「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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「だから閻魔庁に来た瞬間、土下座しました」

 ズビズビと鼻をすする音が食堂で鳴る。

 昼食時の食堂でそんな音は普通なら顰蹙ものだが、音の主である唐瓜と茄子の小鬼コンビは幸いながら怒られずに済んでいる。

 というか、実は近くの席に座っている獄卒は大体全員が似たような反応をしている。

 

 そしてその食欲をなくす音の中心には例外が二人。

 大もりの天丼を食べ終えて、デザートは餡蜜か善哉かメニューを見て悩む鬼灯と、眉を八の字にして中腰でオロオロしながら辺りを見渡す狛治だ。

 

 メニューから顔を上げて、困った顔で助けを求めるように自分を見ている狛治に鬼灯はやっぱり淡々と言った。

 

「相変わらず、狛治さんの過去は涙腺破壊兵器ですね。私も久々に語ってうるッと来ました」

「カラッカラですよ!!」

 

 このすすり泣きながらも、食べないと午後の就業で体がもたないことをわかっている社畜の性で飯を食うという異様な光景を生み出した張本人がしれっと言い放ち、狛治は率直に突っ込んだ。

 しかし嘘つきを許さない地獄の裁判関係者なだけあって本心からの言葉だったらしく、鬼灯はちょっと心外そうに唇を尖らせつつも話を纏めに入る。

 

「まぁ、そんな訳ですよ。狛治さんの過去は本人曰く、『なんともまぁみじめで、滑稽で、つまらない話だ』と痛々しい自虐をするような、悲惨なものです。

 そして本当に、裁判には困りました。情状酌量どころか、我慢しろ耐えろ許せと言う者こそ地獄に落とすべき無神経というくらい、彼に起こった悲劇そのものに彼自身の非はないのですから」

 

 鬼灯の言葉に、目を真っ赤にさせた唐瓜と茄子がうんうんと頷きながら、もはや同情ではなく同調する。

 

「うぅ……狛治さんも恋雪さんもすっげー若い姿してるから、この若さで死ぬなんて……って思ってたけど、まさかこんなにひどい話だったなんて……。

 俺、午後の拷問は全力でやります」

「俺も。そいつら何地獄にいます? 全力で拷問します。

 けど、改めて無惨はクソだなー。狛治さんの一番辛い時に付け込むなんて……」

「「え?」」

「「え?」」

 

 恋雪と二人は面識がないので名前が上がらなかった慶蔵の死による狛治の悲劇にどっぷり同調して、元凶の剣術道場の連中を殺る気Maxな二人だが、茄子の何気ない感想に鬼灯と狛治が声を上げ、そして小鬼たちも同じく声を上げる。

 

 4人の上げた言葉も、そしてそこにこもった感情も全く同じ。困惑がどちらからもありあり見て取れた。

 

 よく見れば、狛治の過去話を聞いていた、聞こえていた周囲の獄卒たちも同じような反応。

 ただし全員が懐く感情は困惑だが、その困惑の種類は二つに分けられる。

 

 一つは鬼灯&狛治と同じく「何故そうなる?」と言いたげな困惑であり、こちらは古株の獄卒たちが主。

 大して茄子と唐瓜は、「何に困惑しているんだろう?」という疑問が大半を占める困惑であり、獄卒歴は浅い者がほとんど。

 

 その事に気付いたからか、鬼灯は「……あぁ~」と納得の声を上げて、茄子たちがしている勘違いを訂正する。

 

「すみません、私の説明が少し悪かったようですね。

 狛治さんは義父と嫁を卑劣な手段で殺されたから、自暴自棄になって無惨の鬼になった訳じゃありません。時系列が逆です」

『………………え?』

 

 鬼灯の訂正にやや間を置いて唐瓜と茄子、そして彼らと同じ困惑を……勘違いをしていた獄卒たちがまたしても声を上げる。

 今度も困惑だが、今のは「信じられない」という現実逃避の意味合いが強い。

 

