想だと抗議する。

 だが白澤は、流石にカナエに対しては申し訳なさそうだが譲る気はないらしく、座敷童の怖さと厄介さを二人に説明する。

 

「彼女たちは時限爆弾みたいなところがある。

 出ていかれると店が潰れるし、いる間は出ていかれる恐怖を抱え続ける」

「気持ちはわからんことないですけど、普通に真面目に働いてりゃいいだけじゃないですか」

「そうですよ! これを機に真人間になればいいじゃないですか!」

「いや僕、神獣だし、っていうかカナエちゃんにとって僕、そんなにダメ人間だった?」

「はい!!」

 

 白澤の言い分に、天国の住人らしい勤勉さを持つ二人はシンプルかつ根本的な解決法を口にし、白澤はカナエの言い分にちょっと傷ついて訊き返したら、力強く肯定されるという自業自得な傷口に塩の典型例を実行した。

 何故、否定してもらえると思った?

 

「……とにかく、白澤様。出ていかれると困るのに追い出すって矛盾してません?

 きちんと働きさえすれば繁盛するんだから、ちゃんと働きましょうよ」

 

 とりあえず本気で落ち込む白澤に、桃太郎が話を座敷童の処遇へと戻して気を逸らせる。

 

「ダメ! 絶対ダメ!! 売上金の50%が『交際費』だもの。きっと出て行かれる」

(コイツ、そんな想像以上に女に金使ってたのかっっ!!)

 

 同情して損した。カナエは何も間違ったことを言っていないと桃太郎が思い知った瞬間だった。

 本当に、何で否定してもらえると思ったんだこのダメ神獣。

 

「白澤様……」

 

 そんな風に思ったから、白澤の自白にカナエが反応した時、姉弟子を止める気も白澤をフォローする気も桃太郎にはさらさらなかった。

 

「良かった……。やっと交際費を50%にまで下げることができたんですね!」

「喜ぶことなの、これ!? カナエさんが来るまで、こいつは何%を交際費にしてたんですか!?」

「70%です」

「これまた喜ぶべきなのかもっと下げろよと叱るべきなのか微妙なところだな!!」

 

 しかし桃太郎の予想の斜め下に、カナエがやや涙目になって喜ぶという反応をし出して、桃太郎は全力で突っ込みを入れる。

 なお、白澤の交際費をカナエでも20%しか削れなかったのは、「遊郭にお金を落とすということは、遊女の年季が少しでも短くなることだから、結果的に人助け!」という白澤の言い分を信じているから。

 カナエさん、そいつの言い分は間違ってないし、そういう「望んでそこにいる訳ではない娘」を助けたいという気持ちに嘘はないが、特にお金を落とす相手は望んでそこにいる妲己です。白澤は、花の呼吸の技を全部食らった方がいい。

 

 あとついでに、その売り上げ用途の配分からして自分の給料が月給5万円はいくら何でも安すぎると気付いてしまった桃太郎が、白澤にキレて抗議する。

 

「つーか、配分おかしいでしょ! 何で俺の月給5万なんすか!? もっとくれてもいいだろ!!」

「え!? 白澤様、それは確かにおかしいわ! 桃太郎君は住み込みで、起きている時間全部が労働時間みたいなものなんだから、私と同じくらいは出すべきよ!」

 

 桃太郎の抗議に、カナエも弟弟子の月給金額を初めて知ったたしく、一緒に抗議をしてくれたのだが、桃太郎はカナエの抗議に違和感を覚えた。

 カナエは、あくまで「自分より労働時間が長い」事に対しての「月給5万」に怒っている。

 根本的な月給の安さに関しては、何ら疑問に思ってないような気がしたので、桃太郎は恐る恐る尋ねた。

 

「……あの、カナエさんの月給っていくらですか?」

「え? 7万円よ」

 

 にっこりと女神のような笑顔で……、生前は階級が一番下でも当時ではかなりの高収入、柱になれば好きなだけもらえるという立場にいた人が、週休2日の8時間労働をして7万円、時給換算で約400円ほどだということを、何の不満も疑問もなく答えてのけた。