 だが、気遣い上手なのに何故か時々ビックリするほど空気が読めない狛治が、鬼灯と同じく納得しながらその空気読めなさをこのタイミングで発揮してさらに補足。

 

「あぁ。なるほど。確かにさっきの説明だと俺が鬼になったタイミングがよくわからなくて、俺が復讐の為に無惨様の血をもらって鬼になったようにも思えますね。

 違うぞ。自暴自棄になって復讐の為に無惨様の鬼になったんじゃない。俺が鬼になったのは全部が終わった後で、剣術道場の連中を皆殺しにしてしまったのは、間違いなくまだ人間の時の話だ」

 

 狛治の言う通り鬼灯の説明、「最愛の二人を殺された復讐心に駆られ、犯人である道場の連中を皆殺しにした」と話してから、「自暴自棄になってなかったら、無惨の鬼になってなかったら、どんなに長く見ても50年程で再会できたでしょうに」という個人の感想を口にしたのが悪かった。

 その所為で起こった出来事の順序がやや狂い、狛治が無惨の鬼になってから連中を皆殺しにしたと茄子たちは勘違いしていたようだ。

 いや……勘違いしていた要因はそれだけはないが。

 

「……あの、鬼灯様。狛治さん」

 

 唐瓜が涙を引っ込め、挙手して尋ねる。

 

「……狛治さんって素手で、そして一人で……道場のバカ息子と門下生の……67人を皆殺しにしたんですよね?」

「……死体の原型がとどめなさ過ぎて、何年後かに作り話だろうって思われて記録が破棄されちゃったんですよね?」

 

 唐瓜の問いに続いて茄子も問う。

 この質問で、二人が勘違いしていたもう一つの要因にも気づき、狛治は気まずそうに目を泳がせ、鬼灯はやっぱりしれっと答える。

 

「お二人とも、狛治さんの身体能力は死後、あの世(こっち)で鍛えたからとか鬼だった頃の後遺症だと思ってました? 先程話した通り、この人は素手で頭蓋を叩き割るわ、腹を殴って内臓を爆砕させるわと、生前から人間離れしてました。無惨と出会ってしまった理由も、人間技じゃない殺戮なのに鬼の仕業だとしたら心当たりがなかったから、無惨が確認しに来たんですよ。

 まぁ、縁壱さんと比べたら普通どころか凡人中の凡人ですけど」

「鬼灯様、対象がよりにもよって過ぎます。あの人と比べたら、鬼灯様も人間並の凡人でしょう」

 

 無惨討伐後に獄卒になったことで、狛治の過去を知らなかった者達がしていた勘違い要因、人間技とは思えない殺害方法とその結果や規模を肯定しつつ、しかしこれより上がいたことまで語るので、もはや若い獄卒たちは乾いた笑いしか絞り出せない、

 狛治も比べたら凡人でしかない「縁壱」という人物はかなり気になるが、唐瓜どころか恐れしらずの茄子ですら、鬼灯を比較対象にしても鬼灯が人間側に落とされる相手だという狛治の評に引いてしまって訊けなかった。

 

「そ、それにしても、自分の鬼じゃないかもしれないから確認に来るって、臆病者なのか度胸あるのかよくわかんねー奴ですよね、無惨って。

 もしも俺達みたいな、地獄の本物の鬼だった場合はどうしてたんでしょう?」

「っていうか、本物の鬼とはあったことなかったのかな? 昔なら現世に行くのも規制はまだ緩かったのに」

 

 これ以上、狛治の重すぎて悲しすぎる過去も、その重さも吹っ飛ぶ狛治の規格外ぶりも精神衛生上よくないと判断して、唐瓜は結構無理やり話題を変えて、茄子もその話題に乗る。

 

 だが、二人の無理やりだが中身などないに等しい話題が時を止めた。

 

「……? え? 鬼灯様? 狛治さん?」

 

 何故か、「無惨が確認の為にやって来た」「本物の地獄の鬼にあったことはなかったのだろうか?」という話に反応して、餡蜜を食堂のおばちゃんから受け取って戻ってきた鬼灯と弁当を食べ終えて包み直していた狛治が同時に停止。

 

 食堂内にいる獄卒たちが、いきなり「ザ・ワールド」でもくらったような二人に困惑する。

 いや、よく見れば遠くの席にいた鬼灯の幼馴染、獄卒の中でも古株中の古株である烏頭と蓬は苦笑していた。

 

「……………………ありますよ」

「「え?」」

 

 1分ほどの間を開けて、鬼灯はポツリと呟くように言う。

 

「奴は、地獄の鬼に会ったことがあります。だからこそ、確認しに来たんでしょう。自分の知る鬼なら、そこらの人間全員を鬼にして始末するつもりで。臆病者だからこそ、もしもという可能性と不安に耐えられなかったんでしょうね」

 

 鬼灯は席に着き、餡蜜をもしゃもしゃ食べながら、唐瓜と茄子の疑問に答える。

 だが、顔を上げない。基本的に人の目を見て、雑談でも威圧しているようにしか見えない話し方をする鬼灯が餡蜜だけを見て、顔を隠すようにして食べながら話す。

 

 そして横の狛治は、ただただひたすらに気まずそうな苦笑をして顔を向かいの小鬼二人から頑なにそむける。

 

 そんな反応をされたら、察することができる。

 だからこそ、周りが既に察している事を鬼灯も察して、ヤケクソ気味に餡蜜を一気食いしてから顔を上げて潔く言い放った。

 

 

 

「室町時代に偶然、現世視察の時に見つけて叩き潰しましたが逃げられました!!」

 

 

 

 * * *

 

 鬼灯の懺悔というには勢い良すぎる過去の暴露によって、食堂内に沈黙が落ちる。

 

 鬼灯からも逃亡を成功させた無惨に、今更すぎる畏怖を思わず懐く獄卒たちだが、冷静に考えれば実はさほど驚く程の偉業ではない。

 鬼灯は間違いなくこの地獄では最強格だが、彼は元人間だからか、妖術などといった異能は特に何も持ち合わせていない。

 基本的に狛治と同じくフィジカルが鬼の中でも特に優れているだけなので、様々な異能を操り、そして異能を操る鬼を配下に統べる無惨なら、鬼灯を倒すのは無理でも逃げることは可能。

 

 そこまで唐瓜は、一番早くに思い至れた。

 だから、「無惨すげぇ!!」というしたくない感嘆や、「どうやって逃げたんですか!?」という疑問を投げ捨てて、ほぼ脊髄反射で突っ込んだ。

 鬼灯が鬼灯なりに気まずそうで、勢い良すぎるが懺悔のように過去の事実を告白した理由を、思いっきり。

 

「狛治さんの所に無惨が来たの、あんたの所為か!!」

「多分そうです。だから閻魔庁に来た瞬間、土下座しました」

 

 思わず上司、地獄の黒幕を「あんた」呼ばわりだが、言われても仕方がないと思っているのか、こういう所は鷹揚な鬼灯はサラッと流して、さらに衝撃的な過去も暴露。もう一回、食堂に沈黙が落ちるが、今度の沈黙は一拍だけで、すぐさま驚愕の声がそこらかしこで上がる。

 

「……死後の裁判で法廷に入った瞬間、土下座で謝られたのもめちゃくちゃ驚いたけど、一番驚いたのは獄卒になって、鬼灯様の正確な立場とか性格とかを知ってからだよ」

 

 そして狛治も、やけに遠い目で乾いた笑みを浮かべてボソリと、当時の感想を述べた。

 狛治の言う通り、鬼灯という鬼神(にんげん)を知っていれば、彼が土下座で謝ったなんて鬼灯自身以外が語れば、つくならもっとましな嘘をつけと言われるだろう。

 しかし獄卒たちは鬼灯を恐れつつも、彼は某神獣という例外を除けば、自分の非は素直に認めて謝罪する(ひと)であることもよく知っている。土下座が意外過ぎるのは、ただ単にそこまでの謝罪が必要な非をそもそも犯さないからだ。