 

「……一応言っとくけど、僕は何度も給料上げようとしたけどカナエちゃん自身が固辞し続けた結果だからね」

 

 絶句している桃太郎に、白澤は言う。そこは素直に信じられた。女にだらしないが、女性に貢いでもらうクズではなく、女性に貢ぐタイプのダメ神獣だからこそ、カナエを不当に安い給料で雇うのは有り得ないと確信できた。

 

 おそらくカナエは、自分を極楽満月に就職した従業員という認識ではなく、薬剤師として弟子入りさせてもらっているという考えであり、桃太郎に対してもそうなのだろう。

 それに加えて、天国の住人らしい物欲の無さと、実際に金なんかなくても暮らしていける天国という土地柄も合わさって、自分や弟弟子の給料の安さに疑問も不満も皆無なようだ。

 

「ごめんなさい、桃太郎君。気が付かなくて。

 白澤様。ちゃんと桃太郎君のお給料を上げてくださいね」

「……新しいタイプのブラック企業」

「……これもやりがい搾取って奴なのかな?」

 

 桃太郎どころか白澤からも割とドン引かれている事に気付かぬまま、カナエは実に可憐に謝り、白澤に頼み込むのだが、後ろで無表情だった座敷童も困惑した様子でヒソヒソなんか言ってる。

 彼女達的にも、カナエの善意だが決定的に何かズレてる反応は「真面目に働いている」というグッド判定なのか、「劣悪な労働条件を強制している」というアウト判定なのか迷うところらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ね?酷いでしょう、実弥君。桃太郎君も結局、白澤様に賛成しちゃったし」

「とりあえず、お前は桃太郎に謝れ」

「え?」

 

 不喜処の休憩スペースで、カナエはシロを撫でまわしながら元同僚の不死川に愚痴を吐いていたら、現同僚に謝るよう命じられ、困惑する。

 

 あの後、カナエの「天国の住人だからこそのブラック労働思考」を桃太郎が理解した為、真面目に働いてもこれはこれで座敷童からアウト判定をもらいそうだと判断し、白澤の「一旦、店を土地ごと売って完全な空き家にする」という、豪快な裏技に賛成した。

 

 その際、「じゃあ、次のうちに私の家はどう?」と誘ったのだが、白澤の家に行くようアドバイスした鬼灯が、「追い出されたら閻魔庁に住んだらどうか」と誘っていたので、彼女たちはそちらを選び、カナエは二人を閻魔庁まで送ってからこちらにやってきた。

 

 本人は「久しぶりに実弥君の顔を見に」と言っていたが、どちらかというと本命は可愛い動物であることはわかっており、それでも不死川は大人しくカナエの愚痴に付き合っている。

 なんなら不死川もシロの仰向けの腹を揉んで癒されているので、ある意味お互いにストレス発散の良い口実だったのだろう。

 

「まったく……結局、閻魔庁に住まわすんなら初めからそうしとけよ、あの鬼神。アホ神獣と胡蝶はともかく、桃太郎に迷惑かけやがって……」

「ねぇ、実弥君。何で私には迷惑かけていいことになってるの?」

「自分の胸に訊け、天国の闇」

 

 座敷童をその特性抜きで気に入っていたので、自分の所に来てくれなかった愚痴を聞かされていた不死川だが、どう考えても一番愚痴を吐いていい被害を受けたのは桃太郎だ。

 それを全くわかっていないカナエが小首を傾げて尋ねるが、指摘するのも面倒くさいので投げやりに突き放す。

 

「カナエさんって、子供好きなんだね!」

 

 そんな二人のやり取りに、撫でられていたシロが口を挟み、カナエは笑顔で「ええ!」と返答。

 

「えぇ。子供は大好きよ。特に女の子はしのぶやカナヲの小さい頃を思い出して、愛おしくてたまらないわ」

「それはわかったが、胡蝶。お前は自分の妹にも謝っておけよ」

「え? しのぶに?」

「最初に話してただろーが。冨岡と結婚しろだとかふざけたこと言ったって。姉とはいえ外野が余計なこと言ってんじゃねーよ。その所為で、今日は妙にあいつの機嫌が悪いんだよ」