 

 なので取り逃がしただけではなく、自分の存在が無惨の臆病風を刺激してしまい、ただでさえ不幸だった狛治の人生を、何もかも失って終わりきっているのに、「猗窩座」という惨いエンドロールが続いてしまう要因になってしまったと知れば、そりゃ土下座くらいはするだろう。

 

 ちなみに勇者、茄子が「鬼殺隊には謝らないんですか?」と訊けば、「縁壱さんでも逃げられたんですから、私自身がその事を不甲斐なく思いはしても、逃がしたこと自体に罪悪感はありません。私は私なりに、あの時の出せる限りの全力で叩き潰しましたが逃げられたのですから、そこを責められるいわれはありません」と言い切り、茄子と唐瓜の中で「縁壱」の謎が更に深まった。

 

「別に鬼灯様は悪くないだろ。

 仮に俺が鬼になってなくても、やっぱり縁壱さんがいたのなら無惨様は十二鬼月を作っていただろうし、自分で言うのもなんだが、俺の代わりの上弦の参が、俺より弱くて倒しやすい保証なんてなければ、俺よりもずっと人間を食う奴だったら、犠牲者の数は増えていたはずだ」

 

 鬼灯はまったく気にせずに茄子の質問に答えていたが、むしろ狛治には当時の鬼灯を責めているようにも聞こえる茄子の問いが気に障ったのか、少しだけムッとした様子で諭すように言う。

 自分の不幸と、犯したくなどなかった罪を犯す要因さえも本心からフォローする狛治のぐう聖っぷりに、改めて茄子と唐瓜は敬意を懐きつつ、「何でこの人、獄卒とはいえ地獄いるの?」と本気で思い、鬼灯の方は何故かまたしても呆れと諦めが含まれた溜息をつく。

 

「……先ほど話した通り、狛治さんは人間時代に窃盗や他者に対する暴力、そして67人もの人間を虐殺という罪があり、鬼になってからも他の鬼と比べたらないに等しいですが、厳密にいえば皆無ではありません。

 食人衝動に駆られてや、鬼殺隊を返り討ちという不可抗力に近いものだけではなく、無惨の命令で何の罪もない一般人を殺したこともありますから。

 

 ですが、過去の窃盗は父親の為で、実際にそれくらいしか薬代を得る手段はなく、父を失ってからの自暴自棄時代の罪は慶蔵さんにボコボコにされた事と、その後の生活で償われたと言っていいでしょう。

 毒殺犯どもの虐殺に関しては、条件が厳しいとはいえ仇討ちが容認されていた時代かつ、奴らは一番厄介な狛治さんを殺せなかったので、今度は道場を放火しようかなどといった相談をしていたことは、倶生神さんからの報告や浄玻璃の鏡でウラも取れてますから、正当防衛にしようかという話も出てたくらいです。

 

 そして鬼になった要因に私の責任もあるので、それらを情状酌量として罪を相殺して無罪……、という判決に固まりかけていましたが、……本人がこれでしょう?

 この人も何かしら目に見える罰を与えないと、自分はもちろん待ち続けていた家族も不幸になってしまいそうですから、一応は堕獄しました」

 

 予想外の方向に脱線していた話を戻し、ようやく三大判決に困った亡者、「地獄に落としていいのか、こいつ」代表の結果が発表された。

 それは、あまりにシンプルなものだった。

 

「落ちた地獄は、等活地獄。

 そこで狛治さんは自分が殺した人数分、獄卒に殺されては体を再生し、蘇っては殺されるを繰り返しました」

 

 目には目を。歯には歯を。

 別の国とはいえ遥か古来から伝わる最もシンプルで平等な因果応報の贖罪が、狛治に科せられた罰だった。

 

 * * *

 

「人数が古参かつ実力者の鬼にしては少なかったので、刑は1年ほどですみました。

 そして、普通に獄卒向きな身体能力でしたし、当時は無惨の鬼だった亡者に対して、獄卒になった鬼殺隊が憎しみを捨てきれず、裁判中にトラブルが起こることも多々ありましたので、この人なら罪を償った元鬼代表として元鬼殺隊の方々と和解できるのではと思い、獄卒にスカウトした結果が現在です」

 

 長かった狛治の話が終わり、何気に唐瓜と茄子が狛治のぐう聖ゆえに懐いた疑問、「何でこの人、地獄にいるの?」の答えももらった。

「ぐう聖なのに地獄にいる」ではなく、「ぐう聖だからこそ地獄にいる」だった。

 

「……なんつーか、改めて狛治さんのすごさを色んな意味で理解しました。鬼灯様、狛治さん、話してくださってありがとうございます」

「うん。狛治さん、マジで凄すぎ。もう漫画の主人公になれるよ。

 そんでもって、無惨の色んな意味での酷さもなんかちょっと面白かった。鬼灯様たちには悪いけど、他人事だとクズ過ぎてバカすぎて面白いよな」

 

 唐瓜が今までの話の感想と、話してくれたことの感謝を告げて頭を下げ、狛治はいつも通り「俺は全然すごくない」と自虐するが、茄子の元上司に対する酷い感想と評価に関しては、曖昧に笑って目を逸らした。

 沈黙は金なりというが、目が口以上に正直すぎて意味がない。

 

 そんな狛治の雄弁な沈黙という反応が面白かったのか、茄子は更に無惨に興味を持ったらしく、鬼灯に向かって尋ねる。

 

「鬼灯様、そういや結局無惨ってどこの地獄に堕ちたんですか?」

「普通に阿鼻ですよ。あいつの罪状は八大を網羅してますので、裁判なしで死んだ瞬間に火車さんが向かいました。……私と縁壱さんもご一緒させていただきました」

「…………その豪華すぎるお出迎えに関しては、自業自得とはいえ無惨様に同情してしまう」

 

 茄子の問いに鬼灯は即答し、狛治は心の底からの感想を口にする。

 そして茄子だけではなく、唐瓜も意外そうな声で訊き返した。

 

「え? そんだけ?」

「鬼灯様、無惨が『地獄行きは決定事項だけど、どこの地獄に落とせばいいんだよ!?』代表じゃないんですか?」

「あぁ。違います。それは狛治さんの同僚だった、上弦の弐の方です。

 無惨はむしろ、どこの地獄に堕とすかは誰も一切悩みませんでした」

 

 どうやらまた二人は勘違いしていたらしく、その勘違いを鬼灯が正し、そして狛治は気まずそうな微妙な表情で、後輩たちに元上司の裁判結果の理由を語る。

 

「無惨様は……変なところ人間臭いというか、人間味を捨てきれてなかったというか……、人としての善性が全部抜けてるけど、わりと感性は普通なんだ。

 少なくとも、痛いのが好きだとかそういう変な趣味はない。ごく一般的な感性で、嫌がりそうなことは普通に全部嫌がる人だから……」

「どの地獄でもあいつを反省・改心させるのは無理ですよ。けれどあいつに限らず、どの地獄の拷問でも反省しない輩はいます。

 地獄を罪人の矯正施設ではなく、現世での報いを罪人に与え、正しく生きた者が前世で懐いた理不尽や不条理を少しでも解消するものと考えれば、奴は普通に罪状に合わせての阿鼻で十分です。

 まぁ、阿鼻に落ちるまで2000年間ずっとほっとくのも癪なので、よく他の小地獄巡らせたり、新地獄や新しい拷問の実験台にしてますが」

 

 狛治が気まずそうだが、鬼灯に対してとは全く違い、フォローする気ゼロで無惨の小物っぷりを説明し、鬼灯が更に補足を加える。

 やらかした年月と結果に対して、最下層の地獄とはいえ軽すぎないか? と小鬼たちは思ったが、もちろん鬼灯がそれだけで済ませる訳がなかった。

 