 

 カナエが子供、特に女児が好きな理由を話すと、不死川は彼女の話の出だしを思い出して指摘しておいた。

 本日のしのぶの機嫌の悪さは、鬼灯の悪気はない一言の所為なのだが、そもそもの原因はやはりカナエに起因するので、その指摘は正しい。

 

 カナエもさすがに今朝の唐突過ぎる提案はどうかと今更だが思っているのか、苦笑しながら「そうね」と肯定して、しょんぼりしながらシロの耳をクニクニと揉む。

 シロは耳のマッサージになっているのか、やたらと気持ちよさそうな顔になるのだが、それをいつものように「可愛い」と言って微笑まず、カナエはどこか遠くを見るような眼差しで呟いた。

 

「……でも、私は冨岡くんとじゃなくてもいいから、しのぶは結婚して、子供を作って欲しいの。

 それが絶対の幸せでないことはわかってるけど……、私の生きた時代の価値観ではどうしても『幸せの形』とか『最大の幸せ』と言えば、結婚して家族を持って……って思ってしまうわね」

 

 その言葉に、不死川は何も返さない。

 ただ、黙ってカナエの横にヤンキー座りで腰を落とす。

 ただ静かに、聞く体勢に入った。

 

「? カナエさんは結婚しないの?」

 

 代りにシロが尋ねると、カナエは笑う。

 先程の「子供が好き」という答えとは違って、少し寂しげな微笑みだった。

 

「私はそもそも相手がいないわよ、シロちゃん」

「え~、カナエさんってすっごく綺麗だし優しいから、モテモテだよ! 皆、不死川さんが怖いから告白しないだけ!!」

「ふふっ、ありがとう。……でも、それはとても申し訳ないわ。私はきっと、どんな人でもそのお気持ちに応えてあげられないから」

「何で?」

 

 シロの無邪気な問いかけに、カナエは答える。

 

「……さっきも言ったように、『結婚して家族を作る』が最大の幸せだと思っているからこそ、私はしのぶにその幸せを得て欲しいの。私が先に得るなんて考えられない」

 

 その答えに、シロは首を傾げる。

 シロの知っているしのぶは、姉が自分より先に結婚したかと言って嫉妬をするようなタイプではない。それをカナエがわかってない訳がないと思っていたから、カナエの妙な強情さが疑問だ。

 

 だが、黙っていた不死川は隣のカナエを見ずに言った。

 

「……それは……わかる」

「え? 不死川さん、わかるんだー」

 

 カナエを見ず、彼もどこか遠くを見るような目で言った。

 それを、カナエは悲しげに、何かを悔やむように、それでも笑って見ていた。

 

 言葉にせずとも、二人にはわかる。

 二人にしかわからない。

 

 誰よりも何よりも、幸福を望み、願い、祈っていた家族。

 なのに、その最期は二人とも遺体さえ残らなかったという凄惨極まりないものだった。

 

 そんな最期を迎える原因になったのは、自分。

 しのぶも玄弥も、姉が、兄が大好きだったからこそ、その背を追い続けた。

 姉の、兄の呪縛に縛られ続けた結末だった。

 

 だからこそ、二人は望む。

 しのぶも玄弥も、姉や兄は自分が鬼と戦うことなんか望んでいなかったとわかっていても、戦い続けたように、二人も妹や弟が自分たちの幸福を望んでいるとわかっていても、それを全て後回しにして、彼らの幸福を望み、願い、祈り続ける。

 

「ふ~ん……。なら、安心だね!」

「「安心?」」

 

 そんな姉と兄の祈りを知る訳がない、地獄のお気楽極楽犬なシロは、言葉通り安心しきった声で自信満々に言い切ったので、二人からしんみりした空気が消し飛んで、きょとんと声を揃えてオウム返し。

 そんな二人に、尻尾をパタパタと楽しげに振ってシロは堂々答える。

 

「しのぶさんと玄弥さんが結婚するまで二人とも結婚しないなら、条件は一緒だから焦らずにすむよね!