「あいつ、本当にある意味すごいですよ。どんな拷問をされても、口先だけの反省や謝罪さえなければ、悪い意味で命乞いもしません。

 周りが自分を助けないことにブチ切れて、獄卒たちを罵り続けるんです。そのくせ、自分を全力で棚上げしているとはいえ、割と頻繁に正論を吐くから、大変ムカつきます。

 ですが、罪人にも人権を、拷問が残酷すぎるというクレームが入った場合は、奴が便利です。奴を見たら掌返してクレームを引っ込めて、拷問は必要なことだ、もっと厳しくてもいいと言ってくれます」

「……あの世で言うのもなんだけど、どんな人間でもやっぱり生まれて来たからには意味や価値があって、人の役に立てるんだなって俺は無惨様で学んだよ」

「狛治さん、しっかりして! 目が死んでる!!」

 

 鬼灯が真顔で尊敬していないすごい部分と、唯一と言っていい無惨の利点を語れば、狛治はやっぱり何一つ褒めていない無惨の価値を語り、その目の死に具合に唐瓜を本気で心配させた。

 しかし唐瓜の心配はまだ終わらない。むしろ悪化した。

 その悪化の元凶は、幼馴染。

 

「本当にとてつもなく凄いのに、どうしようもなく小物だな無惨。

 じゃあ上弦の弐の方は結局、どこの地獄に堕ちたんですか?」

 

 シンプルかつ的確に無惨を言い表してから、茄子が改めて三大判決に困った亡者、「地獄行きは決定事項だけど、どこの地獄に落とせばいいんだよ!?」代表の結果を尋ねた瞬間、鬼灯より先に狛治が反応した。

 顔から一気に血の気を失くして、ガクガク震えながら頭を抱えて狛治は呟く。

 

「……あ、あの地獄だけは…………あの地獄だけは嫌だ……あの地獄だけは……」

「ちょっ!? 狛治さん!?」

 

 自ら罰を求めて刑に服し、そして今も罪を背負い続ける狛治が本気で怯える様子に、唐瓜は心配やら引くやらでどうしたらいいのかわからないというのに、元凶の茄子はというと、「狛治さんもここまで嫌がる地獄? ……まさか、ゴキブリ地獄か!」と、想像しただけでも悲鳴が上がる地獄を口にする。

 

「あ、そういえばそれは試してませんでした。盲点です。

 ありがとうございます、茄子さん。今度、ぜひともやってみます」

「採用されちゃった!? っていうか、それやる獄卒いるんですか!?」

 

 しかも鬼灯がまさかの採用。とりあえず、その発言からして狛治も本気で怯える地獄の正体は、獄卒の98%が就業拒否する地獄ではないらしい。

 そして全然全く知りたくなかったが、唐瓜の突っ込みで貴重な2%の一人が誰かを知る。

 いや、彼女の場合はGが平気だからではなく、その地獄の対象が自分の最も憎い仇だからこその志願だ。

 

「いますよ。童磨相手なら、技術科の毒物研究担当のしのぶさんが、喜んでゴキブリの品種改良もしてくれるはずです。

 あと、そういえば茄子さんは柱の方に会いたがってましたよね。しのぶさんがそうですよ。

 

 彼女は、蟲柱。柱というか鬼殺隊で唯一、鬼の頚が斬れない非力な隊士でありながら、毒で鬼を倒し続けて柱に昇りつめた、上弦の弐に殺され、そして殺した女性です」

 

 鬼灯からもたらされた情報に、とりあえず茄子は率直な感想というかわかったことを口にする。

 

「その人、絶対に芥子ちゃん系の人でしょう」





この千年、神も仏も見たことなかったけれど鬼神には会ってトラウマ植え付けられた無惨さま。

鬼灯と無惨の出会いや、そもそも何で鬼灯たちがもっと早くに無惨討伐に動かなかったとかの訳はそのうち本編で書くつもりなので、気長にお待ちください。

次回は過去編。
鬼灯様としのぶさんの童磨が堕獄する孤地獄会議です。

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