 っていうか、いっそ二人に『早く結婚してくれないと、いつまでたってもこっちが結婚できない』って言えばいいんじゃないかな!」

 

 シロの答えに、二人は余計にきょとんとしてしばし言葉を失う。

 そんな二人の反応に、シロはまた首をかしげる。

 数十秒ほどたってから、カナエがようやく整理がついて思い至った仮説があっているかどうかを尋ねた。

 

「シロちゃん。もしかして、私と実弥君が結婚するって思ってる?」

「え? うん!! っていうか、つい最近まで結婚してたと思ってた!」

 

 もう既にカナエの「相手がいない」発言を忘れているのか、完全に二人が恋人同士であると思い込んでシロは言い切る。

 その断言に対し、二人の反応は……

 

「……ふふっ!」

「……ははっ! まー、確かにいっそそう言って脅した方が、あいつらには良いかもな!」

 

 カナエどころか不死川も、顔を赤くすることも、否定することもなく、おかしげに笑った。

 笑いながら、彼らはお互いに顔を見合わせて言う。

 

「実弥君、だいぶ行き遅れそうだけど、お嫁にもらってくれるかしら?」

「はん! こっちは傷物どころか傷しかねー旦那だけど、良いのかよ?」

 

 風情も何もないからこそ、二人の距離の近さを感じられるプロポーズだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「良いよね、あの互いに信頼しきった距離感! 俺、結婚とか恋愛に興味なかったけど、あんな関係になれる相手となら結婚したいって思っちゃった」

 

 その日の晩、閻魔庁の食堂でシロは同席した鬼灯に、不死川とカナエのプロポーズを無邪気に話す。

 柿助とルリオも既にもう何度か聞かされてうんざりしているが、感想は同じようなものだ。

 

 だが、鬼灯の感想は違うらしく、彼は呆れているような苛立っているようなドン引きしているような複雑な顔でとんかつを咀嚼して、飲み込んでから言った。

 

「シロさん。それ、あの二人はお互いに本気にしてませんよ。完全に軽口です」

「え?」

「似たようなことを頻繁に言い合ってますけど、あの二人は付き合ってません。

『友達以上恋人未満』どころか、『夫婦以上自称友人』とでも言うんでしょうか、あの二人は」

 

 鬼灯の答えに、シロはもちろん柿助とルリオも絶句。

 シロは完全にカナエの言葉を忘れて、二人は恋人同士だと思い込んでいたが、柿助やルリオは不死川が「誰とも付き合っちゃいねぇ」と常日頃言っていたのを覚えていた。けれど、それでもさすがにカナエとは「恋人未満」な関係だと思っていたので、ようやく正式にくっついたかと思っていたところにこれである。

 

 三匹の反応に「わかる」と言いたげな頷きをしてから、鬼灯は率直な感想を述べる。

 

「伊黒さんと甘露寺さんや、しのぶさんと冨岡さんより、ある意味厄介なんですよね。お互いに信頼して好意自体は自覚しているからこそ、ビックリするほどそれ以上の意識も進展もしない」

 

 鬼灯の感想に、食堂で鬼灯たちの近くにいた獄卒達は力強く頷いた。

 





原作の座敷童回は短い小ネタ程度なので、当初はする予定がなかった、やるとしても初期の方にある短編集みたいにするつもりだったけど、座敷童とそれなりに関わりが出来る予定の鬼滅キャラがいるので、その為の前振りとして書きました。
なので、座敷童ちゃんの出番自体は少なめ。ごめん。

カナエさんは玄弥ともというか不死川家と付き合いがあるから、区別の為にあの世では全員名前で呼んでます。
でも実弥は胡蝶姉妹をどっちも「胡蝶」と呼んでややこしい。意地でも名前で呼ばないあたり、玄弥の兄ちゃんらしいと思う。
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